●星を見上げて
「ママ」
小さな少女が、1人夜空を見上げていた。
「どうして、マナに会いにきてくれないの?」
涙をこらえる大きな瞳。視線の先には瞬く星。
毎晩毎晩こうして星を見上げて呼んでいるのに、どうして降りてきてくれないのだろう。
「マナ、いいこだよ? おやくそく、まもるよ? ちゃんと、泣かないもん」
少女は悲しそうに俯いた。しかし、零れそうになった大粒の涙は、ぐっとこらえて拭う。
「……ママ、どうしていなくなっちゃったの?」
その問いに、答えが返る事は無い。望む人が現れる筈だって無かった。
幾度も幾度も繰り返す。此処は、無限ループの悪夢の中――。
●泣かない理由
「田伏・愛(たぶせ・まな)ちゃんって言うの」
教室に立つ唯月・姫凜(中学生エクスブレイン・dn0070)は、予測を書き込むノートを携え、近い席に腰掛けた。
「愛ちゃんは4歳の女の子で――自宅で眠ったまま、目を覚まさなくなってもう2日。原因は解ってる。シャドウが、夢の中に巣食っているの」
人のソウルボードを蹂躙し、衰弱を誘うダークネス・シャドウ。あまりにも幼いこの少女に、3日前から悪夢を見せ続けているという。
「最近、愛ちゃんの家にお母さんが帰ってこなくなったの。その理由を、幼い愛ちゃんはちゃんと理解できていなくて――凄く寂しい思いをしてる。そんな時に、あるお話を保育園で読んでしまったのね」
たまたま、保育園で読んだ絵本。
『いなくなってしまった猫が、星になって飼い主を見守る』。それは、死別を優しく諭す物語だったが――愛は、それに全く別な解釈をした。
「愛ちゃんは、お母さんが星になったからいないんだって信じ込んでしまったの。だから夜が来るたび星を見上げて、ママ、ママって呼びかける様になってしまったのね」
それは、とても間の悪い偶然だった。たまたま母親の不在と物語とがぴったりと重なって――結果生じた幼い少女の寂しさに、シャドウが喰らい付いてしまったのだ。
「ソウルボードの中、愛ちゃんはお母さんとよく行く公園で星を見上げているわ。独りで星に語りかける時間が、果てしなく続いているの」
決して返事の来ない、寂しい寂しい夜の時間。寂しさに呑まれかけている愛に先ずは声を掛け、安心させることが必要となる。
「愛ちゃんの気持ちが少しでも安らげば、シャドウは悪夢の妨害を察知して4体の配下と一緒に姿を現すわ。愛ちゃんのことは狙って来ないみたいだけど、流れ弾が心配なら近いところにトンネルの遊具があるから、その中に避難させれば安全よ」
状況的に奇襲は難しいが、シャドウらは比較的広い拓けた公園の中に一塊で現れる。
愛を守り、シャドウをソウルボードから追い遣ること。それが、今回の灼滅者達の仕事だ。
「ソウルボードの中だから戦えるけど――シャドウが現実まで追って来たりすることが無い様くれぐれも気をつけて。現実世界でのシャドウはあまりにも強いわ」
過度な挑発は避けるべきだと。堅い面持ちで概要説明を締めてのち――姫凜はふっと表情を緩めた。
「おばあちゃんが入れ違いで家に居ても、やっぱりお母さんには適わないのね……どうして、愛ちゃんのお母さんは帰って来ないと思う?」
全ての発端。愛が寂しさに囚われてしまった原因について、姫凜はとても穏やかな笑顔で語った。
そこには、とても尊く、温かな理由があった――。
「愛ちゃんのお母さんはね、いなくなる前に愛ちゃんと約束をしたの。『お留守番で泣いちゃだめだよ、マナはお姉ちゃんになるんだから』って――大きなお腹をさすりながら、ね」
約束がある。姉になる。だから、どんなに寂しくてもマナは泣かない。
「お母さんも愛ちゃんも、戦ってるのよ。でも、今愛ちゃんを救けられるのは――あなた達灼滅者しかいないわ」
小さな少女の決意が、どうか報われます様に。
少女を温かな結末へと導くべく、灼滅者達はソウルボードを目指す。
参加者 | |
---|---|
十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576) |
龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176) |
華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389) |
桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146) |
立川・春夜(花に清香月に陰・d14564) |
赤石・晋助(真紅の焔・d20623) |
クーガー・ヴォイテク(仮面の教団幹部・d21014) |
セシル・レイナード(ブラッドブリード・d24556) |
●溢れる思い
「ママ」
降り立ったソウルボードで聞いた声に、立川・春夜(花に清香月に陰・d14564)は、瞳の夕陽よりも優しい色彩を少しだけ翳らせた。
「……愛ちゃん、見っけ!」
しかし、掛ける声は努めて明るく。びくりと少女の肩が上がったのを見て、すかさず桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)と赤石・晋助(真紅の焔・d20623)が動いた。
振り向く少女の視界。埋め尽くす距離に突然現れたのは、大きな2つのぬいぐるみ。
「……! うさちゃんと、ねこちゃん?」
「愛ちゃん、だよな? おばあちゃんが心配してたよ」
南守が兎、晋助が猫。それぞれが差し出したぬいぐるみを抱き取った愛は、南守の言葉をぬいぐるみのものと思ったか、不思議そうにぽんぽんとその頭を撫でた。
やがて、きょろきょろと灼滅者達を見回す。
「おにいちゃんたち、だぁれ?」
疑問は当然。何しろ8人の灼滅者達と愛は初対面だ。しかし、きょとんと見つめる瞳に疑心は感じられず、無垢。
疑うことを知らない幼さ。こんな少女にまで、ダークネスの手は及ぶのか。
(「幼い子の寂しさにつけこむとは、許せませんね」)
怒りを紫紺の瞳の奥に仕舞いこんで。愛と目の高さを合わせ、穏やかに笑んだ龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)はそっと愛の頭を撫でる。
柊夜の隣に屈むクーガー・ヴォイテク(仮面の教団幹部・d21014)も、笑顔で言った。
「実はお兄さんたちは正義の味方なんだ。他の人には秘密だぜ?」
仮面の顔で、声を潜めて告げた言葉に愛が瞳をぱっと大きく見開いた。
「……せいぎのみかた! ママを連れて来て!」
「おっと!」
ぐっと、小さな両手がクーガーの服を掴んだ。
思い掛けない動きに揺れた視線をもう一度愛へと定めれば、その瞳は涙を堪え揺れている。
「ママ、おほしさまなの! マナのとこ、来てくれないの……!」
何も知らない人が聞けば、きっと意味がわからない。しかし、少女の言葉の意味を今日、灼滅者達は知っている。
華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)はその場にしゃがむと、愛の瞳を覗き込んだ。
「えっと、お母さんがいなくなったことですよね? きっともうすぐ会えますよ」
優しく細められた紅の瞳と優しい声音に、しかし愛は悲壮な面持ちだ。
もうすぐじゃない、今すぐ会いたい――年相応の感情がそこにはっきりと見て取れる。紅緋は、諭す様に優しく続けた。
「お母さんのことが好きなんでしょう? だったら信じて待たなきゃ。……お母さんは、最後になんて言っていなくなったか覚えてますか?」
頷いたマナは、でも、と俯き小さく呟いた。
「……マナ、泣いてないもん。ちゃんとがまん、してるもん……」
もごもごと、呟く声の端が震えている。約束を守ろうとする懸命さが、名の通りの愛らしさを顕す様で――十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)は思わず相好を崩した。
そしてそっと頭を撫でて、語り出す。
「お母さんが星に、か……でもお母さんはあそこには居ないよ」
「……?」
「素敵な家族を連れて帰って来る迄、あんな所に行かないよ。愛ちゃんも、そう信じている筈」
言葉の意味がどこまで伝わっているか解らない。でも少なくとも、見上げる先に母はいないと伝えることはできた筈。
その証拠に――公園の一角、空間がぐにゃりと奇妙に歪んだ。
「……星に願いをってか。どう足掻いても手が届かないもんに、どうやって願い事を手伝って貰うんだかな」
気配を察したセシル・レイナード(ブラッドブリード・d24556)が最初に呟いたのは、彼女らしい皮肉の言葉。
幼く、無垢な愛には伝わらないこともセシルは解っている――誰も傷つけない言葉の中には、家族を失った不安と恐怖を煽ったダークネスへの怒りの感情が滲み出る。
「家族が消える不安に付け込みやがって。反吐がでる」
スレイヤーカードを解放し、『ツェペシュ』――串刺公の名を持つ霊装を一振り薙げば、歪みの中に黒い実体が現れ、徐々に人型を成していく。
灼滅者達が戦闘布陣へ切り替える中、クーガーは愛の手を取り安全圏へと歩き出した。ちらりと横目に、敵の姿を確かめることは忘れない。
――シャドウ。配下も合わせ、目の前に現れたその数5体。
「愛ちゃんはお姉ちゃんなんだから、その子を守ってあげてくださいね」
穏やかな晋助の声に、愛も託された猫と兎をぎゅっと抱いて。何度か此方を振り返りながら、クーガーと共に遊具へ向かう。
「気に入らねぇから、ぶっ潰すぜ」
吐き捨てたセシルの声が合図。シャドウらと灼滅者が一斉に駆け出した。
●序戦
軽やかな柊夜の踏み込みは、一瞬でその身を前列配下の懐へと導く。
『Traitor』――叛逆者の銘を打たれたその剣が、名に反し柊夜の思うまま真下から白光の軌跡を描いた。
「――ギャッ!?」
「直ぐに終わらせて差し上げます。愛ちゃんが待っていますからね」
傷から飛び散る、地面を濡らした黒い血。避けて再び配下を見遣ると、そこには光の帯に包まれた姿。
春夜の、除霊結界だ。
(「絶対に助ける。愛ちゃんのお母さんは、絶対帰って来るんだから」)
愛に重ねる、妹の姿。そして同時に、兄としての自分自身にも重なる――ただ違うのは、春夜が亡くしたものは戻らないけれど、愛はまだ何1つ失くしては居ないということ。
「お母さんは今、愛ちゃんと、愛ちゃんの新しい家族のために頑張ってるんだ!」
愛に言葉届けとばかりに春夜が叫べば、間合いを詰めた狭霧の『星葬』を手に駆け抜ける背中が視界に飛び込んだ――。
「よし、ここで良いか。……ちゃんと待ってるんだぜ?」
トンネル遊具の中へと愛を導き、クーガーは微笑んだ。
「うん……」
答える愛は、気もそぞろだ。当然だろう、背後には仲間とシャドウらとが剣戟の音も高らかに、戦いを繰り広げている。今は狭霧が、配下と剣を交わし競り合う姿が見えた。
『せいぎのみかた』の一言が効いているのか、愛はこの光景を納得している様だが、気になって仕方無いことだろう――クーガーは愛の頭にポン、と手を乗せ、意識を自分へ向けた。
「愛ちゃんの願いを邪魔してるやつらがいるんだぜ。愛ちゃんのために、お兄さん達頑張ってくるから」
だから静かに待っていて、と。しーっと立てた人差し指に愛も頷くと、動作を真似て楽しそうに笑う。
漸く見れた笑顔は、やっぱり愛らしかった。
「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します!」
通る声ではっきりと宣言した紅緋は、初手を強化に利用する。
『コート・ドール』――葡萄畑が連なる風景が描かれた盾が、仲間までも守る紅の防壁を展開した。
「誰から灼滅しましょうか? 小さな子供に手を出したんですから、容赦はしませんよ」
「小さい愛ちゃんをこれだけ苦しめるなんて許せません」
言葉を継いだ晋助が、強い意志秘める紅蓮の瞳で見据えるは配下。狙うは手前、集中攻撃によって明らかに弱った1体へと。
「とっとと倒してしまいましょう。そして本当のことを彼女に知らせてあげなければ」
言うが早いか放たれたのは魔法光線。古の書が導く、防護貫く破壊の一閃が戦場を駆け抜ける。
「ギャァアア!!」
不快な断末魔と共に、最初の配下が空へと消えた。
不敵に笑んだセシルが、解体ナイフから夜霧を展開し前列の仲間達の妨害能力を高める間――最後方に位置する南守はふと、愛の居る遊具へと視線を外す。
クーガーが此方へ駆けて来る。その奥に――ちらりと愛が覗いた気がして、南守は慌てて笑顔を浮かべた。
改めて敵を見遣れば、前列に2体、中列にシャドウ、後列に1体。今南守の照準は、後列の1体へと。
(「辛くても泣けないって、苦しい事だよな」)
指輪に魔力を込める間、南守は改めて思う。
あの幼さで、決して泣かない愛――その心の苦しさと、それでも負けずに耐える強さ。
母思う子の、何と一途なことか。
「……頑張り屋さん。今、助けるからな」
解き放たれた魔力の弾丸が、狙い通りに後衛の配下を貫いた。
●不穏の影
「――ああ、数が多いと面倒!」
吐き捨てる様に叫んで、紅緋は駆ける。
「物事の道理も分からない幼子の心を食い物にするなんて、今回のシャドウも最低ですね!」
異形化した巨大腕へ、走る勢いを乗せて。何度目かの膂力込めた重い一撃を配下へと叩きつければ、ギギッと奇妙な悲鳴を上げて配下が後方へと吹き飛んだ。
「報いは、きっちり受けてもらいます!」
「仕事だ、『炎蛇』」
その先に構えるのは、遅れて戦列に加わったクーガーだ。
腕に巻く、身から噴出す炎はまるでとぐろを巻く蛇。ガントレット『炎蛇』で打ち込むレーヴァテインは、此方へ向かってくる配下の勢いも上乗せした強烈な一撃だ。
「ギァアア!!」
ごう、と燃え上がった配下は、塵も残さず消えて行く。
「へっ、やっぱり俺にゃ、優しいママごとよかコッチの方がお似合いだぜ!」
次いで動いたセシルはくるり、『ツェペシュ』を重力に任せ振り下ろした。
急所を的確に見出す瞳は赤く鋭い。繰り出す一撃は殲術執刀法。
前衛配下は残り1体――その首元にスパン! と小気味好い音を立て、刃が深く入り込んだ。
「ギャッ!?」
言葉を紡ぐ知性も無いのだろう、配下の声は化け物じみた奇声ばかりだ。しかし胸元に確りと、自身癒さんとクラブのマークが浮かび上がったのを見て柊夜と狭霧は駆け出した。
軽やかに、踏み切った狭霧の体は配下の頭上を飛び越える。
「新しい命が生まれるのは、喜ばしい事。それが妹や弟ならば尚更ね」
越え様にとん、と軽く配下の頭を蹴ってやる。ぐらついた配下の首を、真上から柊夜の『Traitor』が両断すれば――笑みを深くし、くるり着地した狭霧が向かうは最後方。
――狙いは始めから、後衛の配下。
「でも未だ4歳ですもん、母親と会えなくて寂しいのは当たり前っす。そんな女の子の心に付込むなんて、デリカシーのない人は嫌われますよー?」
『華葬』――足元から伸びた影がざわりと一斉に配下を包み込んだ。わさわさと不気味に動く様子が中での抵抗を伝えるけれど、隙間無く包んだ狭霧の影は、姿晒すことを許さない。
そこへガシャン! と、硬質な音が響き渡った。
「十七夜、かわせよ!!」
身軽な仲間の脚を信じて。三七式歩兵銃『桜火』のボルトを引き即時、南守のバスタービームが一直線に戦場を奔った。
後転跳びで難なく軌道から外れた狭霧の向こうには、未だ影の呪縛から逃れない最後の配下。
「グガッ……ギィアアア!!」
着弾し、爆ぜて――影の中に轟くものはそのままぴたりと動きを止め、地面に沈む様に消えていく。
「さぁ、配下は全部うたかたの夢に還りましたよ。まだやりますか、シャドウ?」
紅緋の声が、勝ち鬨の様に高らかに戦場に響き渡った。
未だ戦場には敵1体。むしろ配下が居た時よりも存在感を増すその影は、はっきりとした輪郭を持たず、そこに静かに立っている。
「『――このまま引くのも……な。最後に少し、遊んでいこうか』」
ざわり。不穏な言葉を吐き出して、影は前へと飛び出した。
「……ぐっ!?」
前に立ち、攻撃を受け留めた春夜の口から余裕の無い声が漏れる。
順調だった配下戦。灼滅者達の作戦に唯一誤算があったとすれば、配下の撃破を優先するその間にシャドウが強化を重ねたことだ。
重い一打一打が、痺れる様に体に響く。
「『魅せてやろう。暗くて冷たい貴様の深層の傷』」
「うぁああっ!?」
見開く春夜の瞳に映るのは、愛に重ねた妹の姿。
苦しいと訴えるその姿が、血に染まる――具現化される、それは精神を蝕むトラウマ。
「……っざっけんな、負けるか!」
「春夜さん!」
しかし、強化を重ねたのは此方も同じ。柊夜の剣に刻んだ祝福の言葉が生み出す風と、春夜に宿った破壊の光がトラウマを打ち破る。
「これ以上愛ちゃんを苦しめるな!」
春夜の影業がシャドウの足元を捕える。そこへ光の弾が押し寄せた。
「あんな小さな子、よくもつらい目に合わせてくれましたね!」
声と同時、晋助が放ったのは高純度の魔力弾。眩い光が黒い影へと着弾すると、影からち、と舌打ちが漏れた。
「『――今日は引く。また此処で見えた時には、命は無い』」
「彼女の優しい夢の中に、あんた等が居る場所なんて存在しない!」
不快を露に放った狭霧の言葉は届いたのか――去り際に一言を残し、影は一瞬で姿を消した。
●夜明け
「おにいちゃん、おねえちゃーん」
ぬいぐるみを抱える少女は、興奮気味に駆けて来た。
「大丈夫? 大丈夫??」
ヒーローショーを見た気分なのかもしれない、愛の様子に苦笑した灼滅者達は大丈夫、ありがとうと口々に応じた後、本題へ取り掛かる。
「あのな、愛ちゃん。お母さんは、お星さまになったわけじゃないんだ」
ぽんぽんと頭を撫でて穏やかに語る春夜に、愛は一瞬で悲しそうな表情へと変わった。
「……じゃあ、どこ?」
「今ママは、赤ちゃんを迎えに行ってるんだ」
一番解り易い言葉で事実を告げた南守の脳裏にふと、幼い記憶が過る。
(「義弟が家に来た日、もう一人じゃないんだって嬉しかったっけ」)
帽子の鍔にそっと触れて、振り返る。愛もきっと、こんな風に新たな家族に出会うのだろう。
寂しさはその喜びのためなのだと、幼い子にどう言えば伝わるだろう――懸命に考えている様子の愛へと、灼滅者達が口を開きかけた、その時。
「はなちゃん?」
「え?」
「はなちゃん、来るの!?」
ぱっと、愛の表情に光が差した。
「あのね、マナ、はなちゃんのおねえちゃんになるんだよ! ママ、はなちゃんのとこいったの?」
くるくると、よく動く愛の表情。打って変わって咲いた笑顔は喜びに満ちて、はなちゃん――どうやら妹の名前らしい――の誕生と母の不在とを、しっかりと理解した様だ。
ほっとして、紅緋は続ける。
「そう。だからもう少し、お留守番しなきゃいけないですけど……愛ちゃん、寂しさに負けないで」
「ホントに良く頑張ったね、愛ちゃん。辛い時は泣いて良いんすよー?」
「泣かないもん! マナ、おねえちゃんだもん!!」
「はは、立派なお姉ちゃんになるんだぜ!」
狭霧の言葉に、愛は少しだけむくれて見せて。でも救えたからこそ得られた愛の反応に、狭霧もクーガーも満面の笑み。
「母親が帰ってくるとしたら、どこだ? 待つんだったらこんな寒い所じゃなく、家にするんだな」
「お母さんと約束したみたいに、公園じゃなくておうちでお留守番しような」
落ち着いたと見てセシルが屈んで告げた言葉はやや遠まわしで――春夜も笑顔で言葉を足した。
「約束を守る子には、ちゃんといいことが訪れるからね」
「うん!」
ぽん、と背中を叩いた柊夜の一言に、応える愛の表情は笑顔。
約束を最後まで守り抜いて。夜明けの世界へ帰る少女に再び笑顔の花咲く瞬間は――もうすぐそこに迫っている。
作者:萩 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年4月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 3/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 0
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