夢の中はサンフランシスコ

    作者:織田ミキ

    『あああ、こんなことならケチらずサンフランシスコ直通便にしとけば良かった……っ』
     クセの付いた赤い髪をグシャグシャとかいた青年は、そんな英語の嘆きとともにガックリと項垂れた。既に人でいっぱいの搭乗口は、完全に我が身の不運を呪う人々の負けムードが漂っている。経由地の悪天候で、出発時間に大幅な遅れが出ているのだ。なんと、まさかの五時間。いや、それでもフライトキャンセルや二十四時間待ちと比べればマシだろうか。
    『時差ボケ対策に機内で爆睡するはずだったのに……ふあぁーっ、搭乗まで起きてられるかな』
     青年の目の下には、明らかな寝不足を訴える色濃い隈ができている。両目を伏せたその様子は、三秒で寝られますと言ったところだ。
     しかしそこで、彼の腹の虫が盛大に鳴った。当初は食べるものも機内でという考えだったのだろうか。長身の背を伸ばしてよろりと立ち上がり、きょろきょろと辺りを見回す。そして、真っ直ぐとファーストフード店へ向かっていった。


    「みんな、聞いて! またシャドウの一部が、日本から脱出しようとしてるらしいの!」 
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は教室に集まった灼滅者たちに向かって言った。
     既に何度か確認されているこの事件。シャドウが国際便に乗り込む人間のソウルボードに潜んでいるというものだ。
     日本国外では、サイキックアブソーバーの影響で、ダークネスは活動することができない。にもかかわらず、帰国する外国人のソウルボードに潜伏するシャドウたち。この動きの意図や目的について、詳しいことはわからない。そもそも、その方法でサイキックアブソーバーのある日本から離れることができるかどうかも不明なのだ。
    「今回シャドウたちが潜んでるのは、お昼に成田空港に来るこの人」
     配られた写真に写った青年のソバカス面に、皆が視線を落とす。アメリカ人のライアン・カーター、留学生。日本語もそこそこ喋れるらしい。
    「フライトが遅れるから、時間は充分ありそうだね。でも油断は禁物だよ! 彼が飛行機に乗る前に、どうしてもシャドウを追い払ってほしいの!」
     何しろ、海外脱出で何が起こるかは未知数。もし日本から離れた事でシャドウがソウルボードから弾き出されようものなら、飛行機の中で実体化してしまう惨事となるかもしれない。
    「ソウルボードの中は、誰もいないゴールデンゲートブリッジの上みたいだね」
     車もなく、貸し切り状態。その車道の真ん中を爽快にジョギングしている青年が通り過ぎるらしい。
    「運び屋として彼を利用してるだけだからかな、何の事件も起こってなくて静かなはずだよ。でも入っていったらすぐに気付いて、向こうから攻撃してくると思うから気を付けてね!」
     潜んでいるシャドウは二体。デッドブラスターやトラウナックルというサイキック攻撃は仕掛けてくるが、もちろんソウルボード内のため弱体化しておりさほど攻撃力は高くない。灼滅されるまでかかってくることもなく、ある程度劣勢と感じれば撤退してゆくだろう。
     何はともあれ、まずは青年をどこか安全な人気(ひとけ)のない場所へ誘導して眠らせなくてはいけない。シャドウハンターを筆頭に、精神だけを夢の中へ侵入させるソウルアクセスに踏み切るのはそれからだ。
    「お願い、みんな! たくさんの人を乗せた飛行機が墜落しないように、必ずシャドウたちを撃退してね!」


    参加者
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385)
    九井・円蔵(大学生シャドウハンター・d02629)
    風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)
    リステアリス・エールブランシェ(今は幼き金色オオカミ・d17506)
    此花・大輔(ホルモン元ヤンキー・d19737)
    風見・兵吾(銀の矢・d24204)
    稲荷・九白(気がつけば食いしん坊キャラ・d24385)

    ■リプレイ


    「人があんまりいねぇラウンジとかがあれば、それがベストだな」
     成田空港、国際線出発ターミナル。案内板を鋭い目で睨み、風見・兵吾(銀の矢・d24204)が傍らの仲間たちへ言う。皆に異存はない。誘導班がターゲットたるライアンを連れてくる前に、ソウルアクセスできる場所を確保しなくては。
     ところが手近な二カ所のラウンジが両方やや混雑しており、入口で諦めたように引き返してくる客とすれ違う。行楽シーズンの春休みであることもさることながら、案外各地の悪天候で足止めになっている乗客が多いのだろうか。
    「……ん、ESP、使うとき……?」
     本日の紅一点リステアリス・エールブランシェ(今は幼き金色オオカミ・d17506)を中心に、十秒会議。結果、比較的に人通りが少ない方のラウンジの入口付近でそれとなく佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385)を皆の背で隠して立ち、静かに殺界形成に踏み切る。ほどなくして上映終了時の映画館のような有様で次々と出て来る客たち。彼らと入れ違うように、灼滅者たちは何食わぬ顔で中へ足を踏み入れた。
     プラチナチケットを使う九井・円蔵(大学生シャドウハンター・d02629)と此花・大輔(ホルモン元ヤンキー・d19737)に残りの者がそれぞれ同伴者として付き添い、ラウンジへ入室して然るべき者を装う。殺気にやられて無性に居心地悪そうにしている係員の目を無事くぐり抜け、角のパーティションの奥側を六人でワザとまばらに陣取った。これなら殺界を解いてもしばらくプライベートが保てそうだ。待機に臨むギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)の手にはアメリカンフード。アメリカ人ウェルカムな空気を演出する準備もぬかりない。


     一方その頃、ファーストフード店では。
     円蔵からのメールで安全な場所確保の成功を知った誘導班の二人は、無言で顔を見合わせてこくりと頷き合った。旅行客らしい演出のため大きな荷物を背負った風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)と、稲荷・九白(気がつけば食いしん坊キャラ・d24385)だ。「偶然」ライアンの隣のテーブルについた誘導班はしかし、お声かけ作戦を開始する前から、図らずも早々に彼の注意をひいた。九白のトレーに、これでもかと山盛りに積まれている食べ物のせいだ。
     思わずという様子でこちらを二度見するライアン。同じタイミングでチラリと視線を馳せた彼方と、バッチリ目が合う。
    『た、たくさん食べるんだね~……っていうか、お父さんかお母さん、一緒じゃないの?』
     向こうから、話しかけられた。
     未成年とはいえ、彼方も九白も小学校高学年。それでもライアンの目には、努めて「いい人オーラ」を出しているこの小さな二人が、もっとずっと幼く映っているらしい。
     ラウンジに年上の旅仲間がいるから大丈夫、彼方はそう説明して場をしのぎ、スムーズに話を繋ぐ。
    『お兄さんは、どこに行くの?』
    『サンフランシスコ。でも飛行機がすごく遅れててさ……五時間、ほど』
     遠い目をするライアンに、僕たちもまだ三時間あるけど五時間は大変だね、と作戦設定に沿ってすかさず同情。小動物を連想させる愛らしい仕草でポテトを食べていた九白も、二人の話に日本語で参戦した。よかったら、これ食べます? と自分のトレーを示してみたりする。もっとも、ここが寿司屋なら、率先して好物の稲荷寿司をすすめたいところなのだが。
    「なんだか、顔色悪いみたいですが、大丈夫ですか?」
     食事も終わりに近づき、眠気と戦っている様子の青年の顔色を滞りなく指摘する九白。
    「ダイジョーブ、ダイジョーブ。とてもネムイだからこれのカオのいろねー、たぶんねー」
    『出発直前に寝ちゃって飛行機乗り損ねる方が大変だと思うな。今ちょっと寝て、眠気はらした方がいいよ』
    「私たちの仲間がいる所でご一緒しませんか? 誰かと一緒なら寝過ごさないでしょうし」
    「おぅ! ゴイッショ、うれしい。おきるがシンパイないねー」
     釣れた。その手応えに内心ガッツポーズをとる二人。ソウルボードではあるが、間もなくサンフランシスコへ行くときがやってくる。
     でも君たち、可愛いスリとかじゃ……ないよね? 日本だし、違うよね? っていうか、逆に俺が誘拐犯と思われそうだよね、この図。
     小さな二人に連れられ、青年はそんな独り言を吐きながら現れた。しかし、案内されたラウンジの落ち着いた雰囲気や、二人が話した通りの「仲間」をみとめ、ホッとした顔を見せる。兵吾、名草、そして大輔の三人だ。さらにこちらではギィが、そちらでは円蔵とリステアリスが、しっかり他客のふりをしている。
     長い脚を投げ出し、昼寝をする風情でごろりと横たわって見せる兵吾と大輔。彼らに習って横になり、のんびりした調子で話す名草にライアンが相槌を打ったのは、ほんの数回だった。次に聞こえてきたのは、早くも寝息。
    「タイマーセットしたよ。これで皆一緒に休んでも大丈夫」
     ソウルアクセス中の状態を怪しまれぬよう、名草がそんな台詞を係員に聞こえるタイミングで口にした。それを合図に、灼滅者たちがおもむろにライアンの元へ集う。
    「それじゃぁ入らせていただきますよぉ、ヒヒヒ」


     気を失うような不思議な感覚を味わった直後、ふと肌に感じる海風。ぼやけた視界がぐっと鮮明になった瞬間、灼滅者たちは金門橋のアスファルトの上に佇んでいた。
    「おお、これがポン・デュ・ゴールデンゲート!」
     そう言ってギィが快晴の空に鮮やかにそびえる主塔を仰ぐ。これはまさに絵葉書にみる構図だ。インターナショナルオレンジという朱色に塗られた吊り橋は、青空に映えて美しい。そう、東京タワーと同じ朱色。残念ながら、まったくもって金ではない。
    「ゴールデンって言うか、ほとんど赤じゃねぇか」
    「ちょっとがっかりですよぉ!」
     若干つまらなさそうに、しかしせめて景色だけでも楽しもうと、緑豊かなサンフランシスコ湾を一望する大輔と円蔵。遠景には、かの有名なアルカトラズ島。ダークネスが絡む依頼で仕方なくとはいえ、こんな即席海外旅行もたまには悪くない。
     静かだ。
     しかし、見渡した世界の一部に違和感を感じ、全員がザッと身構える。
    「つまらない企みをぶっ潰しに、灼滅者がお出ましっす」
     言いながら、ギィは辺りへ鋭く視線を走らせた。
     灼滅者たちに緊張が走る。見えないが、来る。どこだ。どこからだ。アスファルトから不意に飛び出してきた漆黒のつぶてに灼滅者たちが襲われたのは、そう思ったときだった。主塔の落とす色濃い陰がブヨブヨと盛り上がり、それらのサイキックを放ったシャドウたちがいよいよ姿を現す。胸に浮かぶスートは、ダイヤ、そしてクローバー。
    「二体も国外逃亡を試みていやがるのか……そうは問屋が卸さねぇ。まとめておいしく焼いてやるぜ!」
     啖呵を切った大輔が、アスファルトへ派手に杭を叩きこむ。その割れんばかりの振動を追いかけるようにビハインドの実理が霊撃を放ち、さらにクローバーの「足元」に闇色の手が無数にわき上がった。名草の影縛りだ。
    「僕は影と共に影を狩る君らの宿敵」
     餓鬼の如く貪欲に伸びてやまない手の群れ。
    「――影の狩人だ」
     名草の視線の先で捕えられたシャドウへ、ライドキャリバーの轟天が音を立てて突っ込む。
    「ヒヒヒ、日本から逃しませんよぉ!」
     円蔵のどす黒い殺気に包まれ、横からはリステアリスの銃弾、上からは彼方の矢。クローバーがアスファルトを這うように後ろへ下がり、ダイヤが前へ出てきた。
    「はっ……上等じゃねぇか!」
     欄干を蹴って一気に間合いを詰めた兵吾の拳が、シャドウの胸のスートめがけて雷を下から打ち上げる。その爆音と共に、ギィは愛刀を軽々と振り上げて跳んだ。拳を喰らって変形したシャドウの身体が元に戻らぬうちに、戦神さながら、巨大な刀で容赦なく叩き斬る。
     ぐらりと傾き、また元に戻る異形の身体。
    「……言葉、わかる?」
     言ったのはリステアリスだった。
    「返答、無くてもいいけど……聞いてくれる?」
     シャドウたちに反応はない。それでもフォースブレイクに揺れた巨体を見上げ、恐れず問いを投げる。
    「アナタたち……わざと、派手に動いてる……そんな気がするの……。誰かに……脅されてる? ……それとも……誰かを、庇ってる?」
     聞こえているのか、いないのか。シャドウたちの仮面のような顔は答えない。代わりに二体からほぼ同時にやってきたトラウナックルを受けた大輔と兵吾を、九白の風が素早く癒す。
     その隙をついて彼方が放った魔法の矢。それに射られた形のままでいるダイヤへ、円蔵は変形したナイフの刃を突き立てた。
    「倒せなくても、嫌がらせぐらいは出来ますよぉ、ヒヒヒ!」
     不利な要素を煩わしいほど重ねて、少しでも早く撤退に追い込んでやりたい。
    「あと、嫌がらせついでに教えてくれませんかねぇ。どうして、海外に行こうとするんですか?」
     敢えて真っ直ぐに問いかけた円蔵にも、やはりシャドウたちは答えなかった。こちらと口を利く気など、元々ないという様子だ。
     叩いても叩いても、感情を現さないシャドウ。しかし、主塔の落とす陰のラインを見ると、奴らがじりじりと後ろに下がってきているのが見て取れる。そろそろまた一気に押すべきか。
    「さぁ――影と共に影を狩ろう」
     名草は、シャドウへ向かって走る大輔の背に闇の力を注ぎ込んだ。
    「実理、下がってろ!」
     霊障波を放つビハインドへ叫ぶと同時に、クローバーからの闇の銃弾を浴びることも厭わずダイヤの懐へ飛び込む。続けざまにめり込ませた拳が、眩しい閃光を放った。そしてそこへもう一発入る、凄まじい一撃。銀色の髪が闘気に揺れる、兵吾の鋼鉄拳だった。
    「これくらいで、くたばってんじゃねぇぞ!!」
     衝撃に仰け反った巨体の顔面を蹴って跳び、兵吾は身を翻してアスファルトへ着地する。そこでダイヤがゆらりと体勢を立て直そうとするのを、ギィが許さなかった。一息で風を切り、己の炎を宿らせた得物でシャドウを叩き伏せる。塵を巻き上げて倒れる不定形の身体。
     それでもほどなくして何事も無かったかのように起き上がったダイヤは、すっと後退してクローバーと並んだ。そうして溶けるように二体揃って姿を消す。
    「逃げたっすか。灼滅できないのが癪っすねぇ」
     腕に残る確かな手応えに、ギィはシャドウの消えた虚空を睨んだ。
    「そういえば、この手のシャドウが潜り込むのは飛行機だけみたいで、船はないみたいっすけど、そこに何か鍵があるんでやしょうか?」
    「シャドウ……国外への脱出じゃなくて……国内での行動の目くらまし……なんてこと、ないのかな……?」
     そう言って、リステアリスもまた奴らの痕跡が残らぬアスファルトに視線を落とす。しばらく前から始まったこのシャドウたちの一連の行動。解決のヒントは、残念ながらまだ見つからない。灼滅者たちは糸口を掴めないやるせなさに溜息を吐いた。
     とそこへ、車道の真ん中を一人の青年が走ってくる。
     すっかり忘れていた。そう言えばここは、彼のソウルボード。きっと普段はまったく運動をしない男の「夢」なのだろう。いかにも形から入りましたという風情のスポーツウェア姿で走る彼の顔は爽快そのものだ。しかし、遅い。ずっとこの橋の上にいただろうに、ようやくここまで辿り着きましたといったところだろうか。「偶然居合わせた通行人」という役どころであろうこちらへ、やあ、と手を振った青年を、灼滅者たちはそっと見送った。
     シャドウの去った今、きっと機内でもよく眠れるだろう。ただ今はもう少しこのまま、気持ちの良い夢を見せておいてやりたい。
     起こしてやるのは、それからで――。

    作者:織田ミキ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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