最後の一撃を、恐れるな!

    作者:織田ミキ

     ガイオウガ、そしてスサノオ大神……。
     大地を喰らう幻獣種共が「竜種」に目覚める日も、そう遠くはない……。
     サイキックエナジーの隆起がゴッドモンスターさえも呼び起こしたこの状況で、未だ十分に動けぬとはいえ、日本沿海を我が「間合い」に収めることができたのは、まさに僥倖。

     小賢しき雑魚共の縄張り争いも、王を僭称する簒奪者共の暗躍にも興味は無い。
     我が望むは、我と死合うに値する強者のみ!
     「武神大戦殲術陣」発動!
     眠れる強者よ現れよ。武神の蒼き頂こそが、これより汝の宿命となるのだ!

    「柴崎・アキラを失った業大老一派が動き出している……どうやら時が、きたようだな!」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は、神妙な面持ちの灼滅者たちを颯爽と振り返った。
     新たな師範代を生み出すことが目的だろう。行われ始めた『武神大戦天覧儀』は、勝者に力が与えられる儀式。日本各地の海辺に現れるアンブレイカブルが人知れず対決を重ね、勝ち残るほどに強大になってゆくというわけだ。
    「もう解かっているとは思うが……殴り込みをかけるお前達も例外じゃない」
     そう、この儀式により、アンブレイカブルにとどめを刺した者は闇の力を与えられる対象となり、決して闇堕ちを免れないのだ。
    「対戦場所はここ、今はもう使われていない灯台のふもとになる。時間は早朝五時。午前中は人気(ひとけ)が無いから安心してくれ。別の対戦相手も現れない」
     待ち構えているのは、白髪で浅黒い肌をしたレスラー風のアンブレイカブル、ロブ・スタンフォード。立派な口髭を蓄えた老年の大男だ。
     ロブはストリートファイターとバトルオーラのサイキックを使用してくる。ただし、武闘家の意地で回復はしないようだ。
     年老いているとはいえ衰えてはおらず、一撃くらうとダメージが大きいため注意して灼滅にあたらなくてはいけない。
    「アンブレイカブルの灼滅が目的ではあるが、お前達なら闇堕ちした仲間にその場で連戦を挑むことも可能かもしれない。いずれにせよ、全力で臨んでくれ!」


    参加者
    鏡・剣(喧嘩上等・d00006)
    月代・沙雪(月華之雫・d00742)
    古室・智以子(中学生殺人鬼・d01029)
    叢雲・宗嗣(贖罪の殺人鬼・d01779)
    神楽火・天花(和洋折衷型魔法少女・d05859)
    海藤・俊輔(べひもす・d07111)
    翠明寺・アレス(ルヴァンヴェール・d15175)
    クリム・アーヴェント(ブルーデモンドッグ・d16851)

    ■リプレイ


    「倒したら堕ちる、か。そいつはなんともスリルのあることだな」
     海風を受けながら、鏡・剣(喧嘩上等・d00006)が獰猛な笑みを浮かべて楽しそうに言う。海岸線の白み始めた、午前五時。肌寒い潮風の中を、灼滅者たちは真っ直ぐと岬へ向かっていた。この戦いに付きまとう闇堕ちへの恐れすら感じさせぬ、皆の足取りは力強い。
    「ただでさえ迷惑な存在なのに、更に余計なことをしてくれたものなの」
     古室・智以子(中学生殺人鬼・d01029)は、間もなく到着する灯台を見据えてそう零した。
     武神大戦殲術陣。失われた存在を補おうとしている動きにせよ、元々強敵であるアンブレイカブルに力を与える儀式とあっては、放っておけない。
     一方で、海藤・俊輔(べひもす・d07111)がその首謀者たる業大老を思い浮かべて言う。
    「明さんとは結局直接やりあえなかったけど、じーさんとはいつか戦えるかなー」
     いくらか念のために用意した光源を置き、灼滅者たちは仁王立ちしている大男のいる岬へいよいよ足を踏み入れた。
     危険に挑む覚悟など、とっくにできている。このダークネスを、倒して見せる。必ず。
     その気持ちは一つだった。
    「私は神楽火・天花。ロブ・スタンフォード、アナタに挑戦するわ。……アナタの力と技、私たちがここで断ち斬る!」
    「未熟故、多対一となりますが、貴方に挑ませて頂きます」
     神楽火・天花(和洋折衷型魔法少女・d05859)と月代・沙雪(月華之雫・d00742)の凛々しく礼を重んじた口上に、白髪のダークネスは立派な口ひげを撫で、ゆっくりと両目を開いた。紅く光る眼が、ギロリ、と動く。
    『……八人、カ。ヨカロウ。……女子供トテ、容赦ハセヌ。ワシヲ倒シタクバ、束ニナッテカカッテコイ!!』


     隆起する筋肉から立ち上る闘気。アンブレイカブルの咆哮を諸共せず、早くも叢雲・宗嗣(贖罪の殺人鬼・d01779)が駆ける。そして、コンクリートの地面を蹴った俊輔の拳をロブが正面で防いだ瞬間――、
    「一凶、披露仕る」
     敵の死角で静かに言い、脇腹を斬り裂いた。時を同じくして、智以子もまた反対側の脚に 黒死斬を決める。
    「よそ見してんじゃねぇぞこら!」
    「私も、行きます!」
     灼滅者たちの技に驚きを隠せぬ敵の腹に、炎の一撃を見舞う剣。それを追うように一気に間合いを詰めた沙雪の異形の拳が、焔の這う身体に轟音を立ててぶつかる。手どころか、肩まで響く。利いているのかいないのか、鉄板のような身体だ。
    (来る……!)
     突如、大きな拳が銀色の頭へ迫ったのは、そのときだった。
    (間に合え……風よ――!!)
     剣の目の前に、翠の髪が流れる。次の瞬間、疾風の如く駆け入った翠明寺・アレス(ルヴァンヴェール・d15175)の身体に、巨大な拳が喰らわされた。全身が割れるような衝撃に、アレスは歯を食いしばる。
    「……流石にアンブレイカブルの一撃は重いか。……俺も負けてられん」
     攻撃の手を犠牲にして走ったが、正解だった。ディフェンダーの自分でさえこのダメージとは恐ろしい。
    「撃ち抜きます!!」
     攻撃放った直後のロブの隙を逃さず、アレスの様子を視界の端にとめながらクリム・アーヴェント(ブルーデモンドッグ・d16851)がガトリングを唸らせる。そうしてクリムの方を振り向いたアンブレイカブルに、天花も横から斬りかかるがしかし。刀身を叩くように素手で払ったロブの怪力に、華奢な身体が愛刀ごと弾き飛ばされた。
     気魄同士の真っ向勝負、それこそ敵の望むところか。思うように攻撃が入らない。それが皆の、一撃を交えた手応えだった。
    (……それでも、止まるわけにはいかないの。絶対に……倒すの)
     天花の攻撃を防いだロブの隙を突き、小さな身体で敵の懐へ飛び込んだ智以子が、ロッドで浅黒い肌を打つ。今を逃したら、次にいつチャンスがあるかわからない。感情の籠らぬ視線をただ真っ直ぐと敵へ注ぎ、智以子は爆発するまで魔力を送り続ける。雷を纏う拳が迫りくる気配を感じても、そこを動かない。
     閃光を溢れさせたアンブレイカブルの体内から爆音が轟くと同時に、人を軽く飲み込むほどの雷柱が朝焼けの空へ立ち登る。
     しかし雷に焼かれた身を翻して降り立ったのは、智以子ではなく、なんとディフェンダーの俊輔だった。
    「く、お礼は……ッ、お菓子で、いいぜー」 


     受ける攻撃をディフェンダーが肩代わりできるのも、数回に一度といったところ。誰かが一撃を喰らうたびに、必然的に後手に回る攻撃。少しずつ、回復を続けても。確実に募る殺傷ダメージが、前に立つ灼滅者たちの命をみるみる削ってゆく。
    「大丈夫。まだいけますよ!」
     エンジェリックボイスで仲間を癒しながら、クリムは精一杯励ましの声をかけ続けた。
    『クッ、マタ風ノ刃カ。……小娘、中々面白イ技ヲ使ウ』
     苦戦を強いられる中、一度として外れない沙雪の攻撃に、アンブレイカブルの方が興味を持ったのか。鋼のような身体を幾度となく洗練された神薙刃に襲われ、沙雪をギロリと睨んで笑うロブ。
     そのとき、天花が一息で敵の巨体の脇を駆け抜けた。白刃の残像が煌めいた一瞬の後、ロブが地響きとともに片膝を突く。
     大きな隙の出た敵陣に踏み込んだ剣が、己の血が流れる額もそのままに、厚すぎるアンブレイカブルの胸に殴りかかる。いつの間にか回り込んでいた宗嗣も、音も無く殺人鬼の技を繰り出して跳び退った。
    『グググ……、倒レテ、ナルモノカ……!!!』
     血の噴き出す足をドンと踏み出し、食いしばった歯列から蒸気を吐いたロブが、戦闘態勢のアレスを正面から力尽くで捕える。その状態から鬼神変に踏み切ったアレスは、ロブの顎下に深い一撃を加えるも、そのまま軽々と投げ飛ばされてしまった。
    「アレス――!!」
     派手な音を立てて地面に叩きつけられた身体の、あちこちが悲鳴を上げる。いい加減、次にこれを喰らったら危ないと、わかっていた。
    「……ッ……ガハッ!! ッ、お前に、トドメを、させるのが……俺でなくて、残、念……だ……」
     口の中の血を吐いてやっと言ったアレスが、意識を手放す。
     仲間を一人倒され、灼滅者たちの元々熱かった闘志が、ごうと燃え上がった。確かに厳しい戦いだ。しかし、それは向こうも同じはず。厚い筋肉に覆われた胸を上下させて呼吸しているロブを休ませず、総攻撃に入る。
     灼滅者たちの覇気に押され、それでも逃げることなくロブは全ての攻撃を身に受けた。
     そうしてついに、ダークネス最期の拳が、真っ直ぐと正面から襲ってくる。
     両脚を踏ん張り、その力を手のひらで誘導するように受けかわした俊輔は、敵が向かってきた勢いでもってアンブレイカブルの巨体を宙へ投げ、地獄へ叩きつけた。
    『グ、オオオォ……!!!』
     吹きつける潮風に、跡形もなく崩れ去るロブ・スタンフォードの身体。
     灼滅者たちは、息を呑んだ。

     武神大戦殲術陣。
     勝者、海藤・俊輔――!!!


     図らずも、アンブレイカブル、二連戦。
     体中に浮かび上がった、虎のような紋。海風に揺れる長い朱色の髪が、本当に獣を連想させる。同じく朱色となった瞳は焦点が定まっておらず、破壊衝動に突き動かされているだけのそれはもはや、俊輔ではない。その小さな身体の中で、彼が己のダークネスと戦えているのかどうかすら、定かではなかった。
    「全員で帰るのですから、ここで闇に負けては駄目なのです!」
     沙雪が叫ぶ。まだ撤退しないことは、アレスや俊輔を含め、ここにいる全員の意志。
    「そうです、ここを堪えればみんな帰れるんです! だから負けないで!!」
     クリムは続けて仲間たちへ向かって言った。
    「海藤さんの体力、私たちと一緒で、もうほとんど残っていないはずです!」
    「……ああ、そうだな」
     ほぼ全員が、ダークネスレベルの攻撃を受ければ戦闘不能となりそうな厳しい状況である今。
     ロブとの激戦の続きであるからこそ、危険は大きいが、その分手早く救うチャンスもある。ディフェンダーへポジションを変更しながら、宗嗣は得物の切先からダークネスへと身を堕とした仲間へ、鋭い視線を移した。
     変わり果てた俊輔へ神薙刃を放ちながら、天花も言う。
    「帰って来て。それから、こんなくだらないイベントを考えた奴をやっつけに行きましょう」
    「――海藤さん」
     俊輔を呼びながら、智以子が影を伸ばして捕えた荒ぶる少年の四肢。駆け込みざまに、宗嗣の容赦ない剣がダークネスの魂を貫く。
    「堕ちていても面白くないだろう? 早く戻ってこい……」
     しかし影の束縛を引き千切った俊輔が、宗嗣の脇を目にもとまらぬ速さですり抜ける。
     そして次の瞬間には、闇の狂人の恐ろしい拳が、爆音と共に智以子の細い身体に激突していた。
    「!! ……ッ……全員、そろって……帰る……の……」
     必死に意識を繋ぎとめながら、それだけ言って智以子が力尽きる。
    「古室さんっ!!」
     倒れてしまった身体には、クリムの歌声も届かない。
     二人。二人、倒れた。ついさっきまで仲間だった「敵」の前に、ボロボロで立つ自分たち。次は誰か、もう、わからない。
    「あたしはキミなんか怖くないよ、天花……」
     闇堕ち。考えずにはいられない、その禁断の一手。怖くなどない。いつだって、『天花』は隣にいるのだ。しかしそれだけは、最後の、最後の、手段。退却が可能なこの状況で、みすみす闇に身を堕とすことはできない。
     愛刀の柄を力いっぱい握り、天花はもう一人の自分に背を向けた。ただ、強い願いを込めて、渾身の居合斬りをダークネスに向かって放つ。
     沙雪もまた祈るように叫びながらカミの力で俊輔を斬り裂いた。
    「あなたの帰りを待つ人もいるのです。海藤さん、戻ってきて下さい!」
    「こんなことぐれえで堕ちてねえで、とっとと……戻ってこいや!!!」
     小さなアンブレイカブルを打ち砕く、血のにじむ拳。しかし次々と眩しく弾ける閃光の中、剣の百裂拳に逆行した俊輔の鋼鉄のような一撃が、剣の腹に深々と入る。 
     白いオーラが、かき消えた後。そこに立っていたのは宗嗣だった。
     左腕に剣を、右腕には元の姿に戻った俊輔を抱え、俊輔の脇腹に突き立てていたナイフを器用に引き抜く。
    「大丈夫……気を、失っている、だけだ」
     さすがに息を切らせながら、宗嗣は両腕で支える仲間の顔を見下ろして言った。
    「……全員で……帰ろう」
     眩しい朝日に真横から強く照らされる岬。
     自らの激しい呼吸に喘ぎながら、緊張の途切れた皆の耳に、ふと蘇る波音。
     信じられない気持ちで一呼吸をおいた後、灼滅者たちは、目尻に滲んだ涙を拭い、倒れた仲間の元へと駆け寄った。

    作者:織田ミキ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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