求めし強者

    作者:カンナミユ

     戦いを終え、男はベンチに腰掛けると買ったばかりの缶コーヒーを口にした。
     それはいつもの、もはや習慣のようなものだ。
     半分ほど口にしたところで男はふと、視線を先へと向ける。
     視線の先には屈強な男が倒れている。うつ伏せに倒れており、首は不自然に曲がっている。
     その男の周りには何人もの男が倒れており、誰一人として生きてはいないだろう。
    「……弱すぎる」
     格闘術の使い手だからと期待をしていたのに、このザマだ。
     弱すぎる。これでは準備運動にもならない。
    「どいつもこいつも弱すぎる。もっと手応えのある奴はいないのか」
     ふと、男の脳裏に一年前に戦った学生達が浮かび上がる。
    「……あいつらか」
     あいつらなら手応えある戦いができるかもしれない。
     立ち上がり、空になった缶をゴミ箱へ放り投げると、死を背に連れた男は公園を後にした。
      
    「全員集まったようだな」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は灼滅者達が集まったのを確認すると、解いていたパズル雑誌から資料へと持ち替えた。
    「ダークネスが現れた。お前達にはソイツと一戦交えてきて欲しい」
     そう言うと資料をめくり、ヤマトは説明をはじめる。
    「ダークネスの名は高橋・満。サングラスに黒の上下というチョイ悪オヤジのアンブレイカブルだ」
    「オヤジかよ」
    「オヤジだろうと何だろうとダークネスには変わりはないからな」
     説明を聞く灼滅者の言葉になめてかかると痛い目を見るぞ、とヤマトは言い説明を続ける。
    「このオヤジ――満は夜になると腕っぷしが強そうな奴や喧嘩を吹っかけてきた連中を襲っていたんだが……」
    「が?」
    「お前達、灼滅者と拳を交えて以来、腕を磨く為に全国を旅していたようだ」
     満は一年前、灼滅者達と戦ったが灼滅される事無くその場を去った。
     その後はヤマトが話したように全国を旅して回り、強者を求めて戦っていたのだが満足する事はなかったという。
    「で、以前戦って手ごたえがあった者――つまり、お前達灼滅者と戦う事を望んでいる」
     戦いの末、もっと強くなれと言い残し去ったダークネス。
    「リベンジマッチってヤツか?」
     灼滅者の一人の言葉にヤマトはどうだろうな、と口にし資料へ視線を落とすと、
    「強くなりたいだけなのかもな」
     地図を広げ、ヤマトは現れる場所を指差した。
     そこは郊外にある公園。満は一年前に戦ったこの場所に現れる。真夜中という時間もあり、人はいないだろう。
     満は灼滅者達が使う基本的なサイキックに加え、ストリートファイター、バトルオーラに似た能力を使う。強さは全員で戦って互角かそれ以上だ。
    「1年の間にお前達は強くなったと思うが、満も力をつけている。灼滅できればそれに越した事はないが、無理はしないで欲しい」
     満は強者と戦う事を望んでおり、戦う事で満足する事ができれば戦う事を止めて去るかもしれない。
    「相手は一人とはいえアンブレイカブルだ。くれぐれも気をつけてくれ」
     そこまで言うとヤマトは資料を閉じる、さらに言葉を続ける。
    「まあ、お前達ならできるはずだ。必ず全員帰ってこいよ」


    参加者
    赤威・緋世子(赤の拳・d03316)
    桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)
    メルフェス・シンジリム(魔の王を名乗る者・d09004)
    村井・昌利(吾拳に名は要らず・d11397)
    桜井・かごめ(つめたいよる・d12900)
    久我・なゆた(紅の流星・d14249)
    焔宮寺・花梨(珈琲狂・d17752)
    奏真・孝優(灰色の模索者・d25706)

    ■リプレイ


     しんと静まり返る公園に灼滅者達は集まっていた。
    「律儀に修行してから戻ってくるとはなんとまぁ、見上げたダークネスなこと」
     ぼんやりと街灯が灯る公園に立つメルフェス・シンジリム(魔の王を名乗る者・d09004)は言いながら優雅に髪を払う。
     今回、相手とするのは過去に灼滅者と対峙した事のあるアンブレイカブルだ。
     強さを求める為に旅して回ったダークネス。結果として望む強者と戦う事が叶わず、灼滅者達と戦うべく対峙したこの場所へと戻って来るのだ。
    「強さを求める気持ちは理解できる。でも。人を潰す力は……いつかそれ以上の力で潰し返されるだけなんだ」
     桜井・かごめ(つめたいよる・d12900)が口にした思いに、
    「強い敵が良いならダークネス同士で殺し合って居れば良いのに。ダークネスの思考回路は理解できないわ。……したくも無いけど」
     桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)も頷く。
     倒しきれない場合は撤退に追い込むという話だが、逃がす気はない。ここで殺す。
    「強さを求めるその信念は素晴らしいと思います。……ただ、それが私たちに被害を与えるもとなるのであれば、それを灼滅しなければなりません」
     それが灼滅者である私達の信念。
     珈琲を飲み、高揚する自身を落ち着けさせようとしている焔宮寺・花梨(珈琲狂・d17752)の言葉に霊犬・コナも同意するようにわん、と鳴き尻尾を振った。
     端から全力で闘る。村井・昌利(吾拳に名は要らず・d11397)はこれからの闘いに向け喧嘩用の指ぬきグローブを嵌める。
    「アンブレイカブルのおっさんかー……やっぱ貫禄とか半端なさそうだけど、凄くわくわくする! 初陣だし、皆と一緒に頑張ろうな! ファーザー!」
    「私の技がどれだけ通じるか……がんばるぞ!」
     奏真・孝優(灰色の模索者・d25706)の言葉にビハインド・奏真亮一が頷き、久我・なゆた(紅の流星・d14249)も決意を胸にぐっと拳を握りしめた。
     公園内は、エクスブレインが説明したように人気はない。だが、万が一もある。昌利と花梨はサウンドシャッターと殺界形成を展開する中、
    「へへ、渋いアンブレイカブルも居たもんだな。柴崎・明も渋かったけど、こっちも中々……。おっ、来たな」
     遠くからの人影に気付いた赤威・緋世子(赤の拳・d03316)は嬉しそうに言うと灼滅者達に緊張が走った。それは徐々にこちらへと向かって来ており、はっきりと姿が見えてくる。
    「そんじゃ、相手して貰うぜ!」
     緋世子の言葉に仲間達は頷いた。
     

     その男は、どこにでもいそうな男だった。
     黒の上下に黒のブーツ。黒ずくめの男は伸びた髪を鬱陶しそうにかき上げ、公園へと向かってくる。灼滅者達はその様子を遠くから目にしていたが、こちらに気付いていないのか、或いは気にもかけていないのか。
     悠々と歩を進めるその男、いや、ダークネス――高橋・満は公園の入り口を通り、自動販売機に向かうとポケットに手を入れるのが見えた。
     取り出し口から缶を取り、満は公園の真ん中へ歩を進めようとし――何かが飛んでくる。振り返りもせずに掴んだそれは缶コーヒーだ。
    「去年はうちの生徒が世話になったみたいだね」
     声をかけられ缶コーヒーを手に振り向き、公園の真ん中に立つ学生達と対峙する。
    「これで貸し借り無しでしょ? ……さ、死合いを始めよう」
    「……死合いだと?」
     缶を放った少女――かごめの言葉に何事かと眉をひそめる満だが、
    「高橋さん、だっけ。俺の名前は奏真・孝優。いっちょ、楽しいバトルしようぜ!」
    「私は久我なゆた。空手を学んでいます。強くなるため、空手以外の技も使いますけどね、さぁ、勝負だよ!!」
     孝優と妖の槍を手に一礼するなゆたの言葉で理解したらしい。缶を二つ手にしたまま、満はサングラス越しに灼滅者達を見渡すと、
    「……俺は女とは戦わない主義だ」
     ぽつりと口にした。
     ダークネスと対峙する灼滅者はサーヴァントを除き8人。男性は昌利と孝優の2人のみで残りは全員女性だ。1人2人ならともかく半数以上が女性というのは戦いにくいのだろう。
    「俺は村井・昌利。アンタの主義云々は気にしない主義だ」
     そんな満に昌利は名乗り言い放つ。闘いとなれば相手の性別や年齢、主義・主張等々を気にしない主義だ。当然、満の主義も気にはしなかった。
    「燃え咲かれ、我が焔!」
     解除コードと共に花梨は珈琲カップの刻印が描かれた宝刀・珈琲守護者を構え、理彩もまた日本刀・心壊を手にするとメルフェス、緋世子も戦闘態勢を整える。
     女性とは戦わない主義であるが、その主義を貫く事は今回もできないようだ。
    「暇なんだろ。しようぜ、喧嘩を」
     手首を軽く揉みながら言う昌利の言葉に仕方がないとでもいうように満は手にする缶をポケットにねじ込み、
    「前に戦った奴らとやりあうつもりだったが……まあいい」
     すっと構えると、言葉と共に周囲の空気が一変した。オーラで身を包むその姿に灼滅者達は息をのみ、それでも武器を構え直す。
    「お前達の力、試させてもらおう」
     その言葉は戦いの合図となり、灼滅者とダークネスの戦いの火蓋を切った。
     

     漆黒の髪を揺らす理彩の影をかわし、昌利の盾を腕で受けた満は目前を薙ぐ花梨の剣とコナの攻撃を払うと、
    「丸呑みだ!」
     勢いつけた緋世子の影により腕に紅線が引かれ、血がつと流れる。ざくりと攻撃を受けたものの、大したダメージには至らなかったようだ。
    「引導を渡してあげるわ」
    「ファーザー、頼んだ!」
     仲間達の攻撃をものともしない満に回避させまいと影を放つメルフェスの後ろから孝優は癒しの矢を飛ばし、指示を出す。亮一は指示を受け霊撃を放つもすっと避けられてしまった。
     やはり強い。攻防を目の当たりにし構える昌利だが、
    「……!」
     間合いが一気に縮むと目の前に黒い影が飛び込んでくる。咄嗟に腕で庇うが、ずん、と響く一撃の重みに踏み止まろうとする足がずず、と下がる。
     痛みに眉をひそめる昌利の後方から槍を手になゆたが飛び掛かり、かごめは自らの命中を高める為に預言者の瞳を発動させた。
    「体は鍛えてあるようだけど、心はどうかしら」
     初手をかわされた理彩だが、次手の拳は満の胸を捉え打つ。ダークネスは呻くような声を発するが次の瞬間には掴みかかろうとする昌利の腕を払いのけ、花梨とコナの攻撃を腕で立て続けに防いでみせた。
     攻撃を防がれ宝刀を手に花梨はコナと共にきっと視線を満へと向けるが、サングラスに隠れたその表情を伺う事はできない。構えはしっかりとしており、余裕さえ伺える。
    「こんなものか? お前達」
     はっきりと聞こえる、低い声。まだ足りない、もっとだ。
    「派手に打ち砕く! 外さねぇぞ!」
     バベルブレイカーを手に緋世子は地を蹴った。
    「真っ向勝負だぁ! さぁおじさんっ、私の拳を受けてみろー!」
     続く戦いの中、なゆたは蒼き炎の闘気を纏い、真っ直ぐな拳を放つ。激しい連撃を満は応えるかのように真正面から受け、
    「墜ちろ!」
     放たれたリングスラッシャーを蹴り払った。攻撃を払われ残念がる暇はない。仲間達の動きを目に、かごめは武器を構えた。
     灼滅者達はダークネス相手に戦いを続ける。エクスブレインは満足すれば相手は退くと言っていたが、それは目的ではない。あくまでも灼滅が目的だ。
    「ありがとう、花梨さん」
     理彩の礼に拳を剣で防いだ花梨は微笑む。その間も仲間達は攻撃を続き、傷付いた腕から血が流れて炎になると、ぼんやりと街灯が灯る公園内に花梨の炎が加わり明るさが増した。
    「ボディがお留守だぜ!」
    「留守なのはお前だ……!」
     がつ、ん!
     動きを読んだ満と緋世子の拳が打ち合う。攻撃を相殺され、まさかと表情が硬くなるが、それも一瞬の事だ。
    「俺はまだいけるぜ!」
     叫んですぐに構え直す緋世子を横目にメルフェスが斬りかかると、孝優はシールドリングを放ち亮一へ攻撃を指示した。
     ボディブローを叩き込み、昌利の口の端が楽しそうに歪む。幾度も攻撃を受け、その戦いの激しさに相手の顔を見ると、何故だろう。目の前に立つダークネスもまた戦いを楽しんでいるかのように見えた。
     そんな中、
    「力は大切だ。でも、大切なものを護るのは力じゃない」
     マテリアルロッドを手にかごめはぽつりと口にした。さして大きくはない声に満の顔が向く。理彩の攻撃を受け止め、それでもなお顔は彼女に向いたまま。
     続けろとでも言うようなそれにかごめは続ける。
    「大切なものを護るのは力じゃない。心なんだと」
     その言葉は彼女が信じるものだ。
     自らもかつては力が全てと考えていた。だが大切なものが増える程、力だけに頼る事の無力さを知ったのだ。
    「お前がそう思うなら、そう思えばいい」
     昌利の一撃を受け、隙ができたところに花梨の剣がざくりと裂く。肩口からどろりと血が流れ、腕を伝い地に落ちるが満の表情が歪む事はなかった。
    「だが、心だけで護る事はできない。……守れなかった奴を俺は知っている」
     少しばかり眉根を寄せて言うその表情が少しばかり寂しげに見えた。
     ダークネスが言う護れなかった奴とは誰の事なのか。それは灼滅者達の考えが及ぶ事はないだろう。
    「お前達はまだ強くなるのか?」
     ふと、満は問いかけてくる。その間も灼滅者達の攻撃の手が緩む事はない。
     この先、今よりもまだ強くなるのか?
    「愚問な質問ね」
     メルフェスは当然とばかりに返すと、
    「当たり前だぜ!」
    「まだまだ強くなりますよ!」
     緋世子となゆたは声を上げ、仲間達も声には出さないが否定する者はいなかった。
     その証拠に灼滅者達は自らの攻撃を通して答えてみせる。全力の攻撃で。
    「此処で死んでもらうわ」
    「……そうか」
     そう呟きくと満は立て続けの攻撃を受け、そして払う。
     ダークネスと灼滅者達の戦いは激しさを増した。緋世子、メルフェスと続く攻撃を受けた満は頬を伝う血を拭うと、
    「こないのか? お前は」
    「え?」
     サングラスの奥の瞳を孝優へ向けた。突然の事に思わず声が出てしまう。
     孝優は喧嘩が大好きで、強い者との戦いも大好きだ。だが、自分の弱さを自覚し今回は後列で仲間を癒す役割を担っている。仲間の傷を癒し、サポートするのは重要な役割だ。
     ――だが。
    「俺には分かる。殴りたいんだろ? ……来い」
     その言葉は孝優を動かす鍵となる。一度だけでいい。自分の全力の拳を叩き込んでみたい。
    「くらえ!」
     真正面からの一撃。
     拳は満の手に掴まれ、そのまま激しい攻撃を食らう。孝優は声を上げる事もできず、その場に崩れ落ちた。
     

    「孝優、大丈夫か?」
    「大丈夫ですか? 孝優さん」
     強烈な攻撃ではあったが、どうやら加減をされていたらしい。なゆた、コナと共に駆け寄る花梨の言葉に大丈夫だと頷き起き上がる。周囲を確認すると自分へ拳を叩きつけた男は既に戦う事を止めていた。
     どやら自分の攻撃と反撃が終了のきっかけとなったらしい。
    「やっべー、やっぱおっさんつえー」
     心配そうにする亮一を目に痛む体をさすりながら孝優は立ち上がる。灼滅者達の前に立つ男は激しい戦いをしたというのに十分な余裕が伺えた。
    「もういいのか」
    「まだ強くなるんだろ?」
     昌利の言葉に満はそう答えるだけ。
     今以上に強くなった灼滅者達と戦いたい。それを期待したのだろう。
    「俺はもう一度、旅に出る」
    「旅に出るのは構わないけど、強い敵と戦いたいならダークネス同士で殺し合えば良いのに」
    「……考えておこう」
     相手が撤退を決めた以上、これ以上の戦いは無用だ。仕方ないという感情を滲ませ言う理彩の言葉にダークネスはそっけなく返すと、
    「いずれまた会おう」
     それだけ言い、公園の出口へと歩いていく。
     ――と。
    「えっ?」
     満の足が止まり、思い出したかのように振り返るとぽんと何かを放った。弧を描くそれは孝優の手に収る。
     冷たく硬いそれは缶コーヒーだった。かごめが渡したものとは違う、満が自動販売機で買ったもの。
     なぜ自分に? 疑問がよぎるが、その理由はすぐに告げられる。
    「もっと経験を積め」
     あの一撃で実戦経験がないのが分かったらしい。精進しろ。そう言いたいのだろう。
    「また喧嘩しようぜ。縁があれば」
    「次は決着つけるからな!」
     死を背に連れた男は昌利と緋世子の言葉に返す事なく去っていく。その姿になゆたは一礼し、灼滅出来ず残念そうにメルフェスは見送った。
     男が言うように、いずれまたこの場所にダークネスは、そして灼滅者達はこの場所に訪れるだろう。
    「力はあくまで手段のひとつに過ぎないのにね。どうして僕たちは……」
     大切な者を護れず、闇に落ちた男は消えていく。誰に言うでもなくかごめは呟き、仲間達と戦いの痕跡を消すべく掃除を行った。
     再び対峙する時こそが決着となるだろう。そう信じ、灼滅者達もその場を去って行った。

    作者:カンナミユ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 16/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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