夕陽の中で、舞う黒

    作者:叶エイジャ

     真っ二つに斬られた太陽は、血のように赤かった。
     影色の鴉が飛んでいた。ちょうど日が、街並みの向こうに没しようとする頃合い。一直線に空を駆けたのはどす黒い斬撃で、それを為した刀はただただ暗く、闇色に澱んでいる。
    「この程度だと、物足りないぜ」
     ビルの屋上。刀を手に殺気を放つのは、六六六人衆の少女。その足元へと幾羽もの鴉が舞い降り、影へと戻っていく。
     倒れているのも六六六人衆。こちらは男。既に息はない。
     死闘を演じた相手から、少女は夕焼け空に視線を移し、赤い目を細めた。
    「やっぱ手っ取り早く衝動を満たすなら大量虐殺――」
     そこでふと不快な表情をし、言葉を切る。
    「ま、派手に動いたら面倒な連中もいる……当分『俺』は序列奪いに専念してやるぜ?」
     誰かに語りかける口調でそう告げ、少女は新たな獲物を探して消えていく。
    「つっても、連中に会ったら面白いこともできるし――『私』も貴様を消すチャンスだ」
     耳元の装飾へと放った言葉は、夕刻の風に紛れていった。

     表情は、変わらなく快活。闇の身の、狡猾な策略。
     正体は、レイシーという少女の肉体を奪ったダークネス。
     瞳と同じ血色のリボンが、変色した髪と黒衣に映えた。
     はためくコートは、裾を鴉の羽へと変じさせ、黒翼の堕天使にも見える。
     手に握る、闇染めの愛刀。欲するは、序列と絶望。
     だがイヤリングの青は、まだ澄んでいた。

    「ダークネスを捕捉した。おそらく先日、六六六人衆との戦いで闇堕ちした、レイシー・アーベントロート(宵闇鴉・d05861)で間違いない」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)の表情は厳しい。件の闇堕ちゲームはヤマトが予知したものでもある。彼なりに思う所もあるのだろう。
    「六六六人衆であるダークネス人格は、まだ大量虐殺などはしていない。どころか、一般人への危害は現状、ほぼないだろうな」
     灼滅者たちにとって、それは仲間が凶行を犯していない朗報で、同時に疑問だった。殺人衝動に抗わない六六六人衆が、なぜ。
    「それはこのダークネスの性格と目的のせいだ。相手を絶望させてから殺すことが好きで、そのためなら多少の手間を惜しまないし、衝動も抑える」
     嘘で塗り固め、積み重ねた希望を、最後の裏切りで一気に突き崩す。達成した時のカタルシスが何よりの喜びだという。
    「問題は、そのために一般人に危害を加えれば、いずれ予知されるのを知ってることだ。このダークネス人格は、いずれお前たちと出会った時のための準備をしているんだ」
     目的は堕ちるきっかけになった六六六人衆を殺し、やがては更なる上位序列を得ること。
     だが、そのためには武蔵坂の灼滅者がネック。仮に予知され、邪魔されては支障が出る。
    「だから、今回お前たちと出会えばこう言うだろう。『学園の敵しか殺さないから、見逃せ』ってな」
     その証拠に、まだ六六六人衆しか殺してないぜ、と――
     強い相手は自分が殺せば、灼滅者も危険な目に遭わず互いに得という主張だ。
    「ダークネスが狙っているのはお前たちとの交渉だ。こっちの予知を知ってるだけに不用意な言動はしないし、事実、提案自体は双方有利に聞こえるだろう。お前たちがその要求をのめば、当面は守るつもりでもある」
     当面はな、とヤマトは続けた。
    「実際、お前たちに目的を邪魔されるのが嫌っていうのもあるが……一般人を殺そうとしないのは、レイシーの魂が反発して不快になるからだ」
     現在、元人格は魂の状態で耐え続けている。だが、ここで見逃せばそのあとも存在していられるかなど、分からない。
     そして魂の反発がなくなった六六六人衆が約束を守り続けてる保証も、また。
    「断言する。この機会でしか、もう助けることはできない。完全に闇堕ちする」
     ヤマトが強く息を吐いた。
    「最初にこんな説明をしたのは、奴の提案の返答が、説得に重要になってくるからだ」
     先に話した性格からして、このダークネスは狡猾な戦法をとる。普段から元人格の口調や表情の作り方・言動を真似て利用してくる上、
    「提案の中身に、レイシー自身の願望をも巧みに取り込んでいるんだ。真っ向から提案を信用できないと切り捨てれば……」
     レイシー自身の魂をも弱らせてしまい、説得がやや難しくなる。それがダークネスの狙いだ。むしろそうなるよう会話を誘導する節すらある。
     だが逆に、その事に気を付けて説得すればダークネスの目論見は防げる。
    「そして、たとえ対策をしようと、いつ予知されるかまでは把握できない」
     戦闘場所はビルの屋上で、かなり広い。加えてダークネスは他の六六六人衆と戦闘したすぐ後だ。状況の有利は灼滅者側にある。
    「一般人を巻き込んだら交渉に不利、というダークネスの考えからか、人気は少ない地域だ。が、周囲の建物には、まだそれなりに人がいる。交渉の不成立を悟れば、ダークネスはもう人命を気にしない。対策は考えておいてくれ」
    「それなら俺にもできそうやな。協力してくれる人も探してみる」
     大橋・定時(高校生ご当地ヒーロー・dn0193)の声にヤマトは頷く。
    「外見はさっき言った通りだ。いくら元の姿に近い部分が多くても結局はダークネス。迷っていたら致命的な隙ができる」
     救出が無理なら、灼滅せざるを得ない。助けられる機会は、これが最後なのだから。
    「だが、お前たちなら――いや、言うまでもないな」
     学園で同じ日常を歩む灼滅者だからこそ、分かること、できること、弁えていることがある。
    「任せたぜ」
     短い言葉に乗った信頼が、出向く者たちの背を押した。


    参加者
    東当・悟(の身長はプラス十センチ・d00662)
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    東谷・円(ミスティルプリズナー・d02468)
    小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)
    一・威司(鉛時雨・d08891)
    蘚須田・結唯(祝詞の詠い手・d10773)
    ギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153)
    天地・玲仁(哀歌奏でし・d13424)

    ■リプレイ


     赤、黄、オレンジ。日が街を暮れ染めながら、輝きを失っていく。屋上に吹く風も赤熱を帯びていた。ビルの屋上で佇む彼女はしかし、纏う気配は黒。染まらぬ黒。なびく翼衣も黒。変わらぬ黒。まるで大きな鴉のようだった。
     レイシー・アーベントロート――その姿をしたダークネスが、自らへと言葉を放つ。
    「私も、貴様を消すチャンスだ」
    「その『私』って、誰のこと?」
     風にのって聞こえた声に、彼女は視線を夕陽から背後へ。声の主であるギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153)を、そして他の灼滅者たちの姿を捉え、ダークネスは嘆息した。
    「もう見つかったか……思ったより早すぎるぜ?」
    「こっちからすれば『やっと』だ」
     一・威司(鉛時雨・d08891)は鋭い眼光で応じた。威司は、レイシーが部長を務める剣術道場に所属している。親しい者にとって失踪が短いか否かなど、意味はない。
    「よう、部長」
    「お、悟も来てくれたのか」
     東当・悟(の身長はプラス十センチ・d00662)の声に、ニッと笑って返す彼女。声音は聞き慣れたもので、六六六人衆としての気配も、異常なほど抑えられている。
    「ところで、どこまで予知した? 俺の言い分、知ってるなら答えを聞かせて欲しいしな」
    「学園の敵だけを倒す――か。止まらんの、変わらんな」
     相手の挙動に注視しつつ、悟は続ける。
    「覚えてるか、羅刹佰鬼陣のこと。救助した仲間や突撃続けた地区、覚えとるか?」
     静かに、しかし斬りつけるような問い。それに彼女は一瞬、虚を突かれたように目を丸くした。ついで肩を震わせ、やがて笑声を出す。
    「ここでそう言うって、発想が面白いぜ」
    「秋に行った廃校の事は!」
    「『闇雲につっこむな、放っといたらどこ行くか解らんからなー』か――気負って突っ走るなってのが、俺の提案への答えなわけか?」
     気炎を吐いた悟に、彼女は皆がよく知る顔で苦笑する。
    「分かっちゃいないな。これは取引だぜ。今の俺なら数学程度は楽勝だし、同じくらい簡単に虐殺も、単独でダークネスの撃破もできる。それを、お前たちに利する代わりに放っておいてくれって話だ。虐殺はしない……俺は約束は守るぜ? もし信用できないってなら――」
    「そちらの言い分についてだが」
     主導権を取ろうとするダークネスに、天地・玲仁(哀歌奏でし・d13424)は被せるように声を大きくした。結論へと急がれては意味がない。
     六六六人衆が目的の為に打ち出してきた提案。その対応を慎重に行わねば説得が、更にすぐ戦闘に入っては一般人の避難が、難しくなる。両方上手く運ぶには、しばし時が必要だ。
    「その提案、受け入れれば本当に一般人に手を出さないのだな? 共闘関係のダークネス組織は確かにあるが……お前は辛くないのか?」
    「あなた一人で出来るのですか? 私たちがその要求を簡単にのむほど、力不足だと?」
     蘚須田・結唯(祝詞の詠い手・d10773)が問いを畳み掛け、すぐには答えられぬよう問題を複雑にしていく。ギュスターヴも続けた。
    「それにどこの誰が敵か、学園から離れたらあなたは知ることができるの?」
    「質問が多いぜ。大体、敵を全部引き受けるってわけじゃない。灼滅しづらく、少人数だと危険な敵に――」
     そこまで言いかけて、ダークネスが不意に口をつぐんだ。浮かべていた微笑が消え、目を細めて灼滅者を、ついで周囲の建物や雑踏へと視線を走らせる。
     声の質が、その一瞬だけ変わった。
    「……なるほどな。迂遠だと思ったら、こちらの意図まで予知されてたのか」
     空間に這い出してきたのは殺意だった。レイシーはかつて、闇堕ち者の救出をしたこともある。灼滅者たちが予知に従い、効果的に動く事もまた『識って』いた。
    「大抵すぐ戦闘に入るよな、救出の為に。俺の交渉を知りつつ肯定も否定もしないのは、それが望ましいのと、あとは時間稼ぎ……一般人か? 真っ向否定してすぐ勝負に来ない時点で、やっぱおかしいよな」
     予知を知る者相手に、アドバンテージは少ない。どのような予知の元動いているか、敵は普段の付き合いから読んできた。会話が無意味と知ったダークネスが戦闘態勢に入る。
     それでもレイシーの魂を弱めることなく、完了までとはいかずとも退避の時間は刻めた。天秤は危うさを孕みながらも、灼滅者側に傾いている。若宮・想希(希望を想う・d01722)はダークネスを囲うように動いた。
    「学園の敵だけ……悪い話ではなかったんですよ。でもやりたいのなら灼滅者のレイシーさんが為すべきで、あなたがするべきことじゃない」
    「そう、貴女である必然性はない。代わりは誰かができる」
     小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)が、頷いた。
    「でもレイシーちゃんの代わりはいない。私が提示できるのは、灼滅しないであげるからレイシーちゃんの中で大人しくしておけ――それだけです」
    「衝動、満たしたかったンだろ?」
     東谷・円(ミスティルプリズナー・d02468)は弓を取り出した。あとは戦いだ。一般人の避難は大橋・定時(高校生ご当地ヒーロー・dn0193)や、駆けつけてくれた仲間に託すしかない。
    「まず目の前の俺らを倒してみれば? できるんならな」
     その言葉にダークネスは、肩をすくめて笑みを零した。
    「せっかく譲歩してやったのによ……交渉は不成立か」
     直後、闇の気配が膨れ上がる。
    「覚悟はいいな?」

     風に黒が混じった。
     戦域を覆う殺気。ダークネスから放出されたそれは、灼滅者たちの全身を打つ。
    「覚悟するのは、そっちですよ」
     黄金瞳に強い意志を宿し、優雨の身からも鏖殺領域が風となって吹き荒れた。ぶつかる風は殺意を宿し、互いをむさぼり合う。無形の刃が飛び交うその場所を、威司の激しい旋律が彩った。
    「犠牲の上で成り立つメリットより、共にデメリットに立ち向かう。故に交渉など最初から決裂だ」
     かき鳴らされるギターの響きに、赤目のレイシーが顔を歪めた。すかさず悟が駆ける。
    「たまに救われる姫役になったらて言うたけど――やっぱ似合わんな」
    「そりゃひどくないか? 悲しいぜ」
     悟の放つ螺旋の突きを、ダークネスが抜刀し軽く払う。大きな動きは力が乗るが、軌道も読みやすい。悟が槍を構え直した頃には、その心臓へと闇色の刃が突き出されている。間近に迫る死刃に、しかし悟は身体を反転。直後、想希の槍が螺旋を紡いで突き出された。大振りの影に隠れていた一撃に、ダークネスが目を見開く。
     槍は黒衣を穿ち、鮮血を散らした。
    「あなたがそちら側にいると、正直俺も寝覚めが悪い。悟と、必ず連れて帰る」
    「そうや、俺らが強いとこ見せたるから逃げんなや!」
     直後撃たれた悟の槍が、刀とぶつかり擦過音と火花を散らした。連撃に舌打ちしたダークネスが、返す刃で一閃。刀身に波濤のような闇が生まれ、二人を襲う。
    「咎人に、永久の安らぎを……」
     その斬撃に結唯が立ちはだかり、力を解き放った。手にした破邪の聖剣が光を纏う。放つ横薙ぎは斬撃を受け止め、黒と白の爆光は互いを大きく弾いた。
    「よう結唯。殲術病院以来か?」
    「レイシーさん……!」
     開いた間合いが、瞬時に踏み消された。交差する二撃目は大気を震わせ、衝撃は武器越しに結唯の全身を襲う。白き斬撃を、紫黒の刀は更なる威力で押し返してくる。
    「その程度か? ここからだぜっ!」
     刀の速度が上がった。凶雷の如き不吉な音を乗せ、雲耀の剣が立て続けに放たれる。一合ごとに最高速度と威力が塗り替わり、受ける結唯の顔が苦痛を刻んだ。
    「憎いんだよな、六六六人衆が。そんなんじゃ俺を殺せないぜ?」
    「殺すんじゃねぇ、助けンだよ」
     ギュスターヴが荒々しい声とともに、バベルブレイカーを撃ち込んだ。背後からの攻撃に、敵手は結唯を力任せに突き飛ばし、旋回。高速で回転する尖端を刀身が受け止め、火花を吐き出す。ギュスターヴは守勢の不備を見抜き、力任せに押し進んだ。刃に逸らされながらも、杭打ち機は着実に迫る。巻き込まれた黒衣の羽根が千切れて宙を舞った。
    「ダークネスのレイシーさんとは初めましてか。ギュスターヴ・ベルトラン。ヨロシクな!」
    「ハッ。なかなか刺激的な挨拶、だな!」
     ダークネスが傲然と言い放った時には、その足元から立ち上った影がギュスターヴの足を襲っている。絡め取り飲み込まんとする影に反応しかわすも、気を取られた一瞬の隙をついて、闇の剣士はギュスターヴから離れていた。
    「すっかり囲まれちまったな。ま、逃げられない分燃えるぜ」
     逃走を許さぬ灼滅者たちの立ち回りに、剣士は笑う。
    「――なんてな」
     突如地を蹴ったときには、ダークネスは近くの建物へ向け、宙を舞っていた。
    「救出も灼滅もごめんだ。利用できるもんは使うぜ」
     それは一般人狙いと、逃走を示唆していた。追いかける灼滅者たちを嘲笑う様にビルから身をひるがえし――ダークネスの笑いが消える。
     出迎えたのは、灼滅者の集団だった。

     ビルと隣の建物の高低差は十メートルほど。
     落ちるまでの僅かな時間に、ダークネスは一般人が誘導されるのを見た。セイヴィーアの杖が揺れ、クラスメイトの捨六が、定時や颯音、アレンとともに、人々の中へと消えていくのを見た。
     そして目前に迫った理利のナイフを、刀で弾く。建物の屋上には、アルベルティーヌを始めとする灼滅者たちがいた。
    「先輩が堕ちた一因は俺にもある。だが闇に沈めば、なにも叶わなくなります!」
    「貴女がいなければ状況はもっと酷かった。絶対に連れ帰ります」
    「黙れ!」
     戻れる強さを信じて声をかける二人に、ダークネスは不快気に吠えた。放った斬撃は、しかし届く寸前、砌が光り輝く橙色の障壁で受け止めた。
    「アルビィさん!」
    「感謝します」
     投じられた光輪は刃と噛みあい火花を散らす。それに続く影の糸に、ダークネスはビルへの撤退を余儀なくされた。影を放った有無を赤い目が睨む。
    「お前は?」
    「闇堕ちに関心の高い一青年さ」
     右の吊目で笑った有無が闇一重を放ち、退路を限定していく。伸びる影を踏み台にして、篠介が跳んだ。ヘッドフォンが揺れる。
    「ようアーベントロート。駄弁った程度じゃが、人殺しにはさせん!」
     炸裂する杭打ち機。反撃に転じようとしたダークネスに、翼が猛虎の如き拳と影を放つ。
    「袖擦り合うも多生の縁。依頼で一緒になったよしみだぜ」
    「久しいわね。これだけ多くの人に慕われてることを自覚なさい」
     ガンナイフから銃火を生み、桐香が微苦笑する。拳と弾丸をその身に受けながら、ダークネスは元いたビルの壁面に剣を突き立て、さらに蹴りつけて屋上へ飛翔。箒に乗って追ってきた円が、持ち替えた十字剣に炎を宿らせる。
    「アンタとは二回も救出依頼で顔合わせてたな。今度はアンタ自身を助けるなんて、感慨深いぜ」
    「俺は無理だぜ?」
    「できるさ。決まってンだろ!」
     炎の剣と黒刀がぶつかり、ビルの側面に衝撃波の華が咲いた。騎乗の剣技の如く繰り出すレーヴァテインの刃は、しかし登攀しながら応じる刀を突破できぬ。一か八か踏み込むか迷った円を、闇堕ち者の蹴りが打ち据えた。
     箒から落ち、身体が重力に引かれ始めた円を、壁を駆け上がった七緒が受け止める。
    「円、避難はもう終わる。早く彼女を迎えに行ってあげて」
    「応!」
     投げ上げられた円が落ちてきた箒を掴み、上昇を再開。ダークネスはそれを待ち構える――ことはできなかった。
     すぐ下の窓から、壱と零治が身軽な動きで飛び出す。
    「先輩はいつも見守ってくれたり、助けてくれた。今度は俺たちの番だ!」
    「一時の強さより、俺たちは更に上を目指せるはずだ」
     縛霊撃と影縛り。動きを阻まれたダークネスを、円の突撃が屋上までかち上げた。
    「誰かを助けるのは良い事だ。でも今度はお前が頼る番だぜ。ここにいる皆にな!」
    「!」
     ダークネスは着地するも、今度ばかりはすぐに動けない。屋上には退避を終わらせた灼滅者たちが集まり、包囲を完成させつつある。
     闇堕ち者が次の手を考えるまで、それでも時間は数秒にも満たない。
     だがその間に、次の行動に入った者たちがいた。
     む、
     にゅ。
     身体を襲った衝撃に、赤い瞳が無言で右後方を向く。
     優雨の金の瞳が、涼しげに見返していた。
     むぅ、
     にゅっ。
     ダークネスが今度は左後方へ顔を巡らす。
     玲の青い瞳が「おぉ」という感じに煌めいている。
     彼女らの手は、ダークネスのブレストをイーグルキャッチ――いわゆるスキンシップをしていた。
    「……」
     屋上がその一瞬フローズン。
     一拍遅れて奔った刃を、優雨たちは難なくかわす。無言の問いに優雨が応えた。
    「堕ちたら、揉みに行く。約束通りですよ」
     手をイーグルにしたまま、玲と頷き合う。
    「レイシーちゃん、貴女を想い、貴女を呼ぶ人達が見えるでしょう。貴女が思ってる以上に、貴女は愛されてるんです」
    「もう罰ゲーム確定だからね。とりあえず早く帰ってきなよ!」
    「……」
     なんだろう。
     良い台詞なのに、イーグルが全部持ってった気がする。

    「ふざけるな!」
     いかに六六六人衆でも、戦闘支援を受けた灼滅者たちに囲まれては厳しい。だが、敵手は諦めない。
    「私が貴様らに負けることはない!」
    「やっぱり『私』がダークネス人格か」
     ギュスターヴの歌声が敵の脳を揺らす。本性を偽ってないということは――
    「余裕がないな?」
    「うるさい!」
     ダークネスが刀身に手を添えた。鍔元から切っ先までなぞった時には、どす黒い剣気が同じ軌跡を描き、奔騰している。
    「鳴け、闇の宵鴉」
     黒き死神が舞いあがった。
     その足元から分離した影の塊が、無数の鴉へと変じ飛び立ったのだ。視界を埋め尽くす黒は、魔女の絶叫のような音をこだまさせる。
     その黒き幕を越え、ダークネスの斬撃は死角から灼滅者たちを襲った。
    「しっかりしろ、あと少しだ」
     円が祝福の風を放ち、傷を癒していく。結唯が叫んだ。
    「もう言うまでもないでしょう。私たちは、貴女を待ってる方達は『レイシーさん』を強く求めている事を!」
    「貴女の強さを信じています。戻ってきてください」
    「つらさを背負い共に強くなれる友が、貴女にもいるはず」
     セレスティ、燐とともに放つ護り手の攻撃が、意志が、ダークネスの魂を弱めていく。
    「部長が! 戻るまで! 俺は斬る手を止めへん!」
     襲い来る殺意の鴉を斬り払い、怯まず進む悟に想希が続く。互いに死角を補い、背を預け、徐々に進んでいく。身体に刻まれる傷と同じくらい、想希は高揚感を感じている。一人では絶対得られぬ感覚。
    「挫けないで。自分を磨く好機に変えて。一人でできることは限られているけど、だからこそもっと強くなれるんだ!」
    「護り護られるだけやない、想い合う心で繋がって力合わせるから強いんや!」
     炎と紅蓮。二つの赤に鴉が消え、道が拓かれる。ダークネスが驚愕を露わにした。威司の妖冷弾がその身体を凍てつかせていく。
    「何もキミ一人が全てを背負い込む必要は無い。孤独な死闘の道ではなく仲間と共闘の道を歩む。そんな戦いをキミも望んでいるはずだ。戻ってこい、レイシー」
    「そう。先輩のことを想ってる人がいる限り、居場所はこっちだよ」
    「闇堕ちしたら一緒に騒いだり遊んだりできなくて、誰も嬉しくないよ?」
     サーニャと真琴の言葉に赤目のレイシーが顔を歪ませる。声も弱い。
    「うるさい、黙れ……」
    「強く在ろうとするのは結構。だが、何もかも一人で解決しようとするのは信頼されてないようで悲しい。お前が俺たちを守りたいように、俺もお前を守りたいのだ」
     玲仁の十字剣が黒き刀と激突。力も弱く反応も遅い。あと一息と、玲仁は渾身の一打を放つ。
    「それに、仲間が戻らない辛さはよく知ってるはずだろう! 道場もどうなる。あまり心配させるな――相棒!」
     受け止めた刀身をすり抜けて、神霊の刃がダークネスを吹き飛ばした。給水施設の壁に叩きつけられた彼女の身体が、力なく崩れる。
    「響華さん、ありがとう」
     目前に迫った刃。それを受け止め微笑むビハインドに礼を言い、玲仁はレイシーへと近づく。敵手はまだ立ち上がろうとしていた。
    「まだ、だ」
    「いや、俺たちの勝ちだ」
     その唇から、不屈と否定の声が同時に紡がれた。
    「あばよ、『私』」
     殺意が霧散し、黒き翼が消滅していく。リボンが解け、下りた髪から覗くのは青い目だ。
    「とりあえず」
     困ったように、レイシーは続けた。
    「ただいま、か?」

    「ああ、おかえ――」
    「にゃあああああああ!」
     玲仁の声は悲鳴にかき消された。猟犬よろしく優雨がレイシーの胸へ魔手を伸ばしている。結唯が苦笑し、円がため息をつく。
    「締まらねーなァ」
    「とりあえず、めでたしめでたし、だな」
     威司がその場から踵を返す。
    「声、掛けなくていいんですか?」
    「ああ――恩、返せたかな?」
     想希の問いに悟が目を向ける。
    「恩がなければ助けなかった?」
    「いんや……おおきに」
     笑う悟に、想希も続いて行く。
    「優雨、いい加減にしろ!」
    「闇堕ち前後で比較せねばならないので――任せてくれたまえ」
     悲鳴から続くレイシーの受難に、ギュスターヴは目を逸らす。
    「かくして災いは去りにけり、だね」
     確かなのは、狂気の鴉が消えたこと。
     それが一番、良い事だった。

    作者:叶エイジャ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 14/感動した 1/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 5
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