刺青羅刹・新宿迷宮の戦い~とるか、鬼の首

    作者:灰紫黄

    「なるほど、刺青羅刹にはああいう手合もいるのか。正直、俺の勝ち目は薄そうだな」
    「鞍馬天狗の軍が来ます! 外道丸さん、どうしますか……!?」
    「あいつの狙いはお前じゃなく、明確に俺の『刺青』だ。そして俺よりも強く、こちらの陣容も筒抜けっぽいな。力量と情報で敵わないなら、俺達にあるのは地の利だけだ」
    「地の利……あっ、昨日教わった『大勢と喧嘩する時は狭い場所で』、ですね!」
    「その通り。それに、奴等の狙いが俺なら、俺が移動すれば街にダメージは無ぇ。
     新宿迷宮で籠城戦だ。全員俺についてこい!」
      口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)は灼滅者を教室に集めた。先の『ゴッドモンスター』の戦いの影響で、羅刹に大きな動きがあったからだ。
    「まずは、先月の戦いお疲れ様。進級進学おめでとうって言いたいところだけど、落ち着いてるヒマはないみたい」
     鞍馬天狗とロード・パラジウムが外道丸を襲撃。結果、外道丸は残党とともに新宿迷宮に撤退し、籠城を決め込んだのだ。さらに鞍馬天狗は新宿迷宮に侵攻しようとしており、外道丸の刺青の強奪を狙っている。
     そこで、鞍馬天狗の襲撃に乗じて、外道丸を討ち、刺青の強奪を奪うことが作戦目標となる。ダークネス同士の大きな戦いへの介入となるため、うまく事が運べばそれ以上の成果を得ることも可能だ。
    「さっきも言った通り、外道丸は新宿迷宮にいるわ。カンナビスやロード・パラジウムが探していた『何か』は彼の手の中にある」
     目はそこで一度、言葉を切る。伝えなくてはならない情報がいつにもまして多いのだ。言葉をひねり出す彼女の表情には焦りが見える。
    「みんなが出撃するころには、鞍馬天狗は新宿迷宮の浅い階層を制圧してる。加えて、精鋭は深いところまで先行してる」
     また、鞍馬天狗が大規模な襲撃に気が付けば撤退を始める。その場合はロード・パラジウムも彼に追随するだろう。鞍馬天狗を灼滅できた場合も同様に撤退する。鞍馬天狗とロード・パラジウムの両者を灼滅するか撤退させることができれば、外道丸達との交戦になる。
    「第一の目標は外道丸を倒すことだけど、みんなの頑張り次第でそれ以上の結果を得ることもできるわ。何を優先するかをちゃんと決めて、万全の状態で臨んで」
     説明を終えると、目は視線を落とす。続きを言うか言うまいかを迷っているようだ。だが、やがて言いにくそうに口を開く。
    「最近のみんなの戦いぶりは、きっとダークネス達の予想をはるかに上回ってると思う。けど、だからこそあっちは絶対に油断はしないはず。……勝って兜の緒をしめよという言葉があるけど、この前の戦いを悪い意味で引きずらないようにね」
     まぁいらない心配だろうけど。そう付け加えて目は灼滅者達を見送った。


    参加者
    ジュラル・ニート(デビルハンター・d02576)
    神無月・晶(鳳仙花・d03015)
    ピアット・ベルティン(リトルバヨネット・d04427)
    来海・柚季(柚子の月・d14826)
    岬・在雛(数時間後の運命も知らないで・d16389)
    高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)
    瀬川・蓮(高校生魔法使い・d21742)
    神代・城治(紅蓮の騎士・d24369)

    ■リプレイ

    ●迷宮
     もはや無人となったはずの新宿迷宮に、殺気が渦巻いていた。ラグナロク事件や新宿防衛戦。これで灼滅者達がこの迷宮を訪れるのは何度目だろうか。前方を確認しながら、ピアット・ベルティン(リトルバヨネット・d04427)が独り言のように呟いた。
    「ちょっとゲームみたいなの」
     灼滅者達にとっても、迷宮の中非日常な空間だった。は敵がいつ現れるかも分からない、ぴりぴりした緊張感。確かにゲームによくある状況だ。ここは紛れもなく本物の戦場なのだが、ジュラル・ニート(デビルハンター・d02576)はその言葉を不謹慎とは思わなかった。むしろそれくらいの方が頼もしいかもしれない。
    「そうだな。モグラたたきならぬ鬼たたきか」
     愛用のライフルの感触を確かめ、不敵に笑う。
     大勢で動いては目立つため、今は八人単位で動いている。敵がどこにいるか分からない以上、手探りで進むしかない。そして、それは敵も同じこと。やがて八人は羅刹の一体と遭遇した。浅い階層にいるということは、鞍馬天狗の配下だろう。
    「貴様ら、武蔵坂の灼滅者か!?」
    「さぁな、自分で考えな!」
     羅刹の問いに答えるよりも早く、神代・城治(紅蓮の騎士・d24369)のバベルブレイカーが火を噴いた。ロケットの噴射の勢いで壁を蹴り、頭上から巨大な杭を打ちおろす。黒曜石の角と杭がぶつかり、火花が散った。
     刹那の光が暗闇に閃き、戦闘開始の合図となった。羅刹は懐に隠した光輪を無数に放つ。光が波となって前衛に襲いかかった。けれど、高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)への攻撃はライドキャリバーのキャリーカート君が受け止めてくれた。これしきでは、鋼のボディはびくともしない。
    「ありがと。じゃ、反撃しよっか」
     相棒の機銃のリズムに合わせてステップを踏む一葉は次の瞬間には背後に迫り、羅刹の体を抉り斬る。
    「ぐ、この程度……」
     鮮血が迷宮の壁に広がる。口では強がっているが、それほど余裕はないように見える。ダークネスとしてのプライドか、あるいは油断か。羅刹は八人を一人で倒す気のようだが、それはこちらにとっても好都合。倒せる敵は倒せるときに倒すだけだ。
    「一寸ばかし血を拝借。返さないけどね」
     作戦はまだまだ序盤。ここで手間取るわけにはいかない。槍の切っ先に赤が滲む。鮮烈なる血の赤。そのまま神無月・晶(鳳仙花・d03015)は羅刹の腹めがけて突きを繰り出した。穂先は思惑通り胴を貫き、温かい血を貪る。
    「さぁ、鬼の首ひとつ目!」
     いくらか抵抗はしたが、羅刹は灼滅者の猛攻を防ぎきることはできなかった。それだけ、灼滅者達が強くなったということでもある。岬・在雛(数時間後の運命も知らないで・d16389)の影業が小動物の群れへと姿を変え、羅刹を飲み込んだ。影は羅刹を砕き、かじり、ついばんで、ついには塵へと変える。
     まずは一体。今のところは順調。けれど、まだまだ序の口。戦いは始まったばかりだった。

    ●遭遇
     一体目を倒してしばらく進むと、二体目の羅刹と遭遇した。あちらも索敵中らしく、先ほどと同じく単身での行動だった。
    「偵察に出たのが帰ってこないから妙だと思ったけど、やっぱりね」
     にやにやと笑みを浮かべる少年の羅刹。その瞳に宿るのは、狂った暴力の色だった。
    「君らを倒したら、少しは出世できるかな?」
     少年の両腕が何倍にも膨れ上がり、灼滅者達を襲う。だが、一瞬前に回避。練度は高くないようで、次第に追い詰められていく。
    「くそっ、このっ!」
     風の刃が前衛の間を縫い、来海・柚季(柚子の月・d14826)を切り裂いた。けして小さいダメージではない。すぐに瀬川・蓮(高校生魔法使い・d21742)と霊犬のルーが回復を施す。
    「回復します! できればなんかついてください!」
     穏やかな光が柚季を照らし、その傷を癒やす。痛みも幾分かましになってきた。なんとんなく投げやりな言葉だったが、一生懸命なことは伝わってきた。
    「……負けられませんね……」
     目の前にいる仲間だけではない。今、この新宿迷宮では多くの灼滅者が戦っている。その一翼を担う者として、無様な戦いはできないのだ。決意は幾重の閃光となり、羅刹の全身を穿った。顔面さえも砕かれた羅刹は悲鳴を上げる間もなく消滅する。
    「大丈夫でしたか、みなさん」
     ルーの頭を撫でながら、蓮がみんなの消耗度を確認する。それほど強くはなかったとはいえ、ダークネスとの連戦は確実に彼らを疲弊させていた。
    「わたしはだいじょうぶ……お菓子がない以外は」
     戦闘中も隙を見てお菓子をつまんでいたという一葉。その図太さは褒めるべきところだろうか。ただ、お菓子を切らした今は元気も半減である。
    「よかったら、食べますか?」
     そこに、柚季がお菓子を差し出す。チョコチップ入りのクッキーだった。一葉の目が虹色に輝いた。
    「あ、ピアも食べたいの!」
     はいはい、と手を上げるピアット。戦場だというのに、マイペースだ。逞しいといえば逞しい。
    「ふふ、元気なのはいいことだね。……でも」
     晶の表情が一転、笑顔から険しい顔になる。通信機をいくらか用意してきたが、狭くて広い迷宮内ではうまく機能しないようだ。他の班の状況を知ることは難しい。
    「まぁ仕方あるまい。最善を尽くすしかないだろう」
     トマトジュースのストローを口から放して、ジュラルが答えた。つまり、倒せるだけ敵を倒すこと。作戦上、鞍馬天狗にはさっさと撤退してもらわなければならない。そのために背後から襲撃をかけている。
     暗闇を見つめる城治の視線は鋭い。過去が視界の隅にちらつく。それがどんな意味を持つのか彼にしか分からないが、甘い記憶でないことは表情からうかがえる。
    「……っ!」
     闇の向こうから、光の雨。反射的に避けた。一瞬前までいた場所に大きな穴が開く。
    「おっと、ニューゲームかい?」
     在雛がにっと笑うと同時、三人組の羅刹が姿を現した。楽しそうな在雛と対照的に、苦虫を噛み潰したような面だった。いずれも大きなガトリングガンを携えている。
    「灼滅者を確認。対象、八体。殲滅開始」
    「「殲滅開始」」
     後衛の羅刹の命令を残りの二体が復唱。そして光の雨が再び灼滅者達に降りかかった。

    ●鬼の首
     光と、それに音が続く。先頭に立つ晶が仲間をかばう。
    「こんなもの? じゃ、こっちの番!」
     火傷を負いながらも、八重歯を見せて笑う晶。赤いオーラが拳をおおい、ガトリングにも負けぬ連打を叩きこむ。手応えは充分にあったが、こちらも前衛に防御されたようで、答えた様子はない。
     今まで単体で動いていた羅刹が三人組になっていたのは、武蔵坂の襲撃を察知したからだろう。エクスブレインの予知通りなら、鞍馬天狗は撤退を考えるはず。ひとまず作戦は成功といえる。
     だから、あとは倒せるだけ倒して退くだけだ。
    「さぁ出ておいで……うりぼーず、影パラーず、影ぴよーず!」
     在雛の影が再び小動物の姿をとる。あるいはうり坊、あるいはカピバラ、あるいはヒヨコ。カピバラが小動物という分類に入るかどうかは微妙なところではあるが、今は関係ない。なにせ影である。質量も実体もないはずなのに、次々と現れては羅刹の体を貪る。
    「鬱陶しいガキどもめ」
     後衛の羅刹が前衛の羅刹に癒やしの風を送る。灼滅者への視線には確かな侮蔑が込められていた。部下を回復するのも、自分で相手をしたくないからかもしれない。
    「サァーチ&デストロイッ!」
     鈍い光を放つ金属の棒が羅刹の顎を捉えた。ジュラルの叫びとともに、秘められた魔力が炸裂する。衝撃で大きく吹き飛ばされ、羅刹は迷宮の壁に激突した。
    「ほらほら、鬼さんこちら! 手の鳴る方に、ピア達はここに居るよ!」
     さらに、顔を上げるとピアットの楽しそうな声が聞こえてきた。氷の魔法が前衛の羅刹を覆い、体が氷にむしばまれていく。だが、格下の灼滅者相手にやられてばかりではない。
    「がああああああああああぁぁぁぁぁっ!!」
     咆哮。底なしの迷宮に、轟音が響いた。傷が癒え、氷の呪縛を振りほどく。羅刹達のガトリングがキャリーに殺到する。ボディに穴が開いた瞬間、次々と着弾。
    「まだ動ける?」
     ブオオォッ!
    「よし! じゃ行こう!」
     主の問いにエンジン音で応える。強く頷き返し、一葉はキャリーの背を蹴った。正面からは車輪が、頭上からは影の牙が襲う。
    「倒れさせません!」
     蓮の光輪が閃き、ボディの穴を埋める。ルーも仲間の前に立ち、攻撃を受け止めた。作戦の成功はもちろんだが、全員で無事に帰るのも目標のひとつだ。たとえ作戦がうまくいっても、闇堕ちや負傷者が出れば喜びも半減してしまうから。
    「……縛りなさい」
     短い詠唱。霊縛手の祭壇が起動し、クモのような糸を吐き出した。糸は円形の陣を描き、前衛の羅刹をその中心に閉じ込める。結界が前衛の二体に絡みつき、その動きを止めた。
    「これで、みっつ目か」
     城治のバベルブレイカーから赤い刃が伸びる。迷宮の壁を利用してジグザグに駆けると、すれ違いざまに羅刹を切り裂いた。返り血を浴びた城治の横顔は赤く染まっていた。

    ●帰還
     羅刹の拳がキャリーを砕く。鋼のボディはいくつかの破片に分かれ、やがてその破片も闇に溶けていく。
     後衛の羅刹が積極的に攻撃に移ったせいか、灼滅者達の消耗は濃い。そうでなくとも三連戦だ。疲弊するのも当然である。
    「そろそろか……」
     誰ともなく呟いた。羅刹の耳にも届いたようで、逡巡するのが分かった。その一瞬、灼滅者達は滅茶苦茶に攻撃を放った。目くらましになるかどうか。けれど、羅刹はその意図を悟ったらしく、深追いはしてこなかった。撤退の刹那、目が合った。いずれ決着をつける、という殺意のこもった目つきだ。
     事前の打ち合わせでは半数以上の戦闘不能で撤退ということだったが、退路で敵と数遇する可能性がある以上、目的を果たしたと思える状況で無理をする理由はなかった。
    「他の班はうまくいったでしょうか」
     出口に近付きながら、蓮が聞いた。傷付いたルーをおんぶしながらだ。いずれ傷は癒えるが、そこは気分。
    「信じるしかないが……まぁ悪い方向には転がらんだろう」
     空になったトマトジュースの缶の底を名残惜しそうに見つめるジュラル。少なくとも、鞍馬天狗の撤退で刺青の強奪を阻止することはできたはずだ。
    「ん、出口か?」
     城治しの視界の先に、小さく光が見えた。黒い画用紙にぽつんと白い点を打ったような小さな光。戦いを終えた灼滅者達を出迎える、日常の光でもあった。
    「みんな、無事?」
     後ろを振り返り、晶が笑んだ。八重歯がキラリ。戦闘時と違い、今はチャームポイントに写る。
    「全員無事です。でも、高柳さんが……」
     困って頬をかく柚季の視線の先にはぐったりした様子の一葉がいた。主従ともに仲間への攻撃を遮っていたが、深手は負っていないはずだった。
    「無事だけど、おなかすいたぁー」
     ふかーい溜め息をつく一葉。いっぱい戦ったからお腹が減る。うん、自然の摂理。間違いない。けど、ちょっと頼んない。
    「じゃ、迷宮出たらうまいもんでも食べようか」
     ただしうり坊とカピバラとヒヨコ以外で、と在雛。実はカピバラ、食べられる。
    「さんせいなの!」
     在雛の提案に飛び付くピアット。やっぱり人間は胃袋の欲求には逆らえないのだ。
     そんなこんなを話しているうちに出口が、戻るべき日常が近付いてきた。暗闇に慣れた目には、光は少しまぶしかった。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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