妖草紙~終末の社~

    作者:飛角龍馬

    ●銀狼
     夜の神社に伸びる長い石段を、銀色の狼が駆け上がる。
     額に星形の模様を持ち、息を弾ませながら跳ぶように駆けるその銀狼は、正に幻獣種――スサノオと呼ばれるに相応しい威容を誇っていた。
     疾風さながらに石段を駆け上がったスサノオが、やがて広い境内に足を踏み入れる。
     それを迎えたのは、この北国で、ようやく満開を迎えた桜だった。
     年月を重ねた桜木は、境内の左右に並び、拝殿をも覆うように枝を広げている。
     スサノオは拝殿の前まで歩みを進めると、大きく遠吠えを放った。
     程なく、境内に、何処からともなく紫色の怪火が浮かび始める。
     その昔、この地に凄惨な戦があった。犠牲者の霊を祀るため、この社は建てられたのだ。
     故に呼び出されるのは、人骨で出来た怨念の怪異。スサノオはその出現を、厳かに待つ。
     
    ●序幕
    「さあ諸君、獲物が飛び出したぞ!」
     教室に集った灼滅者達に、琥楠堂・要(高校生エクスブレイン・dn0065)は開口一番そう告げた。銀色のスサノオが引き起こす、古の畏れにまつわる事件はこれで四度目になるが、
    「今回は、スサノオとの直接対決を果たすことが可能だ」
     言うと、要は黒板に描かれた現場の状況を、皆に示した。
    「舞台となるのは、長い石段と境内の桜が見事な、地方の神社だ。合戦で非業の死を遂げた人々を祀った社だが、呼び出されようとしている古の畏れも、そのいわれに即している」
     がしゃどくろ、とでも言おうか。白骨が寄り集まり、巨大な骸骨と化した怪異である。
    「スサノオは、この神社の境内で古の畏れを呼びだそうとする。よって、スサノオに戦いを挑むには二通りの方法が考えられる」
     一つ目は、スサノオが古の畏れを呼びだそうと試みた直後に、戦闘を仕掛ける方法。
    「この方法を選択した場合、六分以内に決着をつけられなければ、古の畏れが戦闘に加わる。スサノオは古の畏れに任せて撤退することが考えられるため、短期決戦が求められる」
     リスクは高いが、戦い方によっては最良の結果を掴み取ることが出来るかも知れない。
     二つ目は、スサノオが古の畏れを呼び出し、境内を去った後に戦闘を挑む方法だ。
    「境内から離れた地点で戦いを挑めば、スサノオと古の畏れを一挙に相手取るような展開にはならない。が、古の畏れとの連戦は避けられないため、やはり辛い戦いになるだろう」
     要は黒板に描かれた図を示して、
    「スサノオの退路を考えると、この場合の戦場は、境内の奥にある鎮守の森が適当だろう。神木が見下ろす、開けた場所がある」
     ただし、と要はここで人差し指を立てて、
    「連戦を選択した場合、諸君がスサノオとの戦いを始めてから十六分後に、境内の古の畏れが動き出す。長い石段を五分ほどかけて緩慢に下り、神社のふもとに広がる民家を襲うだろう。出来るだけ速やかに古の畏れを追って貰いたい」
     鎮守の森の広場から境内までは、全力で走れば二分で辿り着ける。
     石段を下り終えるのは一分あれば大丈夫だろう。
    「古の畏れは、進路を邪魔をする者がいた場合、それを優先的に排除しようとする。が、そうでなければ目に付いた建物や人に危害を加えるだろう」
     伝承に基づく存在とはいえ、その暴挙は、社に祀られた人々にとっても本意ではない筈――苦い表情を浮かべた後、要は敵の戦闘能力について説明を始める。
    「まずスサノオだが、これに関しては、今まで奴が呼び出してきた古の畏れと同種のサイキックを使ってくる。吹雪や雷を呼び起こし、龍の生命力を身に宿して自身を回復、強化。額に角を生やして巨大杭打ち機のような攻撃を駆使し、更には炎さえ操るようだ」
     気魄に優れていると見られ、攻撃方法が多彩なこともあり、正に強敵と言えるだろう。
    「続いて境内に生じる古の畏れ、がしゃどくろだ。こちらは三メートルほどの背丈を誇り、気魄に優れている。腕をハンマーのように振り回したり、杭打ち機のようなサイキックを使ってくるため、注意が必要だ」
     そこまでの説明を終えると、要は一呼吸置いて、
    「僕からの説明は以上だ。恐らく、今回がこのスサノオを倒すための唯一のチャンスとなる。戦いを挑む方法は二通りだが、どちらを選ぶにせよ――」
     教室に集った一人ひとりを見渡して頷き、要は言った。
    「諸君であれば、勝利を掴めると信じている。全員の無事と健闘を祈っている」


    参加者
    向井・アロア(お天気パンケーキ・d00565)
    鬼燈・メイ(火葬牢・d00625)
    函南・ゆずる(緋色の研究・d02143)
    埜口・シン(夕燼・d07230)
    清浄院・謳歌(アストライア・d07892)
    水瀬・ゆま(箱庭の空の果て・d09774)
    雨霧・直人(はらぺこダンピール・d11574)
    荏戸・セトラ(路地裏エトランゼ・d20000)

    ■リプレイ

    ●一
     鎮守の森を疾走するスサノオの足に、突如として黒い影が絡み付いた。
     神木が見下ろす空間に飛び出してきた巨体に、今度は二人分の冷気のつららが突き刺さる。スサノオはそこでようやく足を止め、身震い一つで氷を払った。
    「おー、さっすが。ビクともしないっスね」
    「直撃の筈でしたが」
     声の主は不意打ちの妖冷弾を命中させた鬼燈・メイ(火葬牢・d00625)と荏戸・セトラ(路地裏エトランゼ・d20000)。影業を放った埜口・シン(夕燼・d07230)は、遂に目の当たりにしたスサノオに緊張混じりの鋭い視線を向けた。
     気付けばスサノオは、八名の灼滅者と三体のサーヴァントに包囲されている。
    「キミが、噂のスサノオ、だね」
     大きな神木の下、函南・ゆずる(緋色の研究・d02143)が問いかける。
    「ね、最近、キミの大人のお仲間と、戦った人が、いるんだ。君は、しゃべったりしない、のかな?」
     銀色の毛並みを持つスサノオは応えることなく、唸り声と共に毛並みを逆立てた。
    「……無理っぽいみたいだね」
    「そのようだ」
     清浄院・謳歌(アストライア・d07892)の言葉に、雨霧・直人(はらぺこダンピール・d11574)が頷く。
     素早くワイドガードを展開した直人と同時、祈るように目を閉じていた向井・アロア(お天気パンケーキ・d00565)も、盾を構えて守護の力を前衛に与えた。
    「確かスサノオの幼子、でしたか」
     破邪の剣を構えながらセトラが言う。
    「たとえ子供であろうと、ヒトに害を及ぼす以上、容赦はしません」
     水瀬・ゆま(箱庭の空の果て・d09774)も頷き、二刀を構える。
     遠吠えが響き渡り、スサノオの額の星形から、光を放つ鋭い角が出現。
     周囲に無数の怪火が浮遊し始める。
    「きて、ルナルティン!」
     謳歌がロッドを手にするのと、スサノオが炎を纏って突撃したのは同時。
    「やらせない……ッ!」
     アロアが盾で受け、足で土を十数メートルもえぐりながら衝撃を殺した。
    「(この土地に、こんな暴挙は許されないんだよ……!)」
     アロアの目が、怒りを含んでスサノオに突き刺さる。
    「しまださん、お願い」
    「ナノ!」
     回復を任せたゆずるが妖の槍を構えてスサノオを狙い、穿つ。
     直人の展開した真紅の霧が前衛に力を与え、メイのオーラキャノンが援護する中、攻撃を担う灼滅者達がスサノオに連続攻撃を仕掛けた。
     ゆずるが槍でなぎ払い、避けたスサノオの角による反撃をゆまが二刀で打ち払い、謳歌のルナルティンがスサノオに破壊的な力を送り込む。
     叫びを挙げたスサノオが額の角を振り回し、発生した衝撃波が灼滅者達を吹き飛ばした。
     だが灼滅者達の攻撃は止まらない。
     アロアのナノナノ――むむたんが敵にしゃぼん玉を飛ばす中、セトラとビハインドの久遠が攻めを繋ぐ。
     久遠が霊撃でスサノオを翻弄、敵の重い突撃をアロアが盾で防ぎ、セトラは剣を手に、飛び跳ねるような動きを見せてスサノオを翻弄する。
    『ガ――ッ!?』
     紙一重でセトラの反撃を避けたスサノオが、胸に鋭利な刃を突き立てられて声を挙げた。
    「武器は一つだけとは限りませんよ」
     伸縮自在の刃がセトラの袖口から飛び出し、スサノオの胸元を貫いたのだ。
     狼の怒声が空気を震わせる。
     次の瞬間、スサノオの足元から円を描くように生じた猛烈な火の柱が前衛を退けた。
    「く……っ」
     その火勢、身を苛んで容易に消えない炎に、ゆまが歯噛みする。
    「まだ二分。焦らずに行こう!」
     言って敵に突っ込むシンを、ゆまは見た。彼女が握り締める、敵の生命力を吸い取る武器――梅花揺れる簪を。
     揺らめく無数の怪火。身を焦がす炎。そして梅の花。わずかの間に、ゆまは思い出す。
     ――紅梅の花みたいね。
     ゆまの髪をそう評した、橋姫の姿を。
    「……貴方は……許せない」
     強くスサノオを見据え、ゆまが言う。
    「眠っていた悲しい存在を目覚めさせ、新たな哀しみと苦痛を与えた貴方は」
     十人の味方と共に武器を構え直し、ゆまは鋭くスサノオに告げた。
    「だから……ここで倒します」

    ●二
     鎮守の森に、龍を思わせるスサノオの咆哮が響き渡った。
     受けた傷を塞ぎながら、銀色の体毛が、鋼さながらに硬化を遂げる。
     果敢に攻めかかる灼滅者達。だが、スサノオは攻守に渡る強大な力でそれを跳ね除ける。
     気付けば戦闘開始から、はや四分が経過しようとしていた。
    「さっすがスサノオって感じかー……こりゃ気抜いてたらマズいっスね」
     メイが放つ冷気のつららがスサノオを貫く。ゆまがExusia-Blazeを振るって敵の護りを砕きにかかるが、スサノオはそれを角で払い退けた。続く謳歌の一閃もスサノオは跳躍して回避。むむたんが傷の重なるシンを癒す中、スサノオは前衛の久遠に狙いを付けた。
     ダメージの蓄積は、サーヴァントとて同じ。
    「やらせない、よ……!」
     狙い通りであれば致命傷となった炎の突撃を、ゆずるの閃光百裂拳が迎え撃つ。
     文字通りの閃光が瞬き、弾かれるように両者が距離を取った。
     前衛が更なる攻撃を仕掛けるが、防御力を上げたスサノオは構わず反撃に打って出る。
     鋭く重い角の刺突を、火花を散らしながらアロアが盾で受け止めた。
    「ここがどんな場所か、分かってるよね。……呼び出してる古の畏れは、安らかに眠ってるはずのものだったんだよ!」
     ギリギリと角の切っ先を逸らしながら、アロアが叫ぶ。
    「ダークネスでしょ? 元はわたしたちと一緒なのに、分からないわけないじゃない!」
     スサノオの瞳が僅かに揺らぐ。角を弾いたアロアが片手の剣を閃かせる。
     宙返りしてそれを避けたスサノオだが、
    「当ったれぇーっ!」
     謳歌が叫び、地面を蹴る。
     敵が着地した瞬間を見計らった謳歌が、聖剣レグルスでスサノオを一閃。
     外れる可能性も十分にあった攻撃を、しかし、彼女は命中させた。
     スサノオを覆っていた護りが、悲鳴と共に弾け飛ぶ。
    「五分経過。大丈夫、押しきれるよ!」
     最前線で誰よりも傷を負いながら、腕時計に目を落としたシンが味方を鼓舞する。
    「(古の畏れの足止めも考えてはいたが――行けるか)」
     盾の加護を前衛に展開しながら直人は思う。
     だが、猛攻を受けながらも敵の戦意は未だに折れない。
     角に雷の力が宿り始める。銀狼の両目が、ゆずるのナノナノを捉えた。
     蛟龍から得た力、それを更に上回る威力の雷が瞬き、
    「――させるか!」
     しまださんを庇って、直人が天空と雷の加護を受けた盾で轟雷を防ぎ切る。
     反撃に出る灼滅者達。
    「手負いの獣……ひと思いに、というのは甘いですね」
     迎撃してくる角を跳躍、回避すると同時、宙に身を躍らせたセトラが伸縮する刃を飛ばしてスサノオの首筋に突き立てる。
     獣の叫び声が響き、スサノオが内から凍気を生じさせた。
     先程までの景色が嘘のように、辺り一面に猛烈な吹雪が荒れ狂う。
    「(これは、雪月姫さん、の)」
     懸命に盾を展開する直人とアロアの後ろで、ゆずるは思い、槍を握り締めた。
     雪月姫は――彼女はこんな風に使われる自身の技で、誰かが倒れることを望むだろうか。
    「(そんなはず、ない……!)」
     凍える体を押してゆずるが地を蹴り、スサノオに渾身の一撃を叩き込む。
     吹雪が消え去るのを待たずにセトラも疾駆、スサノオを撹乱。
    「飛べぇぇっ!」
     謳歌のルナルティンが銀狼の胴をすくい上げるように吹き飛ばした。
     墜落したスサノオが、よろける足で尚、立ち上がる。その目に宿るのは、怒りか。
     心を具現化したような炎がスサノオからほとばしる。止めを刺せる絶好の位置にいたシンが、自身に重なる深い傷から無意識に怯みかけ――
    「走れ!」
     言葉と共に、直人が盾の加護をシンに付与。
     謳歌が放ったヒーリングライトが更にその背を後押しした。
     加護と癒しを身に受けたシンが、気合を声に、剣を構えて炎の中を駆け抜ける。
    「アンタ、よくやったっスよ」
    「もう眠りなさい。この立派な御神木……貴方には充分過ぎる寝床です」
     メイとセトラの妖冷弾がスサノオを凍りつかせ、シンが手にした剣で、一閃。
     膝をついて息を弾ませるシンの後ろで、スサノオがぐらりと横向きに倒れる。
     白い炎が燃えあがり、銀色の幻獣種は跡形もなく消え去った。

    ●三
     桜の舞い散る境内に戻った灼滅者達は、深手の者を最優先に、心霊手術を行った。
     スサノオの灼滅に、七分。境内までの移動に二分を費やしている。
     事前の取り決め通りに治療と休息は進んだが、ゆっくり休んでいられないは勿論だ。
     手当てが済んだ者から立ち上がり、神社の石段を駆け下りる。
     その頃、古の畏れ――がしゃどくろは、石段を今にも下り終えようとしていた。
     腰には鎖。幾つもの青い人魂を引き連れ、四つん這いで最後の何段目かに手をかける。
     虚ろな眼窩が民家を向き、カタカタと歯を鳴らした。
     上空から冷気のつららが降り注いできたのは、その時だ。
    「おーいデカブツ、お前の相手はそっちじゃねェっスよ」
     がしゃどくろは首だけを回転させて背後を見た。
     その暗い眼窩が捉えたのは、久遠を引き連れ、石段の上から見下ろしてくるメイの姿。
     骨を軋らせながら方向転換して立ち上がるがしゃどくろ。
    「行かせない、よ!」
     メイの横を抜け、ゆずるが跳ぶように駆け下りる。しまださんと、むむたんのしゃぼん玉の援護を受け、手にした妖の槍を全力で振り抜いた。
     足に衝撃を受け、呻きを挙げてよろめく白骨の化物。
     体勢の立て直しを妨害するように、畏れの片足にアロアの影が絡み付く。
    「駄目だよ。絶対に行かせない」
     ガイアパワーで土地の力を吸収していたアロアは、よく知っている。この土地で懸命に行きた人々の想いが、このような形で現れていい筈がないのだと。
     アロアが影で畏れの足を締めあげ、境内の方向へ引っ張る。
    「これ以上、悲しみを重ねさせはしない……!」
     直人による盾の護りを受けたゆまが二刀を闇に閃かせ、畏れの片足に傷を入れた。
     久遠が敵を引きつけるように霊撃を放ち、
    「(がしゃどくろ、とは。いつもお世話になっている組長さんが、同名の腕を冠した武器を愛用していましたっけ)」
     骨の拳が振り下ろされるごとにセトラが飛び退き、その都度、石段が弾け飛ぶ。
     隙を見て払ったセトラの剣が畏れの片足脛にヒビを入れ、メイのオーラキャノンが右腕を吹き飛ばした。
     畏れは自らの骨――右腕を拾い、振り回して前衛を薙ぎ払う。地を震わせる怒号と共に、手にした骨を渾身の力で石段に、
    「あなたの好きにはさせないっ!」
     駆けつけ、咄嗟に割って入った謳歌がその攻撃をルナルティンで下から弾いた。
     足元の石段に亀裂が走るほどの衝撃。
     メイのサウンドシャッターとアロアの殺界形成の効果で、一般人がこの戦いに気付くことはない。しかし今の一撃は、止めなければ或いは、波動となって間近の民家に被害が及んだかも知れないものだった。それに対処できたのは、謳歌の想いの強さ故か。
     ゆずるの槍が、ヒビ割れた畏れの片足を爆砕する。
     同時、闘志に満ちた叫びが空から降ってきた。
     片膝をついたがしゃどくろ目がけ、シンが石段を蹴って上空から急襲、敵の頸椎に鋭い簪――春告を突き立てたのだ。
     がしゃどくろが暴れて彼女を振り払い、残った片腕を振り回すが、その暴風めいた攻撃を直人が冷静にガードする。
    「色々と無念もありましょうが……舞い散る桜花が貴方への手向けです」
     セトラの妖冷弾が畏れの胸骨に突き刺さり、
    「これで終わりにさせてもらう」
     直人がサンザシの境界杭を構え、えぐり込むような一撃を畏れの中心に叩き込んだ。
     金属が軋むような叫びを放ち、一歩、二歩と後ずさるがしゃどくろ。
    「貴方はもう、戦う必要はないの」
     その虚ろな眼窩が最後に捉えたのは、宙に身を躍らせたゆまの姿だった。
    「……お休みなさい。せめて、安らかに」
     ゆまの聖剣が、虚空に光の線を引く。
     白骨の巨体は二つに分断されてがしゃりと地に落ち、塵と化して闇に溶けていった。

    ●四
    「桜が咲いて、もうすっかり、春、だねぇ」
     境内に咲き誇る北国の桜を見上げながら、ゆずるが言った。
    「月の綺麗な夜に、雪月姫さんと、出会ったのは、雪原だったのに、もうずっと前のこと、みたい」
     独白のようなその言葉に、ふわふわと浮かぶしまださんが「ナノ」と頷く。
    「(亡骸が残らないのなら、せめてここで)」
     舞い散る桜の中、アロアは社殿に向かい、終末を迎えた者達の鎮魂を祈っていた。
     同じように祈りを終えたゆまの掌に、桜の花弁が舞い降りる。
    「(あんな悲しい存在……生み出させないように)」
     決意を胸に、ゆまが花弁を両手で包む。
     メイはその後ろで久遠と共にぼんやり桜を眺めていた。
    「間に合って良かったね。誰も倒れずに済んだし」
     謳歌がメイに語りかける。
     最悪の場合、仲間や一般人を救うため、闇堕ちさえ考えていた謳歌だった。
     メイが軽く頷いて苦笑する。
    「だいぶ危ないところだったっスけどね」
     少し離れたところでは直人が一人立ち、ぽつりと。
    「言葉を引き出すことは適わなかったな」
     社殿と桜木を眺めながら、彼は思案する。
    「(姿なき神霊は、自然と共にあるものだ。科学の発展により、人が自然を畏れることは少なくなったが)」
     古の畏れの特徴に思いを馳せながら、直人は考える。
    (「もしかしたらスサノオは、かつて人間の畏れより生み出され、今となっては忘れ去られた神霊たちを労わっているのではないか……」)
     鎮守の森の中からセトラとシンが姿を現したのは、その時だった。
    「済みました。気付いて貰えるといいんですが」
     スサノオの息絶えた場所に花束を置き、武蔵坂の校章を添える。
     それはスサノオを追うまだ見ぬ者達との縁を繋ぐため、彼女達が考えた方法だった。
     シンは少し苦笑交じりに、
    「亡骸は消えちゃったから、見つけにくいかも知れないけど」
     今宵は邂逅叶わなくても、残した校章が糸を繋いでくれたなら――。
    「私がヴァンパイアを憎む様に、スサノオを倒さなければならない誰か……」
     揺れる桜の合間から夜空を見上げながら、シンはここにはいない何者かに問いかけた。
    「私達は仲間になれる? それとも」
     今はその時でなくても、いつか、きっと。それを明らかにする日は来るだろう。

    作者:飛角龍馬 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月3日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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