歓迎、元ゴッドモンスター!

    作者:六堂ぱるな

    ●魔人生徒会からのお誘い
     目を覚ました西園寺・アベルは、見慣れない学園の中を所在無げに歩いていた。
     大体の説明は聞いたものの、どうも落ち着かない。
     とりあえず目についた食材でせっせとゆべしを作り、胡桃をねじ込みながら歩いていくと、『学生食堂』の文字が見えてきた。思わずふらふらと入っていく。

     自分の料理がもう、誰かを不幸にしたりしないという説明は受けた。
     しかし、まだ不安が消えたわけではない。

     ぼんやりと鍋を繰って餡子を練っていると、不意に声がかけられた。
    「西園寺・アベル。君の歓迎パーティをしようじゃないか」
     はっとして顔をあげると、制服をきっちりと着込んだ、真面目そうな生徒が学生食堂のテーブルについてこちらを見ていた。
    「私の歓迎パーティ、ですか?」
    「そうだ。だが、君に料理の腕を揮ってもらう」
     甘さ控えめにした練り餡をちゃっちゃと餅でくるんでまとめながら、アベルは少し顔を強張らせた。
    「しかし、それは……」
    「君にとっては、料理を作る事こそが喜びなのではないか?」
    「それはもちろんです」
     小麦粉と卵に砂糖、ひとつまみの塩を混ぜて鉄板でひょいひょい焼きながら、アベルは即座に断言した。料理を愛している。それだけは断言できる。
    「君の料理は既に特殊な力を持たない。それを実感してもらうという意味でも、君に料理をしてもらうのが一番だと思うが」
     水で溶いた葛粉に和三盆を合わせて鍋で加熱しつつ練りながら、考えてみる。それが確かなら、これからも心から楽しんで料理ができるのだ。
     自分を救ってくれた学園の生徒たちへの礼ともなるなら、やってみよう。
    「わかりました。喜んでやらせて頂きます」
     アベルの返事に、生徒は満足そうに頷いた。

     話している間に胡桃ゆべし、大福、どら焼き、葛餅とどんどん量産されていく。
     学園には育ち盛りの学生が揃っている。それに料理を趣味としている生徒もたくさんいる。両方の意味で見逃せないと思う者もたくさんいるだろう。
     何よりも彼の腕については、六六六人衆とはいえ『美味しいお菓子』と証言があった。目の前に並ぶ彼の料理を我慢できようか。
    「というわけで、実食だ!!」
     ダァン!!
     ナイフとフォークをきっちり構えて、音高くテーブルを叩いた。

     激しい戦いの末に救出された、西園寺・アベル。
     彼の料理を満喫しつつ、皆で親睦を深めるパーティ。参加者絶賛募集中!


    ■リプレイ

     
     桜の花びら散る春のある日、武蔵坂学園のとある校舎で。
     西園寺・アベルはやってきたたくさんの生徒たちを前に、いささか茫然としていた。大量に届けられた新鮮な野菜や果物、食材の数も相当なものだ。もちろん手を洗ってまな板に包丁の準備と、一向に動きが止まる様子はなかったが、驚きは禁じえない。

    ●ご飯は身体の資本です
     【あかいくま】の面々が持ち込んだのは、クラブで育てたキャベツ、タマネギ、カブ、クレソン。卵を手にした司が微笑む。
    「これ、ふぁーむで今朝取れた卵なんですけれど、どぞ♪」
    「こちらを料理に使っていただけませんか?」
     嘉月が言えば、その後ろでは壁の影から顔を出した翠が小さな声で呟いた。
    「あの、その、あっ翠です……」
     人見知りの翠、必死の挨拶。春陽も笑顔で続いた。
    「今日はたっぷり腕を振るってもらうわよ♪」
    「ええ」
     アベルが微笑み、早速調理が始まった。エプロン持参の征や司、嘉月も洗い物や下拵えと手伝ったが、淀みないアベルの作業に思わず嘉月が呟く。
    「何か一つでも技術を盗めればと思いましたが……これは、凄い」
    「にゅ、これはどんなお料理になるです?」
     月夜が聞いたが、見ている間に春キャベツとツナでパスタ、オムライスにエッグタルトが完成。流れが速すぎて征にはよくわからない。
    「料理って難しいですね」
     肩を落とす彼をよそにプリンに取り掛かったアベルの裾を、翠がそっと引く。
    「いっいちご……」
     手には朝採りの苺が詰まった籠。屈みこんで、アベルは籠を受け取った。
    「ありがとうございます」
     蒸し上がったプリンを冷やす間に、パスタとオムライスが振る舞われる。
    「あ、このパスタ美味しい! おかわり!」
     春陽が元気に声をあげると、月夜がふと苺の乗ったプリンを食べる手を止めた。
    「アベル先輩っ。初心者さん向けのお料理教室やって欲しいのですよー」
    「あ、ボクも! こんな美味しいごはん、ボクも作ってみたいからっ♪」
     司も賛同の声をあげた。きっとたくさんの人が来るだろう。
    「こうやって美味しいものを笑顔で囲んだら、もう友達よね」
     春陽の言葉に、アベルが嬉しそうに顔をほころばせた。

     【八幡町高2-4】ではクラスからのプレゼントを用意していた。
     遙の差し出した箱からはペティナイフ。タロスから渡されたのは土鍋。
    「はじめまして、いらっしゃい?」
     遙も学園へ来たばかりで言うのは初めてだから、くすぐったい。
    「お互い困ったことがあったら助け合っていこうぜ」
     学校周りの食べ歩きガイドも渡しながらタロスが笑う。
    「喜んでもらえたらいいのだけれど」
    「ありがとうございます。すぐに使わせて頂きますね」
     ルージュに微笑んで、武蔵坂学園の名物はわからないけれど、学食といえばでカレーライスを作ることにしたアベル。タロスの希望のパエリアにも取りかかる。
     キャラ弁やキャラ物お菓子が好きなトルッパーは、期待で目がきらきら。
    「西園寺どのは作れるでありますか?」
     アベルは彼と遙のためにわんこ型のプリンを作る。プリンは素材の味そのままが出る、シンプルで難しい洋菓子の基本だから。

     西園寺先輩が楽しく料理を行え、それを皆に食べて貰う手助けをするのが俺なりの歓迎かな。そう思った太郎は下拵え等を手伝っていた。
    「これから何かやってみたい事とかありますか?」
     首を傾げる様子を見れば、料理以外はあまり頭にない様子。アドバイスを求めてキッチンに入った寛子が、丁寧に紅白のエスカロップを作ってみせた。
    「どうかな?」
    「こんなに心がこもっていれば、笑顔で出せば充分ですよ」
     調理の手伝いをしていたシャルもご飯の時間。給仕を交代してもらってカレーライスをいただきます。
    「スパイスの香りが複雑に絡み合って、最高です……!」
     食の幸せを噛みしめるシャルさんです。

     【ご当地の友】も食材持ち込み。中でも葵が持ってきたマグロが最大であろう。調理を傍で見て参考にしたい、と申し出た來鯉の為に、アベルはもみじ饅頭を焼く彼の傍でなるべく作業をしながら苦笑した。
    「私もまだまだ修行中なんですよ」
     料理修業の話を聞きたがる麦がこっそり耳打ちするのは、愛する郷土料理しもつかれを見目よく作れないか。具材を大きめ、油揚げは焼き目をばりっとつけ、きぬさやを添えてリゾット風はどうだろう。
     朱鷺が愛する故郷の苺・越後姫は、ピューレをたっぷり使ったグラスいっぱいの苺ムースの上に、クリームを絞り出して丸ごと一つトッピング。色鮮やかなデザートが朱鷺へ差し出される。
    「他の皆のも美味しそうだね……。あたしのご飯と一口交換しない?」
     アベルが仕上げたマグロステーキを味わいながらの葵の言葉に、皆であれこれと交換が始まった。そう言えば、と大分名物やせうまを作りながら神楽がぽつりと呟く。
    「キミの料理に特別な力はないっちことやけど、あると思うよ」
     慌てたアベルが顔をあげると、にこりと笑顔。
    「みんな集って、笑顔になっちょんやん」

     礼儀正しく挨拶から入ったのは【梁山泊】御一行様だった。
    「初めまして。頭領をしてます、森沢心太と言います」
     握手に応じたアベルに鴨南蛮を、静菜はパエリアを希望する。両方同時に作業を開始したアベルの調理に、静菜が驚きの声をあげた。
    「元々は和菓子が専門なのか?」
     蓮太郎が問うのも無理はない。アベルのお菓子のファンだと言うダークネスもいたのだ。とはいえ、アベルは料理であればなんでも好きらしい。
     ゆまのリクエストはサラダ。後ろで律が「もうちょっと腹にたまるもの……」と呟いたのは無視だ。作り方をしっかり観察して出されたサラダの感想はというと。
    「……美味しい……!」
    「ステーキ! レアで! 山葵添えでたのんます!」
     義妹をよそに、律は香ばしい焼き面と刺身っぽい中身を噛みしめる。
     朱雀の希望のからあげは、皮はぱりっと中はジューシー、山盛りで出されてご満悦。
    「あ、皆の分のからあげにもレモンかけとくね」
     突如として朱雀が、持参のカットレモンぶっしゃー。
    「ちょっ……待った! 待ったーっ!」
     律が皿を持ってレモンテロから逃げ回ったが、あえなく撃沈。静菜が再度のテロ阻止に、おかわりのレモンを剥いてぺろりと完食した。
    「パエリアと合いますね」
    「正直に言って、戦争中から気になってました。その料理」
     仲間の料理のお裾分けを次々片付け、小次郎が唸る。料理が美味くなきゃテーブルの上を空にはしない。やっぱり食事は楽しくないと。
     蓮太郎ご希望の桜餅を皆で味わい、一行は楽しげな声をあげる。

     【びゃくりん】のリクエストは咲哉の好きな鯛焼き。型も材料も持参、鯛の中身は皆それぞれでご用意。
    「わーアベルちゃん初めましてー!」
     元気いっぱいの向日葵が自己紹介。爽やかだけどまろやかな味という豆乳クリームを手に、真琴をフォローする。アベルが生地を作って見せると、
    「これ、持って来ました!」
     料理が得意ではないという真琴は急いでチョコレートソースを餡代わりにイン。クリームチーズも美味しそうだが、向日葵にはチョコレートソースが好評だった。
     着物に割烹着というセカイの鯛焼きの中身は、輪切りにした鳴門金時。隠し味に生地に少量はちみつを混ぜると聞いて、アベルは感心しきり。
    「勉強になります」
    「アベル、美味いのを頼むぜ」
     そう言いながらも、咲哉は真珠に自作の鯛焼き(粒餡)を作るのに忙しい。
    「ふむ、そこそこ上手く焼けたかな」
     ちょっぴりアベルへの対抗意識が見えても、キノセイです。

     【家庭科部】の智巳が渡したのは、オレンジピールで味付けした、ふんわりと甘く酸味の強いカップケーキ。
    「どう思うか素直に言って欲しい」
     『挑戦状』と知ってか知らずか。
    「……もう少し何か、欲しいですね」
     アベルの答えに、智巳はわずかに口元を緩めた。
    「将真くんも智巳くんも、那岐くんもお料理好きだもんね」
     ましろの言葉に違わず、調理を見守る熱意が半端でない。
     那岐は包丁捌きを目にしてちょっと凹んだものの、オムライス作成を手伝い始めた。彼は彼でおはぎを作るらしい。
    「西園寺先輩はご飯はそのままですか? 半殺しにしますか?」
    「どちらも好きですよ」
     応えたアベルは菜摘ご希望の炒飯に取り掛かる。
     エプロンをした将真は手伝いながら、その作業の早さと技量に料理への深い情熱を感じていた。正直、ご教授願いたい所だが、と思いはするが、機会はまだある。
    「最後は超特盛りチャーハンで〆たいのですよ、えぇ」
     あれこれ食べながら待っていた菜摘が差し出す中華鍋に、炒飯を山盛りに入れるアベル。炒飯さえあれば日々の食はじゅうぶん、だそうで。
    「京音ちゃんは何が好き?」
    「花守さんって山菜平気? ふきのとうのてんぷらとかおいしいよね」
     ましろの問いに応えて、京音は続けた。
    「作る喜び! 食べてもらえる幸せ! お料理ってホント楽しいよね!」
    「ええ」
     頷いててんぷらの準備を始めるアベルに、学園へ来たばかりだという愛華が微笑んだ。
    「良い人ばかりですぐ慣れると思うよ。そうそう、羊羹作れる? 和菓子の、あれ好きなんだよね~」
    「わかりました。待って下さいね」
     愛華に笑顔で応えるアベルを、倭は黙然と眺めていた。
     食材を全て記憶しているかの様な、一瞬の澱みも無い調理の手際。
     何時か、こいつが驚く様な絶品の食材を育てたい。
    「美味しかったよ、ご馳走様!」
     苦手なピーマンもぺろりのましろに、倭が目を丸くした。
    「……お前がピーマンを食べれる程とは……本当に、凄いな」

     ゆで卵の入ったお月様色のポテトサラダ。アベルの芋の皮を剥く手さばきは、本当に料理を愛するもの。料理が出来る君が幸せなのが、幸せで仕方無いから。
     煌介は瞳に幸せを湛えて眺めていた。
     年の離れた妹と暮らすことになった透が、料理のコツを知りたいとアベルの手伝いに入った。ちょうど瑠流の為に炊き込みご飯を作るアベルが人参を取り出す。
    「るる、おはながすきだ! おはなのニンジンをショモーする!」
     アベルのように花の形に飾り切りするのは無理だけど、調味料を揃えれば結構簡単なのが炊き込みご飯。レシピを書きとめる透をよそに、瑠流が炊き込みご飯に歓声をあげる。

     小麦粉を溶いた生地で刻んだねぎと牛すじ等を混ぜた、お好み焼き風フードが鉄板の上で焼けるさまに勇介が目を輝かせている。醤油ベースのタレの匂いが香ばしい。
    「ありがとっ、いただきますっ!」
     どうぞと勧めたアベルへ、敬厳が鶏ささみとチーズのフライを味わいながら声をかけた。ささみの旨みを引き立てる、チーズの濃厚な味わい。
    「とてもおいしいです!」
     その言葉だけで報われる、料理人の心。
     アベルの傍らで下拵えを手伝う流希は、その手際からレシピまでを目に焼き付けようという心意気。技は盗むものだから。
    (「こんな料理の腕があのようなことになる引き金になろうとは……。」)
     いやはや、大忙しです。

     アリスも料理の腕を揮って生徒をもてなしていた。
    「お待たせ致しました、お召し上がり下さいまし♪」
     料理をアリスに全力で止められたミルフィが、給仕に、アリスの『オマール海老のテルミドール・パスタ添え』の説明にと立ち回る。
     ふと、アリスはアベルに話しかけた。
    「人が料理の犠牲になるのはとても悲しいです。料理を嗜む身として、人を幸せにするお料理を作っていきましょう」
    「そうしていきたいです」
     アリスの言葉にアベルが頷く。

     気遣わしげにアベルへ声をかけたのは、【料理研究同好会】の切丸だった。戦争のことは気にすんな、は無理かもしれないが、愚痴でも雑談でも声をかけてくれと請け合う。
    「一人で悩むよかマシだと思うぜ」
     笑顔を見せたアベルの手が滑らかに下拵えに動きだし、陽己は給仕をしながらも注視した。あらゆる国の料理を作るアベルの手腕には興味がある。彼の料理人としての『雑食』ぶりは、和食を得意とする陽己には驚きだ。
     洗い物の手伝いをしながら、安寿がアベルに声をかけた。
    「そろそろ葛饅頭の美味しい季節よね」
     焼き菓子なら作るが、和菓子に興味が出てきた安寿としては、アベルのアレンジが気になるそうで。
     八重子もつい、人と話しながらも器用に動くアベルの手先に見入ってしまう。裏ごしした蒸かしたサツマイモに砂糖と少し塩を加えて、八重子のリクエストの芋ようかんが完成。
     その作業の早さと手際は、各地の料理店を転々とした過去に培ったものだろう。藤孝にとっては同じ厨房に入れるだけでも嬉しい時間だった。下拵えを手伝いながらアベルの手元を眺める。
    「和三盆とは、アベルお兄様は良いご趣味と味覚の持ち主ですわね。三盆の名は、盆の上で砂糖を三度『研ぐ』、から取られておりますのよ」
     ハチミツの知識に志歩乃が感心した声をあげる。ちょっと自信はないけれど、手伝いがしたい。アベルのことも、料理も教えて欲しいから。
     ハチミツの桜餅と志歩乃のおはぎを作るアベルがとても楽しそうで。オリヴィエは彼に、歌っている時の姉を重ね見た。
     生き生きとしたアベル、手伝っている仲間たち。配膳していればよく見える。
     両方の幸せそうな顔と来たら、なんて。

     実を手伝って作るのは錠のリクエスト。まんばのけんちゃんに魚の三杯酢、わけぎあえ。
     不意に実が手を伸ばすと、アベルの頭を撫でた。
    「あの時、泣いてた」
     ロシア村で流れた、赤い涙。
    「悲しくなったら、今度は我慢するなよ?」
     よく頑張ったなと労わる手と、ええと頷く小さな声。錠は微笑んでさばいた魚を実へ渡すと鍋を覗きこむ。
     実の料理も、錠の大切な音楽も。
     作り手の愛情がこもったものは、格別にしみる味がある。

     板前白衣を着用の永遠が宣言。
    「このコルベイン濃度100%のモップロースを、どのように旨いカツ丼にするか見せてもらうですの」
     食べて大丈夫でしょうかとは聞けず、渡された青々しい肉で人生初の青いカツ丼は完成。フロリス希望のアイスは苺でジェラートを作って一安心のアベルです。
     永遠に元気になって欲しいフロリス、二人並んで一緒に美味しくいただきます。

     【猫もふもふくらぶ】の麦と祐はアベルの調理のお手伝い。新しいレシピを増やしたい麦は、アレンジ用の朝どりキノコも持ち込んでいる。
    「このキノコを入れると風味が上がるぞ」
     異常が出たらキュアっていうのもちょっと。
    「今まで食べたり作ったりした中で、印象に残っている料理ってありますか?」
     和菓子作りを教わりたい祐の問いに、アベルはふと真顔になった。
    「青いカツ丼ですかね」

     【チーム桜井】は接客に大活躍していた。
    「絶対、大食漢がくるだろうからな」との友梨の勘どおり、とんでもない客数だ。ループタイの蝶の飾りを揺らして駆け回る。お揃いの黒いエプロンで芽衣もオーダー取りと配膳に忙しい。
    「皆さん全然残してないでしょう? これは満足の証ですよね」
     二人を気にしながら、朱音も皿洗いで手が空く暇もない。横ではアベルが流れるように調理中で、面白い風景ではある。
     交代時間に差し出された賄いは、持ち込みだったマグロと鰤の落ち身を、刻み三つ葉とネギと海苔で和えた丼。山葵醤油をかければ、まったりさっぱりの味わい。
     労働後の特権、である。

    ●おやつは脳の栄養です
     会場いっぱいの人を眺めた姫月が嘆息した。
    「やはり皆、自分達が助けた人物が如何なる者か気になるのであろうな」
    「それだけみんなが新しい仲間を歓迎してるんだよ♪」
     ミーシャが微笑む。壱百八奥義がひとつ、『千手観音乱れ食い』をせねばなるまい。
     料理をしているアベルを眺めて、姫月は呟いた。
    「……彼も今や普通の人間と変わらぬの」
    「そうだね。後は、彼次第なんだよ」

     【星空芸能館】のリクエストはバースデーケーキ。
    「アベル先輩が仲間になった日、わらわ、誕生日じゃったんです」
     一緒にお祝いを、という心桜にアベルは微笑んだ。円い桜色のムースを作ると、外側にビスキュイを並べてピンクのリボンでまとめて華やかに。菓子職人を目指す彼に教えてあげようと、紗里亜はアベルの調理に一生懸命ついていく。
     苺のムースの上に苺のクリームとファルケの焼いたクッキーを乗せて、大きなシャルロットケーキが完成。楽しみにしていたえりなが声を弾ませる。
    「すごく豪華なケーキが出来ましたね♪」
    「アベルさん、おめでと~♪ 心桜さん、おめでと~ですよ♪」
     くるみがクラッカーを二度鳴らした。
    「改めて心桜さん、Happy Birthday♪♪」
     えりなと紗里亜が声を合わせると、
    「バースデーソングもないとなー」
     ファルケの伴奏で声を合わせて幸せな歌が流れて、皆でケーキを頂きます。
    「みんなお祝いありがとうなのじゃよ」
    「せっかくだし記念写真撮ろうぜ!」
     皆の素敵なお祝いのひとときを、フィルムに閉じ込める。

     小学生だけのクラブ【このゆびとまれ】。進学に際し卒業する咲夜のため、アベルが用意したのはガレット・デ・ロワだった。リーフの刻み模様の入った、アーモンドクリームの詰まったパイだ。
    「小さなお別れと、大人に近づく事の記念に。大人ぶれて楽しめる様なお料理を」
     よそ行きを着て会釈をするリュシールに、イーニアスが頷く。
    「少し大人な気分になれば、子供っぽいわがままなんて言わずにすむでしょう?」
    「ちょっと寂しいですけど、別に会えなくなるわけじゃないですしね」
     縁樹がにこやかにそう言えば、あっさりモードにちょっと拗ねた様子の咲夜も微笑む。
    「さぁ美味しい料理で笑顔になって、ゆびとまらしく元気に送り出して下さい!」
     中の一切れだけに、キャラメリゼしたアーモンドの入った『当たり』があることを内緒に、アベルは皆へお皿を渡す。
     卒業、おめでとう。

     白馬もアベルとの調理を希望した一人だ。青い作務衣に緑の和柄エプロン、緑の和柄三角巾でボウルを抱えて生クリームをホイップ中。料理を食べて回っていた美海がやってきた。
    「もふもふで、ふわふわな料理を要求する、なの!」
     薄いスポンジを焼くと、アベルが白馬を振り返る。
    「クリーム、少し頂けますか?」
    「いいですよ♪」
     くるりと巻いてロールケーキが完成。
    「……ふわふわなの」
    「アベル師匠!」
     突然の師事宣言はラシェリール。ティールームを開きたいけれど、作る料理が暗黒物質になるとか。でも一緒に料理をしていけば大丈夫。大好きなシュークリームが、余程美味しかった模様です。

     ナナとマモリが持参したのは、ナナの実家から送られてきたというレモン。受け取ったアベルはレモンの皮と果汁を存分に使ったシフォンケーキを焼いた。
     マモリの目は他のお菓子にも釘づけで。
    「これぞナニワの生活の知恵やでー」
     取り出したるは大容量タッパー。しかし「美味しいうちに食べないともったいないですよ?」というナナの胃は、マモリのタッパーの中身をも壊滅させたのだった。

     紅茶の支度をしながら微笑むラルフ。
    「アプフェルシュトゥルーデルをお願いできマスか?」
     重ねられた薄いパイと、シナモンの効いた林檎の甘さを楽しみに、茶葉が開くのを待つのもいい。
     キッチンには母の味には敵わないけれど兄たちに食べさせたい、とアップルパイの指南を希望するアノもいた。故郷の酸味のある甘い林檎をたっぷり使って、皮の剥き方からアベルがついて一緒に作る。
     オーブンを覗きこむアベルを眺めながら、優歌は彼の料理を楽しんでいた。
     人を幸せにするための料理、その自信を取り戻してほしいから。
     あなたの料理は人を幸せにできる、そう思ってほしいから。
     茉莉に渡されたのはパウンドケーキ。来られない恋人と食べるためのお持ち帰り用だ。味見をして茉莉は囁いた。
    「今も、西園寺さんの料理には、特別な力があります……」
     人を笑顔にする、力。
     アベルとカナキのマカロン講習、参加者は喫茶店をやっている勇騎。もう好きに料理していいのだと、アベルに思って欲しいのもあり。
    「そいや、カナキはやっぱ製菓の方進むのか?」
    「そっすね、製菓から父さんの店の跡継ぎかなって考えてるっすわ」
     将来のことも、絞り出したマカロンの焼け具合をみながら語り合う。桜色のマカロンに桜色のクリームを挟んで美味しく完成。
    「おひとつどーぞ!」

     要の希望はアベル作の五家宝と天満のマカロン。アベルと料理をしたい天満の希望でもある。ほうじ茶の用意をして待っている要を前に、あられを水飴でまとめてきなこを混ぜた皮で巻いて、五家宝は完成。
     黒胡麻に抹茶、きなこに小豆、和風マカロンも色とりどり並ぶ。
    「へへー、満足だぜー♪」
    「花楽継先輩に褒められると嬉しいなぁ」
     作り手も、食べ手も幸せなひととき。

     ドイツの伝統的なクッキー、レープクーヘンをリクエストしたのはメイテノーゼ。アベルの反応が気になったが、楽しんで作っているようだ。貰いっぱなしでは申し訳ないので、配膳を始めるメイテノーゼだった。
     薄く伸ばした生地にピスタチオなどのナッツを挟んで何層も重ね、焼き上がったパイにシロップをかけたのがバクラヴァだ。甘く濃厚な味わいに愛美がため息をつく。
    「残すなんてとんでもないのです」
     ディートリッヒにはジャガイモをおろして薄く揚げたライベクーヘン。林檎のムースがベストマッチ。
    「ありがとうございます!」
     騎士らしく礼儀正しくお礼を言って、夢中で完食してしまう。

     想希には刻んだ栗を混ぜたマロンクリームを挟んだダックワーズ。悟にはキャンディというコクのある紅茶。作り方やお茶を淹れるコツを実践され、作った想希がため息をもらす。
    「俺も食べた人を幸せな笑顔にする菓子、作れたらいいな」
     でも、想希の隣で彼のお菓子を食べる人はもう笑顔で。手を握りあう二人の仲睦まじさはいつも通り。
    「これからも想希の相談相手になったってや」
     悟にもちろんと頷いて、アベルは微笑む。

     さっと洗い物を手伝ってから、藤子は一礼した。
    「西園寺さん、同じクラスみたいですので、よろしくお願いしますね」
    「こちらこそ」
     アベル手製のダックワーズを楽しみながら藤子は思う。
     良い思い出が沢山できるように、と。
     お菓子作りが好きな紅葉はアベルの手伝いを希望。コツや疑問を尋ね、アベルも手を止めずに答える。火加減には自信のある六花がガスレンジを担当していたが、アベルの手際に眼を取られがちで。この上ない刺激に胸が高鳴る。
    「勉強になったの!」
    「いえ、くまさん大福ありがとうございます」
     紅葉に答えたものの、休憩に入った六花がお菓子を食べて悶絶しているのが気になるアベルだった。

     【大神】の面々を騒然とさせた一言はフゲが放った。
    「毬藻羊羹のアレンジ料理が気になって仕方が無いの!」
     トラウマが心配されが、あの時期の記憶が曖昧なアベルは頷いた。普段アレンジで作るという、毬藻羊羹を白玉の皮で包んだ胡麻団子。半球状の形も可愛く羊羹も柔らかめ。
    「あのものすごく甘い餡子が大好きなんだ~」
     というチモシーが頼んだ吹雪饅頭を眺めた、システィナがぽつり。
    「ちょっと餡子多めのトコ欲しい……なー……?」
     生クリーム多めのガトーショコラをお裾分け、チモシーも餡子多めにお裾分け。
    「スープも美味しそうだなー……」
    「お分けしますよシスティナ先輩……リオン先輩も如何ですか?」
     狛のフルーツトマトとヨーグルトの冷製スープも少しずつ紙コップに入れる。ピンクのスープは果物のように甘くて、リオンもお返しに苺とクランベリーのタルトを切り分けた。
     そのタルトの一かけを食べながらの宏人のリクエストはパフェ。
    「お、オレ!アベルが今作りたいなーってやつが食べたいぜ!」
     微笑むとアベルはタルトにも使った苺と、苺のムースに生クリームで苺パフェを仕上げた。
    「来れなかった皆さんにお土産とか持って帰ったらダメでしょうか……?」
    「どうぞ、お持ち下さい」
     アベルが頷くなり、フゲが容器を探しに走り出す。
     美味しいものは、やっぱり皆で食べるのが一番。


     【闇堕ち被害者友の会】はアベルのケアがメインの目的だ。陽太は自分の体験を語る。
    「自分の体なのに、思い通りに動いてくれなかったのは悔しかったです。アベルはどうでしたか?」
    「人を傷つけるという恐怖がありましたね」
     答えるアベルへ、哲暁がお菓子を口に放り込みながら頷いた。
    「くぅ~うめぇ~。……俺も闇落ちしてな。愚痴とか聞けると思うんだ」
     気持ちの立て直しに力を貸したいと結葉も思う。半熟卵のコツのお礼はサイン本。
    「いつか必ず有名になってやるから、大事にしておいてくれよ?」
     アベルは頷いた。
     いつか必ず、という、未来への希望。確かにそれは伝わっている。

     【MM出張所】のスティーブンには懸念があった。ロシアやドイツの料理がアベルのトラウマになっていないか。でも手伝いながら見た範囲では心配はなさそうだ。大皿に芋けんぴとちまきを貰ってしばし堪能。
     手伝いのお礼を言ってサバ味噌定食を出しながら、アベルは瑞樹に微笑んで問いに答える。
    「お店はどこも勉強になりましたよ。どこも忘れられません」
     その全てが今の自分を作ってくれたから。
     配膳やお茶出しをしてくれたエフティヒアにはトマトピザ。カットして食べようとすると、彼女の愛機プロキオンが掻っ攫う。
    「返してー! 私のだってばー!!」
     無事に取り戻したら美味しく食べてね。
    「どんどん運んでいっちゃいますよ!」
     体力に自信がある文具もアベルの料理の盛りつけや配膳をお手伝い。甘いものが好きな彼の為に、チョコプリンが出てくるのももうすぐ。

     【静かな礼拝堂】の由宇、博多っ子として気になっていた。
    「西園寺さん、ラーメンってさ、何味が一番好き?」
     博多と言われると条件反射でとんこつを出してしまうアベルである。アベルと話したかったという稲葉は、質問しながら炒飯、餃子、杏仁豆腐と一緒に作る。
    「なんでも作るのか? レシピがあったら見せて欲しい……感覚で作ってんのかな?」
     料理はほぼ全自動です。ジャスミンティーを淹れるアベルに、直人がキリっと告げた。中華料理を頼んだ仲間に続いてのリクエストは。
    「あえてシュークリームで!」
     濃厚な抹茶の味わい深い抹茶シュークリームを堪能すると、直人は会場の残りものを殲滅する旅に出て行った。

    「西園寺さん、とてもおいしいです。素敵なお菓子ありがとうございます」
     楚々とした凰軌のお礼は嬉しいけれど、とアベルは思う。皿に山のように盛ったどら焼き、全て彼女が食べるのであろうか。彼女と入れ替わりに、景瞬がやってきて席につく。
     ご希望はみたらし団子。傍にいた亜門の点てたお茶で味わった。
    「君が心を込めて作った料理が、君の想いに応えて力を貸してくれる。それを食べる我々にも、な! 有難いことだ!」
     豪快に景瞬が笑う隣で、亜門も団子を口にしていた。
    「ふむ、茶菓子の味も結構。今度茶席に持参する菓子を頼んでも良いじゃろうか?」
    「ええ、もちろん」

     パンケーキ10段重ねを幸せそうに食べるるりか、毎日学生食堂へ通ってしまいそうだ。でも目下の興味は別にある。
    「どうやったら食べ物の声って聞けるのかなあ」
     アベルにもちょっとわからない。
     考案した豪華パフェを希望したのはギリズだ。グラスにパンナコッタを詰めてシリアル、ブランマンジェ、コーヒーゼリー、ホイップクリーム。トッピングはバナナ、苺、カットメロンで真ん中にチョコチップアイス! さらにシュークリームとプリン、カットしたチョコケーキを大胆に乗せる!
     ……グラスに入らないのでパイレックスにしましょう。
     望は『食べて太るのは、食べ物の命の重さの分だけ、自分の命の重みが増すんだ。』という父の言葉で、食べることが大好きになった。寿司を味わいながら笑みがこぼれる。アベルのこれからの料理が楽しみで。
     隣の光はラーメンを希望。叉焼の焼き方から見学した上での実食だ。他にもアベルの料理をタッパーに詰めてと忙しい。デザートを探すと、チョコケーキの乗ったパフェが目に入る。もちろん食べないわけがない。

     香澄とミハイルのための試作ウェディングケーキが披露される。三段のホールを重ねて純白のクリームと飴細工のストックやデイジーの花で飾り付け、トップには華やかなブーケの飴細工。花はいずれも、聖イリナの『平和』を花ことばとするものを選んだ。
     会場へケーキの直送をミハイルに約束したアベルが、香澄に試作したハーフサイズのケーキをカットして差し出す。
    「お口にあうといいのですが」
     フォークを入れると、ころりと小さなミトラの形をした飴が転がり出た。
    「当たった方に、幸せのお裾分けができるようにと思いまして」
     ウェディングケーキは初めてで、とアベルもちょっと緊張気味です。

     調理が一段落した頃、明るい声がかけられた。
    「おつかれ! すげー大盛況でよかったね!」
     料理をつまんでは様子を見ていた壱は、料理を作り通しのアベルを労わった。片付けぐらいなら手伝える。
    「……うん、ホント元気なって良かったよ」
    「ええ、もう大丈夫です」
    「今後ともドーゾよろしくね!」
     笑顔の壱にアベルは笑みを返した。

     今日、何度かけられたか知れない言葉。
    「武蔵坂学園へようこそ」
    「これからよろしくね」
     自分が争いの種となり、人を傷つけた事実は消えない。
     だが自分が人の助けとなりうるのなら、それが料理でも、予測でも、尽くしていこう。
     だからアベルは壱へ、その向こうのたくさんの生徒たちへと頷いた。

    「どうぞよろしくお願いします」

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月19日
    難度:簡単
    参加:126人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 23/キャラが大事にされていた 11
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