青月と骸

    作者:温水ミチ

     人里離れた山の中。いつしか忘れ去られた、名もなき城址。
     吹く風に草木の揺れるその場所に、スサノオはいた。
     白い毛並みはちらちらと、青い月の如く冷たく燃える。
     闇夜の如き黒の目は、月明かりに照らされる景色じっと見つめ――。
     オン、と短くも重々しい咆哮が轟けば、不意に大地は揺れる。
     冷たい土の下、名もなき骸が『怨』と応えた。

    「さあて、お耳を拝借。……ついに、スサノオの動きを掴んだよ」
     そう言って眼鏡を押し上げた尾木・九郎(若年寄エクスブレイン・dn0177)に、集まった灼滅者達がどよめいた。
    「青い月みたいな毛色、闇夜みたいな黒い目。青月のスサノオ……そいつが現れる場所を予知したのさ。それと、生み出そうとしている古の畏れに関してもねえ」
     今までその動きを予知することのできなかったスサノオ。だが、青月のスサノオとの因縁を持つ灼滅者が多くなったことで、九郎は不完全ながらもその動きを捕えることに成功した。
     九郎によると、今回スサノオが現れるのは山間にある名もなき城址だ。そこではかつて、籠城していた人々が味方に裏切られ餓死したという伝承があるらしい。味方を待ち、餓え死んでいった人々の怨念から生み出されようとしている古の畏れは、無数の人骨によってできた巨大な髑髏の姿をしているのだという。

    「ちなみにねえ、青月のスサノオと戦う方法は2つあるのさ」
     1つ目は、スサノオが古の畏れを呼び出そうとした直後に襲撃を行う方法。この場合、6分以内にスサノオを撃破できなければ、古の畏れがスサノオの配下として襲いかかってくる。そうなるとスサノオが古の畏れに後を任せ撤退してしまう恐れが生じる為、短時間での勝利が必要になる。
    「もしお前さん達に自信があるなら、さっさと片付けちまう方が楽だろうねえ」
     何故なら、6分以内にスサノオを倒すことが出来れば古の畏れは現れる前に消滅するからだと九郎は言う。
    「あとは、スサノオが去っていくとこを狙うか、さ」
     それが、2つ目の。スサノオが古の畏れを呼び出し、去っていこうとする所を襲撃するという方法だ。古の畏れから距離が離れたところを狙えば、スサノオだけに的を絞って戦うことが出来る。けれど、その場合はスサノオに勝利した後、今度は古の畏れとも戦わねばならない。時間制限はないが連戦となる分、それ相応の実力と継戦能力が必要になるだろうと九郎は説明した。
     青月のスサノオは、今までに生み出してきた古の畏れと同じ手段で攻撃してくる。爪や牙は勿論、攻撃手段は敵ながら多彩だ。対応を誤れば、灼滅者とてその身が危ない。
    「それにさ、髑髏の方だって手強い相手に違いはない」
     巨大な髑髏は宙を飛び、縄で獲物を捕え、かつての飢えを癒そうと食らいついてくる。また髑髏が叫べば、その禍々しい響きは灼滅者達の心をも食い荒らすだろう。
    「どう戦うか、それはお前さん達次第だ。だが、方法を誤ればどんな結果になるか……心してかかっておくれ」
     九郎は唇を噛んだ。それでも、と言葉を続ける。
    「ようやく掴んだスサノオの尾っぽだ。この機を逃さず、必ず灼滅して欲しい。……どうか、頼む」
     そう言って、九郎はいつになく厳しい表情で灼滅者達を見送るのだった。


    参加者
    獅之宮・くるり(暴君ネコ・d00583)
    色射・緋頼(兵器として育てられた少女・d01617)
    貳鬼・宿儺(双貌乃斬鬼・d02246)
    苑田・歌菜(人生芸無・d02293)
    伊勢・雪緒(待雪想・d06823)
    リュカ・シャリエール(いばらの騎士・d11909)
    廣羽・杏理(トリッククレリック・d16834)

    ■リプレイ

    ●怨を呼び覚ます獣
     涼やかな春の夜の風が吹き抜ける山間の草地に今、カタカタと骨のぶつかりあう音が幾重にも響いていた。かつて城があったという地を埋め尽くすように、地面から湧き上る無数の骨、骨、また骨。それらはゆっくりと寄り合わさり、巨大な髑髏の姿を成そうと蠢いていた。だが――スサノオはそれを見届けることなく木立へと消える。
     一方、やはり木立の中に身を潜めていた灼滅者達も動き出した。彼らは少しずつ形を成していく骸を横目に、木々の合間をしなやかに駆けていくスサノオを追い――。追手の存在に気付いたのか。スサノオは不意に走る速度を落とし、やがて足を止め振り返った。
     月明かりに照らされる木立の中、小さな風が吹く度にゆらゆらと揺れる青白い毛並み。姿の見えぬ追手を探す闇夜の瞳。警戒を露わにする青月のスサノオの前に、灼滅者達は姿を現す。
    「青月のスサノオ! やっと見つけたぞ。お前の蘇らせる怨念もろとも、ここで絶つ……!」
     かつて青月のスサノオに生み出された女武者と戦った日のことを思い返し、ラシェリール・ハプスリンゲン(白虹孔雀・d09458)は決意を胸に足を踏み出した。
    「スサノオ……畏れを呼び穢れを広めて何をする心算なのです。悲しみを呼び起こし死者を辱めるのは、もうやめるのです!」
     青月のスサノオが生み出してきた古の畏れには、多くの悲しみと不幸がまつわる。それを目の当たりにしてきた1人として、スサノオに問いかける伊勢・雪緒(待雪想・d06823)の声にも、様々な思いが滲んでいるようだった。
     しかし、そんな言葉もスサノオに届くことはなく――獣はただ、灼滅者達に食らいつく瞬間を待っているようだ。
    「青月……敵がその名を冠すならば、我は月呑む魔狼と成らん」
     ならば刀で語るまでと、貳鬼・宿儺(双貌乃斬鬼・d02246)は日本刀の柄に手をかけ。
    「2体目のスサノオ討伐、倒さないと……倒します!」
     リュカ・シャリエール(いばらの騎士・d11909)は手にしたランタンをそっと撫で、蒼い火を灯した。すると、その目からみるみる抜けていく光。
    「ところでこのスサノオ、新宿の分裂体、ですよね? 別個体だったりします?」
     一方、木陰から月明かりの下へ出た廣羽・杏理(トリッククレリック・d16834)は目の前のスサノオを見て首を傾げ。
    「スサノオの神話を読むと、畏れを生み出すのは目的でない気がしますが、どうなんでしょうね」
    「確かに、スサノオって古の畏れの力を集めてるみたいに見えるのよね」
     杏理の言葉に、苑田・歌菜(人生芸無・d02293)も冷静に頷いて答えた。そして、何にせよと歌菜は続ける。
    「集めた力、残念だけど……ここで断ち切らせてもらうわ」
    「そうだな! スサノオ、古の畏れ、共に野放しには出来ぬ。何がなんでも、今この場で確りきっちり灼滅させてもらうぞ!」
     獅之宮・くるり(暴君ネコ・d00583)が高らかに宣言すれば、スサノオも体勢を低くし灼滅者達の敵意に応えた。
     それを見据えていた色射・緋頼(兵器として育てられた少女・d01617)は、スサノオの注意を引くようにひらりと手を閃かせ。
    「それでは灼滅者の役目を果たすと致しましょう」
     緋頼の言葉と同時に、スサノオの足元から奪われていく熱。スサノオは小さく唸るとそこから駈け出そうとしたが、それよりも早く歌菜の指輪から撃ち出された弾がスサノオの腹を食い破った。次の瞬間、怒りの唸りを上げたスサノオが、牙を剥き灼滅者達へと飛びかかる。
    「攻撃はそう簡単に通しませんよ」
     突き刺さるような鋭さでくるりに突っ込んできたスサノオを、緋頼はその全身で受け止め防いだ。だが、守ることに徹して尚余りある衝撃にぐぅと息が詰まる。けれど、戦いはまだ始まったばかりだ。
    「ひよりん、ありがとだ! さて、キリキリ行こうぞ皆の衆!」
     緋頼が咳き込み荒い呼吸を繰り返すその横から、くるりが槍を振り回し飛び出していく。ゴゥと空気を巻き込むようにして突き出された穂先が、スサノオの肩口へと捩じり込まれた。

    ●青月、燃ゆる
     青月のスサノオと交戦すること、しばし。状況は灼滅者達の優勢だった。スサノオはその毛並みを己の鮮血で斑に染め、鋭い牙の覗く口からはハッハッと浅く早い呼吸を漏らしている。――だが、スサノオの繰り出す多様な攻撃は少なからず灼滅者達の負担を増やし、体力を奪っていた。
    「気をつけろ、来るぞ!」
    「獅之宮さん、私に任せて下さい!」
     仲間達を庇い、雪緒の身体はすでに傷だらけだった。けれどもくるりの声に力強く答え、雪緒は迫りくるスサノオの前に身を晒す。そしてスサノオの爪が雪緒の身体を斬り裂くかと思われたその時、足元から音もなく伸びた影がスサノオの身体に絡みついた。そこを霊犬の八風が、駆け抜け様に斬魔刀でバサリと斬り抜く。
     次いで、唸りを上げたリュカのチェーンソー。駆動音を響かせる刃を手に、リュカは恐れも躊躇もなくスサノオへと突っ込んでいく。その刃に肉を抉られたスサノオは、悲痛な声で吠えて地面へと崩れた。が、灼滅者達はスサノオが完全に沈黙するその時まで止まることはない。
     宿儺は崩れたスサノオの背後へ走ると、勢いよく刀を獣の足へ突き立てて腱を断ち切った。スサノオが一層悲愴な声で鳴いたが、それが宿儺の表情を揺るがすことはない。
     と、己の不利を悟ったか、スサノオの目付きが変わる。振り絞るように吠えたスサノオが、傷ついた足から血が噴き出すのもそのままに再び疾走する。そして爪を閃かせながら前衛達の間を駆け抜ければ、まるで刃物で裂かれたかのような鮮やかな傷が灼滅者達の身体に刻まれた。
    「誰も倒れさせない。回復はまかせてくれ」
    「厳しい戦いになるのは分かっていました。けれど死者も、怪我人も出したくは……ないんです」
     苦悶の声を上げる前衛達を励ますように、ラシェリールと杏理が唇に乗せる祝福の言葉。優しく吹き渡った癒しの風に背中を押されるように、灼滅者達は武器を握る手に力を籠めスサノオに立ち向かっていく。
    「あなたを倒すために、私はここにいるのですから」
     緋頼が繰る鋼糸は目にも止まらぬ速さで宙を舞い、スサノオの身体を斬り裂いた。
    「大丈夫よ。私の計算では……もうこのスサノオの余力は僅かだわ」
     歌菜もそう言いながら手をかざして魔法弾を放ち、撃ち抜かれ反動によろめいたスサノオにくるりがロッドが思い切り叩きつける。
     注がれた魔力に爆ぜたスサノオは、煙を上げながら自棄になってくるりに突っ込んだ。スサノオの爪はくるりの腕を裂き、そこから流れ込んだ毒がくるりの身体を侵す。
     雪緒はくるりを庇うように鬼の腕でスサノオを薙ごうとしたが、しかしスサノオは跳ねるようにそれを避けた。そのままスサノオは灼滅者達から距離をとるように後ずさろうとした――が。
    「終結……青月、我が炎に呑まれて朽ちよ」
     上段に構えた宿儺の腕から炎は流れ、刀は激しいそれを宿して燃え上がる。渾身の力で振り下ろされたそれがスサノオを打てば、青白い毛並みにも赤い炎が燃え移った。スサノオは炎に焼かれ、もがき苦しむように跳ね回っていたが――やがて力尽き、青月は闇夜に消えた。
    「……終わりましたね」
     激しい戦いの幕切れに、杏理はぽつりと呟く。その目が見つめるのは、スサノオの燃え尽きた辺り。杏理は静かに十字を切ると、全員の無事を確認するように仲間達を見回した。
     満身創痍の灼滅者達だったが、次は古の畏れが待ち受けている。名もなき骸は今も、城址で悍ましい姿をさらしているのだ。
    「少し休むます。思ったよりダメージが大きいでした。ポジションの変えた方でよさそうましょう」
     リュカがの言葉に灼滅者達は少しの逡巡の末頷き、草の上に腰を下ろすと束の間の休息を取り始めた。

    ●名もなき骸共よ眠れ
     城址へと舞い戻った灼滅者達を出迎えた、大地から伸びる荒縄に繋がれた巨大な髑髏。名無しの骸は対峙するなり、禍々しい叫びを『怨』と上げ灼滅者達を飲み込む。
     休息をとり、積み重なったダメージも手術を施し、さらに隊列も組み換え臨んだ第2の戦いだったが――灼滅者達はじわじわと骸の力を削いではいるものの、中々止めを刺すことができずにいた。
     そしてまた、骸が『怨』と叫ぶ。放たれた怨嗟の波は空気を震わせ、後衛達を襲う。
     骸を前に再びベルセルクと化したリュカは、それでも怯むことなく無慈悲な斬撃を見舞った。だが、その身体にもダメージは間違いなく積み重なっている。
    「大丈夫。傷は癒した。もう少し……きっともう少しだ」
     仲間達を背に庇いながら、ラシェリールは剣に刻まれた祝福の言葉で風を開放した。もう少し、と懸命に仲間達を鼓舞すれば。
    「僕は……まだ倒れるわけにはいきません……!」
     杏理が唇を噛みしめながら、骸へとロッドを振り下ろす。爆発した骸の表面からカラカラと剥離し滑落する、小さな誰かの骨。骸が悶えるように震えれば、さらにカラカラ骨は落ちる。そんな光景から視線を外すと、緋頼は自分達を護る杏理の背に向けて指先に集めた霊力を撃ち出した。同時に、歌菜も暗き想念を集めると骸へと漆黒の弾丸を放つ。
    「くっ……まだ倒れないのか……」
    「あともう少しだと思うのです。だから、穢れは祓いましょう。あの人達が比良坂を降りて行ける様に。そして……みんなで一緒に帰りましょう?」
     もう一息のところまで来ている筈なのに、未だ倒れぬ骸。負った傷口を押さえ呻いたラシェリールへ、雪緒が励ますように霊力を放ち癒す。
    「誰か、すくなんとあんりにも回復を頼む!」
     前衛陣の消耗を、くるりは槍を繰り出しながら仲間達へと知らせた、けれど。
    「八風……! 色射さん……!!」
     城址に響いた、悲痛な声。踊るようにして前衛の頭上を飛び越えた骸は、その大きな口を開いて後衛達に食らいついた。骸の歯がガチガチと肉を裂き骨に食い込めば――雪緒を守って飛び込んだ八風が消滅し、そしてついに緋頼が倒れた。
    「(ボクは戦う。失わせはしないよ、ファミーユ……)」
     リュカの影が骸を呑み込み食らう。その瞳にちらりと燃えて映る蒼光。そこへ宿儺の宿した赤が重なり、骸は炎を纏いカタカタと蠢く。その音はまるで、笑い声のようだ。
     あと少し。灼滅者達はそう信じて武器を繰る。だが、今度は眼前の敵を食らわんとする骸の口。
    「無念……我はこれまで……後事を頼む」
    「あと少し、のはずなのに。ぼ、くは……」
     最前線で戦い続けた宿儺、そして敵の攻撃を引き受け続けた杏理も力なく地面に崩れ落ちる。
     これで、3人の戦力が欠けてしまった。事前に決めていた撤退のデッドラインである。あと1歩のところまできて、ここで退くのか。灼滅者達は倒れた仲間を見、傷だらけで立っている仲間と視線を交わす。
    「本当に、あと少しのはずだわ。勝率は決して低くない。……私達が、諦めなければ」
     そう、呟いたのは歌菜だった。そして、それに残る全員が決意した表情で頷く。灼滅者達の士気が、一気に高まった。
    「こんな所で、倒れてたまるか!」
     ラシェリールは両の手にオーラを集束すると、骸目がけて勢いよく放ち。
    「畏れの呪縛の力と私の炎、どちらが強いか勝負させてもらうわ。じわじわと責め立てるって所は、お互いよく似てるのかも、ね」
     歌菜はかすかに笑みを浮かべて、燃え上がる拳を叩きつける。
    「絶対に帰るのです。待ってる人がいるのです。だから、負けません……!」
     雪緒が光の剣で骸を斬れば、またカラカラと骨が剥がれ落ちていった。気付けば、髑髏を成していた骨も剥がれ落ち、骸は随分と脆そうになっている。
    「行くぞ! これで、本当に最後なのだー!!」
     くるりはその拳を、渾身の力で骸に叩き込んでいった。一打ごとに骨は剥がれ、やがて骸は大地に骨の山を築き――そして最後の一打が撃ち込まれた時、骸はガランと派手な音を立て崩れ去った。
    「終わりでしょう、ます」
     静かなリュカの呟き。見上げれば、夜空には変わらずに月と星が瞬いている。骸の消え去った城址に、夜明けはまだ来ないだろう。けれど、灼滅者達が厳しい戦いに勝利を治めたこの場所に――青月が輝くことはもうないのだ。

    作者:温水ミチ 重傷:色射・緋頼(色即是緋・d01617) 貳鬼・宿儺(双貌乃斬鬼・d02246) 廣羽・杏理(アナスタシス・d16834) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月3日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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