――ゲルマンシャーク様、灼滅される!
にわかには信じられぬ事実を前に、ある者はなすべきこともわからぬまま駆け回り、ある者はヒステリックな叫びを上げる。
黒、赤、黄。3色に塗り分けられた三角の旗を頭に持つ怪人、すなわちゲルマンペナント怪人達は脱力したように椅子に腰を下ろした。テーブルに肘をついて重い息を吐く。
「我々はこれからどうすれば……」
「ゲルマンシャーク様……」
「……」
「…………」
「……どうにもいかんな」
「そうだ、腹が減っては戦は出来ぬというだろう」
「なるほど」
「腹ごしらえか」
「ビアガールは……ああ、どこかへ行ってしまったか」
他に人気のなくなった室内を見渡し、怪人達は再び大きくため息を吐いた。
「新潟ロシア村での戦い、お疲れ様でした」
アンティークグリーンの瞳に安堵をにじませ、隣・小夜彦(高校生エクスブレイン・dn0086)は灼滅者を出迎えた。
「ゲルマンシャークを倒したと聞いて驚きました。さすがですね」
4体のご当地幹部の中でも最強と目されるラグナロクを灼滅できたのは大きい。これによりグリュック王国にあった灼滅者を闇堕ちさせる決壊の消滅も確認できた。
「この機にグリュック王国を攻略することになりました」
ゲルマンシャークを失い、ゲルマンご当地怪人は混乱している。王国内には多数のご当地怪人がいるが、指揮も連携もあったものではない今なら一気に攻め寄せ、各個撃破することが出来る。
混乱から立ち直る時間を与えれば組織の再編成あるいは他組織への加入を許し、新たな脅威となるだろう。その可能性を摘むのは今が最大のチャンスなのだ。
「皆さんにはゲルマンペナント怪人達の灼滅をお願いします」
ゲルマンペナント怪人とは新潟ロシア村で対峙した者も多いだろう。
グリュック王国のシンボルでもあるビュッケブルグ城の一室で、彼らはテーブルを囲んでひたすらヴルストを食べつつ益もない会話をしている。
「本人達は真面目に今後の身の振り方を相談しているつもりらしいんですが」
愚痴と嘆きと苛立ちが渦巻くばかりでまるで建設的な話し合いにはなっていないようだ。前向きな発言は「ヴルストうまい」くらいのもので。
「ところで、怪人達ってことは複数?」
「はい、この部屋には12人のゲルマンペナント怪人がいます」
ちょっと多くない?
目線で訴える灼滅者に小夜彦は笑みを返した。
「確かに相手は曲がりなりにもダークネス、ではありますが……今の皆さんなら十分に勝算はありますよ」
ひとりひとりに視線を合わせ、やわらかく頷く。
「皆さんの手で作り出した好機です。ご活躍を祈っています」
参加者 | |
---|---|
仙道・司(オウルバロン・d00813) |
加賀谷・色(苛烈色・d02643) |
日野森・沙希(劫火の巫女・d03306) |
栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751) |
綾木・祇翠(紅焔の風雲・d05886) |
城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563) |
黒沢・焦(ゴースト・d08129) |
ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118) |
●旗を揚げろ
貴婦人と称された端正なたたずまいも、驚愕と悲嘆の声に塗れてはどこか空虚だ。グリュック王国に踏み込んでからそこかしこで溢れていた気配はここビュッケブルグ城でも変わらず。
「ちょっと可哀想な気も……ほんのちょっとだけするけど」
「どこか憎めないんだよね。でもダークネスには変わりない」
城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)の苦笑に栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751)も頷いて主のいない城を見上げた。
「かっちりきっちりやりとげて、すっきり終わりにしようぜ」
パーカーのフードを深く被りなおし、加賀谷・色(苛烈色・d02643)は勝気に笑う。
綾木・祇翠(紅焔の風雲・d05886)の胸にあるのは熱き決意。富山と北海道は開拓時代からの結びつきがあり、盟友同然。今こそ怪人に鉄槌を下すとき。頭に登った霊犬、紫雲が小さく吠える。
藍の瞳をきらめかせたのは仙道・司(オウルバロン・d00813)。
(「オウルバロン……梟男爵が王国制圧で梟王、オウルキングにっ!」)
心の中で高らかに宣言した響きは、なんだか語感が悪かった。顔をしかめて首を振る。やっぱり王を目指すのはやめておこう。
左右を見渡した日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)が振り返り、人差し指を唇に当てる。ここからは迅速に、隠密に。
皆が唇を引き結んだのを確かめて、城内に踏み込んだ。
辿りつけばドア越しに聞こえるいくつもの声。内容まではわからないが、どうせ意味のない会話だ。
司が大きく扉を開く。
「いざ戦いの時、なざたいむ!」
一斉に響く足音。
「……から、我々は……っ?」
「誰だ!」
「むぐっ!?」
テーブルを囲んでいたゲルマンペナント怪人達が椅子をひっくり返して立ち上がるのと、灼滅者の武器が閃くのはどちらが早かったか。
蒼が剣をかたどる光を喰らい、ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)の腕は一振りの刃となる。巨大な刃は勢いのままにヴルストを喉に詰まらせた怪人に斬りかかった。
「ルー、一緒に」
傍らのナノナノに呼びかけながらバイオレンスギターの弦を弾く黒沢・焦(ゴースト・d08129)。
狙いは一転集中。
拳が、刃が、音が、風が。
立て続けに咳き込む怪人に襲いかかる。
「いかん!」
守りを固めた怪人が割って入った。
どんなに情けない姿を晒していてもダークネス。すべての攻撃が直撃したわけではない――けれど。
「げほ……っ、ぐ、ひ、卑怯な……っ!」
火力に重きを置いた集中攻撃の前に、すでに怪人A(仮)の足元はふらっふらだった。
沙希の瞳がざわめく怪人達を見据える。澄んだ音を奏でる神楽鈴。
「武蔵坂学園です。おとなしく灼滅されるのです!」
「ゲルマンシャークを倒したのは、わたし達よ!」
千波耶が影を絡ませた右足を一歩踏み出した。
「武蔵坂学園だと!?」
「こいつらがゲルマンシャーク様を……っ!」
「おのれ、ゲルマンの誇りを見せてやる!」
「いや、敵襲を知らせるのが先ではないか?」
「知らせるといっても指揮を執ってくださる方は……」
相手が逃走を図って取り逃がすことのないように、戦意を煽る目的で告げた台詞。しかしペナント怪人達の反応はばらばらである。統制がとれていないとは聞いていたが、トップの喪失はげに恐ろしき。
混乱のうちに遠慮なく攻撃を続けようとしたら、さすがに振り向いた怪人のビームが飛んできた。
「ええい、話し合ってる場合ではないわ!」
なし崩し的に始まった反撃に応じるべく、灼滅者は腰を落として身構えた。
●旗を振れ
「ロートビーム!!」
「っつ」
放たれたビームがハノンの唇を歪ませた。白と黒、対極に輝く二振りのサイキックソードを構えなおして床を蹴る。ペナントなんかに負けられない。最初の目標に集中攻撃すべく、目の前の敵からは飛びのく。
袴の裾を音もなくさばき、綾奈は鋭く視線を走らせた。組み手の稽古を思い出す。敵味方が入り乱れる状況は稽古とは違うけれど、相手の動きをよく見て動くのは同じこと。
「負けないんだから」
ジャンプした怪人の軌道を読み、拳を固めながら横へ一歩。
数で勝っておきながら意思統一を図れていない怪人達は攻撃を集中しきれない。
天井に届かんばかりに飛び上った怪人が千波耶めがけてキックを繰り出した。衝撃に揺れる肩。横からさらに襲いかかる怪人の前に色が割り込んだ。
盾のように体の前に構えた縛霊手の上でビームが跳ねる。
「ぬっ」
「俺と殴り合おうぜ!」
吊り上げた唇の端に八重歯が覗いた。
「サポートは任せてください」
攻撃に移る灼滅者の背を押すのは焦が奏でるギターの響き。傍らで羽ばたいたルーがハートを飛ばした。
テーブルに飛び乗った紫雲も瞳を瞬かせて傷を癒す。
痛みが和らぐのを感じながら司がマテリアルロッドを振りかぶる。
「ゲルマンシャークのいない貴方達など、『これださーい!』と押し入れに放り込まれたペナントも同然!」
「ださい!? 貴様そもそもペナントというのはだなぐぎゃあ!!」
自らの由来を語ろうと肩を怒らせたペナント怪人A(仮)はものの見事にロッドの直撃を喰らい、爆発四散した。
「ゲルマンシャーク様ぁ~!」
「同志よおおおおっ!」
怪人達の男泣きが響き渡る。
「ゲルマンシャークが恋しいならくれてやるぜ……灼滅と言う片道切符をな」
ざわつく怪人の1体の懐に潜り込む祇翠。なびいた深紅の髪が背に落ちる前に掌を怪人の脇腹に押し当てた。
「轟く声は雷鳴、怒火を滾らせ畏れを刻め……雷鳥ビーム」
「ごふっ」
体をくの字に折った怪人がたたらを踏んだ先には拳を握った沙希が回り込んでいる。ツインテールを揺らして叩き込む連撃。
「旗印のない旗には、なんの意味もないのです。諦めて楽になるのですよ」
「いかん……!」
後に続いたハノンの一撃には別の怪人が立ちはだかる。交差された腕の上で止まったサイキックソードを引きながら、目を細める。
「グリュック王国を潰しに来たんだぞ~あなたたち今めっちゃピンチなんだぞ~」
「そんな挑発に誰が乗るか!」
「いやしかし、灼滅者と侮るわけにもいかないぞ」
「誰か応援を呼んだほうが……」
逐一意見がまとまらないペナント怪人達である。
杭を打ち出したバベルブレイカーを引き戻しながら千波耶が首を傾げてみせる。
「あなた達はそれでいいの? ゲルマンシャークはこっちが何人いようと堂々と戦ったのに」
大きな瞳に見つめられて、ペナント怪人はハッと顔を見合わせた。
「ゲルマンシャーク様……!」
「そうだ、我々は……!」
突き出した両手からビームが放たれる。
「そういうところは本当、憎めないんだけどね」
間近で放たれた一条の光を闘気を纏わせた腕で受け流し、綾奈は黒絹の髪をなびかせた。雷を帯びた拳を三角旗に叩き込む。
「ぐはぁっ」
よろめいた怪人がちょっぴり不安そうに仲間を見渡した。多分、後ろ向きなことを言い出せる雰囲気じゃなくてうろたえてる。
●旗色は鮮明に
焦の鳴らすギターの旋律がペナント怪人に与えられた怒りを霧散させる。灼滅者達は当初の狙い通り、高い火力を集中させる。
「癒し手を先に叩くべきではないか?」
狙いを切り替えた怪人の前には色が立ちはだかった。ジャンプからの加速をつけたキックを縛霊手で正面から受け止める。
「通さないぜ!」
体重をかけてくる怪人を押し返した弾みでフードが外れた。乾いた毛先が首を撫でるのに片眉を跳ね上げながら雷を纏う拳を真っ直ぐ繰り出す。
「ありがとうございます」
焦の声に重ねてルーがふわりとハートを飛ばした。
「何をやっている、我等も火力を集中させねば……」
「もう遅いのですよ」
窓を背にして沙希が一歩距離を詰めた。髪を結ぶ赤い紐がツインテールと一緒に踊る。
ひとり、またひとりとゲルマンペナント怪人が火花を散らして消えていき、気づけば片手の指で足りるほどまで減っていた。
「バロンちゃん、右から来るわ」
「ばっちりですっ」
千波耶が一歩下がって攻撃を誘い、司が扉から遠ざかるように踏み込み。数で逆転した灼滅者は怪人達を囲むように動きを変える。
包囲を縮めながら色が炎の翼を羽ばたかせた。
「く、このままでは……!」
「やはり誰かに報告に行くべきだったのだ……っ」
「馬鹿者、ゲルマンシャーク様の配下として無様な姿を見せられるか!」
「ではこの状況をどうするというのだ」
「……腹が減っては戦は出来ぬと言うだろう」
現実逃避を始めたペナント怪人がヴルストが乗っているはずのテーブルに顔を向ける、と。
「わうっ」
紫雲がもっしゃもっしゃヴルストをむさぼっていた。
「貴様……っ」
「いやしかしヴルストの味がわかるとはいいドイツ犬に」
なりません。
横っ面に祇翠の拳がクリーンヒット。
「ぐほぉっ」
ちゅどーん。また1体がお星さまになった。
「く……っ」
「マリモ風情に従ってた連中さ。たいしたことはないね」
逆上した怪人が床を蹴る前に、ハノンのサイキックソードが光を爆発させた。
眩しさにジャンプのタイミングをずらしてしまうペナント怪人。威力の欠けたキックは綾奈に軽くいなされる。艶やかに揺れる牡丹の袖。
歯ぎしりしながら着地した怪人に灼滅者達の殲術道具が迫る。脂汗で三角旗がうっすら湿っていた。
事ここに至ると、あとは全員で叩き伏せるだけだ。
「あ、残ったヴルストの心配はいりません。ボクたちが美味しく頂いてあげますっ!」
司が高らかに宣言してクルセイドソードを振り下ろした。
飛び上った祇翠が天井を蹴り、真上から勢いよくかかとを落とす。
「ご当地間の絆は無限大……富山と北海道の合成、昆布キック!」
「ぐぎゃっ!?」
ピシッと伸びていた三角の旗もいつの間にかよれよれだ。
「迷惑な愚痴も嘆きももうおしまいよ!」
千波耶の拳が怪人の胴を幾重にも打ち、ふらついた足元を焦の影が斬りつけた。ハノンの両手でサイキックソードが閃き、色と綾奈の雷を帯びた拳が追い打ちをかける。
「な、なんということだ……っ」
低く唸りながら怪人はガイアパワーをかき集めて傷をふさぐも焼け石に水。
「地獄の炎で苦しみながら灼滅されるのです。それがあなた方の罰なのですよ」
沙希がやわらかに頬を緩め、軽やかに鈴の音を響かせた。舞い散る火の粉。一閃させた神楽鈴が炎の尾を引いて。
「ゲルマンシャーク様万歳! グローバルジャスティス様に栄光あれ!!」
最期だけは勇ましく、叫びとともにゲルマンペナント怪人は爆散した。
●勝利の旗を
後に残ったのはテーブルに散乱したヴルストと倒れた椅子。上品な内装とのミスマッチが哀れを誘う。
乱れた髪を背中に払い、祇翠は怪人のいなくなった部屋を見渡した。
「さて、他の幹部もいるしまだまだ気を引き締めないとな」
「まあでも、今回はやりきったってことでいいんじゃねえの?」
いつの間にかフードを被りなおした色が肩をすくめる。他の場所でゲルマンご当地怪人と戦う灼滅者達もきっとうまくやっていることだろう。
「再利用されても困るかもしれないし、グリュック王国焼き払っとく? やっちゃう?」
「結構広いんじゃありませんか?」
どことなく弾んだ声を上げるハノンに焦が窓の外に目をやった。広がる緑と青い空。のどかだ。
「さすがに焼き払うのは無理があるんじゃないかな」
「あ、やっぱり?」
首を傾ける綾奈にハノンはあっさり頷いた。
「それより、お城の中を探検してみたいのですよ」
「写真とか……撮っても良い?」
有益な情報を探したいという沙希の言葉に、千波耶が小さく手を上げる。記念だし、ちょっとだけ。ささやかな希望を断る理由もなくて。
「ではお城を探検した後、帰ったらヴルストで祝勝会ですよ~!」
司が目を細めて笑う。
新潟ロシア村での戦果はさらに大きな展望を実らせた。グリュック王国はただの閉園したテーマパークに戻る。ゲルマンご当地怪人は日本から駆逐されることだろう。
唇に笑みを乗せ、灼滅者は扉を開いて歩き出した。
作者:柚井しい奈 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年4月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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