グリュック王国大決戦~農耕ビアガールズ

    作者:牧瀬花奈女

    「信じられないわ! ゲルマンシャーク様が灼滅されてしまうなんて!」
     ビアジョッキと化した頭部から白い泡を散らしながら、ビアガールは悲鳴じみた声を上げた。取っ手の部分に結わえた緑のリボンが、頭の動きに伴って揺れる。
    「私たち、これからどうすればいいの?」
    「レディ・マリリン司令官代理も、もういないなんて!」
     赤と黄色のリボンをそれぞれ結び付けたビアガールも、緑のビアガールと同様にうろたえ、無意味に歩き回るばかりだった。4体のご当地幹部の中でも最強と謳われたゲルマンシャークが灼滅されるなど、彼女らにとっては想像すら出来なかったに違いない。
    「ちょっとあなた! どうすればいいか、一緒に考えてちょうだいよ!」
     押し黙ったままの青いリボンを結わえたビアガールを、緑のビアガールがきっと睨む。少しだけ顔をうつむかせていた彼女は、その言葉を聞いて素早く面を上げた。
    「どうすればいいかですって? そんなの決まってるじゃない」
     青のビアガールの手には、どこから調達して来たのか1本の鍬が握られている。
    「耕すのよ! この森を切り拓いて作った畑を耕すの! そして、大麦を植えるのよ!」
     大麦の蒔き時は今じゃない。
     そんな冷静な言葉を投げ掛ける者は、この場にはいなかった。
    「そうね、その通りだわ!」
    「麦を育てて、ビアガーデンの季節まで生き残るのよ!」
     口々にそんな事を言いながら、ビアガール達は自分が使うための鍬を探しに散らばって行った。
     
    「皆さん、新潟ロシア村での戦い、お疲れさまでした」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、空き教室に集まった灼滅者達を見渡して笑顔を浮かべた。
     先日の戦いで、灼滅者達は多くの戦果を挙げた。その中でも、ご当地幹部の中で最強と思われる、ゲルマンシャークを討ち取った事は、取り分け誇っても良い事だろう。
    「大きな戦いの直後で、申し訳ないのですが……これから皆さんに、グリュック王国を攻略して欲しいんです」
     ゲルマンシャークが灼滅された事で、灼滅者達を闇堕ちさせる結界は無くなった。そして、ゲルマンシャークを失ったゲルマンご当地怪人達は、酷く混乱している。
     しかし、いずれこの混乱は解消され、ゲルマンご当地怪人達は再組織化されるか、他の組織の軍門に下るかして新たな脅威となるだろう。
    「グリュック王国には数多くのご当地怪人がいますが、全く連携が取れていません。今なら、それぞれのご当地怪人を各個撃破できるんです」
     混乱の最中にある今だからこそ、可能な作戦なのだ。灼滅者達の表情が、自然と引き締まった。
    「皆さんに担当してもらいたいご当地怪人は、グリムの森にいる、4体のビアガール達です」
     ビアガール達は、先の戦いで出会ったものと同じ能力を持っている。取っ手の部分に結ばれたリボンの色がそれぞれで違うので、個々の見分けは簡単だ。
     緑と青のリボンが結ばれたビアガールは回復を、黄色と赤のリボンを結ばれたビアガールは攻撃を、それぞれ主に担当するらしい。
     グリムの森で、ビアガール達は何をしているのかと灼滅者の一人が尋ねると、姫子は少し困ったように眉を下げた。
    「このビアガール達は、畑を耕しているんです。大麦を育てようとしているのかもしれませんね」
     恐らく、ゲルマンシャークを失ったショックのあまり、現実逃避に走っているのだろう。彼女らは畑を耕す事に夢中になっているため、まっすぐ現地へ向かえば背後を取る事が出来る。乱雑な耕し方をされているので足場は少し悪いが、戦闘に影響が出るほどではない。
    「この作戦が成功すれば、ゲルマンご当地怪人は日本からいなくなります。まだ戦いの疲れが抜けない方もいらっしゃるかもしれませんが、頑張ってください」
     行ってらっしゃいと、姫子は教室を出る灼滅者達を見送った。


    参加者
    陰条路・朔之助(雲海・d00390)
    因幡・亜理栖(おぼろげな御伽噺・d00497)
    叢雲・宗嗣(贖罪の殺人鬼・d01779)
    三条・美潮(大学生サウンドソルジャー・d03943)
    ソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)
    阪爪・楊司(爪楊枝の申し子・d11442)
    暁月・燈(白金の焔・d21236)
    白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)

    ■リプレイ

    ●襲撃
     寒さの抜け切らないグリムの森の中を、灼滅者達は歩いていた。目指す先は一つ。ビアガール達がいる畑だ。
     よほどの事が無ければ先手を取れるという話だったが、因幡・亜理栖(おぼろげな御伽噺・d00497)と三条・美潮(大学生サウンドソルジャー・d03943)は念を入れて足音を殺していた。花芽をつけた木々の中、灼滅者達はまっすぐに目的地へと進んで行く。
     程なくして開けた場所が見えて来ると、彼らはそっと木陰に身を隠した。視界に入るものは、乱雑な耕され方をした畝。そして、こちらへ完全に背を向けている4体のビアガールだった。
    「……背中がお留守にもほどがあるやん……」
     落とした声で呟いた阪爪・楊司(爪楊枝の申し子・d11442)に、なんだかいろいろ間違ってるみたいだねと、白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)が曖昧な笑みを見せた。
     ビアガール達がこちらに気付いている様子は全く無い。せっせと土を耕し続けるその姿に、陰条路・朔之助(雲海・d00390)は頬がほんのり緩むのを感じた。何だか可愛く見える――とか思ってる場合じゃねぇ! と内心で自らツッコミを入れつつも、彼女の眼差しはやはり何処か暖かい。
    「現実逃避したくなるほど、衝撃的だったのですね」
     ソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)はそう言って、クルセイドソードの鞘を払う。ゲルマンシャークの灼滅。先の戦いで彼らの成し遂げた偉業は、ゲルマンご当地怪人達が現実から目を背けてしまうほどのものだったのだ。
    「ああいうの斜陽の悲哀、ていうんスかね。可哀想な気もするけど、まあいいや」
     やっちまおうぜ、と美潮は仲間達へサムズアップ。
    「こればかりは、自由にさせておくわけには行きませんしね」
     さあ行きましょうと、霊犬のプラチナへ呼び掛けて、暁月・燈(白金の焔・d21236)は前に出る。彼女の足元から影が勢い良く伸び、最も近くにいた緑のビアガールをばくんと呑み込む。プラチナの六文銭がその後を追った。朔之助が流れるように縛霊手を振るい、内に秘めた祭壇が緑と青のビアガールを結界内に捕らえる。
    「飛び道具は苦手だが……四の五の言っていられんか」
     叢雲・宗嗣(贖罪の殺人鬼・d01779)が薄刃の剣を緑のビアガールに向け、そこから魔力の矢が飛び出した。
     ソフィリアの刃が緑のビアガールの魂を傷付け、美潮のガトリングガンがけたたましく弾丸を連射する。亜理栖の紡いだ逆十字でよろけた緑のビアガールへ、純人が腕に滴らせた酸を振り飛ばした。
    「キンッキンに冷やしたるぞ!!」
     楊司の打ち出した妖気のつららを額に受けて、緑のビアガールはその場にすっ転んだ。瞬く間の襲撃に、残るビアガール達は鍬を投げ出して悲鳴を上げる。
    「緑ちゃん、しっかりして!」
    「灼滅者よ! 灼滅者がここまで攻め込んで来たわ!」
    「落ち着いて! 私たちは麦を育てて、ビアガーデンの季節まで生き残らなきゃいけないのよ!」
     灼滅者達へと向き直ったビアガール達の手には、いつの間にかビアジョッキが握られている。混乱の只中にいた彼女らは、ひとまずの落ち着きを取り戻したらしい。赤と黄色のビアガールが前へ出て、青と緑のビアガールは後ろへと退く。
    「残念ですが、夏が来る前に刈らせてもらいますね」
     クルセイドソードを構えたソフィリアが、ビアガール達を凛と見詰め返した。

    ●混戦
     赤のビアガールが、アルコールの泡をぶわっと広げ、前衛の灼滅者達を包み込む。奇妙な痺れに捕らわれた楊司の頭を、黄色のビアガールはがつんと殴った。
     朔之助が縛霊手を振るい、捕縛の力を赤と黄色のビアガールにも与える。亜理栖は契約の指輪を輝かせ、楊司の痺れを癒した。その間に、緑と青のビアガールは、奇襲で受けた傷を回復している。頭に入ったひび割れが小さくなった。
     宗嗣が再び魔力の矢で緑のビアガールを狙うが、彼女はスカートの裾をひるがえしてそれを避ける。
     ぐん、と風を切る音を鳴らしたのは、美潮のロケットハンマー。大型エンジンが唸りを上げ、勢い良く地面を打つ。震動と共に生み出された衝撃波に、緑と青のビアガールが巻き込まれる。その余波を受けて、乱雑な畝から土が吹き飛んだ。
    「あなた、何て事をするの! まだ種蒔きもしてないのに!」
    「でもコレ、育てて最後はビールっすよね?」
     未成年だから関係ねーや。ヒャッホウとばかりに美潮は再び地面を叩いた。
     今の攻撃でえぐれた部分を差し引いても。聖剣に輝きを宿しながら、ソフィリアは考える。こんな乱雑なやり方では美味しい大麦は絶対に育たないだろう。ビール怪人失格だ。聖剣は破邪の光を帯びて、赤のビアガールの頭を切り裂いた。
     楊司の足元から滑るように影が伸び、緑のビアガールの足を裂く。燈は両腕に猛々しいオーラを集束させた。狙う相手は同じく、緑のビアガール。
     荒々しい音と共に放たれたオーラは、緑のビアガールの頭部を撃ち抜き、破壊した。酒臭いにおいを周囲にまき散らしながら、彼女は畑に倒れて消える。
    「ああっ! 緑ちゃんが!」
    「許さないわ! あなたたち絶対に許さないわよ!」
     ちょっとだけ可哀想な気もするけれど。純人は鉤爪めいた片腕で槍を繰り、妖気のつららを青のビアガール目掛けて放つ。放っておけば、後々、新たな脅威となるのは間違いないのだ。
     赤のビアガールが宗嗣に向けて振り下ろしたジョッキを、燈が代わって受け止める。黄色のビアガールはジョッキを横に振り、朔之助を泡で包んだ。
     なあ、と彼女は足元から影を伸ばしながら、赤のビアガールに呼び掛ける。
    「そんなに耕してどうすんだ? 今麦蒔けんの?」
    「今蒔かなくていつ蒔くのよ! 私たちは麦を育てて、それを足がかりに世界征服を果たすのよ!」
    「でも、麦の蒔き時は今じゃないですよね?」
     プラチナから浄霊眼の癒しを受けながら、燈は青のビアガールへ影を伸ばす。刃と化した影は、ビアジョッキを持つ彼女の手をざっくりと裂いた。
    「混乱するのは分かるよ。けど……」
     亜理栖の掌に、激しい炎の奔流が生まれる。その炎を、彼はまっすぐに青のビアガールへと向けた。影の一撃でつんのめったその瞬間を、亜理栖は逃さない。ほとばしった炎は、彼女の体の中心を正確に貫いた。
    「どうして畑を作るのかな?」
     わからないなあ、と亜理栖が紡いだ時には、青のビアガールは地に伏して消えていた。

    ●混乱
    「やはり戦いは刃物に限るな……」
     うっすらと青く染まった短刀を赤のビアガールのふくらはぎに突き立てると、宗嗣はその刃を素早く手前に引いた。足を包む白いタイツが、リボンと同じ赤に染まる。
     大丈夫か、と朔之助が声かけと共に、指先に集めた霊力をソフィリアへ放つ。彼女をむしばむ痺れの力が、その癒しによってかき消された。
    「やる事の効果がえげつないッスね」
     性格だけ見れば可愛いものと言えなくもないのに。そんな美潮の言葉に頷いて、ソフィリアは雷の闘気を秘めた拳で赤のビアガールの顎を打ち上げる。彼女の身に着けた鈴が、澄んだ音を奏でた。
    「全力で相手をする事で、手向けとしましょう」
     精神的に弱っている相手を攻撃するのは少し気が引けるが、彼女の攻撃に手加減は一切無い。明日は我が身かもしれないのだ。
     美潮がガトリングガンの引き金を絞り、爆音が周囲に響く。その音にふさわしいほどの勢いで炎が地を走り、土に焦げ跡がついた。
    「三条さん、なんだか楽しそうですね」
    「なんかこう、ヒャッハーって感じだな」
     影の刃を鋭く伸ばす燈に、朔之助は頷く。美潮は彼女ら二人より後ろに位置を取っているが、攻撃を繰り出す度に高揚っぷりがこちらまで伝わって来るようだった。仲間の楽しげな様子に、自然と頬が緩んでしまう。
     たのしいはうれしい。
    「爪楊枝ダイナミーック!!」
     燃え上がりながら地面に転がった赤のビアガールを楊司は高々と持ち上げ、そのままの勢いで大地に叩き付けた。巻き起こった爆発が治まった時には、彼女はこの世から消滅している。
    「なんてこと! あなたたちには、ドイツ製ビールの良さが分からないっていうの!」
     嘆きつつもビールの泡を撒きちらす黄色のビアガールを見据え、亜理栖は白薔薇で彩られた無敵斬艦刀掲げる。
    「僕はまだ未成年だから、麦で作ったお酒はダメなんだよ」
     麦で作ったお茶なら大歓迎だけどねと、彼は刃を振り下ろした。ガラス製の頭部分にひびが入った黄色のビアガールへ、純人が酸を飛ばしその傷を広げる。
     ソフィリアのクルセイドソードが非物質と化し、黄色のビアガールの体を貫いた。魂を傷付けられたビアガールがよろめく。その隙を逃さず、宗嗣は彼女との距離を詰めた。
    「比良坂へ堕ちろ……貴様らの主のようにな……」
     黒の紐で飾られた刃がビアガールの傷をえぐる。黄色のビアガールはぐらりと体を傾がせ、仰向けに倒れた。未だビアジョッキを持ったままの手が、何かを言いたげに空を掻く。
    「お願い……せめて、この畑に大麦を……!」
     大麦の蒔き時は今じゃない。
     そんな指摘を聞く間も無く、最後のビアガールは溶けるように消えて行った。

    ●平穏
     ビアガール達が消え去った後、そこには鍬と中途半端に耕された畝だけが残っていた。
    「なんや、指揮官失うと、混乱して自分が何したらえぇんか、解らんくなるんやね……」
     後学のために覚えとくわ、と楊司は何処か遠い目で畑を眺める。
    「『王国』というだけあって、王が居なくなった後はあっけないものですね……」
    「酷い混乱っぷりだったからなー」
     燈の言葉に、戦闘時の事を思い出しつつ朔之助は頷いた。
     そんな皆の見詰める畑で、純人は両腕でざくざくと土をならしだした。
    「もしかして、種を蒔こうとしてる?」
    「うん。因幡くんも?」
     そうなんだ、と亜理栖も鍬を手に取って、畝の形を整え始める。北海道の寒さはまだ治まらないだろうけど、二人の用意した花の種は元気に育ち、いずれ可愛らしい花を咲かせてくれるに違いない。
    「少し、周りを散策して来ますね」
     仲間達にそう告げて、ソフィリアはふんわりと微笑んだ。その表情からは戦闘時の張り詰めた雰囲気は失せ、いつもの穏やかな少女のものへと戻っている。
    「俺も辺りを見て回ろうと思う」
     ソフィリアが森の中へと歩いて行くと、宗嗣もその場を離れた。
     ざくざくと、純人と亜理栖が畑を整える音が響く。二人へ声を掛けたのは、美潮だった。
    「それ終わったら、みんなでドイツ料理食いに行かねースか? 怪人とかそんなんじゃねー、普通のドイツ!」
     二人の畑仕事が終わる頃には、ソフィリアと宗嗣もここへ戻って来ているだろう。美味しいお誘いに、灼滅者達から歓喜の声が上がった。

    作者:牧瀬花奈女 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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