地獄合宿~サボってはいけない勉強SP

    作者:御剣鋼

     ——地獄合宿。
     毎年この時期に行われる合宿は、その熾烈さゆえ『地獄合宿』と呼ばれている。
     毎年多数の重傷者が出るとか、再起不能になる者が後を絶たないとか……。
     挙げ句は闇堕ちする者もいたとか、数多くの噂が絶えないその合宿を経験した学生らは、口々にこう揃えるという。
     ダークネスと戦う方が、まだマシだ、と。

    ●ウェルカム、地獄合宿in東京!
    『灼滅者の皆さん、ようこそ地獄合宿in東京へ!』
     耳障りなノイズと共に、スピーカーから音声変換された声が聞こえてくる。
     声の主は魔人生徒会だろうか。けれど、何処か緊張した面持ちが隠れているような……。
     それは、地獄合宿という名と通り、魔人生徒会だから免除されるものでは、ないからだ。
    『武蔵坂学園の地獄合宿は、札幌、東京、名古屋、大阪、福岡と5つあり、ここは東京合宿になります』
     ——学生の本分は、お勉強です。
     そう、声が告げた瞬間、校舎中の至る箇所から、ざわめきが広がっていく。
     どうやら学生らが集まっている教室は1つだけでなく、学年毎に分かれているよう。
     ダークネスや、その眷属と戦うのは、灼滅者にしか出来ない大事な使命である。
     しかし、その戦いや先の戦争で、勉強時間が少なくなっているのは事実と声は力説した。
    『灼滅者だからといって、勉強を疎かにしたままではいけません。そう思いません?』
     井之頭公園を散歩する時間があるなら、教科書を広げろ!!
     サンロードでぶらり買い物する余力と資金があるなら、参考書を買え!!
     東京地獄合宿のメニューは、昨年と同じく武蔵坂学園に72時間監禁……!
     もとい勉強合宿と確定した瞬間、悲鳴が飛び交ったのは、言うまでもなかった。

    ●地獄合宿〜サボってはいけない勉強SP
    『武蔵坂学園に三日間泊まり込みで、お勉強。それが、東京の地獄合宿です』
     強化合宿もとい強化勉強は、学年・教科毎に別れて、決められた教室で行われるという。
     教師役になるのは、直前のテストの成績が上位になった、優等生と呼ばれる生徒達だ。
    『優等生の皆さんが少なくても大丈夫なように、先生方も準備万端でお待ちしてます』
     けして、先生達も暇人だなぁとか、言ってはいけません。
     先生達は、お勉強を頑張る皆さんの味方です。……たぶん。
    「先生たちって言っても、いろんなタイプがいるからねぇー」
    「学校に泊まり込んで友達同志で勉強会っていうのも、意外と楽しそうだよね!」
     ちょっとだけ和やかな雰囲気が流れる、教室。
     しかぁし、地獄合宿と名のついた合宿が、そんな甘っちょろいはずがない!!
    『まず、学年別に分かれるのは、学年が違えば勉強内容も違うからですが——』
     選択する科目は『苦手科目1つだけ』に、教室の空気が、しーんと冷え込む。
     しかも、参加者全員、直前のテストの成績がチェックされるという、徹底ぶりッ!
     地獄合宿の目的は、基礎学力(及び苦手教科)の克服なので、体育系や美術系、家庭科等の肉体労働系は、何故か一切合切用意されてないという、涙目仕様であーる。
    『大学生の皆さんは、昨年の高3中間テストから選択をお願いします』
    「ちょ、ちょっと、大学生は専門分野に特化した何かでしょ……!」
     大事なことなのでもう1回、この合宿は基礎学力及び苦手教科の克服です。
     大学生になったばかりだからって関係ありません、最年長の本気を出す絶好の機会です。
     小中学生だからって遠慮はしなくていいです、武蔵坂学園は何時でも本気ですから!
    「ちょいまて、休憩や食事や風呂や寝る時間は、どこにあるんだ?」
     周囲を見回すように訪ねる、ワタル・ブレイド(中学生魔法使い・dn0008)。
     そろそろ、その質問が来ることを察したのだろう、スピーカーから不敵な声が洩れた。
    『三日間のスケジュールにあるのは勉強の2文字のみッ! 休憩や食事や入浴や睡眠なんて文字は、皆さんの辞書には72時間だけありません!』
    「人様の辞書から勝手に単語を消すんじゃねえッ!!」
    『それに、灼滅者なら、三日間の徹夜なんてきっと何とかなります、自分を信じて!』
    「オレみたいな育ち盛りの中学生にとっては、睡眠も重要だろおがああ!!」
     お弁当業者の手配は済んでいますし、優等生の皆さんのボランティアにも期待大!
     遠出をしたくないインドア派な皆さん、知性派の学生の皆さんにも、お勧めの合宿です。
    『この合宿にノルマや範囲なんてありません、潔く勉強漬けになって下さいね!』
     何このムショ以下に見える待遇とかも、言ってはいけません!!
     皆さんに勉強に専念して貰えるよう、食事の他にもいろいろスタンばっているのです。
     お茶、コーヒー等の各種飲み物のほか、徹夜のお供、栄養ドリンクも完備されています。
     勉強に必要な文房具、各種辞典や参考書をこれでもかと用意してます、ノープロブレム。
    「この様子だと、72時間経過するまでは、校門も固く閉ざされてしまってるだろうな」
     サボろうとしたり、逃げようとするのは、いろんな意味で強い意志と覚悟が必要だろう。
     ……敗者的な方の意味で、だが。
    「魔人生徒会の目が何処にあるか分からない状態で、エスケープは……」
    「うん、無謀というか……ある意味、勇者だよね」
     嗚呼、逃がすつもりなんて、一切合切ないのね。
     周囲に沈痛な空気だけが漂う中、スピーカーの声が最後に一言付け加えた。
    『なお、優等生の人は、きちんと睡眠とって大丈夫です♪』
    「「なんだってええええええ!!!」」
     日頃から頑張ってる人の特権ですので、何これ差別とか言ってはいけません♪
     3交代制で8時間づつで、それ以外の時間は自宅に帰ってしまっても、オッケー。
     但し、優等生と申請した者の成績表は、より厳しくチェックされる傾向があります。
     虚偽の申請は地獄以上になるかもしれないことを、付け加えておきますね!
    「なるほど、つまりオレは……」
     ちょうど良く、手元にあった自身の成績表をチェックする、ワタル。
     顔を上げた少年は満面の笑みで周囲を見回すと、さっと片手をあげた。
    「優等生だから、散歩でもしてくるぜ!」
    「「させるかああああっ!!!」」
    「「逃がすかもとい勉強教えろ!!!」」
     皐月を迎える武蔵野の木々は高低関係なく若葉が覆い、散歩日和とも言えるのに……。
     様々な阿鼻叫喚が入り乱れる中、地獄合宿の幕は開けたのでした。合掌。


    ■リプレイ

    「さあ俺が教えるべき人生に迷ったスチューデ……うわ何するやめろ!?」
     互いに死亡フラ……健闘を祈り、各々の戦場へ向かう【HEROES】の4人。
     早速、5科目が合計100点の太一が勉強部屋に移動されてますが。
    「教えるなら色々知っておかなければいけないさねー」
     そんな太一にゼアラムが教師になるための勉強を始めようとするが、速攻で日本史62点と呼び止められて、揃ってフラグを踏む羽目に。
     数学は得意な方だからと教師役を志願した誠也も、英語64点を指摘されていた。
    「喜一、優等生として、いやメイドとして……うわ何する!」
    「私英語100点だし間違いなく優等生側で……ちょっと!」
     もはや何とも言えない成績を指摘された喜一が、現代文部屋に移動される絵図。
     理科37点を指摘されたクラレットも、身を以て魔人生徒会の恐ろしさを教えてくれた。
    「前回クラスで罰ゲームを受けた雪辱を果たします!」
     明海が気合を入れた後の【玉川上水3年F組】の、5分後。
    「助けてー七日ちゃんサンちゃん死愚魔くんあかねちゃん! もう嫌ですよー!」
     明海は真面目に勉強していた死愚魔に縋りつこうと……あ、死愚魔も力尽きてる。
    「この合宿、大丈夫なのかな……」
     無理して詰め込んでも、頭に入らないような気もするんだけど。
     理科を教えていたサンがあかねを見ると、こちらも机に俯して以下略。
     自分が見ている間は寛大でいこうと心に誓う、サンでした。

    ●開始10分
    「うおっしゃー乗りきってやるぜ!」
     気合い十分のクーガーの五感にどっと押し寄せる、呪文とか念仏とか。
     必死に意識を繋ぎ止めようとするけれど、開始早々背もたれに預けて寝てしまう有様。
    「イーーーヤーーーーーッ!」
     開始10分は1つのハードルなのか、叫びながら引っ張られていく梵我。
     数字が襲ってくる幻覚に襲われ何度捕まってもエスケープする梵我に、教師役の小次郎ですら飴と鞭の飴の方で十分と思うくらいでして。
    「勉強なんて無理だ! ぜって~逃げ切ってやる!」
     この騒ぎに乗じた遵も、手洗いを告げたまま教室を抜け出していて。
     身を隠して作戦を練る計画だったけど、なんと使用中の教室しかない!
    「勉強なんてやってられるか!! 僕は家に帰らせてもらう!」
     真面目に勉強する筈が10分で頓挫し、絢矢も監視役の目を盗んで逃走中。
     そして全く同じ理由で逃走を計ったルコと遭遇、これは類友いや運命か!
     と、その時だった。絢矢の足が滑ってルコに引っ掛かった。
    「ゲエーーッあやや後輩邪魔なんですけどぉおおオーー!!」
     しかしルコもタダでは転ばず、絢矢の足を勢い良く掴んでみせて。
    「そろそろでしょうか」
     クッキーを片手で食べながら日本史の教鞭を振っていた燐がちらりと外を見やる。
     同時刻、脱出の機会を虎視眈々と伺っていた【天窓】が動いた。
    「そういえば、辞書を部室に置きっぱにしてました」
     さも真面目そうに勉強していたリツが静かに席を立つ。
     が、何も言えない成績で教師役を名乗り出たのもあり、疑いの眼差しが集まった。
    「頭が煮えたぎって発火しそう! いやまじでファイアブラットだし!」
    「トイレに行かせてください!」
     保健室に行く演技が通じず、泣きの土下座で教室を飛び出した、桐生。
     頃合いを見計らった結希も監視の様子を伺いつつ、こっそり教室を出る。
    「ぐっ……ちょ、ちょっと腹痛くなったんでトイレ行っていいっすか?!」
     居眠りしないように気合入れて機会を伺っていた兵吾も、合流。
     示し合わせたかのように教室を出た燐も揃って孤白が待つ部室へ向かうが。
     待っていたのは羽和や勉強側に潜む刺客達の通報を受けた、優等生達……。
    「どうしても皆さんと勉強、したかったんです」
     勉強側が逃げるのと教師役が逃げるのでは意味も重みも違ってきますので。
     優等生枠で帰宅の振りをして部室で待機していた孤白も、呆気なく御用に。
    「別にサボるわけや無いのに、ちゃんと部室で勉強はするのに!」
    「あんなとこにいたらぜってぇ禿げる! ストレスで禿げるわぁ!!」
    「このままずっと勉強なんて、俺は死んでもいやだぞ!!?」
     騒いだところで監視の目は逃れず、結局、脱走を計った全員が失敗。
     事実上、脱走は至難級ということが明確になっただけでした、まる。
    「サボりは許さな……え、僕も!?」
     エスケープが頻発しそうなトイレ近くで張り込んでいた羽和の読みは的確で。
     しかし学園のテストを受けたことがない羽和も揃って移動されたのは言うまでもなく。
    「地獄というからには、相応の経験をさせて差し上げないと……あ、何を!」
     教師役として徹底的に指導を叩き込もうとしたエリスが古典57点を指摘されるハプニングに【魔女の教室】のルナが戦慄する。
    「こうなったら頼むわよ、お茶、コーヒー、栄養ドリンク……私に力を!」
     例え目の下に隈ができようが、この試練を乗り切ってみせる……!
     頼りのエリスと生き別れた(?)ルナが闘志の炎を燃やした、同時刻。
    「……ママ……また……問、題……集……?……」
     黙々と問題集を消費していくサーシャの傍で、次々と補充するビハインドのマリア。
     修行を休んだら姉様に怒られるとサーシャは唇を結び、問題集に手を伸ばした。

    「おかしいな~、次は参加しない様に逃げるぞと思っていたのに」
     何故か今年もここにいる不思議というか、これまた地獄の魔力?
     けれど勉強側ではなく高校英語の教師役に採用された悠矢は、余裕すら見れる。
    「むぅー、私の方が真面目にテストに挑んでるのに」
     教鞭より充実した睡眠ライフを送る気満々の悠矢に綾音は理不尽を隠しきれない。
     無事に高校数学の教師役に採用された綾音だけど、何となく拗ねてしまうのだった。
    「しかし72時間というのはキツいものだな」
     かしこを応援しようと教師役に志願した誠士郎は、英語が足を引っ張って別部屋に。
     だが体力は十分。誠士郎は眠り掛けている人を起こしながら問題を解いて行く。
    「何故こうも効率の悪い方法を取り入れたんだ、学園は」
     苦手科目の学習に加えて学年が違うと一緒に勉強出来ないことに、かしこは小言を洩らしていて。ふとポケットに忍んでいた甘味に気付くと、先輩の気配りに口元が弛んだ。
    「オレはバカだから小学生の勉強からやり直した方が良いと思うんだー」
     今年こそアッシュと一緒に勉強しようと小学生に変装していた【マーベラス】の登も、あっさり摘み出されている。
    「大丈夫、大丈夫。ちゃんと基礎から教えるからね。丸三日かけて」
     と言いながら登を引っ張って行く良太は72時間付きっきりで教える気満々だ。
     もちろん、サボらせる気は皆無なのも付け加えておく。
    「アッシュお兄様は大丈夫かしら……?」
     学年制限があるのは教師役も同じ。
     摘み出される登を見つめながら、それでもハチミツはアッシュを探していた。
    「ちぇーっ……、つまんないなー」
     クラブの仲間と勉強しようとしていたアッシュは唇を尖らせていて。
     登とハチミツを思いつつ、アッシュはニホンを知るべく社会の勉強に奮闘するのだった。

    ●1時間経過
    「……ねえニコさん、おれアレやってみたいんだけど。窓ガラスガッシャーンってぶち破って外に逃げだすヤツ!」
     高校現代文の部屋では、ポンパドールが早くも別教室のニコへ語りだす禁断症状に襲われている。
    「現国は普通に生活していれば特に勉強せずとも出来るレベルだぞ」
     何となく別室のポンパドールのダメっぷりを察したニコは、辛辣に呟いていて。
     勉強熱心のニコも72時間徹する覚悟で、現代文教師役として奔走していた。
    「こーいう時にちゃんと勉強し直さないと、おいていかれるからな」
     物理33点なのに何故か工学部に進学してしまったと勇飛が苦笑する。
     イヤホン付きラジヲでお気に入りのDJトーク聴きながら勉強する勇飛のように、集中力を高めようとする者が多く見受けられた。
    「地獄でも効果があるとわかれば、やる気も出るものですよ」
     今年は化学が足を引っ張った形の彩歌は、前より数学が苦手ではなくなっていたことを思いながら、周りと協力して勉強を続けていて。
    (「僕は強くなるためにこの学園に来たんです……!」)
     頭を悩ませていた文具は、マラソンでつった足をさする。
     社会だって強くなるために必要だと、教師役の言葉に真剣に耳を傾けていた。
    「小4の理科って何すればいいのかな?」
     参考書を広げた紫楽は、ふと仮眠三時間は取れるように計画書を作成する。
     頭に残らなくても効率が悪い。寝るのも勉強の一環、思考整理するのも大切なこと。
    「リン殿や廻時殿には勝てぬが……全力で教えるからの?」
     祇音は紅染にヘッドフォンを付けると英語のCDを流し、根気よくリスニングを教える。
     時折、ご褒美があるとやる気を高めるのも忘れない。
    「弱く、発音……だから、聞こえ、にくい、ところも、あるん、ですね」
     ご褒美にも心ときめかせつつ、紅染はこくこくと頷いてみせて。
     全然聞き取れなくても何となく慣れそうな気が! ……するような?
    「スピーキングで発音覚えて書いて単語を覚えますヨ!」
     英語はダークネスを倒すより簡単、眠くなったら栄養ドリンクで気合い入れろ!
     ブランコのように72時間休みを取らない教師役もいれば、蔵人のように適度にストレッチをさせて眠くならないように配慮する教師役もいる。
     次は満点をとりたいなと呟くだけのメソリアなど、教師役の方針も実に様々だ。
    「ええと、あ……あっぽ、う? まいねーむ、いず、おみみ!」
    「いい感じだな、その調子で少しづつ行こうぜ」
     誰かに教えて貰えることは、時には楽しいもの。
     書くことは苦手な緒実々も、ワタルの指導で発音の喜びに目覚めていた。
    「えっと……私はペンを持っていますを英語にすると……アイアムはペン?」
     そんな中、集中力が途切れた桜花は船をこき始めていて。
     教師役に起こされると、寝ぼけて謎解答してしまう桜花でした。

    ●3時間経過
    「これでは69時間も持つわけがない!」
     早くも集中力が落ちてしまった、真琴。
     英語が単なるアルファベットの羅列にしか見えなくなって愕然としたその時だった。
     携帯に織歌からのメールが届いたのは。
    「塩濃度が違うと半透膜を通して水分が移動する訳だが……」
     他の教室の仲間とメール等で教えあっていたのは【びゃくりん】の仲間達。
     向日葵から来た質問には、咲哉が彼女の好きな料理に絡めて返事を返していて。
    「……あー、それなら解るきがするよー♪」
     始めはちんぷんかんぷんだった向日葵も、携帯越しに何度も頷く。
    「で、浸透圧ってなんだっけ?」
     続けて咲哉に訪ねようとした時、今度は英語を和訳したような返事が真琴から届いた。
    「いけない、集中しなくちゃ……」
     始めは真面目に集中していた織歌の手が、人体構造寄りの解体新書らしき本に伸びる。
     思わず夢中になりかけた織歌も己を戒めるや否や、こっそり携帯に指を滑らせていく。

    「まずは高校数学の公式全種類ぶっ続けで喋るので聞いててね」
     最初は覚える所からと初日からぶっ飛ばしていく、数学教師役の朝乃先生。
     鬼だ、【音楽学部】に鬼がいる。
    「俺、もう脱落寸前かも……」
     あの、ちょっとスパルタ過ぎません?
     一緒に教えて貰っている夕霧は大丈夫だろうかと迦月は横をチラリ。
    「誰かハイパーリンガル持ってきてえ! 呪文か暗号にしか聴こえへんのやけどおお!?」
     本気過ぎる朝乃に夕霧は気を付けの姿勢で硬直。
     始まる前から既に帰りたいといいますか、仔猫のように震えている。
    「……え? 筆記なのに音楽を聴くの?」
    「何回繰り返し聴いても構いませんし、口ずさんで頂いても構いません」
     同時刻。
     効果的な筆記の勉強方を伊澄に伝授していたのは、英語教師役の昭乃。
     聞き終わったら歌詞を書き出した穴埋めノートを埋めて、全部埋めたら訳していく。
    「なるほど……洋楽で書き取りテストなのね」
     昭乃のお薦めのアーティストも知れて一石二鳥だと、伊澄の顔も明るくなって。
    「さっきの公式使う問題集があるので起きるまでに解いててね」
     場面は戻って私は寝ますとパジャマに着替える朝乃に言葉を失う夕霧。
     1問間違えたら復唱100回に「……鬼め」と呟く迦月でした。

    ●12時間経過
    「一度に沢山出来る様になる必要は無い。焦らずに少しずつ出来る様に頑張ると良いぞ」
     半日を経過し、久遠は勉強側の理解度を確認しながら教えていて。
     教えることは自分の鍛錬になると言う久遠の様な考え方の者もいる、そんな中。
    「これぐらいかにゃ。じゃ、あたし、ゆっくり寝てくるにゃん」
     少しだけ教える感じで小学算数の教鞭を振ったレナが、教室を後にする。
    「僕も次に備えて寝ますんで、それじゃ」
     小テストと言葉巧みに勉強側を煽っていた化学教師役の榛も踵を返す。
     皆の絶望を眺めに……ではなく、挑発で対抗意識を燃やして頑張らせる手法らしい。
     休憩を取る教師役は少なくなく、あちこちから呪詛が聞こえる一方、猛者もいた。
    「あくまでも私の英語力を高めてもらうため、なんですから!」
     と、教師役に72時間の英会話スピーチを要求したのは、悠花。
     聞き流すだけで良いよねという皮算用は、オフレコでお願いします。
    「教えてくださる方々こそ、寝させません」
     教師役も灼滅者、72時間くらい寝ずとも大丈夫。
     と、葉織は憂えを帯びた表情で冗談ですと呟きつつ、数学の問題に取り掛かる。
    「旅をして日本や世界を回ったほうが、地理は覚えやすいのでしょうか?」
     勉強好きにとっては地獄というよりも、まさにパラダイス!
     バランスボールに座って勉強していた小太郎も、先日に比べると嬉々としていて。
    「次の授業まで休憩を許します」
     めぐみが電話帳並みに分厚いテキストと問題集を閉じると、周りから安堵が洩れる。
     中学社会の教師役のめぐみのように詰め込む事はせず、適度な休憩を与える者もいた。
    「わからないところがあれば、どんどん聞いて」
     小学算数の教師役の風鈴の方針は、出来るだけ優しく教えること。
     しっかりとった勉強ノートを教材に、要点を抜き出して噛み砕いて教えていく。
    「辛い時間になるが、楽しんでいこうじゃないか」
     ただし、ラシェリールは勉強側ではなく高校数学の教師役、つまり優等生である。
     数学はパズルを解くようなものだと高らかに励ますラシェリールに、陽だまりと数字の羅列にウトウトしていたサズヤが体を起こす。
     小さく首を横に振ったサズヤはノートと参考書に紛れた異質な本に視線を留めていて。
     がんばるひとむけのすーぱーさんすう。友達が作ってくれた本、まだまだ頑張れる。

    ●24時間経過
    「そもそもオーストラリア生まれなんだから日本の古典なんてわかるわけないじゃない!」
     英語の古典なら完璧なのにと、オーバーリアクションなローラ。
     叫んでも、勉強合宿の終わりはまだまだ先である。
    「……日に10分でいいから本を読むといい、漢字も読解も覚えるはずだ」
     普段通りの睡眠を取りながらも、学校に泊まり込んでいた教師役もいる。
     その1人、火蓮が悩める勉強側に助け舟を買って出る、が……。
    「一日頑張ったんだ、もういいだろう」
     親の敵を見る目で現代文と格闘していたレイが至福の表情で瞳を細めている。
     火蓮がレイの後ろにそっと回ると、中身だけ横書きもとい物理に入れ替わった教科書。
    「うるせー!! 絡んでくんな! 集中出来ねェだろーがっ!!」
     黙々と理科の教科書やノートとにらめっこしていた詩依が叫ぶ。
     先日までは一言も喋らずにいた詩依も教師役に怒鳴り散らす阿鼻叫喚♪
     その時、まさに天使が舞い降りた。
    「何か甘いもの……アップルパイとかどうかな?」
     勉強を頑張る仲間に少しでも足しになればと、天使が様々な差し入れを持って来る。
    「カフェインも取り過ぎると、副作用で眠くなるし」
     狛が眠気覚ましと糖分補給を兼ねた、炊き込みご飯を差し入れて。
     理科の教師役らしく食品に含まれてる成分を語ってしまうけど、これまた好評だった。
    「地理的要因によって、その国の目指すべき方向が決まる」
     今後の戦略や各ダークネス勢力との関係に生かしてほしいと、地政学を力説する華琳。
     ほぼ全員に意見を求められる徹夜の講義は、まだまだ続きそうだ。

    「え、あれ? 計算間違えた?」
     チョコを片手に勉強していた翔は重い瞼をこすると、栄養ドリンクに手を伸ばす。
    「眠い……けど、今回で苦手なもの無くすんだもんね!」
     そして、同時刻の別教室。
    「翔くんが本気出すなら、こちらもそれに応えないとね」
     学年が違う翔とは教室が分かれてしまったけど、本気の度合いは離れていても分かる。
     優夜は鞄から栄養ドリンクを取り出すと、一気に飲み干した。
    「ちょっと助けてくれ遙、比較級の変化がさっぱり思い出せねえんだ」
     手作りの紅茶クッキーを差し入れにきた【三鷹北中3I】の遥に拳人が声を掛ける。
     普段からきっちり予習と復習をしなければと、思ったその時だった。
    「なんだか燃えてきましたっ、この文法ができるまでお家に帰しませんよ……!」
     普段の温厚な様子と打って変わって、メラメラと燃えている遙。
     教わるより教える方が勉強になると言うが、地獄はキャラも変えるのか。
    「もう、数式をみたくない」
     眼鏡キャラが皆秀才だという風潮、いと憎しッ!
     時々ぼやきながらも真面目に勉強していた拓が、ポーカーフェイスのまま硬直。
     見た目は正気に見えても頭の中はカオスフル、そして遠のく意識。
    「一緒に頑張りましょう」
     そんな拓のために、中学数学の教師役を買ってでたマリオンが丁寧に教えてくれて。
     厳しくするのは得意でないマリオンの頑張りに、拓も元気を取り戻した。
    「何か勉強番組DVDにすり替えられてるんだが……」
     リスニングに字幕なしの英語の映画が見たいと訪ねた剣は、至ってマイペース。
    「全然楽にならないんだけどこれ!?」
     前回の地獄合宿より学力は上がっているものの、怜奈は早くもグロッキーだ。
     そんな怜奈に、蔓が怪しく眼鏡を光らせる。
    「さて、とりあえずレイン。即興だけど世界史のテスト作った」
     蔓の手には、見慣れたテスト用紙。
     いい笑顔でさらりと告げた蔓は、スーツとの相乗効果で厳しさも倍増しに見えてくる。
    「ま、また100点取るまでなのっ!?」
     愛の鞭とはわかっているものの、悲痛な叫びをあげる怜奈。
     剣に助けを乞う悲鳴が響き渡っていたとか、いなかったとか。

    ●36時間経過
    「灼滅者ならグサッとやっても、のーぷろぶれむ~」
     椅子の上に正座し英語を勉強し続けて、折り返し地点。
     瞳から生気が失われつつあった琴が、逆手持ちにした鉛筆をぷすっと手の甲へ。
     眠るな早まるなと高2英語部屋の猛者達が総動員で止める、そんな中。
    「三日間皆さまが苦痛とならぬように、勉強法にも工夫はさせていただいておりますよ」
     執事らしい上品な英語で文法の意味と使い方を判り易く教えるギルドールに、数秒で知恵熱を出したイリスが手を挙げた。
    「先生、消しゴムが切れたのでコンビニに行ってきます」
     が、速攻で机に置かれる新品の消しゴム。
     最下位は至難ではありません、教師役のヤル気を向上させるエナジーです。
    「く……不本意じゃが、成績が悪かった故いたしかたな……いや、待つのじゃ」
     この英語テキストを即興漫画として作り直せばと、頑張ってみる姫月。
     台詞がすべて英語(頑張って翻訳付き)な大仰なアメコミが完成……でいいのか!
    「しっかり英語で考えて英語で話さなくては……あ、あいうっどらいく」
     周りはアレだが教師役のギルドールの英語は友衛にも聞き取りやすい。
     疲労で頭が回らなくなると御茶や菓子が出てくるのも、まさに渡りに船だった。
    「まあ、確かに寝たらあかんのは辛いね……」
     2日目に入り、勉強好きでも中々堪える頃合いに差し掛かっている。
     千総も妙テンションになりかけた時、積りに積もった参考書から煌めく古典の宝石が。
     方丈記、蜻蛉日記、風姿花伝。古典の海に浸る感覚に千総は幸せそうに瞳を細めた。
    「それまでちゃんとやれって? わかってるさ」
     以降の地獄合宿も参加表明済みだからと夜間堂々正門を目指す、嘉哉。
     しかしそうは魔人生徒会が卸さず、校舎の玄関は鍵が掛かっている!
    「72時間の勉強? 三徹程度では人は死にませんよ」
    「だってしょうがないじゃないですか、苦手な勉強に、睡眠不足、もう極限状態なんです。心の癒しがないとやってられません!」
     灼滅者だって、HPがあるのよ!
     燕尾服の袖口に仕込んだ携帯電話に触れた貴久が静かに警告する中、苦手な物理をガリガリ勉強していた真は、完全に集中力が切れて理想の彼女へのラブレターを作成中♪
    「前回テストはクラブ企画の結果で、普段は真面目に勉強してるですよ……」
     だが、特別扱いという言葉は地獄合宿にあらず。
     最近のテストの国語49点を指摘された芽生は教師役でなく、小学国語部屋へ。
    「よほど近付かれねばバレまいと思ったが……」
     虎視眈々と精巧な表情のマスクを被って寝ていたナハトムジークもバレた様子。
     真面目に勉強していれば監視が甘くなる算段が、ヤル気なのは教師役だけではなかった。
    「妹のため、絶対逃がさないよ~」
     ナノナノのなのに巡回を手伝って貰い、己の薄い存在感を活かした透が密告していて。
     物理/生物55点では、一時帰宅なんて夢のまた夢だったけど。
    「今年も豊作ですね。さて、頑張って勉強しましょうか」
     世界史/地理の教師役の彩夏はメモをしまうと、年号をごろ合わせで覚えさせていく。
     時折、眠気取りのストレッチを取り入れるのも忘れない。
    「うぅ、電気手強い。去年よりき、つ……ん、むぅ。も、無理ぃ……」
     別部屋で勉強しているアルラのことを思いつつ、夕夏は昨年のリベンジに奮闘していて。
     昼までは頑張れたのに、眠気と難問にあえなく撃沈してしまう。
    「逃げちゃってもいいのだけど、後が面倒だし、やるだけやりましょうか」
     されど三日たった三日。緩急をつければそこまで消耗しないはず。
     アルラは無理しないペースで、二日目の夜を乗り切っていく。

    「にゅ、アレクセイ君、お夜食持ってきたのですよー」
    「月夜さん!? あれ、帰ったんじゃ?」
     月夜の温かい夜食の差し入れに、限界に達していたアレクセイは嬉しそう。
    「えへへ、スープ美味しいです、それに暖かいですね。手作りですか?」
    「はいっ、兄ちゃんと来たのですー。頑張って作ったのですー」
     具沢山な野菜スープに元気をもらったアレクセイは、月夜をぎゅっと抱きしめる。
     勉強合宿も、あと半分……。

    ●48時間経過
    「多分! きっと! 私はやればできる子です!」
     と、自身に言い聞かせながら半日ごとに勉強方法を変えていた、夕月。
     最初は過去問を解いていた筈が、洋楽の名曲を聞き流す趣味に傾いてしまってる。
    「白雪さん、ここなんだが、強調文の構成はどういったものだっただろうか?」
    「強調構文は、名詞、句、節を強調して表現する手法ですので……」
     さすがに48時間を超えてくると、精神面の方がきつい。
     頭から煙を出しつつあった空是に、教師役の白雪が1つ1つ丁寧に教える。
    「ふふ、理解が早い生徒さんだと助かりますわ」
     張り切って菓子と御茶を準備する、白雪。
     甘いダコワーズを口にした空是は、満足そうに舌鼓を打っていた。
    「いくらヤマカンとは言え、勝負で5点……」
     文句を言い続けながら英語に齧り付いていた咲楽なんて、カニ齧ってるし。
     英文ノートは英語でなく日本語で意気揚々とヤンデレについて語ってるし!
    「眠い……眠いよ……。もう無理だってぇ。英語なんて、もう、いいよ」
     だってここは日本だもの!
     食べ放題飲み放題の天国から一変、奏汰を襲う睡魔。
     勉強側の意識がイイ感じに崩壊していく中、教師役がここからが本番と動き出した。
    「外国の人がアニメや漫画で日本語を覚えるように、楽しみながら勉強しようぜ」
     高校英語の教師役の熱志が配ったのは、なんとアメコミの原書!
     ご褒美に近い教材と根気よく噛み砕いて教える熱志に、奏汰の心が息を吹き返す。
    「あ、でも逃げちゃだめだよ? 質問にも答えていくから何でも言ってね」
     一緒に最後まで乗り切ろうと、同じ英語教師役の結弦も微笑んで。
     喝を入れながらも疲れにくいように、勉強側の集中力を計算しながら教えていた。
    「戦争は、人間の歴史を大いに左右してきたわ」
     月華の高校世界史の授業は、72時間ぶっ通しの戦史だったが。
     図上演習やゲーム的要素を交えた授業は勉強側も退屈せず、楽しみながら聞けるもので。
    「え? そこら辺は教科書に載っていないしテストにも出ないし受験に関係ない?」
     教科書に沿って勉強していたはずの流希が、どんどん別の方向へ脱線していく。
     何と言いますか、世界史以上の悟りが開けそう、そんな感じ。
    「ぶっちゃけ高校理科はポイントを丸ごと暗記しちゃえば簡単簡単!」
     初日でさっくり覚えて、残り2日で反復して体に染み込ませていく。
     差し入れの温かい飲み物の相乗効果もあって、紅葉の高校理科も評判が良かった。

    ●52時間経過
    「例えば、バックをわざわざ鞄って、日本語に訳してから理解しないでしょ?」
    「だからそれができりゃ苦労しないっての……」
     数学48点を指摘されて勉強側になったゆまだが、プレッシャーは健在。
     自分には呪文にしか聞こえないと愚痴る律に、直ぐにゆまの叱責が飛んで来る。
    「しんちゃん、りっちゃん、寝たらハリセンだからね?」
    「スミマセンデシタ! 殴らないで!」
     脊髄反射で心太に助けを求める、律。
     しかし英語が本気で苦手の心太は、とっくに死んだ魚の眼になってまして。
    「アハハリツニイサントユマハイツモナカガイイデスネ」
     何だかお花畑が見えてきそうとか言ってますよ?
     体もどこか軽いとか……心太カームバァックッ!!
    「どういう事だ。明らかに初日よりケアレスミスの回数が増えている」
    「三日間ぶっ続けて方程式頭の中に入ったとしても、それたぶん洗脳に近い何かだろ?」
     72時間の勉強なんて、やはり非効率的なのか。
     そもそも集中力がそんなに続く筈がゴホンと【料理研究同好会】の陽己の声が震える。
     炊き出しを振舞う優等生達に、切丸もどうにも落ち着かない様子……。
    「うああああーーっ!!」
     数式が頭の中でこんがらがり、分からなすぎて涙目の安寿が叫ぶ!
    「安綱くん、あなただけが頼りなのよ!」
     激しい拒否反応に真剣にすがる安寿だが、現代文68点を指摘された切丸は勉学の身。
     自分だけ弱音を吐く訳には行くまいと陽己が心に誓った、同時刻。
    「同好会のみんな、大丈夫かな」
     聞き覚えがある悲鳴が聞こえたような?
     小学国語教師役の藤孝は首を傾げつつ、欲しい飲み物を聞いて回っていて。
     林檎のお菓子を添えると、疲れた顔にも元気が戻ってきた。

    「古文ってのは今の言葉と違うけれど、全く繋がりが無いわけじゃないからね」
     平均点向上の為に古文を重点的に勉強していたのは【吉3-8】のクラスメイト達。
     麗羽もしっかり学ぼうと知っている話から読み解いていく。
    「こういった時に便利そうなESP背水の陣とか修羅場モードとかないんでしょうか?」
     けれど横着はせず、絶奈は市販の栄養ドリンクと鉢巻で気合を入れていく。
     今年は古典文法の知識の克服が絶奈の目標だ。
    「……なぁ、体力勝負の合宿より、よっぽど地獄じゃないのか……コレ?」
     珈琲をちびちび飲みながら眠気と闘っていた八雲は、ふと思いつく。
     得意の落語調に変換したら……ダメだ、ハチかクマ、ご隠居と若旦那ばっかりに!
    「俺達灼滅者だって普通の人間でそこんところしっかり考えてくれませんかねウチの学園の上層部ってか魔人生徒会……ッ!」
     死んだ魚の眼で一息で愚痴った悠一は、ある種の諦観の境地にでもいるような。
    「……ちゃんと勉強して安心させたろや。そう思えば気合も入ってくるやろ」
     闇堕ちした仲間の分もしっかり勉強しようと、シジマもひたすら勉強する。
     帰ってきた時に「こんなけやれた」と、ちゃんと報告したいから。
    「そのためにもまずは、目の前にある古文の地獄合宿を生き延びるとしようか」
     今やるべきことをやる。
     表面上はふざけながら勉強して麗羽に軽く肩を叩かれていた、拓馬。
     頭の中は彼女が見つかった時の覚悟と意思で、シュミレートされていた。

    ●60時間経過
     遂に迎えた合宿最後の夜は、ゴールと限界の隣り合わせ。
    「寝ないままでの勉強は特に苦ではないのです」
     知らないことを知るのは楽しい、それは学園に来て良かったことの一つだ。
     食事を取る時も参考書を読み、分からなければ教師役に聞き、短期で知識を吸収していく愛美のような者も、少なからずいる。
     紗貴も時折チョコを口にしながら、平然と理科の問題集に向かい合っていて。
     しかし誰もが愛美や紗貴のように徹夜の疲れを見せない、なんてないよね!
    「……」
     一日目で発狂しかけ、何度も脱走を試みたクリミネルは諦めて悟りの境地に入っていて。
     文字通り「無」になっていたものの、もはや自動書記状態である。
    「英語……ちょっと苦手なんですよね、特にリスニングが」
     高2チームと高3チームに分かれた【わたどりのねどこ】は、英語を猛勉強中。
     高3銀髪組の沙月も弱点克服の為に自然と気合が入るけれど、つい根を詰め過ぎて視界がクラクラしてしまう。
    「この程度で精神崩壊するなら、シャドウハンターやってないよ!」
     闇堕ち中の遅れを完全に帳消しにする絶好の機会だと、架乃はヤル気十分!
     とはいえ、分からない問題は本当に分からなく……うん、何コレオイシイノ?
    「こんなわけのわからない問題、何の意味があるの……?」
     英語は得意というよりネイティブなセイナは架乃の質問にすらすら答える。
     けれど、試験特有の問題はセイナの頭を悩ませるものも多かった。
    「しかしさ、しいなー。この合宿、一夜漬けと変わらなくないか?」
     眠気が加速してる分、かえって逆効果なのではと夜子は考える、けど。
     勉強が終わった後は部員皆と試験をするので、寝ずに手を動かし続けていて。
    「もう、バカなこと言ってないで、ちゃんと勉強しないとダメだよ!」
     小夜子に激を飛ばしたしいなの瞼も、かなりウトウト気味。
     さすがに72時間寝ずというのは苦しく、小夜子と並んで参考書を広げた。
    「あ、寝袋の中に入って勉強してもいいですか?」
    「入浴は女の子なのでさせてください、半身浴しながら勉強しますので」
     知るは一瞬、知らぬは一生、恥は掻き捨て……ん? 何か違うけどまぁいいか。
     出来れば部屋の隅にいたいとひふみが、悠月もお握りを摘みながら交渉する、が。
     曲がりなりにも地獄合宿、勉学に集中して乗り切って欲しいと論破されてしまった。
    「まず漸近線を求めて次に極大と極小を調べ、点を結ぶ。増減表はきっちり書けよー!」
     お絵描きと言う名の高校数学を教えるのは、ナノナノ着ぐるみのファニー。
     学年が違うアメリーに格好良い所を見せれないのが、最後まで心残りだったけど。
    「ああ……なんか文字が踊ってる、ううぇへへへ……」
     正気が限界の【着ぐるみ野郎Aチーム】の玄は、ゾンビの如く勉強を続けていて。
     時折芋虫が暴れるように揺れ、周りに威圧感を与え続ける、そんな中。
    「あれ、何時の間にか三年生のクラスにいる……?」
     この合宿に、優等生以外の特別扱いはありません。
     1年の部屋に混ざろうとしたアメリーの机は、補習テキストで山積みになっていた。
    「HAHAHAHAHAHA……エイゴタノシイ!」
     つい先日までは小言を呟きながらも、苦手な英語の勉強に真面目に取り組んでいたのに。
     何が佐奈の精神を新しくしたッ!
    「フフフ二乗、ドジョウ!」
     ひたすら数学の演習問題を解いていた龍は死んだ魚を思わせる目つきになっていて。
     男女問わず目についた人のスリーサイズを呟くという、妙なテンションに……。
    「この合宿を乗り越えたとき、僕はこの強敵に勝利できる……!」
     クラス最下位を回避すべく、ぐっと拳を固める龍之介。
     初日からぶっ倒れるまで勉強し、復活したらまた倒れるエンドレスが涙を誘います。
    「もう少し頑張りましょうね」
     遥斗は【君待ち亭】で集まったものの、学年と科目で部屋を分けられてしまっていて。
     それでもサボりそうな人にはケーキがあると誘い、御茶や菓子を振舞っていく。
    「合宿乗り切ったら一緒にカフェに行きたいです~」
     そして、同じ頃。
     国語の参考書と睨めっこしていた萌愛が、甘いパンケーキが食べたいと呻いていた。
     思考回路も限界寸前、猛烈な眠気に萌愛は溜まらず机に突っ伏してしまう。
    「……三日もシャワーを浴びれないって、なかなか辛いものね……」
     勉強は苦ではないし、珈琲が飲めるのはとても嬉しい、けれど。
     中々の鬼スケジュールに春子は萌愛が心配になりながらも、神経を研ぎ澄ませる。
    「……教科書や字引とにらめっこしてるだけでは、生きた言葉は身に付かないからな」
     国語だけというのも頭が煮えてくる、けど。
     昨年の己を反面教師に、短編小説と辞書を広げる佳輔の双眸は真剣そのものだ。
    「うーむ、ここでこう書かれているのは、どういう意味になりますのか……」
     これもまた古い文学作品の読破が出来る良い機会だと捉える、ロジオン。
     珈琲と紅茶で乗り切りながら別部屋の妹のことを思うと、案の定……。
    「兄さんが近くにいたら、もふるのにー!」
     ヴェロニーカは、もふもふ欠乏の勉強漬けに発狂中。
    「嫌だわそんなの……なんて地獄……!」
     彼女にとって眠気よりも無関心よりも、もふもふが補充出来ない方が強敵か。
    「四文字熟語も生まれた経緯などを知れば、頭に入りやすいというものだ」
     なをは独自ブレンドの珈琲を差し入れながら、高校国語の教鞭を振う。
     ただ知識を詰め込むのではなく身に付く教え方に、目に隈を作ったままルオンが頷く。
    「気合いれて頑張りたいと思います」
     頬をつねったルオンは珈琲をくいっと飲み干すと、教科書に集中。
     なをに質問しようとしたその時、72時間を告げるチャイムが鳴り響いた。

    ●72時間を超えて
     チャイムから少し遅れて、校舎を明るい歓声と労いの声が満たしていく、そんな中。
    「後24時間程語るべき内容が残って……うわっやめろ!」
     始めは真面目に解説すること、実に1時間。
     だが、題材の夏目漱石の話に入るとエニエの愛は留まる事を知らず、72時間ずっと喋り続けていたらしい。
    「どうせ倒れるのなら……前のめり、ってな……」
     仮面の中から呪詛のような呟きを漏らしていた矜人が突如残像付きヘッドバンギングを10秒間で100回決め、机を覆うように勢いよく倒れ込む。
    「……やってやったぜっ」
     かつて、クラス内で(下から数えて)トップ3連覇を成しえたという、銀都。
     かのヒーローの如く3分間全力で勉強して30分休む戦法を駆使した銀都は、真っ白に燃え尽きていた。
    「……」
     もはや新たなトラウマもとい、新しいBSでいいよねコレ!
     何か呟きながら無表情で震える実の側で、霊犬のクロ助が心配そうに鼻を動かせていて。
    「勉強72時間なんて死ぬかと思った……呪文にしか聞こえない」
     隣に美玲華がいれば天国だったのにと背もたれに体を預ける、チアキ。
     ふと最後に覚えた単語を思い出すと、ノートの端にそっと言葉を綴っていく。
    「チアキ先輩、勉強できないって言ってたけど、結構理解力があるなぁ」
     同じ頃、美玲華もチアキと似たような姿勢で椅子に背を預けていて。
     同じ学舎で過ごす72時間が楽しくて幸せな想い出になったのは、また別の話。

     この地獄を乗り切った勇者達なら、どんな困難も乗り越えることが出来るだろう。
     72時間お疲れさまでした!

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月14日
    難度:簡単
    参加:156人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 2/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 25
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