禍つ隧道に這い出す闇

    作者:嵩科

     山梨県某所。山地の多いこの地域には、必然的にトンネルが数多く存在する。
     道路に沿って立てられたトンネルの多くは、人々の生活を支える便利な通路として、数多の人間に使われてきた。
     しかし、大きな国道などが出来るに従い、中にはその役目を終えたトンネルが出てくるのもまた、致し方ない事なのかも知れない。
     人通りの無くなった旧道。住民は皆賑やかな街の方へと引越し、残るのはほんの一握りの農家を営む老人達だけ。
     その老人達でさえも険しい山道だからと敬遠する、とあるトンネル。
     数年前のとある日、そこで交通事故が発生する。遊び半分でこのトンネルを猛スピードで走っていた車が、トンネルを出て直ぐのカーブを曲がりきれずにガードレールを突き破り、崖下へと落下。同乗していた若者3人が犠牲となったのだ。
     その事故が、噂に上るようになったのはつい最近。その内容は、こうだ。
    『あのトンネルには、女の幽霊が現れる。死亡した3人は、幽霊に祟られたのだ』と――。
    「まだまだ暑い日が続くよね。でも通り雨とかも多いし、ちょっとは涼しくなってるかな?」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が集まった皆を前に、そんな会話を始める。通り雨だけでそんなに涼しくはならないが、この際その辺の事は黙っておこう。
    「えっと、今回みんなに行ってもらうのは、山梨県のとある旧道にあるトンネルね。トンネルで起こる事件と言ったら、決まってるよね……そう、都市伝説なの」
     単なる事故が、都市伝説として祀り上げられる話は多々ある。その話が人々の恐怖や恐れを煽り、サイキックエナジーの力を得て、『現実』となってしまうのが今の世の中なのだ。
    「現場のトンネルは昼でも薄暗くて、人が通ることはまず無いのね。雰囲気はそれこそ満点クラス、暗い上に結構な距離があるから、噂話が生まれたとしても不思議じゃないわね」
     現れるのは、長い髪に白い着物姿の女。出現条件はいたって簡単、このトンネルに入りクラクションのような大きな音を鳴らせば良いだけだ。
    「敵は女性1体だけだけど、かなり強力なの。まるでこっちの行動を読んでるみたいな動きをするし、その口から漏れ出す叫び声は、聞いた人にすごいダメージを与えてくるみたい」
     おまけに近くの人には、切り裂くように毒の爪による攻撃を仕掛けて来る、との事。攻撃パターンが豊富な上に、どれもかなりの威力を秘めているようだ。
    「行動が読まれる可能性が高いから、こっちとしては更にその上を行く素早い行動が必要なの。そこはみんなの連携で、少しずつ崩していく作戦がいいみたい」
     相手の予測を上回る行動力。今回の作戦の成功のカギは、その辺りにありそうだ。
    「かなりの強敵だけど……みんなの力ならきっと大丈夫! 良い報告を待ってるね」
     そう言うとまりんは、笑顔を浮かべて皆に手を振って見送るのだった。


    参加者
    羽嶋・草灯(グラナダ・d00483)
    風早・真衣(Spreading Wind・d01474)
    篠原・朱梨(闇華・d01868)
    紫藤・刃月(下っ端デイズ・d03661)
    九牙羅・獅央(誓いの左腕・d03795)
    ライラ・ドットハック(褐色の狙撃手・d04068)
    渡橋・縁(遠神恵賜・d04576)
    川原・咲夜(小学生魔法使い・d04950)

    ■リプレイ


     深緑のこの時期、人通りの全く無いこの地域に響く音は、ただ木々のさざめく音のみ。
     それは昼夜に問わず、変わる事は無い。間もなく日が暮れようかと言う薄暗い中でもまた然り、だ。
     眼前に広がるのは、まるで闇を広げたかのような、漆黒の口を広げたトンネル。奥にほんの少しだけ見える光は、おそらく出口の証だろう。
    「照明の無いトンネル……暗い上に怖いって、普通に出そうだよな。っていうか出るのか」
     旧道と言う事は、かなり古い道である事には間違い無い。それでも照明が無いってどうよ、と九牙羅・獅央(誓いの左腕・d03795)が一人ごちる。ちなみに、暗い事を見越して持参した照明器具の類の運搬は、殆ど獅央が担当している。
    「アタシ、オバケ見るのって初めてなのよね~。怖いわ~」
     不安そうにトンネルの前で、周囲をきょろきょろと見回す羽嶋・草灯(グラナダ・d00483)。台詞の割にどこか楽しそうなため、緊張感は全く感じられないが。
    「オバケってあれッスかね。ナンミョーホーレンゲキョーとか唱えれば、やっぱイチコロッスか?」
    「……どう考えても無理」
     へらへらと笑いながら、軽い口調でお経を唱える真似をする紫藤・刃月(下っ端デイズ・d03661)の言葉を、ライラ・ドットハック(褐色の狙撃手・d04068)が即座に否定する。尤も、お経で都市伝説が消えてなくなるなら、灼滅者の仕事も減るから楽なのだが。
     草灯や刃月のように軽めで依頼に望む者もいれば、またそうでない者もいる。
    「……はじめての、お仕事……頑張らなきゃ……」
    「私も初めてです。緊張しますが、先輩方の足を引っ張らぬよう頑張りませんとね」
     緊張を隠さない渡橋・縁(遠神恵賜・d04576)や、努めて冷静に振舞う川原・咲夜(小学生魔法使い・d04950)達がそうだ。ダークネスではないものの、初めて異形の存在と相対するのだ。その不安は、推して知るべきだろう。
     だが、それでもここまで来た以上、覚悟は決めてかからねばならない。持参した懐中電灯やランタンを取り出し、準備を始める一行。一部の者は暗視ゴーグルを独自に用意したようだ。
    「……外の世界では、様々なものが手に入るのですね」
     皆が準備してきた物資を見ながら、風早・真衣(Spreading Wind・d01474)がそんな事を呟く。あまり外の世界を知らずに育った真衣にとって、依頼への参加も初めてだが、大人数で事に望むのも初めての事なのだろう。
     やがて準備が整い、一行はトンネル内部へと足を踏み入れていく。前衛である獅央と咲夜が先頭の布陣だ。
     二人に次いで内部に進もうとした篠原・朱梨(闇華・d01868)が、ふと足を止める。
     彼女もまた、今回が初の依頼参加だ。緊張するなと言う方が無理だろうが、それでも朱梨の心は定まっていた。
    「……よしっ。私、頑張る」
     灼滅者としての未来を受け容れた彼女にとって、それはまた新たな一歩と言えるだろう。
     皆は慎重に暗いトンネル内を進んでいく。持参した懐中電灯や暗視ゴーグルの効果もあってか、特に問題なく中央付近へと差し掛かる。
    「さて、と。この辺かしら? いつでもいいわよ」
     縁や朱梨がランタンや携帯電灯を、邪魔にならない場所へと設置し終えたのを確認した草灯が、伊達眼鏡を外し大事そうに仕舞いながら、真衣に声をかける。その言葉に、黙って頷く真衣。
     このトンネル内に潜む都市伝説が現れるには、一つの条件がある。それはかつて、事故を起こした車と同じような状況――このトンネル内で、クラクションに似た大音響を鳴らす事、だ。
    「それじゃ……『ぜんじろう』、お願い」
     真衣の言葉に応えるように、ライドキャリバー『ぜんじろう』が大きなクラクション音を鳴らすと、それなりに大きな音がトンネルのあちこちに乱反射して響き渡る。
    「これで出なかったら、やっぱりそれの出番かな?」
     朱梨が指したのは、草灯が持参した長い筒状の楽器……ブブゼラだ。その音量はかつてテレビでも批判を受けたほど保障済みだが……?
    「……どうやら、心配いらないみたいですよ」
     咲夜がそう告げると、緊張した面持ちで身構える。その視線の先に現れたのは。
    「で、出たあー! って、出たかー!」
    「やっぱ怖いッスよアレ!? なんで皆平気なんスか!?」
     獅央と刃月がほぼ同時に声を上げる。若干騒がしいが、彼らが声を上げるのも無理はない。
     壁から染み出すように現れたのは、所々に赤黒い染みのついた白い着物に、顔も見えないような長い髪。正に絵に描いたような『幽霊』の姿が、そこにあったのだ。女は無言で揺らめくように立つと、周囲の様子を探っているようにも見える。
     既に戦いの舞台は整っている。おもむろに縁は目を閉じると、自身の胸元に手を当てる。
    「神芝居をはじめよう――かみさま」
     途端、彼女の腕に全てを切り裂く鋼糸が具現化する。それは彼女の持つ、スレイヤーカード解除の合言葉。
     また、戦いの開幕を告げる合図でもあった。


     相手にして最大の問題は、敵の予測能力の高さ。それは即ち、回避力と命中率の高さを意味している。
     ならばこちらの取る作戦は、二つに一つ。敵の予測を上回る速度で攻撃するか、連携を積み重ねて敵の隙を突く、だ。
    「先手必勝。時間を稼ぎますので、配置をお願いします」
     そう言うが早いか、飛び出したのは咲夜だ。自らが纏ったオーラを全開にし、鋭いステップで死角へと回り込む。勢いをそのまま、弧を描く様に放たれた蹴撃は、女の足を確実に捉えた、かに見えた。
    「……っ!」
     誰が見ても死角を突いた咲夜の一撃を、女は後ろへと飛び退るようにして避けたのだ。まるで予め、そこに攻撃が来る事を予測していたかのように――。
    「まだだ! 予測の更に上を行く、それが俺達だっ!」
     一撃を避けた女を、今度は逆サイドから挟み込むように強烈な一撃が襲う。獅央が女の避ける方向を見越して、同じく死角からロケットハンマーによる一撃を放ったのだ。
     横薙ぎに放たれたその一撃は、女の腹を狙う。どこか一撃でも命中すれば、そこから隙が生じるはず。だが。
    「なっ、これでも駄目か!?」
     その一撃さえも、女はひらりと避ける。獅央の一撃は着物の裾を微かに捉えるが、ダメージなど望むべくもない。
    「……やはり厄介。回避力は想像以上」
     配置へ着きバスターライフルを構えていたライラが、表情を変えぬまま呟く。やはり地道に攻撃を繰り出し、隙を見つけるしかないのだろうか。
     されど、女とてただ手をこまねいて攻撃を受けるばかりではない。一歩後ろへと下がり体勢を立て直すと、やや頭を仰け反るように下げる。
     そして、その直後。
    『ァァァアアアァァ!』
     まるで体内に溜め込んだ、満ち溢れんばかりの憎悪を吐き出すような、耳障りな叫び声がトンネル内に木霊する。聞く者の神経を蝕み、その体力を奪うかのような悲鳴に、皆が思わず顔を顰める。
     幸いであったのは、皆が既に移動を終えていた事だろうか。もし配置に着く前であれば、動きを止められていた事が容易に想像できる。
    「――風よ、風よ」
     後列から澄んだ声が響き渡る。縁が呼び起こした風が、皆の体を撫でるように吹き渡っていく。
     それは家族を失った過去を持つ縁が自ら生み出した、母性溢れる母親のような優しさを含んだ風。今だ耳に残る悲鳴の後遺症すら消し去るかのような風は、瞬く間に傷ついた皆の体を癒していく。
    「傷はいいとして……やっぱりこのままだとジリ貧よね」
    「そうだね……何か突破口さえ開ければ、押し切れるんだけど」
     攻撃を仕掛けるタイミングを計っていた朱梨と、戦闘前と口調ががらりと変わった草灯が、小声でそんな会話を交わす。
     ほんの一瞬でも、女の隙を見つける事が出来れば。女の動きを牽制しながら、皆がそんな事を考えていた時、再び女が動いた。攻撃の手が空いた一瞬の間に、またしても頭を仰け反らせたのだ。
     再度響き渡る女の悲鳴。後衛に位置する皆の体力が、またしても奪われていく。
     が、ここで奇跡が起きた。
    「ひぃ! ししししし死んでたまるかッスよおおおぉぉっ!?」
     半ばパニックを起こしかけた刃月が、その体内からどす黒い殺気を放出。そこまでは良かったのだが、全く見当違いの方向へと放ちだしたのだ。普通に考えれば全くの意味のない攻撃だが、真衣は見逃さなかった。
     ――刃月の攻撃が自分へと向うと『予測』した女が、意味のない回避行動を取ったのを。
    「ぜんじろう、今ですよ」
     真衣が自身のライドキャリバーへと素早く指示を飛ばす。主の意思を組んだ『ぜんじろう』が、機銃を女目掛けて雨のように浴びせる。
    『……!』
     女の予測にも、やはり限界があったのだ。刃月の突拍子もない攻撃、そして自律行動するが意思を持たないサーヴァントの機械的な攻撃。予測しようもない二つの攻撃により、完全に隙が生じたのだ。
     これを逃す灼滅者達ではない。
    「……捕捉……攻撃開始」
    「ふふっ、綺麗にしてあげるよ」
     二人の攻撃は、ほぼ同時であった。相変わらず無表情を崩さないまま、ライラのバスターライフルから毒の弾丸が放たれ。
     楽しそうに口元に薄い笑みを浮かべた草灯が生み出した影が、女をそのまま飲み込む。どちらも威力こそあまり無いが、確実に女の体力を削り取っていく。
    「でかした紫藤! 一気に行くぞっ!」
    「ひぃ! ……え、あれ? まままマジッスか? い、行くッスよ!」
     獅央の言葉に正気を取り戻した刃月が、慌てて女を挟み込むように動く。そして予測を覆された事で落ち着きを失った女に対し、同時に攻撃が放たれる。獅央は左上から、刃月は右下から。弧を描いたロケットハンマーの一撃と、全てを切り裂くような一撃が更に女を追い込む。
    『ギ、ギィッ!』
     声にならない叫び声を上げ、女が手近な者へと毒の爪による攻撃を試みる。だがそれは、咲夜が腕を交差させてしっかりと受け止める。
    「貴女には見えていなかったのでしょう? ――自身が滅ぶ、この未来が」
     静かな言葉の後、女の体に叩き込まれる咲夜の拳による一撃。女が思わず体をくの字へと曲げる。
     攻撃の嵐は、まだ止まる事を知らない。
    「ええと……そろそろ倒れて頂きませんと」
    「そう、だね。……これいでいい、の?」
     真衣と縁の中2コンビが放った攻撃。真衣の生み出した高純度の魔法の矢は確実に女の肩口を捉え、縁が指を動かすごとに絡み付く鋼糸が、倒れかけた女の体を無理矢理矯正させる。
     遂に舞台は閉幕の時を迎える。縁の封縛糸に囚われた女に対し、疾走する者がいた。
    「もう迷わないわ……この力で、貴女を鎮めてみせる!」
     すれ違い様に朱梨が生み出した茨が、まるで血の如き緋いオーラを纏い、女を足元から貫く。その一撃は、最早避けようもない最期の一撃となり。
     女の体を、霞の様に無へと帰したのだった。


     トンネルから抜け出た頃には、日はとっぷりと沈み周囲を完全な闇へと変えていた。
    「……お疲れ様」
     真っ先にトンネルを出ていたライラが、暗視スコープを外しながら皆を出迎える。どの面々も表情に疲労が色濃く滲んでいる。
    「この辺で、いい、かな」
    「そうですね、いいと思います」
     トンネルから出るなり、脇へと小走りに走っていった縁と真衣が、ここに来る前に用意していたと思われる小さな花を、トンネルの脇へと供えて手を合わせる。捧げられた花は、倒した女のためか、それとも亡くなった若者への手向けか。どちらにしても、優しい心からの行動だろう。
     二人のそんな姿を見守りながら、ふと朱梨が首を傾げる。
    「あの女の人も、此処で事故に遭っちゃった人なのかな……?」
    「いえ、それはどうでしょうか」
     そう言いながら朱里の横へ立った咲夜が、祈りを捧げる二人を見つめながら言葉を続ける。
    「あの女性は都市伝説から生まれた存在……必ずしも実在した人物とは限りません。噂から生み出されただけの存在かもです」
     咲夜の言う事はもっともである。都市伝説がそのような存在であるとすれば、このトンネルでは単に、スピードの出し過ぎで若者が事故を起こしただけ、と言う事だ。
     なら、都市伝説とは一体。朱梨がそんな事を考え始めた時。
    「いやぁ、もうアタシ疲れちゃった。早く帰ってお茶でも飲みたいわ~」
     しっかりといつもの口調に戻った草灯が、甘えた声を出す。だがその言葉に対し、今度は獅央が首を横に振る。
    「何を言ってるんだ? オバケ退治の納涼より、やっぱりここはコイツだろう!」
     そう言い取り出したのは、大量の花火。どうやら事前に、花火が出来るくらいの開けた場所も探してあるらしい。何と言う用意周到さ。
    「花火ッスか? いいッスね、パーッとやるッスよ!」
     刃月も目を輝かせて飛びついてくる。草灯や朱梨も顔を見合わせると、互いに肩を竦める。
     どうやらここは、花火無しには帰れそうも無いようだ。仕方なしに先導する獅央と刃月の後に続く一同。
     皆が去った後、やがて聞こえて来た花火の音と共に。
     トンネル脇に供えられた名も無き小さな花弁が、静かに風にそよいでいた。

    作者:嵩科 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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