●ゲルマンシャーク灼滅!
その知らせが北海道グリュック王国に届いた時、待機していたご当地怪人達は大きくどよめいた。
「……なん……だと……!?」
「どういうことだってばよ!」
今後の進行予定を話し合った矢先の情報である。その情報の伝わり方はまさにシュツルム・ウント・ドランクだ。
「こ、これからビールの売上が伸びる季節だったのに!」
ビアガールの頭部に泡がものすごい勢いでしゅわしゅわ減っていく。それテンションと連動してるんだ。
「あー! どうしましょうどうしましょう!」
会議が始まる前から踊っているゲルマン怪人の明日はどっちだ。
●
「みんな! 新潟ロシア村での戦い、お疲れ様! 大活躍だったね!」
有明・クロエ(中学生エクスブレイン・dn0027)が灼滅者達を迎える。ゴッドモンスターを救出し、あの場のご当地怪人の中でも最強と呼ばれるゲルマンシャークを撃破したのだ。大殊勲と言っても相違はないだろう。
「で、このままグリュック王国を攻略しちゃおうって話になったんだ!」
今のグリュック王国は闇堕ち結界もなく、統率する存在もいない、そして混乱もしている。この機を逃すわけには行かない。そのままにしておけば混乱から立ち直って再び活動を始めてしまうだろう。
「でもそんな隙は与えられないから、混乱している間に各個撃破しちゃおう!」
今なら倒すのは非現実的な話ではない。
「みんなに倒してもらいたいのはとあるビアガールだよ」
現在グリュック王国にいるご当地怪人はいろいろと混乱している感じらしい。あれか、ウン十年前の事を身を張って再現してるんだろうか。
「それでそのビアガールなんだけど、ビールの倉庫で樽に座ってブツブツとビールに話しかけてるっぽい。ごめんなさい、とか」
結構な勢いで壊れてるらしい。
「とりあえず相手には援軍はないし、戦う場所にも特に問題はないからずばっと灼滅しちゃってね」
とりあえずビアガールの強さは先の戦争の時よりも一回り強いくらいらしいが、果たしてどれだけその実力を出せることやら。本気になればそれくらい出せるのだろうけれど。
「なにはともあれこんなチャンスはめったにないからがっちりしっかり頑張ってきてね! それじゃ行ってらっしゃい!」
参加者 | |
---|---|
李白・御理(アウトシェルリペアー・d02346) |
小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156) |
松田・時松(女子・d05205) |
ゼアラム・ヴィレンツィーナ(埼玉漢のヒーロー・d06559) |
物部・七星(一霊四魂・d11941) |
黒谷・才葉(は世界を旅したい・d15742) |
唯空・ミユ(藍玉・d18796) |
師走崎・徒(春先ランナー・d25006) |
●
グリュック王国。なんやかんやあってゲルマンシャーク率いるゲルマンご当地怪人の拠点であった場所。北海道の広い平原の真ん中にあったそこには、現在武蔵坂学園の灼滅者達が襲撃を仕掛けていた。
「相手の弱り目に付け入るのって、 正直気分のいいものじゃないけど……」
師走崎・徒(春先ランナー・d25006)がレンガ葺きの地面を駆けながら呟く。通りすがりに王国内のあちこちから戦闘音や悲鳴が聞こえる。物部・七星(一霊四魂・d11941)の細めた目が微かに動いたが、すぐに通常に戻る。
「………」
松田・時松(女子・d05205)の表情もまた固い。……固いのだが何故か隣を走っていた小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)はなんとなく妙な感情を感じ取っていた。何か色々入り混じったような、何か。
「ここがグリュック王国! ……わー楽しみ!」
黒谷・才葉(は世界を旅したい・d15742)が周りを見回しながらまるで子犬のように振る舞う。彼の声が響くと時松に変化が訪れる。
(「……ん?」)
ゼアラム・ヴィレンツィーナ(埼玉漢のヒーロー・d06559)もまた何かを感じ取っていた。ご当地ヒーロー的な感じで彼女の感情のゆらぎを感じ取れた……のかもしれない。
「……あの建物ですね」
李白・御理(アウトシェルリペアー・d02346)が進行方向にあった建物を認める。ドイツ風の白い建物があり、まさに地下室がありそうな風合いである。
「行きましょう」
唯空・ミユ(藍玉・d18796)がすっと呟いて建物の中へと足を踏み入れていく。その建物の中でまず彼女達を待ち受けていたのは静寂であった。
●
しんと冷えた地下室。石を積んで作られた壁に、木製の棚が設えられている。その棚の上にはビールが大量に積まれていた。地下室といえども埃はたまっておらず、掃除まで行き届いている。
「ごめんね……」
その中で一人のご当地怪人が椅子に腰掛けて棚のビールに語りかけていた。小さな照明が照らしだすその影はビアガールであることを示している。
「もっと多くの人達にビールの良さを広めたかった……ふふ」
自嘲気味に笑うビアガール。今は目の前にしか集中していないと言っていい。で、唐突に殴り飛ばされた。
「ビアガッ!?」
「………」
攻撃を加えたのは時松。固く握りしめた拳を振りきった姿勢のままビアガールを見下ろしていた。対するビアガールは何が起こったのかを理解するよりも早く灼滅者達から一斉に攻撃を受けていた。
「さて、少し可哀想さけれど、灼滅してもらうさよ!」
ゼアラムの言の通りになすすべもなく攻撃を受けるビアガール。ぼっこぼこされながらも一通り攻撃を受けきると彼女はよろよろと立ち上がる。
「み、未成年者は帰りなさい……」
そうじゃねえだろ。どこまで我を失っているのか。
「飲酒は二十歳になってから! と言うのは分かっていますから」
優雨がそう返す。未成年者の飲酒・喫煙シーンは存在しないから絶対大丈夫である。
「……え、じゃあ何で子供がこんな所に」
「あなたを灼滅しにきたのですわ」
七星が答える。ゼアラムの言葉も聞こえていなかったんかい。
「クッ、ゲルマンシャーク様もレディマリリン様もいなくなって私以外の全員ダメになってしまったこの王国を攻めてくるなんて」
「いえ、貴女もさっきまで傷心してましたよね?」
ミユが思わず突っ込むが、このご当地怪人は答えない。きっと酔っぱらいが酔っ払ってないって言うのと同じアレ。
「若い娘が昼間っからこんなのって、さすがに、ねえ……?」
徒が妙におっさん臭い台詞を吐く。同意を求められても、その、なんだ、困る。
「ちょっと飲み過ぎているのかもしれません」
御理が真顔で答える。いや確かに血中アルコール濃度は常に高そうだけど。
「……そうね、ちょっと逃避したかったのかもしれないわ」
「酔っぱらいの相手は気が進まないんだけど」
飲んでいたんかいビアガール。徒がおざなりに突っ込むが、彼女は頬を抑え遠くを見る。そしてその隙にするりと影がすり寄る。
「逢神頼むぜー!」
才葉の影喰らいがばっくりとビアガールを飲み込む。そうだった、戦闘中だった。暗い影の攻撃が終わるとビアガールは足をよろめかせる。
「あいたた……、二日酔いかしら……?」
それトラウマです。かくして酔っぱらい、もとい、ビアガールとの戦いは佳境に入るのであった。戦いになってないとか言わない。
●
ようやく戦いらしい戦いとなると戦場にビールの飛沫が舞う。サイキックによるものなので実際に栄養価がどうのこうのは怪しいが、気分的にちょっと酔いそう。七星が裾で口元を抑えている。
「日本風に冷やしてあげましょう!」
優雨が氷の礫を放ちビアガールを狙う。ヨーロッパだと常温が普通らしいですよ奥さん。
「ゲルマンの誇りに誓ってそれは受けられないわ!」
ぐいんと足元に力を込めるビアガール、だが千鳥足故かそのまま壁に激突し妖冷弾を受けてしまう。
「あ、ああ! 冷たい、冷たいわ!」
「普通のビールって凍らせると風味とか台無しになるそうですね」
しれっと優雨は言う。割りとご当地怪人的には死活問題な気もする。
「というわけで早く倒れてくれさね!」
ゼアラムが豪快に拳を振り下ろすと、霜の付いたビアガールの顔に微細なヒビが入り始める。
「でも、でも、まだよ! 私がここで倒れたらここにあるビール達は」
どふっと鈍い音が響く。時松が拳を握りしめていた。あれなんかデジャヴ。
「……被害者ヅラしないで……」
奥歯を噛み砕きそうなくらい重い声色で彼女が言った。その言葉の裏には恐ろしく多くの思いが満ちていた。その言葉を皮切りに彼女の口から勢い良く激情が溢れだす。
「愛する故郷に拠を構えられたにも関わらず手出し出来なかったこの9ヶ月! ボクが! どんな思いで! 近所の薬局の胃腸薬コーナーに無駄に詳しくなったし体重も5キロ落ちたぞ! ずっとこの時を待っていたのだうおおおお絶対許さん北海道の敵!」
まるで獣の如く慟哭する彼女の勢いを誰も止めることは出来ない。周りに漂っている酒気に当てられているわけではないだろうが、正直この場に置いては誰よりも怖い。
「わ、私が、私達が愛する故郷から離れてどんな気持ちでここに来たか……」
「知るかー!」
二人のやりとりを見てご当地偏愛という言葉が徒の脳裏に浮かんだ。が、飲み込んだ。なんか火に油を注ぐような気がして。
「……あ」
目の前で繰り広げられる、と言うか一方的に吠えられているビアガールを見てミユが戦闘中だった事を思い出す。
「……捕まえた、けど」
才葉の影が今度はビアガールの体を捉える。もっともそれ以上に目の前の相手は萎縮してしまっていて。頭のジョッキの泡も今では殆どない。
「ビアガールが本気になる前に出来るだけ攻撃しておきましょう」
御理が割りと容赦なく言う、かわいい顔して鬼退治してた子だったよね、そう言えば。時松を除く灼滅者達は言葉責めに遭うビアガールに攻撃を仕掛けていった。
●
「こんだけやれるのに戦争では手を抜いてたのかー!」
「戦争に出てなかったからここにいるのよ!」
時松にビアガールはそんな事を言われていた。そう言えばダークネスで、しかも結構強い相手だった。奇襲を受けて、萎縮している状態でもなんだかんだで耐えている辺り、万全なら強敵だったのであろう、万全なら。
「ああ、もう、そんな所にいないでよ!」
「貴女の攻撃が外れたら、大切なビールを自分の手で破壊することになりますよ?」
優雨はクスリと笑う、彼女の背にあるのはビール棚。ビールのご当地怪人にとってこの戦場は人質ならぬビール質を取られるという点において圧倒的に不利な戦場であった。
「あまり本気で暴れるとビールが台無しになりますよ」
御理がこの機に乗じてビアガールに語りかける。
「……脅しているつもりかしら? 私がその気を出せば」
「そう。貴方が本気を出せば、その命は守られるかもしれない。でも、それでビールは守れない。祖国の誇りのビールを。他でもない貴女が流そうというのですか。ビアガール」
やだ、この子、やっぱり怖い。御理の言葉に飲まれてビアガールは身動きが取れない。もちろん彼の言葉がここまで通じるのはこの戦場で灼滅者達がビールに被害が出ないように戦ったおかげである。
「一気に行くぜー!」
才葉がバベルブレイカーを手に一気に駆け寄る。ほぼ防戦一方の相手はその苛烈な勢いを少しばかり削ぐので手一杯だ。
「ビールの夢をずっと見ていると良いさね!」
「……黄金の河をまだ超えるわけには……!」
ビアガールをゼアラムの拳が何度も打ち付ける。彼の拳が踊る度に頭のジョッキのヒビが大きくなってくる。それでも戦おうとビアガールは手に持ったジョッキを振りかざす。けれども。
「ここまでです」
七星の放ったジャッジメントレイがビアガールの胴体を貫く。そのまま力を失ったように彼女は仰向けに倒れた。その彼女に御理がすっと近寄る。
「ビールは飲みすぎの負のイメージから悪者扱いされていますが、実は血液の循環を良くして、栄養が沢山含まれていて心を安定させる効果もあるそうですよ」
ビアガールは目だけを見開いて彼を見る。同時にガラスの様に砕けて消えていく。
「もう一度、ご当地愛を噛み締めて生まれ直しておいで」
徒のはなむけの言葉と、ミユに見送られてビアガールは灼滅されていった。
「ビールの良さ…… 大人になったら分かるかな?」
才葉が腕をこまねいて考える。
「ビール、飲むのはずっと先の事になるでしょうが。大人になったらドイツのビール、きっと飲んでみましょう」
御理はそう答えると出口の方を向く。ミユは彼らのやりとりに何か思うことでもあったのかビールの入った棚を見た。
「さーてどうするね?お腹すいたさー、みんなでファミレスでも行くさね?」
ゼアラムは周りの状況を見てそう言った、どうも調査しようにも得られるものはなさそうだし帰り際に寄るのもいいかもしれない。行くかどうかはともかく用を済ませた彼らは外へと向かっていく。その歩みの中で御理は思う。
(「ドイツビールを飲めば彼女の守りたかったモノの事が解るかもしれませんね。そして僕が大人になってもドイツビールは滅んだりしないのでしょうね」)
例えば本当にそれを大切にしようとする人がいる限り、そうそう滅ぶものは無いのだろう。灼滅者達はうたかたの王国を後にし東京へと戻るのであった。
作者:西灰三 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
公開:2014年4月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|