わたしのおばあちゃん

    作者:星原なゆた

     閑静な住宅街にその家は建っていた。
     祖母と幼い少女が暮らすその家は、数日前からカーテンが閉じられたままだ。
    「由奈ちゃん、おばあちゃんはどうしたの?」
     心配した近所の住人がインターホン越しに少女に問う。少女は扉を開けることを頑(かたく)なに拒むため、中の状況はわからない。
    『おばあちゃんは風邪気味なの。でも大丈夫よ。由奈がいれば、すぐに良くなるはずだから』
     少女はそう言うとインターホンの受話器を置いた。その手は水晶のように透き通っている。
    「ねえ……、おばあちゃん。おばあちゃんは由奈のこと……、置いていったりしないよね……?」
     少女はソファに腰掛ける祖母の膝へと頭を乗せる。だが、祖母はいつものように頭を優しく撫でてはくれない。
     床には、間に合わなかった持病の薬が虚しく散乱していた。

    「お集まりいただき、ありがとうございます。さっそく本題に入りますが……現在、一般人が闇堕ちしてダークネスになる事件が発生しようとしています」
     園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)はそう言うと手元の資料を開いた。
    「現在闇堕ちしかけているのは綾瀬・由奈(あやせ・ゆな)さん、6歳です。由奈さんはおばあさんと2人暮らしでしたが、先日、おばあさんが亡くなってしまいました。それは持病の発作で、由奈さんが学校に行っている間の出来事でした……。帰宅後に事実を知った由奈さんは、とてもショックだったでしょうね……」
     祖母の死が引き金となり、幼い少女の心は闇へと傾いてしまった。
     通常ならば、闇堕ちしたダークネスはすぐさまダークネスとしての意識を持ち、人間の意識はかき消える。だが、件の少女は元の人間としての意識を遺しており、ダークネスの力を持ちながらも、ダークネスになりきっていない状況なのだ。
    「ですから……もし、由奈さんが灼滅者の素質を持つのであれば、闇堕ちから救い出してあげて欲しいんです。……けれど、もしも完全なダークネスになってしまうようであれば……その前に、灼滅をお願いします」
     槙奈は苦しそうな表情を浮かべ、そう言った。
    「由奈さんについてですが、接触時には亡くなったおばあさんを眷属として傍に置いています。由奈さんはメディックでエクソシストのようなサイキックを使い、おばあさんはディフェンダーでリングスラッシャーのようなサイキックを使うようです」
     由奈の両親はすでに亡くなっており、祖母が唯一の家族だったようだ。由奈と祖母は共に自宅にいるが、他人を中へ入れたがらないため、上手く説得するか押し入るかしなければならないだろう。
     説明を終えた槙奈は資料を閉じた。そして、灼滅者を1人ずつ見つめていく。その目はとても真剣だ。
    「みなさんのお力で、少女を闇から救い出してあげてほしいんです。みなさんなら、きっと可能だと信じています。……どうか、よろしくお願いします」
     槙奈はそう言うと深々と頭を下げた。


    参加者
    榎本・哲(狂い星・d01221)
    桜之・京(花雅・d02355)
    木嶋・キィン(あざみと砂獣・d04461)
    佐竹・成実(口は禍の元・d11678)
    柊・司(灰青の月・d12782)
    真城・京(ダウンフォール・d13853)
    草薙・結(安寧を抱く守人・d17306)
    庵原・真珠(揺れる振り子・d19620)

    ■リプレイ

    ●白い救世主
     亡くなった人は、もういないのに。
     何をしたって、帰ってこないのに。
    (「……そう簡単に、受け入れられることじゃないんだよね」)
     庵原・真珠(揺れる振り子・d19620)は眼前の家を見つめ、ため息をついた。件の少女がいる家だ。
     集まった灼滅者は皆、医療従事者を意識した服装をしている。
    (「亡くなってしまったことは悲しいけれど……。でも、闇に堕ちるのはきっともっとつらいことだから……」)
     少女を悲しみの連鎖を生むだけの存在にはさせたくない。
     それが草薙・結(安寧を抱く守人・d17306)の心境だ。
     白衣を纏い、医師に扮した榎本・哲(狂い星・d01221)がインターホンを押す。その横では佐竹・成実(口は禍の元・d11678)が看護師を思わせる装いで佇んでいる。
    『……はい、どなたですか?』
    「綾瀬さんのお家かな。お婆ちゃんの具合が最近悪そうだからって、いつもの先生に言われて来たんだ。お婆ちゃんのことで困ってないかな」
     哲の言葉に由奈がインターホン越しで息を呑む。その『間』を感じ取った真城・京(ダウンフォール・d13853)は瞳を伏せた。
     大切な人が死ぬ時に何もできなかった、その気持ちは計り知れない。
     けれど。
    (「このままでは駄目だ。僕は、彼女を、救ってあげたい」)
     京は握った拳に力を込めた。その横では哲が医師を演じ続ける。
    「……今までお婆ちゃんと一緒によく頑張ったね。由奈ちゃんのお婆ちゃんのためにたくさんスタッフを連れてきたよ」
     そう言って哲はインターホンの前に仲間を立たせる。穏やかな笑みを浮かべる柊・司(灰青の月・d12782)。その横では木嶋・キィン(あざみと砂獣・d04461)がぎこちない様子で佇んでいたが、白衣を着ていたこともあり違和感は無かった。
    『……おばあちゃんのこと、助けてくれるの?』
     少女の問いに答えたのは結だ。
    「ええ、お婆さんを助けに来たんです。ここを開けてくれませんか?」
     結はインターホン越しに、由奈を心配させないように優しく告げる。インターホン越しのやりとりを聞きながら、桜之・京(花雅・d02355)はぼんやりと門の向こうに目をやった。手入れの行き届いたプランターには色とりどりの花が咲いており、生前の祖母の人柄が偲ばれた。
    (「頼れるただ一人の人が居なくなってしまったなんて、思いたくないわよね。小学生の女の子には、酷なお話」)
     京がそんな事を思っていると、おもむろに玄関の扉が開き、幼い少女が顔を出した。

    ●嘘と真実の狭間
    「先生、おばあちゃんはこっちよ」
     由奈は哲の手を引き、リビングへと案内した。その手は水晶のように硬く、冷たい。それなのに、少女は自分の身に起きている異変について、気にすら留めていないようだ。この少女にあるのは『祖母を助けてほしい』という思いのみなのだろう。
    (「クソ。こういうガキが頑張る系っつーのは腹いっぱいなんだよ。……婆さんも随分頑張ったじゃねーか。そろそろ楽にしてやるよ」)
     由奈と『祖母だったもの』を見つめて哲は思った。過去に救った少女と由奈が重なり、やり場のない思いが苛立ちを生む。
     祖母は完全にアンデッドと化していた。動くだけの屍。
     そんな祖母を慕う少女が、結には昔の自分のように思えた。
     昔、父親を亡くしたときの自分。
     縋るような目で哲を見つめる少女に向けて、結が優しく問いかけた。
    「由奈さん。それは、本当にあなたのおばあ様ですか?」
    「……どうしてそんなこと訊くの? 由奈の、おばあちゃんよ」
     その声は少し震えていた。今にも泣き出しそうなのに、少女は気丈に振舞っている。
     少女はまだ6歳だ。
     人の死を、ましてや大切な人の死を受け入れられないのは仕方ないのかもしれない。
    (「だからこそ、私達が手を差し伸べてあげないとね」)
     成実は少女の背中を優しく撫で、真珠が話の流れに注意しつつサウンドシャッターを展開する。そんな中、結は再び少女に問いかけた。
    「その人はあなたを抱きしめてくれますか?」
     結は質問を重ね、『それ』が偽りの存在だと暗に告げる。由奈の瞳が小さく揺れた。多分この少女は気づいている。この老婆が本当の祖母では無いことに。
    「悲しくて、つらくて。ずっと一緒にいたいのはわかります。けど……それじゃぁ、お婆様もあなたも救われないんです」
     優しく諭すように告げる結に、由奈は不快感をあらわにする。
    「……どうして、そんないじわる言うの? おばあちゃんを助けてくれるんじゃないの? おばあちゃんは、由奈のおばあちゃんだもん……ずっと一緒にいるんだもんッ!」
     由奈は癇癪を起こしたようにサイキックを発動した。鋭い光条が結へと放たれると同時に、灰色の髪をなびかせた京が自動解除された無敵斬艦刀でその攻撃を受け止める。
    「違う! そこにいるのは、おばあさんの姿をした別の何かです! 目を覚ましてください! 貴方は、死んでしまったおばあさんの分まで、生きねばならないんですよ!」
     京が少女を叱咤する。その声には強い意志が込められていた。
     他の仲間もすかさず戦闘態勢へと移行し、緊迫した空気が辺りを包んだ。

    ●せめぎあう心
    「嘘つき! 助けてくれるって、言ったのに! おばあちゃんは……死んでないもん!」
     由奈が顔を真っ赤にしながら叫ぶ。キィンは攻撃を受けとめた京の周囲に夜霧を展開した。その隙に光輪を7つに分裂させた祖母は、鋼糸を舞わせている京と傍にいた司に向けて攻撃を仕掛けた。
    「ッ!」
     司が異形巨大化させた腕を振りかざして応戦する。京も桜色の瞳で祖母を捉え、黒死斬で祖母の腱を断ち切った。
    「おばあちゃん!」
    「貴方の大好きなおばあさんは人を傷つけるような人? 貴方が人を傷つけることを許す人? おばあさんを、これ以上歪めないであげて」
     戦闘で乱れた漆黒の髪を払うと、京は少女に向かってそう告げた。少女は京の問いに言葉を詰まらせる。その隙に、結が由奈に対して除霊結界を繰り出し、成実がフォースブレイクで由奈の体力を削った。
    「ごめんね。お医者さんだって、嘘をついて。でも、あなたたちを助けたいって気持ちは、嘘じゃない」
     真珠が縛霊手に内蔵した祭壇を展開し、祖母に向けて結界を構築した。その横に立つ京は、青い瞳に冷酷さを宿して祖母を見据える。
     京がかざした指輪で祖母に石化の呪いをかけると、ビハインドのショウも祖母に霊撃を繰り出した。
    「やだ、やめて! おばあちゃんが……おばあちゃんが……ッ」
    「由奈ちゃん……ホントはわかってるのよね? それが本当のおばあさんでないことを……。悲しくて、寂しくて、辛くて……どうしようもなくて。どんな形でも、おばあさんを留めていたかったのよね」
     成実の言葉に由奈の瞳が揺らぐ。
    「だって……だって、おばあちゃんに置いていかれたら、由奈はどうすればいいの? ……おばあちゃんがいなきゃ……いなきゃ、ヤなのッ!」
     声を荒げて現実を否定する少女に言葉をかけたのは司だった。その穏やかな声音が、『まがいもの』をきっぱりと否定する。
    「おばあさんは、もう帰りません。貴方がおばあさんを作り出しても、それはおばあさんじゃない違う物です。でも、置いていくのは違います。おばあさんは未来で、君のことを待っていてくれている……。いつか君が君のおばあさんのように、おばあさんになって死ぬときに、その先で君を待っていてくれるのだと、思います」
     死んだ者は生き返らない。
     それを悔やんでも意味がないことを司は知っている。だからこそ、その死んだ先の未来を思うのだ。
    「……おばあちゃん」
     由奈がアンデッドと化した祖母を見つめる。祖母は何も言わない。動くだけの屍に、優しい言葉を紡ぐ心は無い。
     哲は縛霊手で祖母を攻撃すると同時に網状の霊力を放射し、祖母を縛った。
     アンデッドを見つめる少女に、キィンが声をかける。
    「嘘をついて悪かった。でもお前も嘘をついた。自分自身を騙しただろ?」
     少女の瞳がキィンを捉える。
    「お前の思い通りになるなら人形と同じだ。ばあさんは違うだろ。ばあさんの事を見送ってやれ」
     そう言うと、キィンは祖母に裁きの光条を放った。
     祖母が、いや『祖母だったもの』が呻き声を上げてその場に崩れる。由奈は小さな悲鳴をあげた。
     灼滅された『祖母だったもの』は跡形もなく消え去った。
     祖母の遺体すら残さずに。
    「お……ばあ……ちゃん」
     少女は自分がしたことの末路に呆然としていた。
    「……由奈が、おばあちゃんを、おかしくしちゃったの……ごめ……なさ、い」
     こんなつもりじゃなかったのに。
     ただ、おばあちゃんと一緒にいたかっただけなのに。
     どうしよう、どうしよう。
     戸惑う少女を嘲笑うかのように、黒い闇が少女の体から噴き出した。

    ●闇に光
     闇を纏った少女の一撃がキィンに向かう。激しい衝撃がキィンを襲った。
    「イッテェ……! クソ! 後悔して闇に堕ちるくらいなら、無様に生きてあがないやがれッ!」
     傷ついた体に構うことなく、キィンは少女に向かって叫ぶ。
    「あなたが今、おばあちゃんのためにできることは……おばあちゃんの死を悼んで、弔ってあげることじゃ、ないの? 一番近くにいたあなたが、してくれなくちゃ……おばあちゃん、きっと悲しいんじゃないかな」
     斬影刃を繰り出しながら、真珠も必死に説得を続ける。
    「……死は平等であり安らぎです。少なくとも僕はそう思っています」
     司がフォースブレイクを繰り出しながらそう告げる。
     闇を放出する少女に、僅かでもいい。この思いが届いてほしい。その一心で灼滅者達は声をかける。
    「おばあさんの代わりは誰にもできないけれど、寂しさや悲しみなら私達でも一緒に分かち合えるから。一緒にいてあげることはできるから。もう1人にはならないから……一緒に武蔵坂へ行こう?」
     成実が鬼神変を繰り出しながら、懸命に少女に向けて言葉を紡ぐ。
     そう、由奈には未来がある。仲間と共に歩む未来だって選べるのだ。
    「ま、1人になるかどうかなんて気の持ちようじゃねーの? 由奈、お前はそれでいいのか? こんな『最期』でいいのかよ?」
     哲が縛霊撃を繰り出しつつも、そんな言葉を投げかける。
     微かな希望を胸に、灼滅者達は少女の説得を諦めることはなかった。
    「灼滅なんて、誰も望んでないんです。何を得るかは、あなた次第なんですよ……ッ」
     結は少女がこちらに戻ってくる事を祈りながら矢を射った。流星のような煌めきを残して飛んでいく矢が少女に刺さる。そんな少女の間合いに、漆黒の髪をなびかせた京が素早く入った。
    「縋る手が欲しいのなら、こちらにいらっしゃい。抱きしめる事なら、私にもできるわ」
     京が拳をふるいながらも声をかける。
     傷つけずに救いたかった。でも今は、殴ってでも少女を引き戻したい。そっちに行っては駄目なのだ。そっちに救いの道は無いのだから。
    「踏みとどまるか、堕ちて消えるか。決めるのは貴方です」
     戦いに終止符を打ったのは、青い目で少女を見据えた真城・京だ。繰り出された閃光百裂拳により力尽き、その場に崩れ落ちる由奈の体を京はしっかり抱きとめる。
     説得に成功したのか、失敗したのか。
     灼滅者達が固唾を飲んで見守る中、由奈の体に異変が起きた。
     白い光が由奈を包み、やがてその光は強くなる。光が収まると、由奈の手は柔らかく温かい人間のものへと戻っていた。
     目を覚ました少女の目に映ったのは、安堵の表情を浮かべた灼滅者達だった。少女を見守っていた桜色の瞳が嬉しそうに細められる。
    「寂しくても、泣かなかった。貴方は強い子ね。だけど悲しい時は泣かなくちゃ。昇華、出来なくなるわ」
     そう言って京は由奈を優しく抱きしめた。少女は抱きしめられて安心したのか、張り詰めていた糸が切れたように泣き出した。大きな瞳から次から次へと涙が零れる。
     そんな少女に、司が優しく語る。
    「僕の愛する人は死んでいますが……」
     穏やかに微笑み、司は言う。
    「いつか僕が死んだとき、彼女がその先にいると思うだけで充分であり、それが僕の光なのです」
    「……ひか、り?」
     泣きながら司の言葉を繰り返す由奈。その不思議そうな表情を見た哲が、司に苦笑いを浮かべる。
    「それ、ガキには小難しいんじゃねーの?」
     その言葉に頷きつつも、司は少女の頭を優しく撫でた。今は理解できなくても、いつかきっとわかる日が来るだろう。
     やがて少女の瞳は1人の青年に向けられた。
     少し離れた場所にいるキィンに近づくと、少女は涙をいっぱい湛えた瞳でキィンを見上げた。
    「おばあちゃ……っ、助けて……くれ、て……あり、がと……っ」
     ポロポロと大粒の涙を零しながら少女が言う。
     子供の泣き顔を目の当たりにし、キィンは困惑気味に頬を掻く。残念ながら、子供を泣きやますような優しい言葉など思いつかない。だから、思った事を口に出した。
    「寂しさに耐えられるようになるまで、武蔵坂に居ればいいんじゃねえの」
    「そうだよ。一緒に武蔵坂へ行こう?」
     キィンに合わせ、成実も少女を学園へと誘う。少女が説明をどこまで理解したかはわからないが、全てを聞き終えた少女は涙を拭い、大きな瞳でしっかりと灼滅者達を見つめた。
    「由奈も、そこに行きたい」
     少女が言う。キィンは屈んで視線の高さを少女に合わせると、出来る限りの笑みを浮かべた。
    「合格だ」
     相手の顔を見てちゃんと話せるなら大丈夫。目を見て自分の意見が言えれば十分だ。
     小さな世界に閉じこもっていた少女は今、新たな世界に足を踏み出した。目指すは学園。行きは8人で通った道を、今は9人で歩いていく。
    「由奈ちゃんはすっかりキィン先輩がお気に入りだね」
     真珠がそう声をかければ少女は愛らしい笑顔の花を咲かせた。キィンの手をギュッと掴む小さな手。その力強さは『生きること』を望んだ証だ。
     悲しい過去と優しい思い出。その全てを小さな胸に詰め込んで、少女は今を生きていく。

    作者:星原なゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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