ランドセル哀歌

    作者:麻人

     そろり、そろりとそいつは近づいた。
    「ん?」
     ……おっと、そこの電信柱の影に隠れよう。
    「気のせいか」
     くくく、ばかめ。
     お前は既に俺の標的なのだ。
     逃げ切れるわけがない。
    「それっ、いまだ!!」
    「えっ? ちょっ、あんたなにしてんのや!?」
     ご当地怪人に襲われた一般人は必死で抵抗したが、その凶行を防ぐことはできなかった。後には屈辱なる光景が残されるばかりである。
    「かっ、返せや俺の鞄!!」
    「ランラン、なかなか似合ってるでセル」
     うんうん、とご満悦なのはご当地怪人である。
    「いい年こいてランドセル背負って会社行けっていうんですかい!?」
     犠牲者の男は泣き叫んだ。
     スーツ姿に黒いランドセルといういでたちで……。

    「今ってさ、なんでもかんでも需要対象層を広げようって動きがあるよね」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は軽く肩を竦めた。
    「子ども向けだからこそいいものってあると思うんだけど……今回の依頼もそうした類の事件だよ。ランドセル生産日本一を誇る兵庫市にね、ランドセル怪人が現れたの!」

     ランドセル怪人はランドセルを大人にも広めようと、毎朝近隣の住宅街に出没してはサラリーマンや学生を狙って彼らの鞄を奪い、代わりにランドセルを背負わせていくらしい。
    「だから、誰か囮になって怪人をおびき寄せて欲しいんだ。お願いできるかな?」
    「囮……」
     一色・リュリュ(赤・dn0032)はその意味を別の言葉に言い換える。
    「犠牲者?」
    「だ、大丈夫だよ! ランドセル背負わされる前にほら、みんなで包囲してやっつけちゃえばいいんだよ! できるだけ目立つように大きな鞄を持っていくといいんじゃないかな、対抗意識を燃やしてもらう感じでね」
     まりんは慌てて言った。
    「もちろん、囮になれるのは本来ランドセルを使わない中学生以上だよ! ランドセル怪人はその名の通り、ランドセルを愛する怪人。巨大ランドセルの中に閉じ込める列攻撃や、ランドセルの歌を歌って邪魔者を排除しようとするよ。みんななら大丈夫だとは思うんだけど、万が一、戦いに負けでもしたら――」
     ごくり、とまりんは喉を鳴らした。

     無論、その場合。
     怪人は本懐を達成して意気揚々と引き上げていくだろう。
     あとに残された光景を思えば、絶対に負けられない戦いだ。
    「みんな、頑張ってね!!」
     自然とまりんの応援にも熱が入る。
     新学期を前にして、熱き戦いが幕を開けようとしていた。


    参加者
    三隈・樹燕(五家宝ヒーロー見習い・d03842)
    三影・幽(知識の探求者・d05436)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    新堂・辰人(夜闇の魔法戦士・d07100)
    プリュイ・プリエール(まほろばの葉・d18955)
    多鴨戸・千幻(超人幻想・d19776)
    栗元・良顕(不燃物・d21094)
    風見・真人(狩人・d21550)

    ■リプレイ

    ●新しい季節
    「…………」
     三影・幽(知識の探求者・d05436)は箒に跨り、空から現場を見下ろしていた。それは実に珍妙な光景。舞台は朝の住宅街。登場人物は主に三つの役柄に分けられる。
     囮である三隈・樹燕(五家宝ヒーロー見習い・d03842)と風見・真人(狩人・d21550)は、それぞれに目立つよう鞄を持って談笑しているようだ。
     彼らから少し離れた物陰――塀の後ろだとか、曲がり角だとかにちらばって見守るのは他の灼滅者である。
     淳・周(赤き暴風・d05550)はきょろきょろと電信柱の影に視線を飛ばし、新堂・辰人(夜闇の魔法戦士・d07100)は大きな鞄を抱えて背伸びしている。やる気があるように見えないのは通常運転だ。
    「しっ! まだ出番には早いでスよ」
     プリュイ・プリエール(まほろばの葉・d18955)はポシェットの代わりに提げたボストンバッグの蓋がぱこぱこ動くのを押さえて囁く。――何か入っている……。多鴨戸・千幻(超人幻想・d19776)はしゃがんだ膝の上に肘をついてそっぽを向き、物思いに耽っているように見えた。ぼんやりと本を読んでいるのが栗元・良顕(不燃物・d21094)で、一色・リュリュ(赤・dn0032)は彼らの後ろにちょこんとついてきている。

     ……そろり。

    「あ」
     最初に気づいたのは最も広い視野を持つ空中の幽だった。
     その上、標的は真っ赤な鞄を頭に被っている。その色彩は茶系の家と灰色のコンクリート、少数の緑に彩られた住宅街に置いて一輪咲いた花のように目立った。
     そろり、しゅたたっ。
     ……そろ、そろり……。
     それはご当地にて暗躍するランドセル怪人。
    「よし、あいつだな」
     飛び出そうとする周だが、まだ早いと千幻が止める。
    「もっと引き付けてからだ」
    「囮さンがんばっテ!」
     ぐ、とプリュイが拳を握りしめて応援。
    「…………」
     どうやら、怪人は樹燕と真人、どちらを襲うか悩んでいるようだ。
     いかにも目をひくぴかぴかの鞄を持っているのは樹燕の方だが、彼はまだ幼く、もしかしたら小学生なのかもしれない。
     対して真人はいかにも派手な出で立ちで、ふむ、ランドセルをお勧めしてみたい風貌である。日本ではこの鞄が一番売れているんですよ、はい……。
    「ランラン! ふたりまとめてご案内するセルー!!」
     ばっ、と物陰から飛び出したランドセル怪人の両手には黒いランドセルが二つ。
    「てい! その鞄は俺が捨てて置いてやるセル!!」
     叫んで、ぐい、と二人が持っている鞄に――食いついた!!
    「うわっ」
     予想以上の力に樹燕が尻もちをつく。
     仲間に知らせなきゃ、とあらかじめ作って置いたメールを送ろうとした隙をついて奪った鞄の代わりに、ランドセル怪人はあまりにも手際よく準備していたランドセルを彼に装着させてしまった。
    「次はお前だラン!!」
    「くっ、無理やりランドセルを背負わせるなど言語道断! そんなことをしてランドセルが喜ぶと思うのか!?」
     犠牲になった樹燕を庇うように立ち、叫ぶ真人。
     頭上から下りて来る幽を目印に駆け集まってくる仲間たちに取り囲まれながら、ランドセル怪人はきょとんと首を傾げた。
    「喜ばないのラン?」
    「当たり前だろ! ランドセルってのはな、家族とか大切な人から送られるべき物であるべきだ」
     周は拳にレーヴァテインの炎を纏わせながら言い切る。
     サウンドシャッターで戦場を遮断しながら、辰人は「いや」とつぶやいた。
    「たとえ大切な人からでも中学生以上が背負うランドセルは途端に滑稽になるというか……まあ、贈られるのは小学生に限られるわけだけど」
    「あっ、……やっパりオトナが持ったらダメなのでスね」
     口元に手を当てて、プリュイ。
     そうこうしている間にも、ぐいぐいと真人の鞄を奪おうとしているランドセル怪人である。「セイ!」と気合いを入れた手刀で怪人の手を叩き落としたプリュイは、構えを取りながら叱咤する。
    「ニホンダンジに恥を欠かすナンテ、トンでもありませン!」
    「恥じゃないランラン……って、だからそんな鞄よりもランドセルの方が」
     いいランッ!!
     バッ、と両腕を広げ、彼はランドセルへの賛歌を紡いだ。前奏付きである。まずはタカラッ、タカカッとドラムのリズムから始まる。
    「…………」
     お、と。
     千幻の目つきが僅かに変わった。
     彼は「どんまい」と樹燕がランドセルを脱ぐのを手伝っていたのだが(間に合わなかったさんぽは彼の足元で尻尾を振っていた)、興味ありげに耳を傾けている。
    「銀、行くぞ!」
     ようやく解放された真人は霊犬の名を呼び、カードに秘めた力を解放。
     樹燕は気を取り直して、こほんと咳払い。まぁ、一年前まで背負ってたんだからちょっとくらい構わないじゃないですか!
    「…………」
     戦わなくてもよさげなら見てよっかな、なんて風情でぼうっと成り行きを見守っていた良顕だが、雰囲気に流されて一応スレカを解除してみる。
    「変身っ!」
     気を取り直して樹燕も力を解放。
     メディックを欠いた超攻撃的布陣は、正々堂々戦いを挑むべく最初から手加減なしの攻勢に出た――!!
     
    ●LaLaLa、赤と黒のコンビネーションずっと! もっとー!! 
     殺界形成のみならずサウンドシャッターがなければ、怪人の歌声は閑静な住宅街にこれでもかと響き渡っていたに違いない。
     何重にも張り巡らされたワイドガードをもってしても、眠りの淵へと誘う歌声の全ては防ぎきれない。
    「ナノ♪」
     もぞもぞっ、とプリュイの鞄が動いて中からナノナノのノマが飛び出した。んーぱっ! と真っ赤なハートを飛ばす。
    「ありがてえ!」
     赤の弾丸となって突っ込む周はその炎をもって怪人の纏う赤すら越えてゆく。
    「ランドセルは好きだがぴかぴかだからこその新入生のランドセルだろ、なあ!?」
    「その通り!」
     すかさず真人が同意。
     したっ、と周を庇うように身を滑り込ませて武器と一体化させた利き腕を振りかざす――二重、三重に迸る斬撃!!
    「ごふっ!! なにするセルか!」
    「これはお前の自己満足に対する制裁だ!!」
    「ラ、ラララン!?」
     ぐ、と真人は拳を握りしめる。
    「必要のない人に背負わせてランドセルが喜ぶと思うのか! お前にはランドセルに対する愛すらない!」
     どーん!!
     い、言ってしまった……。
    「ガーン!! でセル!!」
     素直にショックを受けるランドセル怪人。
     しかし、すぐに立ち直る。
    「でも、実は嬉しいかもしれないセルよ? お前ランドセルに直接聞いたラン? ラランっ!?」
     ふてぶてしく開き直るそばから斬りかかられた怪人は、悲鳴を上げて飛びのいた。ザンッ、と神霊剣に斬りかかられてのけぞり、返すクルセイドスラッシュで足元をやられる。
     駄目ですね、と幽がつぶやいた。
    「……この怪人、話が通じません……」
    「ララランッ!?」
     怪人の目が、幽の鞄に注がれる。
     気づかず、幽は次の攻撃に移る。ひたすら接近戦。あまり悪という感じのしない相手だが、そこはそれ、迷惑な存在には違いないのだから――……。
    「そんな鞄よりもこっちの方がいいランよ!」
    「!」
     不肖の幽、つまり中学生以上に見られたのである。「おんっ!」と彼女の霊犬であるケイが肯定するように嘶いた。
     ちょっと嬉しかった幽である。
     それが隙となった。
    「はっ……」
     気づけば、ランドセル怪人の餌食。
    「しかも……ぴったり……ですって……?」
     がーん。
     ショック!!
    「ひどイ! カバンの大きさト懐の深サは違うミタイでスね?」
     怒りのプリュイ、「ヤァ!」という掛け声とともに地面を蹴った。妖精のような見た目にそぐわぬパイルバンカーをガッ! と怪人の顔面に突きつけて尖烈のドグマスパイク!!
    「シュミは押し付けたラ終わりでス!」
    「ごぶランぁっ!!」
     これにはさすがの怪人ももんどりうって地面の上を転がった。しかし無情にも追い打ちをかけるさんぽの斬魔刀が、鼻の辺りをこそげ取っていく。
    「プリュはん気張ってやー」
     リュリュと一緒に後ろから応援するのは、相変わらず飄々とした笑顔の一浄。「押忍!」とプリュイが応える。
    「絵面が悪いんだよ、な?」
     誰からの同意を得られない怪人へ呆れを込めて、千幻が言った――軽く跳躍して、縛霊手で殴りつける。まるで蜘蛛の糸のように拡散する霊気に捕えられた怪人はじたばたとあがいた。
     しかし諦めず、ランドセルフィールドを展開!!対抗して銀の双眸が浄化の輝きを増した。「ぐるる」と頭を低め、一歩も引かない。
    「しぶといなぁ。何が悲しくて、卒業したランドセル背負わなきゃならないんだよ」
     怪人にランドセルを背負わされた数多の犠牲者の魂の叫びを代言して、樹燕は華麗なステップを踏む。――そして、お返しとばかりに眠りの歌声を披露。
    「ラララン……?」
    「今しかないね」
     辰人はナイフを片手に怪人の懐を切り裂いた。
     さて、と振り返る。
     彼は一体どんなトラウマを見るのか――。
     ランドセル怪人の周囲には機能的な鞄の数々が出現していた。私立の小学校などだと、ランドセルはださいと言って指定の鞄が使用されることがあるらしい。対象年齢外ならともかく、小学生に使ってもらえないとはランドセル痛恨の悲劇である。
    「ラン、ラーン!!」
     怪人は泣きわめきながら、歌いまくる。
    (「正直、どうでもいいんだけど……」)
     良顕は肩を竦め、容赦なく注射器をぶっ刺す。ちゅっと生気を奪い取られたランドセル怪人、「うっ」とうめいて貧血に襲われた。
     ――好機、と真人が突っ込む。
    「成敗してくれるっ!」
    「覚悟ー!」
     反対側からは正拳突きの要領で抗雷撃を突き出すプリュイ。
    「ララララランっ!!!!?」
    「覚悟っ!!!」
    「決めさせてもらうよ、五家宝キック!」
     ――そして、狂戦士と化した幽が負のオーラをまき散らしながら剣を振り回す。斬撃と打撃に見舞われた怪人の顔面に、どすっ、と決まる樹燕のご当地キック。ランドセルの顔面に足跡をつけたまま怪人はふらりと背中から倒れた。ぷしゅしゅーっと煙のように灼滅してゆく……。

    「さて、ちゃんと後片付けはしていこうか。落ちてたら廃棄物だからね……」
     地面に転がっていた黒いランドセルを辰人が拾い上げる。と、良顕が手を出した。
    「なに、いるの?」
    「…………」
     こくり、と頷くので辰人は良顕にそれを手渡す。
     一方、赤いランドセルを背負わされたままの幽はがっくりと膝をついてうなだれていた。ケイは心配そうな顔でその顔を覗き込んでいる。
    「……そう、中学生以上に見られなかったよりは……それよりは、マシですよね……?」
    「あー……」
     肩をぽんと叩いて、脇に膝をついた千幻がフォローを入れた。
    「なんつうのかな。初心に帰るとかさ、そういう効果あっかもしれねえし……」
    「……では、差し上げましょうか……? これ……」
    「いや、俺はちょっと遠慮しとくけど」
     目を背け、千幻は誰にも気づかれないようにメモ帳を取り出した。簡単に弾いた五線譜に音符を書き入れる。近くに寄って来たさんぽに少し驚いて身を引きかけるが、また続きに取りかかる。
    「好敵手よさらば」
     真人は太陽に向かって告げる。
     その横顔には郷愁の色があった。隣に並んだプリュイが、ノマを抱っこしながら眩しそうに目を細めた。
    「ニホンのオトナ、みんなランドセル背負った過去あるのデスよね。あのヒトも……」
    「まあ、確かに丈夫だし便利だけどね。大人が背負うのはちょっとね」
     樹燕は肩を竦め、周は良顕の手にあるランドセルをどきどきと眺めた。
    「何か祟られそう……リュリュもそう思わね?」
    「Oui?」
     ――ランドセル。
     誰しもが通り、卒業してゆく赤と黒。
     ふとした瞬間に懐かしく、幼かった頃を追憶させる鞄の名は不思議な魔力をもって胸に響くのだった。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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