刺青羅刹・新宿迷宮の戦い~深淵行

    作者:佐伯都

    「なるほど、刺青羅刹にはああいう手合もいるのか。正直、俺の勝ち目は薄そうだな」
    「鞍馬天狗の軍が来ます! 外道丸さん、どうしますか……!?」
    「あいつの狙いはお前じゃなく、明確に俺の『刺青』だ。そして俺よりも強く、こちらの陣容も筒抜けっぽいな。力量と情報で敵わないなら、俺達にあるのは地の利だけだ」
    「地の利……あっ、昨日教わった『大勢と喧嘩する時は狭い場所で』、ですね!」
    「その通り。それに、奴等の狙いが俺なら、俺が移動すれば街にダメージは無ぇ。
     新宿迷宮で籠城戦だ。全員俺についてこい!」
      
    ●刺青羅刹・新宿迷宮の戦い~深淵行
     教室に集まった灼滅者を見回し、成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)は教卓の上にルーズリーフを広げた。一見するかぎり、まるで意味を成していないように思える難解な文章と、殴り書きと走り書きの中間な何かの見取り図のようなもの、が見える。
    「少し長い話になる。……まず最初に、今回の作戦においてすべての目標の達成は不可能である、という事を念頭に置いて聞いてほしい。でもその上で、より多くの戦果を得られるよう力を尽くしてもらえたらと思う」
     しかし、不可能と思われたことを現実にしてきた灼滅者を見る樹の目に、落胆は微塵も見られない。
    「先日行われた新潟での大規模作戦のあと、ダークネスの動向に変化があった」
     朱雀門から外道丸に関する情報を得た羅刹・鞍馬天狗は、先日アメリカンコンドルを撤退に追い込んだ精鋭の手勢、および『外道丸の拾い物』を回収に同行したロード・パラジウムを連れ、新宿歌舞伎町の外道丸の勢力を襲撃。この戦闘において圧倒的勝利を得た。
     鞍馬天狗に敗北した外道丸は、生き残った仲間を連れて新宿迷宮に撤退。現在ここで籠城する構えを見せている。
    「少数とは言ってもさすが外道丸、こちらも精鋭揃いの粒揃いだ。数で勝る鞍馬天狗も、これには相当手を焼かされるだろう」
     しかし数での劣勢はどうにもならず、外道丸の敗北は間違いない。そして彼の刺青は鞍馬天狗に文字通り、奪われる。
    「この強奪を阻止するには、外道丸の灼滅以外に方法はない」
     その上で、今回の抗争の隙を突くことができれば他の二人――鞍馬天狗、そしてロード・パラジウムの灼滅も視野に入るはずだ。
    「複数の勢力が入り乱れているので多少状況が複雑だけど、整理するとこうだ」
     一つ、外道丸は新宿迷宮に籠城中。外道丸勢力を攻撃するためには、鞍馬天狗とロード・パラジウムを灼滅、あるいは撤退させなければならない。
     二つ、鞍馬天狗の精鋭は新宿迷宮の深部を探索中で、浅い階層は鞍馬天狗の制圧下にある。もし大規模な襲撃があれば、鞍馬天狗は撤退を始めるだろう。
     三つ、鞍馬天狗が撤退、あるいは灼滅される状況になれば、ロード・パラジウムも撤退する。
     四つ、智の犬士カンナビスが捜索し、ロード・パラジウムが狙っている「何か」は、外道丸が保護している。
    「……これらの状況をふまえ、何を優先するかを考え作戦を組み立ててほしい」
     外道丸の刺青を鞍馬天狗に奪われた上で撤退されなければ、作戦そのものは成功と考えていい。そして、より望ましい戦果を上げるためには何が求められているか、を各自で詰めていく必要がある。
     どんな役割を選ぶにしても、各チームの動き次第で作戦結果が左右される。方針や考え方は色々あるはずだが、1チームの働きだけで達成できる目標は存在しない。
    「特に今回は抑えに回る役割はもちろん、細かい戦力配分も問われる作戦だ。自分たちのチームだけではなく、全体を見据えた戦略は重要だろうね」
     気を付けて、と樹は言葉少なに灼滅者を送り出した。


    参加者
    宗谷・綸太郎(深海の焔・d00550)
    花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)
    青柳・百合亞(一雫・d02507)
    樹・由乃(温故知森・d12219)
    鬼神楽・神羅(鬼祀りて鬼討つ・d14965)
    廻谷・遠野(架空英雄・d18700)
    金剛・ドロシー(手折れぬマーガレット・d20166)
    雛護・美鶴(中学生神薙使い・d20700)

    ■リプレイ

    ●手繰る糸
    「……ちょっと待った、皆静かに」
     先頭を行く宗谷・綸太郎(深海の焔・d00550)が急に立ち止まった。すぐ背後にいた金剛・ドロシー(手折れぬマーガレット・d20166)がぶつかりかける。
    「どうかしまシタカ」
    「シッ」
     綸太郎の異変を察した鬼神楽・神羅(鬼祀りて鬼討つ・d14965)が、後続メンバーを制止するように右手をあげる。ドロシーの目は地面を這う糸を追っているが、彼女と揃いのインカムをつけた青柳・百合亞(一雫・d02507)以外にその糸を見ることのできる者はいない。
    『南班、パラジウムと接触っ。戦闘を開始します……!』
     そんな、南班からの無線連絡。パラジウム襲撃班が四方に散った、その最初の地点に戻ってきたものの誰の気配もなかった。
     しかし連絡担当者の百合亞とドロシーだけが見ることのできた細い糸――恐らく蝶胡蘭(d00151)か千巻(d00396)が残したのであろう『アリアドネの糸』をたどり、ここまで追ってきたのだ。
     廻谷・遠野(架空英雄・d18700)もまた息を殺して様子を伺う。数瞬の沈黙に花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)と雛護・美鶴(中学生神薙使い・d20700)が思わず固唾を飲み込んだ、その刹那。
     衝突音のような破砕音のような残響。思わずドロシーが身を乗り出す。
    「急がねばならん、パラジウムは強敵ゆえ」
     神羅の呟きにわずかに視線を下げ、樹・由乃(温故知森・d12219)は帽子をかぶり直した。
     自分達以外に誰もいないのではと錯覚しそうな暗い迷宮を、ひたすら走る。角を回り込んだ先で凄まじい衝突音と何かのサイキックによる青い光、そしてデモノイドの咆哮が響き渡った。
    「我ら『東』が加勢する!」
    「今すぐ回復するよー」
     機銃デモノイドも由乃ら新手に気付き、武器を持ち上げる。まだ果敢に戦いを継続している者もいたが、南班の半数が戦闘不能になっていることに気付いた美鶴がひとまず清めの風を吹かせた。
     神羅を先頭に2体のデモノイドへ前衛が攻撃を仕掛け注意をそらす一方、ましろが左腕の盾を展開し疲弊した南班への防御を固めるべく支援に向かう。
    「もう大丈夫だよ、残りの皆もすぐ来てくれる」
     西班と北班がもうすぐ来る、だからきっと大丈夫。ましろはそれだけを胸に念じ、何かあれば身を挺する覚悟で、デモノイド達の動きを睨みながら次々とソーサルガーダーを施した。
     霊犬の月白を前へ出した綸太郎は、南班の状態を気にしつつ蒼焔でのブレイクを試みる。
    「草神様の仰せのままに」
     パラジウムの姿が見えない事が気になるが、今は目の前のデモノイドを排除するのが先だった。綸太郎の月光衝へ援護射撃を重ね、由乃は肩越しに南班の様子を確認する。
     ましろと美鶴が必死に南班の立て直しをはかっているようだが、半数が戦闘不能となれば無理はさせられない。脚に巻いたホルスターへガンナイフを突っ込み、返す手で妖の槍を大きく回転させ下段へ据えた。
     ことさら注意を引くように百合亞が振り回す縛霊手、そのすぐ横をすりぬけ由乃は機銃デモノイドの足元を狙う。
    「ヒエイさん、ガードデス!」
     ドロシーのキャリバーが、完全にメイジデモノイドの間合いに入った由乃を庇うべく疾走した。燃える礫が由乃へ降りかかるが、間一髪でヒエイが割り込む。
    「悪いけど、ヒーローとして見逃すわけにはいかないな」
    「何の成果もないまま、ここでお帰りください」
     暴れ回る機銃デモノイドへを一瞥し、百合亞は水草に似たフォルムを描く影を立ちあがらせた。遠野が斬影刃の構えに入ったことを確認し、ゆらりと指先を泳がせる。
     ぎりぎりまで狙い澄まされた遠野の影の刃が、無数の鉤爪のごとく機銃デモノイドを掻き裂く。そこへさらに影色の水草が伸びて、傷ついた身体を絡め取った。
     やったか、と考えたのもつかのま、苛立つような機銃デモノイドの怒号と一緒にメイジデモノイドのパラサイトスペルが落ちてくる。思わず百合亞は派手な目眩によろめくが、ドロシーが作り出した霧の感触で我へ帰った。
     やがて南班が体勢を立て直し、東班と南班の混成隊は2体のデモノイドを徐々に圧倒しはじめる。
     傷つきながらも蝶胡蘭、そして民子(d03829)がデモノイドへと引導を渡し、肩で荒い息をついた神羅は傷を癒やすのもそこそこに蝶胡蘭へ走り寄った。
    「パラジウムはどうしたのだ、逃げたのか」
    「すぐそこの脇道を、配下3体と一緒に逃げていった!」
    「確か、『逃げ出したあの子をやっと探し当てた』とも、言ってたな」
    「……あの子?」
     それが何者かは、まだ推測するしかない。
     地図を確認した綸太郎が眉をひそめる。残りの班がどこなのか、今の戦闘で何分消費したかも不明だが、複数の退路を確保しているならすぐ追わなければならない。
    「残りの班がまだだけど、すぐ追うべきだろうな」
    「急げ、時間がないぞ!」
     祝(d23681)と蝶胡蘭の言葉を聞き終えたが早いか、東班メンバーはすぐに追跡に移った。
     背中を押すように柔らかな風が吹いてきて、ヤマメ(d02936)の清めの風と気付いたドロシーと美鶴は急いで背後に手を振る。
    「せめてもの、餞別ですの」
    「今回は本当に、助かったっす!」
    「みんな、気をつけてねっ!」
    「健闘を祈る」
     雅(d11197)、そして千巻(d00396)と純也(d16862)の声に送り出された先には、闇がくろぐろと口を開けていた。

    ●青の女
     ましろが蛍光塗料で矢印を残しつつ、東班は先を急ぐ。ふと闇の向こうに特徴的な青が揺らめいた気がして、遠野はライトを向けてみた。
     急いで角を曲がってゆく、長い髪。ドロシーと由乃がさらに残りの照明を向けた。
    「つかまえたデスヨ……!!」
    「なりそこないの半端物に追い回される気分ってのはさぞ楽しかろうでしょう!」
     追いすがる灼滅者に気付いたのか、メイジデモノイドらしき光が速度を上げる。どのルートを通ったのかすら分からなくなるほど走り、ついにパラジウムが足を止めたのは何もない、やたらと広いがらんどうの空間だった。
     ライトの光が届きにくい壁際には、いくつもの出入り口が見える。
    「みっともなく逃げ続ける光景はこっちも面白いもんがありますよ。ケツばかりじゃなく面も拝んでみたいもんですがね!」
     威勢良く叫んだ由乃を一瞥し、パラジウムは発光器官を明滅させるメイジデモノイドの腕をなだめるように撫でた。
    「どうやらあの子達が倒されたということかしら――本当に、しつこいですね。知っています?」
     ライトの先に浮かび上がるのはデモノイド2体、メイジデモノイド1体、そしてパラジウム。
     ましろは背筋が凍る思いだった。
    「しつこい殿方は嫌われますのよ」
     デモノイド3体にパラジウムとくれば、そう粘れると思えない。南班が消耗していたとは言え、先の戦闘すら決して楽でなかった以上、戦力差は歴然としていた。
     まだ盾を展開しないうちにデモノイドに先制され、ましろが苦痛の悲鳴をあげる。全身が壊れるかと思うほどの衝撃。その青い拳は悪夢のように重く、信じられないほど速い。
     すぐさま美鶴がましろのカバーに入る傍ら、綸太郎は定石通り月白を前に出す。青の女の得物はウロボロスブレイド、恐らくデモノイドを排除しないかぎりパラジウムまで刃を届かせるのは難しい。これだけの戦力差、かつこうも分厚い盾となれば――。
    「いつも大変な役回りさせてごめんな、月白」
     デモノイドと比べれば、吹けば飛ぶような体躯しかないのに。それでも今は使える手段すべてを使うしかない。
     左目の横が痛んだような気がしたが、綸太郎は無視しきって大きく一歩を踏み込む。綸太郎の除霊結界に捉えられたデモノイドが身を震わせたのを、神羅は見逃さない。
    「千載一遇の好機! この瞬間を待っていた!」
     神羅の強気な言に、冷水を浴びせられたような気分で百合亞は縛霊手の右腕を構えた。灼滅がかなわなくとも、たとえここで地を舐めようと、パラジウムの目的は阻止してみせる。
    「正直外道丸さんに恨みもありませんし、羅刹の争い自体にも興味ありませんけど」
     パラジウムのブレイドサイクロンが容赦なく美鶴をはじめとした後衛を削りにくる中、百合亞は果敢に神羅、遠野らと目標を合わせて攻めこんだ。
     正直な所、勝てる気がまるでしない。それでも前に出る。
    「ヒエイさん、ユリアさんを!」
     先ほどから百合亞とドロシーのインカムに何度か誰かの声が聞こえてはいたが、とても対応できない。応答がない事に、窮境を察してくれるのを祈るしかなかった。
     メンバーを庇い続けたヒエイそして月白が、壮絶としか表現しようのない被弾数に力尽きる。デモノイド2体は前衛を、パラジウムとメイジデモノイドは中・後衛を狙う猛攻が、直接灼滅者へと襲いかかった。
    「今、治すよっ!」
    「あなた、邪魔ですわよ」
     パラジウムと満身創痍の美鶴の視線が絡んで、心臓を握りつぶされるような錯覚を覚える。
     パラジウムとの間に、無理矢理桜色の髪が割り込んできた。傷だらけの身を挺して美鶴を守ったましろが崩れおちる。
     神羅はなりふりかまわず目の前のデモノイドに、死を穿つ杭を叩きつけた。
     押し切れる、と一瞬で判断した遠野が腹に大穴をあけたデモノイドへ続けざまにサイキックを撃ち込む。なんとか反撃の好機を広げようとそれに続いた血まみれの百合亞が、綸太郎の横をすりぬけたデモノイドの拳につかまった。
     一瞬百合亞は意識を飛ばしたようだったが、派手に地面を転がりながら跳ね起きようとする。そこへ落ちくだるフレイムブラスト。
    「百合亞さん! ゆり、あ――」
     美鶴の悲鳴が途中で何かの騒音にかき消された。遠野は涙を堪えつつ、すぐ後ろにいたはずの美鶴を振り返ることなく攻撃に専念する。振り返ればきっと何かが折れる。
     黙したまま様々な思いを呑み込んでいた由乃が、猛攻をかいくぐった黒死斬で一体目のデモノイドの首級を挙げた。
    「さしずめ後輩の仇討ち、ですか」
     喉が渇ききって、ろくな声が出ない。
     倒れたままの百合亞とましろは生きているようだが、美鶴同様起き上がれそうにない。百合亞に至っては何度か魂が肉体を凌駕していたはずだ、もし身を起こしたら今は休めと制止してしまうかも、と由乃は考えた。
     残りの西・北班はいまだ到着せず、ドロシーは爪先から冷たい感触が這い上がってくるような錯覚を覚える。パラジウムと複数のデモノイド、それを相手にここまで粘れた事をこそ僥倖と考えるべきなのか。
     万が一誰かの命が脅かされるなら、いっそこの身を闇に閉ざしてでも――。
    「気を強く持て金剛殿! まだ終わっては――」

    ●死闘の終
     満身創痍の神羅が叫んだ瞬間、身を灼く激痛にドロシーは自らが悲鳴をあげたことを知る。急激に色が薄まる世界、パラジウムの手元に赤く濡れたウロボロスブレイドが戻るのを見ていた。
     肺腑から絞り出すような深い咳。ドロシーはなんとか起き上がろうとするものの身体に力が入らない。そのまま、と由乃は半ば叱るような口調で叫んだ。
     立ち上がれば狙われる、そんな身体で狙われたら。
    「頑張りますわね。可愛らしい」
    「ええ可愛い可愛い後輩達ですよ、おばさんにこんなにされちゃって怒り心頭ですよ本当この落とし前どうしてくれますか!」
     ほぼ喘鳴になっている息をつき、眼光鋭くパラジウムを睨みあげた由乃の背後から。
     何の前触れもなく、轟、と凄まじい音をあげて竜巻とオーラの弾丸が駆け抜ける。ウロボロスブレイドを振り上げ己が身を守り、由乃の背後を見やったパラジウムはなぜか笑みを強めた。
    「……来た!」
     たった一言。これ以上ないほどに短く。
     綸太郎の告げた、待ちに待った援軍の到着。ばらばらと響いてくる足音。
     北班の誰かだろうか、ドロシーや美鶴を離れた所へ運び出すのを遠野は横目で確認する。途切れそうな意識を必死につなぎ止め、腹の底から叫んだ。どうせもうこの身体のリミットは近い、ならば意地でも邪魔などさせるものか!
    「さあ、抗ってみなよパラジウム!」
     影色の鉤爪がパラジウムの両脚を掻き裂く。甲高い怒号をあげたメイジデモノイドが炎の礫を投げてきた。
     熱くて熱くて、もう立っているのが不思議にすら思う。しかし背中は完全に無傷であることを誇るように、遠野は意識を手放した。
    「久しいなパラジウム、いやはじめましてというべきかな、くふ♪」
    「ロードの力を失った貴方が、なにをしにきたのかしら? 私に捻り潰されにですか?」
    「貴様を倒し、デボネアが言っていたことを現実にしてやろう」
     フィナレ(d18889)の声を聞きながら由乃は地面に手をついた。いつだったかのパラジウムの攻撃を受けたあとから、耳がうまく音を拾わない。目眩がする。
    「いけません草神様」
     ……買い置きしたアイス、まだ食べてないんです。それにまだ草神様の所へ行くにはちょっと若すぎる気がするんですよ。そうですよね。ね。……
    「守りはしっかりと固めていくにぃ」
    「ご覚悟ねがいますよう! みなみなさま、マナがせーいっぱいまもるの!」
     北班が攻勢に出る中、神羅は無心で戦い続けていた。由乃が援護してくれていた気がするが覚えていない。
     何度か綸太郎が傷を塞いでくれたはずだが妙な寒気がした。でもまだ戦える。妙にぐらつく足元に内心首をひねり、フォースブレイクを叩き込んだ。
     ゆがんで聞こえる誰かと誰かの声。全てが影か、夢の中のよう。
    「神羅!」
     デモノイドの拳を辛くも避けきった、綸太郎の声が急激に遠ざかる。腹に入ってきた、鈍い衝撃。
     北班の動きや自分の記憶が妙に切れ切れなのは、凌駕を繰り返していたのだという事実を神羅は唐突に悟った。その瞬間に目の前が暗転する。
     朦朧としながらも、東班メンバーの声が聞こえなくなっている事に綸太郎は気がついた。時間の感覚が完全におかしくなっている。
    「あなた達を殺してあげたいのはやまやまですが、――」
     蒼焔を突き立ててなんとか身体を支え、声が聞こえる、パラジウムがいるであろう方向へ顔を上げた。
    「闇堕ちされても面倒です。命だけは助けてあげるから、尻尾を巻いて退散するが良いですわ」
     ずいぶん傷が増えたように思える青い女。
     見れば、北班のメンバーもどうやらここまでが限界のようだった。綸太郎自身、なぜ自分が今もまだ立っているのかわからない。自分がどう戦い、どう動いたのかも覚えていなかった。
     ただこれ以上何かあれば意識不明まで待ったなしという事だけは、確実な未来として知っている。
    「どうやら鞍馬天狗は撤退するようね、なら、時間がありませんわ」
     長い髪をひるがえし、パラジウムは灼滅者を残して去ってゆく。
     胸の奥から沸いてくる血臭。暗い天井を仰ぎ綸太郎は目を閉じた。
     ――次は、きっと。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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