地獄合宿~四百五十二キロを走破せよ~

    作者:三ノ木咲紀

     東京料金所・静岡方面のブース前。
     昇りたての朝日が、群れをなして整然と並ぶ自転車を映し出す。
     らっしゃい東京から水の都大阪までを、たった一日で自転車走破する。
     そんなとてつもない計画が今、始まろうとしていた。
     こんな計画を、誰が立てたのだろう。
     誰が運営するのだろう。
     誰が記録するのだろう。
     今は多くを語るまい。
     ただ一つ言えること。それは。
     東海道を自転車で駆け抜けるのは、武蔵坂学園の灼滅者たちだということ。

     途中灼滅者たちを待ち受けるのは、地獄の行程。
     箱根の山は天下の険。
     漕げども漕げども続く上り坂には、同時に箱根おろしの風も吹く。 
     太平洋に面した由比パーキングエリア付近。
     海が間近なこの場所で、ほっと一息つけるかも知れない。
     いつのまにか名神に入り、天下分け目の関ヶ原。
     高低差・カーブ・トンネルが続く山間の難所だ。
     続くは連続ジャンクション。
     間違えばとんでもない場所へワープさせられるから要注意。
     京都付近の渋滞名所は、事故も多いぞ気をつけろ!
     ようやく到着 大阪インター。
     一位の栄冠は誰の手に?

     ただひたすら、最速を競うのもいいだろう。
     仲間たちと一緒に走れば、絆も深まるに違いない。
     恋人と走れば、こんな地獄の中でも、きっと世界は二人だけのもの。

     雨天決行。
     荒天決行。
     何があっても絶対決行。
     ゴールするまで終わることが無い、地獄のロードレースが今、始まる――。


    ■リプレイ

    ●五月四日 午前五時
     朝日が輝く東京料金所に、ずらりと並んだ自転車の群れ。
     東京~大阪間を自転車で、日没までに駆け抜ける。
     不眠不休不食不遊で、平均時速は約三十三キロ。
     そんな地獄レースへの期待と不安を胸に、出発の合図を待っていた。
    「あれ、君も参加者? じゃあ、自転車はこっちにあるから」
     教師に腕を掴まれて、引きずられる梵我。
    「イーーーヤーーーッ!」
     合宿から逃げようとしていた梵我の叫び声を合図に、灼滅者達は一斉にスタートした。
     アリエスが走り抜ける脇を、鈴が颯爽と駆け抜けていく。
     そんな二人の隣を、玄はすり抜けていった。
    「いいですかアンジュ、日々の地道な鍛錬が心と体を磨き上げます」
     三分刈りの黒髪を手拭いで覆った信志に、安寿は驚きの声を上げた。
    「いつものピンク髪じゃないし、お化粧もしてない! いつものシンディさんじゃない!」
    「あれはウィッグです。それに運動時に化粧すると毛穴詰まるし……。ヤダもうあんまり見ないで!」
     頬に手を当てて恥ずかしそうな信志に、安寿は胸をなで下ろした。
    「あ、やっぱりいつものシンディさんだ」
    「チャリんこぼーそー族と呼ばれたうでまえをヒロウするぜ! でも帰ったら服とかどろんこになって、ねーちゃんに怒られ……いや、がんばったんだから、おみやげ買って胸張って帰るぞ!」
     おー! と腕を振り上げて、海砂斗はペダルを漕ぎ出した。
    「えっ、今年は東名高速だけ?」
     ディアス少年は不服そうに、高級外車ブランドの愛車を撫でた。
    「でもちゃんと日よけ用の傘装備でマイペースで参加です!」
     高らかに宣言後、ディアスは大阪のおばちゃん風に走り始めた。
    「今年は自転車か。……絶対許可取ってないだろうな、これ」
    「豪天号」と書いたプレートが取り付けられた自転車を漕ぐ龍一郎の隣で、美弥子が激しく同意する。
    「これ考えた人は高速道路の関係各所と利用者に謝るといいよ! それに、あたしは普通のママチャリ参加なんだけど、途中で自転車壊れないかな?」
     自転車壊れて途中リタイヤは嫌だなぁ。美弥子は天を仰いでぼやいた。
     小町が希望した二人乗り自転車に乗って、光影は一路大阪を目指して走っていた。
     二人共順位は気にしない。雑談しながら、失格にならない程度に走れればいい。
    「大阪に着いたら、小町の地元だし時間の許す範囲で案内してもらおうかな」
    「それええな! ついでやし、こっち来ない友人にも土産買うていこかな」
     にこやかに談笑しながらも、小町は心の中で大阪の案内スポットをリストアップするのだった。
     東京~大阪間を三時間で駆け抜ける。
     舞斗はストイックに計画を立てた。
     バックパックには水分や食料を詰め込み、迷子対策も万全だ。
     雨対策も胸に、舞斗はペダルに力を込めた。
     単独で参加した蔵人はただ一人、一位を目指してひたすらこぎ続けた。
     などとしている内に、一行は箱根の山へと入っていった。

    ●足柄SA~箱根越え
     四人乗りの自転車で進む自転車に、羊は思わず感動した。
    「力あわせて進んでる。この自転車楽しいかも。あ、富士山が見えてきた!」
     羊の声に、四人は足柄SAのカフェへと入っていった。
    「あ、あぁ! 何これ! 気持ちいい!」
     織姫ははしゃぎながら、ドクターフィッシュに足をつつかれている。
    「ここのソフトクリームおいしみたいだよー♪ みんなもどうかな?」
     とりどりのソフトクリームを皆に渡しながら、夏奈も足湯に浸かった。
     目の前に広がる雄大な景色に感動していると、ココットが羊を見上げた。
    「そういえば……お馬さんを競馬場に運ぶ車はこの道は通ってないのかな?」
    「いえ、この先で見られるかもですよ」
     不安そうなココットは、羊の言葉に元気を取り戻す。
     のんびり足柄SAを堪能し、一行は再び走り出した。
     未空は足柄SAで小休止中、今後の予定を考えていた。
     順位を競わず、適度に休息を取りながらイリスと一緒に走ろう。
    「お前も何か買って行けよ。食べ物と飲み物は忘れ……」
    「未空ちゃん少し『金』貸してくれない? お土産買いすぎて飲み物と食べ物買うの忘れちゃった」
     無邪気に笑うイリスは、両手に将棋やチェスといった土産を抱えていた。
    「……」
     無言で微笑んだ未空は、一気に加速してイリスを引き離すのだった。
     神速を尊び、己を鍛え、己を磨く。
     己のみを一点に見据えて走る銀静の脳裏に、大切な人の笑顔が浮かんだ。
    「好きな方の事を想い、その方が待っていると信じていきますか」
     余裕を取り戻した銀静は、優勝を目指して走り抜けるのだった。
     急な坂道を、都々は新しく買ったロードバイクで駆けていく。
     給水も、トラブル対応も完璧。
    「坂が私をよんでる~」
     大好きなロードバイクで走れる喜びに、都々は軽やかにペダルを漕いだ。
     灯夜と一緒に並ぶ形で、アイリッシュは涼菜と二人乗り自転車に乗っていた。
    「二人共、大丈夫? もう少し頑張れば下り坂よ」
     アイリッシュの心遣いに、涼菜と灯夜は少し辛そうに頷いた。
    「ありがとうございます。頑張れますよ!」
    「あぁ……。俺は大丈夫だ。ありがとう」
     我慢しているようにも見える二人に、アイリッシュは灯夜に尋ねた。
    「灯夜、頂上はそろそろ見えないの?」
    「あぁ……もうすぐ、もうすぐで登りきれる……」
     頑張れ……。と励ます声に、二人は同時に頷いた。
     みんなが一緒なら、どんな坂も登りきれる。三人はそんな信頼関係で結ばれていた。
     自転車の前籠にいる霊犬のティン君にゴーグルを付けてあげた夕月は、先を行く皆に声を掛けた。
    「皆さん、風強いですけど大丈夫ですかー?」
    「まあ、力を合わせれば箱根の山も登れるよ。張り切って行こう!」
     三人乗り自転車の先頭でペダルを漕ぐ登は、ドクロボタンに嫌な予感を感じながらも元気に腕を振り上げた。
     これも丁度良い鍛錬だと、三人分の力で漕いでいた最後尾の流希は、突然走った痛みに一瞬言葉を失った。
    「なんだかピキって音が足のほうから! つ、攣った足が攣りましたよ……!」
     突然脚を押さえた流希に引っ張られて、三人乗り自転車はバランスを崩した。
     真ん中で漕いでいた良太は、手製の光るドクロボタンを押した直後に足が攣った流希を、慌てて振り返った。
    「え、紅羽部長、足が攣ったんですか? あ、バランスが!」
     転ぶ自転車。突然現れる大型トラック。三人はお約束のようにトラックにはねられて、天高く飛んでいった。
    「紅羽先輩、大丈夫ですか! サム、皆さんの落ちた地点を確認してきてください。救出に向かいます!」
     崖下に落ちていく三人を、ナノナノのサムが急いで追いかけた。
     変わらず続く坂道を、お揃いのクラブジャージに身を包んだ女子の集団が、トレインを組んで颯爽と駆け抜けていった。
     体力に自信があり、安全なルートを選んで走るリリアナは、頼もしい先頭だった。だが、少しペースが落ちてきた。
    「リリアナちゃん、交代するね!」
    「ありがと!」
     滑らかにトップを交代した茜は、メンバーが無理しない絶妙のペースで皆を引っ張って走った。
     それからしばらくした時だった。最後尾の小坂は、後ろから迫る大型トラックに気がついた。
    「あぶない! トラックが!」
     小坂の声掛けに、全員が一斉に路肩へ寄る。間一髪車との接触を逃れたが、今度はガードレールが近い。
    「路肩に寄りすぎないでね!」
     玉緒の声に、慌てて路肩との適切な距離を取る女子自転車部員達。
     もう少しで大事故に繋がる事態に、全員に緊張が走った。
    「少し休憩しよう!」
     焦りの空気を和らげるように、アナスタシアが全員に声を掛けた。
     アナスタシアが事前に調べた休憩スポットで、部員達は自転車を止めた。
    「お疲れ様! タオルどうぞ! 塩飴や冷却スプレーもあるから使ってね!」
     月夜がみんなに、持参した物資を配る。
     少し遅れて自転車を止めた里美は、初めての長距離レースに息を切らせていた。
     だが、それでも最初の頃よりもペースを掴み始めている。
    「若い子達に負けていられないわ」
     これからは大丈夫。そんな里美の隣で、クレハが立ち上がった。次からはクレハが先頭を走る番だった。
    「さあ、そろそろ行きましょうか」
    「先頭を走るんですか? クレハさん!」
     走り始めようとしたクレハの隣に、丁度通りかかった花梨が自転車を停めて声を掛けた。
     新調したロードバイクに、ドリンクもセット。水泳で鍛えた肺活量からか、息を切らせた様子はなかった。
    「ええ。皆で完走を目指すの」
    「頑張ってください! 私はトップを目指します!」
    「そう。花梨さんも頑張ってね」
    「はい! ではまた!」
     元気に答えた花梨は、颯爽と駆け出していった。
     急な上り坂を、メイド服姿の男が自転車で駆けていた。
     喜一のごつい体を包んだメイド服の裾が、空気抵抗を受けて進みを遅らせる。
     そんな喜一に、文具は急いで並走した。
    「先輩! 僕が先輩を引っ張って走ります!」
     文具の申し出に、貴一は一瞬考えたが、大きく頷いた。
    「その支援を受けよう! 辛い時の合言葉は……」
    「「萌え萌えキュン!」」
     貴一の声に気力を取り戻した文具は、箱根路を駆けていった。
     葵はライドキャリバーを風よけに、陸上競技用のデジタル時計に目をやった。
     ここまで順調なペースで来ている。時間配分も完璧だ。
     葵は黙々とペダルを漕ぎ続けた。
     在雛は続く上り坂を、立ち漕ぎで走っていた。
     やがて下り坂に差し掛かる。それでも在雛の立ちこぎは終わらない。
     効かないブレーキ。上がるスピード。
    「オレのアホォォォ!」
     在雛の叫びが、箱根を駆け下りていった。

    ●由比PA悲喜こもごも
     璃依とイチは、二人乗りの自転車で走っていた。
    「大丈夫かイチ。重い? もしやくろ丸ちゃん、結構重かったりして」
     瑠依の言葉に、前かごに乗った霊犬のくろ丸が心配そうに振り返った。
     くろ丸につられて、イチも後ろを振り返る。
     小柄な瑠依の後ろには巨大なリュックサック。車輪が拉げるほど重い。
    「大丈夫、だけど、……うん、出来れば、漕いで」
    「おっとすまない」
     そう言って漕ぎ出すが、あちこち気を取られて結局ほとんど漕いでいない。
    「……頑張れ、イチ。くろ丸、こっちの前籠にもおいで」
     翔琉の差し出した手に、くろ丸は器用に翔琉の自転車の前かごに飛び乗った。
     風に靡く毛並みが視界に入る度に、もふもふ好きの翔琉は癒される気がする。
     翔琉の後ろで漕いでいた千夜は、ふいに開けた視界に頬を緩めた。
    「わ、海だ! 青和さんも頑張って、もうひと踏ん張り! 部長さんも、美味しいご飯が待っているよ」
     千夜の声に、空を周回していたナノナノ達が嬉しそうに先行した。
    「走れー走れー♪」
     疲れとかだるさとかを、大声の歌で吹っ飛ばす天鈴の後ろで、玉もまた歌を歌っていた。
    「この山ーをー♪」
     もうここがゴールで良いんじゃないかなと思いながらも、駄目なことは知っていた。
     いろいろ限界な二人に、鏡は最後尾からスピードを上げて並走した。
     峠越えが予想より楽だったのは、昔からこういう無茶をしていたからだろう。
    「ご飯配るよ。気をつけて食べて、な」
    「おお、ニギリメシ! ありがたいでござるよ、キョウ」
    「さっきから人数が足りない気がするんだけど。寮長ー寮長ー!?」
     玉はおにぎりを受け取って周囲を見渡したが、羽衣の姿はどこにもなかった。
     海にはしゃいだ羽衣は、由比PAに一人迷い込んでいた。
    「はぅ、ウルスラちゃん、どこだー! たまちゃーん、どこーっ」
     泣きながら声を張り上げる羽衣の叫びに応えるように、三人が高速道路を逆走して迎えに来てくれたのだった。
     煌介の服がバスの車体と接触し、熱が走る。
     慌てて全員で立て直す。ギリギリのところで観光バスが離れ、何とか発火は免れた。
     感情を表せない体質の煌介だが、さすがに冷や汗が全身を伝う。
    「ごめ……」
    「煌介おにーちゃん、だいじょーぶ、ちゃんとできてるの♪」
     呟くように謝る煌介を、陽桜は明るく元気づけた。
    「透夜おにーちゃんも優月おねーちゃんも、楽しい?」
    「はい、もちろん……僕も楽しいです、よ」
     皆のペースに合わせて漕いでいた透夜は、陽桜の問に頷いた。
     楽しそうな皆を見ていると、透夜も楽しくなってくるのだった。
     優月は陽桜の問いに、笑顔で答えた。
    「もちろん」
     学園に来てから初めてのことばかりだけど、何より嬉しいことは、仲間がいること。
     人生初の自転車が多人数乗りになるのは驚きだが、これもまた楽しいのだ。
     四人は、由比PAへと入っていった。
    「東名・名神高速走破って割と無理ゲーなんだけど!」
     もっと身体鍛えなきゃダメかな、などと思いながら、葉月は自転車を止めた。
    「体力のない身にはつらいところだ」
     やや遅れ気味に来た暦生もまた、葉月の隣で自転車を止める。
     しばしの休憩。ただ息を整えるのに必死な暦生は、刻葉の声に顔を上げた。
    「おい、富士山が見えるぞ」
     刻葉が指差した先には見事な富士山が、雄大な姿で出迎えていた。
     昔から人々を魅了してやまない富士の絶景に、四人は息を飲む。
    「やっべマジすげェ絶景じゃん! 富士山をバックに記念写真撮ろうぜ!!」
     錠の提案に、三人は速攻頷いた。
    「錠ナイスアイデア!」
    「私も賛成だ」
    「いいね、なんかこぉ……青春って感じか? 眩しいねぇ」
     3年4組の一行は、青い空に映える富士山をバックに記念撮影をするのだった。
     自撮りで最初に撮った写真は、見事に見切れていた。
     写真をチェックしていた民子は、改めてカメラを構えて指示を出す。
    「エル見切れてるし、キョンたはもうちょい寄れ」
    「おう、こんなもんで入ってる?」
     供助は民子に近寄ってにかーと笑う。
     エルメンガルトはにこやかにピースサインだ。
     写真撮影の後、周囲を見渡したエルメンガルトは、何もない由比PAにがっくり肩を落とした。
    「桜海老天丼、ここにはないの?」
    「マジでかー、天丼喰いたかった……」
     そんな二人に、民子は得意げにガイドブックを構えた。
    「この先の日本平でも海鮮は食える! 肉も食える! という訳で、いざ日本平まで競争ー!」
     と言って走り出した民子を追って、二人も走り出すのだった。
     三人組の会話を聞いていた、かじりは視線をパッと上げた。
     海鮮丼ランチを期待していたのだが、その提供は上り線のみ。
     だが、日本平にも海鮮丼はある! 肉もある!
     PAに来た時より、ペダルを踏む足取りは軽かった。
     由比PAで、友衛は一人海を見ていた。
     それにしても、本当に……気持ちいい、かぜ、が……。
     ついウトウトした友衛は、周囲の声に意識を取り戻した。
    「……はっ!? し、しまった!」
     眠気の晴れた友衛は、先を急ぐのだった。
     嘉哉は由比PAで地図を確認しながら、ふと考えた。
     そういえばオレ達って車から見てどう見えるんだろう。
     バベルの鎖があるから広まらないとはいえ、すごい光景なんだろうなきっと……。
     苦笑した嘉哉は、急いで安全に走破するべく走り出した。
    「海かぁ。この分だとあっという間に夏が来そうだよねー」
     湊は振り返ると、月子の首筋に流れる汗をタオルで拭う。
    「最近急に暖かく……というより暑くなってきたしね」
     スポーツドリンクを飲んでいた月子は、口から離したストローを湊の口元へと差し出した。
    「今年の夏も二人で何処かに行きたいなぁ。海? 山?」
     月子に汗を拭われながら、ドリンクを飲んだ湊は夏へと思いを馳せる。
    「湊君と一緒なら何処へでも」
     月子は湊の手を握り微笑みかけた。
     由比PAを渡る海風に吹かれながら、ナディアはかごめに提案した。
    「ちょっと追いかけっこと洒落込もーよ」
     かごめは少し驚いてナディアを見たが、二つ返事で頷いた。
    「先輩、僕を捕まえてね?」
     ふんわり微笑んで、一瞬の隙をついて猛ダッシュしたかごめを、ナディアは急いで追いかけた。
     本気で追いかけるが、本気で追いつかない。
     重いペダルを漕ぎながら追いかけるナディアの隣に、速度を落としたかごめがゆっくりと並走した。
     由比PAのベンチに座った仙花は、酷使した脚をマッサージしていた。
    「やっぱり、地獄合宿はつらいのです」
    「仙花お姉ちゃん、疲れたです~?」
     澪は冷たい飲み物を、仙花に差し入れた。
    「大丈夫なのですよ。ちょっと休憩したら、もうちょっとがんばるのですよ」
     仙花はお姉さんらしく気丈に振る舞うと、飲み物に口をつけた。
     渇いた喉に、冷たい飲み物が落ちていく。そんな二人を、ぬいぐるみに化けたしろちゃんが見上げていた。
    「あ、倭くん。海が見えるよ、海だよ!」
     目の前に広がる水平線に、ましろははしゃいだ声を上げた。
    「わたし、海はあんまり行ったことが無いから。そのうち遊びに行きたいな」
     海風に吹かれるましろの隣で、倭は地図を確認していた。
    「そうか、一緒に海に行ったのは去年の合宿だけだものなぁ。……近いうちに行ってみるか?」
    「うん!」
     即答しながら、ましろはスマホで倭の横顔をこっそり撮影する。
     すてきに撮れた写真を待受にするましろの頭を、倭はぽむぽむと叩いた。
    「私は早く走るのは難しそうだから、こちらに気を使わず自分のペースで走ってね?」
     途中で力尽きるよりは走破を目指す。
     そんな言葉に、久遠は首を振った。
    「競う相手は己自身だ。まずは走破を目指す」
    「ありがとう。……あんぱん、久遠も一緒に食べるかい?」
     言葉が差し出した小さなあんぱんを、久遠は受け取り口に運んだ。
    「ありがたく頂こう」
     ゴールまで先は長い。二人は体力配分を考えながら進んでいった。
     あすかは一人海を見ていた。
     何とか箱根は超えたが、ここからは大変だろうな。などと思っていると、隣に立った少女に目がいった。
     サイクリングウエアに身を包み、ロードバイクも手入れされている。
     あすかの視線に気づいた奈央は、にっこり笑って会釈した。
    「こんにちは。一人ですか?」
    「うん。……もし良かったら、横について走り方とか教えて貰っちゃっていい?」
    「喜んで! 一緒に行きましょう!」
     奈央が差し出した手を、あすかは笑顔で握った。
     クラブの皆を引っ張る気で先頭を走っていたファルケは、由比PAの標識に頬を緩めた。
     ファルケはペースを落として、全員の様子を確認する。
     お揃いのロードレース用ウエアを着た空凛と陽和は、二人乗りの自転車で走っていた。
     生まれて初めて地獄合宿に参加する空凛を、陽和が気遣って声を掛けた。
    「空凛さん、大丈夫? もう少しで休憩だよ。一緒におにぎり食べよう? クッキーもあるよ?」
    「ありがとうございます、陽和。おにぎりとクッキー、楽しみです」
     にっこりと微笑み合う二人の会話に、ファルケは昼休憩を決めた。
     明るい日差しが降り注ぐ展望台に、お弁当の花が咲いた。
     お弁当のおにぎりに、心桜は歓声を上げた。
    「紗里亜嬢のおにぎり、美味しそうで便利なのじゃ」
     紗里亜が持ってきたのは、色々な具のおにぎりだった。
     唐揚げや肉じゃが、普通の梅を詰めたおにぎりは、美味しい上に荷物にもならない。
    「ありがとうございます。さやかちゃんのワッフルも、美味しそうですね~」
     さやかの前に広げられたのは、限定品のワッフルだった。
    「足柄SAで5月限定のショコラワッフルを買ってきたんだよ♪ 心桜の柏餅も、とってもおいしそうだね♪」
     心桜が広げる重箱に詰められていたのは、柏餅だった。
    「柏餅、みんなのぶん持ってきたのじゃよ。よろしければどうぞ! でもえりな嬢のメロンパン、美味しそうなのじゃ」
     えりなが紙袋から取り出したのは、ご当地メロンパンだった。
    「さっきのSAで富士山メロンパン。買ってきたんですよv甘くて疲れも取れますよ~♪」
     では、いただきまーす! と、元気な声が響いた。
     遠くに富士山。近くに海。吹き抜ける風は気持ちよくて。
     展望台に、幸せな時間が流れていた。
     箱根の山を超え、由比PAに差し掛かった時、ラトリアは自転車を止めた。
     菫とはぐれて、もうだいぶ経つが、すれ違った様子はない。
     ゴールでは会えるだろうと楽天的に考えると、ラトリアはペダルを踏み締めた。

    ●天下分け目の関ヶ原
     御伽が自転車こいでるのはなんだか新鮮だ。
     思わずくすっと笑った壱琉の気配に気付いたのか、並走する御伽と目が合った。
    「あのトンネル抜けるまで競争しようぜ! せっかく高速走ってんだ、爆走はしてぇ」
    「お、望むところ! 絶対負けないよー!」
     よーい、ドン! の掛け声で、スピードを上げる二人。
     勝っても負けても、トンネルの先でお互い笑ってんだろうな。
     そんな気がする御伽だった。
    「特訓なのかも知れないけど……何で今年の合宿は移動が多いんだろう? 資金面の節約とかかな?」
     ひとり言をつぶやく法子を、小次郎は後ろからなだめた。
    「移動費節約か。まあ仮面の言葉を借りれば『よくあること』だよ」
     そう言うと、小次郎はスピードを上げた。
     前を走る法子を追い越した時、振り返って挑発するかのようにニヤッと笑った。
    「待ってよ、軍師!」
     先を走る小次郎を、法子は急いで追いかけた。
     二人乗りの自転車を漕ぎながら、殊亜は叫んだ。
    「紫さん何とかして! もう俺の体力は限界だー。愛を……」
    「ふふふ、秘密兵器の出番ね!」
     紫は後ろからドーナツとドリンクを手渡す。
     しばらくして前後を入れ替わったが、紫もそろそろ限界だった。
    「殊亜くん、私にも愛を……」
    「紫さん可愛いよ! 愛してる!」
    「嬉しい……嬉しいけど、耳元で言わないでー!」
     身を乗り出して耳元で囁かれる愛の言葉に、紫は耳まで真っ赤になった。
     一人駆け抜ける咲楽は、ギリギリでカーブを攻めた。
     だがブレーキが壊れたのかスピードが緩まない。
     地面に投げ出された咲楽の脳裏に、走馬灯のように恋人の朔羅の笑顔が浮かぶ。
     まだ死ねない! 咲楽は何とか起き上がると、壊れた自転車を押して歩き始めた。
     翔とレイは歴史談義に花を咲かせていた。
    「関ヶ原かぁ。石田三成と徳川家康が戦った場所だね!」
    「なあ、翔。古の武将に倣って俺達も勝負しないか?」
     レイの提案に、翔は大きく頷いた。
    「大阪まで勝負? いいよ、乗った!」
    「ここから勝負だ! 負けたほうが大阪でお好み焼きを奢ることに決めたからな!」 
     レイはそう言い残すと、フライングで駆け出した。
    「ずるいよ、レイ先輩! ズルした方が負けなんだからねー!」
     遠ざかっていく背中を、翔は慌てて追いかけた。
     クラブメンバーと一緒に関が原を走りながら、明はふと気になったことを訊ねた。
    「水軌、随分と真剣なようだが、何か理由があるのか?」
    「え? そ、それはほら風を感じたくて」
     織玻は目を泳がせながら答えた。ダイエットのため、とは絶対に言えない。
    「蓮司先輩、今年は自転車の妖精が見えるかも!」
    「……あの、織玻さん、自転車の妖精なんていないっすからね。そんなん見えたらヤバいから」
     織玻の言葉に去年の合宿を思い出した蓮司は、棒のような足に天を仰いだ。
    「相変わらずえげつねー学校行事」
    「この山岳地帯を超えればあと一割。もうひと踏ん張りだぞ!」
    「え、あと50kmもあるの? 思った以上に長かったぞう……!」
     明の励ましに、春姫は思わずうなだれたが、すぐに顔を上げた。
    「こうやってみんなで楽しく走ってたら、きっとあっという間だもん」
    「そうですわ。一人なら辛くても、皆さんと一緒なら走破できますわ」
     隼世は懸命にペダルを漕ぎながら、みんなを元気づけるように言った。
    「サイクリングも、良いものですものね」
    「風を感じながら走るって気持ちいいもんねー♪」
     隼世の言葉に明るく同意したオリキアは、パッと手を上げた。
    「じゃじゃーん! 実はボクみんなの分の今川焼きを持ってきているのですっ!」
     ゴールまで行ったらみんなで一緒に食べようねー♪ という声に、全員疲れも吹き飛ぶのだった。
     四人乗りの自転車に三人で乗った自転車が、駆け抜けていった。
     舵取りするのはナノナノのオレンジさんだ。
    「オレンジさん、皆を安全に且つギリギリのところで舵をとるの……」
    「ナノッ!」
     乙葉の後ろで頑張ってペダルを漕いでいた優希は、ギリギリのコーナーリングに悲鳴を上げた。
    「くっ、こうなったらうちも腹決めるわ! 全力で漕いだるからな! 行け、オレンジさん!」
    「ナノッ!」
     全力で漕ぎ始めた乙葉に、全力で応えるオレンジさん。
     スリル満点な自転車の最後尾で、結葉は適度に休みながら漕ぐことに集中していた。
     四人乗り自転車に並走していた哲暁は、休みがちな結葉に檄を飛ばした。
    「ほら部長! 足止まってるよ! 漕いで漕いで!」
    「インドア派なので体力がないのだよ、うん」
     そう言いながらも、部長の威厳からか真面目に漕ぎ始める。
     一般の自動車からの視線に、哲暁はため息をついた。
    「……俺達、どう思われてるんだろうな」
     哲暁は頭を一つ振ると、四人乗り自転車を追いかけた。
     アップダウンが激しい関ヶ原は、箱根とはまた違った難関だった。
    「ハアッ……ハアッ……2人とも、大丈夫か……これは、きついなあ……」
     先頭を走る宵帝は、汗まみれで立ち漕ぎしながら二人を上まで引いて行く。
     一山越えて、また一山。宵帝はさすがに、流に声を掛けた。
    「悪い、流、頼む」
    「おう、任せろ……! あー! 風が気持ちいいぜ! なあ!」
     流は顔に当たる風を感じながら、率先して声を上げた。
     流の声に、自然と二人の気持ちも上がる。
     やがて平坦な道に出た時、先頭は狼花が引き受け、ペース考えながら皆を引っ張って行く。
    「自転車を漕ぐ俺たちは……The野生児!!」
     突然見当違いなことを言い出した狼花に、全員からツッコミが入ったのだった。
     カーブが多い山間の高速道路を、自転車の一団が爆走していく。
    「みんな! 遅れるんじゃないわよ!!」
     まぐろが飛ばす檄に、仲次郎はのほほんとした声を上げた。
    「やー、まぐろさんの檄は聞いてて気持ちがいいですねー」
    「あーる、スピードが落ちてるわよ!! もっと速く!!」
    「ってまぐろさーん、これ以上スピード上げるのは無理ですー」
     まぐろの檄が仲次郎に飛ぶ。泣言を言いながらも、仲次郎は必死に愛車を漕いだ。
     そんな二人の背後に、武流とメイニーヒルトが肉迫していた。
    「メイニー、振り落とされない様にしっかりつかまってろよ!」
    「うん! 武流、一緒に勝とう」
     武流の声に、メイニーヒルトは武流の背中をぎゅっとする。
     顔を見なくても、武流の顔が真っ赤になっているのが分かる。
     二人は息のぴったり合った操縦で駆けていった。
     その後ろを、あるなが必死についていく。
     カーブでバランスを取る度に、ちょっと大きなお尻が揺れている。
     あるなは、後ろの三人が撮影しているのを思い出して、恥ずかしそうに叫んだ。
    「ちょ、やだ! あんまり見ないでよねー!」
     叫ぶあるなの後ろで、遥は写真を撮っていた。
     どんどん引き離される自転車に、遥は感心したように言った。
    「ほんと、部長たちは元気が有り余ってるなぁ」
     そう言う遥も、後ろに静香を乗せた二人乗り走行なのだから、なかなかの体力だ。
    「ひとりだけ楽して、なんだかわるい気もします」
    「俺なら大丈夫だよ、姫様」
     申し訳なさそうに言う静香に、遥は笑顔を返した。
    「大阪の宿に着いたら、温泉でも入って労おうかのぅ……」
     ギリギリ皆に引き離されない程度のスピードで走っていたイルルは、頑張る遥を労った。
    「じゃ、おんせんで遥さんのおせなか流します♪」
    「おお。静香殿も、遥殿に乗せてもらった礼はせんとな♪」
    「温泉か…それを楽しみにもうひとがん張りするかな」
     二人の労いに期待しつつ、遥はペダルを踏み締めた。
    「暑い。なんでこうなった。なぜ俺はここを選択した。一日なんて期間が短いんじゃごらー!」
     一人用の自転車でもキツイ! しかも怖ーよ! 学園の鬼!
    「だーくそ!」
     迫り来る自動車を躱しながら、アトシュは全力で漕いでいだ。
    「ひゃっはー! 自動車なんか目じゃないぜ!」
     自転車の耐久性能を顧みず、利戈は下り坂を駆け下りた。
     ふいに異音と共に宙を舞う視界。
     利戈は、猫のようにしなやかに着地するが、自転車は大破し跡形もない。
    「あー……こっからどうしよ」
     利戈は途方に暮れて路上に佇んだ。
     甲冑を着た美少女が自転車で走っている。
     そんな都市伝説に出てきそうな姿で、莉那は走っていた。
     関ヶ原にちなんでの格好だが、暑い上に重過ぎてストレス満タンだ。
    「そこ、気合が足りないぞ!」
     莉那は腹いせのように、前を走る部員たちにBB弾をお見舞いした。
    「走行中に攻撃なんてヒドイのですよ~っ」
     美咲は涙目になりながらも、攻撃を回避した。
     回避に気を取られ、スピードが落ちて遅れそうになる。
     そんな美咲に、龍人は手を差し伸べた。
    「漕げるか? 辛かったら掴まってていいぞ」
    「ありがとうございます!」
     龍人は美咲を牽きながら、関ヶ原の坂道を登っていった。
     そんな二人を横目に、来留は持参したスポーツドリンクを飲みながらマイペースで走っていく。
    「やるからにゃ区間賞を目指す!」
     熱く拳を握り締めながら、水面はひたすらペダルを漕いでいた。
     下り坂に差し掛かったら、身体に水を振りかけて、惰性で下るのと同時に気化熱を増やすことで体力の回復を図る。
     水面と交代して、ナイが先頭に立った。
    「皆さん、ここが最大の難所です。頑張りましょう」
     体力は無尽蔵にあると自負するナイは、続く上り坂も難なく登っていく。
     ペットボトルのお茶を飲みながら、皆を励まして進むのだった。
    「そこ、気合が足りないぞ!」
     腹いせのように飛んでくる莉那の攻撃に、瑠流は注意を呼びかけた。
    「ルールをまもって! バクハツシサン! だぞ!」
     瑠流はペダルに足が届かないため、海飛の後ろに乗っていた。
     その声に、知信は必死で逃げた。死ぬ気で逃げた。
     急にペースを上げたからか、続く上り坂にペースが落ちる。
     そんな知信の耳に、好きな特撮ヒーロー物の主題歌が流れてきた。
     朱音が歌を歌って元気づけてくれたのだ。
     知信もまた、主題歌を歌う。二人の歌声が、高速道路に元気に流れていった。
     朱音が事前に整備した自転車は順調。もし何かあっても、サポートは万全。
    「おらバテたか? 気合い入れて回せぇ!」
     誠は知信と並走すると、力強く元気づけた。
     テンションが上がったのか、そのまま加速して先頭に立つ。
    「ハッハー! よっしゃ全員ついてこいやぁ!」
    「ヒャッハー! しっかり掴まってろ森ノ宮ー!」
     誠に触発されたのか、海飛もまたスピードを上げた。
     瑠流と二人乗りの自転車で、海飛が一人で漕いでいる。
     誰かの後ろにいた方が風の抵抗が無くていいのだが、そんなのは気にしない。
    「なぜなら風を感じていたいからー!」
     もはや競走となった二人を、知信と朱音は必死に追いかけた。
     二人乗りの自転車で、ナハトムジークと芽生は走っていた。
    「ナハトさんナハトさん、疲れたでしょうし、そろそろ交代するですよ?」
     芽生がナハトムジークの背中をぺちぺちと叩いて合図する。その手の柔らかさに、変なプライドが暴走した。
    「今だ、私は風になる!!」
     持てるスタミナも技術も全てを使い、難所を全力で漕ぎきるナハトムジーク。
     芽生が酔うのも構わず駆け抜けた彼は、真っ白に燃え尽きて芽生と交代するのだった。
    「さぁ~て、天下分け目の関ヶ原。勝つのは俺達自転車同好会!」
     慧樹の掛け声に団結した自転車同好会のメンバーは、難所・関ヶ原を攻めていった。
     一列棒状の隊列で先頭交代しつつ走行し、最小限の停止休憩の時にはアイシングスプレーをみんなで回して体力回復を図る。
     烏芥は隊列の中で、ふと顔を上げた。
     地獄の筈なのに、顔に当たる風が気持ちいい。
    「……大丈夫、もう少し!」
     今なら皆と一緒にどこまでも走っていけそうな気がする。烏芥は励ましの言葉で皆と己の背を押した。
    「次仕掛けるぜ、皆振り落とされんなよ!」
     日方は関ヶ原最大の下り坂を前に、全員に檄を飛ばした。
     下りの勢い利用し一気に加速、登坂。先頭牽いて集団を絞り込む。
    「オッケー、抑えは任せろ」
     日方のアタックに合わせて、兼弘も横にずれて他を牽制し、そのまま最後尾へ合流。
     全員一丸となって進む自転車同好会は、関ヶ原の難所を抜け、そのままの勢いでゴールへ向かうのだった。

    ●連続JC~京都
    「こちらが大山崎JC~。俗に言う道路迷路なのよ~」
     JCが連続する道路に、和の柔らかい声が響いた。
    「っく、負けてられんな……。体力ごとだけでも貢献せねば!」
     道案内をする和に、美琴は拳を握り締めた。
    「ふふ、和ったら。ガイドさんするのは良いけれど、後でちゃんと漕いでね?」
    「はゎゎ、でも体力がないからすぐに疲れちゃう~」
     時生の言葉に、和は肩を竦めた。
    「漕ぐのは平気やで。別に疲れとらんし」
    「修平は全然疲れが見えないわね……」
     平然とした修平に、時生は尊敬の眼差しを向けた。
     分岐の多さに、美琴は困惑したように呟いた。
    「うむ……どうしてこんなに別れてるんだ?」
    「あ、分かれ道や多分こっちやろ」
    「へ? 修平先輩、それって適当ですか? ふ、不安なのよぉ」
     適当な方へ進む修平に、最後尾でガイドしていた和は不安そうに周囲を見渡した。
     進むことしばし。勘で進んだ道は正しかったようで、一行は難所を抜けたのだった。
    「……水瀬とセレスティアは、ちゃんとついてきてるか?」
     連続JC前で夜トは、定期的に後ろを振り返りながら呟いた。
     どうしたらほぼ一本道で道に迷うことができるのか。夜トはほとほとよくわからなかった。
     方向音痴最大の難所・連続JCに、ゆまは思わず目眩を覚えた。
    「道が前後左右上下と、何なんでしょう、この道だらけの世界!」
     それでも先行する夜トについていこうと必死だが、ふらふらと車に吸い寄せられる。
    「後ろからトラックです。もっと左に寄ってください!」
     薫はゆまに声を掛ける。何とか接触は回避できたが、今度はセレスティが道を左へ逸れそうになる。
    「でもそこは直進ですよー!」
    「ふぇ!? ここは直進みたいですよ!」
     セレスティは、間一髪で本道へ戻る。
     方向音痴さえ無ければ、皆のフォローができるのに。少し悔しい思いをするセレスティに、沙月は声を掛けた。
    「セレスティさん。皆さんも、少し休憩しましょう!」
     沙月は安全な場所で自転車を止めると、氷砂糖を配った。
     自分も一つ口に含む。加工されていない鮮烈な甘さが口に広がり、疲れた体を癒してくれるようだった。
     ここを抜ければ、あと一息。一行は再び走り出した。
     東海道を自転車で走る計画に、幸太郎は思わず怒りを覚えた。
    「時速百キロで走って受ける風の重さ考えたことあんのか! ひ弱な皆守君がダウンしたら化けて出てやる!」
     腹立たしげに自転車を漕ぎながらも、琵琶湖を望むSAでグルメタイムに心躍らせるのだった。
    「美味しそうなのいっぱいだー!」
     才葉は朱那に貰ったコロッケをほくほく頬張り、近江牛の串焼きやラーメンに目移りしている。が。
     ここはやはり、ブラックバスバーガーだろう。
    「琵琶湖バックに写真撮ろうよ!」
     そう提案した朱那はコロッケを手に、幸太郎と才葉の間で笑顔を浮かべた。
     ご当地グルメを手に記念撮影した三人は、お土産の生八つ橋を手に再び走り出したのだった。
     佐奈はマウンテンバイクに乗り、大きなリュックを背負って走っていた。
     補給もマメに走ってきたが、そろそろ体力の限界だ。
    「……し…死ぬ……足が……」
     それでも、ゴールに向けて走り抜けるのだった。
    「俺の全力魅せてやらァ!!」
     十年物のママチャリは崩壊。飛ばされる勇飛。10tトレーラーが通りかかるまでがお約束。
    「こ、今年の10tトレーラーは……強かった……ぬわー」
     山道に勇飛の叫びが谺するのだった。
     京都付近は、大渋滞を起こしていた。
    「『ズガガガガッッッッ!!!!』『ちゅどどどおぉぉ~~~んんん!!!!』」
    「『邪魔な車はガトリングガンで一掃。爆炎の中を突き進む影。奴らを止められる者は誰もいない』」
    「「GW映画、ただいま絶賛嘘上映中!!」」
     びしっとポーズを決めた火華流と星流の兄妹は、完璧に渋滞に巻き込まれていた。
     側道も通れない状況で、二人は想像の映画談義に花を咲かせるのだった。
     
    ●栄光のゴール! そして……
    「速度狂の名に恥じない走りっぷりを見せてやるぜ!!」
     一声吠えたクーガーは、ゴール目前で全力全開で走っていた。
    「オレの前は! 誰にも走らせねえ!!」
     クーガーに並走するように、明が追い上げた。
    「生温い日常を捨て、勝つ為に己を限界まで酷使し、使い潰す程の意思でただ風となり駆け抜けることこそ至上と知れ!」
     追いつき。追い上げ。追い越し。追い抜き。
     両者一歩も引かないまま、ゴールテープは無情に切られた。
     ゴールに到着した蘭花は、全力を出し切って倒れている皆を尻目に、食べ歩きへと出発した。
    「まずタコ焼き、お好み焼きを食して、それから……」
     観光気分で歩く蘭花は、疲れた様子さえ見せない。
     底知れぬ体力であった。
     小太郎は、最初から一位を狙っていた。
     そのための装備も大充実。観光? ブレーキ? ゴールを完全に超えてから考える。
     ひたすらに全力全開、持てる力を出し切って走るのだった。
     ライラは、ここまで堪能した甘味を思い出した。
     わらび餅。生どら焼き。ヤギアイス。様々なジュース。八つ橋。
     今は大阪に眠る甘味を堪能することしか頭にない。
    「大阪の甘味、食べ尽してあげる」
     ライラはラストスパートを敢行した。
     柚琉と彩香は、適度に会話しながらゆっくり走ってきた。
    「……ゴールが近い、ね」
    「そうだね」
     二人の間に走る緊張感。先に仕掛けたのは柚琉だった。
    「アヤに負けてなるものかー!!」
    「ユズ君なんかに負けませんよーっ♪」
     ゴール付近で全力疾走。二人はゴールへ飛び込んだ。
    「ぷっはー! 楽しかった!!」
    「勝ち負けはともかく、アヤ、お疲れ様」
    「お疲れさまでしたーっと♪」
     柚琉と彩香は、健闘を称えてペットボトルで乾杯するのだった。
     ナノナノ着ぐるみと『馬鹿一筋』と書かれたマントを身に纏い、ママチャリで参加する男・ファニー。
     犬の着ぐるみと『寺子屋番長』と書かれたマントを翻し、競技用の自転車に乗る男・達郎。
     そう。彼らこそ。
     着ぐるみ野郎Aチームだ!
    「この地獄合宿を着ぐるみを着て生き抜く、愛すべき馬鹿野郎どもの事だぁああ!」
    「どけどけてめぇらぁ! 邪魔する奴は轢いてでも押し通るのみぃ!」
     着ぐるみのまま爆走し、着ぐるみのままゴールするのだった。
     ガチ競技用の自転車用意しておいてガチで走る榛は、無事ゴールした。
     一位狙いではあるものの、一位ではない。
    「さてと、ゴールしたはええがどのぐらいの順位やろか。まぁ何位でもええか」
     榛は余裕で自転車を降りるのだった。

     そうして多くの生徒がゴールする中日没を迎え、やがて真っ暗になった中を最後の生徒が無事にゴールし、今日の地獄合宿は幕を下ろした。
     が。
     自転車の次は遠泳が待っている。
     束の間の休息に、生徒たちはまどろむのであった。

    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月12日
    難度:簡単
    参加:160人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 27
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ