何もできなかったことが悲しくて

    作者:雪神あゆた

     家のリビングで、幸也(ユキヤ)は一人ラーメンをすすっていた。麺を飲みこみ、呟く。
    「どうして僕は、弱いんだろう、無力なんだろう……」
     母さんが浮気をし家を出て行った時も、出て行った母さんが交通事故で死んだ時も、何もできなかった。
     父さんは、母さんが死んだと聞き落ち込んだ。でも、その時も何もできなかった。
     幸也がしたのは、元気を出して、と声をかけただけ。言葉は父さんに届かず、父さんは悲しみ続けやがて酒におぼれた。
     父さんは今日も居酒屋を巡り歩いているはず。
    「どうして、僕は何もできないんだ……」
     呟く幸也。
     不意に。
    「あれ?」
     幸也は瞬きする。
    「……なんか変だ……」
     体に違和感。違和感は急速に大きくなっていく。
     幸也は頭を押さえた。爪を頭皮にめり込ませる。でも、違和感は大きくなり続ける。
     幸也は頭から手を離す。手を見つめた。肌が異様に白い。いつもと違う手。いつもと違う体。
     心の中にもいつもと違う何かが生じつつあった。
    「何これ……おかしくなりそう……でも……ひょっとして……これで、僕は強くなれる?」
     
     教室で。
     五十嵐・姫子は灼滅者たちに説明を開始する。
    「現在、京都府で『一般人が闇堕ちしヴァンパイアになる』事件が発生しました。
     通常なら、闇堕ちすれば、すぐに人の意識は消え、身も心も完全にダークネスになります。
     でも、今回闇落ちした中学二年生の幸也さんは、人の心を残していて、ヴァンパイアの力を持ちつつも、ダークネスになりきっていません。
     放置しておけば、完全なダークネスになってしまいます。そうなる前に皆さんには、幸也さんと戦闘しKOして欲しいのです。
     幸也さんが灼滅者の素質を持っていれば、彼を闇堕ちから救えます。そうでなければ……灼滅してしまうでしょうが」
     幸也は今、家を飛び出て、近くの路地裏にいる。
    「まず、午後5時にこの路地裏まで行って下さい」
     周辺には人通りはない。灼滅者は戦闘に集中できるだろう。
    「ですが――闇堕ちした幸也さんは非常に強力です」
     幸也はダンピールの三つの技を使いこなす。
     他に、口から毒の霧を噴出すヴェノムゲイル相当の技や、爪を伸ばし螺穿槍のように敵を突く技を、使う。
     特に爪での突き技は、相当の威力。
    「けれど、皆さんが言葉をかけ、幸也さんの人の心を刺激できれば、幸也さんを弱体化させることができるでしょう」
     幸也は、望んでヴァンパイアになったわけではない。
     ヴァンパイアは『一人の人間が闇堕ちする際に、その人間に近いもう一人も同時に闇堕ちする』という性質を持つ。
     幸也の父親が闇堕ちし、幸也も巻き込まれる形で闇堕ちしてしまったのだ。
    「とはいえ、幸也さん自身も、闇に強く抵抗しようとしていません」
     原因は、幸也の無力感や自己嫌悪。
     幸也はかつて、母が浮気し家出した時、事故死した時、父が悲しんでいる時、何もできなかった。故に人としての自分には何もできないと思っているし、無力な自分を嫌っている。
     だから、闇に抵抗しきれないでいる。
     彼の人の心をどうやって刺激できるか。彼を説得するなら、考えなくてはならない。
     姫子は悲しげな顔で言う。
    「幸也さんの境遇には同情できる所もあるでしょう。でも、このままダークネスになるのは見過ごせません。
     幸也さんのこと、お願いします」


    参加者
    御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461)
    神虎・闇沙耶(悪鬼獣・d01766)
    逢瀬・奏夢(番狗の檻・d05485)
    スィラン・アルベンスタール(白の吸血児・d13486)
    伊織・順花(追憶の吸血姫・d14310)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)
    ヴィンツェンツ・アルファー(ファントムペイン外付け・d21004)
    フィゼル・ハートレット(咎を背負う者・d25289)

    ■リプレイ


     夕方の赤い光がビルとビルの隙間から洩れていた。離れた場所からは車の走る音が聞こえる。
     そんな京都市内の路地裏に、灼滅者は足を踏み入れた。
     奥に、うずくまる少年。
    「力……力……」
     うわごとのように呟いていたが、顔をあげ、灼滅者達に向けた。
    「……だれ?」
     御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461)は頭をさげ、「はじめまして」と挨拶する。
     胸に手を当て軽く自己紹介した後、裕也は話を切りだした。
    「貴方は今、衝動を感じていませんか? その衝動に身を任せては駄目ですよ。
     その力は偽りの力……ただ全てを破壊し、あなたと言う人格すら壊してしまうのです」
     幸也は裕也の顔をじっと見つめ、
    「力が偽り……僕が壊れる?」
     と、途切れ途切れにこちらの言葉を繰り返す。
     深海・水花(鮮血の使徒・d20595)はしずかに頷いた。
    「今のあなたは力を手に入れようとしているのではなく、ただ力に振り回されようとしているだけなんです。このままでは、あなたの人格は消え、人ではなくなってしまいます」
     幸也はしばらく考えこんでいるようだった。やがて、消え入りそうな声で、
    「でも……僕、何にも出来ない……こんな僕なら壊れたって……消えたって……」
    「まてよ」
     スィラン・アルベンスタール(白の吸血児・d13486)が制止した。スィランは怒気をにじませて、問いかける。
    「自分が壊れても良いなんて、お前は怖がってるだけだろ? 本当はもっとやろうとしたこと……あったんだろう?」
     幸也の体がびくりと震える。
    「そうだ……僕は、僕は……でも、できなかった……何にもできなかった……父さんにも何にも……」
     幸也は自分の手の甲に、逆の手の爪を突きたてる。血が滲んだ。
     逢瀬・奏夢(番狗の檻・d05485)と伊織・順花(追憶の吸血姫・d14310)は、彼に近づいていく。
    「何もできないのは、悲しいな……でも本当に何もできてなかったんだろうか? 何もできなかったと、何もしないは違うだろ?
     何かをしていたなら、幸也の努力はどこかに届いてたんじゃないか?」
     奏夢は自分を傷つける幸也を金の瞳で見つめ、そう言った。
     順花は、
    「言葉をかけて伝えようとしたんだろ? 届かなかったとしたら悲しいけれど、出来ることはやったんだ。何もできなかったなんて、思わなくていいと思うぜ?」
     芯の感じさせる強い目で相手を見、、口調は相手の心を溶かすよう優しく。
    「僕は言葉をかけた……でも……でも、でも……」
     なんども『でも』を繰り返す幸也。フィゼル・ハートレット(咎を背負う者・d25289)は首を左右した。
    「言葉が届かなかったとしても、行動が無意味だったとは思わない。変えようとする意志があったのだから。……だから私は、お前を無力などとは思わない」
     ヴィンツェンツ・アルファー(ファントムペイン外付け・d21004)は、何を言うか一瞬迷ってから、
    「キミが今、苦しいのは、お父さんのために何かをしてあげたいって、優しい気持ちがあるからだと思う。その優しさ、僕は立派だと思う」
     と、彼を肯定してやる。
     不意に、幸也は自分の頭を押さえた。顔を今までよりもいっそう、歪める。
    「でも……優しくても……力が……力は……あああああっ!」
     幸也は吠えた。闇の力が彼に命じているのだ。目の前の相手と戦えと。
     神虎・闇沙耶(悪鬼獣・d01766)は漆黒の刃の剣を持ち上げ、幸也に向き合う。
    「そうか……ならば、今は刃をかわしあおう」
     凛とした口調で告げる闇沙耶。


     闇沙耶は跳んだ。空中で刃に炎を纏わせ、
    「そして戦いの中で教えてやろう――闇に頼らなくても人は強くなれると言うことを」
     着地と同時に幸也の肩に叩きつける。
     闇沙耶の炎が幸也の体を包んだ。だが、炎の中で幸也の腕が動く。
    「……あああッ!」
     刹那、爪が急速に伸びた。
     仲間を狙って伸びる爪を、奏夢が体で受け止める。
     奏夢はキノに自分を癒させ、自身はギターを掻き鳴らす。音波で幸也の鼓膜と皮膚を攻撃。
     たまらず、耳を押さえた幸也の前で、順花が手を握りしめる。
     順花は縛霊手より、結界を構築。
     フィゼルは結界にとらわれ姿勢を崩す幸也に、接近する。
     フィゼルはサイキックソードを、地面と水平に振り、幸也を――斬る。
    「がっ?!」
     幸也は声を漏らす。腹を押さえ、二歩三歩と後退。
     それでも、幸也は続く灼滅者の攻撃の幾つかに耐え、姿勢を立て直す。
     そして――。
    「こないで!」
     赤い十字架が現れた。裕也は十字架に切り裂かれる。裕也の瞳が虚ろになる。
     ヴィンツェンツは裕也の瞳が己に向いたのを感じていた。
     エスツェットに幸也の牽制をさせつつ、ヴィンツェンツは即座に裕也にかけよる。札を彼に貼りつけ、意識を取り戻させた。
     ヴィンツェンツは幸也に視線を移し、ため息交じりに一言。
    「話を聞いて貰うためにも、もう少し物理で殴らないといけないか」
     裕也はヴィンツェンツの言葉に応えるように、身を屈め地面に触れた。
     影を立体化させ、幸也の体を縛りつける。
     スィランは勢いよくジャンプ。もがく幸也の頭上から、スィランは騒音と斬撃をみまう。
     斬られた幸也は横に転がる。
     血を流しながらも一分後には、立ち上がり、再び攻撃の構え。
     彼に接近するのは、水花。幸也の腕と、水花の腕がほぼ同時に動いた。幸也の爪が水花の肩を貫き、水花のガンナイフの刃が、幸也の胸をえぐった。


     戦闘の最中、闇沙耶は声を張りあげる。
    「話を聞け、幸也!」
    「聞く……?」
     そうだ、聞いてくれ、と順花は言葉を紡ぐ。彼が闇に身を任せないために、訴える。
    「裕也や水花も言ってただろ? 今感じている力に呑まれちゃだめなんだ。
     力があってもなくても、何かをなすためには、自分から動かないといけないだろう? 必要なのは、力じゃないんだ」
     順花の懸命さがそうさせたのか、幸也は攻撃の構えをとき、話を聞こうとしている。
     奏夢は過去をを思い出すような目をしていたが、順花が言い終えると幸也に視線を移し、言う。
    「そうだ。強くなったからと言って、幸也の欲しいモノは得られないんじゃないか?
     力に呑まれて、思いやりを失ったら、幸也の求めてたモノは、得られなくなるんじゃないか?」
     裕也が続ける。相手を刺激しないように、ゆっくりとした口調で。
    「そうです。だからこそ、あなたが持っている思いやりや優しい心。その優しさを、どうかなくさないでほしいのです」
     皆の言葉は、幸也に届いたらしい。幸也は怯えたような顔つきになる。
    「心と優しさをなくしたら、……僕がしたいことはできなくなる?」
     フィゼルは小さく頷いた。
    「そうだ。それをなくせば、意味もなく誰かを傷つけるだけになる。……かつての私がそうだったように。……お前にはそうなって欲しくない」
     過去の自分を思い出してか、フィゼルの語気は強い。
     幸也は、しばらく黙っていた。やがて、絞り出すように言う。
    「……傷つける……そんなの、嫌だ」
     スィランは弱々しい幸也の声をかき消すように、大音声で叫ぶ。
    「嫌か? なら本気を出してみろ! 消えたくないなら、人のままで生きていたいなら、本気で抗ってみろ、今、ここで!!」
     後半はほとんど絶叫。言い終わった後も、スィランは相手を睨むような目をやめない。
     ヴィンツェンツも口を開いた。
    「僕も君に優しさを失って欲しくない。それ以上に、幸也君自身のためにも、頑張って欲しい」
     と柔らかく落ち着いた声色で説く。
     幸也は口をぱくぱくと動かし、そしてまた言う。
    「どうして……君達は……僕を助けようとしてくれるの……?」
     水花はふわりと笑った。
    「あなたと友人になりたいから、ですよ。
     弱さと悲しみを知る人は、同じように苦しむ人に優しくできると、私は思います。――そんなあなたと、私は友人になりたい。だから」
     笑みと言葉から感じられるのは、相手を救おうと言う真心。
     幸也は、
    「頑張る……」
     そう口にした。だが、顔に浮かぶのは苦悶の表情。
     幸也の手が動いた。闇に動かされ再び攻撃の構えをとってしまった。
     けれど。幸也の足と腕が震えている。灼滅者が刺激した人の心が、闇に支配された体の中で、懸命に抗っている。

     水花は胸の前で両手を組んだ。
    「どうか、彼を救う為の力を、私達に、そして彼に……!」
     祈る水花の体から光が放たれる。それは悪を傷つける裁きの光。浴びた幸也の顔がゆがむ。
    「ぐああ?!」
     幸也は悲鳴をあげる。
     が、数秒後には、開いた幸也の口から緑の何かが溢れた。それは毒霧。前列に向かって吹きかけられる。
     順花は毒を吸い込んでしまうが、しかし、軽傷。
     威力は本来に比べかなり弱まっている。説得が功を奏したのだ。
     順花は後方へ声をかける。
    「いけるか、ヴィンツェンツ?」
    「ああ、準備はできてるよ、伊織さん」
     ヴィンツェンツは答え終わると同時に、ギターを掻き鳴らし、音波を飛ばす。エスツェットも主にタイミングを合わせ霊障波を放つ。
     順花は幸也の後方に回り込み、サイキックソードを一閃させた。
     ヴィンツェンツの音と順花の剣が、幸也の体力を削り取っていく。
     それでも、幸也は倒れない。
     スィランは体から血霧の様な紅いオーラを立ちのぼらせながら、前進する。
    「全力でぶつかってやる! 加減抜きだ!」
     スィランは呼吸を止めた。幸也の顔面に拳の連打を叩き込む!
     幸也の体が吹き飛び、路地裏の壁にぶつかった。
     けれど、幸也は『があああ』、人でないような声をあげながら、また灼滅者に向かってくる、
     その後も幸也の中の闇は、必死で灼滅者に歯向かう。
     今も、毒霧を前衛に吹きかけた。
     裕也、フィゼル、奏夢が毒に蝕まれる。
     だが、裕也もフィゼルも臆せずに、呼びかける。
    「絶対に、貴方を闇に落とさせはしません!」
    「幸也、お前は無力ではない。だから、抗ってくれ!」
     言葉が幸也を刺激したのだろう、彼の腕が今まででより強く震えた。
     裕也とフィゼルは出来た隙を逃さない。裕也は相手を殴りつけ縛霊撃で絡め取る。フィゼルは十字架を模した剣で、勢いよく斬りつけた。
     幸也は再び反撃しようとするが――。
     奏夢とキノが彼よりも早く動いた。
    「俺は頭を狙う。キノは足を」
    「わぅ!」
     キノが口に咥えた刀で幸也の足の甲を刺し、奏夢がギターのボディを脳天にめりこませる!
     仰向けに倒れる幸也。
     その彼に、闇沙耶が歩み寄る。
     闇沙耶は『無【価値】』を振りあげ――振り落とす。幸也の意識を断ち切った。


     スィランは意識を失った幸也の様子を確認する。
    「どうやら……無事みたい、だな」
     灼滅者は幸也の命を奪うことなく、闇を消し去ることに成功したのだ。
     奏夢は、
    「今回もありがとうな」
     礼を言いつつ、キノの頭を軽くなでた。
     やがて、幸也は目を開ける。
     ヴィンツェンツは、
    「よく頑張ったね」
     とごく小さな声で彼を称えた。
     裕也は彼に怪我が残っていないことを確認した後、
    「もしも貴方が大丈夫なら、学園へ来ませんか? 貴方の仲間は沢山いますよ?」
     と彼を誘い、仲間とともに学園の事を裕也に話していく。
     フィゼルも、
    「お前が手に入れた力は、誰かを傷つけるためではなく、誰か救うために使って欲しい。そのための方法が、学園では学べるはずだ」
     と説明。
     幸也は学園に興味を示しているようだったが……しかし、躊躇している。
     そんな彼に、闇沙耶が戦闘時よりはいくぶん軽い口調で、
    「君には素質がある。闇よりも、強い心が。きっと上手く行くさ」
     順花は幸也の肩を軽く叩いた。
    「力を制御する方法を身につけて、出来ることを増やしていけばいい。もちろん、俺達も君の力になる。大丈夫さ。」
     幸也は数十秒ほど固まったのち、
    「ぼ、ぼく、が、がんばりま、す」
     力んだ声でそう言った。全身に力が入り過ぎている。
     水花は彼に優しく囁いた。
    「そんなに力まなくても大丈夫ですよ。……もう、自分を許してあげて下さい」
     彼女が囁いた途端、幸也の目から涙がこぼれた。
     その涙は、今まで堪えてきた悲しみと、そして皆への感謝の気持ちと――。
    「あ……ありがとう……みんな……ありがとう……」
     嗚咽混じりに、幸也は皆に頭を下げたのだった。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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