京ごよみ ~社と桜を辿る古都~

    作者:西宮チヒロ

    「どっちもいーけど、どっちかって言うならおれは西派かなー」
    「じゃあ、私は東派で」
    「……おまえ、適当だろ?」
    「ふふ、どうでしょう?」
     ふわりと笑う様は、まるで風に舞う花びらのよう。掴もうとしてもすり抜けてゆく、そんな小桜・エマ(高校生エクスブレイン・dn0080)へと向けた半眼をひとつ瞬き元に戻して、多智花・叶(小学生神薙使い・dn0150)は手元の頁をゆっくりと繰る。
     紙面いっぱいに広がる春の古都。
     胡蝶、手毬、朱雀に、白雪。
     美しく綴られたそれは、桜の名。古の都人も同じいろを愛でたのだと、そう教えてくれる刻の名残。

     春めく陽のもとならば、東は平安神宮の八重紅枝垂。
     彼の文豪に、ひととせ待ち続けた紅の雲と言わしめたそれは、天蓋のように空を染めながら神苑の水面へと降り注ぐ。
     大神殿で参拝をしたら、この時期だけの『桜(はな)みくじ』を引いてみるのも良いだろう。
     桜色の御籤に、綴られるのは開花の様。
     つぼみ、咲き初む、五分咲き、満開──人を花に見立てた籤に、そっと願い認めて。結び木に集った御籤札は、それは見事な春桜とろう。
     和らぐ夜気のもとならば、西は平野神社のぼんぼり夜桜。
     紅灯籠の仄かなあかりに揺れるのは、濃淡とりどりの桜と管弦楽の音色。
     合わせ櫻に願いを託し、妹背さくらに倖と縁を祈ったら、みちまもりと鈴音をつれて、夜桜電車で桜のトンネルをくぐってゆこう。
     過去も、今も、そして未来も。
     古都で辿ったさくらの軌跡はきっと、いつまでも色褪せることのない記憶となるから。

     手入れを終えたばかりの母の形見の一眼レフを、大事そうに手に取って、
    「良い画、たくさん撮れるといーな」
    「カナくん、京都初めてですもんね」
     そう零した叶へと、エマも眸を細めてそっと笑む。

     どうか、どうか。
     あなただけの古都の彩が、みつかりますように。


    ■リプレイ

    ●花社
     今年もまた、一緒に来られたね。
     笑み零しながらるりかと香乃果が向かうのは、国立近代美術館内のカフェ。オープンテラスで食べるゆばカレーも、自家製豆乳プリンも。十勝小豆が添えられた豆乳ワッフルの抹茶アイスだって、ふたり分け合えば幸せ2倍だ。
    「あっ、十石船が行き交ってるよ」
    「船からの眺めも絶対素敵だろうね」
     眼前に広がる桜並木の向こう側。琵琶湖疏水をゆるり過ぎるのは、花見船。桜色に染まる花弁の海をゆくそれは、きっと写真で見るよりも綺麗だから。
     次の春もまた、一緒に。
     大極殿の隅で参拝する人々を観察するフィーネ。京都も花見もお参りも、どれも初めて。ふむふむと呟いて、たどたどしくも二拝、二拍手、そして一拝。じんわりと満ちる幸せに、ほわり笑顔。
     お次は桜みくじを、と。煉とすれ違った少女は、色鮮やかな桜の庭へと降りてゆく。
     独りの姿が何故か放っておけなくて、先の戦場で声を掛けた少女。
    「この前は、ありがとうございました」
     楚々とした振る舞いで一礼するさくらに、気にしなくていいよと凍路はアイスブルーの瞳を細めた。あのまま別れてしまうのは寂しいと、感じていたのはお互いに。礼を言えて良かったと続けるも、喋りすぎかと躊躇うさくらに、
    「お喋りな人は嫌いじゃないよ」
     静かに染み入るような声がすべてを赦してくれたから。お喋りははしたないと躾けられてきた少女は、並び歩くリズムに乗って言葉を綴る。
     桜の袂で引く花みくじ。ふたりで開けばきっと、桜色の未来。
    「よかったら花みくじ引いてみね?」
    「ん?」
     背後からの声に、叶はファインダー越しに見ていた世界を切り替えた。撮ったばかりの周オススメの桜たちを満足げに見返すと、一眼レフを下ろして周の許へと合流する。
    「願いは学問かな! ほら、大学だし頑張んねえと」
    「…………だい、がく!?」
    「……カナ。何だその衝撃的な顔は」
    「いや、そーか……周、大学生かぁ……」
     そうまじまじと見上げる叶にくすくすと零しながら、ふと移した視線の先には参拝を終えた都璃の姿。手招いて、御籤を引いて。──結果、満開。
     『少年老いやすく学成り難し』の文字の傍ら、仄かに色付く美しい桜色の紙面へ走らせようとした鉛筆が、ぴたり。
    「都璃ちゃん?」
    「いや、え、っと、願いは、こ、向上心、で」
     不意に浮かんだ幼馴染みの姿。染まる頬を誤魔化しきれていない横顔に、エマと叶も見合ってついつい笑顔になる。
     結び木に願いを託したら、お次は腹ごなし。叶リクエストのたこ焼きを食べながら、少年が切り取った桜色の瞬間たちを眺め見る。
    「エマは昼と夜の桜だとどっちが好き?」
    「それは勿論、都璃ちゃんと観る桜だよ」
     ふわり笑う娘は、確かに識っているから。陽も宵も、大好きな人と愛でる彩が一等、綺麗なのだと。
     絶好の花見日和に心地良く伸びをするオリガの傍ら、一吹きした風にわたわたとスカートを抑える千尋。びっくりしたと頬膨らますも、桜に縁取られて陽に煌めくかくも贅沢で美しい古の風景を前にすれば、心も忽ち春色に染まる。
    「ね、どうだった?」
    「……ん。これです」
     参拝を終えたあとの花みくじは、『風は吹けども山は動ぜず』。満開と記されたそれを手に、オリガの手元を覗き込めば、『好きこそ物の上手なれ』──つぼみふくらむ桜の御籤。
     舞う花びらに、娘たちは願う。
     次の春も咲くこの桜のように。私達も移ろいながら、ずっと、ずっと一緒に。笑顔と倖あらんことを。
    「『五分咲き。猿も木から落ちる、かー。皆もみせてー」
     覗き込む碧月に見せたなゆたの御籤には、『八分咲き。堰で入らねば河で取る』。
    「ぐわ──これはダメだ──!?」
     大仰に肩を落とすシャーリーの手には、『つぼみ。そうは問屋が卸さぬ』の桜籤。励まされ気を取り直した娘は、碧月から預かった御籤を背伸びして結びつける。
    「さあ後は、軽食食べつつ本格的なOHANAMIだ♪」
     シャーリーのが蒸し鶏とハムのサンドイッチを語れば、梅干しとおかかのおにぎりがあると反すなゆた。
    「なゆた、料理が出来たんだな!」
    「……僕がこういうのを用意しちゃ変だっていうのか?」
    「いやいや、えらいぞ~♪」
    「……っ、いいからとっとと行くぞ!」
     ずんずんと歩き出すなゆたの背を追いながら、碧月の胸も歓び弾む。
     お土産には桜饅頭。そうして、とびきり綺麗な桜をまた、来年も共に。
     神苑の池のほとりを彩る紅枝垂れは、司も冴も好きな花。ならば一本、と伸ばした司の手は、コラ! と冴にぺちり。
    「ごめんなさい。冗談ですよー」
    「……もー」
     ひらり互いの髪に降りた花弁を指先で抓んだら、それを御籤と引き替えて。『風は吹けども山は動ぜず』──満開の文字の隣に司が綴るのは、『日本統一・世界平和』。
    「後半は判らなくはないけど前半要る!?」
    「本気ですよ?」
    「全ての規模が大きいよ!」
     そういう冴は、八分咲きの『綺麗な花は山に咲く』。綴る願いは、カノジョできますよーに!
    「冴君が彼女連れてる姿は想像できな……いや、何でもない、です」
    「えぇー」
     苦笑滲ませ、結び木へと伸ばした手。今度は勿論、冴も一緒に──叶いますように。
     京都は初めてだと言う繭子に、そうなの? と咲桜は瞬きひとつ。
    「さくらちゃんは?」
    「もー、またそれー」
     愛称を紡ぐ声はむず痒くて、つい眉を寄せた青年に返るのは詫びと微笑。
    「その愛らしい御顔を見たかったんですもの」
     そうくすくすと零す娘の視線を辿れば、まるで天蓋のような鈴なりの桜。風に揺れる花弁に、刻は流れを緩め、陽は花に溶けるよう。
    「……ね、花を咲かせに参りませんか」
     誘われ開いた花は、ふたり同じもの。『咲き初む。下手な鉄砲数打ちゃ当たる』。諦めるな、と背を押す言葉に添うほどの強い願いはなくとも、今日共に過ごした記憶を彩として添えるのは悪くはない。
     散るも舞うも、一緒なら寂しくないと、枝に並ぶ双子籤。
     眸細めて仰ぐ咲桜の傍ら、綻ぶさくらに娘は囁く。
     この想い出が、枯れずに在ればと。
     参拝後、選んで貰った春服姿で、悟は想希の手を引き神苑へ。花散る水面へと身を乗り出しかければ、慌てて想希が抱き留める。
     一段と花輝くのはきっと、大切な人と一緒だから。眼鏡に触れた一片を抓むかわりに、悟が笑顔で覗き込む。こっちの花も、綺麗。
     ひとつでふたり分の恋占い。結果は五分咲き。虚栄は嘘の母──ありのままであれとの言葉に、一層深まる笑顔。想希となら、咲き続けられる。
     これからもずっと共に。
     重なる心を託した枝。切なく思えた願いの蕾たちも、君と一緒なら花開くと思えるから。満ちる幸せのまま寄り添う想希に、悟もまた笑顔で頷く。
     髪一房に花を結えば、返るのは優しい笑み声。
    「もう……願掛けのつもり?」
    「俺も言葉の花咲かせるから。想希も一緒にや」
     瞬き、そうして微笑んで。誓うように、重ねた掌を──ぎゅっと。
     クロの一番の愉しみはやっぱり、花みくじ。この胸弾む気持ちはきっと、皆も同じ。
     『満開。鉄は熱いうちに打て』。好機だと書かれたその隣に、クロは願いを綴る。『しあわせ いっぱい きますように』。
     たくさんの出逢い、友達、楽しい想い出を得た学園。これからもいっぱい歓びが溢れるといい、と託す桜いろの願い。結び木に留めれば、皆と同じように花咲けるだろうか。
    「京の都は、静かで趣が……」
    「あ! 何かお店もいっぱいありますよ!」
    「やよいも行くー! やよいも食べるー!」
    「皆はしゃぎすぎー」
     ばたばたと屋台へ駆けていく黒々たちに、苦笑する弥太郎と響斗。けれど賑やかなのも心地良くて、クラブの皆で後に続く。
     今年もまた、桜の出逢いをありがとう。年長者然と皆を見守る真墨は、出逢ったエマへとそう会釈する。
    「カナフ君、何か奢ってあげるよ」
    「おー! 響斗ふとっぱらー!」
     箸巻き2本のお礼に、約束したのは満開の桜の下での集合写真。たこ焼き、磯辺揚げ、チヂミロール。「盛り放題って書いてあったので」と、黒々に対抗した司によって盛りに盛った焼きそばも烏賊焼きも。ぜんぶぜんぶ分け合った後は、お待たせしました桜みくじ。
     結果に一喜一憂する中に突如響くのは、黒々の声。
    「あぁぁー!」
     びりりりりりりり。
     慌てて開いた弾みで破れ散った御籤は、悲しいかなまるで花片のよう。響斗と真墨にぽんと肩を叩かれながら、ざくざくと白砂に混じった桜紙を集めて願いを綴る。
    「みんなが笑顔でいられますように……」
    「僕の願い、黒々さんと被ってる!?」
     司も仲間たちも、心は同じ。これからも皆が無事で、仲良く、平和で、そして──。
    「ハッピーになりますように!」
     高らかな願いごと、矢宵の、皆の御籤を真墨が天に近しい枝へ。
    「こうやって皆と一緒に遊べるの、凄い幸せです」
     たとえいつか花散る日が来ようとも。この想い出だけは、いつまでも色褪せぬから。
     咲き誇る季節に祈ろう。人も花も、どうか幸多かれと。

    ●花遊び
     平安神宮の紅枝垂れがさらさらと流れる川ならば、さながら醍醐の桜は柔らかに広がる雲のよう。
    「さて、現代の太閤花見と洒落込むか」
     豊臣秀吉が千人もを集めて開いた醍醐の花見。対して、今集った顔ぶれの絢爛さなら負けてはいない。そう思うほどに、どうやら千早も浮かれているらしい。
     視界から溢れそうな太閤枝垂れ桜や霊宝館前の桜の大樹には、茶子もオデットもただただ感嘆。神が宿ると言われる桜の木。ならばきっと、太閤のように大らかで、鮮やかで、人を魅了する──周囲を喜ばすことを好む神に違いない。
     目眩く景色は豪華絢爛な絵巻物。たとえ今見ているそれが昔と違っていても、美しいと思う心は同じ。
     花つくる 流るる滝の ゆく末は 君の笑顔と 思わば愛し。太閤も一人じゃなかったからこそ楽しかったのだろうと笑う華丸に、娘ふたりも倣って詠う。
     太閤の 醍醐の花見 覗きみて 桜の滝に 心うたれん。
     今は昔 桜を植えた 太閤さん 今も昔も 笑顔が咲いて。
    「太閤はこの景色を大好きな人たちに見せたかったのね」
     その心が今日、こうして笑顔を運ぶ。
     時を越え 醍醐の寺で 太閤と 桜を介して 語り合う春。そう詠いながら、千早は思う。
     帰ったら茶会を開こう。茶子たちと買った、太閤の名を冠する抹茶と醍醐の名水で、今日の想いを語らうのだ。
     そうして瞳閉じれば、記憶の中で何度でもこの彩に出逢えるだろう。華丸はそう思えてやまなかった。
     ここの桜も綺麗だろうと、叡が手招いたのは晴明神社。
     五芒星を掲げた鳥居の袂。見事な紅枝垂れを護るように座る狛犬も一緒に写真に収めたら、ふたり並んで参拝を。陰陽師を題材とした次回公演。ならば挨拶と報告と、そして成功祈願をせねばなるまい。
     賽銭を弾むべきか、チケット代に取っておくかと悩む律花には、
    「見に来てくれるのかい? 嬉しいねえ」
    「当然よ。だって叡のファン一号だもの」
     その言葉に一層、引き締まる心。無事終えた暁には礼を兼ねて、今度は桜みくじも引きにこの地に来よう。
     待ち受けにすると運気が上がるといわれる晴明井の前で、互いにぱしゃりと1枚。律花のそれがこっそり恋人へと送られたことを彼女が知るのは、もう少し先のこと。
    「ねえエマさん……エマ。一寸ご一緒してもいいかしら?」
    「改めてどうしたの? 恵理さん」
     後で、叶と写真の見せ合いをしたいから。それも本当の事だけれど。
    「散歩の仕方には、結構人の性根が出ますから」
     猫を思わせる彼女のそれを見てみたい。それが、本音。
     ならばとぶらり尋ねたのは、生まれ育った西陣。妙蓮寺、妙顕寺、本法寺を経て水火天満宮へ。
     道中買った桜羊羹をお茶菓子に、長椅子でのんびり一休み。さらさらと風に揺れる桜のカーテンを仰ぐその横顔に、恵理もまたふと瞳を細む。
     私は、伸びる幹、色を点す緑と花を愛する森の魔女。故に、とても好きなのだ──彼女たちが。

    ●花送り
     夜風にほんのり桜の香が混じる頃、夜桜電車は走り出す。
     ライトアップで生まれた影の中、ゆるりカーブを描く光の線路。灯り煌く桜並木を、たたん、たたん。揺れる車両がゆっくりと風を切る。
     遊んだ後の心地よい疲労感。まどろむ意識のままに見上げた窓越しに流れる景色は、光と花弁が混ざり合ってまるでセピア写真のよう。
     ねぇ、ムッシュー? 貴方と、貴女と、ヒナと。愛する人と見る桜は、その眸にどう写るかしら。
     そっと視線で問いかければ、笑顔と共に伝わる孤影の心。雛は再び頭を預け、ぬくもりと春の残り香に眸を細む。
    「雛ちゃんはむしゅーさんが居ていいのです……」
     ぽつり毀れたエステルの声に、あぁと気づく。そうね、今日は彼の居ない日。ならば、と真ん中にそのちいさな身体を抱き寄せれば、なんだか娘を持った不思議な心地。
    「あったかくて……気持ちいいの……です……」
     大丈夫、私もヒナもいるから。
     孤影の囁き。甘い香りと想い出にまどろむ少女に、ふたりもゆるりと瞼と閉じた。
    「窓開けて落っこちんなよー?」
    「そんな事しませんよーっ」
     瞬きも言葉も忘れて見入る狭霧へ届く壱の声。子供扱い禁止! とぷくり頬膨らませる様には、エマと叶も思わずくすり。
     けれど、幻のようなひとときは儚くも過ぎ去って。再び静寂に包まれた車両に、ひっそりと残るのは夢の余韻。
    「ほんとに一面桜だったね……」
    「折角カメラ持ってきたのに、全然撮れなかった」
    「また、来年も来ればいよ」
    「……ん」
     紡ぐ約束。絡む指先。形として残せなくても、この記憶は永遠だから。
     それでもやっぱり悔しいからと写真撮影へ誘う狭霧に、壱もみんなも自然と綻び──はい、チーズっ。
     夜桜電車の終着点。北野白梅町の駅からほどない場所にあるのは、数え切れぬほどに香り煌く桜の社。
    「いやはや、夜桜を見ようと思いましたが……幻想的ですねぇ……」
     闇の夜に 桃源郷の 紅灯り──。朱の燈篭からほろほろと毀れる光を纏って一層艶やかに浮かび上がる桜花を詠めども、到底表し切れなくて。幾つもの歌を編んだ先人に、流希はただ想いを馳せる。
    「カナさんって呼んでいいですよね?」
    「それは別にいーけど……だーっ! くっつくな! 指絡めよーとすんな!」
     紅緋の指をひょいと交わし、代わりに手にした愛用のカメラ。夜桜の下で咲くもうひとつの紅花を収めた写真は、断りの侘びに後で渡そう。
     ファインダーの向こうばかり見て事故に遭わぬように、と渡されたのは合櫻のお守り。ならばと選んだ桜の鈴は、きっと娘の加護となろう。
     夜の帳を満たす、花と光の欠片たち。桜のトンネルを抜ければ、タイムスリップだってできてしまいそう。
    「もし、いけるとしたら……どこいきたい?」
    「そうだな……10年後…とか?」
     遠くて近い未来のふたり。一緒だったらいいな、と零れた声には「そうね」とだけ反して。静かに眸伏せて、ナオは掌を握り反す。
     記念に、と選ぶ桜の守り。学業守りを選ぶ夜兎に、あら真面目~とついつい零れる本音と笑顔。
    「あ、魔よけもほしいわぁ。夜兎ちゃん用に」
    「え? 魔除け?? なんでだ?」
    「そりゃ、狙ってくるよからぬ輩とか……もしものことがあったらいけないでしょ?」
     ね? と細む桜色の瞳だけど。ならばナオにも持たせたいと、夜兎は思わずにいられない。
     華やかな花の香に混じる、柔らかな音色。夜風に溶けるフルートの旋律の中を、綾乃と響は並び歩く。初めての、ふたりだけの外出だから余計に、腕に絡む掌から熱とともに緊張が伝わってしまいそう。
     広がる花雲も、澄み渡る月も。すべてが愛しい人を彩る光。
     わたしの大好きな人はこんなに素敵なんだぞー、なんて。世界中に思いっきり伝えたいと思ってみれば、ぱちりと合った視線。一瞬のうちに火照った頬を、綾乃の腕に思わず埋めて。ふわり髪を撫でる掌のぬくもりにそっと顔を上げれば、柔らかな微笑みが眸に映る。
     安産守りの代わりに、合櫻に願う。──生涯を、共に。
     共に夜桜を。
     そう交わした約束が叶うとあらば、心も弾むというもの。胸に満ちる幸せをじんわりと感じながら、蒼妃と瑠璃は花を仰ぐ。
    「夜桜の中の君は、とても綺麗だね」
     ずっと見ていたいと洩れる笑みに、娘はふわりと安堵する。その双眸に瑠璃が映っている間は、貴方を見失わずにいられるから。
     夜桜の中で君の詠を独り占めしてみたい。
     蒼妃の願いに、返る頷き。けれどお約束の詠はまた今度。詠ってしまえばもう、逢う口実がなくなってしまうもの。
     瞼伏せて聞き入る青年へと、想いを籠めて。聲にするのは、貴方と夜桜へ捧ぐ、静かな静かな春の夜の詠。
     気づかぬうちに眠りに溶ける子守唄のように、ふわり一片、名残花が風に舞う。
     ──綺麗。
     去年はまだ素直に思えなかったその心を口にできたのは、また来年も共に見られると思えばこそ。生を然と見ればこそ、死を尊ぶ。散るも盛るも等しく佳いものだと過ぎる気持ちに、我ながら随分変わったものだと白焔は思う。
    「白焔さんは……来年もいますか?」
     此処に。わたしの、この傍らに。
     緋頼の問いに、こうして過ごす時間にも拘る理由ができたと、頷きひとつ。
     共に遊び、皆で騒ぎ、愉しい時間を重ねてゆくのは、きっと一等佳いこと。
     とめどなく花は散ってゆくけれど、また巡り咲くと識っているから。
     だから緋頼も、綻び微笑む。
     次の春もまた、共に迎えるために。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月17日
    難度:簡単
    参加:48人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 2
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