スサノオの足跡

     その地は大刀洗と呼ばれている。3000人以上の死者が出たという遙か昔の戦いで、武将がその土地の川で刀にこびりついた血や肉片を洗い流したという伝承が由来だった。
     東西に長くのびる川にかけられた橋、その鉄骨製のアーチの上に一匹の狼が現れた。
     その狼は、たなびく白い炎で覆われており、ときおり蝋燭の火のように赤みがかった色に染まりながら風にゆらめいている。陽がかたむき、赤く染まってゆく空にも溶け込む事無く、強烈な存在感を放っていた。
     その狼が一声吠える。その途端、大地がわずかに振動した。聞く者がいれば、どこか深いところで鎖が擦れて鳴る音が聞こえただろう。
     続けて吠える。二度、三度と。そのたびに大地は震え、鎖は鳴る。
     遙か昔に刻まれた遠い記憶を、その狼、スサノオは揺さぶり、呼び起こそうとしていた。

    「今まで予測することができなかったんですけど、ついに未来予測でスサノオの行動をつかむことができました」
     神立・ひさめ(小学生エクスブレイン・dn0135)は集まってくれた仲間達の前で、すこし興奮気味にそう切り出した。
    「福岡県の大刀洗町というところに筑後川という川があるんですが、今から650年以上昔にそこで戦があったそうです。その時にとてもたくさんの人が亡くなって、今でも戦で死んだ人のゆ……幽霊が現れると言われているほど悲惨な戦いだったそうです」
     幽霊の話をしたところで少し青ざめたが、気を取り直してひさめは続ける。
    「今から5日後の18時30分ちょうどに、その川にかかっている筑後川橋の上にスサノオが現れます。そしてスサノオは、その地に伝わる記憶の中から昔死んだ武者達を、古の畏れとして呼び起こそうとします。その時こそ、スサノオに接触するチャンスなんです」
     そこまで言ったひさめは言葉を切り、少し考えてからまた話し出した。
    「ただ、少し問題があるんです。スサノオは古の畏れを呼び出すと、その場から川沿いに東へと去ってしまいます。逃がさないためには、古の畏れを呼び出してしまう前に倒してしまうか、呼び出したあとに離れたところを倒すしかありません」
     前者の場合、スサノオが現れて攻撃をしかけてから6分以内に倒さないと古の畏れを呼び出されてしまい、スサノオは古の畏れに戦闘をゆだねて逃げてしまう。後者の場合、古の畏れを呼び出したスサノオが離れてゆき、ある程度距離を空けたときに攻撃をしかけたらスサノオ単体と戦うことができるが、スサノオを灼滅したとしても古の畏れは残って人を襲い出すので、そのあとにまた古の畏れと戦うことになり、長期戦闘による戦い方や損害まで考える必要がある。
     それらふたつの方法を説明したひさめは、続けてスサノオのもつチカラを話しはじめた。
    「スサノオは、過去に呼び起こした古の畏れのチカラを利用して戦うことができるみたいなんです。今回のスサノオの場合、自分のまわりの地面を抉って広範囲に飛ばしてきたり、吠えて衝撃波のようなものとして当ててきます。他にも牙には毒性があり、噛みついた相手の血液を飲むことで力を吸収したりするようです」
     そこで言葉を止めたひさめは、慌ててまた話し出した。
    「すみません、古の畏れについて言ってませんでした。呼び起こされるのは昔の鎧武者が6人です。全員が弓矢を持っていて、5人は刀で、1人だけ槍で攻撃してきます。槍の人は少しだけ他の5人より強いみたいです。そのままにしていると街中に入り、一般の人に襲いかかるんですけど、呼び出されてすぐのうちは川沿いを西に進むので、スサノオと戦ったあとでも被害を出さないうちに追いつけるはずです」
     そこまで言い終わると、ひさめは表情を引き締めた。そして、深々と頭を下げる。
    「やっと予測することができたスサノオの行動です。勝手なお願いですけど、このチャンスを逃さないために、どうかみなさんの力を貸してください」


    参加者
    四季・銃儀(玄武蛇双・d00261)
    篁・凜(紅き煉獄の刃・d00970)
    ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)
    飾・末梨(人形少女・d01163)
    聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)
    御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)
    六道・総司(竜血・d10635)
    雨松・娘子(逢魔が時の詩・d13768)

    ■リプレイ


     古い橋を支える鉄骨のアーチの上に、音も無い舞い降りる獣の姿があった。
     夕日に赤く焼ける空に埋もれることの無い、揺らめく炎を身に纏ったその狼の名はスサノオ。大地に刻まれた古い記憶を呼び覚まし、人を襲わせる事件を幾つも起こしているこのダークネスは、今また新たに『古の畏れ』としてこの土地に伝わる記憶を揺さぶり起こすため、天を仰いで吠えた。
     深く響くその咆吼は、大地の奥深くまで浸透していく。
     続けて吠えようとしたその時だった。
     巨大な杭をドリルのように高速回転させる甲高い音を響かせながら、御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)が身を躍らせるようにして飛びかかり、振りかぶったバベルブレイカー・封焔尖装『烈』をスサノオに向けて打ち込んだ。
     身の危険を察したスサノオは咄嗟に身をかわし、アーチから飛び降りる。たゆたう炎をわずかにかすめた一撃は耳障りな金属音を辺りに響かせながら硬い鉄骨の一部をえぐる。白焔はそのまま言葉を発することも無く、すぐに追撃の態勢を整える。
     河原に飛び降りたスサノオが身構えて敵を仰ぐと、ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)がゴシックロリータドレスの真っ黒なフリルレースをたなびかせながらスサノオの死角に飛び込んだ。
    「いくよ!」
     ミルドレッドは踊るように刃を閃かせ、スサノオの後ろ足を斬り裂いた。
    「我は刃! 闇を払い、魔を滅する、一振りの剣なり!!」
     篁・凜(紅き煉獄の刃・d00970)はクルセイドソード・『斬魔・緋焔』を敬礼のように構え、そう宣言すると全身から燃え上がる炎を刃に集約し、燃える剣を一閃した。
     凜の刃に斬り裂かれたスサノオの体には、自らのものとは違う炎が燃え上がり、その体をじりじり焦がしてゆく。
    「グルルルルッ」
     いきなり遅いかがってきた敵達に対し、スサノオが唸り声を上げるとその周辺の石つぶてが幾つも浮かび上がり、散弾のように広範囲に広がりながら撃ち出された。
     その攻撃に傷ついた飾・末梨(人形少女・d01163)が苦痛の声をもらす。同じように何人もの仲間がサイキックを帯びた石を受けて血を流していた。
     少し後ろに立ち位置を取っている聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)は癒しの技に集中しかけたが、すばやく状況を見て意識を切り換えた。
    「すさのお様、貴方をさらうために……とと様をさらった風を呼びましょう」
     回復よりも攻撃を優先するべきと判断したヤマメは風の刃を呼び起こし、スサノオの体を切り裂いた。
     キリングツールを開放した雨松・娘子(逢魔が時の詩・d13768)がピックを踊らせて軽くギターを爪弾いた。
    「逢魔が時、此方は魔が唄う刻、さぁ演舞の幕開けに!」
     高らかにそう唄うと、ピックを持つ右手を前に突き出して鬼化させてゆく。肥大して膂力にあふれる腕を振りかぶると、娘子は体ごと鬼の拳をスサノオに叩きつけた。
     ドスンという音を響かせてスサノオの体をはじき飛ばしたが、スサノオは空中で体勢を整えて着地し、攻撃に備える。
     そんなスサノオの体に四季・銃儀(玄武蛇双・d00261)の漆黒の影が細長く伸び、蛇のように足に絡みつきながら這い上がって締めつけ出す。
    「カカカッ、やっと追い詰めたぜ犬ッコロ!」
     独特な笑い声を発しながら影を伸ばした銃儀は、意識を集中して更にスサノオの体を締めつける。
     動きの鈍ったスサノオの体に、六道・総司(竜血・d10635)のバベルブレイカーが唸りを上げて食い込んだ。
     回転する杭が獣の体にえぐり込み、噴き出した血飛沫が総司に降りかかったが、表情を変えることも無く、言葉も発しないまま身を引いて反撃に備え、武器を構えた。
    「ウゥー……ッ!」
     スサノオは体を震わせて体勢を整えると唸りを上げた。体を覆う炎が揺らめき、蝋燭の火のように赤く燃えると一瞬大地が揺れた。スサノオは、戦いながらも古の畏れを呼び覚ますという目的を諦めてはいなかった。


    「ぜぇぇぇあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
     非物質化した剣を横なぎに振り抜いた凜は、スサノオの魂魄の一部を斬り裂いた。続けざまに銃儀の槍、『Neuntoter』の刃先が螺旋を描きながらスサノオの肩口を貫く。
     スサノオが古の畏れを呼び出すまでの限られた時間内に倒すため、ミルドレッドや他の全員で防御よりも攻撃を優先して、全力で技を繰り出していた。
     サウンドシャッターによって戦いの場から音が漏れることは無く、車が行き交う橋の上からは真下を見ることもできないので、この苛烈な戦いに気がつくものはいなかった。
     スサノオはすっと息を吸うと、耳をつんざくような音を立てて大きく吠えた。
    「ゥオンッ!」
     咆吼は衝撃波となって爆発し、灼滅者達に襲いかかる。ヤマメは眉宇を潜めて痛みに耐えながら、自分達を強化しているチカラが今の咆吼で吹き飛ばされたことを察した。
     末梨の霊犬『マーロウ』が主とともに駆けるそばで、娘子は唄いながら巨大な腕を敵に対して振り上げた。
    「今宵の聴衆は今を時めくすさのお様! このにゃんこ力の限り歌いますれば!」
     民謡のような歌詞を楽しげに口ずさみながら頭上から打ち下ろし、スサノオの体を地面に叩きつける。
     宙に弾む体をと整えたスサノオに総司のバベルブレイカーが追い打ちをかける。巨大な杭がスサノオに突き刺さった。
     白焔が一気に距離を詰め、反撃に飛びかかろうとしていたスサノオの懐に入ると体をひねり、蹴り上げた。
     サイキックを雷へと変換し、足先に集約した蹴りがスサノオの体に食い込んで後方へと飛ばされる。
     受け身も取れずに地面に叩きつけられたスサノオだったが、すぐに起き上がり、うなり声を漏らす。そして、また大地に振動が走った。
     凜が再びレーヴァテインで剣を振るうと、それにあわせてミルドレッドが意識を集中して神霊剣で斬りつけた。スサノオの体を覆う炎と共に霊核に斬りつけた一撃は、スサノオに深い傷を負わせた。
    「ッ! 仕掛けてくンぞッ!」
     銃儀の警告の直後にスサノオが矢のように飛びかかってきた。大きく口を開けて総司の左肩に噛みついた。
    「……くっ!?」
     ほとんど声をもらさずに痛みを噛み殺す総司から離れたスサノオは、滴る血をべろりとなめ、飲み込む失ったチカラの一部として取り込んだ。
     ヤマメは今回は回復が必要と判断した。軽く息を吸い込むと、胸に手をあてて歌い出す。透き通る声にはチカラが宿り、傷ついた仲間をやさしく包み込んで傷口を塞ぎ、痛みを和らげた。
     音楽に乗る娘子の攻撃に合わせて、白焔はスサノオに無造作にも見える獣じみた動きで攻撃をつなげていた。その時、地響きが足下を揺らした。不規則に起こる大地の揺れだったが、その振動が足から伝わる度に過ぎる時間を意識せずにはいられなかった。


     スサノオの牙が身を庇うミルドレッドの腕に食い込んだ。
    「……うぅっ!?」
     自分の体よりも大きな狼にのしかかられ、その牙からは強烈な痛みをともなう毒が流れ込む。
     ミルドレッドはそんな痛みを我慢しながら、後ろに下がるスサノオにマテリアルロッドを振り上げた。
    「えいっ!」
     杖で打ち据えた瞬間、彼女の体から強力なサイキックの衝撃が流れてゆき、爆発的なチカラとなってスサノオを体内から破壊した。
     続け様に娘子が追い打ちをかける。鬼化した腕のままバイオレンスギターに素早くピックを走らせて、軽快な旋律を爪弾いた。
     チカラを帯びた破壊の音がスサノオに襲いかかる。体を壊す旋律に苦しみ、耳を伏せてうなり声を漏らしながら後退った。
     この場から逃げる手段を考えているのか、スサノオがわずかに視線を泳がせた。その時、そんな気配を読んだ総司が横から襲いかかった。手に持った剣に意識を集中すると刃が非物質化し、スサノオの体と魂に深い傷を負わせた。
    「なんとしても逃がすつもりはない」
     言い放つ総司に続いて、体ごと飛び込んだ白焔の高速回転する杭がスサノオの白い炎ごと狼の体を貫いた。
     スサノオは甲高い悲鳴のような声をもらしたが、すぐに怒りのうなり声を響かせる。
    「煉獄の刃よ、歪みし因果を……灼き砕けッ!!」
    「乱れ咲け、春ノ舞・弐ノ型―――蓮華ッ!!」
     凜と銃儀がほとんど同時に攻撃をしかけた。炎の宿った剣で切り裂き、揺らいだスサノオにフォースブレイクを叩き込む。炎に焼かれ、爆発する衝撃にスサノオの瞳は怒りの感情に染まっていった。
     攻撃の手をゆるめないために、そう考えたヤマメは今は癒し手の役割を担うべきと判断した。
     舞うようにチカラの流れに身を任せると、清らかな癒しの風が巻き起こる。ヤマメが導くと、風は優しく仲間達を包み込み、まとわりつく穢れたチカラを祓っていった。
     それでも強力なダークネスに刻まれた傷はすべてを癒すことはできず、捨て身の攻撃を続ける上で大きな不安要素となっていた。
     残されたわずかな時間の内に灼滅するため、一斉に攻撃をしかける。
     寡黙にハベルブレイカーを揮う白焔と総司。対照的に楽しむように鬼の拳を打ちつける娘子とカカカと笑いながら影をあやつる銃儀。
     スサノオが大きく吠えると、周辺の石が幾つも浮き上がり、高速の弾丸となって降り注いだ。
     ヤマメの駆使する回復の技を受けながら、ミルドレッドは毒の上に重なる痛みを堪えて凜と共に舞うようにクルセイドソードを閃かせ、漆黒と深紅の華を咲かせた。
     小刻みに大地が震える中、スサノオが大きく息を吸い、裂帛の咆吼を発した。
     空気が爆発したかのような衝撃が襲いかかり、毒に蝕まれたミルドレットと傷の重なった末梨がとうとう耐えきれずに弾かれて飛ばされ、悲鳴を上げて意識を失った。
     スサノオは古の畏れを呼び起こす直前まで耐えきった事に満足して一歩引く。
     その時、気の緩んだスサノオの隙を突いたヤマメがウロボロスブレイド・『焔桜』を踊らせた。
     伸ばした刀身でスサノオの体を搦め捕ったヤマメは、着物の袖や裾を翻しながら舞うように身を捻り、棘状に食い込ませた刀身を一気に引いてスサノオの体を引き裂いた。


     苛烈な攻撃にとうとう音を立てて地面に横たわったスサノオは、傷ついた体を震わせ、何度も倒れながらやっと体を起こすと、精一杯の声で吠え声を空に響かせた。
     空気に咆吼がかすれて消えると、スサノオはそのまま倒れ込んだ。体から発していた蝋燭の火のように揺らめいていた炎が小さくなってゆき、消え去ると同時に狼の体場霧散して消えていった。
     さっきまで続いていた大地の振動はゆっくりと小さくなってゆき、最後に小さく揺れるとどこか遠くに去って行ったかのように収まった。
     警戒し、意識を張り詰めさせていた灼滅者達は、しばらくしてやっと息を吐いて緊張をといた。
     凜はスサノオが消えていったあとをしばらく見つめていたが、懐から深紅の薔薇を一輪取り出すと投げる。
    「君の最期に、花を。在るべき場所へ、帰りたまえ」
     娘子は楽しげだがどこかやさしい旋律の曲を爪弾いて、消えていったものに送る手向けとした。
     総司も同じように消えたスサノオのあとを見ていたが、何も言わずに踵を返した。
    「しっかし、見事にボロッボロだなぁー俺らッ、カカカッ!」
     地面に座り込んだ銃儀は、傷ついた自分や仲間達を見渡して笑った。
     意識を失っていた末梨は回復して『マーロウ』をそっと撫でている。同じように倒れていたミルドレッドも意識を取り戻し、回復を受けながら眉宇を潜めていた。
    「結局スサノオについてわからないことだらけ……戦えば何かわかると思ったんだけどな」
    「……畏れを呼ぶ事にも意図があったはずだ」
     白焔も傷を負っていたが、そんな様子は見せずに戦いを反芻しながら思慮を巡らせていた。
     ヤマメは日が落ちて夜の色に染まってゆく夕空を見つめながら、そっと言った。
    「いつの日か、すべてわかる時がきっと来るのでしょう」

    作者:ヤナガマコト 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月3日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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