夜桜紗幕

    ●花冷えの夜
     一足先に春を告げた梅が毀れ、吹き込む風も仄かに寒さが和らいできた頃。
     小さな小さな蕾の桜も、もうじき開花を迎えるだろう。
     朗らかな晴天の下、人々は宴に興じて春を祝い、桜は喜びのままに咲き誇る。
     けれど陽が暮れて、夜の帳が降ろされたなら――また違った『美』を識ることができるはず。
     都会の喧騒から逃れ、ひとときの癒しを求めてみては如何だろうか。

    ●開花宣言
     静かに夜桜を愛でるに相応しい場所を見つけたのだと、白椛・花深(高校生エクスブレイン・dn0173)は告げた。近隣の住人にもあまり知られてはいない、穴場的スポットなのだという。
     其処へ至るまでの並木道にも、桜の木々が植えられている。あちこちに飾られたぼんぼりが灯された時、映える花々は妖しくもまた風流だ。
     道沿いにはベンチもある。少し足を休めて、花を愛でるのも良いだろう。
     ちらほらと花弁が鏤められた道を通り抜ければ、目の前に広がるのは見事なまでの桜の大樹だ。
     此処でならシートを敷いて、宴を催せるはず。静謐に沈む夜を照らすのは、ぼんぼりと、頭上に浮かぶ朧の月。
    「昼どきの賑やかな花見も大好きなんだけどさ。夜の花見はこう、別世界に迷い込んだみたいな。不思議な気分になるんだ」
     幻想的であるからこそ、特別な時間に感じる。
     花深はそっと瞑目し、まだ見ぬ夜に想いを馳せながら語り始めた。
    「春に限ったことじゃあねーけど、花ってすぐに散っちまうからさ。拝むなら今のうちだぜ」
     折角の絶景を一人で欲張るには勿体無い。願わくば、皆と。
     宵の黒に浮かぶのは、淡やかな桜の紗幕。僅かな瞬間の中で、ともに笑い合うことができたなら。


    ■リプレイ

    ●花明の導
     月と雪洞に照らされ、宵に浮かぶ無数の桜達。
     夜道を歩む中、ニコルは思わずその絶景に見惚れて。
     開いた距離に気づいた壱が、手を差し伸べる。
    「――手ぇ、繋ぎましょうか」
    「……うんっ!」
     赤く染まるニコルの頬。握られた小さな指を、壱は優しく包む。
     忙しく辺りを見回した後、黒は悠里へ視線を向ける。
     舞い散る桜も綺麗だけど、何よりも彼女自身が綺麗だと、感嘆の余り呟く。
    (「えへへ、大好きですよ黒君」)
     共にベンチへ腰掛け、悠里は珈琲とサンドイッチ、そしてデザートを振る舞う。
     たこ焼きと紅茶入りの水筒をお供に、手を繋いで並び歩く人とオリキア。
    「来年も一緒に桜を見にこようねー」
     羽織から伝わる、人の温もり。目を伏せたオリキアを、人はそっと抱き寄せ。
    「うん。来年も、再来年も一緒に来よう」
     そっと頭を撫で、再び二人は歩き出す。
     ずっと桜が散らなければいーのに。
     ナディアが零せば、かごめは願いを込めて言う。
     約束の二千年先まで。今しか出逢えぬ特別な瞬間を共に見たいと。
     一つ首肯し、ナディアは「手、繋ご」とかごめへ掌を差し出す。
     重ねた手と手の温度は、夜風の冷たさを忘れさせる程に。
    「あったかいね、先輩」

     円は隣の小柄な夜音へちらり、視線を移す。
    (「夜音を真ん中にして歩くと、マジで同級生か疑いたくなるな…」)
    「東谷…やるかアレ」
     允が目配せを送り、思いは一つに。
    「ふぇ、ちょっと待って…!」
     当の夜音は慌ててあんまんを食べきって。二人で彼女の手を持ち、
    「「せーの、\宇宙じーん/」」
     道中の戯れ。道沿いのベンチで杯を交わすのは、もう少し先のこと。
     蓮二が構えるカメラのレンズは、今宵の桜を捉えていた。
     鵺白にカメラを譲れば、彼女は任せてと得意気になって受け取る。
     彼の頭を花弁で飾り、桜を背景に一枚。今一つな出来だったけれど、二人で笑い合う。
     それは何よりも大切な、想い出の証。
     数歩先を歩く蒼い娘の後姿は、桜によく映える。その光景を記念にと撮り収める稀音。
     振り返るオフィーリア。恥ずかしさと眠気を抑え、意地を張って。
     もう撮られぬようにと、稀音の背中に回り込んでぎゅっとしがみつく。
     互いに伝わる体温。小さなレディの頬は、桜色。
     樹は今宵、二人きりの時間を望んでいた。
    「こうして、温もりを感じることもできるしね」
     隣合ってベンチに座り、自分の腕に寄り添う樹の頭を拓馬はそっと撫でて。
    「……今年は去年より二人で一緒にいられたら嬉しいな」
     唯の身に舞い降りた、桜花弁を一つ摘んで。茅花は目許を緩める。
    「いっぱい、願い事が叶うわね?」
     真新しい薄紅色。春のまじないだと解した唯は想いの欠片を彼女に捧ぐ。
    「それじゃ、そのひとつを貴女にあげましょう」
     朧の眸を閉じ、茅花が願うは一つの想い。

     次に落ちる花弁を掴めたら、俺のコト名前で呼んでくれよ。
     理利の了承も得、錠は賭け事に挑む。
    「――捕まえた!」
     得意気に笑う錠。掌には桜の一片が。
     尤も、勝敗に関わらず理利は名で呼ぶ心算だったようで。
    「錠先輩…で、良いでしょうか」
     これからも宜しくお願いします。恩義を込め、再び名を呼ぶ。
     夜に映える桜花を眺め、明とアルバは語り合う。
    「どうだ? 桜の花は」
    「綺麗だしかわいいし、すごくステキ! アキラ、誘ってくれてアリガトウ!」
     かつて交わした、花見の約束。今宵それを、果たすことができた。
     友と歩む春の道に、注ぎたての珈琲が香る。
    「夜に浮かぶ桜、聡士は何が見える?」
     団子を一口頬張った相棒へ、時兎はふと問うた。
     それに対し、聡士は夜桜を仰ぎ見ながら陶然と目を細め、
    「――内緒」
     とだけ、返す。
     思った通りの答え。宙に踊る花弁を掌に握り、時兎が次いで口を開く。
     団子のお返しにと歌を所望され、聡士が口遊むのは即興の旋律――。
     香乃果の掌に、ふわり舞い降りた桜の花弁。
     この欠片を、押し花にしようか。時を止めれば忘れ得ぬ想い出として、息衝くと信じて。
    「完成したら、花深さんにも差し上げますね」
     傍らの少年へ、香乃果は緩やかに微笑みかける。
    「俺も忘れないさ、この夜を。…ありがとな、香乃果」
     贈られた苺大福を頬張り終え、花深はそれに応えるように目許を細めた。

     桜の花弁は儚くも、紡が伸ばした手から擦り抜ける。
    「こっちのが近いし頑丈だろう」
     藍はそんな彼女へ、掌を差し出して。
     時も景色も止まる事なく巡りゆく。けれど囁くような声音で、紡は小さく冀う。
    「藍先輩、また、次の年も」
     壱年前に契った約束を今宵、叶えられた様に。
     またこの先も重ねていこう――二人の、想い出を。
     壱の金糸の髪に絡んだ、一片の花弁。
     それをそっと摘み、晃平が明瞭に鳴らすは、親友へ送る桜笛の音色。
    「何時も有難う、と、……此れからも宜しく、ね」
     甘い仕草に、台詞に。
     そういうのは、女の子にしなさいよ――壱は片手で顔を覆い、敢えて小さな声で呟く。
    「……日頃の感謝なんて、こっちの台詞よ」
     待ち人に会えぬまま。
     人混みの中、ふと携帯から視線を外せば、嵐の目に映ったのは笑んだ様な月と桜。
     このまま歩いて行けば、颯人と逢える様な気がして。画面上で指を泳がせる。
    『じゃー、どっちが先に見つけるか競争な』
    『了解!』
     颯人もまた携帯を閉じて懐に。止まった足が再び動き出す。
     何よりも美しい『花』を、見つけ出す為に。
    「ヒヒヒ、オブさんもオスさんも可愛いですねぇ」
     桜並木を歩く中、円蔵は愛しい二匹の白蛇達を桜の花弁で着飾らせて。
     スマホに触れ、記念の写真を何枚も。
     夜桜を眺め、想起したのは去年の今頃の事。
     休憩の途中、譲はぽつりと話を切り出した。
    「なぁ煉火、その…わりぃ、心配かけた」
    「えー、どうしよっかな。寂しかったしなー……ふふっ」
     煉火は悪戯に笑って、一つ提案。――今、手を繋いでくれたら許してあげる!
     数秒の間。のちに譲は「ったく」と照れ臭そうに笑んで、掌を重ねる。
    「――卒業オメデト」
     桜から一旦、視線をアリスへ移し。暁は門出を祝う。
     対するアリスはそういえばそうだった、と笑み想い出して。
     暁は『約束』の代わりに、一片の花弁をアリスの掌へ。
     今宵の景色、暁なら画布にどう描くだろう。花弁を握りながら、告げる。
    「また一つ増えた『約束』を、楽しみにしているよ」
     傍らには黒猫を、鳥籠には愛鳥を。无凱は一人静かに、春の夜を楽しむ。
     瞠目し、懐に潜る漆黒の温もりをただ感じて。
    「昼間の、桜もすき、だけど……こっちも、いい、な」
     初めての夜桜に見惚れるユエの様子を見守る様に、百花は微笑を零す。
    「っとと。大丈夫、ユエ?」
     よろめく妹を直ぐさま支える百花。改めて、共に頭上を仰ぐ。
     宵空に、薄紅の天蓋。まるで吸い込まれる錯覚すら陥る程、美しい。
     宙を踊る花弁が、柚羽の掌にひらりと落ちる。
     月と桜を一望できる、ベンチからの眺め。
     また来年も、この光景を楽しむ事ができたなら。
     

    ●夜桜賛歌
    「月に照らしだされる桜、どうですか?」
     天嶺が花見の席にと選んだのは、桜と月とを一目で見渡せる場所。
     確かに此処ならば一枚絵。優志は眺め、ふと想う。
     お前も渋好みだな、と少しからかう様な、親しみを含んだ笑みを乗せ。
     天嶺が手渡す紅茶を受け取り、優志達【夜天薫香】は静かに夜桜を愛でる。
    「綺麗だね……」
     大樹を見上げた後、俊は【宵闇教室】の皆へお茶を配り始める。
    「疲れたので膝枕を希望なのにゃー」
    「……あら、英雄ったら♪」
     英雄は猫の様に甘えて寝転がり、タシュラフェルの膝を枕代わりにして。
     一方のタシュラフェルも楽しげに、彼をぎゅっと抱き寄せる。
     一つ、パニーニャが花見芸を披露。注いだジュースが消えてしまう、紙コップの手品だ。
     紙コップを逆さにすれば、固まったジュースは零れない筈が――、
    「ひゃ!? ……あぅ、髪、台無しよ~……」
     敢え無く、失敗。けれど楽しげな皆の笑い声は、いつまでも続いて。
    「しっかし、此処は華やかだねぇ?」
     缶コーヒーを片手に、拓哉は淡い笑みを浮かべる。
     彼が巡らせる視線の先にはクラブの仲間の他に、【井の頭中1C組】の級友達も居た。 
    「とゆーわけで、いっただきま~す♪」
     希紗は声を弾ませ箸を持ち、天花の卵焼きを頬張る。
     口の中に広がるのは、ふわりとした甘味。
    「ちょっと気合入れすぎた、かも? きっと全部食べられるよね!」
     進級祝いにと、張り切って作ったお弁当。天花も笑って箸を取る。
    「それにしても、夜桜って何かすごいねー」
     切り分けた林檎を齧り、リコは桜の木を仰ぐ。
     春が訪れ、もう2年生に。今年はどんな一年になるだろう。
     【雪桜】の面々も、大樹の許へと辿り着いた。
     一目観て、春は「きれい」と声を漏らす。
     初めて見る夜桜。夢心地のまま、ナターリヤは花弁と戯れて。
     花弁へ手を伸ばす皆はとても楽しげ。フィーネはくすり、と微笑ましく見つめる。
     傘を広げ、芥汰は茫と春宵を漫喫。
     皆の様子をちらと覗いていた彼の許にも、春の一片がふわり舞い込む。
     最も花弁を集めた栄えある1番は――ツェザリだ。
     喜びのままにお団子を食べたい所だけれど……此処はぐっと我慢の子。
     1位のご褒美は、仲良く分け合うことに。
     春に因み、フィーネも桜味のドロップスを配り回って。
     皆を見渡し、ユーレリアは口元に微笑を湛える。
     嗚呼、幾つもの幸せが咲いてると。
     8人皆で集めた花弁も、敷き詰めれば薄ら紅の布団ができあがる。
     誰か寝てみる? と春が訊ねれば、真っ先に凪流がごろんと寝転ぶ。
     無数の薄紅に包まれながら、皆もおいでよとひらり手招き。
    「ターニャのぬいぐるみも、お布団気に入った?」
     ツェザリの問いに、ナターリヤは兎のビアンカの手をひょいと上げ、勿論と合図。
     桜布団から仄かに漂う、春の香り。狐々愛はすっと目を細め、鬼灯の亡骸を抱えて横になる。
     ――楽しい……思い出、ここあ……うれしい、の。

    「えー、本日はお集まりいただきありがとうございます。
     あー……今日はいっぱい楽しんでこれを機にもっと皆で仲良くなろう! それでは――、」
     乾杯!
     【Jaeger】部長たる真人がスピーチを終え、皆が一斉に杯を上げる。
    「わー! すごい桜だね。ボクはお稲荷さんと団子作ってきたよー」
     稲荷寿司、団子ともに二種類ある様子。好きなのとってね、と燐花は振る舞う。
     大分名物、少し辛味が効いた唐揚げは紅葉から。おかずにどうぞと元気に皆へ。
     魚や野菜の手毬寿司を持参したのはアリアだ。
     自分の分にと唐辛子入りも紛れているのだが――誰かに当たらないことを祈って。
    「お花見にいいかな、って思って作ってみたよう」
     一通り食事が済み、篝莉が桜を型どった手製のマカロンを取り出す。
     桜の手作りクッキーも、同じ桜のモチーフだ。
    「わ、わたしのはちょっと、ぼろぼろですが……うぅ……」
     レジャーシートに広がるのは、甘く華やかな彩り達。
     狸尻尾に絡んだ桜花弁。九音が摘み、ふっと飛ばせば夜風に踊る。
    「来年はもっと強くなって、また来れるといいな」
    「そうだね。一年経っても、楽しくやっていけたらと思う」
     九音の独白を耳にして、夜桜を眺め京介が頷く。
     桜の花は短い命。故に満開の瞬間に立ち会えた今宵は貴重なひとときだと、壱里は感じて。
    「来年の今頃には、ライブハウス優勝です! あっ、皆さんで写真撮りましょう★」
     ひなこがカメラと三脚を準備して皆に呼びかける。
     俺が撮ろうか、と壱里が訊ねるがどうやらタイマーセットがあるようで。
     ――折角だから、皆で記念に。
     総勢11名の温かな笑顔が、写真枠に収まった。
    「むうッ、一句浮かんだわよッ!」
     此処でキングが声を上げ、ぱちん、と扇を閉じる。
    『春の宵 好い哉佳い哉 よよいのよい――(キング、心の俳句)』
     人の夢とは儚く、春の夜の夢もまた美しく、束の間で。
     霊犬のギンの頭を撫でた後、今はもういない愛する存在を懐うレイン。
     嘗てあなたと交わした、もう叶えられぬ契り。けれど今宵の桜の美しさを、伝えたくて。
     【八幡町高1-3】の面々が盛り上がる中、ゆるりはお手製のお茶や紅茶を皆に振る舞う。
     穏やかなこの時間が、永遠のものであれたらいいと願って。
    「電気のなかった頃は、夜桜なんて習慣あったっすかね」
     満開の桜を目にし、ぽつり毀れる天摩の言葉。
     桜も人も、一期一会。故に、この時間を大切に心に刻み込みたい。
     ほろり、和真の目が滲む。
     級友達とこうして共に過ごせるとは、幸せな夜だと感じて。
     大樹の下に勢揃いし、徒の提案で記念に写真を一つ。
     タイマーをセットし、撮影まであと数秒……。
    「っくしゃん!」
     徒のくしゃみと同時に、シャッター音。
     桜子が花見の為にと用意したのは、桜のシフォンケーキ。
     そして奏恵は桃の紅茶を淹れて、ふと、疑問符を浮かべる。
    「あ、でもこれって花より団子って言うのかな?」
    「花も団子も! で一挙両得じゃないかしら?」
     ね、ぴー助と桜子が訊ねれば、傍らの霊犬は頷く様に凛と一鳴きした。
     ――さくら、さくら。
     桜の大樹の上、夕霧は鼻唄交じりに口遊む。
     夜空を仰げば、朧月。まるで桜は雲のよう。
     きすいを抱き寄せ、囁く様に皐臣は訊ねる。
    「君はどうなんだ? 夜の初デートは」
     互いに眸を見澄ませ、きすいは想いを紡ぎ笑む。
     新しい世界へ踏み出せた様な、特別な夜。誰かを愛す自由を知って――、
    「きみに、夢中です」
     左手薬指に嵌めた二人の指輪が、月光を帯び煌めく。
     今、自分の想う『好き』は彼女のそれとは違うのだろう。
     けれど、恋愛を知らぬのなら今から知ればいい。
     アーサーが悩み抜いて出した答えは、
    「お試しでよければ…かなあ?」
     大きな瞬きを一度、二度。十萌の目に涙が滲む。
     彼を見つめ、大好きです、と再び告げる。
     もっと近くにおいで、と藍は静かに華凜を呼ぶ。
     手と手重ね、寄り添い合う二人。
     花冷えの肌寒さすら溶かす様な、優しい温度が互いの掌と心を満たして。
     その嬉しさ故、華凜の貌に柔らかな笑みが綻ぶ。
     願いは一つ――大切な今が、貴方とずっと続くように。
     大樹の下に敷いたビニールシートは、【連雀通りキャンパス 高校2年9組】の3人のもの。
     甘党である芥は、串団子や桜餅を持ち寄って。
    『ファルコン』に凭れ、頭上に咲き乱れる桜を見つめる。
     敦真が広げるのは重箱の弁当だ。
     特に卵焼きは芥のリクエスト。甘く作ったこだわりの品。
     花見団子に桜茶をお供に、流希はのんびり花を堪能する。
     来年には卒業。今宵という束の間のひとときを味わって。
     梢の隙間から覗く朧月を見つけた直後、「あった!」と弾む声。
     潤子は【大聖堂】の皆に、月を指し示す。
     4人で空を眺めるのは、いつ以来だろう。
     鼻歌を一旦止め、ギルドールは緩やかに笑む。
    「リアン、こういう時間も悪くないだろ」
    「…まぁな」
     投げかけられた言葉に、リアンは一言返して。
     温かな缶珈琲を飲み干し、朧月と桜をぼんやり見つめる。
    「また皆で来れて嬉しいな」
     カーティスも一つ、晴れやかな笑顔で頷いた。
     桜紗幕に浮かぶは、二つの人影。
     はらり散る花弁の中、エアンはそっと彼女の唇に己のそれを重ねて。
    「……夢だと思うなら、もう一度確かめてみる?」
     うん、と頷いて瞳を伏せる百花。
     唇に触れた温もりは、果たして夢か現か。
    「夜桜、本当に綺麗だけど…それに見惚れてる楠木はもっと綺麗だな」
     ――て、何を言っているんだ俺!?
     心から想った言葉を口にした後、当麻は我に返る。
     音々は礼を伝えようにも、動揺の余りペンは何も綴れず。
     だが少し逡巡し、当麻の手に触れて。
    『…ありがと。ございます』
     それは二人だけが識れる言葉。当麻は照れ笑いで言葉を返す。
    「また、一緒に来ような」
     紫手製の手鞠寿司を頬張り、「くーも食べる?」と訊ねる殊亜。
     霊犬のくーは物欲しげに一鳴き。彼の元へ駆け寄り、もふもふと抱き寄せられ。
     美味しそうに食べてくれる恋人の顔を見やり、紫は顔を赤らめる。
     殊亜の愛機・ディープファイアにはマフラーを巻き、紫は軽いキスをして。
     表情は変わらないけれど、何処か喜んでいるように見えた。
     なっちゃんの気遣うような視線に対し、千結は精一杯に微笑む。
     揺れ動く心は、未だ定まらぬまま。舞い込んできた桜花弁が掌に。
     ふと思い至る。せめて彼に、この春のお土産を贈ろう、と。
     団子を平らげ、鷲司はふと想うのは新しい学び舎の事。
     理系を志望しながらも、何をしたいかが定まっていないと零す彩希。
     ――けれど、今後も二人で歩んでいく事に変わりはない。
    「大学行ってからも、それから先もよろしく頼むな」
     それから、先も。鷲司の一言に、彩希の顔は真っ赤に染まる。
     持ち込んだコーラ缶を飲むエルザの隣には、何かと自分に構う男が一人。
    (「冒険仲間としては、悪くはないのかも知れないが」)
     酔狂だろうと構わない……否、身の程を弁えるべきか。然しせめて一言だけ。
     既濁は告げる。楽しかったぜ、ありがとうと。

     ――美しく咲くあなたは、見上げる人の表情を覚えているかしら。
     依子は眸を閉じた。永く息衝く樹の力強さが、幹に添えた掌越しに伝わる。
     妖しい美しさを供助も感じながら、「気がすんだら戻るべ」と姉に向けて。
     共に去る姉弟。二人の背を見送るように、夜風が桜の枝を揺らす。

    作者:貴志まほろば 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月4日
    難度:簡単
    参加:104人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 16/キャラが大事にされていた 8
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