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帰国子女メリー・パンプスには秘密があった。
才色兼備容姿端麗学力優秀頭脳明晰運動優秀実質剣豪人柄も良く人望に熱く幼稚園の時から委員長を務めると言う究極の委員長それがメリー・パンプスである。
が、そんな彼女には!
秘密があった!
……その秘密とは!
「スリッパストラッシュ! スリッパストラッシュ! スリッパストラッシューッ!」
誰もが寝静まった夜、ボール型サンドバッグにゴムスリッパを執拗に叩き付ける女。
そう、彼女こそがメリー・パンプスである。
メリーは額にうかんだたまの汗をタオルでぬぐうと、清々しい顔でスポーツドリンクをちゅーちゅーしはじめた。
「ふう、今日もスリッパシャドウ千本達成ね。今日は調子がいいし、あと三セットくらいやっちゃおうかしら。……あら?」
ふと、メリーさんは手元のスポーツドリンクを握りつぶしている事に気づいた。
それもスチール製の水筒をめしゃっとである。
そりゃあリンゴくらいめきょっとできる自身はあるが、スチール製品を知らず知らずのうちに握りつぶすほどの握力はない。あったらこわい。
が、こわいのはそれだけではなかった。
「あら、あら……あらあら」
メリーの腕はみるみるぶっとくなり、青くたくましくそしてモンスターのようにおぞましく変化した。腕だけではない。身体も頭も、そして心までもモンスターに変化していったのだ。
そう、これこそ。
ダークネスの生み出した人工ダークネス、『デモノイド』である!
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「スリッパストラッシュ! スリッパストラッシュ!」
須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)がなんかやっていた。
勿論今回の依頼を説明するための実演である。趣味では無い。
「つまりね、こう……この人がデモノイドになっちゃったんだよ。でも年齢的にも若いし、灼滅者の素質があるっぽい気がするし、戦いようによってはその素質を引き出して、灼滅じゃなく『灼滅者化』っていう救出の仕方ができると思うのね」
概要をひとつなぎに説明するまりん。
「でも今はなんだか、人にはヒミツにしてる特殊な趣味なせいか腕がスリッパと融合してて……こう、なんかすごいことになってるみたいなの。性能はやっぱりデモノイドのそれだし、すっごく強いんだけど、なんていうのかな。すごいんだよ」
まあ、わからんでもない。
それは序盤の素振りを見た時点で察してもいいところである。
「普通ならこんなおばけ、やっつける以外に手は無いよね。でも武蔵坂のみんななら……こう、何とか出来る気がしない?」
参加者 | |
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十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576) |
中津川・紅葉(咲き誇れや風月の華・d17179) |
風輪・優歌(ウェスタの乙女・d20897) |
鏡月・鷹弥(翔鷹・d22203) |
白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496) |
下沢・野乃花(祝福されし焔の聖剣・d23735) |
足利・命刻(ツギハギグラトニー・d24101) |
ヒュートゥル・マーベリック(ピースオブクラップ・d25797) |
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新幹線のシートにて。
十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)はいいました。
「クルセイドスラッシュとスリッパストラッシュって、似てませんか」
「えっ……」
この人いきなりどうしたんですかと言う顔で振り向く鏡月・鷹弥(翔鷹・d22203)。
「いや、なんでもないです。確か今日のお相手はメリー・パンプスさんでしたよね。ただ倒すんじゃなくて、説得しつつ倒すんでしたっけ」
「説得はいいけど、多分言葉通じないと思うんだけど、その辺どうするの? 呼びかけるだけ呼びかけるの?」
細長い小麦粉を焼いて持つとこ残してチョコ塗った例のお菓子をぽりぽりしつつ、中津川・紅葉(咲き誇れや風月の華・d17179)は隣の座席に目をやった。
「ええと、呼びかけないよりは、呼びかけた方が……」
ついっと差し出されたポッ○ーを一本だけ貰う風輪・優歌(ウェスタの乙女・d20897)。
「それより、こんなにゆっくりして大丈夫なんですか」
「駅に着いたらすごい勢いで走るわよ。デモノイドが暴れ出したらどんな被害が出るかわからないもの」
「ほとんどオバケやもんなあ」
足利・命刻(ツギハギグラトニー・d24101)は優雅に足を組み替えると、どこか遠くを眺めて言った。
「時に、スリッパストラッシュは趣味って扱いでええの?」
「……おそらく」
それまでお行儀良く膝の上で手を揃えていたヒュートゥル・マーベリック(ピースオブクラップ・d25797)が、目線だけを向けて来た。
目を向けられて、自分に話しをふってきたのだと察した白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)は複雑な顔をした。
「僕としては、秘密にしたいって気持ちは分かるかな。僕も机の奥まで掃除してたら潔癖症みたいに言われていやだったこと、あるし」
「常識のある生活っていうのはたまに邪魔っけになるよねー」
ポッ○ーこりこりしつつ天井を見る下沢・野乃花(祝福されし焔の聖剣・d23735)。
頷く鷹弥。
「学園に来れば色々開放されるでしょう。そのためにも、今回の件はしっかりカタをつけませんとね」
指で眼鏡を直し、鷹弥はそう締めくくった。
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時間と場所は飛んで、メリー・パンプス宅。
全身を青いごちゃごちゃで覆った大柄なバケモンが、窓ガラスを突き破って庭へと飛び出してきた。
何をかたどってるのかイマイチ分からないコンクリート像を踏み砕き、豪快に着地するバケモノ。もとい、デモノイドメリー。
「やっぱ部屋半壊させるよかこっちのほうがいいよねー」
「暴れやすい場所を優先したか、それとも『壊しがい』のあるほうを優先したか。どっちにしろうちらにとっては都合がええやろ」
デモノイドを挟むように紅葉と命刻が封印解除。
紅葉はキラキラとしたバトルオーラを展開し、命刻は架空のメディカルボックスから紫色の注射器を抜き出した。
「あえて前置きは抜きや。足利流威療術、臨床開始や!」
羽織った白衣の裏側からメスを数本抜いて投擲。反射的に腕(ハンド部分にすりっぱ型の武装が被さっている)で払いのけたデモノイドだが、その瞬間には既に命刻が零距離まで接近していた。
「大阪人の本気、見せたるで!」
注射針を急速加熱。真っ赤になった針をデモノイドの腕に突き刺すと、反動中和剤を混入しつつモスキート法でエネルギーを引っこ抜いた。
「スリッパと融合した腕て、思ったよりオサレやねー」
命刻の攻撃に対応――している暇は無い。反対側からは紅葉が鳥の如く飛びかかってきたからだ。
「そっちがスリッパならこっちは、ハリセン!」
屏風状に折りたたんだ影技をいっぺんに叩き付けた。
形はどうあれサイキックエナジーの塊である。くらってただで済むシロモノではない。デモノイドは過剰に身体を揺らした。
強引に腕を叩き付けてくるデモノイド。紅葉はその打撃をモロにくらって吹き飛んだ。
「大丈夫ですかっ」
後ろで控えていた優歌が彼女をキャッチし、祭霊光を発動。真っ赤に腫れ上がった腕を鎮静させた。
視線をデモノイドに向ける優歌。
「衝動に負けないでください。好きなことを隠していたあなたは、もうひとりじゃないんです。まりんさんも、やってましたから」
写真はないけど。ごめん、ないけど。
「だから戻ってきて。あなたはもう、ひとりじゃないんですから!」
「そうだよ。うちの学園は特殊なひといっぱいだから、きっと気にならないよ!」
「……」
便乗して説得にかかる純人の図。それにまた便乗する鷹弥の図。
純人は鷹弥の援護を受けながら突撃。命刻をも払いのけようとしたデモノイドへと割り込んだ。
「そのためにはまずは、自分を取り戻さなきゃ!」
差し込まれた腕は純人の腕ではなかった。
厳密に述べるならば彼のものだが、まるで大鷲がごときかぎ爪は人間の腕と呼ぶには余りある。 そんな純人の腕がデモノイドに掴みかかり、零距離で妖冷弾を連射。虚空に生まれたつららが相手の巨体に突き刺さり、形容しがたいうめき声をあげさせた。
畳みかけるなら今だ。
ギラリと目を光らせた狭霧が高く跳躍。剣を抜くと、渾身のクルセイドスラッシュを叩き込んだ。
デモノイドの腕がばっさりと切断され、空中を回転しながら飛んだ。
「あは、思う存分暴れる気分はどうっすか?」
「――!」
対するデモノイドは叫び声をあげて腕を強制修復。武装した腕による手刀を狭霧へ叩き込んできた。が、しかし。
「ヒュッテちゃん、おねがいね!」
「Yes master」
建物の二階に陣取っていたヒュートゥルが腕をアンチマテリアルライフル化。正確に狙いをつけてから、デモノイドの腕めがけて連続発砲した。
振り下ろしたはずの腕が思い切りはじき飛ばされ、デモノイドは転倒。
からの、野乃花による追撃である。
「いくよ、キングナイト!」
ビハインドと異常なまでに息の合った突撃をかけると、炎上したギターでもってデモノイドを滅多打ちにしたのだった。
土煙が出る勢いでひたすらぼこすか殴った後は、ぴょんと飛び退いて戻ってきた。
「殴り合いもいいけど、そろそろ話し合いたいよね。そーゆーふうに思わないかな、委員長?」
「グ……」
デモノイドは仰向けに、そして大の字に寝転んだままである。
恐らく今一斉攻撃を仕掛ければトドメをさすことも可能だろう。一気に灼滅まで持って行けるやもしれぬ。
が、野乃花は待った。あえて待った。
ばすんと音を立ててデモノイドの腹から腕が生えてくるまで、である。
「グ、ウウ……」
まるで地球外生命体の発露がごとくデモノイドのガワから這い出てきたのは、はやりデモノイドだった。脱皮、とでも表現するべきだろうか。
『彼女』はデモノイドの腹から鋼鉄のパンプスを引っこ抜くと、無言でよたよたと歩き始めた。
人語を解さぬ身である。しかし行動で表わすならばその限りではない。
デモノイド、いやメリー・パンプスは声にならぬ声をあげ、大地を蹴った。
戦闘能力の向上、といっていいだろうか。
メリーはジャンプ一つで、上階に構えていたヒュートゥルへと一気に距離を詰めた。
鋭く繰り出されるパンプス。特殊サイキック装甲を展開したヒュートゥルだが、装甲は打撃をうけた部分を中心にして一気に溶解してしまった。
「DESアシッド――!」
ヒュートゥルはライフルの先端をメリーの腹にあてると、バスタービームを乱射した。
空中に放り出されるメリー。狭霧と純人が建物の壁から三角飛びしてメリーへ飛びかかる。
鳥が獲物をさらうようにかぎ爪で足に掴みかかる純人。そうしてバランスを崩したメリーに狭霧がすれ違いざまの神霊剣を叩き込んだ。
モロに入った……が、それはメリーが防御を一切しなかったからだ。
メリーは光り輝くエナメル靴をどこからともなく引っ張り出すと、狭霧へと叩き付けてきた。
剣をぶつけることで相殺を試みる狭霧。衝撃は相殺……したが、流れ出たエネルギーはその限りではない。
「う、わ……っ!?」
純人と狭霧はあふれ出た光によって吹き飛ばされ、建物の壁に叩き付けられる。彼らはそのまま壁にめり込んで止まった。
「なんて威力。優歌ちゃん回復!」
「分かってます、今――!」
セイクリットウィンドを展開。ダメージの蓄積していた狭霧たちを回復。その間に可能な限りメリーから距離をとった。そのそばについて援護に徹する鷹弥。そしてめーぷる(紅葉さんとこのナノナノ)。
入れ違いになるように野乃花と命刻がメリーへと向かっていった。
トン、とコンクリート像の上に壊すこと無く軽やかに着地するメリー。そんな彼女に野乃花はおもむろなバニシングフレアをぶっ放した。当然キングナイト(ビハインド)の霊障波も一緒にである。
対するメリーは炎の波を鋭い蹴りで切り裂きエネルギーごと破砕。
そんな隙間を狙ったかのように命刻が飛び込んだ。
「今や、ギガスリッパストラッシュ!」
その辺からお借りしたスリッパを炎上させつつ叩き付け、命刻は空中に一本のフレイムラインを描き、地面に二本線を刻みながら着地した。
一方のメリーは炎への対応で手一杯だったのか、もろにくらって地面に背中から落ちた。
「スリッパでどくつときは、誰かにツッコミを入れるときや。無機物をどつくためにあるんやないで」
「そーゆーこと」
紅葉は腕を異形化。影業のハリセンを一本化すると、メリーめがけて一直線に突撃した。
ネックスプリングで起き上がるメリー。
「ラストは、スパーンといくわよ!」
「――!」
即座に巨大な非物質性スリッパを出現させるメリー。
紅葉は踏み込み、メリーもまた踏み込み、同時にお互いの武器を叩き付け合った。
防御はない。打撃と打撃である。
二人はそれぞれの攻撃をまるごとくらい、弾きあうように吹き飛んだ。
花壇を盛大に垣見だしながら地面をえぐり、ようやくとまる。
「紅葉さん!」
思わず身を乗り出した野乃花に、すっと腕が出された。彼女を制するようにである。
顔を上げる。遮っていたのは優歌だった。
「大丈夫。勝負はつきました」
「優歌さん……」
あらためて見ると、メリーを覆っていた寄生体はぐずぐずと溶け落ち、まるで何事も無かったかのように消滅した。
その姿を見て、優歌はほっと息をついたのだった。
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後日談、というわけではない。
どこかの学園ではさまざまな役職を兼任していた委員長オブ委員長が突然転校したというニュースでもちきりになった。きっと今頃おおあらわだろう。
その委員長が今どこでどうしているかと言えば。
「誠に遺憾ですわ……隠れた趣味が多くの人々に知れ渡っていたなんて……」
新幹線のシートにて、両手で顔を覆っていた。
「まあまあ、武蔵坂じゃよくあることですから」
「半裸一歩手前の男女が歩いていてもノーリアクションで過ごせる人たちばかりですから」
「おたくの風紀はどうなってますの?」
「灼滅者に常識を求めちゃだめよ」
「それだけは同感やね……」
と、まあ。
自らの今後を盛大に不安視しつつ、一路東京は武蔵野へと旅だったのだった。
作者:空白革命 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年4月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 11
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