荒魂を醒ます者

    作者:魂蛙

    ●荒魂を醒ます者
     夕日を照り返す鉤爪は、血濡れの大太刀のようであった。
     夕暮れ時の山中を、妖獣が駆け抜ける。異形の左脚で地に爪痕を刻み、長い白尾を茜色に染めてたなびかせ、不穏な風のように木立の間をすり抜けるその獣は、スサノオだ。
     山中にある洞穴に辿りついたスサノオは、そこで足を止めた。洞穴は奥深く、闇溜まりとなっている中の様子を窺い知る事はできない。
     スサノオが洞穴に向かって遠吠えをすると、にわかに木々をざわめかせる風が吹き始めた。底冷えする声と風が洞穴に吸い込まれ、風鳴りとなって反響する。
     やがて、洞穴の奥深くから、スサノオの呼び声に応える声があった。風鳴りではない。それはまるで笑い狂うような、おぞましい声だ。
     哄笑が少しずつ近付く。やがて、洞窟の入口からぬっと出てきたのは、丸太のように太く毛むくじゃらの腕であった。

    ●鉤爪のスサノオ
    「みんな、大変だよ! スサノオが次に古の畏れを呼び出す場所が分かったんだ!」
     やや興奮気味の須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)の言葉の意味に気付き、教室に集まった灼滅者達は表情を引き締めた。
     次に呼び出す場所、という事はまだ現時点でスサノオは古の畏れを呼び出していない。つまり、スサノオと接触する機会が生まれたという事に他ならない。
    「みんなの頑張りが、遂にスサノオに届いたんだ。ずっと追いかけていたスサノオを灼滅する、千載一遇のチャンスだよ!」

     1つ深呼吸して落ち着いたまりんは、地図を広げて見せる。
    「時刻は午後4時30分、場所は富山県、北アルプスの山の中にある洞窟だよ。そこで、スサノオは……狒狒っていうのかな、とにかく大きな猿みたいな古の畏れを呼び出すんだ」
     だが、今回はスサノオが狒狒を呼び出すより早く、その洞窟に先回りするチャンスがある。
    「洞窟の近くで待ち伏せしてスサノオが古の畏れを呼び出すタイミングで奇襲する事になるけど、しばらくすると古の畏れが現れて戦闘に加わっちゃうんだ。戦闘が始まってから、大体6分くらいかな」
     奇襲は古の畏れを呼び出そうと、スサノオが遠吠えを始めてでなければならない。それより前に攻撃を仕掛けてはならず、6分のタイムリミットがつくことは避けられない。
     6分以内にスサノオを倒せなければ、狒狒が戦闘に参加する事になる。2体を同時に相手にするのも相当厳しいが、スサノオが狒狒に戦闘を任せて撤退する可能性もある。とにかく、短期決戦を挑まなければならないだろう。
     6分以内にスサノオを倒せれば、狒狒は呼び出されることなく消滅するので、戦う必要はなくなる。
    「もう1つ、古の畏れを呼び出したスサノオがその場を立ち去ってから、ある程度離れた所で戦闘を仕掛けるっていう方法もあるよ」
     まりんは地図の古の畏れの出現地点から少し離れた場所にピンを刺す。洞窟からは距離があるので、狒狒が戦闘に乱入してくる心配はない。
    「だけど、この場合はスサノオを倒しても古の畏れが消滅しないから、戦って倒す必要があるんだ」
     時間制限がない代わりに、連戦は避けられない。洞窟での待ち伏せとは対照的に、長期戦への備えが必要となる。
    「どちらも一長一短だから、どうするかはみんなに決めてもらうよ」
     どちらの作戦を選んでも、戦場は山の中になる。木々が立ち並ぶ戦い易いとは言えない地形だが、それだけに待ち伏せての奇襲もやり易い筈だ。周囲に一般人はいないので、事前に安全確保を考慮する必要もない。
    「スサノオは戦闘時にはキャスターのポジションにつくよ。使用するサイキックなんだけど、このスサノオが今までに呼び出した古の畏れが使っていた物によく似たサイキックを使ってくるんだ。かなり多彩な攻撃手段を持っているから、充分に注意してね」
     これまでに灼滅者達は、このスサノオが呼び出した古の畏れが起こした事件を4つ解決している。それら全ての古の畏れが使っていたサイキックと同様の物を使う可能性がある。
    「古の畏れはクラッシャーのポジションについて、ストリートファイターの鋼鉄拳と地獄投げと、神薙使いの神薙刃に似た3つのサイキックを使うよ」
     体長は3メートルを超える、高い知能と怪力を持ち合わせた大猿だ。こちらも、決して侮れない相手である。

    「まだスサノオについては私たちエクスブレインでも予知できない事が多いんだ。今回を逃したら、もうこのスサノオを倒すチャンスはないかもしれない……けど、みんなならきっと大丈夫だよね!」
     顔を上げたまりんは、教室をあとにする灼滅者達を信頼の眼差しで見送るのであった。


    参加者
    和泉・風香(ノーブルブラッド・d00975)
    石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)
    ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)
    深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564)
    ポルター・インビジビリティ(至高堕天・d17263)
    黒鐵・徹(オールライト・d19056)
    ユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)
    田抜・紗織(田抜道場の剣術小町・d22918)

    ■リプレイ

    ●白き獣の尾を掴み
     スサノオの遠吠えは木々の間を反響し、離れた場所に身を隠していた灼滅者達の耳にも届いた。
     間もなくスサノオは灼滅者達の待ち構えるこの獣道を通る筈だ。迷彩など周囲に溶け込む衣服を纏った灼滅者達の姿を、スサノオもそう簡単に見つける事はできないだろう。
     スサノオとの決戦を前に、やや緊張気味の黒鐵・徹(オールライト・d19056)がスサノオの移動ルートが書き込まれた地図を広げ、スーパーGPSを使用して自分達の現在地を確認する。
     徹がちらりと隣を見やると、田抜・紗織(田抜道場の剣術小町・d22918)がお守りをそっと撫でながら、何かを思い出すように微笑んでいた。紗織は徹の視線に気が付くと、慌てたようにお守りをポケットにしまう。
    「お守りですか?」
     徹の問いに、紗織は少し気恥ずかしげに頷く。
    「……大切な人から、貰ったんですね」
    「たいせ……」
     紗織は「大切な人」という言葉から連想して、焦るように否定しかける。が、それも誰かから貰った物なのだろうか、首輪に触れる徹の横顔を見て、紗織は少し考えてから頷いた。きっと、この子の言う「大切な人」ならば、そう間違ってはいない、と思う。
    「勝って、帰りましょう」
     決意も新たに頷き合う2人の耳に、草木の間を駆け抜ける獣の微かな足音が届いた。
     茂みに隠れ息を潜めるヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)と深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564)は視線を交わして頷き、聞き間違いでなかった事を確かめ合う。
     バスターライフルを構えて枝葉の隙間から様子を窺うヴィントミューレにも、木立をすり抜けるスサノオの白い毛並みが確認できた。ヴィントミューレは息を殺し、スサノオがライフルの射程に入るのをじっと待つ。
     スサノオの姿がはっきりと視認できる所まで引き付け、ヴィントミューレはトリガーに掛けた指に力を込める。が、潅木を飛び越え灼滅者達の包囲網に踏み込んだスサノオは、そこで足を止めた。
     気付かれたか、と灼滅者達が冷や汗を流すが、周囲を見回すスサノオの目は灼滅者達の姿を捉えられてはいない。
     恐るべき勘の鋭さだが、ヴィントミューレにとってスサノオが足を止めたのは却って好都合だ。ヴィントミューレは呼吸を止めたままスサノオの額の中心に照準を合わせ、ライフルのトリガーを、引く。
     茂みを突き抜け伸びくる光条に対し、スサノオの反応は速かった。スサノオは四肢で地を突いて跳ねたが、それでも不意を突いた精確な狙撃を躱すには至らず、バスタービームがその肩口を焼く。
     身を翻し着地したスサノオは即座にバックステップに繋ぎ、るるいえの妖冷弾から逃れる。そのまま反転したスサノオの、その退路を既に飛び出していた紗織と徹が断っていた。
     紗織が地面すれすれの超低空の踏み込みから抜き放つ懐剣の斬撃を、スサノオが飛び跳ね躱すと、そこに紗織を飛び越えた徹が殴りかかる。
    「逃しません!」
     徹が振り下ろす鉄槌打ちの殴打と同時に縛霊手が展開する光の網が、スサノオに絡みついた。
    「漸く捕まえたのじゃ! 逃がしはせぬぞ!」
     地面を転がり暴れるスサノオに、和泉・風香(ノーブルブラッド・d00975)が飛びかかる。振り回すスサノオの前脚を潜り、風香は紅の光輝を放つ手刀をスサノオの腹下に叩き込み直後、風香と入れ代わり踏み込む石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)が鞘から抜き放った日本等「禍津月」を一閃させた。
     斬撃を受けて後退したスサノオは異形の左脚の鉤爪で光の網を切り裂き、直様飛び出し騰蛇に襲いかかる。
     割り込み立ちはだかったユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)がワイドガードを展開、スサノオの突進を受け止める。スサノオは光の壁に左脚を叩きつけ、その鉤爪を食い込ませて壁を侵食する。
     スサノオの圧力にユーリーの膝が折れかけたその時、ポルター・インビジビリティ(至高堕天・d17263)がスサノオに飛びついた。
    「蒼き寄生の強酸……」
     唸るスサノオの牙を眼前に、しかしポルターは怯む事なくデモノイド寄生体と融合した掌をスサノオの横っ腹に押し当てる。
    「対象溶解……」
     ポルターの手の中で圧縮された強酸の塊が破裂し、スサノオを弾き飛ばした。
     吹き飛ばされたスサノオは空中で体を丸めて一回転し、姿勢を制御しつつ着地したスサノオを、灼滅者達が素早く包囲する。地面に鉤爪を食い込ませ純白の毛並みを逆立てたスサノオの咆哮が、夕焼けに染まる天を衝いた。

    ●跳梁跋扈
     一気に間合いを詰めた騰蛇が振り下ろす禍津月を、スサノオは振り上げた左脚の鉤爪で受け止める。
    「貴方は何故、古の畏れを呼び出すのですか?」
     鍔迫り合いを演じながら、騰蛇はスサノオに問いかける。
    「貴方は一体何を為そうとしているのですか?」
     磨き上げた玉石をはめ込んだかのようなスサノオの瞳から、感情を読み取ることは難しい。だが、騰蛇の言葉に耳を傾けているようで、少なくとも言葉を解さぬ獣ではないらしい。
    「もし、その願いが人と相容れぬ物でないのなら……私は、貴方を滅したくはありません」
     スサノオを真っ直ぐに見据え、言葉を投げかける。
     しかし、スサノオの返答は「答える義理はない」とでも言うような、強引に押し切る鉤爪の一撃であった。
    「石神殿!」
     追撃をかけんとするスサノオを、ユーリーがガトリングの弾幕で牽制する。
    「私達には、守るべき人がいる」
    「……これ以上の被害を出さない為に、貴方を止めます」
     ユーリーの言葉を引き継いだ騰蛇の瞳に差した陰は、決意の光が覆い隠した。
     頭を低く身構えたスサノオの白い体毛が、炎へと変じる。スサノオは白炎を束ねた尾を長くたなびかせ、スラロームステップで風香に迫る。
     スサノオが駆け抜ける、ただそれだけで横に跳んで躱した風香の衣服を焦がす。スサノオが木の幹を蹴り飛び反転して上から叩きつける前脚を、風香は思い切り後ろへ跳んで回避し、着地と同時にLanzeの銃身を展開、バスタービームの連射で反撃する。
     スサノオは飛び来る無数の光条を潜り、飛び越え、弾幕の隙間を縫うように一気に駆け抜ける。
     霊犬のスェーミがスサノオに飛びかかり、その前脚を斬魔刀で斬りつけた。が、スサノオは軽く身を捩って前脚でスェーミを薙ぎ払い、更に跳躍しからのバク転で尻尾を鞭の如く振り下ろし、背後に迫っていたユーリー目掛け叩きつけた。
    「エンピレオ……頼んだ、わ……」
     ポルターはナノナノのエンピレオをユーリーの回復に向かわせ、自身はスサノオを抑え込みに回る。
     スサノオは左脚を振り下ろし、バックステップで躱すポルターに間合いを詰めて体側をぶち当てる。ポルターを突き飛ばしたスサノオが体をよじって跳躍しつつ尻尾を振るって飛ばした白炎の塊は、騰蛇を庇ったナノナノのてけり・りを弾き飛ばした。
    「好き勝手に暴れて……恐怖を振り撒くにも、作法というものがある!」
     吹き飛ぶてけり・りを抱き止めたるるいえは憤りつつ、ポルターに駆け寄り祭霊光で癒す。
     スサノオの着地際を狙って紗織が制約の弾丸を連射する。が、陽炎のように揺れたスサノオを弾丸が通り抜け、後には白の残り火が弾けて散った。
    「消え……?!」
     右に左に視線を巡らせ、そして見上げた紗織の頭上高く、跳躍の頂点に達したスサノオが強襲を掛ける。
     スサノオの牙が紗織の眼前に迫った刹那、ヴィントミューレが除霊結界を展開、地面から突き上げる光の剣山がスサノオを貫き、その動きを封じ込んだ。
    「あの赤ちゃんを捨てていった君を、僕は絶対に許さない!」
     各地で古の畏れを呼び出すスサノオのその行為が、徹の目には産み捨てているように映る。それが、その身勝手さが、徹には堪らなく許し難かった。
     徹が放ったジャッジメントレイが、身動き取れないスサノオを直撃した。

    ●鉤爪のスサノオ
     スサノオは光に身を焼かれながらも、身に纏う白炎を激しく燃え上がらせ、自身を拘束する結界を焼き払う。更に高まっていく炎を渦巻かせ攻撃態勢に入ろうとしたスサノオを、風香のディーヴァズメロディが怯ませた。
     風香が歌に力を込めると、スサノオの足元がふらつき始める。それでもスサノオが構わず頭上に撃ち上げた火炎弾が破裂し、炎の雨となって降り注いだ。
     スサノオ自身さえも巻き込む炎を掻い潜り、騰蛇は間合いを詰めて踏み切り振り上げた禍津月で頭上に迫っていた火炎弾を弾き飛ばし、すかさず刃を返し上段からスサノオ目掛け振り下ろした。
    「蒼き寄生の猛毒……対象侵蝕……」
     怯んで後退するスサノオに、ポルターがDCPキャノンで追い撃ちをかける。淡々と、的確に、猛毒の光線を撃ち込まれ、スサノオが苦悶に喘いだ。
     大きく後ろへ跳んだスサノオは、木立を盾に態勢を立て直してポルターに突進する。DCPキャノンをサイドステップで躱したスサノオは、そのままポルターに飛びついて圧し潰すように組み伏せた。
     鉤爪を振り下ろそうとするスサノオに、シールドリングを構えたユーリーが体ごとぶち当たる。踏み堪えたスサノオは前脚を薙ぎ払い、ユーリーを弾き飛ばした。
     木に叩きつけられたユーリーに、更にスサノオが飛びかかる。上体を捻り振り上げた異形の左脚、その禍々しい鉤爪が、ギロチンの如く振り下ろされる。
     鉤爪はガードを上げたユーリーのシールドを突き破るも、僅かに軌道が逸れてユーリーの頭上の木の幹が弾けた。
     木を発泡スチロールのよう易易と抉るその威力は、ガード越しにもユーリーの腕に深い爪痕を残す。が、痛みは気力で乗り越えたユーリーはガトリングガンを構え、炎の弾丸でスサノオを押し返した。
     至近距離からの砲火にたまらず後退したスサノオが後退すると、すかさず紗織が間合いを詰める。迎え撃つスサノオが牙を剥き、紗織の肩口に喰らいついた。
     紗織の腕を食い千切らんとしたスサノオの口から、苦悶の息が漏れた。
    「捕まえ、た……っ!」
     スサノオの脇腹に、紗織の懐剣が突き立てられていた。
     紗織は逆手に握り直した懐剣で斬り上げ、怯んだスサノオにすかさず返す刃を叩き込む。
     大きく後退したスサノオは一気にダメージが表出したのか、体に纏う炎の勢いが明らかに弱まっていた。
     紗織の肩の傷を癒したるるいえが、スサノオに向き直った。その足元を無数の触手が這い出すように、影業が実体化する。
    「さあ、お仕置きの時間だ!」
     殺到する影業はスサノオを取り囲み、全周からスサノオに影の刃を突き立てる。
     徹が寄生体にクルセイドソードを飲み込ませ、腕と一体になった刃を振りかざし跳躍してスサノオの頭上を取ると、同時にヴィントミューレが天に掲げた腕を鋭く振り下ろす。
    「これ以上の災いを起こさないためにも、ここで終わらせるわ」
     スサノオの頭上から降り注いだ光は徹のクルセイドソードに集束、共鳴する。
    「今こそ受けなさい。これまでの行いが正しいか否か、裁きの洗礼をっ!」
    「せやぁああっ!!」
     刃が放つ神々しいまでの輝きが、裁きの雷の如くスサノオを飲み込んだ!
     吹き飛んだスサノオは四肢を震わせながら、それでも尚立ち上がる。体を支えきれずよろけたスサノオの前に、騰蛇が立ちはだかった。
     静かにスサノオを見つめる騰蛇の瞳に、憎悪はなく。
    「相容れることが叶わないのなら……」
     騰蛇は鞘に納めた禍津月に手を掛け、重心を落として構える。
     最期の力を振り絞り飛びかかるスサノオを、鞘から解き放たれた剣閃が――、
    「せめて……安らかに眠っていて下さい」
     ――両断した。
     燃え尽き灰となって消えゆくスサノオを見届け、灼滅者達は1つ安堵の息をつく。だが、まだ緊張を解くわけにはいかない。
     おぞましい笑い声が、山中を木霊していた。

    ●白炎の残火
     短時間の休憩で態勢を整えた灼滅者達は、すぐにスサノオが呼び出した狒狒の追撃に向かう。
     山中に響く笑い声を追えば追跡は容易く、隠された森の小路で最短経路を辿った灼滅者達は、洞窟から程近い場所にて狒狒と遭遇、戦闘を開始する。
     スサノオとの戦闘で負ったダメージは抜けきっておらず、灼滅者達は苦戦を強いられていた。
    「あまり時間は掛けられそうにないのう」
     疲弊する仲間達を見やり、呟いた風香が前に出る。
     風を操り飛翔する狒狒が頭上から叩きつける腕を、風香は跳躍で躱し、捻りを加えて背後を取りつつ、狒狒の背に手刀を振り下ろした。
     背中を深く切り裂かれた狒狒が、振り返り様ラリアット気味に腕を振り回す。
     後退する風香と入れ代わり飛び込んだるるいえが、大上段に構えた妖の槍を突き下ろす。そのままるるいえは暴れる狒狒にかじりつき、妖の槍に力を込める。
     直後、槍の穂先を冷気が走り、巨大な氷柱を狒狒の肩に突き立てた。
     狒狒は悲鳴をあげながらもはげしくもがき暴れ、振り飛ばしたるるいえにすかさず飛び掛る。そこにワイドガードを展開したユーリーが割って入り、その身を挺して狒狒の腕を受け止めた。
     ガードを突き抜ける重い衝撃に苦悶の息を洩らすユーリーを、狒狒は上唇で顔半分を覆う程にめくらせながら嗤う。
     その唇を、制約の弾丸が射抜いた。
    「何がそんなに可笑しいのかしら?」
     弾丸を放ったのは紗織だ。紗織は更に制約の弾丸を撃ちまくり、狒狒の上唇を縫い止めていく。
     顔をかきむしり暴れる狒狒が、突風を起こして紗織に飛びかかる。
     紗織を叩き潰さんと両腕を振り上げた狒狒の胸から、影の刃が飛び出した。
    「……暗きから迫る刃の制裁」
     それは、狒狒を背中から貫いたポルターの残影刃だった。
     一歩二歩とたたらを踏んだ狒狒が、力なく倒れる。やがてその体は溶け崩れ、土へと還っていった。
     日の沈んだ山中に、穏やかな静寂が訪れる。
     肩で息をしながらも、笑顔を交わす灼滅者達。皆満身創痍ではあるが、もう少し休めば自力で山を降りられるまでに回復しそうだ。
     何とか、無事に帰ることができる。
     紗織は無意識にポケットのお守りを握りながら、一番星が瞬き始めた空を見上げていた。
     鉤爪のスサノオとスサノオに呼び出された古の畏れによる一連の事件は、こうして幕を下ろしたのであった。

    作者:魂蛙 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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