怪絵巻千本桜

    作者:佐伯都

     薄紅に染まりはじめた奈良県は吉野山、その斜面を駆けるスサノオの姿があった。
     首に翡翠の勾玉を飾った白狼が目指すのは一本の桜の巨木。周囲の桜が一様に花弁を広げつつあるのに反し、その木には蕾ひとつ見えない。
     よくよく見ればその桜はかなりの老木で、根元には大きな洞(うろ)が見えた。たちの悪い虫に喰われたのか腐れが広がったのか、桜はすっかり枯死していたのだ。
     白狼は巨木のもとへたどりつくと、ゆっくり時間をかけてその周囲を歩き回る。晴れ渡った夜空には上弦の月が見えた。
     やがて、しろい月明かりを浴びたスサノオが高く咆哮する。
     月夜の吉野山に長く残響を残し、白狼はもう用はないとばかりに身を翻した。
     そして巨木の傍には、いつのまか白拍子姿の若い女が立っている。立烏帽子に白の水干、緋袴に沓(くつ)を履き、女は枯れた幹へ手を触れた。
     長い髪は古式ゆかしく垂れ髪にされていたが、今晩空にかかる月に似た銀色をしている。右足首に無粋な鎖が絡まることを気にした風情もなく、美しい女は目を細めた。
     彼女は何かを待っている。人か時か、それともその両方か。
     
    ●怪絵巻千本桜
     随分急ぎ足で教室へ入ってきた成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)が、その場に集まった灼滅者を見回した。
    「スサノオが古の畏れを生みだそうとしている地点が判明した。今すぐ吉野まで行ってきてほしい」
     古来より桜の名所として名高い、奈良県吉野山。ちょうど桜の開花を迎えたその山の一角、首に翡翠の勾玉をさげたスサノオが古の畏れを呼び出そうと『する』。
    「恐らく、このスサノオと因縁を持つ灼滅者が増えたからだと思う。ブレイズゲート同様未来予測がきかないスサノオに、多少不完全とは言えようやく介入できそうだ」
     古の畏れを倒すのみではなく、スサノオ本体を灼滅できる機会がようやく訪れた、という事だ。他の報告を聞いて知っている者もいるはずだが、スサノオと戦う方法は二種類ある。
    「一つ目は、スサノオが古の畏れを呼び出そうとした直後に襲撃する方法」
     6分以内にスサノオを倒すことができれば古の畏れは現れない。
     しかし6分を過ぎた場合、古の畏れが現れ参戦する。充分にスサノオを抑えこむことができなければ、古の畏れに戦いを任せスサノオ本体が撤退してしまうかもしれない。
    「二つ目は、スサノオが古の畏れを呼び出した後、去ろうとした所を襲撃する方法」
     巨木からある程度離れた場所でスサノオを襲撃した場合、古の畏れは戦闘に加わることができない。
     前述の時間制限めいたものこそないが、必ず古の畏れは現れるため連戦は避けられない。
    「どちらを選んでもいいけど、どちらも一長一短だ。よく考えて選択してほしい」
     今回接触できるスサノオはやや毛が長めの白狼で、首元に翡翠の勾玉を下げている。狼という姿から受ける印象の通りに動きは俊敏だ。
    「スサノオはこれまでに呼び出した古の畏れ3体の能力に似たものを、少しずつ備えているようだ。生を呪う呪詛、炎を伴った吐息、尾での薙ぎ払い、森羅万象断に酷似した打撃――もしかしたら、実際見たことがある者もここにいるかもしれない」
     見た目に違いはあまりないが、どれもこれも古の畏れとは威力が違う。体力に自信がない者が前に立つべきではないかもしれない。
     また、作戦によっては出現しない可能性もあるが今回スサノオが呼びだそうとしている古の畏れは、枯死した桜の老木の根元に出現する。
     立烏帽子をかぶり銀色の髪をした美女だが、その見た目にだまされてはいけない。白鞘巻の腰刀を身に帯びており、舞のように流麗な、まったく無駄のない所作で襲いかかる。
    「木に縛られてもいなければ鼓も持っていないから、義経に置いて行かれた静御前という訳ではないね。ただ吉野と言えば平安期からの名所だし、誰かを待ちつづけた白拍子の一人や二人位は、いたかもしれない」
     足首に鎖が巻かれており、その先は桜の根元に吸い込まれて消えているのでさほど広い範囲は動けないはずだ。連戦する作戦を選ぶとしても、あまり遠くでスサノオを待つ必要はない。
    「多分、この機会を逃せばこのスサノオには二度と接触できない。でも絶対に、無理はしないでほしい」
     誰よりもスサノオを倒したいと思っているのは皆だろうから、と樹はいくぶん複雑そうな顔をした。


    参加者
    東当・悟(の身長はプラス十センチ・d00662)
    鏡水・織歌(エヴェイユの翅・d01662)
    レイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)
    西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)
    比良坂・逢真(スピニングホイール・d12994)
    九葉・紫廉(残念なお兄ちゃん・d16186)
    鈴木・昭子(さくらが咲いたよ・d17176)
    ミツキ・ブランシュフォード(サンクチュアリ・d18296)

    ■リプレイ

    ●序の幕
     銀色に輝く上弦の月の下、木々が薄紅色の花弁を広げている。
     藪の影に身を隠した鈴木・昭子(さくらが咲いたよ・d17176)は、斜面を駆け下りてくる白狼の姿に気付いた。昭子のわずかな変化に様子に気付いた九葉・紫廉(残念なお兄ちゃん・d16186)がやや日本刀の切っ先を下げ、ちり、とわずかな鍔鳴りの音が漏れる。
     件の桜の老木はこの斜面の頂上付近。
     さくさくと白狼が草を踏む音が近づいてきた。音もなくヘッドホンを首元へおろした鏡水・織歌(エヴェイユの翅・d01662)の纏う空気が、鋭さを変える。やや長めの毛をなびかせ、灼滅者たちが潜むポイント付近をスサノオが通過しようとしたその瞬間。
     旧い辻に凝っていたあの悪意のように。
    「――その闇を、祓ってやろう」
     声音を聞きつけたのか、スサノオが急停止して首を巡らせる。その視線の先、すでにレイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)が傍らのビハインドが向かうべき場所を示すため、宙空へ手袋に包まれた指先を伸ばした所だった。
     弥栄、と解除コードを呟きざま西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)が桜の幹の影から飛び出す。レオンと挟み撃ちになる位置からは九葉・紫廉(残念なお兄ちゃん・d16186)がライドキャリバー・カゲロウと共に白狼へ肉薄した。
     前衛の守りを固めるべく霊犬のういろうを走らせ、ミツキ・ブランシュフォード(サンクチュアリ・d18296)もまた藪から躍り出る。
    「どうせ来るなら遊びで来たかったで!」
     スサノオの背後から一気に間合いを詰める東当・悟(の身長はプラス十センチ・d00662)の手元から、深紅の炎が噴出した。鞘走りの勢いのままに斬りつけるも、ぎりぎりでスサノオは身をよじって痛打を避け、さらに数歩を飛び退り距離を取る。
     強い風が吹き付けてきて、うすべにの雪が荒れ狂った。首へ見事な翡翠の勾玉を飾ったスサノオは、並の狼よりはふたまわり大きいようにすら思える。
     その偉容にひるむ事なく、比良坂・逢真(スピニングホイール・d12994)は逆手に構えた得物で削りにかかった。その先端から全身へと流しこまれてくる冷たい毒に、スサノオが咆哮する。
     大きく身震いするように逢真を引きはがし、白狼は大きく口を開けた。猛然と吐き出された紅蓮の業火が逢真をはじめ昭子とミツキを飲み下す。
    「綺麗な白い狼、だけど」
     ――灼滅させてもらう、の。
     全身を焼きこがす痛みに頬をゆがめ、ミツキは火の匂いを振り払った。口早に祝福の言葉を呟いて火傷を癒やす。たしかに単体より瞬間回復量が劣るとは言っても、昭子が吹かせた清めの風が重ねられてようやく全員癒やしきったかどうか、という凄まじさだった。
     ちらりと視線を走らせなんとか回復が足りたことを確認し、織歌は内心胸を撫で下ろす。このスサノオによる古の畏れとは矛を交えていないが、どれだけ暗く苦しい思いを背負って荒れ狂ったのかと思うと、なかなかぞっとするものがあった。
    「ちょっと動き、鈍らせて貰うヨ!」
     初撃につづきスサノオの足元を、槍先ですくうように狙う。さすがに満足できる手応えとまでは行かなかったものの、ほんのわずか、身体のこなしが鈍くなったことを織歌が見逃すはずもなかった。

    ●弐の幕
     血で血を洗う激戦のなか、異形化したスサノオの足が紫廉へ迫り、主を庇いにきたカゲロウを吹き飛ばす。
    「こンの、犬っころがァ!!」
     返礼とばかりに紫廉の足元から漆黒の影がいくつも沸き立ち、蔓のごとくしなって白狼の脚を拘束した。力まかせに地面から脚を引きはがし身構えるものの、その白い毛並みには黒い蔦がきつく絡んだままのように思える。
     恐らく最大ダメージを叩き出す一撃を至近距離で食らったにも関わらず、からくも消滅には至らずに済んだカゲロウ。その姿を肩越しに確認し、紫廉は敢然とスサノオへ襲いかかった。
    「何をしたいのかは知らねえけど、ここまで追い詰めたんだ……絶対に仕留める!」
    「炎には氷ってね」
     妖冷弾とティアーズリッパーを織り交ぜ、織歌はカゲロウが立て直すまでの時間を稼ぐ。古の畏れ戦までに復帰できるとは言っても、ちらほら目立つキズが見られる以上の消耗はまだスサノオに見られない。盾を一枚失うのは少し惜しい。
     まさか、異形の仮面をつけたビハインドとの初陣がこんな大舞台になるとは、レイン自身夢にも思っていなかった。息が詰まるような緊張感の中、行動阻害を解除する術を持たぬはずである事に思い至り、がちん、と重い錠前が開いたような錯覚を覚える。
     治癒はおろか自己強化も、持たないスサノオ。
     天啓のような直感が命じるまま、長い髪を翻して走った。その影から飛び出す黒獅子。
    「東当、西洞院、援護する! 征けリヒャルト!」
    「っしゃ! ぶっ倒すで!」
     大きく気勢をあげた悟が抜刀術の前段の構えに入る。大きく白狼を回り込んで駆けた獅子とは逆方向、ビハインドが容赦なく狙い撃った。
    「もしかしたら危険な賭けじゃな……」
     自嘲気味にレオンはうすく笑うものの、ここに集った中では随一の魔力を誇る自負は決して揺らがない。たとえ地を這おうと戦い抜くと、そう決めてきた。
    「どうやら忙しくなりそうだね」
    「ういろ、悟を」
     逢真がロケットハンマーでスサノオにプレッシャーをかけに行き、攻め手が一気に攻勢をかける気配を察したミツキは素早くういろうを悟の足元へまわす。
     先ほどのダメージ量から推測するに最善の展開、つまり回復手が対応に追われない、という展開はまずない。昭子はめまぐるしく動く戦況を読みながら、頭が痛むほどに次善策を考えた。
     紫廉にはまだカゲロウがおり、体力において文字通り突出した数字を誇る。たとえ後衛から彼への対処が一回遅れても、カバーに入れるレインがいた。万が一という状況は、彼に限れば非常に低い。しかもレインはあらかじめ瞬間火力より耐久力を選ぶ策をとっており、やはり一回対処が遅れたとしても、その時にはこちらが彼女へ回復を回せる。……ならば。
     昨日の自分へ誇れるように。明日の自分の背中を押せるように、選ぶだけ。隣に立つミツキと同時に祭霊光を、その先はスサノオの神罰を浴びるはずの前衛のそれぞれへと定める。
     白狼の喉笛へ食らいついた獅子が、そのまま地面から黒く伸びる触手となって動きを封じた。何のてらいもない紫廉の雲耀剣が、スサノオの爪を割り砕く。
    「二度は負けへん!!」
     乾坤一擲、大きく一歩を踏み込んだ悟が無形の刃を抜いた。
     ひどく重い衝撃と共に、白の獣毛が大量の朱に染まる。それだけでは飽き足らず歩みを進めたレオンの杖が、スサノオの胴を強かに打ちすえた。
     ――入った、とレオンは確信する。ゆらりと半歩、たたらを踏んだ白狼が凄まじい眼光で睨み上げてきても、もう構う気もない。
     真正面から襲い来る、生を呪う叫び。
     後ろから来るはずの回復量が間に合わない……とは、なぜだか露ほども思わなかった。全身を侵す苦痛を奥歯で噛み殺し、その一瞬だけレオンは何もかも忘れ、あえて先の杖を振り抜いた勢いを殺さずに身体を反転させ剣を一閃する。
     メンバー中随一の火力を有するレオンの、渾身の神霊剣だった。

    ●参の幕
     織歌によって着実に、そして確実に積み上げられた行動阻害と、メンバー内の完全な連携。ダメージを蓄積していたカゲロウがまたも身を挺して消え去っても、目に見える痛打を与えることに成功した紫廉の顔に悲痛の色はない。
    「どうだ犬っころ、そろそろ限界か?」
     二歩三歩と、白狼が大きくよろめく。
     それでも臆する素振りすら見せず灼滅者を威嚇するも、前足と後足のそれぞれ片方がどう見ても機能していなかった。紫廉の盾で殴りつけられそちらへスサノオの意識が向いたところを、逢真はハンマーで向き直らせた。
    「お前の相手はこっちだ!」
    「仕上げにかからせて貰うヨ、アタシらを恨まないでくれナ!」
     アーモンドに似た釣り目を細めた織歌の影先が、くるりと猫足の形状を描く。もし影に色がつけば、その影はソマリに似ていたかも知れない。
     予測通り古の畏れがいれば撤退される可能性はあったが、どうやら『逃走』という選択肢はスサノオの中にはなかったようだ。そこには鎖で縛られていたとは言え、最後まで呪い、恨みぬいて消えていった海女房を彷彿とさせる執念が悟には垣間見えた気がする。
    「もう待ち人は呼ばさへん!」
    「沈めや犬っころ!」
     織歌の黒死斬に加え、紫廉の影縛りがとうとうスサノオの動きを止めた。
     白狼は文字通りの、神話の神ではない。しかし間違いなく次の一撃が己が命を奪うと知っていても、まっすぐに顔を上げ脅威に屈さぬ態度は、決してその名に恥じぬものだっただろう。
     やはり神話にうたわれる炎剣の名を冠した、悟のレーヴァテインが緋色の斜線を引いた。首に下がっていた翡翠の勾玉が粉々に砕ける。
     スサノオの輪郭が急激にぼやけ、夜の青黒い海の色、どこまでも硬質なくろがねの色、人々に忘れられた苔の色、それぞれの色をまとった何かの切片が無数に飛び散った。金属か硬質なものかと思いきや、意外にも柔らかく軽く、吹き散る桜に混じって風下へ遠く遠く運ばれ、あっという間に見えなくなる。
    「……。終わった、と思って良いのかな」
    「ひとつめは、な」
     風の行方を見守っていたレインに淡く笑い、レオンは大きく肩で呼吸を整えた。まだこの斜面の頂上近く、樹間にかすかに見える老木の根元で古の畏れが待っている。
    「あー、余波で桜が……勿体無いなぁ」
    「先日別のと戦った経験が役立ったな。まあ何度も戦いたい様な相手じゃないけど」
     どかりと草の上に腰をおろした紫廉に、逢真が苦笑する。
     一度回復手となってから心霊手術を施す予定であったが、もともと心霊手術の回復量は後衛か前衛かどうかに関係がない。連携がうまく働いた事もあって前衛を下げざるを得ないほどの消耗もなく、むしろ一戦目の良いイメージを保ったまま二戦目に向かう方が得策のようにも感じられた。
    「それにして、も。あの畏れは、何を、待ってたんだろ……悲しい、約束じゃないと良い、けど」
    「さァ? 想像するしかないネ」
     休息を終え斜面を登りながら呟いたミツキに、織歌は首をかたむける。
     果たしてスサノオは何を求めていたのか。
     女は一体誰を待っていたのか。
     その真相を知るはずのスサノオはもうどこにもおらず、長いこと待ち続けるあまりひどく歪んでしまった女には、正しく思いを遂げさせてやる手段もなければ話すら聞くこともできない。
     ならばその代わり、全力で戦い応えるのみ。少しずれてしまった胸元の桃の造花を直し、レインは目の前に迫ってきた桜の古木を見上げた。
     頂上近くなので、風に乗る桜花の数は少ない。
     紺碧の夜空を背に、ぼう、と月光に照らされた白拍子はどこか夢をみているように思えた。枯れた幹に手を置き、時折声もなく花の色をした唇をうごかし、視線を泳がせては数歩ほど歩き回る。
    「……あなたは、ここにいたかった、ですか?」
     見えなくても、ずっと待っていたのだろうか。
     待ち続ける、その意志を表すことができるのは、幸せなのだろうか。
     静かな昭子の声に白拍子はその瞬間、困ったように微笑んだ――ように、思われた。

    ●大詰め
     白拍子が抜いた腰刀の軌跡が、三日月に似た弧を作る。
     挨拶がわりの月光衝を浴びるもスサノオの一撃とはまるで比較にならず、レオンはいっそ清々しい気分だった。
     一瞬で気分を切り替え、ミツキは霊犬をレオンの前に立たせる。
    「ういろ、頑張って治す、から。続けてで大変だと思う、けど」
     ビハインドの名は決して声音には出さず、レインは右手の剣を軽く打ち払った。一歩も退かぬ、その覚悟をもって斜面に立つ。
     昭子が傷を癒やしきる事すら待たず、紫廉は復帰したばかりのカゲロウと共に攻勢をかけた。機銃掃射で援護させ、左腕に展開させた盾で力まかせに殴りつける。
     美しい衣装の美しい女を盾で殴るというのも人としてどうかと思うが、相手が生身の人間ではない以上仕方ない。
    「やっぱ獣型より人型の敵のほうが戦りやすいなぁ。……ま、油断はできねえが」
     同じクラブに属する紫廉は逢真にとっても昨日今日の間柄ではないが、人型の方が、という言い様にはさすがに苦笑するしかない。
    「アァ、見とれてちゃいけネェナァ」
    「待ち人来たる、今が終わりの刻やから――花が如く散れや!」
     冗談めかして笑う織歌の横をすりぬけ、悟が前に出る。ゆらり、白い袖を舞わせた白拍子へ炎剣が叩きつけられた。
     花色の唇が笑みの線を作り、黒漆の沓が古木の根元を軽やかに跳ね踊る。鎖を気にした風情もなく、白拍子は雲耀剣でレオンを狙いにきた。
     すかさず織歌と共に横槍を入れて注意をこちらに向かせながら、逢真は白拍子の隙を伺う。やはり知った相手と共闘するのは格別だ。なかなかこうはいかない。
    「折角綺麗な御前サマと桜だけど……少しその命、奪わせて貰うヨ?」
    「いつまでも何かに執着するのは、無粋と思わないのかな」
     逢真の声にも白拍子は答えない。ただ幻をながめるように笑んだまま、踊るように舞うように、待ち続けさせてくれぬ灼滅者を、斬ろうとする。
     それが悲しい約束でなければ良い、とミツキは思い、そして願う。
     彼女がまだ生身の人間であった時には、まだこの老木も花をつけていただろうか。あるいはまだ頼りない若木だったのか。
     長い銀色の髪がひとすじ断ち切られて風にさらわれていく。
     一太刀一太刀削られ、緋色の袴も雪の色の袖も、切り裂かれる。いつしか白拍子の頬には涙が流れていた。まもなく訪れる真の終焉を悟った嘆きか、それとも待ち続けることができなかった悲しみか、灼滅者には知る術もない。
     夢か幻のように、うすべにに染まった吉野で舞い続ける白拍子。
     楽の音はおろか、合いの手を入れる者ももういない。
     はらりはらり、千切れた袖から雪のような紙吹雪がこぼれだす。ふと昭子が我に返ると、いつのまにか白拍子の手に腰刀はなく、レオンや紫廉も攻め手を止めていた。
     白い紙吹雪を散らして白拍子は踊る。
     待ち続けて、そして結局来なかった何かにむけて、かもしれない。断ち切れた袴からは深紅の花弁が、括られた髪からは月光に輝く銀箔が。
     轟、と一陣の風が吉野の山々を通り過ぎて駆け抜ける。
    「……」
     瞠目したまま、ミツキは白拍子が形を失うさまを見届けていた。頬に何かが張り付いていたことに気付き指をのばす。
     そこに乗っていたのは白い紙吹雪。――
     思わず握りしめようとして、そしてその暇もなく空気に溶けたそれを、ミツキは大切に大切に両手に包んだ。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月17日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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