グリュック王国大決戦~焼くもよし、茹でるもよし

    作者:赤間洋

     インターネット曰く、試されすぎた大地、北海道。
     電子の海の住人たちに揶揄されるそのフレーズに幾許かの真実があるとするのなら、今まさに彼の大地に建つグリュック王国、そこに住むダークネスたちは未曾有の試練に立たされていた。
    「まさか、ゲルマンシャーク様が灼滅されてしまうとは!」
    「おおおおおおお落ち落ち落ち着くんだだだだだまだ慌てあわわわわ」
    「レディ・マリリン司令官代理ぃ!! どこに行ってしまったんですかあ!!」
    「本当なら私が率いてやりたいところなのだが、膝にご当地ダイナミックを受けてしまってな……」
     天地がひっくり返ったような大騒ぎの中で、まともな思考が働いているものなど一握りも居ない。中には現実逃避に走るあまりよく分からないことを口走るご当地怪人まで現れ始めている。
     混乱を極めるグリュック王国――その、片隅。
     一体のソーセージマンが、畑に鍬を振り下ろしていた。
    「ちょっと、なにやってんのよ!」
     黙々と土起こしをするソーセージマンに、たまたまそばを通りかかったビアガールがヒステリックな声を上げる。彼女もまた、混乱のさなかにあって己の去就を計りかねるご当地怪人であった。
     そんな彼女に、額の汗を拭いながらソーセージマンは振り返る。
    「キャベツを作っている」
    「はぁ!?」
    「うまいソーセージには、うまいキャベツの酢漬け――……そうだろ?」
     土埃にまみれながら、俺達ご当地怪人にそれ以外やることがあるのかとでも言いたげな口調でニヒルに笑う。
     まあ、現実逃避の一環なんですけどね。
     
    「まずは新潟ロシア村の戦争、お疲れ様でございやした!」
     武蔵坂学園、調理室。
     純国産のラベルも眩しい大量のソーセージを茹で、上からたっぷりケチャップとマスタードをかけたものを皿に盛って調理台に乗せながら槻弓・とくさ(中学生エクスブレイン・dn0120)はそう労った。
    「いや、まさかまさか、あのゲルマンシャークを討ち取るなんざお天道様でも思いますまい。何でもご当地怪人の中で最強だなんて言われてたってえ話じゃないですか。大金星ですよ。けど、まあ」
     盛り合わせをぱくぱくと口に運びながら、ご当地怪人どもにとっちゃあ悪夢の極みでしょうなととくさは肩をすくめてみせる。
    「しかしせっかくだ、悪夢ついでに、連中にはきっちり灼滅されてもらわにゃなりますまい――皆さん、グリュック王国は記憶してますね?」
     久方ぶりに聞いた単語に、灼滅者たちは思い思いに首肯した。
    「いやはや恐ろしい場所ではございましたが、ゲルマンシャークが灼滅されたことであの場所にも変化が起きてやす。例の、灼滅者を闇堕ちさせる結界が綺麗さっぱり消えちまったんでさあ」
     つまり、そこに残るのはヨーロッパ風のダークネスの巣窟のみということである。
    「ゲルマンシャークが灼滅されたせいで、そこに居座ってた連中は軒並み混乱を来してやす。つってもそれも一時的なもんでしょうな。立ち直った日にゃ、新しい首をくっつけて再編されるか、はたまた他のご当地怪人の軍門に降るか……」
     何にしてもろくなものではないのは確かであった。だが、連携など全くとれていない今、この瞬間であれば各個撃破は可能であろう。
    「兵は拙速を何とやらたぁよく言ったもんですな。お疲れの所、大変申し訳ありませんが」
     是非とも向かって欲しいと、とくさは言う。
    「今回皆さんに灼滅してもらいてえのはソーセージマンとビアガール、それとソーセージマンの配下のペナント怪人が二体」
     かつてグリムの森と呼ばれたところを切り開いて、キャベツ作りに奮戦しているところを強襲して欲しいのだという。
    「……。キャベツ?」
    「ま、現実逃避ですな。ソーセージによく合うキャベツの酢漬けを素材から作るってぶち上げてる見たいでさあ」
     言うまでもなくそんな猶予はない。
    「ひたすら現実逃避してるんで、周りに注意は払ってませんな。準備なしで、一発ぐらいなら殴れるかも知れません。場所も無駄にだだっ広い畑なんで、細かいことは考えなくて結構ですな。戦闘能力ですが、まあ、こっちも特筆すべき点はございやせんねえ」
     ついこの間刃を交えたばかりの皆さんの方がよく分かってるはずですねと、とくさは言った。
    「この大攻勢が成功すれば、ゲルマン勢力は日本から駆逐されたも同然になりやす。敵ってもんは少ないに越したこたぁありませんな」
     戦争の疲労も抜けきってないうちから大変だろうが、どうか一肌脱いでほしいと、とくさは締めくくった。


    参加者
    風花・クラレット(葡萄シューター・d01548)
    小圷・くるみ(星型の賽・d01697)
    佐渡島・朱鷺(第五十四代佐渡守護者の予定・d02075)
    雲母・凪(魂の后・d04320)
    三園・小次郎(かきつばた・d08390)
    八乙女・小袖(鈴の音・d13633)
    朔夜・碧月(ほしのしるべ・d14780)
    セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)

    ■リプレイ

    ●俺のソーセージを食らえ
     北の空に土を耕す音が響く。
     だがそれはどこか虚ろな響きであった。あるいは、鍬を持つご当地怪人――ソーセージマンの心をそのまま映した音であったのかも知れない。
    「こういう外来種が生態系を駄目にするの、ってテレビで言ってたわ」
     だからさっさと駆除しないとと気を吐くのは小圷・くるみ(星型の賽・d01697)だ。外来種というか輸入品というか、まあともかくゲルマンなダークネスである。
     灼滅者たちは『隠された森の小路』を用いて森を抜けていた。だがその先で見つけた件のご当地怪人たちは、想像以上に隙だらけであった。
     それはもう、虚脱状態のところを、何とかやることを見つけて頑張ってる痛々しさが溢れ出している。季節とは裏腹に未来永劫春なんてこないんじゃないかという空虚さである。
    「ドイツ生まれとしては何とも複雑だが……」
     情けは無用と乗り込んできたものの、この物悲しさは想定外であった。見事な銀の羽で顎の辺りを掻きながら、セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)は地面を耕すご当地怪人たちを眺めやる。覇気はおろか生気も見当たらない、いっそ見事な終末の光景である。
    「この顛末は、哀れには思うが」
     この上なく機械的に土を耕すご当地怪人たちの姿を認めながら、
    「所詮ダークネス。このまま放っておいてはまた世界征服だ! と言い出しかねん」
     八乙女・小袖(鈴の音・d13633)がしかつめらしく言う。種族全体を通して努力の方向音痴の塊のような連中ではあるが、それだけに立ち直りも無駄に早いのである。小袖の指摘は的を射ていた。
    「私もゲルマンシャーク倒せるとは思わなかったし。混乱も無理ないわ」
     同じく、酷く気の毒なものを見る目でご当地怪人たちを眺めながら風花・クラレット(葡萄シューター・d01548)が言った。否、一体誰がゲルマンシャークを討ち取れると思っただろうか。灼滅者の底力恐るべし。
    「でも浮き足立ってる今がチャンス――グリュック王国は私のご当地として支配……もとい解放するわ!」
     一瞬底知れぬ野望をちらつかせつつ、クラレットはずんだ色のバトルオーラを身に纏う。
     何故か、ケチャップとマスタードのたっぷりのった皿を手に。
    「こんな理由じゃなければ、遠足みたいでワクワクなのになー」
     こちらもまたケチャップを持参して朔夜・碧月(ほしのしるべ・d14780)がぼやいた。どこまで行ってもご当地怪人はご当地怪人だが、だからこそ妙にほっこり和むものがあるのかも知れない。
    「――行こう」
     観察していてもらちがあかない。促し、先陣を切ったのは佐渡島・朱鷺(第五十四代佐渡守護者の予定・d02075)であった。
     風邪のような早さで間を詰め、未だ気付かぬペナント怪人にその利き手を振るった。ぶわりと膨れあがった鬼神変が、ペナント怪人の横っ面をしたたか殴りつける。
     追随するようにフリージングデスを展開しながら、クラレットは声高に叫ぶ。
    「そこまでよ! 灼滅されたくなきゃ――ソーセージを出しなさい!」
    「カツアゲ!?」
     まさかの。
    「ご当地ビーーーーム!!!!」
     色々な意味で突然すぎた出来事に怯んだご当地怪人たちに、さらに紫色の怪光線が襲いかかった。存分な威力の乗ったビームをペナント怪人の顔のど真ん中に叩き込み、
    「お前らまとめて一網打尽にしてやるぜ!」
     愛知代表としてヒーロー魂もたっぷり魅せてやると三園・小次郎(かきつばた・d08390)が名乗りを上げた。小次郎の相棒たる霊犬・きしめんも主人に倣って元気に吠える。そのつぶらな目がソーセージマンをがっつりロックしてるのは気のせいだよね。食的な意味でロックしてるわけじゃないよね。
    「な、何!?」
     集中砲火で灼滅されただのぼろ雑巾になったペナント怪人に、やっと理解が追いついたのかビアガールが悲鳴を上げる。数秒遅れて鍬を放り投げ、戦闘態勢を取ったソーセージマン。
    「絶好のホットドッグ日和です」
     そこに、しみじみとした声。
    「焼きたてパンにケチャップもありますし、あとはそこのウインナーをパキッと殺れば完璧です」
    「やめろおおおおおお土を固めるんじゃない!! あとウィンナーじゃねえソーセージだ!」
     耕した土をふみふみと固めながら、美味なる音には味があると言わんばかりに灼滅宣言する雲母・凪(魂の后・d04320)にソーセージマンが絶叫するが、ダークネスの言うことを聞く筋合いなど灼滅者にはないのだ。
     と、凪の目が残るもう一体のペナント怪人に向けられた。ふっ、と鼻から息を吐く。
    「絶滅危惧種……」
     素敵に嫌な笑顔で呟きながらフォースブレイクを打ち込むことも忘れない。仰け反るペナント怪人。
     ツッコミ不在の予感がするよ、不思議!

    ●それはさながらビアガーデン
     フォースブレイクで仰け反ったペナント怪人に、さらにくるみが鬼神変を叩き込んだ。風に吹かれたアシのようにぐにゃりとなったペナントに、小袖が雷を纏った足を振り上げる。
     抗雷撃の一打が、二体目のペナント怪人をあっさりと灼滅した。さらさらと黒く焦げて力尽きたペナント怪人に、ビアガールが目をつり上げる。
    「よ――」
    「未成年飲酒は違法だっつーの!!」
     何かを言いかけたビアガールにすかさず小次郎がたたみかける。天守閣の天辺に燦然と輝くシャチホコのような見事な軌跡を描いた蹴りが、ビアガールの顔部分にひびを入れるが、
    「法が怖くてダークネスなんてやってらんないわよ!!」
     叫ぶや出現した巨大な泡が小次郎を包み込む。眉をひそめたくなるようなアルコール臭を、だが走り込んだクラレットはきっぱりとはねのけた。
    「ビールは飲めないから要らない!」
    「お子ちゃまが!」
    「ずんだキーック!!」
     ずんだ色オーラを纏って跳躍し、前転宙返りで勢いをつけた踵落としがビアガールの手に持ったジョッキを叩き割る。
     押されるビアガールを援護するようにソーセージマンがどこからか取り出したソーセージをフォークに刺して高々と掲げた。溢れる良い匂い、見るだけで口の中に広がる肉の味。
    「ビールにソーセージ……それもまた最高の組み合わせ!」
    「あ、お腹すいてきたかも?」
     食欲をそそる香りに碧月がそんなことを呟きながら死角に回り込み黒死斬を放つ。
     放つと同時、手にしていたケチャップも放った。勢いよく飛び出たケチャップが黒死斬の切り口にジャストイン。
    「貴様、勝手な味付けをするんじゃない! 素材の旨味をありがたく頂かんか!」
    「問答無用だ、戯けたことばかり口にするな!」
     朱鷺の旋風輪が唸りを上げてビアガールとソーセージマンを切り刻んだ。そこに、
    「凍らせるのは残念な気もするが……」
     味が落ちるかも分からんねとばかりに残念そうに口にして、セレスが広げた翼から絶対零度の氷を噴き出した。瞬く間に周囲に霜が降り、ソーセージマンとビアガールの表面にもまた氷が張っていく。図らずもきんきんに冷えたビールと解凍待ちのソーセージの完成である。夏に会いたかったね。
    「お腹壊しちゃいそう、ね!」
     いくら美味しそうでもダークネスの出すものなど得体が知れないとばかりに、くるみが影喰らいをビアガールに伸ばす。亀裂の入った顔部分にさらに深い傷が刻まれ、中身のビールがしゅわりと飛び出した。
    「ジョッキを割るのは乾杯の時だけにしておきなさい!」
     飛び出したそれをそのまま攻撃手段へと変え、ビアガールが小袖を強襲する。
     その寸前、繊手を握って拳と変えて凪が躍り込んだ。きらきらと周囲の冷気を巻きながら、
    「公序良俗……」
     ぼそりとツッコミ、もとい呟いて閃光百烈拳を繰り出した。連撃に、ビアガールが大きくたたらを踏む。
     片手を後ろに引いて半身にマテリアルロッドを構え、フランスの古い武術を模した構えを見せた小袖がそのまま槍を振り抜いた。
    「酒の味は、数年後までお預けだ」
     横薙ぎのフォースブレイクがジョッキをばらばらにする。飛び散ったガラス片を、ぶちまけられた黄金の泡がさらい、そして消えていった。

    ●さらばソーセージ
    「おのれお前たち! 俺のザワークラウトの夢は、邪魔させん!」
     固めるなと言った畑の上で地団駄踏んでソーセージマンがその目をかっと見開いた。フォークが銀の尾を引いて繰り出される。
     鋭い一撃を、だが守り手としてくるみが龍砕斧で受け止めた。火花が散る。
    「ザワークラウトってごま油とめんつゆ足して和風にすると美味しいのよねー」
    「認めん、俺は認めんぞそんな和風レシピ!!」
     挑発する物言いに絶叫するソーセージマン。
    「勉強になるな……」
     真顔でメモを取るセレス。異文化コミュニケーションって奴ですね分かります。
     鍔迫り合いを展開する両者に割って入るように、クラレットが螺穿槍と、ついでにマスタードを繰り出した。
    「ふおっ!?」
     紙一重で躱すソーセージマン。
    「えいっ」
     その背後に回って、やっぱりケチャップをぶっかける碧月。
    「やっぱりソーセージにはケチャップなんだよぅ!」
    「あれっこれもしかしなくても俺、捕食対象?」
     愕然とするソーセージマンに、さもありなんとメモを閉まってセレスがマジックミサイルを叩き込んだ。爆炎が上がり、何とも言えない香ばしさが辺りを満たす。
     色々過酷な現実によろよろし始めたソーセージマンの眼前で、そっと、小袖が懐から大きめのマスタードの瓶を取り出した。
    「粗挽きマスタード派なんだ」
    「聞いてなぶごばっ!?」
     そのマスタードの瓶ごと鋼鉄拳を叩き込む。ダメージに変化はないが見た目に痛え。
     ケチャップとマスタードでべちょべちょになったソーセージマンの顔は既に半ばから折れていた。たぶん心も同じだけ折れてる。あと、きしめんがじゅるりと舌なめずりしてる。
    「言ったでしょう、絶好の――ホットドッグ日和、と」
     シンプルに味付けのされたホットドッグ用のパンを片手に凪が影業を編み上げた。それはたちまち鴉の大群となり、ソーセージマンをついばみ始める。
    「や、やめろおおおおお!?」
     トラウマまで植え付けられて悶絶するソーセージマンに、朱鷺が高らかに言い放つ。
    「この国にはこういう言葉がある――郷に入りては郷に従え、と!」
     その教えを踏みにじり不作法に何でもかんでもゲルマン風にしようとしたのが敗因だと朱鷺は腕を振り上げた。
     鬼神変の一撃が、ソーセージマンを文字通りの挽肉に変える。
    「ぐ……グローバルジャスティス様、万歳!!」
     それが断末魔の悲鳴であった。
     かくて北の大地に、ザワークラウトの夢と共に、そのソーセージマンは散っていったと言う。
     ちょっとした香ばしさと空腹を残して。

    作者:赤間洋 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 6/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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