久遠の誕生日~春の桜、スコーン日和

    作者:悠久

    「柊さん、そろそろ学園にも慣れてきたかい?」
     不意に背後から掛けられた声。
     柊・久遠(小学生ダンピール・dn0185)が振り返ると、いつもの如くにこやかな笑みを浮かべた宮乃・戒(高校生エクスブレイン・dn0178)がひらひらと手を振っていた。
     久遠がこくんと頷くと、それはよかった、と戒は笑って。
    「誕生日も近いことだし、パーティー的な何かを企画しようと思うんだけど、希望はあるかい?」
     やりたいこととか、食べたいものとか。
     戒にそう尋ねられ、久遠はしばし沈黙と共に固まる。思考中だ。
     ――やがて。
    「……これ」
     久遠は両手で抱えていた本を差し出した。
     タイトルは『スコーンの作り方~はじめてのアフタヌーンティー』。


    「というわけで、皆でスコーンを焼いてみないかい?」
     教室に現れた戒は、生徒達にそう語り掛けた。隣には久遠の姿もある。
     日時は4月4日。家庭科室の利用許可は既に取得済みだ。
     丸い英国式、三角形の北米式。中に入れる具材もチョコや紅茶、ドライフルーツにナッツと、色々なものが考えられる。思いがけないものを具材にするのも面白い……いや、美味しいかもしれない。
     きっと、焼いた人の数だけ色々な味のスコーンが出来るだろう。
    「材料はこちらで用意しておくから。焼き上がったら、皆でお茶会をしよう」
     校庭の片隅には満開の桜。その近くにテーブルや椅子を出して、花見と洒落込むのだ。
     焼きたてのスコーンと、美味しい紅茶やコーヒー。緑茶もいい。
     のんびりとした午後のひとときを楽しむのも、たまにはいいのではないだろうか。
     ちなみに、その日は久遠の誕生日。今回の企画もそれに絡めたものとのことで。
    「……皆と一緒に、何かをしてみたいって、思って」
     だから。
     よろしくお願いします、と頭を下げる久遠はいつもの無表情。
     けれど、その頬は緊張のためか、ほんのり赤く染まっていた。


    ■リプレイ

    ●さあ、スコーンを焼こう
     昼下がりの家庭科室に、生徒達が集まっていた。
     年齢も学年もばらばら。けれど、同じ目的がある。
     色とりどりのエプロンを着け、長い髪はまとめて。
     最後に手を洗えば準備は完了。
     そう――スコーンを焼くのだ。

     久遠の誕生日ということで開かれたこの催し。
    「久遠さん、お誕生日おめでとう」
     アリスから差し出されたプレゼントは、フレーバーティーの詰め合わせ。
     慌てて受け取る久遠の手元から、ふわんと素敵な香りが立ちのぼった。
    「……あ、ありがとう、ございます」
     口下手な久遠は、必死に感謝の言葉を探す。
     そんな様子に、アリスは悪戯っぽく微笑して。
    「ふふ、スコーンなら任せなさい」
     英国出身としては馴染み深い家庭料理のスコーン。
     手早く作り上げた生地に混ぜ込んだのは抹茶、キャラメル、チョコチップ。
     丸く型抜きして余熱したオーブンに入れれば、作業工程は終了。
    「さて、次はお茶会の準備ね」

     よし、と気合を入れてレシピを開く久遠へ近付くのは、瑠威。
    「久遠ちゃん、久しぶり。誕生日おめでとう」
     顔を合わせるのは、闇堕ちした彼女を助けて以来。
     どうしているか心配だったのだが、元気そうで安堵する。
     一緒に作ろう、と提案すれば久遠はぱっと瞳を輝かせた。
    「初めまして、私はLucileよ。宜しくね」
     次いで声を掛けたリュシールは、ちょん、と久遠へ会釈した。
    「同い年の子が、お誕生日にお茶会なんて素敵な事するって聞いてね。参加して仲良くなりたくなったの」
     しかも料理となれば、ここは腕の見せどころ。
    「私、我が家の料理長だから」
     えへん、と胸を張るリュシールに、久遠は尊敬の眼差しを送った。
     材料を計り、まずはプレーンの生地から。
     ソーセージや粒チーズも後で混ぜてみよう。リュシールの顔へ、自然と笑みが零れる。
     咲結が作るのは、苺とヨーグルト、クリームチーズを使った春色のスコーン。
     春生まれの久遠をイメージして。ハート型に繰り抜けば、爽やかで可愛らしく。
     後は焦げないよう、慎重に。
    「初めて作るけど、頑張って美味しいの作るからね!」
     頷く久遠の頬はすっかり粉だらけ。咲結は鈴の音のような笑みを漏らした。
    「誕生日おめでとう、久遠」
     はじめまして、とミルドレッドは優雅に一礼。
     久遠は、少し照れたような微笑。
     こうして向き合うと、似ている、と思う。身長だけは異なるけれど。
    「今日は祖国、英国式のスコーンをご馳走するよ」
     久遠の隣に並び、ミルドレッドは手際よく作業を進めて。
     とはいえ、生地は少し不恰好。不器用なのだった。
    「でも、味には自信があるからね?」
    「……うん、楽しみ」
     ミルドレッドの言葉に、久遠は嬉しそうに頷いた。

     アスルと壱はスコーン作り初挑戦。
    「シノ、がんばろ……!」
    「ええ、頑張りましょ!」
     気合い充分、2人で腕まくりをする。
    「ねぇルー、これで良いと思う?」
    「あってる、思う……」
     壱の言葉に、アスルは自信なさげにレシピとにらめっこ。
     ひとつずつ確認しながら作業を進めて、生地は2人で半分こ。
     片方はシンプルなプレーン。もう片方には壱が桜の塩漬けを乗せる。
     2人並んで神妙にオーブンを見つめれば、やがて立派なスコーンの出来上がり。
    「できた、できた。おいしそ、ですー」
    「すごいすごい、ちゃんとできたみたいっ」
     初めての挑戦、無事成功! と思わず2人でハイタッチ。
     完成したスコーンには思い思いのトッピング。
     アスルは上から溶けたミルクチョコレートをかけ、星の砂糖菓子を散らして。
     壱は桜の香り漂うスコーンへ、そっと桜餡を沿える。
    「ルーのスコーン、かわいい!」
    「お星様、好きです。シノも、好き。一緒、ですか?」
    「ええ、アタシも大好き」
     瞳を輝かせる壱の言葉に、アスルは幸せそうに目を細めて。
    「シノの、桜、ですか?」
    「そうよ。春らしいでしょ。……でも」
     悪戯っぽく壱が笑う。
    「食べちゃうの、もったいないくらいね」
     視線の先には2つのスコーン。
     星と桜。大好きなものを分け合うようにお茶会を待とう。

    『銀月』の面々はひとつの机を囲む。付属のオーブンは余熱中だ。
    「うーん、どんなスコーンを作ろうかなぁ」
    「おっと、今日はゆまはここ。休んでなさい」
    「え、え?」
     半ば強引に椅子へ座らされ、ゆまの顔は疑問符でいっぱい。
     目の前では、律が材料を用意している。
    「休んで……って、何で? っていうか、りっちゃんが作るのっ?」
     目を丸くするゆま。律は心外そうに肩を竦めて。
    「あのなーゆま、そんな不安そうに見てないでくれる?」
    「だって……どうしよう、明日世界が終わるかもしれない……」
    「んな大袈裟な……」
     とはいえ、律の手先が器用なのはゆまも承知のとおり。
     ヘルシーにおからを使用し、多少ぎこちないながらも作業を進めていく。
     律の横ではムウが手際よく生地をまとめ、あっという間に成形まで終わらせてしまう。
    「たまには仕事以外で作らんとな」
     と、焼き上がったのはプレーンなスコーン。
     冷めた頃を見計らい、チョコペンでさらさらと『Happy birthday』を描く。シンプルだからこそ映える飾り付けだ。
    「ヴェステンボルクの兄さんはさすが、ですわ」
    「諫早こそ」
     と、感嘆の声を上げた伊織に返すムウ。
     言葉どおり、伊織の手元にも紅茶やブルーベリーの練り込まれたスコーンがきれいに焼き上がっている。
    「大したもんやありまへん。オレのはただの器用貧乏ですし」
    「いやいや。ムウ先輩も諫早先輩も俺から見ればすげーし……味見……」
     ぽつりと呟いて、すぐにゴメンナサイと縮こまる律。
     もう、と呆れたように笑うゆま。
     彼女が少し早い片付けを始める横で、スコーンの盛りつけは最後の仕上げ。
     クロテッドクリームを添える伊織。律は苺と生クリームをスコーンの皿に乗せて。
    「あ、ムウ先輩。柊サンにあげるなら、コレも持ってってよ。……それから」
     と、熱心に片付けを進めるゆまの近くへ置かれるスコーンの皿。
    「何でくれるの? 誕生日……柊さんでしょ? わたしの?」
    「そ。お前もこの前、誕生日だっただろ」
    「あ、ありがと……」
     思いがけないプレゼントに、ゆまは頬を染めた。
     感謝の言葉にそっぽ向く律へ、
    「神堂、お前のツンデレとか誰が得するんだ?」
     ムウが突っ込み、伊織も笑う。
     ――ひとつ増えた、お茶会の楽しみ。

     校庭の桜の下、お茶会は間もなく始まろうとしていた。
     たくさんのスコーンを前にそわそわする久遠へ、銀のトレーを持ったムウが近付いて。
    「柊、久しぶり。元気そうで何よりだ」
     誕生日ケーキの代わりにこれをどうぞ、と差し出されたスコーンの皿は自身と律のもの、2つ。
     続いて、伊織からも差し出される皿。
    「姉さんにとって、この一年が素敵なものになるとえぇな」
    「あ、えっと……ありがとう、ございます!」
     凄く嬉しい、と。
     久遠は素直な微笑みを浮かべ、ぺこりと頭を下げた。

    ●桜の下のお茶会
     校庭の片隅には満開の桜。
     すぐ近くにテーブルと椅子を用意すれば、そこはお花見の特等席。
     テーブルの上には、アリスの用意した3段のティースタンドがそびえ立つ。
     スコーンを乗せれば、まるで本格的なアフタヌーンティー。
    「マサラチャイを持ってきたから、興味ある人は飲んでみて」
     と、アリスは給仕を務める姿勢だ。
     ミルドレッドはスコーンへクロテッドクリームやジャムを添えて。
    「さ、どうぞ召し上がれ」
     せっかくだから、と久遠や周囲へも勧める。味は絶品だ。
    「私からも、自家製のジャムをどうぞ」
     と、優歌は色鮮やかなジャムの瓶を数本、テーブルの上へ乗せた。
     いつもは作る側に回ることが多いが、今日はたくさん焼けたスコーンを楽しむ方へ。
     ぐるりと周囲を見渡すだけでも、色彩豊か。あちこちから良い香りが漂ってくる。
     さっくりと焼けた生地に手製のジャムを乗せ、紅茶をひと口。至福の瞬間だ。
     瑠威は、久遠と共に作ったスコーンをおそるおそるひと口。
     形こそ不恰好なものの、とても美味しかった。
     それはきっと、頑張って作ったから。一緒に作れたから。 
    「久遠ちゃん、これからもみんなで頑張っていこうね」
     今日のように――と。
     うん、と久遠が頷いた。
    「春色ハート型スコーン、久遠ちゃんもどうぞ」
     咲結の差し出したスコーンをひと口、頬を緩める久遠。
     お返しに、と手渡したのはプレーンなスコーン。バターの香りが口の中に広がる。
    「お誕生日おめでとう。久遠ちゃんにたくさんの幸せが訪れますように」
     陽だまりのように、咲結が微笑んだ。

    「柊さん、お誕生日おめでとうございますっ」
     あずさからの贈り物は、透かしの入った白い包装に鮮やかな緋色のリボン。
     中には、苺をまるごとホワイトチョコで包んだトリュフが並んでいる。
    「……チョコ、だ! ありがとう、ございます」
     お菓子好きの久遠は、それを見てぱっと頬を赤く染めた。
    「それから、宮乃先輩もどうぞっ。いつもエクスブレインのお仕事、ありがとうございます」
     少し離れた場所で静かに久遠を見守っていた戒は、突然のプレゼントに目を丸くして。
    「僕にも? ……すごく嬉しいよ。ありがとう」
     驚きは、すぐに満面の笑みへと変わる。
     あずさがプレゼントを渡し終えたところで、クラウィスも色とりどりのリボンを久遠へ贈る。
     久遠と会うのは救出時以来。無事に学園生活を楽しむその姿に安堵して。
    「これからも、柊様と沢山のモノに繋がる絆がありますように」
    「……えと、あの。いっぱい、ありがとう、ございます」
     優しい祝福。柔らかな言葉。
     必死に感謝を伝えようとする久遠の様子に、クラウィスは穏やかな微笑を浮かべた。
     プレゼントを無事に渡し終えたなら、次は優雅にお茶会の準備を。
     クラウィスが丁寧な所作で紅茶を準備すれば、あずさは皿にスコーンを盛り付け。
     差し出されたティーカップからは芳醇な香り。
    「クラウィスのお茶、今日もとっても美味しいですっ」
    「ありがとうございます、あずささん」
     優雅に一礼するクラウィス。日頃、執事として培った力量が存分に発揮されていた。

     桜の下で英国式のお茶会なんて、なかなか無い機会ではないだろうか、と。
     朱彦と初衣の前には、少し不恰好なスコーン。
     2人ともあまり料理は得意でなくて、悪戦苦闘しながら作り上げた一品だ。
     小麦粉を倒してしまったり、ホイップを散らかしたり。
     調理中の自分の失敗を思い出すたび、初衣の白い頬がほんのりと朱に染まる。
    「でも、お腹に入ったら一緒やからね」
     美味しければ何の問題もない、と朱彦はそんな彼女を優しく見つめ。
    「飲み物は紅茶にします?」
    「あ、こう、ちゃで……あの、ミ、ルク、と、おさと、う、いっぱ、い、いれま、す……」
     今にも消え入りそうな声で、初衣はたどたどしく口にする。
     そのとき、ざっと風が吹いた。
     ひらり、ひらりと舞い散る薄紅色の花びら。
    「きゃっ……」
     儚い悲鳴は初衣のもの。
     対照的に、朱彦がくすりと微笑んで。
    「……ああ、そうや」
     と、初衣の髪に落ちた桜の花びらを摘む。
    「桜紅茶とか、美味しいかもしれへんね」
    「あ、う、うぅ……さくら、こ、うちゃ、おいし、そ、うで、す」
     朱彦の視線がどこまでも優しくて、眩しくて。
     初衣はぱっと俯くと、恥ずかしそうに両手で顔を覆った。

     丸いテーブルを囲む『枝苑』の3人。
     アリスはヒノへ、ヒノは煉へ、煉はアリスへ。皆で焼いたスコーンをちょこんと交換。
    「そこそこ上手く出来たと思うけど、如何かな」
     と、アリスが取り出した苺ジャムが赤い彩りを添える。
    「ワオ! 苺ジャムおいしー! あたしすきー!」
     紅茶はお任せ、と。はしゃぐヒノが3人分の紅茶を淹れて。
    「紅茶ありがと、いただきます」
     受け取る煉の顔には微笑。
     いただきます、とそれぞれが焼いたスコーンを割る。
     苺ジャムを一載せ。アリスが煉のスコーンを口へ運べば。
    「煉のスコーン、美味しい」
     桜の塩漬けが練り込まれたそれは、口の中に春らしい味を導く。
    「あ、大丈夫、でしたか」
    「うん、ヒノの紅茶によく合うね」
     零れるようなアリスの笑み。
     事前に練習した甲斐があったというものだ、と。
     彼の様子をじっと窺っていた煉は、テーブルの下で拳を握る。
    「ヒノも食べるかい? 煉の。まだ手はつけてないよ」
     と、悪戯めかして差し出されたスコーンには1枚の花びら。
     いいのかな、とヒノは煉へ視線を送る。
    「ん、いいよ」
     頷いた煉の元には、ヒノからアリスのスコーンが交換として手渡され。
     シンプルなそれへ、煉は2人のように苺ジャムをつやっと乗せる。
     んー、と噛み締めて。
    「……おいしい」
    「うんうん! 皆でわけっこ、おいしたのしデスよーうっ!」
     煉のスコーンを食べたヒノも、楽しそうに笑った。
     日本の桜の下で、英国式のお茶会。
     生まれも育ちも違う皆の縁をスコーンが結ぶ、穏やかな日。
     混ざり合った色は、春の陽気のようにぽかぽかしている。
     紅茶のカップを両手に包むようにして、煉が浮かべるのは微笑。
     花より団子とはよく言ったものだ、と。
     アリスは薄紅色の花を見上げ、しばし瞳を閉じた。

    「お茶会、なんて大人な響き!」
     桜の下、『赤蛸』の仲間達とテーブルを囲み、目を輝かせる凪流。
     鎗輔が用意したのは、お手製桜ジャムと桜茶。
    「着けて食べると結構、いけるよ」
     と、咲き誇る桜を見上げて。
    「いい季節になったもんだねぇ……」
     しみじみとそう呟きながら、皆で作ったスコーンへと手を伸ばす。
     壱琉が作ったのはチョコチップスコーン。
     チョコレートの甘さには、苦味の効いたコーヒーを添えて。
    「……ん! 初めてにしては上出来!」
     ひと口食べて、思わず満面の笑みを浮かべる。
    「……わたくしからは黒糖味と紫芋味、それから」
     と、狛が差し出した皿の上には、少し緑がかったスコーンが鎮座している。
     なんでも、バターの代わりにいくらかアボガドを使用したそうで。
    「コマちゃんのはアボカドもあるの!? 流石、森のバターと呼ばれるだけあるわ」
    「美味しい…の?」
     凪流と壱琉は、驚きつつもおそるおそる手を伸ばす。
     仄かにアボガドの風味こそ残っているものの、普通に美味しい。
     一方、凪流が作ったのは北米風。
     三角形……と呼ぶには少し歪だけれど、付け合せに生クリームを乗せて。
    「うん、形は悪いけど味はばっちりなの~」
     絶品、と頬を緩める。
    「壱琉先輩のチョコチップは、ほんのり甘くて優しいお味ですね!」
    「そう言う凪流ちゃんのこそ、美味しそうだね! もーらいっ」
     ひょい、と摘んでぱくり。愛情がたっぷり詰まった味に、壱琉も笑みを零して。
    「……黒糖や紫芋なら、ゴーヤ茶の方が良いでしょうか……」
     ルイボスティーを飲みながら、狛はじっくりと自作の味を確かめる。
    「はい、コマちゃん。私のもどうぞ!」
    「ありがとうございます、店長」
    「鎗輔先輩のも食べる~」
    「僕にも頂戴ー! どんな味かな!」
     次々と皆でスコーンを交換して。
     明るく笑う凪流、目を輝かせる壱琉、嬉しそうに尻尾を振る狛。
     彼女達へ向ける瞳を細め、鎗輔は柔らかな微笑を浮かべた。
     ――正直、この学園にきて、笑い合える仲間を作るつもりは無かった。
     繰り返される命のやり取りの中、いつ、どこで、誰が居なくなるかわからない。
     それは鎗輔自身も例外ではないから、悲しませる相手なんて作らない方がいいとさえ思っていた。
     でも、やっぱり1人は寂しいから。
    「……僕のスコーン、もっと食べる? 桜ジャムもまだあるよ」
     鎗輔はいつものようにのんびりと、仲間達へおかわりを勧めた。
     言葉にはしないけれど、沢山の感謝を込めて。

    ●祝祭の午後
     やがて、あんなに沢山焼いたスコーンもすっかり食べ終えて。
     温かな紅茶の最後の1杯が、口の中へ余韻を残す。
    「あの、最後に音楽を提供しても?」
     立ち上がったリュシールが、一礼して歌い始めたのは、誕生日を祝う歌。
     透き通る歌声が、静かな校庭に流れて。
     少し強い風が、彼女の背後を飾るように花びらをひらひらと踊らせる。

     ――Happy birthday to you……。

     歌う彼女を、集まった生徒達を、久遠はじっと見つめていた。
     自分を助けてくれた、学園の灼滅者達。
     言葉を、贈り物を。大切なものをたくさん貰った。
     だから、少しでもお返しがしたい。
     尊敬する彼らのように強くなりたい――と。
     感謝と共に、改めて想う。

     そして。 
     祝福に満ちた午後が、ゆっくりと更けていった。

    作者:悠久 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月4日
    難度:簡単
    参加:23人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 5
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