もう戻らない、君へ

    作者:墨谷幽

    ●いつもの、通学路にて
     少年は歩く。どこか重たげな足取りで、表情には苦悩を滲ませながら。
     少年は歩く。あえぐように開いた口元に、牙のような鋭い犬歯を覗かせて。
     制服を着た男女が、けたたましい笑い声を上げながら、彼の横を追い抜いていく。
     りりりん、とベルが鳴り、自転車に乗った女生徒が、すっと脇へ退けた彼へ笑顔で一つ会釈をし、通り過ぎていく。
     少年は立ち止まり。
     青空を仰ぎ、目を閉じ。やがて、静かに。
    「…………分かったよ。君が、そう望むなら……俺が……」
     俺が。奴らの血を、飲み尽くしてやる。
     目の前に佇む校門。始業を知らせるチャイムの音。慌てて駆け込んでいく生徒たち。
     少年は、歩く。その瞳に、赤く、煌々とした輝きを灯らせて。
     
    ●渇きと、抗い
    「……一般人の方が、ヴァンパイアへ闇堕ちしようとしています……」
     園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)は表情を曇らせ、悲しげに眉を寄せながら、予知に見た少年について語り始める。
    「白瀬・沙雪(しらせ・さゆき)さん……綺麗なお名前ですが、男の子です。彼には、恋人がいたのですが……」
     槙奈によれば、原因までは見えなかったものの……彼の恋人は、いじめを受けていたのだという。
     良くある話ではあるだろう。原因だって、些細なことに過ぎなかったかもしれない。
     だが、彼女はそれがきっかけで、ヴァンパイアへと堕ち。最も近しい存在であった彼もまた、引き摺られるように、闇へとその身を沈めようとしている。
     そして、恋人から仕えるべき主へとその立場を変えた、彼女の望みに従い。彼は与えられた力を行使し、彼女と離れ、一人、無意味な復讐を果たそうとしているのだ。
     変わってしまった、それでも大好きな、女の子のために。
     それを成したとて、思い出の中の二人には、もう戻れはしないと……そう、気づくだけなのだとしても。
    「恋人である女の子は、残念ながら、もう既に……手遅れでしょう。どこにいるのか、居場所も分からない状況ですから。ただ、沙雪さんはまだ……完全に闇堕ちしたわけではないんです。もし彼が、灼滅者としての素質を持っているのなら……せめて、彼だけでも、救うことができるかもしれません」
     理性と常識にすがり。憎悪と衝動に抗い。彼はまだ、かろうじて、人間という殻にしがみついている。
    「でも、もし、それが叶わないときには……」
     その先を、槙奈が語らずとも。灼滅者たちには、やるべきことは、痛いほどに分かっているのだ。
     槙奈は、うつむいて一つ言葉を区切り。やがて、気持ちを切り替えるように、顔を上げると。
    「……予知によれば、沙雪さんとの戦いの場は、彼の通う高校の教室になります」
     愛しい恋人が変わってしまう、そのきっかけとなった者たちの血を啜り、飲み干すため、彼は教室へと現れる。
     だが、彼の心は、未だ光と闇の狭間で揺らいでいる。恋人との楽しかった日々。思い出。彼女への、想い。それらに呼びかけ、心を揺さぶることで、力を大きく落とすことができるはずだ。
     ただし、戦いの時刻は、朝方。校内には多くの生徒や教職員が、各教室で朝礼など行っている頃合であり、その点には大いに配慮が必要だろう。
    「なお、彼はヴァンパイアとしての力に加え、解体ナイフを一本携行しています……十分に、注意してください」
     最後に。
     槙奈は、灼滅者に頭を下げ。懇願するように、言った。
    「できれば……沙雪さんを、助けてあげてください。例え好きな人と、もう二度と会えないのだとしても……彼が、この先を人として生きることには、きっと、意味があると思うから……」


    参加者
    竜胆・山吹(緋牡丹・d08810)
    エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)
    天城・翡桜(碧色奇術・d15645)
    花澤・リアン(フィオレンツァ・d15736)
    天里・寵(ニルヴァーナ・d17789)
    桜庭・遥(名誉図書委員・d17900)
    六曜・椿(追放者・d19422)
    小林・遥(小学生魔法使い・d24899)

    ■リプレイ

    ●解けてゆく
     思い出は、まるで一冊の本のようだと、小林・遥(小学生魔法使い・d24899)は思う。ページをめくるたび綴られていく、日々の記録や想いの数々。先のページは真っ白で、明日を書き入れられるのを、初々しく今か今かと待ち望んでいる。
     その白紙のページを、彼は、真っ黒に塗りつぶそうとしている。これまで大切に、大切に綴ってきたページを、めちゃくちゃに破り捨てようとしている。
     遥は、それが悲しかった。だって。
     だって。
     現れた『彼』の赤い瞳は、それでも……とても、澄んだ光を宿していたから。
     活気あふれる朝の教室が、にわかにざわめきだす。
     ……白瀬のやつ、学校来てるじゃん? カノジョが死んだって? 行方不明? やあね、アンタがいじめたからでしょ? 知らなーい、あの子が勝手に消えちゃったんでしょ? だってあの子、ウザくって……。
     ぴくり、跳ねるように動いた、彼の眉尻に。
    「みなさん、注目してくださいー……!」
    「これから、僕たちの学校との交流イベントが始まりますからねー。みんな、すぐに移動してねー?」
     桜庭・遥(名誉図書委員・d17900)はラブフェロモンを周囲に放って、不躾な生徒たちの注目を集め。天里・寵(ニルヴァーナ・d17789)がプラチナチケットをちらつかせ、外部から交流にやってきた他校の生徒……という体で、彼らの誘導を行う。
     多少なり、いぶかしげな表情を浮かべつつも、生徒たちは顔を見合わせながら、ぞろぞろと連れ立って教室を出て行く。
     脇をすり抜けながら、じろじろと遠慮の無い視線を投げかける彼らに……白瀬・沙雪は。視線を合わせもせず。ただじっと、時が過ぎるのを待っていた。
    「すぐに襲いかからないのを見ると……まだ、迷いがあるようだな」
    「……誰だよ。あんたたち」
     不可視の外套を纏って教室内へ先行し、姿を隠していた、花澤・リアン(フィオレンツァ・d15736)とエアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)。彼らは、姿を見せた沙雪が言葉も無く、すぐさま生徒たちへ復讐の牙を突き立てようとするのなら、これを阻止する構えだった。が。
     灼滅者たちの存在を察し、無駄だと悟ったからか。あるいは……彼の中に残る逡巡が、それを押し留めたからか。彼は、動かなかった。
     エアンは、静かに、目的を彼へと告げる。
    「沙雪、君を、止めにきたんだ。そうしてまだ、人としての意識が残っているなら。何もかも失ってしまう前に……抗って欲しい。ここが……俺たちが、分岐点なんだ」
     それは彼の、偽らぬ本心だった。自らも、大切な家族を失いながら、闇に堕ちた記憶。彼は沙雪に自分を重ね合わせることを、少しもためらわなかった。
     けれど。
    「……あんたたちに……何が、分かるっていうんだ?」
     懐に忍ばせたナイフを、ずるりと引き抜く。
     沙雪には、灼滅者たちの想いは届かない。
     今はまだ、届かない。

    ●闇の中、垣間見る
     長剣を抜き放ち、エアンは遥少年に、
    「初めての戦いだな。いけるか?」
    「はっ、はい……! 沙雪さん、彼女さんとの大事な思い出を、自ら傷つけないでください……っ」
     これが初陣であり、どこか緊張の見える遥へ一声かけてから、エアンは駆け、剣先で十字の軌跡を描いて沙雪の胸元を斬りつける。
     遥の指先から飛翔する漆黒の弾丸は、身を沈みこませて避ける沙雪を捉えることは無かったが、回避点へ踏み込んだ竜胆・山吹(緋牡丹・d08810)が、紫電を帯びる一打を繰り出し叩き付ける。
    「残念だけれど。貴方の大切な人は、もう……人として生きることは、叶わないのよ」
    「…………っ」
     山吹の言葉の意味を、沙雪とて、分かっているのかも知れない。それでも、山吹は言葉を重ねる。彼が、他ならぬ、彼自身までも諦めてしまわないために。
    「彼女を虐めていたという人たちを許せない、その気持ちは、分かるわ。でも……それをしたところで。彼女は、貴方の元に帰ってくるの?」
    「余計な、お世話だ……っ」
     ぎり、と、歯を食いしばる彼の余裕の無い表情を、山吹は悲しげに見つめる。
     天城・翡桜(碧色奇術・d15645)は、ビハインドの『唯織』が放つ霊撃と共に、足元から伸ばした影を絡みつかせ、沙雪の手足をぎりと縛りながら、
    「沙雪さん。貴方の彼女の名前を、教えていただけませんか?」
    「……何だって?」
     唐突に寄せられた問いに、沙雪は眉をひそめながらも影の支配から脱すると、
    「そんなもの。あんたたちに答える必要なんて、無いね」
     真紅のオーラを漂わせるナイフの一閃で、翡桜の肩口を深く抉り刻む。
    「っ……! 彼女との、思い出、を……思い出してください。楽しかった、二人の思い出を……っ」
     鋭く走る痛みに顔をしかめながらも、翡桜は、語りかける。彼はまだ、やり直せる。大切な彼女とは、遠く離れてしまったとしても。彼だけなら、まだ。せめて。
     そんな想いを、自らの武器に込めながら。
     六曜・椿(追放者・d19422)は。いつもは冗談めかして、本心を、自らの過去の深い後悔を、その心中に押し込め隠している、彼は。
     目の前の同類には、扉を開くように……真摯に向き合い。語りかける。
    「なあ……良く思い出してみてくれや。お前の恋人は本当に、お前が一緒に堕ちていくのを、望んでるのかよ?」
     じ……と、真っ直ぐに。金と赤の視線が交じり合い。
    「……お前の恋人は、誰より大事なお前に、人殺しを強いるような……そんな奴だったのか? そんな女を、お前は本気で、好きになったってのか?」
    「!! そ、れは……ッ!」
     張り詰めた沙雪の緊張に、揺らぎと、震えが走る。
    「違うんじゃねぇのか? そうだろ……? そう思えるなら、まだ、戻ってこれるぜ。戻って来いよ。お前の行く道は、そっちじゃねぇだろ? なあ……白瀬、沙雪」
    「う……る、さいっ。うるさいっ! これが、彼女の、望んで……俺が、彼女のため、に……っ」
     揺さぶられ。迷いは大きくなり。
     沙雪は抗う。憎悪に。衝動に。堕ちかけた自分に。必死に。
     抗っているのだ。

    ●どうしようもなく痛み
     堕ちかけの半身でありながらも、沙雪は、強い。
     ダークネス、その禍々しい強さの片鱗は、数分の攻防の最中に、瞬く間に灼滅者たちの全身へと深い裂傷を刻みつけ、追い込んでいく。
     寵は、ぎしぎしと軋む身体を鞭打ち奮い立たせながら、槍を振るい、垂氷のような尖った氷塊を放ち、沙雪の腿を貫いて凍結させる。
    「……沙雪くんっ! 君が今、仕えてるモノの望みは……」
    「彼女を、モノなんて呼ぶなッ!!」
     激昂する沙雪のナイフが翻り、寵の肩口から胸へと波打つように抉る。
    「っく……! き、君の恋人は、もう……以前とは違うんだ……! それは、彼女さんの望みなんかじゃ、ない!」
    「やめろっ、これが、これだけが、彼女の……」
     寵の訴えが、沙雪を揺るがし。彼はやみくもに頭を振り、ちらつく思考を振り払い、思い出にすがる。抗う。
     おどおどとした気弱な性格を、丸い眼鏡の奥にひた隠し、集中したオーラで寵の深手を癒しながら、少女もまた、
    「このまま、恋人さんに従っても……元の二人には戻れないんですよ。沙雪さんも、分かっているんじゃないですか?」
    「や……めっ」
     そう。例え、ハッピーエンドでは終われないとしても。本当のバッドエンドを退けるくらいなら。悲劇をいくらかでも、和らげることができるのなら。そう信じて、遥は声をかけ続ける。
     繰り出した鋼のような拳を、どこか苦しげに額へ手をやり、よろめきながら避けた沙雪を、リアンは静かに見据え。
    「抵抗する自由くらいは、まだあるようだな。なら……抗え。自分は渡さない、と。ここで堕ちてしまったら、次に恋人の前に立つのは……それは、あんたじゃない」
    「な、にを……」
     投げかけられた言葉に、心当たりもあるからこそ。沙雪は、びくりと動揺する。
     復讐を果たし、彼女の元に戻ったとしても、そこにいるのは、もう……白瀬・沙雪ではない。ただの、一人の、ダークネスに過ぎないのだ。
    「俺達が、闇から引きずり出してやる。そうすれば、今のあんたの、その魂のままで。いつか……もう一度、恋人に会えんだろ」
     もちろん、それがどういう結果を導くのかは、その場の誰しもが分かっているのだ。けれど。
     灼滅者たちの誰もが彼を想い、彼のために、言葉を紡いでいる。
     彼は、自分たちと同じであり。自分たちもまた、彼なのだから。
     そして、沙雪は。
    「………………だったら……」
     くぐもった声で。強靭にすぎるダークネスへ堕ちようとしながらも、今にも折れそうに、その身を抱きながら。
    「だったら……どうしろって言うんだ……! 彼女のために、どうすれば良かったって、言うんだ……? なあ! 教えてくれよ……っ!?」
     濃密な霧が湧き出しては沙雪を覆い。
     食い締めた犬歯は、刃のように怜悧に輝き。
     灯る両の瞳は、霧のカーテンの奥、鮮やかに紅く、染まってゆく。

    ●望み
     抉り、抉られ。刻み、刻まれ。
     それでも、灼滅者たちは、言葉を紡ぐことをやめはしなかった。
     一たびその手を離れれば、彼は、どこまでも。どこまでも深く、堕ちていってしまうから。
    「う……ああああああああッ!!」
     空を切り裂くナイフの一閃、艶めく碧緑の毒をはらむ風刃が駆け抜け、前衛に立つ灼滅者たちを容赦なく侵していく。
     山吹は、じわりと身に染みるような苦痛に歯を食いしばり、
    「彼女は、もう……人としての幸せは、望めないかもしれないけれど。貴方は、彼女の分まで幸せになるべきだと思うわ。貴方には、その義務があるはずよ……!」
     沙雪の腹へ、深く、打撃を突き入れ。流れ込む魔力の奔流が、彼を内から破壊する。
     エアンの淡く透過する非物質の剣が、沙雪の腕を切り裂き。
    「綺麗事を言っていると、自分でも思う、でも……やっぱり、沙雪。君が闇へと堕ちるのを、本当の彼女は喜んだりしないんじゃないかな、と思う。今、ここで君が、人であることを放棄してしまえば……彼女と過ごした、大切な時間の記憶まで失う事になる。君は、それでいいの?」
    「うる、さい……うるさいっ」
     寵と翡桜は、畳み掛けるように同時に飛び出すと。
    「ねえ……! 忘れたくないだろ、彼女さんのこと、その思い出っ……それを大切にして、君が人として生きることが、何よりの彼女さんの望みじゃないの……!?」
     寵は、オーラを纏う拳の猛撃を浴びせ。
    「…………やめて、くれよ……もう、俺は……」
     翡桜は、再び問う。
    「貴方の……彼女の、名前。教えていただけますか?」
    「…………」
     わずかな逡巡の後。
     ぽそり。落とされたその響きを、胸にしっかりと抱いて。
    「……沙雪さん。貴方までもが、闇に堕ちてしまったら。誰が、二人の楽しかった思い出を、守り続けるんですか……? 彼女はもう、持っていないのに。貴方までもが、失くしてしまっても、いいんですか? 本当に、貴方は、それで……」
    「ッ!!!!」
     ……深く。
     沙雪は声無く、しかし深く、慟哭の雄叫びをあげる。
     生死のやり取りをしながら、ふと訪れた、刹那の静寂の中で。
     沙雪の白い頬を、す……と、ひとすじ。雫が、伝った。
    「……なら…………とめて、くれよ。あんたたちが、さ……」
     それは、彼が片足を落としかけた闇から這い上がり、再び光の下で生きていくための、きっかけを掴み取った瞬間。理性と、思慕と、それゆえの後悔による、心からの懇願だったのだろう。
     翡桜は、淡く微笑み。ビハインドと共に踏み込み、振るう非実体の剣が放つまばゆい光は、彼の瞳にどう映っただろうか。
    「ああ、止めてやるさ」
     椿の渾身の一撃が、打ち込まれ、爆裂し。
    「お前の恋人は、もう二度と、手の届かないところに行っちまったんだ。俺も昔、守れなかった……自分の手で、傷つけた。だから。その力の使い方、教えてやるよ。一緒に行こうぜ、学園へ」
     武蔵坂学園の存在など、彼は知らないことだろう。しかし、その誘いは、行く先を見失った沙雪にとっては、暗闇に灯るほのかなろうそくの明かりのように思えたかもしれない。
     遥はスカートの裾を翻し、椿の身体を蝕む毒を癒しの光で浄化しながら、
    「踏みとどまってください、沙雪さん……そのまま、闇に飲まれてしまったら。彼女との思い出まで、消えてしまうから。二度と、戻ってはこないから」
     がくり、と。ゆっくりと沈み込む、沙雪の身体。剣呑な紅い瞳の光は、しかし、悲しみに満ちていて。
    「死にたいか」
     唐突に。今にも膝を折りそうな沙雪へ投げられた、簡潔に過ぎるリアンの問いは、いくつもの意味を持ち。
     肉体としての死を望むか。失ってしまった恋人、空虚な感情のままに彼女の側へ寄り添い、人として死ぬか。それとも。
     答えは……無かった。
     しかし。沙雪の瞳は、揺らぎに満ちていて。
     もう、その場の誰にも……彼の心が望むことは、明白だったのだ。
    「……分かった」
     ならば。覚悟を決めろ。
     生きる、覚悟を。
     握り締めた拳。リアンは、全身の膂力をもってそれを弓引き、ぎり、と留め。
     泣き笑いのような、ひどく儚げな、沙雪の頬へ。
     拳を。

    ●ひかり
     沙雪が、目覚めると。床へ仰向けに寝転び、頬の痛みに顔をしかめる彼の目の前には、眼鏡をかけた少年の、少しばかり不安そうな、でも、柔らかい微笑。
     そして、先ほどまで命をやりとりしていたはずの、彼らの暖かな笑顔。
    「……教えてくれますか。あなたのこと。あなたの大事だった……彼女のこと。全部、全部。これから、たくさん……だって、ぼくたち。もう、仲間ですから」
     沙雪の胸の中。思い出の本が、これ以上、破り取られることは無いだろう。
     遥の傍らで、ナノナノのなの太郎が、小さな両手を沙雪へとかざし。ふわり、ふわふわ。開いた窓から入り込む風に乗って、しゃぼん玉が、ゆらりと沙雪の鼻先へと飛び。
     ぱちん、と弾けて、彼を癒した。
     小気味の良い音が、せき止めていたものを全て、取り払ってしまったかのように。
     彼の瞳からは、大粒の雫がとめどなくあふれだし、こぼれ落ち。
     くしゃくしゃに濡れて、少しだけ、みっともない顔で。
     沙雪は、かすかに……微笑んだ。

    作者:墨谷幽 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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