日向の誕生日 ~メイドと執事の奇想曲~

    ●とくべつなひ
    「誕生日なのか」
     言われて、夜明け前色の瞳をぱちぱちとさせる。
    「あ、そっか。俺誕生日だ」
    「いくつになる?」
    「12だよ。でも毎年なにかやるってことはないから、あんまり意識してないな」
     その言葉にふむ、と唸る。
    「せっかくだから、今年の誕生日は私も祝おう。何か希望はあるか?」
     海の底の色をした瞳がレンズ越しに問い、えっと、と考える。
    「じゃあ、カフェ行ってみたいな。俺、そういうとこ行ったことないんだ」
    「カフェ?」
    「うん。買い食いとかあんまりしないし」
     コンビニに行ったことも少ないんだよね。と続ける彼に、彼女はそうかと頷いた。
    「分かった、手配しよう。メイドカフェでいいな」
    「あ、うん。……え?」
     メイドカフェ?
     その単語の意味を理解するよりも前に、彼女は携帯電話を取り出しどこかへ連絡をしてしまっていた。
     
    ●とくべつなこと
    「メイドカフェに行かないか」
     全力でしがみつく衛・日向(探究するエクスブレイン・dn0188)を腰のあたりにくっつけたまま、白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)はいつも通りに唐突な誘いを投げかける。
    「っ何でメイドカフェなんだよ!?」
    「せっかくの特別な日なのだから、特別なコンセプトのほうが」
    「普通でいいんだよ、普通で!!」
     日向が必死に抗議している様子を見ると、どうやら遥凪の一存で決まったようだ。
    「メイドカフェと言っても、肌色多めのミニスカメイドが『おかえりなさいませご主人様♪』などという、一部男性の萌えに強くアピールするような場所ではないぞ」
    「……えっと、いや、俺行ったことないから分かんないし」
     遥凪の説明によれば、普通のカフェなのだが店員の衣装がメイド服なのだという。
     シックなロングのワンピースにふんわりとしたエプロン。髪を押さえる程度のキャルティエと、クラシカルなヴィクトリアンスタイルのメイドが給仕してくれるとか。
     店内もヴィクトリアン様式を模した内装になっており、ちょっとしたタイムスリップ気分を味わうことができる。
    「それで、せっかくだから我々もそういった衣装を借りることにした」
    「どうしてそうなった!?」
    「安心しろ。メイド服と執事服、どちらかが選べる」
    「安心する要素ないよ!」
    「何だ、男なのにメイド服が着たかったのか?」
    「ちがーう!!」
     悲鳴じみた抗議の声が上がった。
     だが彼女は一切気にせず説明を続ける。
    「執事服は、白いシャツに黒のウェストコート、タイ、上着にズボン。一部省略したが、きっちり着込んでは気も休まらないだろう」
    「え、給仕したりされたりするんじゃないの?」
    「正規の店員がいるのに我々がそんなことをしては逆に迷惑になる」
     それもそうか、と納得し、
    「じゃあ別に着る必要ないんじゃ……」
    「楽しいほうがいいじゃないか」
     そうなんだろうか。
     いまいち納得がいくようないかないような表情の日向はさておき、遥凪が小さな冊子を皆に見せた。
    「今月のメニューだ。これ以外にもあるが、おすすめはこちら、ということだな」
     言って示すのは、チェリーとベリーのクレープシュゼット、シトロンクリームを添えた黒糖のシフォンケーキ、それから、
    「日向夏のヨーグルトムース」
    「へ?」
     日向が反応した。
    「同じ名前だろう?」
     言われて一瞬ほけっとする。
    「俺、ひゅうがじゃなくてひなただよっ! ちどり・ひなた!」
    「そうなのか」
     ちなみに宮崎県出身ではない。
     ころころと表情をよく変える日向に遥凪は笑い、
    「せっかくの特別な日だ。特別なことも楽しまなければな」
     そう、皆にも笑いかけた。


    ■リプレイ

     豪奢ながら洗練された内装の室内を、衣擦れの音をさせながらメイド服姿の店員が行きかう。
    「おおお、スゲーこれがメイド喫茶か!」
     目を輝かせ感激する恭輔。
    「俺短いスカート好きだったけれど、こういうのも何かクるものがあるね!」
     盛り上がっている彼を見て七波が苦笑。
    「衛さん、お誕生日おめでとうございます。この1年が実り多き時間でありますように」
    「誕生日オメデト。甘いもん苦手って話だから、これやるよ」
     ふたりから祝辞とミント味のガムを手渡され日向はありがとうと笑う。
    「七波はどの店員さんが好み?」
     こそっと耳打ち。
    「俺は……あのスタイルのいいおねーさんがいいな! 長い髪の毛もそうだけれど、目がこう、好みだね」
    「私はあちらの女性でしょうか」
    「ほうほう、七波はあの店員さんかぁ……中々イイね!」
     結構真面目に話し合い。ちなみに好みは落ち着いた感じの和風なお嬢さま風の人です。
    「そうだ、今度七波の妹にも、目の前でメイド服着てもらって良い?」
     兄は少し考え。
    「妹のメイド服姿は前に見たことがありますが……直接頼んでみてください」
     結果は保証しませんが。

     あずみは、こんな機会でもないと、私がメイドさんの衣装なんて着るのは恥ずかしい……と思うのだけど。
    「……今なら誰もからかったりしませんよね?」
     照れ臭そうにしているけれど、まんざらでもなさそうに鏡の前でくるくる回る。
    「衛さん、お誕生日おめでとうございます。こんな素敵なカフェに誘ってくださって有難うございます」
     そう言ったつもりだけど。
    「あの、あのっ、お、お誕生日おめでとうございますっ。誘ってくださって有難うございます」
     緊張してしまう彼女に日向は苦笑。
    「ありがとう。あずみさんも素敵だよ」
     その言葉にぽわと顔が赤くなった。

    「給仕服を着ているのに逆に給仕されるって、とても面白そうな趣向のカフェですね」
     自分好みに柚羽は微笑み。
    「(それに……一度本格的なクラシカルなメイド服を着てみたかったのです)」
    「?」
     心の中で呟く彼女に日向が首を傾げ。
    「お店の内装と今着ているメイド服の効果なのでしょうね。一瞬、タイムスリップしたんじゃないかって錯覚を起こしそうになりました」
     ヨーグルトムースのさっぱりした甘酸っぱさを楽しみながら、いつもと違った空間で過ごすのは本当に楽しく思えて。
     穏やかな時が優しく流れる。

     普段とは違った落ち着いた雰囲気で現れた夜深に芥汰はうっかり顔が緩みそうになる、のを堪えて。
    「何時モ、スかート。短い、故……落チ着か無、かモ」
     長いスカートを揺らす彼女はちょっと大人のお姉サンって感じで可愛い。
    「……大人、御姉さン的? 本当? ソか……だタら、嬉シ!!」
     赤い頬を押さえふにゃっと笑う。
    「あくたんモ、執事姿。最上、御似合イ、ヨ! 飛ビ切り、格好良!!」
    「俺? 俺は合ってないんじゃないカナ……」
    「ソだ! 我、ネくたイ。結ンだげル、の! 貸しテ?」
     控えめに言う彼に、ぴょこぴょこと跳ねお嫁さん気分で整え。
     芥汰はクレープシュゼットを、ヨーグルトムースを夜深が選び。で、食べさせ合いっこね。
    「其ジャ……はイ。ムーす、どウぞ! あーン♪」
     給仕しないのにこの格好は不思議な感じだけど、可愛いメイドさんが口に運んでくれるのは恥ずかしいやら照れるやら。
    「……ほら、夜深も食べるでしょ。あーんして?」
     ベリーのソースを絡めて差し出すともじもじし。
    「あ。わ……い、頂き、マす。あーン……」
     甘ずっぱいのは、きっとソースだけじゃない。

     初デートだと終始嬉しそうな恵に、デートなのか? と愛は疑問に思い。
     ふんわりメイド服姿で似合う? と照れたように訊けば、似合う、似合う。と。
    「相変わらず可愛らしいっすよ」
     誂うように笑い、
    「お手をどうぞ、お嬢様」
    「お嬢様って……!」
     赤面してそっぽを向きながら、差し出された手をぎこちなく取りテーブルへ。
     選んだのはシフォンケーキ。クラシックで大人っぽい雰囲気とおいしい黒糖シフォンに恵はゴキゲン。
    「今の黒髪のお姉さん、可愛いね! チカのタイプじゃない?」
    「ご名答、よくご存知でー」
     黒髪ロングの美人ってだけで唆るっすよね。嘯く彼に、
    「勿論一番素敵なのはチカ!」
     照れもなく言う恵の言葉には、当たり前っす、と。
    「他が良いなんて言ったら、すぐさまお仕置きモノっすよ」
     自信ありげに答えつつもどことなく嬉しそうに言う愛から目を逸らし。
     執事服姿でタイを緩めた彼をまじまじ見ると緊張するから。
     イケメンも意地悪な性格も、黒だと一層引き立ってどきどきする、Mっぽいからそんなこと言わないけど!
     そんな恵を愛は見つめて微笑む。
    「勿論、オレにとっての一番もけーちゃんっすけど」

    「想像してたのとは随分違うなあ」
     まさか自分たちがコスプレするなんて。などと思いつつ修太郎は鏡で自分の姿を見る。
     でも今日の楽しみはメイド姿の郁。絶対似合うよ髪とかどうするんだろと妄想しながら待ち。
    「いろんなこと考える人がいるねー」
     動くたびに揺れる裾やひらひらしたエプロンもなんだかちょっと楽しいかも。
     長い黒髪を三つ編みにした郁に息を呑み、変じゃない? と訊かれて慌てて首を振る。
    「……あの、うん、可愛いですとっても」
     何ならいつもその格好でも!
     心の中で叫ぶのを知らず郁が笑う。可愛いって言われたら照れるけど嬉しい。
    「ありがとう」
     彼の執事姿に見とれてしまって。かっこいい、と伝えると照れ笑い。
     修太郎が選んだシフォンケーキは、淡く香るシトロンクリームが添えられて。
    「うん、黒糖をあっさり食べられる感じ」
     はい、とフォークに差して一切れ。郁はそのまま遠慮なくぱくり。うん、おいしい。
    「じゃあ交換でどーぞ」
     クレープシュゼットをお皿からひと掬いすれば修太郎も遠慮なく。
    「はは、この格好だと何か可笑しいな」
     はにかむ笑顔が交差する。

     結衣は自分の姿を確かめそわそわと視線を彷徨わせ。
    「わ、凛弓くんカッコいい……よく似合ってる」
     細身の彼が着こなす執事服。似合う、かな? 訊くと結衣は頷いて。
    「そのままエスコートしてもらいたいくらい。凛弓くんならできるよね?」
     訊くと、エスコートは僕に任せて、ね。いたずらっぽく笑う。
    「凄く似合ってるよ、とても可愛い」
     着こなしも自然だし……もしかして、前にも着たことがあったのかな?
    「はわわ、私のも褒めてくれて、ありがとう。嬉しいな」
     うん、そう……前にも着たことあったんだよ。
    「凛弓くんは何でもお見通しだね」
     嬉しくなって微笑み合う。
     カップを口に運んで、お紅茶、美味しいね。結衣が嬉しげに言う。
    「凛弓くんとこんな一時が過ごせて幸せ」
    「ふふ、こういうお祝い事は良いものだね、皆とっても楽しそうだ」
     少しだけ視線を落とす。でも、なんだかヤキモチ妬いちゃいそう、みんな可愛いもの。
    「凛弓くんは、私だけのものでいてほしいから……ね、私の執事さん」
    「大丈夫だよ、結衣ちゃん」
     凛弓は笑って結衣を見つめた。
    「僕が見ているのは君だけだから、ね」

    「來地さん……良くお似合いですよ」
     物思いに耽る來地に、ふんわり笑顔で声をかける。
    「ミラちゃんのメイド姿可愛いんだろうな、楽しみ……って、ええ??!! 執事服なの?!」
     彼と同じ執事服姿のミランダはこくりと首を傾げ。
    「私も執事服初めて着ましたが……似合いますか?」
    「あ、いや、似合ってるよ! 凄くカッコいいし、美人さんだから何を着ても似合う……けど……メイドさん見たかった……な」
     しゅんと項垂れ。
    「來地さんとお揃いが良かったので……こちらにしてみたのですが」
     そうですねぇ……メイド服は次回のお楽しみ……ということで。
    「と、そうだ、注文注文」
     來地がクレープシュゼットと紅茶を選び、ミランダは彼女の好きなアールグレイを。甘ずっぱいベリーの香りに、ベルガモットの薫りが優しく添う。
    「良かったらミラちゃん半分こして食べない?」
     その申し出に、ちょっと恥ずかしそうに頷き。
    「お茶の時間は賑やかな方が楽しいよね」
     カップを両手で抱いて笑う來地に、ミランダも柔らかく微笑む。
    「そうですね……皆さんと一緒に召し上がると素敵ですね」
     それはとても優しいひととき。

     華やかな【星空芸能館】は、ウキウキ気分でくるんと回る紗里亜の隣で、くるみがスカートをつまむ。
    「おかえりなさいませ……なんてね♪」
     一度は着て見たかったメイド服。うれしいけどちょっと照れるかも。
     普段ほとんどミニスカートしかはかないえりなも、このふわっとした感じが良いですね♪ と微笑む。
    「えりなさんも紗里亜さんも似合うな~♪ ボクは……」
    「紗里亜さんには落ち着いた服が似合いますよね~」
     自分には似合わないかな。言うくるみとえりなに紗里亜は、
    「メイド服は本来仕事着ですから、どんな人が着てもおかしくは無いと思います。むしろ姿勢じゃないでしょうか」
     ほら、シャンと背筋を伸ばして! 指示にふたりはぴしっと背筋を伸ばし、それから笑い合う。
    「へぇ、メイド服っていろいろあるんだな」
     感心したように眺めるファルケは堂々としたメイド服姿。
    「妙に似合ってるような……」
    「ファルケさん、執事姿……メイド姿も素敵ですね、あはは……」
    「ふ、俺にメイド服が似合うとな? 一応、幻の拳「メイド神拳」の伝承者を自称しているし」
     少しの間。
    「いや、その件に関しては、後日ゆっくり語るとしよう」
     語ると長くなるし、今日の主役は日向だからな。
     日向は、気にしないで楽しんで、と笑う。メイド神拳が気になったのは秘密。
    「チェリーとベリーのクレープシュゼットにしようかな……あとアイスミルクティーで♪」
    「私は黒糖シフォンケーキとアイスのカフェ・ラテを」
     それぞれに注文して、頼んだものが届く間にもおしゃべりは続き。
    「それにしても紗里亜さんもくるみさんもうきうきですね?」
     自然と頬が緩むふたりは、指摘されてはにかんだ笑みを浮かべた。
    「しかし、みんな結構似合っているじゃないか。いいねぇ、実に癒される」
     かわいい女の子のメイド姿を堪能するファルケに視線が集まる。
     ……そこ、一部何か違うとか言わないよーにっ。
    「ところでこれだけ落ち着いた雰囲気だと逆に落ち着かないような……」
     私だけですか? と首を傾げるえりな。
     店員がスイーツの乗った皿をテーブルに置き、
    「ご自宅のようになさってくださいね」
     微笑み言うけれど、やっぱり落ち着かない。

    「お誕生日おめでとうございます、日向様」
     職業メイドめかして、ぴしりと背を伸ばし慎ましく一礼する恵理と、
    「お、おめでとうございます、日向さまー!」
     ちょっとたどたどしく頭を下げる志歩乃。
    「……なんて。ふふ、初めまして。本日はありがとうございます。心に残る一日になりそうですよ……そちらのよく似合った執事姿も含めて」
    「ありがと。恵理さんと志歩乃さんも素敵だね」
    「(……いいなー。私も、ああいう風に、なれたらいいのに)」
     ちょっとだけ羨ましいような、嫉ましいような。……なーんて、それよりも楽しまなくちゃねー!!
    「さ、何頼みましょっか志歩乃♪」
    「ふえっ、恵理さん、いつもと全然違うー!?」
    「あら、私達はお休み時間に喫茶しているメイドでしょ? 素が出るのも自然だと思うわ……ふふっ」
     部活中と比べてさえフランクで、完全に素の恵理に、おろおろしつつうんうん頷いたり。
    「……うん、そうだねっ。お休み中のメイドさんだもん、ねっ」
     お休み中なんだから、羽目をはずしたっていいじゃない?
    「したっけ、私はシフォンケーキでっ!」
     メニューを見て、元気いっぱいにオーダー。
     とっても楽しい時間になりそうだ。

     【迷宮】の皆でお茶するなんて初めてだと、桃夜は形影一如の相手を楽しみに。
    「……あれ? 治胡ちゃん執事服?」
     紅一点である治胡の姿に首を傾げ。えっ? あれっ? ということは……
    「詞貴先輩、メイド服なんだ」
    「……ティコが執事服がいいと言っていたので。バランス的にメイド服で」
    「いや、バランスって問題か」
     治胡の言葉に詞貴は彼女を見た。
    「ああ。女装程度大したものではない、アホな服を着るよりはマシ。……サンタ服とか」
     依頼で着せられた残念なサンタ服を思い出し遠い目をする彼。
    「ヨダカやシキまでいるじゃないか…!」
     桃夜に誘われて来たクリスは詞貴と同じくメイド服姿で。
    「クリスは……うん、似合う! 流石だよ! かわいい!」
     桃夜の称賛に赤面。
    「というかシキも……メイド服なんだネ。あ、うん。よく似合ってル」
     ……でもなんだか随分と着慣れてる感じがするネ。
    「……何だろう、このチグハグ感」
     治胡は目前のメイド服姿ふたりを正視できない。
    「ティコは不満か。お前の男装も奇抜さではたいして変わらないと思うがな」
     彼女の執事姿は様になっていて、桃夜も男前度アップだと微笑み、恥ずかしさに視線を逸らす。
    「服は似合うのなら何でも良いと思うが。……タイが曲がってる」
    「ん……、ありがと」
     言われて気付く彼女のタイを直してやる。
    「ささ、座って座って」
     桃夜がクリスの椅子を引いて促し、詞貴とクリスがシフォンケーキで、治胡はヨーグルトムース、桃夜はクレープシュゼットを。
    「うん、おいしい」
     美味しいけど……桃夜の視線に気付く。
    「はい、オレのスィーツもどうぞ。あ~ん♪ してよ」
    「なんだよあ~んって。そんなの人前で出来るわけ……」
     断りかけ、しょんぼり顔になる桃夜にそんな顔するなよ、と渋々口を開けてパク。
    「あ、オレにも食べさせてね♪」
    「え? 君にもあ~ん?? はいはいわかりました」
     あーんをし合う2人から視線外そうとしてしまう治胡。一方的に気まずい。
    「先輩たちもあ~ん、やってみたら? きっといい思い出になると思うよ♪」
     治胡の手からスプーンが落ちた。
    「お、俺達はンなことやらねーし……」
     真っ赤な彼女をよそに、詞貴はクリーム少な目のシフォンケーキを一口食べて。
    「……まぁまぁ」
     ぽつり。
     ふたりの関係は甘さ控えめのようだ。

    「えっと、ようこそ、ご主人様、お嬢様、だよ! ……わんわんおー!」
     ガルがぼさぼさの長い赤髪をアップにしたメイド姿でお辞儀して。
    「似合う?」
    「うん、似合う。かわいい」
     くるりとその場で一回転してみせる彼女に日向が笑う。
     褒められて嬉しそうに吠える彼女に玖栗も、可愛いお洋服を着たら嬉しくなっちゃうね! と頷いた。
     悠理は、普段着のメイド服とは少しデザインが違って新鮮。それにしても、メイドなのに給仕をしなくて良いなんて変な気分。
    「普段の格好とそんなに変わらねーかなって思ったけど、これはこれで何か身が引き締まる感じがするなー」
     あそこにいる本職にはとてもかなわないけどな。執事服姿の角夜が悠理を見ながら口にして。
    「誕生日おめでとうな、日向。良い一年になりますように」
     これから沢山イベントあるだろうけど、元気に楽しく過ごせると良いよな。
     照れて微笑む日向の前で、角夜はメニューを広げると店員を呼び止めた。
    「という訳でメイドさん、此処から此処まで全部持ってきてくれ。あ、紅茶はウバで。無かったらダージリンとかで!」
     店員は豪快なオーダーを注文票に記していく。玖栗もメニューを眺め、
    「あ、おっきなパフェ! これがいい! とっても美味しそう!」
     こんなの食べたら幸せで天国に行けちゃいそうだね!
    「誕生日おめでとう、日向。これからも何かあったときよろしくね」
     白露の言葉に少しだけ日向の表情が翳った。
    「ボクらは仲間だから、例え肩を並べて戦えなくても、共に戦っているのは確かだよ。これからの一年、何があっても日向が笑っていられる日々を約束しよう」
     銀色の瞳と夜明け前色の瞳が交わる。
    「……ありがとう」
     頷く彼に玖栗が笑う。
    「玖栗、この学園に来たばかりでお友達少ないし、ただのクラスメイトからちゃんとしたお友達になりたいな!」
     笑顔にもちろんと応え。
    「楽しいですか?」
     ポットから紅茶をカップに注ぎながら微笑んで悠理が問い、応えは是。
    「それはよかったです。名前も似てますし、日向夏はお好きですか?」
    「嫌いじゃないかな。俺はひなただけどね」
    「それはそれとして、メイド服の布教もして良いですよね? 手近な所で、日向さんにメイド服を着てもらいたいです!」
     ぴた、と日向が固まる。
    「周りに同じ格好の人が多いんですから、恥ずかしがらずに着てみましょうよ」
     助けを求め視線を彷徨わせる彼に白露が笑った。
    「ふむ。日向はそういうのが好きなんだね。……いいんじゃないかな」
     スイーツに舌鼓を打っていた角夜も面白そうな笑みを浮かべる。
     と、玖栗が手を打った。
    「もし良かったらなんだけど、お誕生日のお祝いに歌いたいの! うるさくならないように、静かな歌なら大丈夫かなぁ?」
    「歌?」
    「おう? ここで歌ってもいいのか」
     ギターを取り出しファルケが爪弾くメロディに乗せて歌うのは、ボリュームは抑えめに、ハーモニーは美しく。
     玖栗や他の人も加わって、歌声は自然と大きくなっていく。
    「お誕生日おめでとう!」
     日向には初めてのことばっかりで、言えたのはひとつだけ。
    「……ありがとう」
     泣き出しそうな笑顔で言うと、周囲に笑みが広がる。

     特別な日に、特別な思い出を刻んで。
     それは大切な、優しい宝物――

    作者:鈴木リョウジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月18日
    難度:簡単
    参加:29人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 4
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