暗がりにご注意

    作者:奏蛍

    ●陰気な横道
     しっかりと鍵をかけられたのを確認した朱芽は息を吐いた。仕事でミスをしたせいで、帰りが遅れてしまった。
    「終電に間に合いそうで良かった」
     思わず呟きながら歩き始める。しかしとある道を通り過ぎたときに足が止まった。
     いつもの様に大通りから駅に向かおうとしたが、その横道が駅への近道であることを思い出したのだ。ひっそりとしていて、昼でも暗い雰囲気が漂う。
     夜ともなればその陰気さはさらに際立つ。しかし時計を見た朱芽は足を横道に向けた。
     ぎりぎり間に合うかの大通りを行くより、確実に間に合う近道を選んだのだ。しかしこの近道が、自らの死への時間を縮めることになった。
     朱芽の足が止まったのは横道も半ばを過ぎた頃だ。不安にかられ始めたのは、鼻につく匂いからだった。
     通ったこともない横道。けれど距離にしたら、たった百メートル前後。
     下水でも近くにあるのかと思った。しかし今度は耳につく音に足を止めたのだった。
     何かが落ちるような音と引きずるような音。
     前から? 後ろから? 前と後ろを不安げに見た朱芽はどちらに駆け抜けたらいいのかがわからなくなっていた。
     けれど本能が何かが迫ってくると言っている。
    「何なの……」
     腐臭がどんどん強くなる。そして迫ってくる何かを、視界がとらえた。
    「ひっ……!」
     叫び声をあげようとした喉が震えて、声が出ない。迫ってくる屍たちに、朱芽の瞳から涙が溢れるのだった。
     
    ●会社帰りの女性を助けて!
    「みんなに朱芽ちゃんを救って欲しいんだ」
     教室に足を踏み入れた灼滅者(スレイヤー)たちに向かって、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)がずいっと迫る。どうやら朱芽と言う女性が、ノーライフキングの配下である眷属に殺され死体を持ち帰られそうになっている。
     運動神経の良い朱芽ではあるが、眷属に太刀打ちできるはずもない。みんなには朱芽を救い出すと共に、この眷属を灼滅してもらいたい。
     まずは朱芽を横道にはいらせないようにしてもらいたい。いつも通り、大通りから駅に向かわせるだけでいい。
     危ないと思うところからは避けようとするのが人間だ。
    「まずはここの横道を通らせないようにしてね」
     地図を指差したまりんが方法を話し始める。ガラの悪いふりをして、三、四人で道を塞げば朱芽は諦めて大通りを選ぶだろう。
     そこから反対側の道に待機したメンバーと眷属を挟み撃ちにしてもらいたい。気をつけてもらいたいのは音や匂いだ。
     この横道に出現するのは確実だが、横道のどの辺りから現れるかがわかっていない。そのため匂いや音、気配に注意しながら進んでもらいたい。
     横道は外灯はあるが、間隔が広めなために薄暗い。陰気な雰囲気が漂う原因のひとつだろう。
     道幅は四、五人が横並びになって歩けるくらいになっている。
     眷属のリーダー格は日本刀を使う。残りの六体のうち四体はガンナイフを、二体が天星弓を使ってくる。
    「みんななら大丈夫だって信じてるけど、油断だけはしないでね!」


    参加者
    小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)
    千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)
    永瀬・京介(孤独の旅人・d06101)
    瞹昧・模糊(彷徨うダンボール・d23065)
    ヴィルド・アイリス(マドンナリリー・d23812)
    雨時雨・煌理(南京ダイヤリスト・d25041)
    卯月・まほろ(水芭蕉・d25066)
    シャラク・コバヤシ(獸獸吃・d25495)

    ■リプレイ

    ●お帰りは大通りから
     時計を見ながら、一人の女性が急ぎ足で近づいてくる。ヒールの音に卯月・まほろ(水芭蕉・d25066)が顔を向けた。
     ジャラジャラと静かな夜道にアクセサリーがぶつかる音が響き渡る。急ぎ足だったはずのヒールの間隔が、微かに伸びた。
     横道に近づくにつれて、外灯に当たった人影がはっきりしてくる。アクセサリーを鳴らしたまほろは、リーゼントで木刀を持っている。
     それだけでも近づくのに戸惑うのに、タトゥーが彫られた腕を見た朱芽は微かに息を飲んだ。陽のあたる日中に見たのなら、気にならなかっただろう。
     しかし真夜中となると、どんな些細なことでも恐怖を煽られるものだ。実は永瀬・京介(孤独の旅人・d06101)がタトゥーシールを貼っただけなのだが、朱芽にわかるはずもない。
     さらに振り向いた京介に睨むような視線を送られてしまっていたら、恐怖は倍増だ。
    「まーまー、そんなすごんだらオネーサン困ってまうやろ」
     ストリートファッション系のパーカーを羽織った千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)の声に、朱芽の体が震えた。横道を通るかどうしようかと悩んでいたのも吹っ飛んでいた。
     ともかく無事に大通りまで通り抜けたい。
    「それよかオネーサン、そんな急かんでもちょお俺らと遊んでかへんー?」
     一気に足を早めた朱芽に、サイがにやりと笑う。目元が隠されていて、表情が全て読み取れないことで恐怖がどんどん増していく。
     さらに気づかなかったもう一人の存在を確認して、朱芽の心臓が跳ね上がった。三人の影に隠れて誰かが座っている。
     どうやら少女の様なのだが……。
    「何見てんのよ?」
     鋭い声に驚いて足が止まりそうになってしまう。ガラ悪く座り込んだシャラク・コバヤシ(獸獸吃・d25495)の金色の瞳にまっすぐ睨まれて鳥肌が立つ。
     ついに我慢の限界に到達した朱芽は、運動神経の良さを活かして一気に駆け出した。ヒールを履いていることを考えたら、とても素早い身のこなしと言える。
     急がば回れ。そのまま遠回りでも安全な大通りを頑張って走り抜けろと京介が心の中で激励を送る。
    「ふぅ……」
     完全に足音が遠ざかったのを確認して、まほろがリーゼントを外す。軽く息を吐き出したまほろだが、その表情は変わらない。
     そのまま緑色の瞳が横道を覗き見る。
    「それじゃあ行くか」
     京介の言葉に、サイが横道へと姿を消していくのだった。
    「こういう薄暗い路地は、なんだか怖い雰囲気っすね……」
     反対側から横道を覗き込んだ小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)が微かに身を震わせる。そして霊犬の蒼に手を伸ばす。
     蒼の背中に指を滑らせ、不安を追い払って勇気づけようとする。怖がっている暇はないのだ。
     ここでしっかり灼滅することで、朱芽をしっかり助けるのだと意気込む。
    「ほんと、何を好き好んでこんな暗くてジメジメした場所にいるんでしょうね」
     だからと言って遠慮なしに出て来られても困るのだが……。翠里の様に横道を覗き込みながら、瞹昧・模糊(彷徨うダンボール・d23065)がぼやく。
    「暗い夜道に一人歩きなんて日本以外じゃ考えらんないわね」
     そもそもよくこんな暗い横道を通り抜けようと思ったと言う様に、ヴィルド・アイリス(マドンナリリー・d23812)が微かに首を振る。
    「ま…‥何よりも人が怖いというけれど、それ以上にダークネスや眷属も怖いわよねぇ……?」
     こんな横道を通ろうとせず、拾える命は拾っておくのがいいだろうとヴィルドは思うのだった。
    「行くんだろう?」
     暗い雰囲気を醸し出す横道を前に、雨時雨・煌理(南京ダイヤリスト・d25041)がみんなを振り返った。朱芽が大通りに向かったいま、次にすることはノーライフキングの配下である眷属を見つけることだった。

    ●横道の遭遇
    「……どうした?」
     ハンズフリーのライトで道を照らしながら慎重に歩を進めていた煌理が翠里を見る。両脇を囲まれた横道は、ライトに当たって不用意に窓を照らす。
     真っ黒な窓に何か映ってしまいそうで、翠里が思わず震えたのだ。たかが百メートル前後。
     走り抜ければ秒単位で終わる横道。しかし警戒しながら進んでいるために、進みはのろのろとして終わりが見えない。
    「怖いか? 安心しろ、私も少々怖い……」
     いや、それ安心出来ないから! と思わず突っ込みたくなってしまうところだ。そして煌理も翠里とは別の意味で身震いした。
     寒い。もうすっかり春ではあるのだが、夜になると冷え込む。
     ヒキニートのせいで寒い思いをしていると思うと、微かに煌理の眉が寄る。ちなみにヒキニートとは引きこもりニートのことだ。
     確かに地下に引きこもってばかりいる屍王はニートであると言える。しかしそんなヒキニートに歯が立たないことが歯痒い。
     それでも負けるわけにはいかないよなと、隣にいるビハインドの鉤爪を見る。
    「何か匂って来たよ」
     空気を嗅ぐように吸い込んだヴィルドが、嗅ぎ分けるように瞳を細める。歩いてきた道を振り返っても、すでに横道の始まりは闇に飲まれて見えない。
    「油断大敵ってことだな」
     同じくくんくんと何かを探す様に鼻を突き出した模糊が歩き始めた。進行方向には仲間がいる。
     けれど進む方向もまた闇に飲まれて先が見えないのだった。
    「どのくらい進んだんやろ」
     音と匂いに気をつけながら、警戒して進んでいたサイが呟いた。しかし警戒している様子をサイは一切見せない。
     あくまでのんびり自然体なのだ。微かにな風に背中を押される様に歩いた京介が目の前に現れた壁を這うパイプをひょいと避ける。
    「風向き的にちょっとふりだよねー」
     空気の中から何かを探すように上を向いたまほろの横で、シャラクが真っ白なくせ毛を揺らす。少し眠そうな金色の瞳が何かを探すように瞬きした。
     手に持つ携帯にはまだ連絡がない。模糊たちもまだ遭遇していないということだ。
     考える様にぼってりとした魅惑的な自らの唇に触れたシャラクが数歩進む。初依頼ということと、今の状況にかなり緊張している。
    「そろそろ合流しちゃうんじゃないかしら?」
     三人を振り返ったシャラクがすぐに異変に気付いた。今まで感じなかった匂いが一気に迫る。
     さっと前に向き直った瞳にはまだ何も映らない。けれどぐちゃっと言う音、そして息を止めたくなる腐臭が漂い始める。
     迷わず携帯に指を走らせたシャラクの後ろからサイが飛び出していた。高速で回り込みながら、視界にとらえた眷属を攻撃する。
     同じ様に眷属たちが飛び出してくる。零距離で迫る腐敗した体から身を守るようにシャラクが身構えた。
     手にしていたライトが道に転がるのだった。

    ●眷属との戦い
     携帯を握った模糊が走り出す。しかしそのスピードは遅い。
     ライトで照らされる道は数メートル先で、突然目の前に配下がいました! 何てことになったら大変だからだ。
     ヴィルドの眉間にしわが寄る。進めば進むほど、腐臭が強くなる。
     そしてヴィルドの瞳が微かに見開く。すぐに魔法弾を放ったヴィルドのコートが揺れる。
     攻撃の衝撃に震えた配下をまほろのどす黒い殺気が飲み込んだ。
    「暗がりで襲うとか不審者満点だねー、灼滅しちゃうよー」
     こんな暗がりで女の子を襲うなんて痴漢と変わらないような気がしてくるまほろだ。もちろん痴漢以上に危ない相手ではある。
     殺すつもりで現れた配下たちを逆にこっちが驚かせてやろうと油断なく構えた。まほろの殺気でさらに暗さを増した横道に青い光りが揺らめく。
     ふわりと飛び出した煌理が敵を縛り上げていく。間髪を開けずに飛び出した鉤爪が配下を攻撃し、ふわりと煌理の元に戻ってくる。
     一連の二人のコンビネーションはどこか艶かしく映る。
    「さあ、旅を始めようぜ」
     京介が力を解放して姿を変えていく。まるで海賊船の船長の様になった京介が、シャラクに向かって鋭く符を放つ。
    「全力でいけよ。回復はオレに任せちまえ!」
     力強くシャラクに当たった符が傷を癒していく。同時に攻撃を受けてふらついた配下に向かって、翠里が影を走らせた。
     暗がりで身を潜めた影は、一気に襲いかかる。体を絡め取られ、身動きできなくなった配下を蒼が斬り裂く。
     怖い気持ちがあるのは変わらない翠里だが、戦いとなれば全力だ。
    「まずは一体だ!」
     片腕を異形巨大化した模糊が思い切り地面を蹴る。抉る様に殴りつけられた配下の体が飛ばされる。
     そして嫌な音を立てて壁にぶつかり粉々に砕け砂となって消えた。さらに、配下によって飛ばされた矢を避けたシャラクが炎を叩きつける。
     焼かれた体をオーラを宿したサイの拳が愛の百裂拳を叩き込んで行く。連打に寄ってふらついた体は壁に当たった衝撃で、砕け散った。 
     ナイフを腰に付けているサイではあるが、基本的にナイフは抜かない。なぜなら刃物を手にしたら最後、目の前のものを解体したくてたらまなくなる悪癖があるからだった。
    「っ……!」
     暗がりから鋭利な光を目にした途端、目前に迫った激しい腐臭と何かが落ちる音に模糊が目を見開く。上段から振り下ろされた刃が模糊を断ち切る。
     衝撃にふらついた体を何とか立て直したところで、京介が符を飛ばし回復する。そしてすぐに灼滅者たちは身構えた。
     狭い横道に、大量の矢が降ってくるのだった。

    ●終電のその先は……
    「どうしてこんなところを旅してるんだろうな、こいつらは」
     陰気な雰囲気を斬り裂く様に剣を振って、京介が仲間を癒していく。柔らかな風がふわりと髪を揺らし、ほんのしばらくの間ではあるが腐臭から解放される。
    「逃がさないっすよ!」
     翠里が伸ばした影から逃れようと地面を蹴った配下に、浮かび上がった影が一気に絡みつく。引きずり下ろされるように地面に落ちた配下に模糊が殴りかかる。
     殴りつけるのと同時に魔力を流し込み体内から爆破して敵を砕いた。同時に指示系統を牽制する様に、ヴィルドが石火をもたらす呪いをかけていく。
    「はいはい、お相手は順番にねー」
     一気に放たれた矢を二本避けて、まほろが呟く。そして寄生体に武器を飲み込ませると、己の利き腕を巨大な砲台に変化させる。
     しっかりと標的を定めたまほろが、高い毒性のある死の光線を浴びせるのだった。毒に侵された体がふらつく。
     体がどろどろと溶けた配下に、シャラクが止めとばかりに風の刃を出現させて斬り裂いた。粉々された体が砂となって消えていく。
     残りはリーダー格と一体となったところで、綺麗な一閃が引かれる。冴え冴えとした月の如き衝撃が、前にいた灼滅者を襲う。
     吹き飛ばされた体が壁に当たり、顔をしかめる。瞬時に京介が回復に走った。
     傷を癒してもらってすぐに煌理が動く。煌理によって飛ばされた影が、まっすぐ配下を飲み込む。
     薄暗い横道が影によって暗さを増す。影から逃れようと身動きする配下の動きが急に止まった。
     いつの間にか高速で回り込んだサイが止めをさしたのだった。ぐちゃっと嫌な音を立てて地面に倒れる。
     傷が積み重なっていたのか、立ち上がろうとする途中から砂となって消えていく。他の物が消えたとしても悲しみも何もないのか、戸惑う様子もなく突っ込んでくる。
     納刀状態から一気に抜刀された刃が模糊の体を斬り伏せる。痛みと衝撃に息を飲んだ模糊の体が微かにふらつく。
     しかし回復に専念してくれる京介のおかげで安心して攻撃を続けることが出来る。すぐに地面を蹴った模糊が容赦なく殴りつけ体を吹き飛ばす。
    「最初からボロボロなんだから、さっさと眠りなよ」
     牽制をしていたヴィルドが再び魔法弾を放って追撃する。模糊が与えた衝撃と、ヴィルドの攻撃で体制を整えることが出来ないまま壁に衝突した。
     何か柔らかい者が潰れるような音が響く。それによって、さらに腐臭が鼻をつく。
     嫌な匂いに眉を寄せながらも、シャラクが足を踏み出した。むっちりなセクシーな美脚が薄暗い中で見え隠れする。
     健康的な色気を漂わせるセクシーなシャラクの拳にオーラが集束していく。ふわりと突き出された拳を何とか避けた体を、翠里の影がとらえる。
     身動き取れないように絡みつかれた体がもがく。
    「そろそろ終わりっすよ!」
     キッと睨んだ翠里の言葉に、煌理と鉤爪が飛び出す。影で縛られた体を煌理がさらに捕まえる。
     そして鉤爪が攻撃を仕掛けるのと同時にサイが地面を蹴った。暗闇に溶け込んで消えたように錯覚した瞬間、サイの攻撃がリーダー格をとらえる。
     嫌な音を立てて体が崩れ落ちる。立ち上がろうともがく体は端から砂となって消えていく。
    「オレらが気付けたから救えたが、他に犠牲になっているやつがいるんじゃねえか?」
     ふぅと息を吐いた京介が、砂をライトで照らし出しながら呟いた。その横でコートをパタパタと揺らしたヴィルドも息を吐き出した。
     翼が目立たない様に着ていたコートは、じっとしていれば肌寒いので着ていられる。しかしこう動いた後となると暑い。
    「さっぱりと炭酸飲料でも飲みながら帰るか」
     軽く伸びをして言ったヴィルドの言葉に煌理が息を飲んだ。
    「あ……私たちどうやって帰る? 終電はもうないぞ……」

    作者:奏蛍 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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