ぼくらのひみつきち

    作者:牧瀬花奈女

     桜の季節が終わると、途端に緑が元気を出し始めた。陽光を透かす若葉が目にまぶしい。
     こんな日は外へ出よう。
     学校が休みの今日、いつもより早くに目が覚めた灼滅者は、そう考えて散策へと出発した。植え込みの側を通ると、緑の匂いがする。
     角を二つばかり曲がった所で、灼滅者ははたと足を止めた。
     みかん箱が歩いていた。
     思わず瞬きを繰り返す。違う。みかん箱を頭から被った、小学生――顔が見えないのでよく分からないが、多分そう――の男の子だ。
     どこかの脇道から出て来たのだろうか。灼滅者の数メートル先を歩いている男の子は、特にふらつきもせず、すたすたと歩道を歩いている。
     あの子は、ちゃんと前が見えているのだろうか。
     不意に、そんな不安が灼滅者の脳裏をよぎる。この近くに住んでいる子だとすれば、恐らくは武蔵坂学園の生徒なのだろう。けれど、いくらバベルの鎖があったって、赤信号で道を渡ったりしたら危ない。
     数メートルの距離を保ちつつ、灼滅者は男の子の後をついて行く。歩行者用信号機の前で、男の子は一度足を止めた。一応、前は見えているようだ。
     安堵しながらも、灼滅者は何となくまだ男の子の後をついて歩いていた。あの子は一体、どこへ行くつもりなのだろう。
     それからいくつも角を曲がって、知らない坂を上がって、また角を曲がって――気付けば灼滅者は、森の中にいた。
     数メートル離れた所にいる男の子は、こちらに気付いた様子も無く、被ったみかん箱を脱いでいる。男の子は以前にもここへみかん箱を運び込んでいたようで、彼の足元には平たくされた箱がいくつも重ねて置かれていた。
     その中の一つにマジックで大きな文字が書かれている事に気付き、灼滅者は目を凝らす。
     ひみつきち。さわらないでください。
     どうやらあの男の子は、ここに秘密基地を作るつもりらしい。灼滅者は自分の頬が緩むのを感じた。
     改めて、森の中を見回す。
     ここに友達を呼んでみようか。そんな考えが灼滅者の頭に浮かんだ。
     木々の幹は太く、枝ぶりもしっかりしていて、木登りには最適だ。木陰を探して物思いにふけるのも良い。男の子の向こう側には、小さな川も見える。泳ぐには少しばかり浅すぎるけれど、水遊びには十分だろう。
     それから――あの男の子の、秘密基地の建設を手伝ってあげるのも楽しいかもしれない。
     新緑のまぶしさに目を細めて、灼滅者は携帯電話を取り出した。


    ■リプレイ

    ●きみのひみつきち
     森の中は緑の匂いが強かった。一人ゆるゆると歩を進めていた希沙は、枝ぶりのしっかりした大きな木を見つけると、その木に登った。丈夫な枝に腰掛ければ、木漏れ日が膝の上に不思議な模様を作る。遠くからは、鳥の声が聞こえたような気がした。いつもと違う高さからの景色は、さながら別世界。スケッチブックの代わりに、彼女はぱしゃりと写真を撮った。他の誰かにも見せられたらええな。誘いそびれた人達の顔を思い浮かべて、そんな風に思った。
     図書室で借りて来た植物図鑑を手に、カティアは木々の間を歩いていた。知らない花を見付けるたびに図鑑のページを繰り、同じものを探す。ぱしゃぱしゃと賑やかな水音が聞こえて、彼女がそちらへ目をやると、小川で遊んでいるチセと夜深の姿が見えた。
     チセの手招きに応じて川へ入った夜深は、水の冷たさに目を細めた。川底に敷き詰められた丸い石の感触が、何だかとても心地良い。シキテはチセの隣で、彼女らの視界を過った魚を掴もうと、前足で一生懸命水を叩いている。ぱしゃぱしゃ鳴る音に合わせて飛沫が飛び、気付けば足だけでなく体中が濡れていた。チセが手で水鉄砲を作ったのは、そんな時。
    「沢山当てた方が勝ちなんよ」
    「沢山、当てタら、勝者? 我、負ケ無、ネ!」
     今日は良い天気だから、濡れた服もすぐに乾くだろう。二人は微笑んで、水鉄砲の撃ち合いを始めた。
     大きめのダンボールを組み立てた雪花は、そろりとその中に入ってみた。一人用秘密基地、と呟くと、少し楽しい気持ちになった。他にも持って来たいくつかのダンボールは、望に渡してしまった。自分専用の秘密基地には、一つで十分。
    「御厨君は、どんな秘密基地を作りたいの?」
     織姫の問いに、望は暫し考える素振りを見せた。
    「んーとね、せっかくだから、高いところに作りたいなーって」
    「じゃあ、あの木の枝の間なんて、良さそうじゃない?」
     そう言ったのは民子だった。指さした場所は木の上。位置は少し高いけれど、枝は太くしっかりしていて、そこに至るまでに足場に出来そうな枝も多い。
     ぱっと目を輝かせて木に登り始めた望へ、落ちんなよーと供助が声をかける。望の後に、缶ジュースの空ケースを背負った鋼人が続く。
     あっという間に木上の人となった5人を、ペルメルは見上げた。
    「……手伝いたい、のか?」
     緋鷺に言われ、彼女はこくりと頷く。
    「一緒に手伝おう……ヒサギにいさんは小物作るの上手。私、知ってる」
     分かったと頷く緋鷺に少し唇の端を持ち上げて、ペルメルは木の幹へと取り付いた。私もお手伝いするよと、木上へ声を掛けて、朱音も木登りを開始する。
     木の上では、供助が枝の間に渡した板を足場にしたものと、鋼人が網目状にロープを巡らせたものを足場にしたもの。二つの秘密基地の建設が行われていた。本格的な家屋は作れずとも、小さな櫓のようなものなら出来上がりそうだ。
    「これ、テーブルに使えないかな?」
     倒木を輪切りにしたものを背負い、明日檜が顔を覗かせる。彼女と共にこの森へ来たなつめは、木の近くに小石を集めて、小さな花壇を作ろうとしていた。
     望が手の届かない所へロープを渡そうとするのを、流希が代わって引き受ける。その傍らで、鋼人に肩車をして貰った織姫が高所の飾りつけをしていた。
    「こうやって布を被せれば、カモフラージュになりますよ」
     緑の布で櫓の天井を覆い、優歌が笑う。心に浮かんだ残酷な意図は、そっと胸の奥に押し隠した。
     こんなもの使えますかね? と、そっと未散が差し出したのは小さな木の実。飾りにしたらいいかもと、スィランはそれを受け取った。彼女が森の花を探し始めたのを視界の端に捉えながら、彼は木の実を弄りだす。男の子だから花を飾るのはないでしょうか、と問われ、綺麗だからいいと思うと返す。
    「なぁ。みちる……自分を、作ってるのか?」
     木の実を弄りながら、スィランは今まで感じていた事を口にした。
    「作ってる……? うーん。言葉正してるからそうなの、かも」
     竜胆色の髪を揺らし、未散は考えを巡らせる。そんな彼女の前に、スィランは握り拳を差し出した。
    「俺の前では……そういうの、いらないぞ。俺は……気にならないから」
     未散の掌に優しく落とされたのは、幾何学模様を描く木の実のストラップ。
    「そう言って貰えたら……僕も嬉しい。ありがとう」
     中心に飾られた黄色い花を指先で撫でながら、未散は頬をほんのりと赤く染めた。
     わあ、と木上から歓声が上がったのはそれから暫くの後。
    「あっちでも、ひみつきち作ってる人がいるよ」
     見上げれば、望が離れた場所を指さしている所だった。

    ●ぼくのひみつきち
     枝の上に見張り台を作ろう。そう言い出したのはミカエラだった。太くしっかりした木に登り、小次郎は枝の間に板を渡す。釘を打ちやすいよう端を押さえる紗里亜は、デニムパンツ姿だ。いつもはスカート派だけれど、今日はそうも行かない。反対側の端を押さえた銘子が、金鎚を手に取る。
    「こうやって釘を打ち付けておけば……あっ」
     果たして何がいけなかったのか。銘子の打った釘はぐにゃりと曲がってしまった。あはは、と小さく笑いを漏らし、紗里亜はそれを見なかった事にする。小次郎は木々を組み合わせ、屋根を作り始めていた。
     仲間達が大工仕事にいそしむ中、ミカエラは適当な板に穴を開け、ロープを通していた。ある程度の長さを確保して太い枝にくくり付け、板を下に垂らす。
    「はいっ、ブランコ出来ましたっ」
     満面の笑みで仲間達にそう言って、ミカエラはするりと地上に降りる。出来上がったブランコはあまり大きくは揺れないけれど、少しねじれた風なのが味になっていた。
    「ふふ。ちょっと捻れてるから、このまま乗ると回って飛ばされちゃうかもしれませんね」
     蚊帳用の麻布を広げながら、紗里亜が微笑む。金色の瞳がぱっと輝いたのを見て、慌てて冗談ですよと打ち消した。滑車に紐を渡す銘子の足元では、杣が荷物を守っている。
     だんだんと形になって行く秘密基地を眺めながら、小次郎はどこか物足りなさを感じていた。
    「……あれだな。脱出装置」
     独り言のようにそう言って、彼は滑車とロープを組み合わせ、原始的なロープウェイを作り出した。何と戦っているかは分からないけれども、戦っている設定は大事。
    「そろそろご飯にしましょ?」
     秘密基地が形になった所で、銘子が皆に呼び掛ける。ミカエラは先程掘ったばかりの穴からおやつを掘り返し始めた。すぐに取り出すんかい!? という小次郎の声は聞こえていないようだった。
    「良かったら、ご一緒しませんか?」
     一人で森を歩いているカティアと希沙へ、紗里亜が持参したマフィンを示す。5月の心地よい風の中は、皆で過ごせば、きっともっと楽しい。
     秘密と付くと無性に心躍るような気持ちになるのは、人の性というものだろうか。木の幹の太さや堅さを確かめながら進む一の後をついて歩きながら、イングリットは考える。表情にはあまり出ていないが、心は弾んでいる。それは、隣を歩く忍も同じだろう。彼女の長い髪は今、帽子の中に押し込められている。秘密基地と言えば男の子が作るものという印象があるけれど、今日は童心に返って仲間に入れて貰おう。
     よし、と一がとある1本の木を前にして足を止めた。
    「この木丸ごと、アスレチック基地に大改造だ」
     にしし、と笑って、一はするすると木に登って行く。一際太い枝に腰を落ち着けた彼は、そこに丈夫なロープを結びつけた。古タイヤを吊ってくれとの声に応じ、イングリットと忍は垂らされたロープの先をタイヤに通してくくり付ける。
    「ハンモックも張ってしまいましょうか」
     忍の言に、そうだなとイングリットは返す。大掛かりな作業に、戸惑いを覚えなかったと言えば嘘になる。けれど明るい太陽の下、仲間達とひとつのものを作り上げようとしていると思うと、嬉しさの方が強かった。
     ハンモックをしっかり固定し終えた所で、木の上から縄梯子が垂らされた。登った時と同じようにするりと下りて来た一は、天辺まで競争な! と言うなりまた木の幹へと取り付いた。一さん高いところが好きですねぇ、と呟いて、忍は恐る恐る縄梯子へ手を伸ばす。イングリットもその後に続いた。
     木の上から見る景色は、地上とは違って見えた。秘密基地を作る間に時間は過ぎ、太陽は西の空へと傾いている。
    「眺める景色も全部オレらのもんだぜ、すげぇだろ」
    「何もないところを特別な場所にしてしまうのだから、男の子って凄いですね」
     にしし、と笑う一に、忍は小さく息を吐きながら言う。
    「また……来たいな……」
     日の眩しさに目を細め、イングリットは無意識にあふれた気持ちを小さく呟いた。

    ●みんなのひみつきち
     木上に二つの秘密基地が出来上がった頃、もう二つの秘密基地作りも佳境を迎えていた。
     明日檜と共に蔦を編んでいたなつめは、出来上がった緑のロープを枝から垂らした。見よう見まねで苦戦する面もあったが、何とか形にはなった。枝の間へ網状に渡したロープの上に立ち、小川の方へと目をやれば、織姫に水をかけられっ放しになっている鋼人の姿が見えた。近くの木に張ったハンモックで眠っているのは、チセと夜深だろうか。
     屋根代わりの布を枝に渡し終えた供助は、秘密基地の表札を作っていた。隣では民子が庇に鳴子を取り付けている。ダンボールを切り貼りし、書いた文字は『ひみつきち』。まんますぎたか? と首をひねっていると、どーせなら少年に名前つけてもらお、と民子から提案された。
     少年、と呼び掛ければ、みかん箱の残骸を集めていた望はすぐに振り向いた。秘密基地の名付けを頼むと、ふわふわの髪を揺らしてしばし考え込む。
    「かざみさん、とか」
     ほら、と小さな指が示した先には、供助の作った大きな赤いオウムの姿がある。
    「風見鶏みたいだから、かざみさん」
    「ちなみに、そっちの基地の名前は?」
     供助の問いには、すみれさん、という答えが返って来た。入り口にスミレが飾られているのが由来らしい。そのスミレの位置を整えようとして転びんだペルメルを、緋鷺が助け起こしていた。
     明日檜が木から下りて何かを植えているのに気付き、なつめは彼女の隣へと下り立った。
    「せんぱい、それ何ですか?」
    「木曽五木の苗だよ」
     苗はやがて大きく育ち、立派な木々へと成長するだろう。それは灼滅者達が大人になってからも、秘密基地の記憶を呼び起こしてくれるに違いない。
    「ひみつきちはうまくできた?」
     緑のロープを伝って下りて来た望へ、希沙が緩やかな問い掛けを投げる。満面に笑みを浮かべて、望は大きく頷いた。
    「うん! みんなが手伝ってくれたから、すごいのできた」
     時刻はもう夕方。灼滅者達の秘密基地は、明るいオレンジ色に染まっていた。

    作者:牧瀬花奈女 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月9日
    難度:簡単
    参加:25人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 2
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