満開の桜の下でもふもふ羊さんと戯れるお話

    作者:春風わかな

     天を仰げば碧い空。
     薄紅色の小さな花びらが風に乗ってひらひらと舞う。
    「そろそろ桜も見納めだな……」
     昼休みを少しずらしたおかげで周りには人もおらず静かな時間を満喫できる。
     緑色の芝生の上にごろりと横になり、風に舞う花びらを見上げる贅沢な一時。
     お弁当を食べてお腹もいっぱいになったところにぽかぽかと暖かい日差しに照らされれば瞼と瞼がくっつきそうになるのも道理というものだ。
    「……あれ?」
     ――空に浮かぶ白い雲がさっきよりも大きくなっている気がする。
     青年は慌てて起き上がってゴシゴシと目を擦ってもう一度空を見つめた。
    「な、なんだ!? ……羊!?」
     それは雲ではなくて、羊。しかも自分の方に向かって突っ込んでくる!?
    『めぇぇぇぇ~!』
     なんとも愛らしい鳴き声とそのもふもふな毛並に癒されたのは一瞬。
     すぐにもふもふ羊に押しつぶされて青年の目の前は真っ暗になる。
    『めぇぇぇぇ~?』
     きょとんとした顔で鳴き声をあげる羊の背中にはらりとピンク色の花びらが落ちた。

    「桜の下に、羊が、出た――」
    「……羊?」
     普段と変わらぬ様子で淡々と告げる久椚・來未(中学生エクスブレイン・dn0054)に、教室に集まった灼滅者たちが一斉に怪訝そうな表情を浮かべる。
     桜の下に、なぜ羊?
     とりあえず説明の続きを聞こうと來未を促すと彼女の横から犬耳パーカーの少年がひょっこりと顔を出した。
    「わっほ~い♪ 僕の予想が大当たり~」
     得意満面の海野・歩(ちびっこ拳士・d00124)が誇らしげにVサインを出す。
    「僕さ、お花見してたらもふもふに会うんじゃないかって思ったんだよ~」
     羊さんだったね~と歩は傍らの星咲・夢羽(小学生シャドウハンター・dn0134)とにっこり笑顔を交わした。
     要するに、この羊は都市伝説ということのようだ。
     出現条件は桜の下で昼寝をすること。
     目を閉じて微睡んでいると羊が空から降ってくる。
    「今なら、ちょうど、桜も見頃」
     來未が視た会社員が来るのは数日後ということだ。
     今のタイミングの公園はちょうど桜も満開になっているだろう。
     さて。この羊の都市伝説。強さは……。
    「はっきりいって、強敵」
     顔色一つ変えずにきっぱりと來未は言う。
     もふもふな身体でターゲットめがけて全力で突進し、甘い鳴き声は聞く者の心を惑わす。
     そして、必殺技はそのもふもふな身体をボールのように弾ませて数人を纏めてもふ地獄へと突き落すという。
    「もふもふ地獄……!」
    「きょうてきだね……!」
     怖いね、と歩と夢羽は真剣な顔で互いの顔を見遣る。
     もふもふ好きの人間にとっては確かにこの羊さんは強敵だろう。
     主人たちに走った緊張を察したのか、霊犬のぽちと小梅も思わずびしっと姿勢を正した。
     羊さん都市伝説が現れる場所の地図を渡し、來未はぐるりと教室を見回した。
    「桜ともふもふ、楽しんで、きて」
    「はぁい、それじゃ來未お姉ちゃん、行ってくるの~」
     花見ともふもふ。夢のような一日に心躍らせ、歩はぽちとともに教室を後にした。


    参加者
    海野・歩(ちびっこ拳士・d00124)
    アプリコーゼ・トルテ(三下わんこ純情派・d00684)
    ヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)
    北澤・瞳(覇謳曖胡・d13296)
    千歳・ヨギリ(宵待草・d14223)
    アウグスティア・エレオノーラ(雪原の幻影・d22264)
    不入斗・悠(虎熊童子・d24384)
    朝霧・瑠理香(黄昏の殲滅鍛冶師・d24668)

    ■リプレイ

    ●春うらら桜日和
     薄桃色の花びらを春の穏やか風に揺らしながら満開の桜が灼滅者たちを出迎える。
    「わっほ~い♪」
     くるりん、と素早くわんこに変身した海野・歩(ちびっこ拳士・d00124)がタタタッと元気よくひらひらと風に舞う花びらに向かって走り出した。
     それを見た柴犬風の霊犬・ぽちが茶色のふさふさした尻尾をぱたぱたと振り『待って!』と歩を追いかけていく。
    「綺麗な桜ですね~。まさにお花見日和☆」
     桃色の髪を揺らす風にくすぐったそうな笑みを浮かべアウグスティア・エレオノーラ(雪原の幻影・d22264)は咲き誇る桜の樹を見上げた。
     彼女が言うようにぽかぽかと暖かい日差しに照らされた今日はお花見にうってつけの日。
     朝霧・瑠理香(黄昏の殲滅鍛冶師・d24668)もまた淡いピンク色で彩られた樹を見つめ感嘆の声をあげる。
    「たまにはこうして外に出るのもいいものだね……」
     それぞれがお弁当やお菓子等を持参しての花見はさぞや楽しい一時になるだろう。
     特に、庵胡(パグ系統の霊犬)と一緒に花見ができるのが嬉しくて北澤・瞳(覇謳曖胡・d13296)のテンションは上がりっぱなし。
     鼻歌交じりに青空を見上げ、瞳はふわふわと空を漂う白い雲を見つめて呟いた。
    「『春眠暁を覚えず』なんて言うけど都市伝説って不思議な存在ね……」
    「この件に関しては……都市伝説、グッジョブだ」
     瞳の呟きに言葉少なに応えたのは不入斗・悠(虎熊童子・d24384)。彼はお花見ともふもふという巡り合わせに密かにガッツポーズをするくらい喜んでいたのだがそのワイルドな顔立ちからはそんな雰囲気を微塵も感じさせない。
    「ヨギ、お花見……実は一度も、したことなかったから……」
     手作りのお弁当を抱えて千歳・ヨギリ(宵待草・d14223)はヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)を見上げて弾むような声で囁いた。
    「だからね、今日は、とっても嬉しい、の」
     ヨギリの言葉にヴァンは「おや」と意外そうな声をあげる。
    「千歳さんは、お花見初めてなのですね」
    「ユメも小梅もお花見はじめてー!」
     仲間を見つけたのが嬉しいのか、星咲・夢羽(小学生シャドウハンター・dn0134)も「はーい」と手をあげ、初めてをアピールすれば、彼女の足元でお行儀よく座っていた霊犬の小梅もぱたんぱたんと尻尾を振って『はーい』と応えた。
    「私とアンコも2人一緒にお花見するのは初めてなのよね」
     歩やぽちと一緒に遊んでいた庵胡が名前を呼ばれたことに気付き、『なぁに? 呼んだ?』と大急ぎで瞳の元へと駆け戻ってくる。
     そんな微笑ましい一幕にヴァンが眼鏡の奥の瞳を優しく細め、穏やかな笑みを浮かべ口を開いた。
    「でしたら、みんなで思いっきり楽しんで素敵な思い出にしましょうね」

     ヴァンが広げたレジャーシートに腰を下ろした一向は、わいわいとお弁当をシートいっぱいに並べていく。
    「色々お弁当作ってきたけど……」
    「お……美味そうだな」
     おずおずと手作りおにぎりとサンドイッチを並べるアウグスティアの手元を見て、悠は自家製野菜の漬物とサラダを並べる手を止め呟いた。
    「今日は腕を振るってお弁当用意したのよ♪」
    「ヨギも……お弁当、作って来たから……みんなも……食べて、ね……」
     瞳手作りの手毬おにぎりは春らしい色合いで可愛らしく、ヨギリがおずおずと開けた重箱には黄金色の卵焼きとタコさんウィンナーがぎっしりと詰められている。
    「お弁当もいいっすけど、やっぱりお花見といったら花見団子っすー」
     アプリコーゼ・トルテ(三下わんこ純情派・d00684)は重箱にぎっしりと詰められたお団子をじゃーん! と仲間たちに得意気に差し出した。
    「お弁当用意してもらうだけじゃわるいっすからねー、ちゃんとした和菓子屋さんで買ってきたっすよ」
    「僕、ワッフルいっぱい作って来たよ~っ♪」
     歩が取り出したワッフルを見て夢羽の瞳がキラキラと輝く。
     シートに乗り切らないくらいのお弁当を並べ終えると、皆は手を合わせて姿勢を正し、一斉に口を開いた。
    「「いただきます!」」

    ●桜×お弁当=最高のお花見
     桜の下のお弁当タイムは終始なごやかだった。
     みんなが持ち寄ったお弁当にアプリコーゼはパタパタ尻尾をふりふり舌鼓をうつ。
     決して任務を忘れているわけではない。
    「今回の敵は強敵っすからねー、戦いに赴く前に英気を養う必要があるっす!」
    「そうそう、『腹が減っては戦が出来ぬ』って言うしねっ♪」
     瞳が桜エビに錦糸卵を添えた手毬おにぎりをアプリコーゼに差し出すと、彼女は礼を言って受け取った。
    「でも今回は、戦っていうか……もふもふ、かな?」
    「もふもふも大事な戦いっすよ!」
     そうね、と2人笑顔でミニサラダへと手を伸ばす。
    「ヴァンお兄さん、あの……美味しい?」
     自作の卵焼きを口へと運ぶヴァンを見つめ、ヨギリが心配そうに問いかけた。
     眼鏡の青年はゆっくりと味わうように卵焼きを食べると不安そうに見つめる少女に向かってにこりと微笑む。
    「千歳さんの卵焼き、優しい味で美味しいですよ」
    「……良かった」
     ほっと胸を撫で下ろし幸せそうな笑みを浮かべるヨギリの前でヴァンは彼女が作ったもう一品へと手を伸ばした。
    「タコさんウィンナーも作れるようになったのですね」
    「おにぎりや他の料理は……まだ、修行中なの……。次、頑張るわ」
    「千歳さんならきっと上手にできますよ。応援してますね」
     優しいヴァンの言葉にヨギリもこくりと頷き更なる練習を心に誓う。
    「ね、バッカルさん、やきとりおいしい?」
    「なぁ゛の゛ー」
     夢羽はバッカルさん(悠のナノナノ)に好物の焼き鳥をあげてご満悦。
    「そっかぁ、ほら、まだまだいっぱいあるよ!」
     渋く低い声で『美味しい』と告げるバッカルさんへとこれもあれもと片っ端から夢羽は焼き鳥を差し出した。次々と焼き鳥をたいらげるバッカルさんを見て、思わず主人の悠は苦笑しながら嗜める。
    「バッカルさん、焼き鳥だけじゃなくて野菜も食いなって……」
     ほら、と悠は実家で作ったという新鮮な野菜のサラダを差し出すがバッカルさんはぷぃっと顔をそむけた。どうやらお野菜はお気に召さないらしい。
     一方、小梅は目の前の野菜に興味深々。じぃっとキュウリの漬物を見つめている。
    「実家の野菜なんだが、良かったら食べてみるか?」
     小梅は悠の差し出した漬物を嬉しそうにぱくりと齧ると『おいしい!』とちぎれんばかりに尻尾を振った。
    「お代わりか……ちょっと待ってろ」
    「小梅、気にいったの? よかったね~」
     美味しそうにキュウリを食べる小梅の傍らでは焼き鳥串をくわえたバッカルさんがふよふよと漂う。
     再びわんこに変身した歩が庵胡と一緒に転げるように桜の周りではしゃぎ始めると、ぽちも甘えるような声をあげ歩たちと一緒に遊び始めた。そんな歩とぽちの首にはヴァンからプレゼントされた揃いのバンダナが巻かれている。
    「ね、夢羽ちゃん」
     蜂蜜ミルク色の髪をふんわり揺らし音羽・咲結(d19401)が夢羽の名を呼んだ。
    「咲結デザートを作ってきたんだけど……たくさん作ったから、みんなにも差し入れ」
     どうぞ、と咲結が差し出したのは苺ティラミスと桜スフレ。
    「わぁぁ、ピンクで可愛いー!」
     はしゃぐ夢羽の声につれら、アプリコーゼや瞳も何だろうと近寄ってくると早速デザートへと手を伸ばす。
     味見して美味しく出来ていた……と思うけど、咲結としてはやはり皆の反応が気になり恐る恐る感想を求めた。
    「どう、かな……?」
    「甘くて美味しいっすー!」
    「苺とチョコの組み合わせに女子は弱いのよね~」
    「スフレふわふわ~! ユメ幸せ♪」
     評判は上々。ほっと胸を撫で下ろす咲結の元へと一匹のわんこ(歩)がジャーンプっ!
    「わうっ! わうっ!」
    「きゃぁ!?」
     突然、歩に飛び掛かられた咲結はそのままぽふっと花びらの絨毯へと倒れ込む。
    「咲結ちゃん、だいじょうぶ?」
    「ん、大丈夫だよ。ちょっと、びっくりしただけだから」
     『驚かせちゃってごめんね』と歩はぺろりと咲結の頬を舐めればぽちも歩の真似をして反対側の頬を舐めた。
    「ふふ、くすぐったい、な」
    「歩はいつでも元気いっぱい、ね……」
     小梅をもふもふしながら歩とぽちを見つめ、ヨギリが呟けば。
     くるり巻いた短い尻尾を懸命に振って庵胡が『撫でて!』とアピールしに近寄ってくる。
    「庵胡は人懐っこいですね」
     ヴァンに背中を撫でられた庵胡がくしゃっとした顔で嬉しそうに鼻を鳴らした。
    「やはり、お花見は……こうじゃないとな」
     持参してきた飲み物を片手に瑠理香は賑やかな仲間たちを見つめ、楽しそうに目を細める。
     普段は鍛冶場にこもることの多い瑠理香だったが、こうして青空の下で心地よい風に吹かれているのも悪くはない。
    「こんなにゆっくりしたのは久しぶりかもしれませんね」
     ほぅっと息を漏らし、アウグスティアは頭上の桜を見上げた。
     風に揺られふわふわと舞い散る花びらを目で追いながら、手に持ったお茶を一口啜る。
    「いいお天気……思わず寝てしまいそう……」
     はふっと欠伸を堪えるアウグスティアの様子に気付いた瑠理香が仲間たちに声をかけた。
    「そろそろ――次のお楽しみにいこうか」

    ●ようこそ、もふもふの国へ
     お花見の次に待っているのは、もふもふの時間。
    「ばっちり英気も養ったし、羊を呼びだすっす」
     桜そこそこにお弁当を満喫したアプリコーゼも心なしか眠たそうに見える。
     美味しいお弁当やデザートをお腹いっぱい食べた上に、ぽかぽかと暖かい太陽に照らされれば絶好のお昼寝タイム。
    「ん―……なんだか、本当に……眠くなってきた、かも……」
     犬変身した歩をもふもふしてたヨギリのまぶたも重くなりトロンとした表情を浮かべて呟いた。
     うとうとしはじめてヨギリと歩にそっとヴァンは自分の上着をかけると、自身も桜の樹にもたれ掛ってそっと目を瞑る。
    「うー……ユメも、ちょっと、ねむいかも」
    「あら、じゃぁ夢羽ちゃんも一緒に寝ましょ?」
     瞳の言葉にこくりと頷き夢羽も目を閉じた。
     仲間たちがお昼寝を始めたのに合わせて悠と瑠理香も花びらの絨毯の上へとごろりと横になる。
     囮役を手伝おうと張り切ってやってきたエフティヒア・タラントン(d25576)はパジャマ姿に枕持参でもうお昼寝する気いっぱいであった。
     もふもふ羊さんとの戯れを夢見て静かに目を閉じればあっという間に夢の国へと誘われ。
    「もう食べられないわよ……このカボチャ……」
    (「一体、どんな夢をみているのでしょう……?」)
     エフティヒアの寝言にアウグスティアが首を傾げたその時。
     ひゅぅぅぅぅ~と白い塊が空から降ってきた!
    「あ、あれが……!?」
     大急ぎでアウグスティアがサウンドシャッターを展開したその瞬間。
    『めぇぇぇぇ~』
     のんびりとした鳴き声をあげ、もふもふ毛皮に包まれた真っ白な羊さんがぼよんぼよんとお昼寝をしている仲間たちの上を跳ね回る。
    「皆さん起きてください! 羊さんが現れましたよ!」
     アウグスティアの声と同時に皆ぱっと目を開け飛び起きるが……アプリコーゼだけは起きる気配を見せない。
    「アプリコーゼさん、起きてくださいっ」
    「なぁ゛の゛なぁ゛の゛」
     『おい、起きろよ!』とバッカルさんの渋くハスキーな声で起こされ、ようやくアプリコーゼも起き上がった。
    「うわっ、羊がいるっす! いつの間に!?」
     羊さんの姿を確認するや否や、アプリコーゼの姿は光の奔流に包まれる。どうやら変身シーンのようだが時間がかかりそうなので、その間も他の仲間は羊さんと戯れることにした。
    『めぇぇぇぇ~めぇぇぇぇ~』
     ふわふわと綿毛のような真っ白な毛を風に揺らし、羊さんはポーンと思い切り瑠理香めがけて飛び掛かかる。
     ぼふ! もふ!
     想像以上に柔らかな毛並みに包まれた瑠理香はその抜群の触り心地に暫し心を奪われた。
    「こ、これがもふもふというものか……」
     わなわなと肩を震わせて呟く瑠理香を「いいな~」と夢羽が羨ましそうに見つめる。
    『もっふ~♪』
     わんこ姿の歩はぽちと一緒に羊さんへと向かってダっと駆け込み、もふもふな身体めがけて思い切りダイブした。
    「ユメもー!」
    「あ、夢羽ちゃん待って! 私も行くわ!」
     もふもふの魅力に我慢できず夢羽と瞳も羊さんへと駆け出すと、そのふわふわな毛皮に向かってもふっと飛び込む。
    「もふもふ……羊さんをもふもふ……」
     仏頂面で羊さんを見つめていた悠もその魅力に抗うことが出来ず、ふらふらと羊さんへと近づいて行った。
    「ヴァンお兄さん……ヨギも、羊さん、もふもふして、いい……?」
    「ええ、いっぱいもふもふしましょう」
     2人は羊さんへ飛び込み、うっとりとした表情を浮かべぎゅっと羊さんを抱きしめる。
    「凄い、とってもふかふか……!」
    「ええ、羊さんを抱きしめて昼寝をしたらとても気持ち良さそうです」
     それはまさに至福の時。
     襲い掛かる睡魔を振り払いながら灼滅者たちは一心不乱に羊さんをもふるのだった。

    ●もふもふを楽しむのも大切なお仕事です
    『めぇぇぇぇ~』
     もふっと身体を弾ませ灼滅者たちを夢の国へと誘う羊さんの暢気な声が青い空に響き渡る。
    「ふかふかで気持ちいいですね……♪」
     ぎゅぎゅっと羊さんを抱きしめるアウグスティア。彼女は気を抜くとくっつきそうになる瞼を引き離すのに必死だったが。
     もふもふを堪能していた瑠理香もまた眠気に抗うのに必死。寝ないように気合を入れて思いっきり羊さんを抱きしめた。
    「羊さん、ぎゅー……」
     もふもふ毛皮に包まれた夢羽は小梅を片手に夢の国と現実を行ったり来たり。
    「も、もふ……いかん、これは物凄くもふもふ……」
     柔らかな羊さんの毛皮に包まれた悠は必死に睡魔と闘っている。目を閉じまいと抵抗するが、羊さんののんびりとした鳴き声が子守唄のように聞こえ……。
    「なぁ゛の゛ーっ」
     『しっかりしろ!』とでもいいたいのだろうか。ペシっとバッカルさんが悠へふわふわハートを飛ばすと悠はハッと現実へと引き戻された。
    「バッカルさん……ありがと、な」
    「なぁ゛の゛なぁ゛の゛」
     『気にするな』とでも言いたげにすちゃっと片手をあげたバッカルさんはふよふよと悠の頭上に浮いている。
    「わふ~、お布団としてもって帰りたいくらいっす」
     もふもふの毛皮にすりすりと頬を寄せ、アプリコーゼはその心地良い感触を全身で堪能していた。
    「こいつは実にてごわいっす!」
    「こんなに可愛いのに……最強だわ!」
     羊さんを目一杯撫でてそのもふもふ毛皮を堪能していた瞳だったが。
     とろんとした目の主人に気付いた庵胡がずずいっと顔を寄せる。
     それはまるで『私も! 私も撫でて!』とアピールされているかのようで。
    「ごめんごめん、アンコ。アンコも可愛いわよ」
     ご主人様の視線を取り戻してご機嫌の庵胡はくるりと巻いた尻尾を全力で揺らした。
    「僕、羊さんともふもふ勝負しちゃうんだよ~♪」
    『めぇぇ~♪』
     「わっふー♪」とシャウトで眠気を吹き飛ばした歩は、くるりん、と本日何度目かのわんこ変身をすると全力で突進してくる羊さんを全身で受け止めた。
    「わんこ歩と、羊さん……どっちがもふもふかな……」
     撫でていい? と両手を差し出したヨギリに向かって歩はピョンと飛び込む。
    「歩も、羊さん……二人とも、もふもふ……引き分け……」
     歩と羊さんを抱えてもふもふを堪能するヨギリの頭をヴァンが優しく撫でる。
    「千歳さん、いっぱいもふもふできましたか?」
     こくん、とヨギリが頷き仲間たちに視線を向けると皆もふもふを十分に満喫できたようで。
     ――すなわち、それは羊さんとのお別れの時間。
    「学園に連れて帰れたらいいのに……」
     ごめんね、と呟くヨギリに羊さんは暢気な鳴き声で答えた。
    「せめて、一撃で……楽にしてあげます」
     アウグスティアの攻撃に続けと皆一気に攻撃を叩き込む。
     そして、瑠理香の放った大量の爆裂弾が羊さんを包み込み……羊さんはしゅるんと煙のようなものに姿を変え空へと帰って行った。

    「終わったな……」
     羊さんが去った後の公園をぐるりと見渡し、瑠理香がぽつりと呟く。
    「ある意味凄い強敵でしたわ……もふもふにはまりそう」
     羊さんとの戦いを思い起こし、アウグスティアはじっと手を見つめた。
     つられて悠も自身の手に視線を落とす。羊さんのモフモフ感は絶対に忘れない。心に刻みこもうとぐっとその手を握りしめた。
    「そうだ! 來未お姉ちゃんに花びらをお土産にしよ~っとっ♪」
    「ユメもいっしょにおみやげにする~」
     歩と夢羽がひらひらと舞う桜の花びらを集め出すと、ぽちと小梅もお手伝いしようとじゃれるように花びらを追いかける。
    「羊さん……また会えると、いいな……」
     麗らかな春の陽気に誘われ、ふわりと浮かんだひつじ雲を眺めるヨギリにヴァンが優しく微笑んだ。
    「ええ、またいつか、きっとどこかで会えますよ」
     心地よい春の風が髪を、頬を、ふんわりと撫でる。
    「いつか、また……今度は戦うことなくもふもふ出来ますように……♪」
     空に浮かんだひつじ雲に向かって呟く瞳に応えるかのように。
     めぇぇぇとのんびりした羊さんの鳴き声が聞こえた気がした。

    作者:春風わかな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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