天を支えよ

    作者:来野

     強い風に桜の枝が揺れる。
     夕刻。花曇りの住宅街。ありふれた街のありふれた家で、ありえないようなことがおきていた。
     リビングに置かれたソファの横で、母親と小さな息子とが身を寄せ合っている。二人とも血の気を失い、言葉もない。
     彼らと向き合って立つのは、一人の少女。ほっそりとした身を純白のワンピースに包み、背に柔らかな髪を揺らして、普通であれば怯えられる理由などないはずだ、が。
     その額には捩れた一本角があり、その両腕は黒曜石の巨腕で、キッチンから持ち出した包丁を一柄携えている。
     少女、元はといえば杉下・彰(祈星・d00361)であったところの羅刹は、包丁を掲げ、
     ――テーブルの上へ置いた。
     身を竦めた母子が、短く息を抜く。ちらりと客間の方を見た。そこでは老父母と生まれたばかりの赤ん坊が意識を奪われ、転がっている。
     現れたと思いきやほんの一瞬でそれをやってのけたのは、羅刹の少女。彼女もまた客間の方を見た。そして、クス、と笑う。
    「これで死んでね」
     指し示すのは、テーブルの上の包丁。
    「死ぬのは1人でイイよ? 残った方は助けてあげる」
     母は息子を抱き締め、息子は首を横に振った。
     羅刹の少女が腕を振り上げる。抱き合う母子は目を瞑る。ゴッと響く轟音。
    「ひぅっ」
     ひしゃげて窪んだのは脇の壁だった。
     わからないかな。そんな感じで首を横に傾け、少女は笑う。クスクスと。
    「残った方は助けてあげる。だから」
     誰か1人は殺されてね。
     どちらかが相手を殺すも、自ら命を絶つも、そこは好きに選んで良い。
     クスクス。笑い声がこぼれるたびに母子は怯えるが、羅刹の少女はそれにかまわない。反対側へと首を傾けた。
    「来るかなぁ? 灼滅者」
     
     これは……。
     外を見ていた石切・峻(高校生エクスブレイン・dn0153)が、窓辺を離れて教室内へと向き直った。
    「荒立神社の件、皆、ありがとう。お疲れ様でした」
     その後のゴッドモンスターの件といい、一言では言い尽くせずに頭を下げる。
     続けて告げるのは、宮崎で闇堕ちした杉下・彰の行方だった。彼女は今、住宅街のとある家にいる。
    「闇堕ちからこちら、異形化した部位を隠して人の中に紛れていたらしい。賢くもあり、忍耐強くもある」
     しかし、起きた事態は難しい。その事実が峻の表情を険しくさせている。
    「結果、一般人の母子を追い詰め始めた。今のところまだ死者は出ていない。一部破壊されたのは家屋で、客間に倒れている祖父母と赤ん坊は意識不明だ」
     今のところ、は。誰かの声に頷いて続ける。
    「そう。彼女は、と言って良いのかな。イメージとしては『天を堕とす者』である羅刹は、自分の手を血で汚さない。人を操作して悲劇を引き起こそうとしている」
     言葉を切り、考え込んだ。
    「破壊を求めているし、行っている。けれど、理由はどうあれ殺していない」
     呟いて目を閉じ、開けた。
    「彼女はごく当たり前の子だった。それが先の戦いで強化一般人を相手に血にまみれたことを思うと、ぎりぎりに立つ彼女を俺は鬼だと呼べない」
     だから、
    「救出をお願いします」
     そう願った。
     時刻は夕刻、日暮れ時。場所は二階建ての一軒家、その一階リビング。先に侵入が果たされている以上、玄関やベランダから入ることはたやすいはず。
     母子はソファの脇にいて、まだ包丁には触れていない。壊されているのは壁のみ。羅刹として用いられるサイキックは、神薙使いのものと天星弓に等しい。
    「この件、当人に対しては無論、母子への対策も重要だ。殺し合うにしろ死ぬにしろ、あるいは戦おうとするにしろ、悲劇的な結末は避けられない。説得の際は、そうした結末を避ける工夫もいる」
     迅速な行動と正確な状況把握、被害者と加害者双方の心理を踏まえた説得が肝と言える。気を遣う先は多方面だ。
    「この困難を押して何とか救出して欲しいが、それが無理な場合は灼滅も止むを得ない。相手はダークネスだ。迷っていると取り返しのつかないことになるかもしれない」
     言って苦い顔をした峻は、それでも先を続ける。
    「この機会を逃すと、完全に闇堕ちしてしまって、多分、もう助けられなくなる。帰還の祈りを全うするには、君たちの力が必要だ。どうか、彼女を連れ戻して欲しい」
     抑揚を抑えて話し続けた最後、どっと息を吐いて口を閉ざした。


    参加者
    白・彰二(求ム雨過天晴・d00942)
    橘・彩希(殲鈴・d01890)
    篠原・鷲司(旋槍・d01958)
    奥村・都璃(焉曄・d02290)
    一・葉(デッドロック・d02409)
    樹宮・鈴(奏哭・d06617)
    霧月・詩音(凍月・d13352)
    七塚・詞水(ななしのうた・d20864)

    ■リプレイ

    ●扉を開けて
     夕刻の住宅街。とある家の庭木から、スズメの群れが飛び立った。
     鈍い衝撃を感じたためだが、ちょうど晩飯時。帰路を急ぐ人々は異変に気づかない。
     誰が思うだろう。見慣れた家の中で、羅刹が薄ら笑っているなどと。包丁を前に母子が立ち竦んでいるなどと。
     クスクス。杉下・彰(祈星・d00361)であったものが、ひび割れた壁の前で笑う。
    「来るかなぁ? 灼滅者」
     来ていた。
     奥村・都璃(焉曄・d02290)と樹宮・鈴(奏哭・d06617)の二人が、ベランダの掃き出し窓の外、室外機の陰に身を隠して中の様子を伺っている。
     玄関側で待機している灼滅者は残り七名。皆、カードを手に物音一つ立てない。
     ベランダ班からワンコールが入る。
     皆の目が、一・葉(デッドロック・d02409)と白・彰二(求ム雨過天晴・d00942)とを見比べた。着信したのはどちらか。
     手を上げたのは、葉。それは潜伏の成功を意味する。天を指した手が、玄関に向けて振り下ろされた。
     突入開始。
     篠原・鷲司(旋槍・d01958)がドアを開ける。葉と彰二と橘・彩希(殲鈴・d01890)が先に突入し、霧月・詩音(凍月・d13352)と七塚・詞水(ななしのうた・d20864)がそれに続く。
     サウンドシャッターを用いて内外の物音を遮断したのは彩希。いつも通り「お邪魔します」と口にしてしまったのは詞水。鷲司がドアを閉め、最後尾を固めてキッチンへの廊下を進む。
     玄関班が仕切りのガラス扉を開けるのと、ベランダ班が掃き出し窓を開けるのがほぼ同時だった。
    「恩を押し売りに来てやったぞオラァ!」
     葉の声が、リビングの空気を打つ。
     棒立ちになっていた母子は目を見開き、彰、いや『天を堕とす者』は――
    「へぇ、来たんだ」
     温度の低い笑みを浮かべた。見知っている者には別人の笑みだった。彩希が前に出る。
    「貴女を助ける為に、私が来ない訳がないでしょう?」
     そして、母子と羅刹の間に滑り込んだ。振り返ると、奥の和室で気を失っている者たちの姿が見える。皆で羅刹を取り囲んでいる間に、鈴がそちらへと走った。首からかけた抱っこ紐で赤ん坊を胸元に固定し、怪力無双の両腕で老父母を担ぎ上げる。
    「くっ」
     重さには耐えられるが、かさばることに変わりはない。ぐっと足を踏みしめて室外へと急いだ。
     リビングでそれを見ていた母親が、顔色を変える。
    「あ、あの……?」
     都璃が、とりなしにかかった。
    「私達は彼女を止めに来ました。お願いです、私達を信じて下さい」
     母親は当惑げに周囲を見回す。詞水と目が合った。
    「助けに来ました」
     落ち着いた声は、母子に向けられながら羅刹の元にも届けられる。羅刹は、彰の顔をして首を傾けた。
    「それ本当かな」
     いたずらに不安を煽る言葉は誰に向けられたものなのか。母子への手出しはなさそうだ。
    「……」
     黙って包丁を睨んでいた息子が、母親の腕を支え返した。都璃へと頷く。母子を抱き上げる彼女の腕は、怪力無双もあって力強い。開け放しておいた窓から急いで外へ。隣の家の前まで運び出して、鈴と合流する。都璃が詫びた。
    「家を傷付けてしまうのと、怖い思いをさせてご免ね」
     男の子が振り返った。都璃を見つめ、
    「うん」
     ぽつりと答えると、わずかに表情を緩めた。心配げに家の方を見る。
    (「戻ろう」)
     鈴と都璃、二人顔を見合わせて頷き、踵を返した。真に大切なものはあちらにある。

    ●悪い子でも好きですか
     見ず知らずの家族を、羅刹は白けた笑いで見送った。彰であれば、血のつながりのない家族にもこんな顔はしないだろうに。そして、肥大化した片腕を振り上げる。
    「あーあ、助けちゃっ」
     ソファの背もたれに振り下ろそうとしてわずかに狙いが狂い、中途半端な傷を刻んだ。
    「……た」
     引き裂けるレザー。飛び散る詰め物。それを見て、余計な何かを振り払うようにだらりと手の甲を動かした。
     その時、搬出を務めた二人がベランダから戻って来た。羅刹の様子を見て、都璃が呟く。
    「杉下さんはそんな風に笑わない」
     包囲を固め、声を荒立てた。
    「それ以上杉下さんの顔と声でしゃべるな!」
     彰の顔をした者は、彰の声でこう答えた。
    「アキラは今、ボクなんだけど?」
     余裕のダークネスに対し、怒りに震える都璃の横顔はむしろ苦痛げだ。羅刹が醒めた笑いを吹く。
    「とうとう嫌われちゃったね。どうする?」
     嘲笑いながらの問いかけは、中空へ。あるいは身の内へ。
     全員が包囲についたのを確認し、鷲司がウロボロスブレイドをその手に握る。切っ先でソファを示した。
    「まだ誰も殺してない。それは灼滅者としての臆病で優しい杉下がまだ耐えてるからだ」
     黒曜石の手の先が、微かに震えた。羅刹はソファの傷から目を逸らす。
    「もう灼滅者じゃないよ」
    「オレ達はお前が戻ると信じてる。お前がどう思っていようと、必ず連れ戻す!」
     ヒュンと音を立てて鞭剣が撓った。足を捕まえようとしたその一撃を、羅刹は身軽に退って避ける。それを見て、次は詩音が影を這わせた。
    「……本当、馬鹿な子。皆に優しくして、守って、お人好しにも程があります」
     羅刹はテーブルを蹴って、影から逃れた。ガタンという音がリビングに響き渡る。
    「……でも、嫌いではありません」
     差し出した爪先を引き、詩音は首を横に振る。
    「口先だけの偽善者は反吐が出ますが、杉下さんは、自身を犠牲にしてでも他者を守りましたから」
     詩音もまた、能力に端を発した悲劇に見舞われるまで心優しい普通の少女だった。過去の自分に重なる彰を、馬鹿だと思わないでもない。
     だが。一度、口を噤むのを見て、羅刹はここぞとばかり口を挟む。
    「ボクのことも嫌いじゃない?」
     その問いに、詩音は平静を保って返した。
    「……ですが、あなたが居なくなって悲しむ人間が出たのでは本末転倒でしょう」
     目の前の怒りを覚える何者かではなく、自らの知る彰へと声を投げかける。
    「その涙を拭えるのはあなただけです。だから、帰ってきなさい」
     気づいたことが一つあった。
    (「私は彼女のようになりたかったのかもしれません」)
     その姿を見て、ダークネは一つ床を踏み鳴らした。
    「だから、ボクは……ボクがアキラなんだよ!」
     その向こう脛に鋭利な影の刃が飛んだ。ザクリとやられて、羅刹が倒れ込む。鈴の斬影刃だった。床を打つ相手に頷いてみせる。
    「杉下、今ぐらい我侭でも良いんじゃない?」
     床に亀裂を入れて、異形の拳が動きを止めた。
    「普段の杉下は確かにアホの子だけど、皆のこと大好きで一生懸命なの判ってるよ」
    「アホって言った」
     また鈴は頷く。言った。
    「本音で喋るのは勇気いるし怖いだろうけど、上手く言えなくても私ちゃんと話聞くよ」
    「罵っておいてきれいごと?」
    「勿論今の悪い子杉下の話もな!」
    「……」
     ぐぅっと息を飲む音。それを見て、鈴は首の抱っこ紐を外す。
    「私も杉下のこと大好きだからさ、暴れて叫んですっきりしたら、皆で一緒に帰ろ!」
     言葉を見失い、羅刹の少女は跳ね起きた。
    「あああっ!」
     脇の柱を叩き壊そうという彼女を、葉のシールドが強打する。
    「自己犠牲精神もここまでくるとアホの極まりだな」
     Heads or tails? 出目はどちらか。異形の腕は空を切る。成功だ。
    「杉下は確かにアホだが、俺ぁ、アイツのこと笑ったことなんか一度もねぇよ」
    「口先だけだ」
    「いいか、よく聞けよアホ杉下」
    「またアホって言った」
     ああ、言ったよとばかりに葉は引かない。
    「テメェが犠牲になれば、それで良いなんて思うなよ。そんなん誰も喜ばねぇし、相手に死ぬほど後悔を植え付けるだけだ」
    「くっ」
    「わかったら、さっさと目ぇ覚ましやがれ」
     その一言と同時に羅刹に押し付けられたものは。
    「……?!」
     クマの縫いぐるみ、クマぐるみだった。伝言機能付き。鈴が近寄り、スイッチ・オン。
    『俺を大事って言ってくれたろ? お前もそうだぜ、杉下』
    『杉下! また一緒にもじょかさぁとこ行こうぜ!』
     共に鹿児島に行った仲間からのメッセージを、クマが喋った。その隙に、裸足っぽいからと持たされた靴を羅刹の少女に履かせる葉。鈴が笑う。
    「素直じゃないのはヨウだけで充分です! 行かないとか言ってた癖にしっかり参戦してやんの、うぷぷ」
    「素直じゃなくて悪かったな。ったく、ビビるくれぇなら首突っ込むなっつのお節介。怖かったら俺の後ろに隠れてても良いンだぜ?」
     背後を指差す葉。
    「……び、びびってないし!!」
     聞いていた天を堕す者が、言い返すきっかけを失った。
     二人はクマの頭をぐっと差し出す。ちゃんと忘れずに持って帰れよ。

    ●絶やさざる光
     羅刹の姿が、テレビの液晶に薄っすらと映り込んでいた。腕にはクマ。
     放り出そうとして腕は上手く言うことをきかず、焦れて逆の手で液晶を殴りつけようとした。そこに黒い刃が滑り込んで来る。解体ナイフ・花逝を構えた彩希が口を開いた。
    「ドジっこでお人好しで……私からすれば、甘い」
     首を傾けると、黒髪が肩を滑り落ちる。
    「けど私はそんな彰ちゃんの事が好き。私にはない優しさで、貴女の信念で、貴女の強さよ。なのに、独りで寂しかったからと人を脅迫し死に追いやるのを見過ごすの?」
     彰の肩先がピクリと震えた。羅刹がクスリと笑う。
    「寂しかったのはボクだよ」
     肩先の震えが腕にまで走る。彩希が手を伸ばした。
    「笑顔でなくとも私の想いに変わりはない。辛い時寂しい時、話を聞いてちゃんと受け止めるもの。だから一緒に帰りましょう」
     黒曜石の冷たい腕を、ぐっと握り締めた。固い。掌が痛むほど。だが、強く。
    「初めて部室に誘い招いた時のようにお茶を淹れて欲しいわ」
    「はな、せ」
    「あの時家事が得意だと胸をはったのに、今のその腕で得意の家事が出来て?」
    「……っ!」
     思い切り振りほどこうとした巨腕が、彩希の横顔に当たる。ほんの一瞬苦しげな顔をしたのは彩希よりもむしろ彰の方で、羅刹の冷たい笑いが無理やりそれを覆い尽くした。
    「あぁあ、トモダチ殴っちゃった」
     痛みを噛み殺す彩希の頬の赤みが、しかし、瞬く間に引き始めた。詞水の元から溢れ出た光が不意の一撃の傷を即座に癒し、彰の目の前から消し去ろうとしている。
    「羅刹の寂しさを埋めて、先輩はそこで寂しくないですか」
    「うるさいなあ。聞きたくない」
    「僕は先輩が戻って来ないのは寂しいです」
    「その手を使うな」
     耳を塞ごうにも片手は掴まれ、片手はなぜかクマを放り出せない。余裕のはずの笑みが途方に暮れ始めた。
    「いっぱい大事なものがあると失うのは怖いけど、その大事なものって与えられてるだけじゃなくて、杉下先輩自身がちゃんと内側に持ってる気持ちだから」
     羅刹が床を踏み鳴らそうとした。靴を履かせて貰った足。爪先が抗おうとする。
    「無くなったりしないです。いつも、いつでも、いつまでも」
     大体、なぜ、灼滅者の到来を待っていたのか。詞水の問いに、ダークネスは薄く笑った。
    「お人好しは利用できるからね、っ――」
     そこにマテリアルロッドの一撃が飛んできた。床にもんどり打つ。
    「独りで寂しかった? 馬鹿言ってんじゃねぇよ」
     フォースブレイクを突っ込んだのは、彰二。
    「ひとりぼっちが寂しいのなんて、当たり前だッ!」
     石突側で、床を打つ。
    「お前のこと大事で、取り戻したくて集まったヤツがこんだけ居る。俺らの気持ち丸無視して独りだなんて、思わせない」
     仲間を示したロッドを強く握ると、指の関節がぎちりと鳴った。
    「……それに寂しい時とか悲しい時とか、無理して笑ってなくても、寂しい時は寂しいって言えば、ちゃんと受け止めてくれる人だって居るんだからな! だから戻って来い、楽しい高校生活だって待ってるから!」
     彼は元々卓上競技部で彰と一緒だった。自分が闇堕ちした時も助けて貰っている。何が何でも連れて帰りたい。それ以外の選択はない。
    「人の為に堕ちるとか、スゲーお前らしいけど、ちゃんと戻ってこねーと許さねーからな! 何お前まで堕ちてんだよ、バーカ、バーカ!!」
     彰二は声を振り絞った。
    「……まだありがとうも伝えられてねーのに、このまま…なんて、絶対、ぜったい嫌だからな……!」
    「もっと罵れ。殴れ。困らせろ。確実に堕とさないと。壊れろ。堕ちろ!――彰」
     ついに羅刹が本音を吐いた。掴まれた腕を振りほどこうと荒れる。その時だった。
     クルセイドソードを抜いた都璃が、その腕に斬りかかった。
    「杉下さんの手は殴る為じゃない、人を癒す手だ」
    「っっ、う」
    「私も何度も助けて貰った。今度杉下さんの手が汚れる時、私も一緒に汚れる。絶対に杉下さんは1人じゃない」
     都璃は柄を握り締め、痛むのだろう仲間の姿を見つめたままで思い切り振るった。
    「これ以上堕とさせはしない! 一緒に帰ろう!」
    「堕ち――っ、アア!」
     眩い光がリビングに溢れ返った。彩希が指先に力を込める。痛いはずだった感触が、次第に柔らかく華奢なものへと戻っていく。
    「……ぅ」
     ひしゃげた壁に背を押し当てて、ずる、と崩れ落ちようとする者。白い額に角はなく、腕は滑らかな肌に覆われている。それは、
    「あっ」
     取り落としそうになったクマを慌てて抱きとめて、ほっと息をつく。いつもの、彰だった。

    ●杞の人を笑うな
     鷲司の拳骨が、ゴツンと落ちた。彼女の脳天に。
    「……っ」
     拳だった手が柔らかく開き、くしゃくしゃになるまで頭を撫でる。
    「おかえり」
     彩希が手を引き寄せ、ぎゅっと彰を抱き締めた。
    「お帰りなさい」
     頬を涙の一滴が伝う。だが、そこに浮かぶのは笑顔。それを見ていた詞水が、はっとした表情で自分の頬に手の甲を当てる。
    「おかえりなさい」
     ぐっと拭って迎えた。涙があふれる。後で恥ずかしくなるかもしれないけれど、今はそれで良い。
     仲間の知る彰の声が答えた。
    「ごめんなさい」
     言わないと、言わないと。そう思い続けた言葉。そして、ふんわりと笑む。
    「ありがとう」
     諸々の手配を終えての帰り道、彰は鈴におんぶされていた。皆で空を見上げる。
     すっかり暮れた天には、降ってくるかのような星。だが、空は変わらずそこにある。
     明日も、そのまた明日も。
     仲間がいるから。
     

    作者:来野 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 16/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 6
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