想い、やぶれて

    作者:高遠しゅん

     ガイオウガ、そしてスサノオ大神……。
     大地を喰らう幻獣種共が「竜種」に目覚める日も、そう遠くはない……。
     サイキックエナジーの隆起がゴッドモンスターさえも呼び起こしたこの状況で、未だ十分に動けぬとはいえ、日本沿海を我が「間合い」に収めることができたのは、まさに僥倖。

     小賢しき雑魚共の縄張り争いも、王を僭称する簒奪者共の暗躍にも興味は無い。
     我が望むは、我と死合うに値する強者のみ!
     「武神大戦殲術陣」発動!
     眠れる強者よ現れよ。武神の蒼き頂こそが、これより汝の宿命となるのだ!


    「新学期早々、物騒な事件だ」
     新調したばかりの手帳には、既にぎっしりと事件の概要が書き込まれている。櫻杜・伊月(大学生エクスブレイン・dn0050)は黒板に何やら字を書き付けた。
    「『武神大戦殲術陣』。アンブレイカブルの儀式だ。力を求めるアンブレイカブルの強者たちが集い、戦いを繰り返すことで力を集め、前の戦いで灼滅した柴崎師範代を越える師範代をつくるという、厄介なものだ」
     灼滅者は導かれたアンブレイカブルに戦いを挑むことになる。
    「しかし、とどめを刺した灼滅者は。アンブレイカブルの持つ『力』により、闇堕ちを免れることができない。まったく、厄介だ」
     伊月は地図とタブレット端末で確認し、画面に鮮明に記されたある漁村の埠頭を指した。

    「この場所に来るのは、アンブレイカブル『獅子頭・龍子(ししがしら・たつこ)』。かつて富士急ハイランドで一度対決している。その際は力不足を恥じ、自ら撤退したが……今度は違う。柴崎が灼滅されたことで、恋心が不甲斐なさと相まって怒りとなり、灼滅者に真っ直ぐに向かってくる」
     恋心と言いましたか?
    「身長は約2m。筋骨隆々の女性だ。以前はゴシックなんとかという、ひらひらした衣装を着ていたが、今回は普通に胴着だ。安心していい」
     何を安心するんですか。いやでも、安心って大事ですよね。
    「ストリートファイターのサイキックとバトルオーラの力を使ってくる。特に打撃に関しては強力だ、心して準備してほしい」
     伊月はペンをしまい、手帳を閉じる。
    「とどめを刺した者が必ず闇落ちする。戦況は厳しいものになるが、君たちならきっと仲間も救って帰ってくると、私は信じている」
     とん、と資料を机で揃えた。
    「全員揃っての帰還報告を、待っているよ。気をつけて行ってきてくれ」


    参加者
    ミレーヌ・ルリエーブル(断頭台のロマンス・d00464)
    月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)
    三兎・柚來(無垢な記憶の探求者・d00716)
    九条・舞(殲滅の怒涛・d01523)
    鈴鹿・幽魅(百合籠の君・d04365)
    加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)
    結城・麻琴(陽烏の娘・d13716)
    棗・螢(黎明の翼・d17067)

    ■リプレイ


     波打ち際に百合の花束が揺れている。
    「アタシ……」
     きれいに巻いた髪を潮風に遊ばせ、カモメの声が遠ざかったことに気付いた龍子──アンブレイカブル、獅子頭・龍子は埠頭の端から港を振り向いた。
     この場所に導かれたのは理由がある。
     本能が、アンブレイカブルとしての宿命の大きな流れがそうさせたのだ。ならば。
    「『武神大戦天覧儀』……アナタたちが導かれた戦士ということね」
    「あなたが彼の遺志を継ぐ、それ自体は筋は通ってると思うわ」
     ミレーヌ・ルリエーブル(断頭台のロマンス・d00464)は、真っ直ぐに解体ナイフを構えて言った。断頭男爵の銘持つ刃は朝の光を受けて、ぎらりと光る。
    「あたし、こんな運命じゃなければ、あなたと仲良くなれた気がするの」
     宿敵でさえなければ。結城・麻琴(陽烏の娘・d13716)は、過去の報告書に目を通していた。
     龍子は手の届かない相手と知りつつの片恋を、自分の未熟さから手を伸ばすこともできぬまま、永遠に喪ったという。ダークネスが恋をするかなんて分からないけれど、同じ女性としてなら、心の痛みは察するに難くない。
    「だけど、君たちは厄介で危険な儀式をするんだね」
     棗・螢(黎明の翼・d17067)の、しゃらりとウロボロスブレイドの刃を鳴らしての言葉に、龍子は小さく微笑んだ。
    「戦いに身を捧げ武を極めるることは、アタシの宿命よ」
     真っ直ぐな視線。人間が思い描く幸せなど、最初から望んでなどいないと。
     三兎・柚來(無垢な記憶の探求者・d00716)が殺気の結界を張った。いつの頃だったか、自分も誰かを想っていたような気がする。口中の飴玉をかみ砕きながら、記憶に遠い誰かを思い出せそうで、思い出せない。
     この戦いのあと、誰かが闇落ちすることは予知として言い渡されている。
     置いて行かれる辛さ、置いていく辛さを仲間に背負わせたくない。加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)は霊犬のさっちゃんをそっと撫でた。くぅんと鼻を鳴らして、さっちゃんは主に応えた。
    「よくわかんないけど、まー、なんとかなるっしょ」
     心繋いだ仲間がいるから。九条・舞(殲滅の怒涛・d01523)は難しく考えることを止めることにした。目の前のダークネスを倒し、堕ちた仲間も連れ帰る。単純に、それだけのことだ。それにダークネスの企みが何であろうと、見過ごすわけにはいかないから。
    「付近に一般人は見あたらないな」
     箒で上空偵察から降りてきた月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)は、抱いていた霊犬のリキを降ろしてやる。
     カードからビハインドの霊魅を呼び出しながら、鈴鹿・幽魅(百合籠の君・d04365)はくすりと笑ってみせた。
    「そろそろ、始めませんこと? お互い、目的があるのですから」
     幽魅の目的、それは。
    「そうね。お喋りも楽しいけれど、為すべきコトを果たす方が先ね」
     女性といえど、八人の灼滅者達を見下ろす龍子の巨体が、闘いのオーラで一回りも二回りも大きく見える。息詰まる威圧感。
     刃鋼・カズマ(高校生デモノイドヒューマン・dn0124)は、黙したまま寄生体をガトリングガンに纏わせた。半身を寄生体の色に染め、右腕と一体化した殲術道具を低く構える。
     ざざざ、と。
     波が消波ブロックにぶつかって大きな飛沫を上げた。
     龍子のオーラが膨れあがる。灼滅者達が一瞬で陣を敷く。
    「獅子頭・龍子。参る!」
    「「「いざ、勝負!!」」」


    「……行く」
     柚來が利き手を鬼腕に変えて地を蹴った。正面から側面に回り込み、遠心力も利用して横殴りに龍子の肩に爪を立て、抉るように引き裂いた。
     確かな手応えはある。しかし、鉛の壁に爪を立てているような感覚を覚える。
     大きなダメージを受けた様子はなく、龍子は振り向きざまに蹴りを放った。前髪がわずかに風圧で切り飛ばされる。とんぼを切って避ける柚來は、アンブレイカブルの頑健さを改めて心に刻んだ。
    「さゆたちにも、負けられない理由、ある、です」
     WOKシールドを掲げて広げれば、前衛たちに見えない障壁が付く。彩雪は唇の動きだけで霊犬を呼んだ。霊犬のさっちゃんが、後方から六文銭を射撃し援護するが。
    「小さくても武人であるなら、手加減はしないわ」
     一瞬の後、目の前を遮るほどの巨体があった。擦り切れた白い胴着に黒の帯、避ける間もなく轟く雷鳴、体がばらばらになりそうな衝撃は後からきた。
    「……っ!」
     小さな体が容赦のないアッパーカットで宙に舞う。
    「彩雪ちゃん!」
     大丈夫、と彩雪の掠れた声を確認して、ミレーヌが駆けた。
     龍子の巨体を利用して、死角から地を蹴り解体ナイフを振りかぶる。
    「刎ねろ、断頭男爵!」
     低い位置から伸び上がり、首筋に刃を突き立てる。そのまま引き裂こうとして、手首を龍子に掴まれた。刺さったままの刃の傷が広がるのを無視して、背負い投げの要領で地面に叩きつけられる衝撃に、一瞬呼吸が止まる。刃先は固い粘土にでも突き刺した感触だ。
    「なに、これ……」
     アンブレイカブル、『壊されざるもの』。
    「なるほど。簡単に壊されてはくれないってことだね」
     後方から、朔耶の影が広がった。
     龍子を包み込むように広がった闇は、呑み込んだ者に心の傷を突きつける。斬魔刀をくわえて走る霊犬のリキが、影ごと龍子を切り裂いた。
    「嫌なものね」
     影を引き裂き、その中で龍子は何を見たのか。
    「力不足で、修行も足りなくて。あのひとの弟子になることも叶わなかった」
     自嘲めいた言葉。
    「不甲斐ないアタシが、一番嫌い」
     オーラが輝き、海辺の気が集まっていく。目の前の幻影を消し去り、龍子は過去を見る瞳で笑っていた。
    「大人しくしてくださいまし、龍子さん」
     ビハインドの霊魅が飛ばす霊障波が絡みつく。思惑のある笑みを含んだ幽魅の放つ導眠符が空を切り裂き、防御の構えを取る龍子の肌に幾筋もの傷をつけた。
    「……アナタは」
     黒い目を細め、龍子は幽魅を見定めるような視線を投げた。
    「『武』を求めてはいないのね」
    「価値観の相違は、お互い様ですわ!」
     破邪の白光が幽魅と龍子の狭間に走る。
    「そうだね。僕たち灼滅者は、君を灼滅するために来た。君は、力を求めて来た」
     『僕に盾を』、唇で呟いた螢の剣から放たれた光は、防御の姿勢を崩さない龍子には、さしたるダメージでもなかったのか。体勢の崩れる様子は未だない。
     アンブレイカブルの強靱さの対策として、前衛を多く置き攻撃と守備に特化した布陣だ。
     連携がうまく回っていないことに螢は気付いた。灼滅者同士の呼吸が微妙に噛み合わず、前しか見ない者もいれば、周囲を広く見る者もいる。
     回復に専念する者が霊犬のみという陣、どこまで力押しが通じるか。
    「あなたの想いも命も、あたしたちで受け止める」
     麻琴の指輪から石化の呪いが放たれた。手足に絡みつく呪いをものともせず、唸りを上げて麻琴の目の前を拳がよぎる。睫毛が風圧で震えるほどの、ぎりぎりの回避。
    「わかる気がするの。あたしも同じ女だから」
    「アタシは女である前に、武人として生きているのよ」
     アスファルトの地面が拳圧でばらばらと捲れ上がる。巻き髪を流し、龍子は改めて身構える。
     軽い挑発と牽制を交え、舞はストリートファイターらしい軽いフットワークで拳を繰り出した。
    「拳の雨あられ! 受けてみろ!!」
     オーラを宿した目にも止まらぬ連打を、龍子の腹部に集中させる。重い手応えを感じ、笑みさえ浮かべて強敵との闘いを楽しむ舞。
    「この程度じゃあ、柴崎を守れないね……え?」
     舞のみぞおちに深くめり込むのは、鍛え抜かれた超硬度の拳。守りを砕く勢いの拳が、舞に敵との距離を取らせた。
    「あのひとは、アタシに守られるなんて恥と思うでしょうね」
     続けざまの攻撃は、後方から援護するカズマのDCPキャノンの閃光に遮られた。身を苛む毒にも表情を変えることなく、龍子は灼滅者達の前に立ち塞がる。
    「アナタたちの『武』を、本気の力を見せて頂戴。でなければこの命、渡すことはできないわ!」
     ごうごうと闘気を放ち、武人の顔で龍子が吠えた。


     拳を交わし始めてから、どれほどの時間が経ったのか。
     余裕など誰にもなかった。ただ、目の前の敵を攻撃することに集中する。何度技を叩き込んでも、揺らがず立ち続ける龍子の体力は底なしなのか。
    「そんなこと、ない、です」
     倒せる。脳裏をよぎる不安をかき消すように、幾度も盾を広げ回復を担い、庇う事で防衛に努めてきた彩雪。威力を重視するあまり、前列に集まりすぎたことで回復が減衰することは分かっていた。
     それは、守ることを闘いとする螢も同様に感じていた。
     回復が追いつかず、自己回復手段をもつ者の攻撃の手が止まる。そうして回復した以上の攻撃が降ってくるのだ。
    「さっちゃん、お願い……!」
     彩雪の霊犬が浄化の目を光らせると同時に、彩雪は幽魅の前に体を投げ出した。幽魅は回復手段を持っておらず、龍子しか視界に入れずに闇雲に攻撃を仕掛けている。消耗は激しいはずなのに。
    「え!?」
     幽魅の前に飛び出した小さな体が、弾けるように吹き飛んだ。彩雪の視界が白く染まっていく。立ち上がるにも、もう体が動かなかった。そのまま意識を失う。
    「よくも、彩雪さんを!」
    「アナタは何のために戦っているのかしら」
     すかさず構えを変え、幽魅との距離を詰める龍子。
    「あたくしは、あたくしの野望のためですわ!」
     幽魅の視界がぐるりと回転した。自分の意思ではない。龍子に体ごと投げられたと知ったのは、強かに地面に叩きつけられた後。全身の痛みに息を詰める。立ち上がろうにも、体に力を入れることができなかった。ビハインドの霊魅が声なき叫びを上げ、龍子に霊撃を浴びせる。
    「それも闘い方のひとつね。アタシもアナタのように、自分に正直に生きたかった」
     過去形で語られる言葉。初めて龍子の構えが揺らぐのがわかった。
    「彼の者達に癒しを……」
     最後まで守りきると心に誓う、地に膝を付いた螢の剣を中心に祝福の風が広がっていく。攻撃手たちの体を縛る戒めが、祝福で浄化されていく。
    「ん……逃がさない」
     気合いでも回復した柚來が跳んだ。続けてミレーヌが叫ぶように問いかける。
    「柴崎・明は戦いに満足して逝ったわ。それじゃ不満なの?」
    「不満なんて無いわ!」
     指揮棒に似た柚來のロッドが龍子の肩を打てば、注ぎ込まれる魔力が体内で暴れ、龍子の声が詰まった。
     続いてミレーヌのナイフが鳩尾に突き込まれる。厚い筋肉に覆われた体の急所に根元まで食い込んだ刃が、龍子に血を吐かせる。
    「だったらアタシにも、満足できる戦いを頂戴。そうすればアタシは」
     気を集めようとした龍子を打ち据えるのは、舞の拳だ。
    「覚悟しな。私の拳は、燃えるんだよ!」
     既に二人の仲間が倒れている。内心の動揺を映してか、叫ぶ声が震えている。炎のように燃え上がるオーラを拳に宿す舞からは、普段の明るさが消えていた。
    「私の前から、消えろおぉお!」
     打ち付けられた燃える拳から、胴着に髪に炎が燃え移る。気力だけで立ち続けていたのか、龍子が地に膝を着く。それでも、彼女が笑っていることがわかる。
    「悪いが、見逃がすわけにはいかないんだ」
     合図で霊犬のリキを走らせ、朔耶が天星弓を引き絞る。彗星の軌跡を描いて飛翔する矢とリキの斬魔刀が同時に龍子を貫き切り裂いた。
    「……楽しかったわ」
    「何だと?」
     ふらり、埠頭の端へと。龍子は灼滅者に背を向けた。
    「これで」
    「逃がさないよ!」
     麻琴が地を蹴り後を追う。このまま海に飛び込まれたら、逃がしてしまう。全力で行けるのは今、自分だけだ。
     胴着の襟首を掴んだ時、龍子の呟きが聞こえた。
     聞いてしまった。
    「楽しかったわ。これで、アタシもあのひとと同じところへ、行けるのかしら」
    「え……」
     地獄投げの体勢に入った、龍子は思っていたより軽く思えた。海とは反対の方向へ、全力で巨体を投げつけた。
     どう、と。転がった龍子は仰向けに地に横たわる。
     満足そうな笑みを残し、一瞬で塵となって消えた。最後まで武人として、最後は女として、永遠に散った。
    「ああ……あ」
     麻琴の体に『力』が、龍子の持っていた闇の力が暴力的に流れ込んでくる。押し流される刹那、恋する女として散った龍子を羨ましいと思った。彼女に比べて、あたしは?
     それきり、麻琴の意識は途絶えた。
    「────!!」
    「闇堕ちだ」
     ガトリングを支えに、肩で息をしていたカズマの声が埠頭に響いた。


     麻琴の体が闇のオーラに包まれていた。
    「壊ス……」
     引き絞られた筋肉が皮膚の上からも分かるほど、堕ちた体は一回り頑強さを増している。倒した龍子と同じアンブレイカブル──『壊されざる者』へ体が変化したのだ。
    「壊ス、壊ス、壊ス壊ス壊ス!!」
     譫言のように繰り返される言葉は、何を意味しているのか。
    「退路を塞いで!」
     海側に回り込んだミレーヌが叫んだ。絶対に全員で帰るのだと、最初から決めていたのだ。破壊衝動を宿した麻琴の黒い瞳が、ミレーヌを見据えた。
     拳を受けたのは、寸前で割り込んだ螢だった。
     守る。誰も失わせない。全員で帰るべき場所へ帰る。消えかける意識で声を上げた。
    「僕らの家に帰ろうよ、皆でね?」
     それきり、横倒しに動かなくなる。麻琴は倒れた螢を見下ろし、再度視線をミレーヌへ戻す。仲間を倒したという感情はどこにも見えない。
    「みんなで帰るって言ったでしょう。正気に戻りなさい!」
     ミレーヌの指輪が光り、麻痺の力を宿す魔法弾が放たれる。煩わしそうにそれを片手で打ち落とし、麻琴は海とは反対方向へと地を蹴った。
    「お友達、大切な、人。悲しませちゃ、だめです……」
     意識だけは戻ったものの、未だ動けぬままの彩雪が麻琴に手を伸ばし、精一杯の声を上げた。
     舞に癒しの矢を放った朔耶は、舞の様子が変わっていることに気付いた。落ち着きがなく、倒れた仲間と麻琴に視線を送る舞は、どこか怯えているように見えた。
    「今は麻琴を連れ戻すのが先だ。舞!」
    「……! わ、わかってる!」
     舞は動揺を隠せない。倒れている仲間は三人、堕ちた仲間がひとり。欠ける、欠けていく。不安が胸一杯に膨れあがる。言葉が思うように出てこない。
     目の前に麻琴が立った。ぎり、と奥歯を噛みしめ、拳を握る。
    「戻れ、戻れよ、麻琴!!」
     闇雲に叩き込む拳は、麻琴に届かない。
     風のように麻琴は走る。どこか遠くへ向かって。走る。
    「止める。行かせない」
     柚來のディーヴァズメロディ、催眠を誘う歌声が麻琴の背に届く。麻琴の足は止まらない。距離がどんどん離れていく。
    「己を見失うな。止まれ、結城・麻琴!」
     DESアシッドを放ち、カズマが叫ぶ。
     麻琴の行く手を遮るように、ライドキャリバーのエンジン音が鳴った。
    「ねえ、一緒に学園に帰ろうよ、みんな待ってるよ!」
     補佐に来た朔和が、ライドキャリバーを操り麻琴の足止めをしている。
    「壊ス……」
     麻琴は呟くと拳を振り上げたが、既に足止めできる距離にいる者は朔和のみ。方向を変え、避けるのは容易なことだった。

     埠頭を背にして駆けて駆けて、一度だけ麻琴は仲間を振り向いた。
     ──壊したいのは、誰のことだったんだろう。
     そんな思いがよぎったが、闇に流されて、消えた。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:結城・麻琴(陽鳥の娘・d13716) 
    種類:
    公開:2014年4月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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