空の巣

    作者:一縷野望

    「――今日の夕飯は何にしようかしら?」
     鈴原雪江、51歳主婦。
     夕方、彼女が頭を悩ませるのはいつもそれ。
     息子の隆と夫の浩は親子なのに味付けの好みからして逆さまで、最近は娘もダイエットだなんだと味付けややれ高カロリーの調理法がどうだだの煩い。
    「お母さんみたいになりたくないなんて、失礼しちゃうわ」
     どちらかというと太めの雪江は丸い顔をさらに膨らませながら、ことこと鍋で柔らかくなる野菜にみりんを回し入れる。
    「しらたきたっぷりならいいかしらねぇ」
     酒、砂糖はコクの黒砂糖。
     醤油は仕上げ近く……味見をしてうふふと口元がほころぶ、会心の出来のにくじゃがだ。小鍋に取り分けた一部はカレー風味、これは息子用。
     副菜はほうれん草のおひたしと納豆、味噌汁はキノコと根菜の具だくさん。
     炊飯器のピー音、ご飯も炊きたてできあがり。
    「みんなー、ご飯よー?」
     返事は、ない。
    「ご飯さめちゃうわよー?」
     誰も、いない。
    「…………」
     ああ、と、彼女は顔を覆い崩れ落ちる。
     そう、この家には誰もいない。みんなみんな、自分を捨てて出て行ってしまった……夫も息子も娘も!!
     どうして壊れてしまったのだろう、この家は。
     あたたかいご飯、誰も食べてくれる人が、いない。
    「あああ、あなた、隆、蘭!」
     ちゃぶ台に伏して泣きじゃくる雪江を何処から見据えるは、邪悪なるシャドウ。
     

    「ボクが灼滅者なら、ご飯食べにいけたのにな」
     灯道・標(小学生エクスブレイン・dn0085)はどこか寂しげに灯の瞳を翳らせる。
    「あのね、シャドウにソウルボードを痛めつけられてる人を助けて欲しいんだ」
     
     被害者はごく平凡な中年女性、鈴原雪江。
    「彼女はひとりぼっちになった家で、誰にも食べてもらえない夕飯を前に、泣きじゃくってる」
     ――ひとりぼっちの家、実は彼女の紛れもない現実でも、ある。
    「んとね、色々重なっちゃったんだよ」
     まずはこの春に海外赴任から帰ってくるはずの夫の任期が事情で1年延びてしまった。
     自宅から大学に通っていた長男は無事就職が決ったものの、職場は北海道。遠方赴任の可能性は示唆されていたが見事にそれに当たってしまった。
     娘も地方大学の獣医学部に合格しこの四月から一人暮らし。
    「だから雪江さんはひとりぼっちになってしまったんだ」
     でも、家族は雪江を捨てたわけではない。
     夫は本当は戻るのを愉しみにしていたし、長男も悩んだ末に頑張ってみようと決めた。長女の夢を後押ししたのは紛れもなく雪江だ。
     三人とも、雪江の護る家で心地よく暮らし、また時が来たら戻りたいと願っている。
     ……もちろん子供達はそのまま巣立つかもしれない、けれど、生まれ育った家は彼らの核に違いない。
    「雪江さんはシャドウのせいで家族達に捨てられたと認識を歪められて、心が壊れそうになってる、だから助けてあげて」
     家族の繋がりを信じられなくなっている彼女に、皆でそれぞれ言葉をかけてあげて欲しい。
    「まずはね、冷めそうになってる夕飯を食べるといいんじゃないかな。とってもおいしいはずだから」
     その上で、皆の持つ「母」や「家族」についての思いを語ってあげて欲しい。
     ……もしあなたがその温もりを知らないのなら、雪江に求めてもいいかもしれない。母性を喚起すれば、本来の母の強さを思い出してくれるはずだ。
    「雪江さんが立ち直ったら、シャドウとその配下が出てくるよ」
     夫の姿のシャドウと、息子と娘の姿の配下は、雪江などもういらないと口汚い否定と共に攻撃を仕掛けてくる、再び心を折るのが目的だ。
    「それにもしっかり抗弁して戦ってね」
     雪江の心が折りきれないとふんだら、シャドウは撤退する。そうすれば灼滅者の勝ちだ。
    「お母さん、助けてあげて。絶対だよ」
     ……もしもシャドウに囚われ壊されてしまったら、家族がとても哀しむはずだから。


    参加者
    犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)
    司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)
    楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)
    布都・迦月(幽界の深緋・d07478)
    龍田・薫(風の祝子・d08400)
    刻漣・紡(宵虚・d08568)
    夜伽・夜音(トギカセ・d22134)
    遠夜・葉織(儚む夜・d25856)

    ■リプレイ

    ●訪れ
    「突進☆マミーの晩ごはん! マダムの腕前、賞味させて頂きマス」
     先手必勝。
     暗い部屋に沈む雪江へ、楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)はテレビの突撃番組風に畳みかける。
    「先輩のお母さんのご飯愉しみです」
     無邪気に龍田・薫(風の祝子・d08400)ものった。内心では前の戦いの傷を残す同居人盾衛を気遣いながら。
    「突然驚かせてごめんなさい」
     刻漣・紡(宵虚・d08568)は丁寧な所作で頭を下げる。
    「蘭先輩から心配だからと頼まれていまして」
    「なんなら遠慮せず夕飯あたり食べて行って構わないから、と」
     犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)は控えめに「美味しそうですね」と添える。
     夜伽・夜音(トギカセ・d22134)は愛らしいブーケを雪江へ。
    「夢へ一歩踏み出した、先輩への、お祝いもかねて……」
    『あらまぁ!』
     娘からの思いやりを知り心が解けた。戸惑いはまだ去らないけれど、拒絶はない。
    「うわ、良い匂い。美味しそう」
     胸元で両手を合わせ瞳を輝かせる司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)に、雪江は初めて笑顔を見せた。
    『どうぞ。蘭ったら言っておいてくれればもっと馳走用意できたのに』
    「いえいえ、にくじゃが美味しそう。いただきます」
     布都・迦月(幽界の深緋・d07478)は手をあわせるとさっそく箸をのばす。
    「一人だけで食事をするより数人で食事する方が、きっといいものですよ」
    『そうね』
     遠夜・葉織(儚む夜・d25856)が囁けば、雪江は嬉しさと寂しさをない交ぜにした面差しで頷いた。

    ●母
    『こんなに少しでいいの?』
    「はい、食が細いので……」
     桜色のお茶碗にちょこんとよそわれたご飯を受取り、葉織は「いただきます」と手をあわせる。
    「ほうれん草のおひたし、優しいお味ね」
     ゆっくりと噛みしめながら紡は素直に賛辞を紡ぐ。浮かぶのは病弱で籠りがちだった自分に、誕生日の毎にリボンと絵本を送ってくれた家族の姿。
     もういない、けれど――確かに紡の胸にはあたたかな思い出が刻まれている。
     思い出ですらこんなに力をくれるのだから、実際に雪江に帰る場所を護られている家族は、更に幸せだろう。
    「待ってくれてる人がいるからこそ、遠く離れていても頑張る事が出来ると思うの」
    『そうだといいんだけれど……』
    「そうだと思うな。だってぼくはそうですから」
     お茶碗を掲げ薫は幼い仕草で首を傾げた
    『まぁ、ぼくは親御さんの元を離れて暮らしているの?』
     気遣う眼差しに薫は紅潮した頬で頷く。
    「はい。母も実家を出て遠くに嫁いでまして」
     冗談めかして両親の気持ちがわかったなんて言いながら、母の目は赤かった。
    『まぁ奈良? 良い所よねぇ……あらやだ、ふふっ』
     視線を集めた雪江は恥ずかしそうに頬を撫でる。
    『昔、蘭がね、鹿にお弁当をひっくり返されちゃって、大泣き』
    「そんな話があったんですか? 良かったらもっと聞かせてください」
    「私も聞いてみたいな」
     沙夜と銀河の促しに溢れ出す想い出話。
     あの時隆が、あの時お父さんは……語る横顔から、本当に家族に愛情を注いでいるのが伺える。
    『離れたくなんてなかったわ、ぼくもそうじゃなかった?』
     しばし迷った後、薫は「いいえ」と頭を振った。
    「家族みんなが送り出してくれた時の笑顔、それが支えになってますから」
     それを胸に沢山の経験や出逢いを得たと、隣に座る盾衛へ視線を移す。
    「ンー」
     景気よくご飯を流し込む盾衛は父を殺したい自分に苦笑。だが引き受けたからには全力で。可愛い薫にしょっぱいトコは見せられない。
    「おふくろの味なンて言葉があるしよ」
     この味が二人の子供の基本を司る、人生への影響は計り知れない。
    「男を捕まえるには胃袋を掴めとも言うやネ。このまッたりとしてはンなりな味、旦那さんの心も鷲づかみじャねェかネ?」
    『そう言えば、日本の食事が恋しいって言ってたわ』
    「雪江さんの料理が恋しい、ではないですか?」
     聞き役に徹していた沙夜が、そっと言葉を挟む。
    『うふふ、そうだと良いんだけれど』
     艶ある笑みは満更でもないとの現れだ。
    「うん、普通の母親ってこういうものだよな」
     凝っているわけでも豪華でもないけれどほっとする料理。迦月は自分の家族を描きしみじみと味噌汁の実を噛みしめる。
    『あなたのお母さんってどんな方?』
    「俺の家は雪江さんとは逆で、両親は外国暮らしだな」
     何処か雪江と自分を重ねていた迦月は、箸を一旦置き躰も彼女へ向けた。
    「だからわかる。離れていても絆は消えない、距離は関係ない」
     寂しいと悲しいと、囚われるだけの彼女を勇気づけるように、面に穏やかさをのせる。
    「うん」
     紡も頷くと顔をあげて雪江の瞳を柔らかに捉えた。
    「貴方が家族を思うように彼らも貴方の事、想ってる。それだけは信じて欲しいの」
    『私が思うように、お父さんもあの子達も?』
     心をすり潰され猜疑に塗れているなら即座に否定するだろう内容。だが雪江は迦月と紡へきっかり頷いた。
    『そうだと嬉しいわ!』
    「繋がっていると思います」
     ……突然現れた私達を不審がらず受け入れた時点で、母を心配して友人を向わせる子を育て上げた、そう無意識でわかっているのだから。
     もちろん口にはせずけれど確信を宿した眼差しで沙夜は雪江を包む。
    「自信持てよ、おふくろサン」
     おかわりと景気よく茶碗を差し出して、盾衛。
    「家族のメシを作り続けた・食わせ続けた時間ッてのは、軽く捨てられる様な軽いモンじゃねェ」
    『そうっ、本当にみんな好みが煩くてっ』
    「でもついつい叶えてしまう、と」
     手をぶんぶんと振り世間話モードのおばちゃんに迦月は端正な面差しに笑みを刻み頷く。苦心の証したるカレー味のにくじゃがに舌鼓を打ちながら。
    (「……なんだろ、おなか、すく」)
     いつもより過剰な空腹に夜音はあわやかな疑問符を浮かべる。その癖普段から纏わり付く眠気は不思議なぐらいに醒めている。眠り司るソウルボードの中だからか?
    『はい、おかわりどうぞ』
     碗で暖を取るように包み持ち夜音は僅かに唇を振わせる。
     幼少時から寝たきりで、大層大切に育てられたコト、
     けれど、
    「お母さんは段々僕に嫌気がさしてきて……預けてそれきり」
     捨てられちゃった――そう口ずさむ前に、雪江が口を開く。
    『お母さんは、あなたが心配でたまらなくて……自分を追い詰めてしまったんじゃないかしら』
    「……なのかな?」
     それはなんて優しい理由だろうか。
    『おばさんは、そうだといいなって思うわ。だからそうなれってお祈りしちゃう』
     お節介かしら? そう微笑む彼女に、夜音はいつも心に浮く澱みが少しだけ薄まるのを、感じた。
    「……うん、美味しい」
     ぽつり零したのは銀河。
     両親が仕事を持ち家を空けがちだったのは迦月と同じ、でも――もうこの世にいないのは、違う。
    「やっぱり、お母さんって凄いね」
     笑おうと、思った。
     笑って、自分なりに精一杯に雪江を励まそうと、した。
     ……でも喉が詰まって言葉が続かない。目尻がじんわりと熱くなってきて、銀河は慌てて擦る。
    「美味しい。こういう食卓って……」
     もう手に入らないものへの憧れが胸につかえ、辛うじてしゃくり上げるのは抑え込んだ。
    『……あなたのお母さんはきっととても素敵な方だったのね』
     とんとんとん。
     あやすように優しく、雪江は銀河の背を叩く。
     同時に、感情を佚したような葉織の稀薄な夜が此方を見ているのにも気づくと、反対の掌を真白の髪へと伸ばし梳る。
    「私も……小さい頃に家族を亡くしました。それからずっと一人でした」
     姉の闇落ちに引き摺られる形で闇に堕ちた父と母を手にかけたのは、本当に幼い頃の話。
    「ご飯の味も、帰る家の場所すらも、覚えていません」
    「葉織先輩……」
     辛うじてでも母の味を忘れずにいるのは幸せなのだろうか?
     喉につかえた問い掛けを悟り、葉織はただ頭を振った。
    「けれど、だからこそ、家族は大事だと思うのです」
     白と黒モノクロームの二人を抱き寄せる雪江に、夜音は未だここに現れぬなにかへも向けて呟く。
    「お母さんの『おかえりなさい』って言葉……大切に、してほしい」
    『そうね。私は『おかえり』って言えるのよね』

    ●偽りの敵
     不意に、雪江はあたたまりだした胸の奥がまた冷え込むのを感じた。灼滅者達も突かれたように顔をあげ雪江を護るように戦闘態勢に移行する。
    『お母さんウザイー。口うるさいんだもん』
    『お父さんも、あんなおばさんはもう用済みだ』
    『俺、あんなババアもう嫌だわー』
     瞳に悪意だけを携えた、若い男女と壮年の男性が現れる――シャドウだ。
    『そんなっ』
     家族の写し身に罵られて雪江は崩れるように顔を覆う。
    「なぜ、そう思うのですか?」
    『『……ッ』』
     まだ刀を抜かぬままで、葉織は毅然とした口調で三体を打った。
    『ちっ』
     怯んだ素振りの子供らを一瞥した後で、シャドウ・浩は前衛の霊的因子へ強制介入を開始する。
    「今まで家を護りあなた達を支えてきたのは雪江さんでしょう?」
    『それが重たいっての』
    『いらねーよ、あんなマズイ飯』
     流れるように子供達は紡と沙夜の精神損傷を深めに掛かる。だが灼滅者達は悲鳴ひとつあげやしない。
    「要らないなんて言わないで。捨てないで」
     フラットな表情の中一筋の怒りを宿し夜音は鮮烈な言葉を突き返した。
    「いなくなっちゃうなんて言わないで」
     大切な人を模して心を壊す卑劣さが赦せない。
    「オタオタしてンなよ」
     真紅の弦を引き絞り盾衛は紡へ狙いを定めつつ、雪江を叱る。
    「ソコの家族のフリした空き巣ヤロウから家族の留守を守ンのは、おふくろサンしかいねェだろ」
     嫌死刑、もとい癒し系からは程遠い口ぶりだが、心をひっぱりあげんとする心意気に満ちている。
    『家族のフリ?』
    「そうだよ、雪江さん。これは悪い夢なんだ」
     迦月とほぼ同時に踏み込んで、銀河は選別の剣で薙ぎ払う。辛うじて避ける隆を睨み据えながら、高まる護りを身に抱いた。
    「オレオレ詐欺のすごく良く出来たものと思って貰えれば結構です」
     スートを招きながら淡々と沙夜が補足。
    「雪江さんの想う家族はあんな事を言ったりしない」
     迦月の旋風に怒りを煽られた蘭へ照準を定め、紡は杭を射出する。
    「それを一番よく知っているのは貴方の筈」
    「そうです。雪江さん」
     薫は、雪江をそして盾衛を庇うように立つと蘭へ巨碗を振りかざす。
    『こないでよぉ』
     心の闇を凝縮したような黒で相殺し蘭は身を引いた。逃がさないと言いたげに夜音の音が追い、葉織の剣が足首を裂く。
    「しっぺ」
     研がれた刀を咥える白銀の狼は銀河へ清浄なる眼差しを向けた。
    「ありがとう!」
     癒えた傷に手をあげ銀河は黒髪をふわり。
    『ヒヒッ、離婚届は出しといてくれよなぁ!』
     浩は下卑た台詞と共にトラウマを握りこんだ拳で銀河の頬を張り飛ばす。
    「こんなの、平気だよ」
     雪江が撫でてくれた背中に押されるように銀河は気を吐いた。
    「相変わらず悪趣味な事で」
     怜悧な面の奧に熱い怒りを滾らせながら、迦月は真っ直ぐに向ってくる蘭の拳を四獣のオーラで弾き、カウンターを入れるように左の巨碗で殴りつける。
    「……お引き取り願おうか」

    ●悪夢退散
    「帰る場所を護る彼女を罵るシャドウ、本当に無粋だ」
     招聘した氷のように冷たい声で、迦月はシャドウへ牽制の礫を打ち込んだ。
    「大切な人の姿を借りて誰かの心を壊すなんて」
     夜音の足下で蜜を啜る蝶達が、影の軌跡を弾いて一斉に蘭へと向う。
    『いやぁああ!』
     群がる蝶の軌跡が、娘の躰を黒き繭に封じるように螺旋を描く。
    「そんなの卑劣すぎるよ」
     稀く瞼を下ろす娘の雪江を慮る声が震えた。
     一方。
     灼滅者達とシャドウの攻防が続く中、怯えていた雪江はやがて顔をあげ真っ向からそれを見据えはじめて、いた。
    「本質が見えましたか?」
     百烈の拳で仰け反る蘭を前に沙夜は満足を唇に刻む。
    「彼らが大切な人と違うなら否定すればいい――高らかに大好きな人達の事を叫べばいい」
    『私の大切な浩さん隆蘭は、不満があったらきちんと話してくれる。偽物はでていきなさいっ!』
     渾身の叫びに灼滅者達は表情を輝かせる。対照的にシャドウは眉を顰めそれでも雪江を貶めようとするが「お黙りなさいっ!」の一喝で止んだ。
    「だってよ。形無しだねェ、シャドウさんよ」
     嘲るように舌を出す盾衛は清浄なる風で前衛の戒めをまたひとつ祓う。
    「そうだよ」
     銀河は体内の輝きを具現化した剣を掲げ大きく踏み込む。
    「母の味も憶えてない、こいつらは偽物だよっ」
     だから叩ききる。
     光の元、顔を歪ませた蘭が悲鳴と共に消滅した。
    「それでこそお母さんです」
     力強い言葉に破顔する薫としっぽをはたりと揺らすしっぺは、ぴたりとあった連携で逃げ腰の隆へ仕掛ける。
     雪江という母に接した事で浮かんだ哀愁――ホームシックに浸るのは後回しだ。

     既に勝敗は決していた。雪江の心を護り切った時点でシャドウは負けだ、と。
     ……ほら、奴はいつ逃げようか伺っている。
    (「できれば倒しきりたいけれど」)
     足下で育つ樹に群青の蝶を遊ばせながら、紡は未だ雪江への口撃を止めない浩を睨み据えた。
    「家族は大切です」
     ちぎれ粉々になってしまったからこそ、知る大切さ。
    「今までのことを無意味と詰るあなた達は、そんな家族を穢した」
     静かなる葉織の太刀筋は恐ろしいまでに正確に隆の腱を絶つ。
    (「……たまには親孝行するかな」)
     槍を構え直すと迦月は隆の怒りを煽るべく宙を切っ先で裂いた。
     顔色を変えた配下の隆と、撤退すべく身を下げるシャドウ――紡は唇を噛み締めて、蔓を隆へと向わせた。
     ぐぎゃ!
     蛙が潰れるような悲鳴と浩の写し身が消えたのはほぼ同時だった。
     シャドウの逃走に一瞬広がる落胆、だが……。
    『あの人はもっとジェントルマンよ』
     戯ける雪江を前にすれば、そんな痼りも溶けていく。
    『ありがとう。あなた達のお陰で私はちゃんとこの家を護れるわ』
     また遊びにいらっしゃい――それが灼滅者の手により『妻、母の矜持』を取り戻した雪江の見送りの言葉だった。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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