愁榮狩

     それは、氷のように冷たい夜だった。
     空から降る月光さえも細い刃の如く鋭く、見上げた者を突き刺す程に。
     氷月に照らされ、銀にも似た毛並みの獣がゆらと姿を見せる。
     然は獣にして獣に在らず。時を経た赤銅の瞳が睥睨し、その色に似た怨嗟を呼び醒ます。
     それを見届けることなく、獣――スサノオは踵を返し何処へともなく去っていった。

     ぞわり、と。
     対の若者が闇より出でる。
     それは男と女。鏡合わせの顔に浮かべる表情は、一方は狂気、一方は悲嘆。
     彼らを護るようにして巨大な野太刀を手にする男と、少女たち。
     皆一様に、何かを求めるように天を仰いだ。
     
    「話をしましょう」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は集まった灼滅者たちを見回した。

     ――今は昔のこと。
     人里離れた場所に屋敷があった。
     それは病弱な姫のためにと用意されたもので、つくりは立派だったが小ぢんまりとしており、そこに住まう者も数人ばかり。
     慎ましいながらも過ごしていたが、ある時姫が故郷へと呼び戻される。
     身辺の警護を任せられていた最守という若者は、その役を果たすことなく任を解かれ郷里に戻り、やがて訪れた戦に下級武士として参加することとなった。
     だが自軍は敗走し、満身創痍で逃げ延びたのはかつて自らが仕え住んでいた屋敷。
     無人となってしばらく経つはずなのに香が焚き染められた部屋に、過日を懐かしみつつ訝りながらも奥へと進む。
     すと開けた襖の向こうで、血まみれで倒れる少女たちに見覚えがあった。
    「……芙聡様の、」
     それはここの主であった姫に仕える娘たち。
     絶句する彼の背後に不意に気配がし、振り向くより先に音もなく銀閃が走る。
     ごとりと落ちた首が捉えたのは、黒に限りなく近い褐返の着物をまとい、赤く濡れた小太刀を持つ姿。
     かつて彼が仕えた姫は、くつくつと笑う。
    「彼の姫などおらぬ。我は夜真銀、彼の姫を弑逆せり」
     
     愁眉を寄せ、それでもエクスブレインは説明を続けた。
    「その姫は芙聡姫と言う方なのですが、相次ぐ戦いで多くの兵が失われ、そのために無理な徴兵が行われ……男として戦場に」
    「隠されていた姫が、なぜ?」
     白嶺・遥凪(中学生ストリートファイター・dn0107)の問いに首を振る。
    「分かりません。ですが何らかの……あまり好ましくない理由があったのでしょう。そして心が壊れてしまい、姿も名前も偽って屋敷に身を潜め、敵味方の区別なく訪れた者を殺したと」
    「部屋の香は屍臭をごまかすためか」
     こくりと頷いた。
    「元は優しい方で、体が弱いことを気にしてあまり外へ出ることはなかったようです。ですが……心を壊してからは真に男として振る舞うようになり、まるで見違えるような荒ぶり様だったと言います」
     だが、振る舞いだけで身体が治る筈もなく、じきに命を落とすことになる。
     その言葉に遥凪が眉を顰め、エクスブレインは首を振って説明を続けた。
    「戦闘場所はその屋敷の中となります。敵の主力は3体。芙聡姫と彼女の狂気が具現化した夜真銀、そして彼女を護れなかった最守。その他に、姫の傍に仕え、そして彼女が殺した少女たちが3人です」
     芙聡姫は護符と護り刀、夜真銀は小太刀と影、最守は野太刀と闘気を武器とする。少女たちの武器は糸だ。
     それぞれの武器について記した資料を取り出し、エクスブレインはこちらへ差し出した。
    「これらは既に過ぎ去ったこと。同情など不要です。ですが、もしも慈悲をかけるというなら、ためらわず灼滅してください」
     姫子はその瞳に強い色を灯して告げ、
    「ご存知かと思いますが、この事件を引き起こしたスサノオの行方は予知しにくく……ですが、事件を解決していくことできっとたどりつけるはずです。そのためにも」
     よろしくお願いします、と頭を下げる。
     灼滅者たちも、強い意志をもって頷いた。


    参加者
    シオン・ハークレー(光芒・d01975)
    桜之・京(花雅・d02355)
    月見里・无凱(深淵紅銀翼アラベスク・d03837)
    皇樹・桜(家族を守る剣・d06215)
    弓塚・紫信(暁を導く煌星使い・d10845)
    月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)
    神音・葎(月黄泉の姫君・d16902)
    幸宮・新(アオリアオラレシニシナレ・d17469)

    ■リプレイ


     屋敷に踏み込んだ途端、柔らかな香りが灼滅者たちを迎える。
     薄暗い中に立ち籠るそれは、目に見えぬ何かが彼らを捕らえようとしているかのようで。
     その香りに、弓塚・紫信(暁を導く煌星使い・d10845)はかすかに眉をひそめた。
    「どうして姫は心を病んでしまったのか……、今はただそれを想像するしかないんでしょうね」
    「生まれた時代がちがければお姫様たちもまたちがった生き方ができたのかな?」
     彼の呟きに、声を殺してシオン・ハークレー(光芒・d01975)も思いを馳せる。
    「死してなおも畏れとして蘇るとは、さぞ、己の最後が憎しみが悲しみが塗り込められていたんでしょうなぁ」
     周囲を警戒しつつ月見里・无凱(深淵紅銀翼アラベスク・d03837)が口にする。
     それとも別の思惑が……と考え、まぁ考えても今は仕方がない、と思い直す。
    「彼等の業ごと此処で断ち切らせて貰いましょう」
     いつまでも囚われるのは苦しすぎるから。
    「(……古の姫君らの悲哀を黄泉還らせ、このスサノオもまた己が存在を強めるのでしょうか)」
     自身が携行する灯りの薄く照らすのを一瞥し、神音・葎(月黄泉の姫君・d16902)が心中で独白する。
     かつての、他者を傷つける事でしか在ることが出来なかった自分をどこか重ねて、しかし違うと首を振った。
     望月の降る月光で周囲は視界が遮られるほどではないが、部屋の中までは深く照らさない。こうして灯りがあることで行動に支障が出ることはないだろう。だが、不意打ちを受ける可能性もある。充分注意しなければ。
     白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)も、九形・皆無(僧侶系男子高校生・d25213)らのサポートを受けながら用心して歩を進める。
     『古の畏れ』がいると思われる部屋の場所は、庭から間取りを確かめ大方の見当をつけてある。周囲を警戒しながら慎重に引き違いの襖を開けた。
     気配は、ない。
     桜之・京(花雅・d02355)がどこかぼんやりと周囲を見渡すと、飾り気のない部屋の中、違い棚の上にぽつりとハイビスカスに似た花が置かれていた。
    「……花?」
     和風の屋敷に場違いにも取れるその花は、咲いているところを今摘んだかのように鮮やか。
     誰ともなくその花に触れようとし――
     ざり、と鎖の鳴る音と共に殺気が部屋に満ちた。
    「我が前に爆炎を」
     月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)の掲げるスレイヤーカードが炎をまとい、殲術道具の封印が解かれる。
     自身もスレイヤーカードを取り出し、ふと无凱は気付く。
     後方警戒にと持っていた鏡が、ちらと光を反射した。彼の立つ位置からでは光は入らない、はずだ。
    「危ない!」
     幸宮・新(アオリアオラレシニシナレ・d17469)の警告に素早く身を翻し、半瞬遅れて彼のいた場所を刃が襲う。
    「おう、避けたかよ」
     ざらりと鎖の立てる神経質な音と、嗤う声が耳を打った。
     それと共に襖が開き、軽薄な笑みを浮かべた人影が小太刀を手に躍り出る。
     黒に近い褐返の着物を着たそれは居並ぶ灼滅者たちを睨め回し、
    「芙聡、客人だ。お前が殺す客人だ」
     柔らかな少女にも似た面立ちで笑うその後ろ、同じ顔に表情を浮かべずに小具足姿の男と少女たちを伴い現れる。
     背丈も姿も同じ、鏡写しの姫は護り刀を黒い着物の胸に抱き、虚ろな視線を灼滅者たちへ向ける。
     その瞳に浮かぶ悲しげな光に紫信は息を呑み、しかし表情を改めスレイヤーカードを掲げた。
    「Hope the Twinkle Stars」
     願う果てに希望があると言うのなら。
    「総てを肯定し抗い続ける『Endless Waltz』」
     无凱が異国の衣装をまとい、禍津月日女を手に葎が告げる。
    「殺しがいがあるといいな♪」
    「おお、望み通り殺してやろう」
     楽しませてね♪ 笑う皇樹・桜(家族を守る剣・d06215)の言葉に芙聡姫の視線が落ち、夜真銀はにぃと笑みを深める。
     長大な野太刀を手にして、最守が姫と少女たちを護るように前へ出た。
    「……戦で、貴方方を再び引き裂くことは本意ではありません。けれど……こんなことは、終わらせないと!」
     強く告げる葎の言葉に姫の視線が彷徨う。
     桜は『古の畏れ』をまっすぐに見据えて笑った。
    「さあ、狩りの時間だ!」


     先手を取ったのは桜だった。
     漆黒の髪を揺らし妖の槍を手に駆け、叩き込まれた一撃をづらと鞘入りの野太刀が受け止める。
     ――……
     唇だけで何か言い、がづっ、と鈍く弾く。
    「悲しい御伽噺は御伽噺のまま、言い伝えられていればいいんです!」
     前に立つ彼を狙い玲と紫信が攻撃を繰り出すがかわされ、シオンの掲げる契約の指輪から魔法弾が放たれ最守は野太刀を軽々と振るって弾くと、背後で芙聡姫を護るように立つ少女たちへ目線で何事か告げる。
     3人の少女のうちふたりがこくんと頷き、手にする糸をゆらと揺らした。
     か細い糸は鋼の強さで打ち滑られ、一方は蜘蛛の糸の如く張り巡らされ後衛を取り囲み、もう一方はシオンを目掛け疾けるが弾かれた。
     さほど精度はよくないのか灼滅者が囚われることはなかったが、ただ闇雲に狙ってくるというわけではないようだ。
    「ふーん、ふーん……。スサノオってこんな事も出来るんだ」
     趣味わる……と、玲が口にする。
     『古の畏れ』と対峙するのは2度目の桜は、以前に相手した絡新婦を思い出す。あれも人に似てはいたが人間ではなかった。
     人間らしく振る舞い人間として動く『古の畏れ』に笑みを浮かべると、その笑みの意味を理解してか、にっと笑い返す夜真銀が手にする小太刀から禍々しい影がじりと広がる。
     どっ。と野太刀の鞘が床に突き立てられ、最守はぐらりと灼滅者たちを睥睨し、声なき声で吼えた。
     音にならぬ怒号は猛る怒気となって男を包み、その姿が何倍にも膨れ上がる錯覚を見せる。
    「!」
     その喉、否、首に白々と断ち傷が見えた。声を発さないのは首を落とされた過去からか。
     妖の槍を扱いて葎の穿撃が男を狙い新が地を蹴り雷を纏った一撃を放つが、長大な野太刀のひと振りで払われる。
     かすかにブレスレットの擦れる音をさせ護符を構えた无凱へ向けて、音もなく糸が奔った。
     糸が網の目を形成する前に新のひと薙ぎで打ち消され、その隙を突いて護符が舞う。
     それは无凱のものでなく。
    「无凱先輩!」
     芙聡姫の放つ護符の狙いに気付き玲がさしみを投げつける。ナノナノは射線と无凱の間にちょうど入る形になり、うまい具合に庇うことになった。
     礼を言って无凱は自身に防護符を張り、京が縛霊手を掲げて結界を展開する。
     一度は結界に囚われた『古の畏れ』だが、しかしすぐにその戒めから逃れた。
    「最守よう。あれらはお前を狙っておるな」
     軽薄な笑みを浮かべて夜真銀が言う。
    「何故だろう、な?」
     その声は問うてはいない。分かっている、或いはからかっているような調子だ。
     まさか。葎はあることに思い当たる。
    「……意識を誘導しているのでしょうか」
    「芙聡姫と最守を?」
     シオンが息を呑む。
     芙聡姫に対しては、お前が彼らを殺すのだと。最守に対しては、彼らはお前を責めているのだと。
     言外にその男は言っているのだ。
    「なんてことを……」
     得物を手に紫信も唾を嚥下し、きっと『古の畏れ』を睨む。
     花の如き顔に笑みを浮かべ、
    「殺せと申したは我に非ず。殿が申されたから従うたまで。最守は我を護らなんだ。為に我は我を護る。なれば誰に罪がある?」
     娘の声が問うた。
     応えたのは桜の閃撃。狙った最守は野太刀で防ぎ、その様子に狂気が笑う。
     灼滅者たちは敵方の前衛を務める夜真銀と最守の猛攻を凌いで攻めるが、中衛に位置する少女たちの糸に邪魔され、与えた傷を後衛で控える芙聡姫の治癒で癒され手間取る。
     『ディフェンダーから先に狙っていく』という定石に従い最守を集中して狙うのが徒になり、じりじりと削っていくことになった。
    「おう、殺すのではなかったか?」
     小太刀から影を滲ませ夜真銀が笑う。影はざわりと『古の畏れ』を包み、与えられた傷を癒した。最守も攻撃の合間に自身を癒す。
     数が多いわけではない。途方もなく強いわけでもない。ただ、妨害と治癒が厚いのだ。
     少女たちが再び糸を放とうと手を掲げ、
    「そこまでや」
     柔らかな口調と共に六文銭が少女たちを撃つ。千布里・采(夜藍空・d00110)の従える霊犬が、ぴんと立った耳をぱたと振ってひとつ吼えた。
     その時初めて、夜真銀の顔から一瞬笑みが消える。
     ざわりと影を立ち上がらせ、飲み込まんとする勢いで灼滅者を切り刻もうとする刃を、ノーラ・モーラ(ボーパルバニー・d22767)が立ちふさがりその身を以て防いだ。
     ワンピースにじわりと血を滲ませ、かすかに眉を顰める彼女に遥凪が治癒の風を招く。
    「くっ、痛い。守ってやったのですからちゃんと解決するのですよ」
    「ほな、さっさと片付けましょか」
     ノーラと采の言葉に仲間たちは頷き、刹那、芙聡姫の顔に何らかの感情がよぎった。
     それと気付いた者はいたか、武器を振るって『古の畏れ』へと挑む。
     少女たちの妨害を妨害仕返しこちらからのダメージは与えやすくなった。灼滅者たちの攻撃に、回復が追い付かず最守の負う傷と流す血は増えていく。
     ――……!
     声ならぬ声が吼え、野太刀が力任せに振るわれる。重い一撃を玲が受け止め、『火星に対抗する者』の名を持つマテリアルロッドを叩きつけた。
     衝撃に体勢を崩した隙を突き、周囲に展開した魔法の矢をシオンが次々に放って『古の畏れ』を貫く。
     かはっ! 血を吐き最守はぐらとたたらを踏む。縋るように身を乗り出す芙聡姫を少女たちが遮り、その目の前で葎が手にする禍津月日女が冴え冴えと輝き、放たれた魔力が天から降る竜の如く走り闇を吹き飛ばした。
    「最守!!」
     姿を消した守り人に、絹を裂く悲鳴が上がる。
     言葉を失い顔を覆うのは、芙聡姫、ではなかった。
     同じ顔の男はぶるりと体を震わせ葎を睨む。
    「よくも――」
    「ならぬ」
     低く落とした声が言う。
    「夜真銀。最守は我を護らなんだ。為に我は我を護る」
     名を冠した男と同じ声で言い、同じ顔で芙聡姫は笑った。
     元は同じ人物であり、姿も声も同じであるのは道理だ。だが、その表情までも同じとは。
    「お前も死ね。我を護る為に」
    「ええ」
     花のような笑みで告げ、夜真銀も同じ笑みで応えた。
    「壊れたお姫様……か。ただのエミュレータなのか、実際に蘇らせているのか……」
     その様子に目を細めて玲が言う。
     かつて存在したものを再現したのか、或いはそれそのものか。自身が本物かどうかなど彼らに問うても答えは出ないだろう。
    「ま、考えてもしょーもないよね! さあ、楽しくいこうよ! こんな雰囲気、なかなか味わえないしね!」
     楽しげな笑みを浮かべて気を取り直す。彼女の言う『楽しく』とは、物騒なことに違いないのだが。
     ず、と護符が放たれ五芒星を形成する。作られた結界は攻性防壁となり灼滅者へと襲い掛かる。
     食らい掛かる護符に抗い、新が異形化した左腕を大きく振り上げ、地を蹴り体ごと捻りながら叩き込むが夜真銀に防がれる。
    「(蘇ってしまったばかりに、大切な姫をまた失って、近しい存在が傷つくのを見つめて。壊れた心は、一層壊れるのね)」
     その悲狂に、京は自身の縛霊手を撫でた。
    「……三度目が無いよう、終わらせないと」
     結界を構築しその内に芙聡姫を捉える。姫はかすかにも表情を変えず、柔らかな笑みを浮かべたまま打ち払った。
    「三度何が起きると言う。三度我を殺すか? おお、殺せ。殺すがいい。我は幾たびも我を殺してきた」
     狂気そのものと化した姫にそれまでの憂いた様子は微塵もない。それが悲しくて、紫信は得物を握る手に力を込めた。
     ざっ、と深く踏み込み桜の斬撃が『古の畏れ』を襲う。死角からの一撃を夜真銀は紙一重にかわし、玲が奔らせる蹴撃をうねらせた影で防ぐ。
     夜真銀の一撃は強い。が、防御には長けていない。一度食らえばそれは確実に彼の命を削っていった。
     褐返に赤が滲み黒く染まる。満身創痍で立ち尽くし、柔らかな笑みを浮かべるその表情は揺らぐことはない。
     ぐっと息を呑み、新はしっかりと地面を踏みしめた。
     ぱり、と雷をその身に宿し、心からの一撃を『古の畏れ』へ轟と振り放つ。
     叩き込まれた雷撃はどこか悲鳴にも似た音を上げ、激しい電光が収まった後にはその姿はなかった。
    「貴女が作った、作ってしまった殺すことだけを求める人格は、壊したよ」
     映し身を奪われても笑みを消さない芙聡姫に新が問う。
    「……それでも、僕達は貴女のことをここで壊さなきゃいけない。……だけど、最後に、何か言い残すことはある?」
    「何故?」
     短い問い。
    「言う言葉など。幾たびも我は言い続けた。だが届かぬ。であるならば、言う言葉などあろうものか」
     華やかな笑みを浮かべるその白い頬に一筋の涙が伝う。
    「我は皆を殺した。懺悔することも許されぬ我に何を言えと?」
    「それでは……」
     京の言いかけた言葉に扶桑姫は笑う。
    「娘よ。これは御伽噺と申したな」
     柔らかく紫信へと言葉を向けた。彼はほんの少しだけ迷い、頷く。
    「御伽噺は何時か終わるもの。これが御伽噺であるなら、何時に終わる?」
     じり、と鎖の鳴る音がする。
     シオンはそっと地に触れ、
    「解放してあげる為に、終わらせてあげるよ」
     ざんっ! 波打つ影が『古の畏れ』へなだれ込む。
     影は芙聡姫を護るように立つ少女のひとりを捉えて捕え、仲間を顧みることなく別の少女が糸を放った。
     玲のひと薙ぎで糸が断たれ、腕を異形の刃と変えた葎の一閃に少女はその身を裂かれ赤い花と散る。間隙を入れずに叩き込む新の強撃と无凱が疾らせた影の強襲に、残る少女たちも命を落とす。
    「貴方の『物語』はもう終わっているわ」
     言いながら京は芙聡姫の死角に滑り込み、防ぐことができない『古の畏れ』を朱に染めた。
     けふ、と咳き込むと唇の端から血がこぼれる。
    「もが……」
     小さく名を呼びかけ、血に濡れた唇を引き結ぶ。護り刀を慣れぬ手つきで構え、渾身の力を込めて振るうがあっさりとかわされた。
     踊るようなステップで『古の畏れ』に詰め寄り、桜が激しい勢いで拳打の嵐を叩き込む。ひ、と引きつるような声がこぼれ、手加減のない玲の炎がその声をも飲み込む。
     炎に焦がされそれでも笑みを消さない芙聡姫を、紫信はまっすぐに見つめた。
     その笑みは狂気ではない。
    「もう二度と目覚めることはないでしょう」
     『古の畏れ』は視線を彷徨わせる。
    「貴女が生きていた時、言えなくなった言葉。 今だからこそ言える言葉。僕が覚えておく」
    「今度こそ、戦などない安らかな眠りを……」
     新と葎が告げた言葉にふわと微笑み唇だけで何かを伝えた。
     紫信の一閃が『古の畏れ』を一息に断つ。
     その軌跡は、天で照らす月の弧に似ていた。


     『古の畏れ』が去った室内を整え京がこくりと頷く。それを受けて、葎はすっと構えた。
     今度こそ安らかに眠れるようにと捧げるは鎮魂の神楽。柔らかく、優しく、たわやかに奉じられる。
     灼滅者たち以外に見る者のない神楽を見つめ、ふと紫信は庭へと足を向けた。
     まるで時が止まったかのように荒れることなく整えられたままの庭へ視線を投じ、それに気付く。
     姿を隠すように陰に咲く白い寒芍薬の花を1輪手折り、室内に戻るとそっと畳の上に置いた。
    「御伽噺でも確かに悲劇はあったんですよね……」
     思い返し、悲しい話だと実感する。今は昔のことに想いを馳せ、遠い昔に冥福を祈る。
     桜色の瞳を伏せて、京も花を見つめた。
    「スサノオという存在は、傍迷惑な安眠妨害にも、程があるわ」
     過去の悲劇、そして遠い御伽噺で終わる筈だった記憶は、現実となり蘇った。
     そして悲劇は繰り返され、ただのひとつの救いもなく灼滅された。否、二度と蘇ることのないことが救いなのか。
    「嫌な感じだったね」
    「どうせ蘇るなら、もっと……幸せな形であればよかったのに」
     玲の言葉に新は頷き、悲しげにシオンが目を伏せる。
     首を振って、无凱は花から視線を逸らした。
    「僕等は抗い続けるが、彼等には安らかに眠ってもらいましょ、永遠に」
     来世があるなら、その時は良き人生を……
     祈りにも似た言葉を口にして。
    「ね、ご飯食べてこうよ♪」
     これぐらいしか出来そうな事がないけれど、とエフティヒア・タラントン(枯れないダンデライオン・d25576)の治癒を受けていた桜が、ぱちりと手を打って言う。
     しんみりとした空気を崩す唐突な提案に一同は思わず彼女を見て、しかし確かに少し小腹が空いていることに気付いてしまった。
     マイペースを貫く彼女に皆が苦笑を交わし、誰からともなく花へ背を向けた。
     過日には細やかな賑わいがあったであろう屋敷は、灼滅者たちが訪れるより前と同じく人の気配が絶える。

     誰もいない屋敷に、衣擦れの音がする。
     華奢な手が白い花を摘み上げ胸に抱くと、そこから着物の色が赤く変わっていく。
     りんと鈴の音に似た音がひとつして、後には何も――手向けた花も残らなかった。

    作者:鈴木リョウジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ