「なるほど、刺青羅刹にはああいう手合もいるのか。正直、俺の勝ち目は薄そうだな」
「鞍馬天狗の軍が来ます! 外道丸さん、どうしますか……!?」
「あいつの狙いはお前じゃなく、明確に俺の『刺青』だ。そして俺よりも強く、こちらの陣容も筒抜けっぽいな。力量と情報で敵わないなら、俺達にあるのは地の利だけだ」
「地の利……あっ、昨日教わった『大勢と喧嘩する時は狭い場所で』、ですね!」
「その通り。それに、奴等の狙いが俺なら、俺が移動すれば街にダメージは無ぇ。
新宿迷宮で籠城戦だ。全員俺についてこい!」
新学期を迎えた灼滅者たちが慌ただしく道場にあしを踏み入れると、相良・隼人はしずかに目を見開いた。
背筋を伸ばして座した隼人は、皆が揃うのを待ってひと呼吸つく。
今回の任務が大がかりなものである事は、彼らも理解していた。
「現在歌舞伎町で大乱闘が起きているのは、聞いたか? 襲われているのは外道丸、襲撃したのは鞍馬天狗とロード・パラジウムだ」
朱雀門から外道丸に関する情報を入手した鞍馬天狗、そして外道丸が保護している『拾いもの』を回収すべく動向したロード・パラジウムの連合軍は、歌舞伎町において外道丸の勢力を圧倒した。
その結果、外道丸は新宿迷宮に籠城する事になったのである。
「迷宮内に籠城した外道丸の配下は、いずれも精鋭揃いだ。しかも迷宮内とあっては、鞍馬天狗達も数の有利が使えずに苦戦すると俺達は見ている。だが、それでも外道丸が押し返すにはちょいと弱りすぎてンな」
結果、外道丸は敗北し、刺青と回収したものを奪われるのは必至である。
それを阻止するのが、今回の任務であった。
何を目的にするか。
何を倒すか。
結果をしっかりと見据えた上で、行動するべきだ。
「さて、情報をおさらいするか。まず外道丸は現在、迷宮内で配下とともに籠城中だ。ロード・パラジウムは、外道丸が保護したものを欲しがっている。迷宮内部を捜索しているのは鞍馬天狗の配下だが、コイツもかなり手強い相手だ。迷宮の浅い層は、ほぼ鞍馬天狗側に制圧されているから注意が必要だな」
大規模な襲撃があれば、鞍馬天狗側は撤退をはじめるだろう。ロード・パラジウムは鞍馬天狗が灼滅されるか撤退すれば撤退しはじめるが、外道丸を攻撃しようと思うなら鞍馬天狗とロード・パラジウムが灼滅されるか撤退するまで手出しは難しい。
「今回の作戦は、全体としての意思統一が不可欠だ。しかも全部灼滅させるのは、正直困難だろう。……何を目的にするのか、はっきりさせて挑んでくれ」
隼人は厳しい表情でそう言い、送り出した。
参加者 | |
---|---|
江良手・八重華(コープスラダーメイカー・d00337) |
狐雅原・あきら(アポリア・d00502) |
紫乃崎・謡(紫鬼・d02208) |
椎葉・花色(笛吹き・d03099) |
村雨・嘉市(村時雨・d03146) |
蓮咲・煉(錆色アプフェル・d04035) |
アデーレ・クライバー(地下の住人・d16871) |
黒鐵・徹(オールライト・d19056) |
この日の戦いは、武蔵坂側だけでも22班にも及んだ。
作戦通り背後からの奇襲攻撃に半数を割き、鞍馬天狗への攻撃には一切手勢を割かなかった。これはロード・パラジウムに専念する為でもある。
迫り来る外道丸の配下に槍を突きつけ、アデーレ・クライバー(地下の住人・d16871)が装甲を引き裂く。
「退いて、あなた達と戦いに来たんじゃないのよ。……あなた達が連れてるんでしょ、デモノイド・ロードを」
アデーレの言葉に、彼らの表情が変わる。
その隙にするりと村雨・嘉市(村時雨・d03146)が、突破した。とっさに繰り出した羅刹の攻撃を剣で受け流し、後ろを振り返る事もなく嘉一は駆ける。
出来るだけ戦闘を避けて外道丸達の所に潜り込んだものの、ロード・ビスマスはこの辺りには見当たらない。
「あんな目立つ奴、見過ごす筈がないんだがな」
「2班で探しているんだから、こっちに居無ければ……」
とアデーレが呟いた時である。
紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)が手にしていた無線が、反応を示した。全員が足を止め、彼女の無線に耳を傾ける。
『発見しました。ロード・ビスマスです。こちらの場所は……』
聞こえて来たのは、向こうの班の黒崎・白(白黒・d11436)の声である。押さえた声音からすると、まだ接触前であるようだ。
「判ったよ、すぐにそちらに向かう」
謡は返事を返すと、仲間を見返した。
地図を持った黒鐵・徹(オールライト・d19056)と確認した場所は、ここから少し離れた場所でった。
時間を無駄にしない為に、徹が駆け出す。
「早くしなければ、鞍馬天狗達の手勢が押し寄せます」
「……どうなの」
アデーレが振り返ると、謡は目を細めて表情を硬くする。
報告によれば、思ったよりパラジウムを押さえる事が出来ずに居るようだ。退路を断つ事が出来て居れば、パラジウム達を混乱させる事も出来るかもしれないが……。
「いや、攻撃班の事を気にしても仕方ない。一刻も早く黒崎の班に合流しよう、彼らも長くは保たない」
戦闘を避ける為、椎葉・花色(笛吹き・d03099)、嘉一、蓮咲・煉(錆色アプフェル・d04035)が前方を警戒しながら駆け抜ける。
「……何か聞こえる」
江良手・八重華(コープスラダーメイカー・d00337)の声に、煉が顔を上げる。
しんとした中、そこにはぽつんと一人の男が立っていた。露わにした上半身は、見事な肉体の羅刹である。
煉がとっさに制約の弾丸を背に撃つと、体勢を崩してこちらを振り返った。
「新手か……くそったれい、おぼえてろ」
爛々と光る赤い目でこちらを見据え、走り去っていった。武器を構えたまま、煉が羅刹の去った方向を見つめる。
花色がぽんと肩を叩き、二人で周囲に目を光らせる。花色は、むこうの班の仲間が既に二人負傷しており、他の仲間も激しい戦闘に疲労しているのを察していた。
その中には、ロード・ビスマスの姿もむろん……。
渡橋・縁(かごめかごめ・d04576)が、こちらに顔を向ける。
「私達は、別ルートで、安全なところまで、撤退しま、す。……ビスマスさんの、こと、よろしくお願いいたしま、す」
たどたどしいながらも、縁は懸命に告げ、そして頭を深々と下げた。
「そちらの班も気をつけて撤退してくれ」
謡は縁に言って、ビスマスに同行を促す。
警戒した様子で灼滅者達を見つめたビスマスは、やがて同行を了承する。既にビスマスを守っていた外道丸配下の羅刹達は、鞍馬天狗配下との戦いの中で事切れていた。
「道中は危険の無いように、僕達が護衛しつつ地上まで案内します」
徹はビスマスにそう言うと、先導して歩き出した。狐雅原・あきら(アポリア・d00502)が、ビスマスの手を掴んで誘導するように引いていく。
ビスマスは一度だけ、向こうの班の面々を振り返ると、徹に続いて消えていった。
戦場を振り返るビスマスの手を、あきらはしっかりと引いて歩いて行く。
先頭に地図を持った徹が走り、煉は最後尾で時折後ろを振り返るが、すべて撤退した後なのかそれ以上の追っ手は来なかった。
「そろそろ大丈夫じゃないかな」
煉が声を掛ける。
やがて徹が速度を緩めると、ビスマスが手を振り払った。ビスマスは表情というものが見分けられないが、こちらに対して友好的ではないのは分かる。
謡はビスマスの前に歩み寄ると、静かに頭を下げた。
「まずは、一方的に介入した非礼を詫びよう。ビスマス、ここから地上まではボク達が案内する」
「あなた達は灼滅者ですよね? 私を何処に連れて行くんですか。外道丸さんのところに帰りたいです」
やや甲高い声で、ビスマスが言った。
ダークネスとしての姿こそ立派だが、ロード・ビスマスの口調はやや子供っぽい純粋さが感じ取れる。
「いまから地下に? あいにくと、外道丸を襲撃して来たのはロード・パラジウムと鞍馬天狗の連合軍ですよ。その大乱闘のまっただ中に戻りたいなんて剛気ですね」
花色が鼻で笑って言うと、ビスマスはうつむいた。
ここから一人で戻ってもどうにもならないし、現地には自分達の仲間も戦っていると花色はビスマスを説き伏せる。
「わたし達は武蔵坂学園の灼滅者です。パラジウムや鞍馬天狗の仲間じゃないから、安心してください」
「……でも、あなた達は灼滅者でしょう? 私達ダークネスを殺しに来たんじゃないですか」
棘のあるビスマスの言葉に、花色が口を閉じる。
この警戒心は、おそらく灼滅者への恐怖からくるものなのだろう。たしかにダークネスと戦うのが灼滅者の使命。
花色はため息をつくと、徹を見やった。
「とりあえず歩きながら話しましょうよ」
こくりと徹はうなずくと、地図をたよりに出口へと歩き出す。ビスマスは、付いてくるより他なかった。
ロード・ビスマスが付いて歩き出すと、あきらはようやくメモを取り出した。
万が一の場合は、ロード・ビスマスから聞き取りしたこのメモを徹に手渡して、残りの仲間で追撃を阻止する。
ここから先は、頼りになるのは自分達……ここにいる仲間だけなのだという思いを強くする。
「付いてきてくれて良かったデス。暴れられたらどうしようかと思いました」
あきらはビスマスに言うと、腰から下げたロープに二人して視線を落とす。平然とあきらはロープを振り回して収め、薄く笑った。
縛ったりするのは、最後の手段だったからもう必要は無いとあきらは言う。
「既に向こうの班に聞いたかもしれんが、こちらは武蔵坂学園の者だ。今回はお前の保護の為に介入させてもらった」
八重華が、手短にロード・ビスマスへ今回の事を話して聞かせる。こちらに敵意がない事や、ビスマスに危害を及ぼすつもりがない事など。
ビスマスは口数少なく、警戒心が解けていないように思える。
「ビスマス、あなたの力を求めて多くの被害が生じた。保護した外道丸や配下とて、たくさんの仲間を失っただろう」
謡の言葉に、ビスマスは項垂れていた。
自分のせいでこの戦いが起きた、という自覚はあるのだろう。八重華はその様子を見て、話を続ける。
「学園には、既に殲術病院も合流した」
「病院? 怪我なら大丈夫です、病院に行く必要はありません。……注射とか……怖いし」
首をかしげてビスマスが八重華に答えた。
ビスマスはどうやら、病院の関係者ではないらしい。八重華は、そうかと短く言って話を切り替える。
「共に学園に来れば、今よりもっと強くなれる。外道丸に迷惑を掛けなくとも良くなる」
「……強くなりたいです。でも、私にはしなきゃならない事があるんです」
「何だ、それは」
八重華が聞くと、ビスマスはぱっと顔を上げて握り拳を作った。
ビスマスの口から出たのは、思いもよらない名前である。
「ロード・ナインライヴスさんです! 私はあの人を探さなきゃならないんです」
「ロード・ナインライヴス?!」
名を聞いた八人が、全員思わず声をあげた。
皆の様子を見回し、ビスマスもさらに驚いたように見回す。突然のテンションの変化に、皆ぽかんとビスマスを見つめる。
「知っているんですか? あの人は今どこに居るんです! ……まさか、もう灼滅しちゃったんじゃ!」
「いや……まあ死んではいないデス、死んでは」
ぽつりとあきらが呟く。
そのナインライヴスさんは、現在武蔵坂学園にいるはずである。ただし、ロードとしての彼女では無いが。
「どうしてロード・ナインライヴスを探しているんデス?」
あきらが聞くと、ビスマスは今までのいきさつについて少し話してくれた。
ロード・パラジウムに対して不信感が生じ、新宿で行方不明になったと言われているロード・ナインライヴスを探していた事。
「パラジウムさんは吸血鬼に協力している、悪い人です」
「じゃあ、そのロード・パラジウムはどうしてあんたを狙っているの?」
煉が聞く。
「それは、私がレアメタルナンバーだからだと思います。あの人は悪い人だから、私の力をきっと良くないことに使うに決まっています。……でもロード・ナインライヴスさんは私に教えてくれたんです。『デモノイドロードは、デモノイドロードの事が何となく分かる能力があるんだ』って」
直感的に、ロード・ビスマスはロード・ナインライヴスの事を信用した。だから新宿まで、その後を追ってきたのである。
そっと列の後方に行くと、謡は無線を耳にしていた嘉市と合流する。
嘉市はビスマスが熱心にナインライヴスについて話すのを遠くに聞きながら、小声で謡に伝えた。
「……外道丸が灼滅された」
「やっかいな事になったな。このままビスマスを連れて行く事が出来なくなった」
真剣な表情で話す嘉市と謡を、ちらりと八重華が振り返る。八重華は彼女達の様子から、何となく事態を察したのだった。
後方で二人が話している間、相づちを打ってくれた花色のおかげで散々ナインライヴスについて聞かされた煉たちであったが、ここまでで分かった事がいくつかある。
一つは、ビスマスを狙う理由はレアメタルナンバーだからだという事。
二つ目は、ビスマスによれば……。
「ナインライヴスさんなら、私の力をきっと正しいことに使ってくれます」
……という理由で、ナインライヴスを探している事。
三つ目はデモノイドロードはデモノイドロードの事が、何となく分かるらしいという事。その何となくという部分が、どうもビスマスの言葉では分かりづらいが。
「ロード・ナインライヴスが言ったからそうする、外道丸が言ったからそうする」
ぽつりとアデーレが、低い声を出した。
ビスマスの言動は、どうにもはっきりしない所があって彼女達を若干イライラさせる。
言われた事を信じすぎだというか、自分の考えがはっきりしないというか。
「ロード・ナインライヴスなら今、武蔵坂に居るよ。……そんなに聞きたいなら、本人から聞けばいい」
アデーレが言うと、ビスマスはふるふると首を振って否定した。
彼女が、灼滅者と一緒に居るはずがない、と。
「武蔵坂って、ダークネスと戦っている怖い人って聞きました。ロード・ナインライヴスさんが人質になんてなるはずがありません」
「人質なんかじゃないわ、自分の意思よ」
問答を繰り返すアデーレとビスマスを横目に、先頭にいた徹が振り返る。腰に手を当てて花色は、二人を見守る。
アデーレは別に言い合いをしているつもりはないが、ビスマスは納得しない。
「いっそ本人に電話したらどうでしょう」
花色が言うと、徹は考え込んだ。
本人に電話をしても、それはロード・ナインライヴスではないのだから。
謡が学園に確認していたが、やがて本人が新宿迷宮戦に出ている事が分かった。
「本人がこのどこかに居るのか……」
ビスマスに聞こえないよう、嘉市が聞く。
あまり気乗りしなさそうな感じであるが、本人に聞いても仕方の無い事であるからそれも当然だろう。
「この戦場をここまで移動しろなんざ、無茶な話だ。そもそも、ビスマスがナインライヴスの名前を出すとは思わなかったんだ」
「ですが、このままでは外道丸を連れてくるか、ロード・ナインライヴスを連れてくるかの二者択一になります」
徹の言う通りだった。
アデーレは言い切る。
「確かにわたし達は灼滅者。だけど、お互い利害が一致していれば協力関係が築けると思うよ。何よりわたしは朱雀門の思い通りに行くのが気にくわない」
後半はアデーレ自身の思いが強く感じられるが、アデーレはクロキバやラブリンスターなどのダークネスを例にして話した。
ビスマスにとって他のダークネスはあまり興味の対象ではなかったらしいが、朱雀門と敵対しているというのは伝わったようだ。
だからといって、あのロード・ナインライヴスが武蔵坂に居るよ! と言い切るには、どうも説得力が足りない訳だが。
地上にたどり着くと、そこは地下の喧噪と打って変わって静かであった。
「あ~、ようやく地上に出たぜ。……お疲れさん、ビスマス」
伸びをしつつ、嘉市がポンとビスマスの肩を叩いた。
空を見上げるロード・ビスマスは、ようやく戦乱の場から脱した事に安心しているだった。
だが、助かったのは自分一人。
「ビスマスさん、ここまで来ればもう安心です」
徹が名を呼ぶと、ビスマスは振り返った。
「もしかすると、外道丸さんも脱出しているかもしれませんね」
明るい声でそう言ったビスマスに、徹は『灼滅された』とは口に出来なかった。
灼滅者達に対して恐怖感を抱いているビスマスに、外道丸を灼滅したという話しをしたら逃げ出すに違いない。
「騙して連れ帰っても、学園内で問題を起こすだけだよ。レアメタルナンバーの力がどう影響するかも分からない」
謡はそう小声で呟いた。
今は、もうこれ以上どうにも出来ない。
それでもビスマスは、明るい声で言ってくれたのだ。
「ありがとうございます。灼滅者の人にも、いい人がいるんですね」
ビスマスの言葉に、煉は悲しそうに視線を落とす。だが、ビスマスが背を向けると、ふいに声を発した。
「ビスマス。学園にはたくさんの人がいる。……あんたが知りたい事を、一緒に考えたり教えてくれる人がいる。……だからね」
だから。
ゆっくりと、煉は手を差し出した。
「とりあえず、校内見学だけでも……おいでよ。ずっと、待ってるから」
引き留めないことが、今はビスマスとの未来につながると信じて、煉は手を差し出した。じっとそれを不思議そうに見ていたが、おずおずとビスマスも手を握り返す。
ありがとう。
そう、ビスマスはもう一度照れくさそうに言うと、新宿の町並みに消えていった。
「今はビスマスを信じよう。『ありがとう』と言ってくれたんだ、こちらを少なからず信用してくれた証だ。詳細不明の力を学内で暴走させるよりは、ビスマスを信じて待つ方がいい」
謡はビスマスの背を見送りながら、そう言った。
作者:立川司郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年4月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 8
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