わがまま姫の考察

    作者:春風わかな

     広々とした宴会場に並べられた大きなテーブルには食事を終えた後の食器や瓶が並んでいた。その様子から察するにとても豪華な食事が振舞われていたことが想像できる。
     片づけもまだ途中と思しきその部屋の一角に高校生くらいの男女8人が集まっていた。しかし、その8人の顔は皆晴れやかとは言い難い。
    「うーん、今日のパーティーもイマイチだったなぁ」 
     グラスを片手に呟いたのはスーツを着たリーダー格の少年。
    「世界でも有数と噂のマジシャンだったが……あれくらい俺たちでも出来そうだ」
    「いろんな有名人に会ってみたがそろそろこの企画もネタギレかな。何か別の考えようぜ」
    「次はもっと派手なのがいいわね! パーっといきましょ♪」
     一人の少女がパっと両手を広げて明るい調子で提案するも、別の少年がフっと鼻で笑う。
    「例えば? 宇宙旅行にでも行くか?」
    「いいわよ~、パパに聞いてみよっか」
     さっとスマホを取り出す別の少女を先程の少年が「待て」と制した。
    「それは金さえあれば誰でもできるだろ。俺たちにしか見れない世界を……」
    「――私たちと一緒にいらっしゃい」
     聞き慣れぬ女性の声に思わず全員が扉の方へと振り返る。
     扉の前には見知らぬセーラー服に身を包んだ少女が立っていた。
     彼女の傍らには同じ年くらいの少女とボディーガ-ドのような青年が2人。
    「ちょっと、誰!? 誰も入れるなって指示しておいたのに……」
    「勝手に入ってくるなよ! ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」
     突然現れた招かれざる客に不満の声があがるが、少女は意にも介さぬ様子で言葉を紡ぐ。
    「私たちの元へ来れば、貴方たちの望む世界へ連れて行ってあげることができる」
     少女の誘いに8人は戸惑いの表情を浮かべながら互いの顔を見遣った。
     彼らを代表してリーダー格の少年が一歩前に出て口を開く。
    「唐突に何を言い出すんだ。バカらしい誘いに乗る暇はない」
    「あら、これを見たら気が変わるかしら」
     例えば、と微笑む彼女がパチリと指を鳴らした。
     左手にはめた指輪が眩い光を放ったかと思ったその瞬間――。
    「!? 人が、石に……」
    「ま、茉莉花様!?」
     ボディーガードの1人の身体が石のように硬くなっている。
     慌てたもう一人のボディガードが駆け寄り手で触れるとすっと石化が解けた。
    「すごい……っ!」
     驚きのあまり目を丸くしている少年たちに彼女――茉莉花が再び誘いかける。
    「どう? 興味を持っていただけたかしら」
    「――いくらだ?」
     少年の質問に茉莉花はふふっと妖艶な笑みを浮かべた。
    「お金なんて必要ないわ。だって貴方たちが求めているものは『お金で買えない未知の世界』でしょう?」
     再び8人は顔を見合わせる。その顔には先ほどまでの迷いはない。
     ――8人は茉莉花の差し出した手に自分の手を重ねた。

    「皆様、本日はお忙しい中お集まりくださいましてありがとうございます」
     教室に集まった灼滅者たちを前に天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)はペコリと頭を下げる。
    「皆様は美醜のベレーザが朱雀門高校の戦力としてデモノイドの量産化を図ろうとしていた事件を覚えていらっしゃいますか?」
     彼女たちはデモノイドの素体となりうる一般人を拉致してデモノイド工場に運びこもうとしているので、一般人を救出してほしいとかのんは告げた。
    「今回の作戦の指揮をとっているヴァンパイアの名は……あぁ、もう無理っ!」
     頑張って丁寧な口調で説明しようとしていたかのんだったがあっさりと音をあげる。
     普段の調子で喋らせてね――。そう彼女は前置きした後に説明を続けた。
    「今回現れるヴァンパイアの名前は華山院・茉莉花っていうの」
     知ってる人もいるのかな、とかのんは独りごちる。
     茉莉花の配下には3名の強化一般人がいるが、うち1名は茉莉花の命令を受けると10分間だけデモノイド化して戦うことができるようだ。ただし、デモノイド化といっても不完全なので10分後には自壊して死亡する。
     灼滅者たちの襲撃を受けた茉莉花は、この不完全なデモノイドを足止めとして利用し、素体となる人間を連れて撤退しようとするので注意が必要だとかのんは言った。
    「茉莉花が狙っている一般人はお金持ちの高校生たち8人だよっ」
     彼らはとあるホテルの宴会場にいるという。そこは8人のうちの1人の父親が経営しているホテルであり、ほぼ貸切に近い状態となっているため多少騒いだりしても宿泊客や従業員たちが来ることはないらしい。
     高校生たちは皆、金に不自由のない暮らしをしており『お金で買えない未知の世界』への憧れが非常に強いという。故に、ヴァンパイアの誘いにも疑惑や恐怖よりも好奇心がまさり誘いに乗りそうだとかのんは顔を曇らせた。
    「彼らを説得するのはかなり難しいかも。説得が厳しいと思ったら少し手荒な方法を選ぶのも仕方ないと思うっ」
     一方のヴァンパイアだけど、とかのんは茉莉花について語りだす。
    「茉莉花は灼滅者たち皆に関する情報を知りたがってるっぽいの。特に『作戦行動をする先々に先読みしたように現れるのか?』って点が気になってるみたい」
     茉莉花は灼滅者たちに関する情報を生徒会長に報告することを最優先するため暫し様子を観察した後に撤退する。
     もしも茉莉花が生徒会長に報告したくなるような情報を提示できたら、彼女との話し合いによって一般人を救出することもできるかもしれない。
     さて、茉莉花が撤退する際には前述の通り不完全なデモノイドと強化一般人が足止めとして残る。不完全なデモノイドはデモノイドヒューマンに似たサイキックを使い、攻撃中心に立ち回る。強化一般人たちはそれぞれ縛霊手によく似たサイキックを使い守り中心で戦うだろう。
    「今回の作戦は、量産型デモノイドの素体にされちゃう人たちを救出することだからねっ」
     8割以上……6人の若者を救出することが目標だけど、できるだけ全員救出を目指して、とかのんは言う。
     でも、とかのんは目を伏せた。
    「茉莉花、不完全なデモノイド、配下の強化一般人……4人全員と戦った場合、戦闘で勝利するのは、正直、すごく難しい、かな……」
     だから茉莉花については一般人の拉致を阻止しつつ、素直に撤退させてしまうのが良いだろうとかのんは告げる。
     もちろん、敵ダークネスを灼滅できればそれに越したことはない。
     しかし、敗北した場合は連れ去られた若者たちが量産型デモノイドにされてしまうことになるのであまり危険は犯せないかもしれない。
    「危険な相手だけど、みんななら大丈夫だって信じてるよっ!」


    参加者
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)
    相羽・龍之介(高校生ファイアブラッド・d04195)
    靴司田・蕪郎(靴下大好き・d14752)
    龍造・戒理(哭翔龍・d17171)
    ポルター・インビジビリティ(至高堕天・d17263)
    友繁・リア(微睡の中で友と過ごす・d17394)
    天堂・櫻子(桜大刀自・d20094)

    ■リプレイ

    ●誘い
    「……――」
     8人の学生たちは無言で顔を見合わせる。そして、黙って頷くと華山院・茉莉花が差し出した手に自らの手を重ねようとした、その時。
    「その手を取ったらダメだ!」
     バァンッと宴会場の扉が勢いよく開くと同時に大きな声が響いた。
    「誰だ!?」
     再びの乱入者に慌てた学生たちが扉へと一斉に視線を向ける。扉の前に立っていたのは学生服に身を包んだ少年――風宮・壱(ブザービーター・d00909)だった。壱を先頭に灼滅者たちは学生と茉莉花の間に次々と割って入る。
    「あら、これは武蔵坂学園の皆さん。ごきげんよう」
     邪魔が入ることを予想していたのか顔色一つ変えずお辞儀をする茉莉花を一瞥し、龍造・戒理(哭翔龍・d17171)は冷たく言い放った。
    「ふん、朱雀門か。相変わらずデモノイドをいいように使いたいらしいが、無駄だと諦めるまで叩き潰すのみだ」
    「……キミたち、知り合いか?」
     学生たちの中、リーダーと思われる少年が目の前に立つポルター・インビジビリティ(至高堕天・d17263)に話しかける。
    「様子から察するに、仲間というわけではないようだな」
     こくりと首を縦に振るポルター。なるほど、と頷くリーダーの前に1人の男が歩み出た。男の名は靴司田・蕪郎(靴下大好き・d14752)。全裸にムタンガ、頭には靴下を被った蕪郎の姿にリーダーは無意識のうちに一歩後ろへと下がる。
    「実に話が早い。あなたのお察しの通りでございマァス。彼女と私めは敵対する組織に属する者。彼女の誘いに応じる前に是非私めの話を聞いていただきたく。どうかお願いいたしマァス」
     丁寧に頭を下げる蕪郎にリーダーは「いいだろう」と尊大に頷いた。茉莉花の話は非常に興味深い内容だった彼らにとって灼滅者たちが何を言うのか気になるようだ。とはいえ、灼滅者に興味を持っているのはリーダーを含めまだ2~3人というところ。
    (「もう少し興味を持っていただかないと……」)
     相羽・龍之介(高校生ファイアブラッド・d04195)が自身の血を炎に変え、風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)は学生たちの目の前でぱっと猫に変身してみせる。案の定、学生たちは龍之介と彼方に好奇に満ちた視線を向ける。――もう一押し。
    「にゃ~ん」
     『よろしく』と彼方に尻尾で突かれた友繁・リア(微睡の中で友と過ごす・d17394)が微笑を浮かべ学生たちに「ねぇ」と声をかけた。
    「……こんなのはいかが? 星人、みんな、おいで――」
     リアの合図に合わせて影から4人の人影とビハインドの星人が現れる。影業で作られた人影はまるで生きているかのように滑らかに動き、目深にフードを被った星人はひらりひらりと元気よく高校生たちの間を跳ね回った。
    「タネも仕掛けもあるはずだ、絶対……!」
     正体を暴こうとする学生たちに捕まらぬよう影業を操りながらリアはマジックじゃないと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
    「……ふふっ、タネも仕掛けも、本当にないのよ……」
     周りを取り囲む学生たちにリアはゆっくりと語りかけた。
    「……私たちの話、ちゃんと、聞いてくれる?……」

    ●困惑
     リアに代わり壱が改めて自分たちの立場を説明する。
     自分たちは茉莉花と似た力を持っているけれども彼女とは違うこと。
     彼女は人じゃない存在であり、自分たちはそんな彼女達と戦っている人間であること。
     きらきらと目を輝かせて壱の話に真剣に耳を傾けている学生たちを見てポルターの心がちくりと痛んだ。
    (「……好奇心を餌にあの青い悪魔を……戦力として増やすなんて……」)
     同じ寄生体を持つ身としても許し難い。だからこそ、彼等にはこんな非日常へは踏み込んで欲しくない。
     しかし楽しげな雰囲気は長くは続かなかった。
    「彼女は君たちを実験材料に使いたいだけなんだ。力を渡す気なんてないよ」
    「実験? 彼女はそんなこと一言も言ってなかったが……」
     リーダーは胡散臭そうに灼滅者たちに視線を向ける。話せば話す程に学生たちには不満が滲む様が見て取れた。
    (「どうして、どうして自分から平穏を捨てようとするんだ……っ!」)
     自分たちの想いが伝わらないもどかしさ。踏み込まずに済む世界に自ら飛び込もうとする学生たちに龍之介は苛立ちを隠せずぎゅっと拳を握りしめた。
    「いいかい、彼女の誘いに乗るってことはバケモノになるってことなんだよ」
     淡々と告げる天堂・櫻子(桜大刀自・d20094)に学生たちは不満そうな声をあげる。だが、櫻子は気にする素振りを見せず、自嘲気味に呟いた。
    「こんなバケモノになりたいのかい? いやだろう?」
     櫻子が胸元の傷痕を学生たちに晒すと同時に寄生体が傷痕から這い出し櫻子の右腕を覆っていく。小さく悲鳴をあげ、後方の少女が一歩二歩と後ずさった。
    「――好奇心だけで飛び込んでも、生命という代償を支払うことになるんだよ」
     諭すように語りかける櫻子に「でも」とリーダーは異を唱える。
    「キミたちは生きているじゃないか」
     思いがけない反論に、櫻子は咄嗟に返す言葉が出てこない。
    「キミたちの話はわかった。だが俺たちが聞きたい話ではないらしい――残念だ」
    「ダメだ! ――彼女について行ったら、後悔する」
     反射的に壱はリーダーの腕を掴み、噛み締めるように言葉を絞り出した。
    「彼女の誘いに応じるってことは、友人や家族、大切な思い出を捨てて、人を傷つけたり、殺したりする世界に行くってことなんだよ。君たちは、そんな世界、望んでないだろう?」
     壱の言葉に一人、また一人と学生たちが茉莉花から視線を逸らす。説得に応じたのは現時点で3人。
    「そうか……ご忠告ありがとう」
     リーダーは壱の手をそっと外し、彼からすっと目線を逸らした。
    「それでも、俺はこの平凡な日常から脱却したい。少しでもわくわくできる世界が待っているなら――そっちに賭ける」
    「……」
     テレパスを使って学生たちの表層意識を探っていた蕪郎は無言で天を仰ぐ。
     非日常に身を投じることのリスクを灼滅者たちは必至に説いた。だが、それは非日常に身を置く者にしかわからない。ましてや非日常に憧れを抱く者にとってはそのリスクすらも魅力に感じてしまう。彼らに真実を告げるのではなく、その憧れを利用して嘘でもいいから灼滅者になれると思わせた方が良かったのかもしれない。……だが、それは今更の話。
     ともかく、これ以上の説得は難しい――そう判断した蕪郎が仲間に伝えようとした瞬間。
    「お話は済んだかしら?」
     それまで黙っていた茉莉花がすっと立ち上がった。
    「武蔵坂の皆さんにはお帰りいただく前に私の質問に答えていただきたいの」
     ぐるりと灼滅者を見回し茉莉花は自身の疑問を問いかける。
    「たかが灼滅者ごときがなぜ作戦行動をする先々に現れることが出来るの?」

    ●動揺
     茉莉花に絶対に真実を悟られてはならない――。
     ごくり、と誰かが息を飲む。
     苛立ちの混じった声で再び問いただす茉莉花にしれっと答えたのはまだ幼さの残る少年だった。
    「え、だって聞いたから」
     声の主――彼方に一斉に視線が向けられる。茉莉花は反射的に「どういうこと?」と問いかけたが彼方は答えずにすっと視線を逸らした。替わって答えたのは――。
    「自分たちの情報漏れを疑うべきじゃないかい?」
     素気なく告げる櫻子を「……シッ……」と口元に人差し指を当ててポルターが制する。
    「……余計なこと、言わないで……」
     ちらりと茉莉花に視線を向け思わせぶりな態度をとるポルター。櫻子も慌てて袖で口元を隠し、茉莉花から視線を逸らした。
    「やはり、情報が、漏れている……?」
     思わず漏らした呟きをごまかすように、茉莉花は灼滅者たちの顔を見遣る。だが、戒理もリアもだんまりを決め込み茉莉花と視線を合わせようとしない。
    「教えなさい。……誰から聞いたの?」
     茉莉花は最初に口を開いた彼方に向かって問いかけるが、少年は静かに首を横に振る。かっとなった茉莉花は掴みかからん勢いで彼方に激しく迫った。
    「私の質問に答えなさい!」
    「言えるわけないよ。だって教えてくれた人がひどい目に遭うってわかるもん」
     だから絶対に言わない、と彼方はきっぱりと言う。
    「……くっ」
     脅しても彼方は答えない――。そう察した茉莉花は露骨に悔しさを滲ませ次の言葉を考えていた。だが、先に口に開いたのは――龍之介。
    「目の前のことに気を取られすぎると足元が疎かになりますよ」
    「なっ……」
     カチンと来たのか茉莉花はキッと龍之介を睨み付ける
    「ちょっと、それはどういう意味……」
    「爵位級ヴァンパイアが動いているという話はご存知ですか?」
    「!?」
    「正確には『爵位級ヴァンパイアに奴隷化されて力を奪われたヴァンパイア』だそうですが」
     龍之介は目の前のヴァンパイアの少女をじっと見つめた。思いがけない話題に茉莉花は聞いた時こそ動揺を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻し変わらぬ口調で続ける。
    「この後に及んでデタラメとはいい度胸ね。もしも事実だというのであれば、証拠を見せなさい」
     早く! と龍之介に迫る茉莉花を宥めるように蕪郎が2人の間に割り込んだ。
    「どうか落ち着いてくだサァイ。私めもこの情報はまだ掴んで日が浅いのです。ゆえに証拠となるようなものはお見せできず……。信じていただくことは難しいですよネェ」
     蕪郎は残念そうに溜息をつきオーバーな仕草で首を横に振る。
    「ですが、もしもこの話が事実でしたら……それを『嘘』と決めつけたあなたはどのように思われるのでございましょうね」
    「……っ」
     蕪郎の言葉に茉莉花は暫し考えを巡らせると、まっすぐに顔をあげつかつかと龍之介の前へと歩いて行った。
    「――貴方、名前は?」
     突然の問いに面喰う龍之介だったが、再度問われ思わず名前を答える。
    「私めは……」
    「おだまりなさい、変態。貴方の名前は聞いてないわ」
     続いて名乗ろうとした蕪郎の言葉を容赦なく遮り、茉莉花は再び龍之介に向き直った。
    「――もしも、この情報がデタラメだった時は覚悟なさい」
     龍之介の返事を待たず、茉莉花は学生たちに声を掛ける。
    「こんなところでぐずぐずしていられないわ。早く行きましょう。……私と一緒に行くのは誰?」

    ●妨害
     茉莉花の誘いに応じる素振りを見せる5人の学生たち。彼等が茉莉花について行こうとした瞬間――。
    「そこを動くんじゃないよ」
     歳に似合わぬ落ち着いた鋭い声で櫻子が学生たちを制した。周囲を威圧する絶対君主の如き気を纏った櫻子の気合に押され、学生たちはびくりと肩を震わせる。
    「彼女について行っちゃいけない。――わかったかい?」
     問いかける櫻子に無言でこくこくと学生たちは頷いた。茉莉花の誘いに応じる者は誰もいない。
    「荒業に出たのね。……まぁ、いいわ」
     パチっと指を鳴らして合図をすると茉莉花は踵を返して扉へと向かって歩き出した。そして、彼女と一緒に出て行くと思った2人の強化一般人は茉莉花とは逆の方向、すなわち学生たちの方へと向かって走り出す。
    「せめて2人くらい一緒に来ていただきましょう」
    「しまった……!?」
     茉莉花の動きとデモノイドの動きには注意を払っていた。だが、一方で強化一般人への意識は疎かになっていたと認めざるをえない。動けず虚脱状態になった学生たちを強化一般人が1人ずつ抱き抱えようとした時、榛色の髪の少年がさっと動いた。
    「絶対に、連れて行かせない!」
     壱は強化一般人が抱き抱えようとした学生を寸でのところで割って入り身を盾にして守る。しかし、2人の強化一般人から学生を守ることが出来ず、1人の学生――リーダーだけはつれ去られてしまう。
    「逃がさない……っ!」
     茉莉花たちの後を追いかけようとする灼滅者たちの前にデモノイドが立ち塞がった。
    「邪魔を、するな……っ!」
     龍之介がシールドバッシュで敵の気を惹いている隙に、リアと壱が学生たちを安全な場所まで運びだし、戒理のビハインドである蓮華も2人を支援する。
    「これが、貴方たちが踏み込みかけている世界です」
     ちらりと学生たちを見遣り龍之介が叫んだ。彼らの目にあの蒼い化け物はどのように見えたのだろう。
     壱たちが学生の安全を確保する間も、仲間たちはデモノイドとの戦いは続く。
    「……蒼き寄生の猛毒……対象侵食……」
     ポルターがDCPキャノンを撃ち込むと怒りに囚われたデモノイドが龍之介へと攻撃を繰りだした。
    「く……っ」
     寸でのところで戒理が盾となって攻撃から龍之介を護る。
     間髪入れずに彼方がマジックミサイルを撃ち込み、デモノイドが怯んだ隙をついて櫻子が神霊剣で斬り付けた。
     ――ピピピッ。
     蕪郎がセットしていた一つ目のアラームが5分経過したことを告げる。すでに壱やリアも戦線に加わり、全員がデモノイドに対し総攻撃を行っていた。
     デモノイド対灼滅者。圧倒的に数で優位に立っていた灼滅者たちに隙はない。デモノイドによって受けた傷は蕪郎だけでなくみずむしちゃん(蕪郎のナノナノ)も協力してすぐに癒す。
    「……エンピレオ……ありが、とう……」
    「ナノッ!」
     ポルターのナノナノ・エンピレオが龍之介を庇い、その傍らでリアが影縛りで敵の動きを封じようと試みた。
    「早く、楽にしてあげるよっ」
     死角から彼方がジャッジメントレイを撃つ。
     ――ピピピッ、ピピピッ。
     7分が経過してもまだデモノイドが倒れる様子はない。だが、守りに重点を置く作戦を取った灼滅者たちの攻撃の手も衰えることはなかった。10分経過するまで残り2分……1分……。灼滅者たちは手加減することなく猛攻を続ける。
    「これで終いだよ」
     櫻子がDMWセイバーでデモノイドの右腕を斬り落とした。大きな咆哮をあげ、最後の力を振り絞ってなおも龍之介へと襲いかかるデモノイドの一撃を戒理が受け止め。壱が蹂躙のバベルインパクトを撃ち込むと同時にデモノイドはぴたりと動きを止める。そして、灼滅者だけでなく学生たちの目の前でデモノイドは大きな音を立てて崩れ去っていった。

    「あれが……君たちが望んだ世界の結末だよ」
     乾いた声で呟く壱に7人の学生たちは目を伏せる。
     ――止めてくれて、ありがとう。
     だが、学生の呟きに壱は答えなかった。出来るなら8人全員を守りたかった。
    「……彼らを7人も守れたのは、あなたのおかげよ……」
     ポルターの言葉に仲間たちは頷く。最後に壱が動けたからこそ茉莉花が連れ帰った学生は1人だけで済んだのだ。
    「ここで見たことを忘れろとは言わない」
     だが、誰に言っても伝わらないだろう、と淡々と戒理は学生たちに事実を述べる。それがバベルの鎖の効果だ。
     灼滅者たちは学生に別れを告げそっと宴会場の扉を閉めた。

     新しい世界を知った彼らの未来はどう変わるだろうか。
     願わくば、彼らが『日常』の大切さに気付かんことを。
     そして、彼らと再び会う日が来ないことを――。

    作者:春風わかな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 31/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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