グリュック王国大決戦~ペナント怪人の郷愁

    作者:海乃もずく

     グリュック王国のシンボル、ビュッケブルグ城の裏手。
     壁際に体育座りで並んだゲルマンペナント怪人たちが、揃ってため息をついてた。
    「われらがゲルマンシャーク様が、灼滅されてしまうとは……」
     1人が絞り出すような声で言う。
    「俺たちこれから、どーなるのかなぁ」
     黒パンとヴルストをちびちびかじりつつ、一同はペナント頭をへらりとしおれさせる。
    「ああ……マンマのグーラッシュが食いてーなー」
    「今実家に帰ったら、家に入れてもらえるかなあ。今思えば家出ん時、ひどいこと親父に言ってしまったからなあ」
    「ずっと待ってるって言ってくれてた故郷のあの娘、今でも俺を待っていてくれるだろうか……」
     はー、と何度目かのため息。
     頭部のペナントが、北の春風に虚しく揺れていた。
     
    「新潟ロシア村での戦い、大変お疲れ様でした」
     そう言って、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は集まった灼滅者達に頭を下げた。
    「様々なことがありましたが、特にご当地怪人の中でも最強と思われる、ゲルマンシャークを打ち取ったことは大きいです」
     姫子の言葉の端々には、いつになく熱が籠もっている。
    「そしてゲルマンシャークが灼滅されたことにより、灼滅者を闇堕ちさせるという結界が無くなりました。今なら、グリュック王国の攻略が可能です」
     今、ゲルマンご当地怪人たちは、指揮するものもおらず、混乱状態にある。ゆえに、混乱から立ち直り再組織化されるか、他のご組織の軍門に下る前に手を打つ。
    「グリュック王国には、多数のご当地怪人がいますが、連携は全くとれていません。いまならば一気に攻め寄せて、それぞれのご当地怪人を、各個撃破する事ができるでしょう」
     この機を逃す理由はありません、と姫子は言葉を続けた。
    「皆さん方に灼滅をお願いしたい相手は、ビュッケブルグ城の裏手に集うゲルマンペナント怪人たちです」
     彼らは、最初は6人で、今後を憂えているという。
    「実は少し離れたところに、もう6人のゲルマンペナント怪人がいます。戦闘の音を聞きつけ、彼らもほどなく合流するでしょう」
     つまり、合計12名のゲルマンペナント怪人が相手となる。人数は多いが戦意は阻喪している。全力で戦えば、十分倒せる相手だろう。
     彼らはクラッシャーとディフェンダーが半々ずつ、いずれもストリートファイターのサイキックを使うという。
    「彼らは弱気になり、里心がついているようですね。その点をつけば、わずかながらでも動揺が誘えるかもしれません」
     戦場は建物の裏手で、雑草や低木が多いが、戦闘に支障はないという。
    「これが成功すれば、ゲルマンご当地怪人を日本から撤退させることができるでしょう。これはとても大きなことです」
     吉報をお待ちしています、と言葉を結び、姫子は緊張気味の笑みを見せた。


    参加者
    鷲宮・密(連鶴・d00292)
    東雲・由宇(終油の秘蹟・d01218)
    シルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461)
    大塚・雅也(ダイヤを探すシャドウハンター・d03747)
    千葉魂・ジョー(ジャスティスハート・d08510)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)
    間・臨音(マジ狩るリンネ・d21208)
    名無・九号(赤貧高校生・d25238)

    ■リプレイ

    ●ペナント頭に陽は落ちて
     ゲルマンシャーク亡き後のグリュック王国。ビュッケブルグ城の裏手に、灼滅者たちは足を踏み入れる。
    「へぇ、ここがグリュック王国か。初めて来たわ」
     野乃・御伽(アクロファイア・d15646)は周囲の景色に感嘆しつつも、低木の向こうのゲルマンペナント怪人たちの様子を伺っている。
     ドイツ国旗のペナント怪人たちは、エクスブレインの予知どおり、揃ってどっぷりうちしおれていた。風に乗って溜息が聞こえる。
    「なんだか弱いものいじめに来たようで、気が引けりゅのじゃ」
    「相変わらずご当地怪人は気が抜けるというか……」
     シルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461)の呟きに、大塚・雅也(ダイヤを探すシャドウハンター・d03747)も何とも言えない表情で頷く。気持ちを切り替えるように、シルフィーゼが言う。
    「とはいえ、立ち直られてはやっかいな相手だからのう」
     一方、鷲宮・密(連鶴・d00292)はペナント怪人たちへと冴えた視線を向けている。
    「絶好の機会なのだから、此処で徹底的に叩きたい所ね。逃す訳にはいかないわ」
     手始めにと、雅也とシルフィーゼはドイツ民謡のCDプレーヤーのスイッチを入れる。スピーカーの角度を調整し、確実に怪人たちに聞こえるように。
    「――はぁぁぁ……。ん?」
     がっくりと黒赤金旗のペナント頭を下げていた怪人たちが、ふと顔を上げて周囲を見回した。
    「おい、何だこの音?」
    「切なくも懐かしい、心をえぐるこの音は……」
     音の源を探していたペナント怪人の視線が、不意にある一点で固定された。
    「Gute.Tag、同胞の皆サーン!」
     そこには、金髪色白の少女がにっこり笑顔をつくっている。
     風になびく金の髪。ブラウスにスカート、刺繍入りのドイツ風の民族衣装。手には故郷の味、バームクーヘン。
    「お勤めご苦労様デース! Wi.geh.e.Ihnen?」
    「「「Danke,seh.gut.Un.Ihnen?」」」
     突如として全員起立、直立不動で唱和するゲルマンペナント怪人たち。食いつきっぷりがすごい。
    「えっ!? だ、……Danke,seh.gut! こんな僻地で頑張ってると聞いたノデ、慰問に来ましター!」
     ハイパーリンガルに頼りながら、東雲・由宇(終油の秘蹟・d01218)は怪人たちの警戒心と戦闘意欲を削いでいく。
    「よし、いい流れだ!」
     物陰で待機する千葉魂・ジョー(ジャスティスハート・d08510)は、相手の反応に、思わず小さなガッツポーズをつくる。
    (「戦で一番大事なのは士気だって意見も多い。今が追撃・掃討のチャンスだな……」)
    「少しでも戦況を有利に運びたい。離れた6体が合流する前に速攻だ!」
    「はい。弱っている相手を優先的にいきましょう」
     頷く名無・九号(赤貧高校生・d25238)がサウンドシャッターを展開する。遮音の効果は別動の6人に効くのか、過度な期待はできない。それだけに速攻でこの6人を灼滅したい。
    「んふっふ~、練習してきたドイツ民謡で、刺激せよ里心ですわよぅ」
     九号の後ろにいた間・臨音(マジ狩るリンネ・d21208)が、ネックストラップのメモ帳を手に、楽しげに笑った。

    ●一気呵成に
     民族衣装の由宇に目を奪われる6人のゲルマンペナント怪人は、戦いを挑む灼滅者たちへの対応が一瞬遅れた。
     バックに流れる音楽は、もの悲しくも懐かしい故国ドイツの民謡。
    「何っ……!?」
     うろたえるペナント怪人へ、由宇は笑顔のままでクルセイドソード【Judiciu.Universale】を振りおろす。
    「騙してゴメン、私日本人なのよね!」
    「ぐわああっ!?」
     棒立ちのペナント怪人のど真ん中へ、由宇のクルセイドスラッシュがヒットする。よろけたペナント怪人を、雅也の解体ナイフが真一文字に切り裂いた。
    「いくら抜けて見えてもダークネス。油断なく灼滅しよう」
     早々に灼滅されたペナント怪人には目もくれず、雅也は次の敵へとナイフを向ける。
    「倒しやしゅい今、まとめて叩かせてもらうのじゃ!」
     魔力の霧をまとわせたシルフィーゼが、日本刀でペナント怪人を叩き斬る。
    「お、お前たち、敵なのかっ!?」
    「反応が遅すぎりゅのじゃ!」
     戦闘意欲を失いすぎなペナント怪人たちも、どうにか戦いの構えをとる。シルフィーゼへと迫るいくつものアッパーカットを、九号が代わりに受け止めて――。
    「うわああっ!?」
     そして、見事に吹っ飛んで転がった。
    「マジ狩るぱうぁー、注入ですわよぅー! 九号ちゃん、漲っちゃってくださいませー♪」
     九号の負傷を癒すのは、臨音の歌声。バイオレンスギターのドイツ民謡バージョンで、BGMと絶妙にハモりながら、ライン川の水精を歌いあげていく。
    「なぁ、これアンタらの故郷だろ?」
     BGMに心奪われる怪人に、御伽はぺらりと旅行雑誌のスクラップ写真を見せる。おとぎ話から抜け出たような、木組みのドイツ風の建物群。
    「こ、これは……っ」
    「綺麗なとこじゃねーか」
     写真を受け取る怪人の手が、小刻みに震える。
     そんな怪人に反対側から近づき、ジョーは優しく肩に手を置く。
    「俺は日本から外に出た事がない。だが、もし千葉を遠く離れることになったら……想像するだけでも結構つらいぜ……」
     千葉の魂をその身に宿す、ご当地ヒーローのジョーだからこそ、その言葉は怪人達の心を揺さぶる。
     追い討ちをかけるように、御伽が声をかける。
    「そろそろ故郷が恋しいんじゃねーの?」
    「なっ……! そんなことは!」
     あからさまに動揺する怪人に、御伽の口もとに一瞬だけ笑みが浮かぶ。一瞬の後、写真を手にした怪人は、オーラキャノンで天高く殴り飛ばされた。
    「料金無料で、祖国までぶっ飛ばしてやるぜ?」
     同時に炸裂するジョーの千葉スピリッツが、隣にいた怪人をも灼滅する。
    「落花生……ダイナミック!!」
    「おい、一体何事だ!?」
     そこに、草木をかきわけて、新たなドイツ国旗のペナント頭がやってきた。
     減らしたと思ったらまたふえた頭のアレが、密を微妙な気持にさせる。
    「……いかにもドイツね」
     何度見てもそう思う。というか、それ以外の感想が出てこない。
     内心の思いを態度に出さないようにしながら、密はドイツチョコとソーセージをこれみよがしに揺らしてみせた。

    ●魂は空へとかけ上がる
     8つのペナント頭が、そろって腰を落としファイティングポーズをとる。うち2人は満身創だが、仲間との合流により多少は戦意が戻ったように見える。
    「まずいわね。時間をかけすぎたかしら」
     民族衣装姿の由宇は、クルセイドソードを構えつつ数歩下がる。同様に構え直して数歩下がる御伽の瞳は、むしろ楽しげな光を放っていた。
    「ちーっと数が多いか。けど問題はねぇな、このまま押し切るぜ」
     合流前に6人を倒しきれなかったとはいえ、作戦の効果は十分に出ている。
    「少しは楽しませてくれよ?」
     手負いのペナント怪人の腹部を、御伽はバベルブレイカーで容赦なく貫く。
    「続いていくぞ、ゲルマンペナント怪人!」
     もう一人の手負いペナント怪人も、ジョーの閃光百裂拳で塵と消えた。
    「異文化交流しようって事ならいいんだぜ、だがお前らのやった事は侵略だ。リスペクトがねえんだよ!」
     気迫のこもったジョーの言葉は、それ自体で怪人を圧倒する。
    「くっ……こ、こいつがっ、こいつが俺たちを惑わすんだ!」
     そんな中、ドイツ民謡が再生されるCDプレーヤーに目をつけたペナント怪人がいた。地面に叩き付け、スピーカーごと踏み砕いてしまう。
     一瞬にして、電化製品からスクラップに姿を変えたCDプレーヤー。
     しかし、そこに間髪入れずに再びドイツ民謡が鳴り響く。
    「予備があって、よかったです」
     隠してあったCDプレーヤーで、手持ちの音楽を再生したのは九号。
    「九号さん、ウツクしいサポートですわー☆ 萌えますわよーぅ♪ んふっふ~」
     CDの音にハモる、臨音のギター。前奏を奏でくるりと回った臨音が、シルフィーゼに向けてウインク一つ。
    「いきますわよーぅ、シルフィーゼさん! さん、はいっ♪」
     ――臨音とシルフィーゼ、2人が声を合わせてドイツ語の歌詞で民謡を歌う。
    (「本を見て覚えただけじゃが、きっとなんとかなっておりゅはずっ」)
     歌いながら内心冷や汗のシルフィーゼだが、ペナント怪人達は魅入られたように構えをゆるめる。女性の名前らしい言葉を呟く者もいる。シルフィーゼが故郷のあの娘に似ているのだろうか。
    「さあ、故郷のことを思い出せ!」
     そして、その一瞬の気の緩みを狙う、雅也のトラウナックル。
    「あ、あああ……!」
     あからさまに動揺し、腕を無闇に振り回すペナント怪人が涙声で叫ぶ。
    「そいつ誰だよ……俺のこと……忘れちゃったのかよーぅ!」
     ……どうやら、誰かの心変わりを幻視しているらしい。
    「あなた、故郷が恋しいのね? いいのよ、正直になっても」
     怯えきったペナント怪人に、思いがけなく優しい言葉がかかる。なだめるような、慈愛に満ちた、優しい優しい密の言葉。
    「……俺、帰りたい。帰りたいよ……」
    「そう」
     すがりつくように答えたペナント怪人の体内で、注ぎこまれた魔力の塊が爆発した。
    「心の中でだけ、どうぞ故郷にお帰り下さい――さようなら」
     千切れて風に流れるペナントのはぎれに向け、密はいっそ冷酷ともとれる口調で呟く。
    「もう怪人なんかに生まれちゃダメよ? 今度はゲルマンヒーローとして、日本に来なよ?」
     密と同じく、戦意の衰えたペナント怪人へと、由宇もフォースブレイクで怪人を吹き飛ばした。

    ●グリュック王国の終焉に向けて
     数が少なくなれば、ゲルマンペナント怪人に勝ち目はない。
    「ゲルマンシャークなき今、このようなところにいる意味はおらにゃじゃろう?」
     シルフィーゼの言葉は、日本刀の一撃に匹敵する痛みを怪人たちに与えていく。戦意のおとろえた怪人たちが、また一人灼滅された。
    「恨みとか全然ないし、なんか単身赴任な空気醸し出してて攻撃したくないんだけどさ……。うん、まあ、許してね」
     言葉とはうらはらに手加減はせず、由宇は拳を怪人の腹に撃ち込む。弱った敵から集中して丁寧に各個撃破。
     いつの間にか投げとばされていた九号が戦列に戻り、頭に葉っぱをつけたままで回復に回る。
    「闘志が無けりゃ単なる烏合の衆だ。そんな奴らに負ける気もねぇ」
     くわえたソーセージをこれみよがしにかじりつつ、御伽は最後の1人をオーラキャノンで吹っ飛ばした。

     戦闘中流れていた、ドイツ民謡のBGMがやむ。
     12人のペナント怪人が灼滅されたビュッケブルグ城の裏手は、どことなく物寂しさが漂っていた。
     遠く日本の地で果てたペナント怪人達の気持に、ふとジョーは思いを馳せる。
     もし自分が、千葉を離れることになったら……。
    「……俺は、いつか絶対帰ってやる! って戦い続けるかな。前だけ向くのがヒーローってもんだ」
     ゲルマンシャークが灼滅されたことで、この怪人たちは前を向くことができなくなってしまった。心が折れては戦えない……それは怪人も同じなのだろう。
    「結局あまったな、ソーセージ」
    「バームクーヘンもね。半分は怪人にあげちゃったけど」
     御伽と由宇の手もとに残ったドイツ食材を、何となくつまみながら小休止。
    「後でおいしいドイツ料理のお店行こうっと」
     ぱきりとチョコを食べながら、密がそう独りごちる。
    「皆様の雄姿は、このメモにキッチリおさめさせていただきましたー☆」
     臨音は満足そうにメモにスケッチを追加している。
    「どうしました、大塚さん?」
    「いや。万が一、予想外の強敵が出現したらと。支援が必要なチームがあるかもと思って」
     戦闘後も完全には油断を解かない雅也は、九号の言葉にそう答えた。
    「そうですね。援護のいるチームがあるかもしれません」
     最後まで油断しないよう心がけつつ、彼らはこの場を速やかに撤退する。
     ――かくして、グリュック王国の征圧戦の一つは、ここに幕を閉じたのだった。

    作者:海乃もずく 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 2
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