吉乃さんちのお茶会

    作者:立川司郎

     彼女、吉乃さんのお茶会には、不思議と人が集まる。
     典型的な和風庭園で、彼女の先祖がここに建てたと言われている。枯池式枯山水で、小さな頃は砂利を踏んで遊んでいたと彼女は笑って話した。
     今は櫻が、枯池の上から花びらを散らす頃。
     ふと思い立つと、吉乃はお茶会のしたくを始めた。
     昨日は、亡くなった旦那がおつきあいをしていた古物商がやってきた。
     一昨日は、ハーブティーを注文しているお店の人が態々持ってきてくれたから、一緒に庭でお茶とケーキを楽しんだ。
     今日は庭で夜桜を眺めながら、お茶を飲もうかしら。
     お茶会の準備をしながら、吉乃はふと考える。昔からこの屋敷には妖怪が出るなんて噂はちらほらあったけど、ここ最近お茶会のお客さんが話すようになってから気になる事が起き始めたのだ。
     小さな犬のような影を見た、という人が居るのだ。
    「昔から、小さな白い犬が出るって言われているのよ。足にすり寄ってくる可愛い犬なんだけど、すり寄られると切り傷を残していくって言う話ね」
    「犬神じゃないか?」
    「いや、かまいたちの一種だよ」
     お茶を頂きながら、大学生たちがわいわい話す。
     話し好きの大学生や近所の友達とそう妖怪談義に花を咲かせていると、本当に白い犬を見たという青年が現れた。
     しかも、足に結構な切り傷がついている。
     この屋敷にはこんな傷がつくようなもの、その辺に置いちゃあ居ない。刀剣は先祖代々収集癖があったから置いてあるが、きちんと管理して仕舞ってある。
    「やっぱりかまいたちだよ」
    「犬神じゃね?」
     なんだか分からないが、傷を付けていくというのはちょっとおいたが過ぎるというもの。吉乃さんは、どうしたものかと思案した。
     
     パチンと扇子を閉じると、相良・隼人は深くため息をついてあぐらをかいた。まだこの季節、道場には冷たい風が吹き抜けるが、隼人はいっこうに気にする様子がない。
    「かまいたち……ってなんだ?」
     クロムが首をかしげる。
     かまいたち……それは、旋風を妖怪化したものだと言われている。
     つむじ風とともに、切り傷を残すとか言われて全国各地で見られる妖怪である。
    「都市伝説ってモンは人の噂が立つ所に出没するもんだ。この吉乃さんっていう人は、ちょいと風情のある宿場町の片隅に屋敷を持っている婆さんでな。この純和風建築で、お茶会を開くのが趣味の人好きする人だ」
     人が集まるようになった頃、それは現れるようになったという。
     吉乃さんの家で代々噂されている、かまいたちに関する都市伝説が原因であるらしい。それは小さな白い犬のような姿をしており、人が集まって話しているといつの間にか現れて、足にすり寄ってくる。
     すり寄られると、切り傷が残る。
    「切り傷で済むのかよ?」
    「ああ、一般人でも死なない程度の傷だが、放っておく訳にもいくまい。……お前達で行って、残らず片付けてきてくれ」
     吉乃さんが今度お茶会を開くのは、今晩。
     日が暮れた頃には、吉乃さんは門を開けてお客を待つ。お客といっても、吉乃さんが事前に誰かに声を掛けている訳ではなく、いつも通りがかった人やたまたま来た来客をもてなす為の茶会である。
     庭に面した座敷で、紅茶と彼女の手作りの焼き菓子を頂く。
    「全員殺気で人払い掛けて片付けちゃ駄目なのか」
     にたりと笑ってクロムが言う。
     たしかにそれが早いのは間違いないが……。
    「人払いをしてもかまわねぇが、場所が彼女の自宅だ。それに、このかまいたちは一撃当てりゃあ消えちまう弱い都市伝説だ。お茶会に紛れて屋敷内を探して、こっそり始末しちまうのが一番良い」
     かまいたちは全部で5体。
     庭に3体、屋敷内の座敷近辺に2体いると隼人が話す。
    「くれぐれも言うが、人払いを掛けてもかまいたちは逃げねぇが、いろいろと櫻見物も何もかも台無しだ。それより、吉乃さんの手作りマドレーヌと紅茶を楽しみながら夜桜見物でもして来い」
     庭に咲く櫻は、きっと綺麗だ。


    参加者
    稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)
    椿森・郁(カメリア・d00466)
    アイレイン・リムフロー(スイートスローター・d02212)
    草那岐・勇介(舞台風・d02601)
    木元・明莉(楽天陽和・d14267)
    天道・雛菊(天の光はすべて星・d22417)
    葵野・脩弥(アナザーブラスト・d23350)
    結川・叶世(夢先の歩・d25518)

    ■リプレイ

     立派な門構えのお屋敷の前に立つと、ふんわり焼き菓子の匂いが鼻をくすぐった。
     そうっと中を物珍しそうに覗き込んでいるクロムの服をぐいっと引き寄せると、天道・雛菊(天の光はすべて星・d22417)は門前から声を掛けた。
    「突然お邪魔してすみません」
     雛菊が声を掛けると、玄関から割烹着姿の老婦人がひょいと顔を覗かせた。笑顔で老婦人は、どうぞ中へと声を掛ける。
     おそらく彼女が、吉乃さんなのだろう。
     誰?
     とかどこから来たの、などと詮索するような事は一切聞かない。ただ彼女は、友達のように邸内に招き入れて庭へと案内する。
     飛び石を歩いて庭へと向かうと、庭に置かれた石灯籠に火が灯っていた。
     ゆらりと揺れる灯りの下、照らし出された桜が目に飛び込む。枯れ池にひらりと花びらが舞い落ちる様は、まるで幽玄の世。
     立ち尽くして見上げる雛菊に、吉乃は声をかけた。
    「あら、和服でいらっしゃる方は久しぶりだわ。とってもよく似合っているのね」
    「……いや、着慣れた格好だというだけ…ですから」
     雛菊は、さらりと褒められてそう俯き加減に答えた。両手にクッキーの箱を抱えていた事を思いだし、吉乃へと差しだす。
    「あ、良い匂い」
    「これは土産のにゃんこクッキーだ」
     雛菊はクロムへと答える。
     最近お気に入りにしているにゃんこクッキーを、吉乃や皆にも食べて貰おうと思って持ってきたのである。
     庭の端には小さな東屋があり、そこから屋敷と桜をちょうど眺める事が出来た。
     視界に何かが走り、はっと雛菊は気付く。
    「今、かまいたちが居たぞ」
    「さて、それじゃあ手っ取り早くかまいたちを捕まえて花見を楽しむとするか」
     葵野・脩弥(アナザーブラスト・d23350)は伸びをすると、雛菊が差した方へと歩き出した。東屋の後ろを抜け、桜の方へと向かったらしい。
     池の周りを歩く道を通りながら、脩弥はかまいたちを探して歩く。
     庭に3、屋敷に2……だったか。
     縁側の部屋にクッキーを運んできた吉乃と言葉を交わし、結川・叶世(夢先の歩・d25518)は屋敷にお邪魔した。
    「綺麗なお庭だったものですから、近くで見させて頂きたいと思って」
     皆や自分が通りがかって興味を惹いた、と丁寧に叶世は説明する。上品なワンピースと羽織は、失礼の無いこぎれいな格好をと努めたものだった。
     庭に興味を惹かれた、というのは嘘ではない。
    「通りがかったら桜が目に入ったから、つい」
     木元・明莉(楽天陽和・d14267)は叶世とそう話した。
     ここから見る桜はとても綺麗で、こんな景色を毎日見る事が出来るなんて夢のようだ。はた、と顔を上げて明莉が立ち上がる。
     桜見物だけでは、申し訳ない。
    「俺、お手伝いします」
    「私もお手伝いさせてください。大人数で押しかけてしまいましたので」
    「あらそう? それじゃ、お願い出来るかしら」
     明莉と叶世の申し出に吉乃は頷いた。
     台所に向かった三人の明るい話し声が聞こえてくると、稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)はそっと座敷を歩いた。
     床の間に飾られた茶器は、埃一つついていない。
     書院障子は質素な組子のものであったが、作りは丁寧で部屋によく合っている。ふと障子の向こうに物音を聞き、晴香はそっと意識を集中させた。
     かまいたちがサイキックの気配に釣られる事があるかどうかは判らないが、しんとした室内にそっと足を踏み入れた者が一つ。
     視線を動かすと、白いモノが背後を歩いていた。
     振り返りざまに、さっと両手で掴み上げる。
     小さな悲鳴を上げたが、吉乃さん達は聞こえなかっただろうか……? 晴香は周囲を見まわすと、かまいたちに視線を向けた。
     白い子犬のようであるが、少し胴が長いようだ。
     しっぽは細長く巻き込むようにして、こちらをじっと不安そうに見上げていた。
    「そんな顔をしても駄目よ」
     晴香は、小さな声でそう言う。
     ぎゅっと抱きしめ、晴香はほおずりをしてみた。毛皮はふわふわで、腕に抱くとかまいたちはほんのり温かい。
     しっぽを振るたびにちくりと痛んだが、ダークネスと殴り合いをするのに比べると犬に甘噛みされたようなものである。
     深く溜息をつくと、晴香は庭の片隅で(明莉の代わりに、だろうか)桜をじっと見上げていた暗の所にかまいたちを運ぶ。
    「もしも生まれ変われるなら…本物の『人類の友』になれるよう、祈っている、わ」
     ふ、と笑みを浮かべて晴香はかまいたちへとそう言った。

     吉乃を手伝って大きなお皿を取り出すと、アイレイン・リムフロー(スイートスローター・d02212)は自分が持ってきた甘いクッキーと雛菊のクッキーを並べた。
     白い皿には、鶴の絵が青い彩で描かれている。
     並べると、なんだか立派なお皿と可愛いクッキーが妙な雰囲気を醸し出していて、アイレインはひとり、笑いを零す。
     それから出来たお皿を吉乃に確認してもらうと、抱えて座敷へと運んでいく。
     思った以上にお皿は重い。
     座敷にいたリーグレットが、アイレインを見つけて声をかけた。
    「アイレイン、お邪魔させてもらっているぞ。……私も手伝った方がいいか?」
    「ありがとう、大丈夫。リーグレットも座って」
     座敷に足を一歩踏み入れた時、後ろから何かが走り抜けた。よろりと体勢を崩したアイレインを、皿ごとハールが支える。
     ほっと息をつくと、アイレインは周囲を見まわしながら、さっと皿を座卓に置いた。戻って来た叶世が、部屋を見まわして床脇に隠れていた一匹を目にする。
     いたずらっ子を見るように、静かに見下ろす叶世。
    「……お願いよ。今はお茶会の準備があるから、少しお庭で遊んでいてくれないかな?」
     叶世の言いたい事が判ったのか、かまいたちはさっと姿を庭へと躍らせた。
     それぞれ持ち込んだお菓子やお茶で、一息つく。
     お茶は、草那岐・勇介(舞台風・d02601)が持ってきた桜のほうじ茶とサクランボの紅茶。
    「桜のお茶は、この時期人気なのよね」
     吉乃が言うと、勇介は母が勧めてくれた事を話した。カップの縁に角砂糖が引っかけられているのに気付き、勇介が手に取る。
     自分のカップについたのは、猫の形をしていた。
    「カップオンシュガーと言うらしいの」
     デザインシュガー、とも言うらしいと椿森・郁(カメリア・d00466)が話す。
     犬のデザインは無かったけれど、猫や鳥などの変わったデザインの角砂糖がカップの端に引っかかっている。
     自分じゃ、珈琲くらいしか砂糖は使わないんだけど、と郁は言う。それでも、皆が面白そうに角砂糖を見ているのが判ると、郁も笑顔になる。
     お茶会だと聞いて、思い立って持ってきたが皆には好評のようだ。
    「お、くず餅か。これ誰が持ってきたんだ?」
     明莉が聞くと、ひょいと脩弥が手をあげた。
     紅茶と聞いていた為、くず餅などの和菓子は穴場であったようだ。くず餅を口に運びながら、脩弥はふんわり笑う。
    「お茶に合うかどうかと思ったんだけど」
     くず餅の食感と黒糖蜜の甘みが、何とも言えない。
     桜ほうじ茶と葛餅の組み合わせは、どうやらアタリ。
     ふわりと風が吹き込み、脩弥は背を振り返った。
     桜の花びらが舞い散る景色を眺めながら、お茶と甘味を頂くのもまたおつなものだ。
    「これはこれで美味しいけれど、アイのお菓子も食べて貰わなきゃ」
     アイレインは、クロムへとクッキーを差しだす。何かを期待するようにじっと見つめるアイレインに応えるべく、クロムは礼を言って口に運ぶ。
    「甘さも焼き具合もバッチリだな」
     とたんに機嫌が良くなったアイレインに、ハールはどこか嬉しそうな様子である。縁側に出ると、アイレインはハールと並んで腰を下ろした。
     この桜のほうじ茶は、春を表すお茶である。
    「ねえハール、ここには春が沢山あるわね」
     こくりと頷くハールを見上げ、それからアイレインは舞い散る桜を眺める。

     庭に下りた郁は先に庭に出た修太郎の姿を探して、見まわす。枯れ池の側に、修太郎は静かに佇んでいた。
     そろりと見まわすと、床下から白い毛皮が飛び出した。
     郁の足元をすり抜け、修太郎が回り込んでキャッチ。転がりかけた郁を、片手で修太郎が支える。
     外で桜を眺めて居た彼の手は、少しひんやりしていた。
     かまいたちは、ふんわり温かい。
     暗へと預けると、改めて修太郎が手を差しだした。
    「あ、僕ちょっと手が冷たいかも」
     繋いだら、温かくなるかも。
     そう臆面も無く言った修太郎に、郁はきょとんとしていた。
     それからくすりと笑い出し、改めて両手で修太郎の手を包んだ。冷たかった手が、じわりと温まる。
    「他の人には、そんな事言わないでね」
    「言う訳ないじゃないか」
     そう返すと、修太郎は郁の頬に手をやった。
     その温もりに頬を寄せ、目を伏せる郁。
     少し紅潮しているのは、温もりのせいだろうか?

     どうやら、残りは三匹のようだ。
     庭を歩きながら、脩弥は隙間を覗き込みながら探し回る。
    「どこに行った?」
     声を掛けながら歩くと、紅葉の低木の下から白い尻尾が覗いていた。まだ色づかぬ紅葉に隠れる事も出来ず、白い体が見え隠れ。
     手を伸ばすと、飛び出して来たかまいたちの直撃を受けて、脩弥は転がった。
     軽く頭を振って振り返ると、かまいたちのリードを掴んだ暗の周囲をぐるぐる回る、かまいたちの姿。
     歩き出すと、今度はかまいたちをしっかりとキャッチした。
    「これで三匹か。……暗も大変だね」
     三匹の犬を連れて途方に暮れるビハインド。
     脩弥はそうだ、と口にすると引き返していった。
     屋敷に戻って皿を一つ手に取り、それを東屋のテーブルに置く。
    「せっかくだから、きみも」
     脩弥が持ってきた葛餅一つは、見張り番の暗にと差しだす。暗はつやつやとした葛餅を、じっと見つめていた。
     それを縁側から眺めながら、明莉は首をかしげる。
    「……何やってんだ?」
    「お友達、一人でお庭で寂しそうじゃないかしら」
     吉乃がそう言ってきた。
     縁側に腰掛け、明莉は暗について何と説明するべきか、言葉に悩む。そうしていると、赤い着物を着たリーグレットがそっと傍に腰掛けてきた。
     彼女も桜を見つめていたが、吉乃がやって来るとちらりと視線をあげる。
    「吉乃さん、聞いてもいいかな」
     ぽつりと話し出した明莉は、暗わ視野に入れながら、両手で湯飲みの温もりを包んでいた。
    「もし人が死んで、その想いだけが生きて、その『想い』も、もういい、と消えようとする時、その後には何か残るのかな?」
     明莉は暗を見つめたまま、そう吉乃に聞いた。
     何だか難しい事を聞いてしまったかもしれない、と明莉はふと気付いて吉乃をはっと見返す。少し首をかしげ、やんわりとした表情を吉乃は浮かべていた。
    「そうねえ。その人の想いは無くなっても、私の想いは無くならないわ。私は私の好きなように、その人を想って生きていくでしょうね。私の想いは、無くなってないわ」
     彼女も誰かを、想っているのだろうか。
     その時、後ろから雛菊の声が聞こえた。
    「刀を拝見させて頂きたいんですが」
    「ああ、そうだったわね」
     立ち上がって歩き出した吉乃を見て、リーグレットが明莉に視線を向ける。
    「何か聞きたいことがあったんじゃないのか?」
    「……いや、いい。それより、刀なら俺も同席させてもらおうかな」
     桜の下の暗をちらりと振り返り、明莉は彼女たちに付いて歩き出した。ぽつんと縁側に座っていると、リーグレットの耳にも沢山の声が聞こえてくる。
     自分より多くを生きてきた吉乃の声や、仲間の声……。
     ふ、と笑って夜桜を見上げる。
    「こんな美しい夜に刃物など見たら、余計に戦いたくなるじゃないか」
     そう呟くと、リーグレットも雛菊たちのあとを追っていった。
     脩弥も去り、ぽつんと暗だけ東屋の横に残されると、東屋にホワイトとリオンがお弁当を持ってやってきた。
     手を引かれるリオンは、お弁当を抱えてずんずん歩くホワイトに言われるままについて行く。
    「荷物……私も何かお手伝いしましょうか」
    「あっち行こうよ、東屋で食べてもいいって吉乃さん言ってたから」
     お茶、後で頂きに行こうと話ながらホワイトは庭を東屋へと歩く。
     ……ホワイさんがお好きな所に、付いていきますよ。
     笑顔を浮かべて、リオンはそう言う。
     少し静かな所で桜が見たかったから、ホワイトもリオンも東屋でのんびりとお花見を楽しむ事が出来た。
     桜をふとリオンが見上げると、ホワイトがぎゅっと腕に抱きついてきた。雨のように振る花びらがひとつ、ひらりとホワイトの髪へと舞い落ちる。
    「こうしてて…いい?」
    「お好きなだけどうぞ」
     リオンはホワイトの頭をそっと撫でると、甘えるホワイトを見つめた。
     いつでも、いつまでもこうしていて良いのだから。

     桜ほうじ茶も美味しかったけれど、柚羽は吉乃の出すお茶にも少し興味があった。そっと吉乃にお茶について聞いたら、台所に案内してくれた。
     棚に並んだ沢山の密閉瓶には、分かりやすく茶葉の名前が書かれており、上に購入時の缶などが置かれていた。
    「何がお好きなんですか?」
     柚羽が聞くと、吉乃は一つ一つ手に取った。
     シンプルなダージリンは、セカンドフラッシュ。
     様々なフレーバーティーの中では、パイナップルなど南国果実が使われているものはとても好きだと語る。
     ああ、このお婆さんは香りをとても楽しむのだと柚羽は気付いて、ふと笑顔を浮かべた。ひょいと悟が顔を覗かせると、柚羽は軽く会釈をして座敷へと戻っていく。
    「お茶、足らへんみたいですけど、お願いしてもよろしいやろか?」
    「じゃあ、今度は違うお茶にしようかしら」
     お茶葉を選ぶ吉乃さんを手伝いながら、悟はお皿に並べられたマドレーヌを見つめる。手を伸ばしたいけど、運ぶまで我慢。
     皆が持ってきたクッキーやお菓子も美味しそうだったが、吉乃さんのマドレーヌも美味しそうだ。
    「一つだけよ?」
    「おおきに!」
     マドレーヌをもらった悟は、満面の笑顔でティーポットを座敷へと運んでいく。ふと庭の方へ顔を上げると、庭に見慣れた顔を見つけた。

     庭で陽桜と二人、勇介が追いかけっこの末ようやくかまいたちを二匹確保した。両手で抱え上げた陽桜から抵抗するように、かまいたちはジタバタと暴れる。
    「だいじょーぶなの、こわいないよー?」
     陽桜はしっかりと腕の中に抱え、抱きしめる。
     頬を寄せると、ふんわり柔らかい毛が触れた。陽桜の腕の中からひょこんと顔を出したかまいたちを、勇介も優しく撫でる。
    「可愛いなぁ」
     嬉しそうにかまいたちを抱っこしている二人を、想希は笑顔で見守っていた。
     かまいたちを暗に預けると、縁側に三人腰を下ろす。
    「オレ、今度中学生!」
     中学デビューでクラス内ブービーを脱出する、と言い切っている勇介に、陽桜は目をきらきらさせている。
     デビューというのがどういうデビューなのか、多少行き違っている気がしなくもない。
     勇介が中学という事は、陽桜だって来年は中学生である。
     想希は今年から大学生。
    「ひおも、もっとおねーちゃんになりたいな」
     陽桜は時々、勇介自身より大人っぽく見える。……なんて言葉を心に飲み込み、勇介は黙り込んだ。
    「陽桜も最高学年……お姉ちゃんですから、下の子の面倒を見てあげないとね」
    「うん。ひお、面倒見ちゃうの!」
     二人の将来を思い、想希はカメラを見下ろした。
     庭の景色を中心に撮したカメラだったが、せっかくだから皆で撮りたいと思った。何より、自分はきっと制服の写真はこれで最後……。
     カメラを固定して庭に出ると、後ろから誰かが飛びついてきた。
    「俺も入れてやぁぁ!」
     悟が飛びついた瞬間、シャッターが下りた。

     桜を見ていた錠が振り返ると、ちょんと東屋にクロムが腰掛けていた。
     何時の間にか、マドレーヌを持ってきている。
     両手にマドレーヌを持ったクロムから、一つ取り上げる。オレンジピールのマドレーヌは、ほんのり果実の匂いがして甘い。
    「俺、このマドレーヌの味スゲェ好きだ」
     桜ごしに空を見上げると、暗い夜空に浮かぶ星がより美しく映えて見える。このわずかな一時にしか見られない夜空であった。
     それを儚いと人は言うけれど、錠はそれを強いと言った。
    「だって、どんだけ派手に散っても、また来年になったら咲く。自分の花の咲かせ方を忘れたりしねぇからな」
    「……テメェも派手に散りたきゃ俺に言え、その代わり俺も派手に散る時ゃ言ってやるよ」
     本気か冗談か、クロムはそう答えた。

     桜散る頃、雛菊は庭の隅へとやってきた。
     可愛らしい顔をしたかまいたちであるが、都市伝説である以上放置してはおけない。そっとしゃがみ込み、叶世が声をかけた。
    「ねえ。この綺麗な庭に吹く風になってくれない、かな?」
     花びらを含み舞う、風に。
     そう言い、叶世は桜を見上げた。
     大きな桜と共に舞う風になってくれれば、と願った叶世の言葉はどこか、自分の事を話したようにも聞こえた。
     そっと導眠符をかけると、雛菊は目を細める。
    「お休みなさい」
     そうテレパスで伝え、雛菊は手を見下ろす。
     何時の間ついたのか、一筋の傷がそこに残っている。顔を上げると、雛菊は笑顔に戻ってもう一度おやすみと伝えたのだった。
     叶世が視線を落とすと、そこにはもう何もいなかった。
     ただ、一陣の風が桜の花弁と共に舞っていただけで。
     それを見た叶世は、小さく懐かしさを口にしたのだった。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 0
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