
桜の木の下には死体が埋まっている、という文がある。
「あ~聞く聞く。この時期みんな言うよね! ことわざだっけ?」
「そうじゃない? あの木の下に埋まってたりして」
暮れる河川敷。学生が指差した桜の木は、周りの土が黒く、まるで周囲一帯を掘り返したように思えるほどだった。
「もしそうなら大量に埋まってそうだな、死体」
「昨日花見してた人達かな。これだから酔っ払いは……」
他愛のない会話をしながら歩いていく学生たち。やがて一人が「そういえば」と口を開いた。
「噂があったな。逆転の発想的な」
「噂? どんな?」
――桜が人を殺して埋め、その上に居座っている。
「……」
自然と、彼らの視線は先程の桜の木にうつる。
「一瞬バッカみてぇ、って思ったけどさ――昨日まであんなトコに、桜なんてあったっけ?」
明らかに他の桜とは不自然な場所に咲く、掘り返された土に囲まれた桜の樹。
薄気味悪くなってきた学生たちの前で、風もないのに枝が大きく揺れた。
●
「『桜の樹の下には屍体が埋まっている!』は、文豪梶井基次郎が書いた『桜の樹の下には』の冒頭ですね」
園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)は本を閉じ、灼滅者たちを頭を下げる。
「お集まりいただきありがとうございます。今回は、この名文を元にしたと思われる都市伝説を確認したので、その灼滅をお願いします」
都市伝説が現れるのは、地方都市の河川敷。この時期は植えられた桜が一斉に咲き、毎年花見する人で賑やかになるようだ。
そんな河川敷で、夕方から夜にかけ、他の桜とは明らかに不自然な場所に、いつの間にか桜の木あったら……それは都市伝説だ。
「見た目は普通の桜に見えるんですが、夜になると地中にある根を使って歩き、人を襲って地面に埋めるみたいです」
幸いなのは、花見シーズン到来以降に出現した都市伝説なので、犠牲者はまだいないか、いても少ない状況で予知できたことだろう。
是非、新たな犠牲が出る前に解決してほしい。
「都市伝説は、皆さんが向かった日の夜に現れます」
地面に根を下ろした相手だが、移動可能なため遠距離攻撃で無血勝利とはいかないらしい。攻撃手段としては枝を振り回す攻撃に、桜の香りによる幻覚を見せてきたり、根を伸ばして絡みつく攻撃をしてくるようだ。
「比較的人が少ない夜に現れるとはいえ、少し離れた場所では夜桜を楽しむ方がいらっしゃるかもしれません」
戦場の近くにいる可能性もあるので、一般人対策をしっかり取っておくことが注意事項だろう。
「対策をとった上で戦えば、あまり危険の無い都市伝説です。早く倒せたのなら、夜の桜を見るのもいいのではないでしょうか?」
夜桜読書もいいかもしれませんね、と槙奈は嬉しそうに続けた。
| 参加者 | |
|---|---|
![]() 小村・帰瑠(砂咲ヘリクリサム・d01964) |
![]() 瑠璃垣・恢(さよならの周波数・d03192) |
![]() 日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366) |
![]() 織元・麗音(ブラッディローズ・d05636) |
![]() 安土・香艶(メルカバ・d06302) |
![]() 皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424) |
![]() 火土金水・明(黒い三連ボンクラーズ・d16095) |
![]() 鬼追・智美(メイドのような何か・d17614) |
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その桜は、ふてぶてしい性格のようだった。
「不自然な場所っていうから、どこに現れるかと思えば……」
サウンドシャッターを発動しながら、安土・香艶(メルカバ・d06302)は背後の土手を見た。土手の斜面には桜の樹が、道に沿って等間隔に咲いている。昼間下見に来た時には、緩やかな斜面にシートを敷き、花見客が大勢楽しんでいた。
「あれはアウトだろう」
瑠璃垣・恢(さよならの周波数・d03192)がぶっきらぼうに応える。視線の先、都市伝説がいるのはとても戦いやすそうな――綺麗に整地されたグラウンドだった。
ピッチャーマウンドに根を下ろし、存在感というか違和感をこれでもかと見せつけてくる都市伝説。普通なら物珍しさに寄ってくる者もいそうだが、火土金水・明(黒い三連ボンクラーズ・d16095)の築いた殺界により、夜の桜に興じていた一般人は姿を消していく。
「色々な都市伝説が出現しますね」
故意か偶然か、都市伝説は人工の灯に映えるような位置にある。おかげで夜にもかかわらず、妖しい花弁の色まで鮮明に見えるわけだが……明としては、普通に咲いた桜が綺麗だと思うし、そちらを見たい。
「血に染まった真紅の桜というのも、なかなか素敵――ああ、冗談ですよ?」
織元・麗音(ブラッディローズ・d05636)は傍らにいる鬼追・智美(メイドのような何か・d17614)の視線に気付き、浮かべていた微笑を深めた。
「『お仕事』ですもの。勿論冗談よ、半分だけね」
戦いと今に『快』を求める麗音。同じクラブでそれなりに知ってる智美としては、実際に人の血で染まっていなくて良かったと思うしかない。
「不幸な方が生まれてしまう前に、私たちが為すべきことを」
予知のタイミングを考えれば僥倖だ。噂の元が有名だったのも一役買っているのだろう。
桜の樹の下には屍体が埋まっている!
「元の言葉は浪漫といいますか、どきどきするような気持がありますですけど」
日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)は、目前の都市伝説を見て想像してみる。
桜の樹が下に屍体を埋めている!
「風情がありませんですね」
「だね。そーゆーのは、幻想だから綺麗なの」
小村・帰瑠(砂咲ヘリクリサム・d01964)が帽子をかぶり直した。打ち合わせた拳には魔力が宿っている。
「桜を装って人を喰らうなんて気に入らないね」
その言葉に。
近づいてきた者たちが何も知らぬ獲物でないと気付いたのだろうか。都市伝説の枝が軋みながら動き出し、その周囲の地面が蠢く。
「夜桜か……確かに血が……似合いそう」
風に乗って舞い散る桜の花。それから視線を敵へと戻した皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424)の表情が、犠牲者を出さないという決意を湛える。
「さっさと……燃やし……尽くすか」
その言葉と時を同じくして、奇怪な咆哮の如き音を発した都市伝説が、激しい動きを見せた。
●
空を切る太い音は、幹より派生した強靭な枝がしなる音。手近な前衛へと振られた長い枝は、しかし狙いを定める直前、展開した障壁に弾かれた。智美が手の甲から生み出した障壁の規模を更に広げ、前衛を覆う盾を作り出していく。その下をくぐり抜け、智美の霊犬・レイスティルが駆けた。飛び上がり様口に咥えた刃が閃き、回避の遅れた枝の先端が斬り飛ばされる。
耳障りな音は足元からだった。蠢いていた地面が突如盛り上がり、そこから胴ほども太い根が飛び出してくる。まるで巨大な爪のように地面に突き立ち、桜の樹の周囲が一気に高く持ち上がった。零れ落ちる大量の土砂の向こうから、根に支えられた都市伝説の姿が露わになる。
「あー、樹木が動くってこんな感じなんだ」
人間で言えば「あ、よっこらしょ」という感じで立ち上がったところだろうか。妙に人間的な動きに不気味さを感じながらも、香艶がふと思い浮かべたのは植物に敬虔な友人だった。後で教えといてやるか――そう考えながらも、握った拳に紫電を纏わせる。降り注いだ鋭利な根を、手を当て逸らすようにかわすと、ひるがえった拳が根の塊へと打ち込まれた。手応えは浅い。そう判断した香艶が飛び離れるのと、根の瀑布が数瞬前まで立っていた地面を押し潰すのは同時だった。灼滅者たちへと、都市伝説は根を使い前進を始めている。
「なーるほど、人が来ないから自ら歩いて来たってわけね――んなことあるかいっ!」
貪欲に獲物を求めるその光景は、幻想もなにもない。思わず口を吐いて出た言葉と共に、帰瑠は暗き想念の弾丸を作り上げた。
「チリにしたげるから覚悟しなよっ! 行っけええい!」
帰瑠の声に従い、桜の樹へと疾る漆黒の弾丸。立ち塞がる根の尖塔を砕き、黒い軌跡を描くサイキック――デッドブラスターは桜の幹へと着弾する。
都心伝説の巨体を揺らす、破壊のエネルギー。
「桜の花は、散り際が一番美しいっていいますですよねっ」
よろめいた敵へと、翠が両手で印を切った。素早い動作で刻むのは風神の招来。動作の終わりと共に紡ぎあげたサイキックが、少女の周囲で渦巻いた。暴風が生み出す真空の刃――翠の神薙刃が根を、枝を斬り進み。本体の桜から花弁を散らしていく。
その風に、炎が混じった。
「ソノ死ノ為ニ、対象ノ破壊ヲ是トスル」
零桜奈の手に漆黒と純白の大刀が姿を現す。その西洋剣の根元から炎が、蒼い炎が宿り、切っ先の刀までを覆い尽くした。炎の気配に槍のような根が、幾本も零桜奈へと射出されるが、貫かれるのは残像のみ。振り抜いた蒼い一閃は、桜の樹から大枝を断ち切った。
「風流とはいえ、化粧を愛でるほど数寄者でもなくてね」
崩れたバランスを立て直す暇を与えず、恢が地面に突き立つ根を薙ぎ払い、跳躍。構えた槍が渦を巻き、刺突がもう片方の大枝を半ばから貫き抉った。
「ひとつ、ぱあっと花を散らしてもらうとしよう」
一連の攻撃は、都市伝説にとって痛打であったのだろう。枝がのたうち、太い根が見境なく乱れ打った。振り回される巨大な枝と根に、タイミングを計れず誰もがすぐには近寄れない。
麗音を除いては。
鬼神のそれへと変貌させた腕を構え、まっすぐに向かう麗音に怒涛の如く枝根が襲いかかった。鬼の腕で打ち払うその死角から来た攻撃へ、明が符に霊力を込めて放つ。一直線に飛んだ符は麗音の背で発動、防御結界を形成し植物の槍衾から護り切る。
「ふふ、綺麗な散り際を見せて下さいね?」
鬼神の渾身の一打が、桜の樹を捉えた。
●
「思いのほかタフ、ですね」
自らの影から触手を放ち、智美が根を縛り上げた。暴れる都市伝説に順調にダメージを与えている。それを加味すれば、さすがは木の都市伝説か、かなり打たれ強い。
加えて、根と枝のどちらかに気をとられると、意外な方向から攻撃が来る。
「翠、後ろ!」
帰瑠の声を聞いた時、タイミング悪く翠は術の準備に入っていた。中断して避けようとするよりも早く、枝の先が翠へと迫る。
咄嗟に腕を引かれ庇われなければ、強烈な衝撃が襲っていただろう。
「さすがに一撃は重いか」
交差して受け止めた両腕の痺れに、香艶がむしろ楽しげに唇を吊り上げた。
「だが打撃で来るなら人体と同じ要領、合気道の延長でいけるぜ」
続く枝の軌道から力の流れを読み、受け流す。相手が桜だろうと柳のようにしなやかにいくだけ。鋼鉄の強度を得た拳が瞬いた。固いセルロースを貫く感触とともに、残っていた大枝の最後がへし折れる。
だが、最も艶やかな武器は残っていた。風に乗って飛ぶ花びらに、前衛の幾人かが目を虚ろにし、得物を味方へと向ける。
「無事な方は一度退避を。治します」
明が手にしたギターから癒しの響きを奏でた。音に乗ったサイキックの力が虚ろになった意識を鮮明にし、正気に戻していく。更に明は防護符を香艶に投げ、霊力による守護と癒しを施していく。
「こちらの番です――背の高い木には、雷、落ちやすいですよね」
声と共に翠が放つは呪符。宙に五芒星を描き並んだその中央へ、彼女の魔杖・幣帛が雷の魔力を増幅させ、轟雷を呼び起こした。駆け抜けた雷霆は都市伝説の幹を穿ち、その全身へと流れていく。
「そろそろ幕引きですね」
動きの鈍った都市伝説へと、麗音が跳んだ。のたうつ根を飛び移りながら、本体へ致命打を与えるべく近づく。気付いた都市伝説が樹を守るように残った根と枝を展開、次々と突き刺し、あるいは捕縛すべく伸ばされる。撃ち出される植物の槍の嵐を、麗音は赤いドレスをひるがえして、更に突き進んだ。空を切る音を頼りにかわし、手にした槍で薙ぎ払っていく。妨害の少ない死角を飛び移りながら、麗音の放った斬撃が幹に深く刻まれた。桜の妖しい花の色より、なお血に近い色を伴って、麗音が降り立つ。
続いて根を飛び移ってきた恢は無表情のまま、だが首にかけていたヘッドホンを耳につけていた。
「ミュージック、スタート」
歌うように口ずさんだ恢の世界から、既存の音が消えた。
足元の影から生み出された剣を抜き放ち、名もなき黒い刃で迎え撃ってくる植物を斬り捨て樹に突撃。紡がれるのは堅牢で膨大な守護を抜け、玉座に迫らんとする戦いの音。影の刃が軌跡を生み出し音を生み出す。
「オケラの七つ芸ならぬ桜のなんとやらか。何芸あるか見せてご覧、数えてあげるよ」
一際強く踏み込んだ瞬間、爆発的に弾ける影色の質量。斬撃は芯へと達し、都市伝説から奇鳴があがった。手招きするカイの挑発に乗って、怒りにまかせ突き進む妖怪桜。
「ええい往生際が悪い」
帰瑠が構えたガトリングガン。そこから吐き出された弾丸は、ノズルフラッシュをも凌駕する、完全な炎の塊だ。
「せめて華々しく散っちゃいな――燃え尽きろっ!」
大量の火線は巨大な炎の剣のようで、その切っ先に触れたものをことごとく燃やしつくしていく。そして、
「……見えた」
零桜奈の放った豪快な斬撃が、それまで灼滅者たちが与えてきた斬撃を繋ぐ線で、両断していく。
それが決め手だった。半ばまで両断された桜の樹は、その大質量が存在しなかったかのように、静かに消滅していった。
散る花すら、なかった。
●
風は穏やかだった。静かになった河川敷に、水の音が聞こえてくる。見上げた空には月。ひらひらと桜の花びらが舞っていた。
「散り際の夜桜を見るなんて、いつもはやらないからね」
今年最初で最後の花見になりそうだ、と恢は持参してきたビニールシートを広げた。その上に焼き鳥やら惣菜やらが置かれていく。スーパーの製品が目立つそこへ、智美の手からお弁当箱が置かれた。
「こんな事もあろうかと、お弁当を作って参りました」
「お、手作りっていいな。楽しみだ」
ちょうど持参品をとって戻ってきた香艶が、買い占めてきたというおにぎりや飲み物を配っていく。
「頼んでたコーラは?」
「こっちだ――ほらよ。つーかなんで自分で買わない……」
置かれた食べ物の上を、紙コップやら、ペットボトルやら、桜餅各々が持参したものが手渡しされながら並べられていく。明が魔法瓶からお茶を注いでいき、暖かな香りが蒸気と共にくゆった。
「ちょ、ちょっと作った量が多かったかもしれませんね……」
「風情も考えて簡単に、と思ったのですが……ま、仕方ないですね」
持ち寄った総量を見て苦笑いする智美に、共同制作者の麗音はしれっと応じる。
「籠城できるね」
恢の声と表情には、幾分か楽しそうな成分があった。夜が更けるまで、まだ時間はかなりある。目に良し、舌にも良し。きっと楽しい時間になるだろう。
「ま、男性陣もいるし大丈夫でしょ」
紅茶で喉を潤して、一息つく帰瑠。その言が反映されてるわけではないだろうが、自然と恢や香艶の周囲に料理は集まっている雰囲気がある。
「……いやいや? 皇樹も男子だよな?」
香艶が悪く思うな、と零桜奈の前に分け置いていく。零桜奈は無言のまま肩を竦めた。ここで男性であることを強調されるとは、思ってなかったのかもしれない。そのまま背にした桜の木に体重をかけ、緑茶を一口。音もなく花を散らす光景を目をやった。
「今夜が今年初めてのお花見です♪」
「やっぱり、綺麗ですね」
同じく舞い散る花弁を楽しむ翠と明。翠は妹にも見せてあげようかと、取り出した携帯で写真を数枚、撮っていく。その背をレイスティルがてしてしと叩いた。
「うん? これが欲しいの?」
寄ってきたレイスティルに柏餅を小さくちぎって渡す翠。レイスティルは満足そうに食べ終えると、今度は明の方へ。何を欲しがってるのか気付いた明が目を丸くした。
「お茶ですか?」
やがて渡されたコップを使い器用に飲んでいく霊犬。その光景に智美が微笑んだ。
「あの子も色々頂いて喜んでるみたいですね」
「散る桜、残る桜も散る桜って言うけど、来年もまた、と思っちまうのは業が深いんけねぇ」
頭上の、そして並ぶ桜へと香艶は目を移す。曇りない夜空に鮮やかな色を落とす桜。この光景は来年も訪れるのだろう。何百年も前から誰かが見て楽しんできた光景は、時を重ねて見る者を変えて、未来へと運ばれていくのだろう。
「こんなに綺麗なら、仕方ないかもね」
帰瑠の目に映る、浮かび上がるような薄紅の花。光がなくとも心に残るその色は、まるで魔法。現実かと錯覚するような存在。
こんな色がありえるのか――そう思ったからこそ、色が含む鮮やかさにあり得ぬ幻想が生まれたのだろう。帰瑠はふと目の前の桜に問うた。
「ねえ、一体何人の血を吸えば、そんなに綺麗になれるの? なーんてね」
応えなどあるはずもなく。一瞬風が強く吹いて、揺れた枝から一際花弁が散っていくのだった。
さあて。
あなたは何人だと、
思いますか?
| 作者:叶エイジャ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2014年4月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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