●店先にて
「花咲蟹を1杯、お願いするガニ」
「ハナサキガニ……カニ? え、蟹ですか? ちょっと、ウチでは取り扱ってないですね……」
困惑したように眉を寄せる店員の言葉に、老人は目を丸めて大きな声を上げた。
「えっ? 花咲蟹、置いてないガニか?」
「ええ、置いてないですねぇ……」
「茹でたやつでいいんガニよ?」
「生も茹でた物も、カニはないんですよ……」
「そうガニか……置いてないガニか」
老人は曲がった腰をさらに丸めて、がっくりと肩を落とした。
「枯れた町には、花を咲かせなければいけないガニなぁ……」
「はぁ……?」
しょんぼりため息混じりに呟く老人、その正体はご当地怪人花咲・嘉仁(はなさき・よしひと)と首を傾げる店員の珍妙なやり取りに、偶然通りがかった桜井・かごめ(ツンデレ系土星アイドル・d12900)も思わず足を止めていた。
「蟹はないよ、蟹は……。だって……」
かごめは苦笑混じりに店の看板を見上げる。
「だってそこ、花屋だもの……」
●植物園解放作戦!
「先日の新潟ロシア村での戦い、ご苦労だったな。どうやら、北海道のご当地怪人が動き出したようだ」
神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は机に資料を広げつつ、教室に集まった灼滅者達に説明を始める。
「ご当地怪人花咲・嘉仁が釧路の植物園を占拠する。幸い怪我人は出ていないが、植物園の園長が捕らえられている状況だ。彼を救出し、然る後に嘉仁を灼滅、植物園を解放して欲しい」
先のバレンタインデーの巨大化チョコレート輸送計画を灼滅者達が妨害した時、ロシアン化された花咲蟹の怪人が灼滅されたが、嘉仁はその怪人とは別人のようだ。
「植物園と言ったが、正確には商業施設と植物園が隣接する複合商業施設だ。嘉仁は多数の配下と共にここを占拠し、植物園の木や花に花咲蟹をくくりつけて展示するよう、園長に要求している。当然、園長がそんな馬鹿げた要求を聞き入れる筈もなく、園長は植物園2階のギャラリーに捕らえられている」
ヤマトは植物園の見取り図に印を付ける。捕らえられた園長の他には、商業施設と植物園共に一般人はいない。救出対象となるのは彼1人だ。
「植物園には嘉仁の他、配下の戦闘員がいる。1人1人の戦闘力は大したことはないが数は多く、まともにぶつかるのは危険だ。そこで、今回は陽動作戦を展開する」
戦闘員1人か2人であれば、灼滅者1人でも互角に戦える程度の戦闘力だ。その分数は多いが、今回は全員と戦って倒す必要はない。
「お前達には2つのチームに分かれてもらう事になる。まずは陽動班。植物園に正面から突撃し、戦闘員を引き付けるのが役目となる」
戦闘面での負担が大きくなるので、人数を多めに割くべきだろう。
「植物園入口の前で、戦闘員達と戦うことになる。入口前の見張りは3人だが、戦闘開始から1分後と3分後に2人ずつ増援が現れるぞ」
敵を引き付けるのが目的だ。無理に倒そうとはせず、極力ダメージを減らすように心がけるべきだろう。
「2つ目のチームは救出班だ。陽動班の戦闘開始後、植物園の反対側となる西側の駐車場近くにある入口から、商業施設に潜入してもらう。施設内を突っ切って2階の連絡路から植物園に忍び込み、園長を救出してくれ。植物園の2階ギャラリーには嘉仁も戦闘員もいないから、気付かれることなく助け出す事が可能だろう」
なお、釧路川とバスターミナルに面した南北にも出入り口はあるが、そちらから潜入することはできない。
「隠密行動が基本だが、時間を掛ける程に陽動班の負担が大きくなる。場合によっては、商業施設の方は強行突破する必要もあるかもしれないな」
6人の戦闘員が施設内を巡回している。見つかれば当然襲ってくるが、施設を出てしまえば、持ち場の維持を優先して外までは追いかけてこない。
「園長を救出したら、商業施設のバスターミナル側の入口から脱出してくれ。そこで園長を逃がしたらそのまま陽動班に合流し、敵を掃討して植物園に突入、嘉仁との決戦だ」
作戦通りに事が運べば、植物園には嘉仁1人しかいない。救出作戦からの連戦にはなるが、勝機は充分にある。
決戦までの負担を減らす為に、2つのチームがタイミングを合わせて連携し、迅速に行動する事が重要になるだろう。
「戦闘時、戦闘員は全員ディフェンダーのポジションにつき、ガトリングガンのブレイジングバーストと解体ナイフの夜霧隠れに相当するサイキックを使用する」
個々の戦闘力は低いが、数が集まると厄介な相手となるだろう。
「嘉仁はクラッシャーのポジションにつき、ご当地ヒーローのご当地ビームとご当地ダイナミック、縛霊手の縛霊撃に相当する3種のサイキックを使用する」
嘉仁との決戦では単独の相手となるが、手強い相手だ。いかにダメージを抑えて決戦に挑めるかが、勝敗を分ける事になるだろう。
「嘉仁はゲルマン化された怪人ではないが、万が一ここが拠点化されれば、ゲルマン怪人の生き残りが集まり再組織化される恐れもある。間接的にではあるが、近く行われるグリュック王国攻略戦の援護となるだろう」
灼滅者達を送り出そうとして、ヤマトは思い出した様に付け足す。
「植物園には嘉仁が持ち込んだクーラボックス入りの花咲蟹がたくさんあるんだ。食べるなり、土産にするなり、自由にするといい」
参加者 | |
---|---|
シルビア・ブギ(目指せ銀河ヒーロー・d00201) |
柳・真夜(自覚なき逸般人・d00798) |
叢雲・こぶし(怪傑レッドベレー・d03613) |
藤堂・焔弥(キリングオートマーダー・d04979) |
布都・迦月(幽界の深緋・d07478) |
月城・朔羅(月夜に咲く泡沫の花・d09957) |
雪椿・鵺白(テレイドスコープ・d10204) |
桜井・かごめ(つめたいよる・d12900) |
●蟹を獲りに来た
『蟹寄越せぇええええっ!!!』
植物園前に並び立った灼滅者達の声が、響き渡る。
「な、何事ガニか?!」
植物園の中では、ガラスをビリビリと震わせるその声に、動揺するご当地怪人の花咲・嘉仁。
「別に花咲蟹じゃなくて松葉でも良いよ?」
植物園前とは施設を挟んで反対側の駐車場に待機する叢雲・こぶし(怪傑レッドベレー・d03613)達も、繋ぎっぱなしの携帯越しに桜井・かごめ(つめたいよる・d12900)が煽る声を聞いていた。
「わたしは蟹味噌食べたいなー」
堪えきれない笑いを零しながら注文をしたのは雪椿・鵺白(テレイドスコープ・d10204)だろうか。嘉仁の配下達のものらしき怒声も聞こえる。
「始まったようだな」
「ならば、妾達も行くとするのじゃ」
仲間達と配下戦闘員の争う声を携帯越しに聞きつつの月城・朔羅(月夜に咲く泡沫の花・d09957)の言葉に、シルビア・ブギ(目指せ銀河ヒーロー・d00201)がすっくと立ち上がる。
「園長を助け出して、すぐに駆けつけるから!」
こぶしが最後にそう伝えてから携帯を切る。それから顔を見合わせた3人は、植物園に隣接する商業施設へ潜入するべく行動を開始した。
植物園の前では、飛び出してきた嘉仁の配下戦闘員が灼滅者達の行く手を阻むように立ちはだかっていた。
「一般人は立ち入り禁止だ! 立ち去らないと――」
威嚇しつつ踏み出した戦闘員の足元を、閃光が薙ぎ払った。
戦闘員の爪先の手前数ミリメートルの地面を削り煙を噴かせる光線を放ったのは、迦月が出現させたプリズムの十字架だ。
「ありったけの蟹をよこせ……!」
凄む布都・迦月(幽界の深緋・d07478)の背後に浮かび攻撃的にギラつく十字架が放つプレッシャーに、戦闘員達が僅かに後退る。
浮き足立った敵陣に、藤堂・焔弥(キリングオートマーダー・d04979)がリボルビングブレイカーのブースターに火を入れ突入する。慌てて飛び退く戦闘員が立っていた地面に、焔弥は螺旋の回転で空気を切り裂く鉄杭を突き立て破砕、派手に破片を撒き散らした。
「柳真夜、いざ参ります!」
柳・真夜(自覚なき逸般人・d00798)が震脚で地面を打ち鳴らすと、光の波紋広がる足元からオーラの粒子が舞い上がった。渦巻く花吹雪にも似たオーラを纏った真夜がWOKシールド「彩光六花」を構えると、六角形の光の結晶が展開して壁となり、ライフル銃を構えた戦闘員が放つ銃弾を受け止める。
「こいつら只者じゃないぞ!」
「失礼な! 私は一般人ですよ!」
戦闘員のライフルの弾幕を跳び退き躱しつつ、憤慨する真夜であった。
一方、施設への潜入に成功したこぶし達園長救出班は、青果店の商品棚の陰に隠れつつ施設内の様子を窺っていた。
「巡回は……左と奥に1人ずつ。もう1人は……」
「エレベーターの近くにおるな」
シルビアが指差す方を確認してこぶしは頷く。
「エレベーターで2階に上がるのは難しそうだね」
「2階の巡回の配置も分からんしな。奥の階段から上がるのが妥当か」
朔羅の言葉にこぶしとシルビアが頷き、3人は身を低くしつつ前進を開始するのであった。
●行きはよいよい
植物園前に駆けつける2人の戦闘員を視界の端に捉えた迦月が、先端に光が集束させたマテリアルロッドを握り込む。迦月は戦闘員の銃弾をロッドで叩き落としながら駆け抜け、一気に戦闘員の懐に飛び込みロッドを振り抜いた。
鋭くコンパクトな一撃に打ち抜かれた戦闘員の胸部に魔力光が集束、炸裂した。
左右からライフルで狙われ後退する迦月に、鵺白が駆け寄り祭霊光の回復を施す。
「あの女が厄介だ! あの女を狙え!」
「させないよ!」
戦闘員が増援と共に鵺白へ向けた銃口の前にかごめが立ちはだかり、WOKシールドから展開する光の壁で銃弾を防いだ。
かごめが右腕を突き出し戦闘員に向け、右手を強く握りつつ引き込んだ瞬間――、
「踊れ」
――ブラックホールの如く熱を奪う冷気が、戦闘員達を周囲の空間ごと巻き込んで荒れ狂う。
超低温の嵐に翻弄されながらも、戦闘員の1人が何かを取り出し地面に叩きつける。それは弾けると同時に煙を撒き散らし戦闘員達の姿を覆い隠した。
態勢を立て直した戦闘員達が、煙から飛び出しライフルを乱射する。焔弥がDCPキャノンを撃ち返し戦闘員の勢いを寸断すると、すかさず真夜が飛び出した。
真夜はロンダートから背面跳びで銃弾を躱し、着地から沈み込むように重心を落として駆け、間合いを詰めた直後地を蹴り側宙、戦闘員の眼前で視界から消える。戦闘員が振り向いた時には、真夜は既に高く跳躍し、クルセイドソードを振りかざし大上段に構えていた。
振り下ろされる縦一閃の刃が、戦闘員を弾き飛ばす!
真夜がバックステップで間合いを取った直後、新たな増援が現れ戦闘員達の戦列に加わる。真夜はクルセイドソードを構えたまま、施設の方をちらりと見やり、呟いた。
「正念場ですね。こぶしさん達の方は、上手くいっているのでしょうか……?」
一方商業施設内、こぶしは階段からそっと2階を覗いていた。
踊り場の隅で待機していたシルビアと朔羅も、こぶしのハンドサインを確認して2階に上がる。
戦闘員は1人。だが、やや距離がありこちらを向いてもいない。目的の植物園に繋がる連絡路は、すぐそこだ。
頷きあった3人が、同時に駆け出した。
3人は音もなく連絡路に滑り込み、遂に植物園へ潜入した。ギャラリーを進むと、程なくして手足を拘束された園長を発見できた。
「静かに。オレ達はあんたを助けに来たんだ」
王者の風を発動させた朔羅は短く言って、園長を大人しくさせる。
「君達は……?」
「僕は善良な釧路市民です」
園長の問いに、こぶしがにっこり笑って答える。
拘束を解いた園長をこぶしが背負えば、もう長居は無用だ。1階の嘉仁の様子に気を配りながら、脱出を開始する。
「陽動班に知らせねばいかぬな」
連絡路まで戻ったところで、シルビアが携帯を取り出した。
植物園前、ポケットの携帯がバイブした事に気付いた真夜が後退しつつ携帯を取り出す。
「おお、真夜か? 今、園長を救出したところじゃ」
「そうですか。こちらも、今のところは何とか持っています」
「うむ、園長を逃がしたらすぐ……なんじゃ、どうしたのじゃ?!」
仲間達に頷いて園長救出の成功を知らせた真夜の耳に、受話口越しの銃声と逼迫したシルビア達の声が届く。
「シルビアさん? どうしたんですか!?」
「すまぬ、見つかったようじゃ。すぐに脱出してそちらに合流するから、今少し待っておれ!」
その言葉を最後に、通話が切れる。
救出班の状況は気になるが、この場を離れるわけにはいかない。今唯一できることは、信じて持ちこたえる事だけだ。
●枯れ木じゃない
数的優位を維持しながら闘う戦闘員達を、灼滅者達がいなすのも限界が近付きつつあった。
散開した戦闘員がかごめを包囲し、十字砲火で攻め立てる。かごめは高く跳躍し上空へ逃れるも、その着地際を戦闘員は狙っていた。
まっすぐ突進してくる戦闘員に、かごめが被弾を覚悟したその瞬間――、
「間に合ったようだな」
――煙を切り裂き戦闘員の背後から飛び出してきたのは、朔羅だった。
朔羅は突進の勢いのままにマテリアルロッドを振り抜き、戦闘員を弾き飛ばす。更に後ろから続くこぶしが、フォローに入ろうとした戦闘員を蹴り飛ばした!
「朔羅先輩と……こぶしちゃん!?」
「妾もおるぞ!」
朗々と声を響かせ、晴れた煙の向こうから姿を現したのはシルビアだ。
「ちと強行突破にはなったが、園長は救出したのじゃ!」
「あとは一気に本丸を叩こうか!」
こぶしの言葉に、灼滅者達が勢い付く。数的優位を失った戦闘員達に、反転攻勢に回る灼滅者達の猛攻を受け止める術は残っていなかった。
戦闘員を一掃し、その勢いのままに植物園に突入した灼滅者達の視界を――、
「ああ……間に合わなかった」
――満開の花咲蟹が埋め尽くした。
「枯れ木に蟹を咲かせるガニよー」
うきうきと蟹を木に飾り付ける嘉仁の後ろ姿にかごめが頭を抱え、鵺白の頬が引き攣る。
「……成程。ご当地怪人の頭の中身を可視化すると、こうなるのか」
妙な納得をしつつ、写メる朔羅。
「蟹が見たいなら蟹料理店か水族館でしょうが!」
かごめが飛び出し嘉仁に殴りかかる。嘉仁は振り返り反射的にハサミ型の腕を上げ、かごめの拳打を受けた。
「侵入者ガニか!?」
嘉仁はかごめを振り払い、ハサミを突き出し怪光線を発射して応戦する。が、光線に鵺白が飛ばしたリングスラッシャーが激突、火花と共に蹴散らした。
「あまり時間をかけたくないの。この滑稽な光景をどうにかしたいしね」
「こんなに綺麗なのにガニか?!」
甚くショックを受ける嘉仁。
鵺白が鋭く腕を振り下ろすと、回転速度を上げたシールドリングが紅い輝きに染まりながら放物線を描いて飛翔する。一度嘉仁を切り裂いたリングは鋭くターンして再度嘉仁を襲撃、その胸に十字を刻み込んだ。
怯んだ嘉仁の背後に朔羅が回り込む。
「魚介類を果物か花のようにしてどうするんだ。アイデンティティの崩壊も甚だしい」
嘉仁の振り向き様のハサミのバックブローを屈んで躱し、朔羅は懐に潜り込みマテリアルロッドをアッパースイングで振り抜く。
「大人しく滅せよ」
朔羅はフォロースルーから旋転しつつ踏み込み、懐に潜って叩き込む逆水平の一撃が爆裂を起こし、嘉仁を大きく吹き飛ばした。
地面にハサミを突き立て制動を掛けた嘉仁の前に、焔弥が立ちはだかる。焔弥は嘉仁のタックルを受け止め、そのままがっしりと組み合った。
「……で、結局の所、花咲蟹って何だ? タラバやズワイとは違うのか? あまり聞かない名前なんでな、そもそも美味いのかすらわからん。どうなんだ?」
「これ見て分からんガニか? 茹で上がった花咲蟹のこの鮮やかな赤! 芳醇かつ濃厚な旨さは言うまでもないガニ! 美しくそして旨い! 正しく花咲蟹は、美味なる蟹ガニ!」
焔弥は木に飾られた蟹をちらりと見て、1つ頷く。
「……ふむ、なるほど。参考になった、ありがとう。おかげで少し花咲蟹に興味が湧いてきたぞ。是非とも食してみよう」
焔弥が組み合ったままリボルビングブレイカーのブースターに点火し、爆発的加速力で嘉仁を押し切り地面に捩じ伏せた。
「……ただし、お前を倒した後でな」
火を噴くブースター、
回転する弾倉、
雷管を叩く撃針、
炸薬の爆裂。
焔弥は嘉仁の胸に押し込んだ鉄杭を立て続けに6発、打ち込んだ!
●散蟹
「愛が足りぬぞ、花咲ガニの! 真に花咲ガニを愛しておるならば、真横だけにあるくがいいのじゃ!」
硬い甲殻で鉄杭の衝撃に耐えた嘉仁に、間髪入れずシルビアが飛び掛る。嘉仁の大振りのフックの連打をスウェーバックでやり過ごし、上体を戻す勢いで肩からぶつかり嘉仁を突き飛ばした。
「あと、泡も吹くといいな? ぶくぶくな?」
シルビアは高く掲げた両手を握り込みながら振り下ろして力を溜め、両腕をしゅばっ! と胸の前で交差させる。
「オーロラビーム!」
交差した腕から放たれる七色に輝く光線が、嘉仁を直撃した!
ふらふらと後退しながらも踏み堪えた嘉仁が、ハサミを振りかざしシルビアに突進する。迦月が割り込み立ちはだかるも嘉仁は構わず突っ込み、右のハサミを振り下ろした。
ハサミを右腕で受けた迦月は僅かに後退しながらも、後脚に力を込めて踏み止まる。
だらりと下がった右腕は痺れ、すぐには利きは戻らなそうだ。だが、問題ない。腕はまだもう一本ある。
「大した威力だ。だが……――」
迦月の左腕が軋みながら膨張、変化していく。迦月が構えて異形の巨拳を握り込む、それだけで圧縮された空気が震える。
「――こいつは、もっと痛いぞ」
迦月が深く踏み込み背中越しに振り抜いた豪腕が、圧縮された空気ごと嘉仁の胸をブチ抜いた!
吹き飛ぶ嘉仁を追って飛び出したかごめが、一気に間合いを詰めて懐に飛び込んだ。
「一点突破……やってみせる!」
かごめは嘉仁の胸へ右の直突き、
踏み込み左の肘を打ち込み、
旋転して右の裏拳から左の掌底の連打、
スタンスをスイッチすると同時に重心を落として溜めを作り――、
「砕け散れ!」
――渾身の右拳で撃ち抜く!
ブッ飛ぶ嘉仁の胸に大きな亀裂が走る。
しかし、嘉仁はまだ力尽きてはいなかった。跳ねるように起き上がった嘉仁は、飛び込んできたこぶしの首を、ハサミで捕獲する。
空気を求めて苦悶を吐くこぶしを、嘉仁は高く持ち上げ、地面に叩きつける。再度叩きつけようと嘉仁がこぶしを持ち上げた瞬間、こぶしの肘打ちが嘉仁の後頭部を痛打した。
「もらった!」
ハサミが緩んだ一瞬の内に拘束から脱したこぶしはそのまま嘉仁の背後に回り込んで腰に両腕を回し、へその前でがっちりとクラッチする。
両の足に力を込め、嘉仁を抱えたまま反り返るこぶしの体が弧を描く、そのブリッジの――、
「幣舞橋ダイナミック!」
――建設音が響いた!
こぶしはクラッチを維持したまま地を蹴り後転し、再度嘉仁の背後に回り込む。
「こぶしさん!」
「もう一発ァつっ!!」
真夜が跳躍すると同時に、こぶしも背筋力で嘉仁をぶっこ抜きながら跳び上がる。
跳躍の最頂点でこぶしがブリッジの体勢に入ると、真夜は嘉仁の後ろ頸を肩に乗せて頭を担ぐように固め、そのまま地面に――、
「幣舞橋――」
「一般人――」
『――ダァイナミィイイイック!!!』
――激突した!!!
甲殻を完全に粉砕された嘉仁が、地面に投げ出される。
「花咲蟹が散る……。花咲蟹が散り際も綺麗ガニ……綺麗ガニなぁ……」
「……お前のご当地愛、確かに見せてもらった。戦利品のこの蟹達はちゃんと責任持って美味しくいただかせてもらう」
満開の花咲蟹に伸ばしたハサミが力なく地に落ち、泡となって消えていく嘉仁を見届けて、焔弥が呟いた。
灼滅者達が植物園の片付けついでに花咲蟹を収穫すれば、お待ちかねのカニパーティーの時間だ。真夜が用意した七輪の上で、蟹が香ばしい香りを漂わせていた。
「シルビアちゃん、蟹味噌食べる?」
鵺白に勧められたシルビアが、ぶんぶんと顔を横に振る。
「妾はハサミが欲しいな?」
「ハサミね。はい、どうぞ」
「……おおー」
渡されたハサミをチョキチョキさせてみるシルビア。
「後で、施設の方を案内するよ。花咲蟹もいいけど、釧路には他にも色々名物があるからね」
「さすが、釧路のご当地ヒーローだね!」
こぶしの申し出に、マイ蟹スプーン片手にかごめが頷く。
「お土産は嬉しいですが、持ち帰りきれるんでしょうか……?」
真夜はキッチンバサミで蟹を切りつつ、花咲蟹がどっさり詰まっているかごめのクーラーボックスをちらりと見やった。
どうやら、帰りは大漁旗を掲げた方がよさそうである。
作者:魂蛙 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年4月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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