刺青羅刹・新宿迷宮の戦い~朱にまみれ、道を征け

    作者:赤間洋

    「なるほど、刺青羅刹にはああいう手合もいるのか。正直、俺の勝ち目は薄そうだな」
    「鞍馬天狗の軍が来ます! 外道丸さん、どうしますか……!?」
    「あいつの狙いはお前じゃなく、明確に俺の『刺青』だ。そして俺よりも強く、こちらの陣容も筒抜けっぽいな。力量と情報で敵わないなら、俺達にあるのは地の利だけだ」
    「地の利……あっ、昨日教わった『大勢と喧嘩する時は狭い場所で』、ですね!」
    「その通り。それに、奴等の狙いが俺なら、俺が移動すれば街にダメージは無ぇ。
     新宿迷宮で籠城戦だ。全員俺についてこい!」
      
    「いやはやまったく、ダークネスどもは皆さんを休ませる気がないようで」
     口調こそ軽妙だが、槻弓・とくさ(中学生エクスブレイン・dn0120)の表情はいつになく真剣であった。教室に集まった灼滅者たちをぐるりと見回し口を開く。
    「予兆を受け取った方も多いと思いやすが、ダークネスに動きがありやした。鞍馬天狗とロード・パラジウム――ことに鞍馬天狗の方は記憶に新しゅうございますな」
     先のゴッドモンスターで、アメリカンコンドルを撤退に追い込んだ羅刹である。片やロード・パラジウムは朱雀門高校に籍を置くデモノイドロードであり、武蔵坂学園とも干戈を交えている。いずれも強敵であろう事は想像に難くない。
    「どうやら連中、共闘して歌舞伎町に勢力を置いていた外道丸を襲撃したようで」
     その名もまた、灼滅者の記憶に新しい、刺青を持つ羅刹である。
    「外道丸も強力なダークネスじゃあございますが、いくら何でも分が悪すぎますわな。しかしそこは、流石と申しますか」
     被害を出しながらも撤退には成功、今は生き残った精鋭たちと共に、新宿迷宮に籠城しているのだという。
    「とは言っても、籠城したところで助けが来るわけでもございません。状況は圧倒的に外道丸の不利。さりとて、あんな厄介な場所に逃げ込まれちまったんじゃ、鞍馬天狗もロード・パラジウムも数の有利を活かせやしない」
     短期的に見れば拮抗状態ではあるが。
    「それでも、数は数。保つのなんざ、ほんの一瞬でさあ。戦争は数だよ、なんてのはどなたの台詞でしたかねえ。そのままこてんぱんにされて刺青を奪われちまうのは、火を見るよりも明らか――ですが」
     アヒル口にニヤリと笑みを乗せ、とくさはこう付け加える。
    「それを、何も指をくわえて見ていることもありますまい。せっかくでさあ、横槍突っ込んでかき回してひんひん言わせてやろうじゃないですか」
     いっそ晴れ晴れと言い切ると、とくさはさらに続けていく。
    「言った通り、外道丸は新宿迷宮に籠城中。ロード・パラジウムが狙ってる『何か』はその外道丸が保護してます。それが何かは分かりませんが、こいつは『智の犬士』カンナビスが捜索してるものと同じようですな。
     そして鞍馬天狗とその精鋭が、外道丸を探して迷宮の深いところを探索してます。ついでに浅い層も鞍馬天狗の配下が制圧してますな。さて、ここで皆さんがやれることはいくつかあります――いや、いくつもあります、ですかね」
     ふう、と一度、気を落ち着かせるかのように息を吐く。
    「優先順位が、何か。それを定めれば、皆さんのやることも自然と決まってきやす。
     鞍馬天狗めに刺青を奪われないようにするには、皆さんで外道丸を灼滅してしまえばいい。やっこさんが保護している『何か』も一緒に対処してしまえば、なおのことよろしいですな。
     ただし、外道丸に刃を届かせるためにはまず鞍馬天狗とロード・パラジウムの勢力をどうにかしないといけない。その鞍馬天狗にしたって、灼滅するのか、ただ追い返すだけなのか。ロード・パラジウムも然り。連中が外道丸を探すために血眼になって新宿迷宮をうろついている以上、さほど後ろには気を配っちゃおりますまい――そこを後背からぐっさり刺すのもよろしいじゃないですか」
     上手く行けば、両方とも灼滅できるかも知れない。
    「無論、浅い階を制圧している鞍馬天狗の配下を放っておくのも得策とは言えませんな。こっちを抑える人数もある程度必要でしょう。背中の安全を確保できれば、俄然鞍馬天狗たちも灼滅しやすくなるってもんです――けども厄介なことに、あまりこちらに人手を割きすぎると、騒ぎに気付いた鞍馬天狗は撤退しちまいます。ロード・パラジウムもそれに倣うでしょうな」
     何もかもが危ういバランスで成り立っている綱渡りであった。どこかがほつれれば、一気に奈落の底に落ちる可能性すらある。
    「繰り返しますが、ここに集まった皆さんが、まず何をしたいのか。優先すべき目的は、何か。それによって動き方は千変万化するでしょう。為すべき事を成すために、相談して、備えてほしいんです」
     生半可では何も成せないと、とくさは言う。
    「少しの油断が、命取りになります。どうぞ」
     僅かに、声の端を震わせて。
    「どうぞ、ご無事で」
     ただ痛切に、とくさは、言った。


    参加者
    ポンパドール・ガレット(祝福の枷・d00268)
    セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)
    一條・華丸(琴富伎屋・d02101)
    ユエファ・レィ(雷鳴翠雨・d02758)
    長沼・兼弘(キャプテンジンギス・d04811)
    エリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)
    片霧・シェリカ(花色笑顔日和・d21571)
    暁文・橙迦(小丸好日・d24339)

    ■リプレイ

    ●迷宮、疾駆
     空気は、酷く重々しい。
     既にして幾度目かの死闘の舞台となっている新宿迷宮を、灼滅者たちは駆け抜ける。
     浅い階にも関わらず、ちりちりと産毛の逆立つような殺気が充満していた。翻り、それはこの迷宮を制圧した羅刹たちの実力が、例え末端であろうとも油断ならないことを示している。
    「(居た、よ)」
     ユエファ・レィ(雷鳴翠雨・d02758)の声に、灼滅者たちは無言で頷いた。
     前方からぷらぷらと、気負うでもなく羅刹が歩いてくる。油断と警戒がちょうど半々と言ったところか、外道丸の残党を警戒してはいるが、同時、こんな所に居るはずがないという油断が見えるようだった。
     だが、その足が止まる。光量を限界まで絞ったとは言え、明かりに気付かぬはずがない。
    「(確実に、っと!)」
     だが、それは織り込み済みと言えた。片霧・シェリカ(花色笑顔日和・d21571)の手のひらに、黒い弾丸が凝る。
     かと思えば次には、その弾丸が羅刹の左肩を食い破っている。
     その一撃でようやく灼滅者の存在に気が付いたらしい。凝然、目を見開き何かを言いかけた羅刹の口に、爆炎が飛び込んだ。
     黒猫めいてしなやかな肢体を同系統のボディスーツで包むエリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)のゲシュタルトバスターであった。禁呪の招く業火が、羅刹をたちまち包み込む。
     恐ろしく消えにくい炎に巻かれ悪態をついた羅刹が選択したのは、しかし清めの風ではなく鬼神変であった。灼滅者如き、例え単騎でも倒せると思ったのか。
     醜悪に膨れあがった右腕を問答無用で叩き付ける。威力に長けた一撃を、しかし受けたのは一條・華丸(琴富伎屋・d02101)だ。
     ダークネス相手に一歩も引かぬ姿勢と練度に、あるいは羅刹は、己の見通しの甘さを悟ったのかも知れない。だが全てにおいて遅きに失していた。
     防御から一転、カウンター気味に入った華丸の影喰らいに、さらに重ねるようにユエファが銀斧を振り回す。雷が、傷口を蒼く燃え上がらせた。
     追撃に備え回避行動に移ろうとした羅刹を、だが鋼糸が縛り上げる。
    「逃がすかっ!」
     思い切りよく縛り上げ、宣言したのは長沼・兼弘(キャプテンジンギス・d04811)だ。頭にかぶったジンギス鍋が鉄色に輝く。
    「がっ……!」
     動きを封じられたそこに、伸びた影が羅刹の咽頭を掻き切った。噴き上がった血と共に、羅刹が地に伏し動かなくなる。
    (「無事で、居て欲しい」)
     羅刹の灼滅を確認してから影業を引き、ポンパドール・ガレット(祝福の枷・d00268)はロード・パラジウムの元へと征った友は無事だろうかと考える。私情ではあるが、それを誰に咎められようか。
     往々、足下をおろそかにして大事を成し遂げることは叶わない。この熾烈な死地にあって、後背を護ることこそが、ある意味で最も重要と言えよう。
    「単体で動いているみたいね、今のところ」
     セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)が指摘する。
     新宿迷宮の上層階をさらって暫く経つが、遭遇した羅刹は二体。そのどちらも単体で動いていた。サウンドシャッターなどで周囲から切り離したところを叩いているため、灼滅者たちにもさほどの疲労も負傷もない。
    (「あたしの見た目で、敵さんらが味方と見間違ってくれたら楽なんやけどなあ」)
     帽子の下に生える黒曜石の角を撫でながら暁文・橙迦(小丸好日・d24339)はそんなことを思うが、無論、それが叶わぬ事だとは他ならぬ橙迦自身がよく理解している。
     他の班と密に連絡を取り合い、探索範囲が重ならないように動きながら、ロード・パラジウムの退路になりそうな箇所を潰すのが目的であった。だが、この迷宮は手にした地図を持ってしても広大であった。かのデモノイドロードがどのように退路を取るのかを探るのは、あまりにも困難なほどに。
    「ま、連中もそんな馬鹿じゃないだろ」
     各個撃破され続けてくれるほどお人好しでもなかろうと華丸が言う。そろそろ、向こうにも何かの変化が起こるのではと予測を立てれば、セリルもまた同意して頷いた。
    「先に行ったみんなのために、頑張ろう!」
    「そうね、少しでも先に行った皆を、楽にしてあげましょ!」
     ポンパドールとシェリカの発破に、だが緊張感が改めて灼滅者たちの間に満ちる。
     一つほころびれば、あっという間に瓦解する可能性を秘めた足場に今、間違いなく立っていた。

    ●ダンスマカブル
     地図を頼りに迷宮を進む。
     ロード・パラジウムはどこからどう逃げるのか――あらゆる可能性があった。その一つ一つを拾い、探り、潰す傍らで、羅刹の襲撃にも備えを怠らない。
    「灼滅者か」
     故に、その途上で羅刹と遭遇したときも、素早く戦闘態勢に入ることができた。
     はたして、一行の予想は当たっていた。
    「こっちはよぉ、気が立ってんのよ。こんな薄っ暗いだけでも我慢ならねえってのによお!」
    「灼滅者如きに後れを取ったとあっては鞍馬天狗様に顔向けできぬ」
     立ちはだかったのが二人組の羅刹であったのは、流れから見れば当然の結果であっただろう。やはり各個撃破されてくれるほど甘くはなかったのだ。
     有りっ丈の殺意が周囲を満たす。両者の間に、長広舌など不要であった。
     鋭い呼気と共に鏑矢を放ったのは羅刹の片割れだ。一本角の羅刹が地を蹴り、あっという間に肉薄してくる。瞬き一つの間に膨れあがった巨腕を、自慢の獲物でユエファが受け止める。
    「っ!」
     腕のしびれるような重い衝撃に歯を食いしばったユエファを救うように、セリルが手にしたマテリアルロッドを突き込んだ。
    「突き穿つ!」
     鮮やかな白光が一条の槍のように伸びる。必殺の威力の螺旋槍が一本角を抉った。即座に距離を取った一本角に、だがそれ以上の早さで、ポンパドールが体格に見合わぬ大きさの殲術道具を振り回す。
     縛霊手に祀られた力が、結界となって一本角を絡め取った。強い痺れに忌々しげな舌打ちが洩れる。そこに飛び込んだのは、ポンパドール以上に小柄な影であった。
     ユエファの振るった龍砕斧が赤光を引き、一本角の肉を裂く。
     その一本角の横を、風の刃が走り抜けた。
     今一人の、三本角の羅刹が放った風であった。橙迦を狙った風の刃を、しかし華丸のビハインド・住之江がかろうじて防ぐ。
     住之江に背を任せ、華丸が踏み出した。気弾が音を立てて一本角に迫る。
    「名は!」
    「冥土の土産に送る名はないんだ、悪いな!」
     すれ違うように回避して吠えた一本角に、華丸はそう返す。負けるつもりはさらさらなかった。
     華丸の声に引きつけられたかのように、橙迦の招いたシールドリングが発生する。同じくシールドに護られた兼弘が一本角の間合いに飛び込んだ。斜めから振り下ろした無敵斬艦刀を囮に、死角から封縛糸を伸ばす。
     しかし、絡みつく寸でで糸が躱される。だがその回避行動を読み、さらに畳みかけたのはエリザベスとシェリカだ。
     ホーミングバレットが着弾して爆発し、さらにそこにデッドブラスターが牙を剥いた。蓄積するダメージに一本角が血の混ざった唾を吐き捨てる。
     そこに、先程とは別の風が吹く。
     三本角の使った清めの風が傷をふさぎ、毒を治療する。勢いづいた一本角が思い切り腕を振るった。
     生じたのは、三本角以上の威力を持った風の刃だ。護り手たちをあざ笑うように飛んだ疾風が兼弘に直撃する。
     即座に橙迦が防護符を飛ばして傷を塞ぎ、エリザベスが応戦するように魔道書から爆炎を招く。業火が辺りを舐めれば、シェリカもまた影業を伸ばして羅刹にダメージを与えていく。
    「しゃらくせえ!」
     満身創痍となりながら、一本角が絶叫した。
     腕が、膨れあがる。目にもとまらぬ早さで、陣形のまっただ中に斬り込んできた。
     その禍々しい双眸と、確かに、兼弘は目が合った。


    ●掴んだもの
     防御ごと吹っ飛ばされる。
     血を吐いた。衝撃で吹っ飛んだジンギス鍋が床に落ちて重い音を響かせる。
     だが、兼弘は倒れない。
    「――食い止めるっ!!」
     鋼糸で己の手と無敵斬艦刀をくくりつけ、北の大地のヒーローは咆吼した。
     血にまみれながら不退転の意志で振り抜いた一刀が、一本角を両断する。断末魔の悲鳴を、しかし兼弘が聞くことはなかった。一本角を盾に突っ込んできた三本角の一撃が、兼弘の意識を完全に刈り取ったのだ。
     崩れ落ちる少年の背を支えながらエリザベスが氷を放つ。絶対零度が、辺りの何もかもを覆い尽くした。あらゆる命を許さぬ極寒が、周囲を真っ白に染め上げる。
     その氷にちらちらと、雪の結晶が舞う。
    「ここで、断ち切る!」
     セリルのフォースブレイクが何よりもまばゆい輝きを放ち三本角に直撃した。悲鳴を上げた三本角の身体が後方に吹っ飛ぶ。
     それを追って駆けたのはポンパドールとユエファであった。縛霊手と龍砕斧――それぞれの獲物を交差するように振り下ろす。
     どっと、血がしぶいた。
     衝撃でへし折れた角がキラキラと薄闇を舞う。すとん、と軽やかに三本角の前に降りたった華丸は、にやりと口元を緩めた。
    「言っただろ、冥土の土産に送る名はないって」
    「灼滅者ああああああああっ!!」
     怒号を、大上段から振り下ろした縛霊手で封殺する。
     大きく傾いだ三本角の眼前に、影が落ちた。
     影業で作られた蝙蝠が、牙を剥いているのが果たして見えただろうか。
    「逃がすわけには、行かないからっ!」
     シェリカが宣告する。
     直後、鈍い音が重なった。それが、三本角の羅刹が灼滅された瞬間であった。
     ようやく、静寂が訪れた。影業に飲み込まれるように消えた羅刹の灼滅を確認し、橙迦は皆の傷を診ようとする。必要とあらば心霊手術を施そうとした、その瞬間。

     その場に居た灼滅者が全て、弾かれたように視線を向けた。

     足音がした。一つ二つの小さな音ではない。ある一定以上の数の足音。
     全身が総毛立つようだった。ただならぬ威圧感と共に、薄闇の向こう、迷宮の奥から、何かが群れを成してやってくる。
     それが誰かなど、考えるまでもなかった。
    「鞍馬、天狗……!?」
     ぎしりと音がするほど強く銀雷を握りしめるユエファを、だがやんわりとエリザベスが制止した。
     見るに、鞍馬天狗の本隊であった。そして視認する限り、潰走してくる様子ではない。整然と撤退してきている。そこから弾き出される結果は、一つ。
    (「刺青は、得られなかったのね」)
     それはつまり、鞍馬天狗の主目的は挫いたことになる。
     有力なダークネスを灼滅できなかったのは悔しいが、得た勝利の大きさは計り知れず、また強欲はろくな結果を生まないのを灼滅者たちの誰もが理解していた。
     そして余力のあるダークネスを相手に挑みかかる無謀を発揮する局面でもないのだ。
    「……撤退しよう」
     ポンパドールの言葉に、異論を述べる者は居なかった。

     一丸となって得た勝利を手に、灼滅者たちは撤退する。
     いつかまた、このダークネスと相まみえるだろう、確かな予感と共に。


    作者:赤間洋 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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