地獄合宿~荒波渦巻く水練地獄

    作者:泰月

    ●遠泳は古来から続く鍛錬です
     瀬戸内海。
     本州、四国、九州に挟まれた内海である。
     東西の長さは、凡そ450km。
     その周囲には風光明媚な自然が広がっている。
     かつてとあるドイツの学者が「これ以上のものは世界のどこにもないであろう」と称した事もある程だ。
     そして海中には魚類だけでも500を越える海洋生物が生息する。
     豊かな自然と生態系を持つ海でもあるのが、瀬戸内海だ。
     一方、灘と呼ばれる広い海域と多数の島々による海峡が入り混じる複雑な構造、そこを流れる極めて激しい潮の流れを持つ海としても知られている。
     激しい潮流の代表が、あの『鳴門の渦潮』だ。
    「灼滅者なら瀬戸内海だって泳いで横断出来るよな」
     校長のそんな一言で、地獄合宿の企画が1つ決まったそうな。

    ●荒波に揉まれて泳ぎ切れば良いだけの地獄
     地獄合宿。
     4月末から5月の頭にかけて行われる、その名の通り地獄的な合宿である。
     その1つ『地獄合宿in大阪』と書かれたお知らせが掲示されていた。
     そこには、やたらでかいフォントでこう書いてある。
     
     灼滅者よ! 瀬戸内海を泳ぎきれ!
     
     続く概要は以下の通りだ。
    『スタート地点は、大阪の道頓堀。目指すゴールは、博多です。
     交通手段は、貴方達の身体。そう、泳いで貰います。大遠泳大会です。
     まずは道頓堀に飛び込んで大阪湾へ泳いで出ましょう。
     そこから先はルートなんかありません。
     瀬戸内海であれば、どう進もうと参加者各位の自由です。
     兎に角、瀬戸内海を泳ぎきり、関門海峡を抜けて博多湾へ。
     瀬戸内海は島が多く、場所によっては川かと思う程の激しい潮流があります。
     なるべく穏やかな所を選ぶのか、敢えて流れの激しい場所を進むのか。
     泳ぎに自信のある人は、あの鳴門海峡に挑戦してみるのも良いでしょう。
     大丈夫。
     君達にはバベルの鎖があります。どんな荒波や渦潮だってきっと越えられる。

     想定期間は1泊2日。1日で泳ぎ切る必要はありません。
     でも地獄合宿ですから、ホテルなんかないです。
     瀬戸内海に幾つもある島が宿代わりです。一夜のキャンプをして下さい。
     何も支給はされません。海と島の自然を荒らさない範囲で、頑張って下さい。
     なお、上陸が認められるのは、島とゴールの博多のみです。
     昼夜を問わず本州、四国、九州に上陸したその瞬間、サボりとみなされます。
     また、ESPは基本的に使用禁止です。地獄合宿で楽を出来ると思わないで下さい。
     海の上でも、魔人生徒会の監視の目はどこにあるか判りませんよ?
     素直に泳げば良かったと思うであろう地獄の制裁が待っている事でしょう。
     但し浮き輪などの『推進力のない補助具』なら使用してもOKです。
     泳ぐのが苦手な人も、カナヅチさんもこれで安心ですね。
     仲間と楽しく泳ぐも良し、周囲の景色を眺めつつ泳ぐも良し、最速を目指すも良し。
     とにかく頑張って瀬戸内海を泳いで下さい。
     この地獄合宿を乗り切って、瀬戸内海の荒波に打ち勝った時には、その経験が貴方の何かを強くするでしょう。
     皆さんの健闘を祈ります』

     お知らせはそこで終わっている。
     開いた口が塞がらないと言った様子や、遠い目で固まる者、大阪なのスタートだけじゃんと突っ込む者など反応は様々だ。
    「へぇ。鬼は出ないけど、体力勝負か。面白そうじゃない?」
     まあ、何か目を輝かせて食いついちゃった上泉・摩利矢(高校生神薙使い・dn0161)みたいなのもいるんですけどね。


    ■リプレイ

    ●ここからも地獄
    「イーーーーーーヤーーーーーーッ!」
     梵我の叫びが道頓堀に響き渡る。直後に水音。
     スタート地点に来てしまったら、もう地獄合宿からは逃げられない。
     戎橋の欄干に立つ【Chaser】の5人。
    「え、えと、ほんとにこれに飛び込むの?」
    「スタートからして地獄ですよね……」
     逃げ腰な勇介と嫌そうな想希。
    「東当兄ちゃん。この先に僕のご当地も通るし、泳ぎには自信ある方だから突き進むぞ!」
    「ほー。健の故郷か! そら一番乗りせんとあかんな! 泳ぎやったら負けへんで! 全員ついて来いや!」
    「あ♪ ひお、スタートはラブラブがいいなって思うの!」
     健と悟が拳を合わせたその時、わくわく顔の陽桜が唐突にそんな事を言い出した。
    「んじゃ、いってらっしゃーい☆」
     で、悟と想希の手を重ねるなり、笑顔で2人の背中を押す。
    「って、ちょ……陽桜ーーっ!?」
    「ヒャッホーイ!」
    「わ、うわぁぁぁぁーー!?」
     上がった声は3つ――3つ?
    「ひおも行きま……はわーっ!? ゆーちゃんよけてーっ!」
     悟と想希に巻き込まれる形で落ちた勇介の真上に、陽桜がダイブでトドメ。
    「おーい。マジ大丈夫かー?」
     たんこぶこさえた勇介を健が引き上げた所に、優しい風が吹き渡る。
    「ここはその昔飛び込んだ一般人の方々から死亡者が出たこともある、非常に危険な場所なのです!」
     何故か『道頓堀に飛び込んだら毒になる』と思い込んでいる朱鷺の招いた風だ。
     皆を救うつもりで監視役になった朱鷺。
     その背後に忍び寄る影。
    「大丈夫。商店街の皆が掃除した筈や。そんなに汚くないで?」
     ウォーリーがそっと背中を押して、ドボン。
    「サボりなんてカッコ悪いこと、させない」
     ウォーリーに対抗心を燃やす羽和が、サボりたい人も躊躇ってるだけの人も落として行く。
     次々と飛び込み、落とされる灼滅者達を、ぷかりと浮かんだ白いおじさんの抱き枕が見つめていた。
    「準備運動はした方がいいぞ」
     道頓堀を覗き込む摩利矢の背中にかかる声。
    「バベルの鎖があるからって、足攣って溺れて沈むのは勘弁して欲しいからな」
     そう言う嘉哉に倣って、摩利矢も準備運動を始めた。
    「んん……っ。窮屈……なのです……」
     それしか用意がなかったとは言え、高校の時のスクール水着は、今の玉緒にはぱっつんぱっつん。
    「藍さん、どこでしょうか……」
     だが今は、はぐれた友人の方が気がかり。
    「中君も泳ぐかい? え、浮いてるからいいって?」
     まあ、ビハインド足ないし。
    「それじゃ、行こうか」
     飛び込む良太の後に、ビハインドも続く。
    「折角の大阪から博多なのに、地元グルメも食べられないなんて、流石地獄合宿」
    「……この状況で、食べる気とか起きないけど」
    「ゴールに美味しいものがあるといいのですが」
     共にスクール水着の藤子と燦太は、ぼやきつつも泳ぐ。
    「この先、渦巻きとかあんじゃなかった? 休みつつ行こうか」
    「そうですね」
     相談しつつ進む内に、大阪湾が見えてくる。
    「おー海……ここからが本番ね」
     広がる海を見渡し、佐奈が呟く。
    「さてここから博多まで泳ぐのね……まぁ何とかなるでしょ」
     次に備えたリュックを背負い、いざ瀬戸内海へ。

    ●渦潮ぐるぐる
    「行くぜ、龍星号。ここが地獄じゃない俺たちが地獄だ!!」
     ライドキャリバーにまたがり大阪湾に駆け出す勇飛。
    「流石にライドキャリバーは浮かばない……かッ」
     ずぶずぶと太平洋方面に沈んでいった。
     鳴門の渦潮越えに挑戦する灼滅者達は、少なくない。
    「瀬戸内海と言えば鳴門の渦潮じゃね?」
     そんな単純思考で挑む喜一の姿は何故かメイド服。メイドがメイド服脱ぐわけないそうだ。
    「臆していては合宿にはなりません! 半端な覚悟では、泳げるようになりません!」
     己の直感と喜一を信じ、渦潮に挑んだ文具だったが。
    「喜一先輩、たすけてぇぇぇぇぇ」
     浮き輪ごと渦潮に飲まれて行く。
    「わー。オーガみてみてー。なんかすごーい」
     渦潮に飲み込まれぐるぐる回る珠音が、暢気な声を上げる。
    「今助けますわ! うぉぉぉぉお!」
     凄まじい勢いのバタフライで波を掻き分け助けに向かった桜花だったが。
    「そ、そこを掴まれたら泳げませんわー!?」
     珠音に変な所を掴まれた挙句、何故か1人だけ渦に飲まれていった。
    「上泉先輩。渦潮へ向かうつもりなら、付き合いますよ」
     太郎が摩利矢に声をかけた直後に、それは起きた。
    「オレンジさん、このままだと鳴門の大渦に……」
    「え? 突っ込む!? ちょっ、の、飲み込まれ……きゃあああ!」
    「ナ、ナノォォ!」
     近づく硝子と乙葉の悲鳴。通り過ぎる白い何か。
     そして、浮き輪に掴まった硝子と乙葉が、大渦に突っ込んで行く。
    「……今の2人、赤い鉢巻したナノナノが引っ張ってなかった?」
     しかもバタフライっぽかった様な。
    「どちらが早く渦潮を突破できるか競争しませんか? そう簡単には負けませんよ」
     聞かれたって判らないので、太郎は考えていた競争を持ちかけて話を変えた。
    「地獄合宿だろうと関係ねぇ! ゲームの時間だぁぁぁぁ!」
     と人が言い出して【夢幻回廊】の面々は、氷運びゲームに挑んでいた。
     ルールは簡単!
     氷を溶かさないように運んで泳いで、残った氷の容積が一番大きかった者の勝ち!
    「夢幻ならやっぱり地獄であってもやっぱりゲームしないといけませんですね!」
    「うむ。我ら夢幻回廊!  例え地獄の中でも遊び心を忘れないお茶目さん達だ!」
    「合宿自体無茶振りなのに、無茶振りを重ねるとか……」
    「すっごい無茶振りなゲームだけど、がんばるぞー……」
    「まぁ私、泳ぐの苦手なんですけどね!」
    「どうして漁船はダメなんですか……」
     乗り気な人もいれば、遠い目だったりヤケな人もいるが、ゲームは始まる。
    「流れの差の大きい岸側避けてど真ん中泳いだ方がいいんでござらんかな?」
     木菟は目の前の鳴門海峡と渦潮を、考察して――ってなんでこっちのルート!?
    「氷を、氷、こおりうわああぁぁ渦潮だァァ……! ガボボッ」
     優勝狙いで300Kgなんて巨大な氷を持ってきた人が、流される。
    「いきなり部長が渦潮に! ゲームどころじゃねえ!」
     アヅマが突っ込む間にも、包帯で氷を頭に巻いた心も流されていた。
    「……う、渦潮とか避けられないし。助けてください! もう負けでいいですからー!」
    「はわわっ! 部長さん、心さん!? な、何で私までー!?」
     心が投げ縄よろしく放った包帯が、狼狽える柚季を道連れに。
    「なんかジンっぽいのとか色々渦潮に飲み込まれてった気もするけど気にしないッ!」
     どんどん流されるメンバーを尻目に、自分そっくりの氷像を背負う紫廉がトップに。
    「ゾンビみたいなお兄ちゃん氷像を砕くのは優しさですのです♪」
    「ってぎゃあああ俺の頭がぁああああ!?」
     自分の氷が流されたフェリスが、氷像の頭をゴリゴリ砕いていた。(妨害OKルール)
    「誰も聞いちゃいねぇでござるな」
    「このゴムボートじゃ皆の回収は……無理ですね」
     どんどん流されていくメンバーを、木菟とアイスバーンは為す術なく眺めていた。

    ●ようこそ瀬戸内海
    「あ、ミルフィ見てください、小豆島が見えます」
    「あれが……様々な小説や物語の舞台ともなった、小豆島ですわね」
     フリル付きの空色のビキニ姿のアリスのつかまる浮き輪を、黒のビキニのミルフィが先導する。
     2人はサボりを探しつつ、景色を眺めて泳いでいく。
    「キョンタがいて良かった……手足しびれて来てね」
     浮き輪につかまるエルメンガルト(クラブ内で一番でかい)を供助が引っ張っていた。
    「森田、やるね。慣れてんの?」
     クロールでずばばと曳いてく供助に、綴が眩しい視線を向ける。
    「慣れと言うか、去年もエルさんを引っ張った記憶が……」
    「去年もオレ泳げなかったからな……」
     デジャヴだった。
     しかし浮き輪メンバーは他にもいる。まあ、泳げない詞水は仕方ないとして。
    「例え地獄合宿と言えど、レジャー気分も味わいたいので」
     泳げる円蔵も浮き輪でちゃぷちゃぷ。
    「円蔵さん泳げるんだよな、ここは気持ちいいぜ? 綴、たまにチェンジすればいい具合だぞ?」
    「供助さんが疲れてペースが落ちて来たら考えますがねぇ、ヒヒ!」
    「えっ引っ張るの? まじ? いいけど。後でちょっと交代してよ」
     巻き込まんとする供助に、円蔵と綴が答えたその時。
    「あっ、瀬戸大橋が見えますよ!」
     波に飲まれそうになりつつも、バタ足で頑張る詞水が前方を指差す。
     【分水嶺】の5人の前に、瀬戸大橋が姿を現した。
    「やっと瀬戸大橋か……我が教団の名を高めるため、この地獄を共に乗り切るぞ!」
     奮起するワルゼー。
     ……。
     しかし、共に泳いで来た亜綾から、返事はない。
     振り向いてみれば、霊犬と繋がった浮き輪の中で亜綾はうとうとしてた。
    「寝てどうする! 寝るなー!」
     この先、ワルゼーは何度も亜綾を叩き起こす羽目になるのだった。
    「もうずっと泳いでたいなぁ」
     小さい頃、毎日泳いだ故郷の海。
     その懐かしい潮の香りの中をあずみは進む。
    「おー……これが瀬戸大橋なのですねー! でっかいなのです!」
     巫女服めいた水着という不思議な出で立ちのかなめは、頭上の瀬戸大橋を見ながら泳ぐ。
    「泳ぐだけではつまらぬと言う気持ちは判らなくもないが、他の人や潮の流れには注意するんだぞ?」
     水中戦を想定し、普段着のまま泳ぐ流人がアドベンチャー気分のかなめに注意を促す。
    「ま、ワイワイ楽しく泳ぐのもいい」
     続く蔵人が、小さく、しかし楽しげに呟いた。
     ビート板では浮力は得られても、足へ負担が大きくなる。
     そこに竜雅が気づいたのは、瀬戸大橋の真下辺りだった。
    「お兄さま……少々早いですが、島で一休みしましょうか?」
     兄を追い越したことで、みやびも兄の限界が近いと気付いて気遣う。
     その姿を見て、竜雅はふと気づいた。
    (「新しい水着か……ちゃんと感想言ってやらないとな」)
     兄としての意地と根性で足に力を込めなおし、みやびを連れて島をへ一直線。
     レイは海が苦手だ。
     だから一番いい浮き輪を持ってきた。予備も3つある。
     だが、この後さらにきつくなると聞く。
    「俺はどうすればいいんだ……」
     見上げた空は、ただ青かった。
    「泳ぎっぱなしって、去年より酷くなっていませんか?」
     1泊2日とは言え、合宿と呼べるのだろうか。そんな疑問に気付いてしまった七波。
    「遠泳にしても……ちょっと厳しいですね」
     結城も後ろで頷くが、此処はもう海の上。
    「完全にハードモードですよね。くじけず頑張りましょう!」
     蒼香が士気を上げて、3人で泳ぎ進む。
    「サバイバル術を、本で調べたり先輩方から聞いておいて正解でしたね」
    「夜ぐらい楽しんでもいいですよね?」
    「いい海産物が取れましたし、浜焼きでもしたいですね」
     島に辿り着けさえすれば、夜はそれなりに楽しめそうなセプテントリオンの3人だった。

    「ほんっと鬼畜ですねこの合宿の立案者……!」
     思わず毒づく菫。
     サイキックで氷の足場を作る作戦は、魔人生徒会の協力者に止められた。泳ぐしかないなんて。
    「急がば回れ、と言う格言もあります」
     敬厳も潮の流れが逆になったのを感じて、泳ぎ方を変えた。
     力任せに泳がず、流れの弱まるタイミングを狙う。戻されても焦らず、少しずつ進むのだ。
    「かかって来いよ、カスザメ共がァ!」
     生肉を体につけて泳ぐ咲楽は、自らサメを集める事で皆の盾になるつもりだ。
    「皆の……ヤンデレの未来のためにぃぃぃぃぃ!」
     流希はある確信を得ていた。
    「地獄合宿、絶対に面白がって企画しているでしょう! そのつもりなら、容赦なく面白みも無く泳ぎきって見せましょう……!」
     淡々と泳いでやろうと、普通に頑張る流希だった。
     先行していた花梨が、次第に速さを増し始めた。
    「エリ、俺たちも頑張るよ! 俺たち2人が力を合わせれば、不可能なんて言葉はないからさ!」
    「うん! アタシの浮力にミストくんの推進力が加わればきっと無敵!」
     それを見て、平泳ぎなエリの背中からミストが抱きつきバタ足。
     なんとこの組み合わせで、競泳経験者の花梨に追いついて、追い抜いた。
    「珈琲蝶人(コーヒー・バタフライヤー)の異名にかけて、負けられない!」
     バタフライで大会出場した過去を思い出し、更に速くなった花梨が再度先頭に。
    「ミストはエリのどこ触ってるのかな?」
     合体している2人を茶化しつつ、姫恋もなんか涼しい顔で付いて行く。
    「これじゃ最後の最後でつまずきそうですね」
     【Nia Memoro】で冷静さを残しているのは、誠也だけの様だった。
    「清美殿の好みのタイプはどんな方じゃ?」
    「明るい人ですね。あと、趣味が合うとなお良いですね。将来結婚して子供が産まれたら、私がGMで旦那さんと子供を相手にTRPGをするという夢があるので」
     八重香に水を向けられ、ため息を吐きつつも夢見がちな瞳で語る清美。
     【月訪狐屋】の3人は泳ぎながら恋バナに興じていた。
    「桜井先輩は三毛猫さんのどの辺が良かったのですか?」
     ウキウキ顔で聞き手に回っていた夕月に、清美が話を回す。
    「本当にいいのか? あの三毛猫さんの魅力を心行くまで語ってしまうぞ?」
     疲れから思考の鈍った頭で、惚気始める夕月だった。
    「……? ナハトさん、どこを見てるですか?」
    「どこかと言われても健全な男子高校生として正常な思考と言うか」
     背中に乗せて休ませていた芽生の問いに、答えあぐねるナハトムジーク。
    「……妬いちゃうですよ」
     その答えと視線の先に気づいて、芽生の腕に力が入る。
     でも、健全な男子高校生が、水着の女性に目がいかないのも、ねぇ。
    「……ところでナハトさん、ここどこでしょう?」
     そろそろ油断するとあらぬ方向に流される海域である。

    ●荒波と急流の脅威
    「村上水軍ゆかりの海域で泳がせて貰えるなんて恐悦至極……っ!」
     泳ぐと言うより流されている宗汰。
     水着の上から陣羽織に兜と、ハードルを自ら上げた結果だった。
    「懐かしいな。金もないからって四国まで泳がされたんだったか」
     光の脳裏に甦る、6年ほど前の過去。
     伊達に酔いどれ羅刹を親に育っていない。光は着物姿のまま荒波を次々と越えていく。
     水中を進む一匹のマグロ――もとい、アンカー。
     マグロに見えたのは、着ぐるみな水着だ。
     その出で立ち故、水中呼吸が欠かせないがESPは禁止。
     そして、魔人生徒会の目は幾つもある。
    「違反者はお前かァアアアッ!?」
     それを着ぐるみと見抜いた虚露が、鬼の覆面の目を光らせて猛然と潜って行く。
    「かかってこいやぁ!」
     迫る鬼、迎え撃とうとするマグロ。
    「やれやれ。ま、あれならどっちも溺れる心配はなさそうだね」
     海面から様子を見ていた蒼麻は、変な方向に張り切りる虚露に溜息を吐いて、その後を追いかけた。
     転入時期の都合、静穂は今年の地獄合宿が初参加。
     クロールで、流れの激しい方へと迷いなく進んでいく。
     何故辛い方へ行くのか。その方が気持ちよ――じゃなくて、達成感があるからである。
    「泳げへんからって何や! 人間はおかの生き物やねん!」
     やはりカナヅチに瀬戸内海はきついか。
     沈みそうになり、半泣きで浮き輪にしがみつくシグ。
    「あー……って見送ってちゃダメだ」
     イチが身体を繋いだロープを曳き寄せる。くろ丸も咥えて引っ張る。
    「ごめんなイチくん、くろちゃん、俺のことはえぇから先に」
    「シグさん沈んだら、僕も沈む事になるから頑張って」
     割りと鬼なイチであった。
    「こんなのでヘバってたりしねぇよなぁ? なよい男はモテねぇーぜー」
     智之が不敵な顔でニヤリと告げる。
    「なよい、だと……その言葉撤回させてやンぜ!」
     計画が台無しだと毒づきつつ、負けじとハイスピードに付いて行くミカ。
    「あ、君。大丈夫? 流れきつかったよね」
    「漢の合宿に余所見は厳禁!」
     それでもミカは女子を見つければ声をかけ、その度に智之が泳ぐ速度を上げる。
     意地のぶつかり合いがそこにあった。
    「みお、ビート板、取ってきた」
    「……ありがとうございます」
     透流が、回収したビート板を紅虎の背中に居る海碧に渡す。
     海碧は泳げない。それでも浮き輪とビート板で頑張っていたのだが、急流に流されかけたので、今は紅虎が乗せていた。
    「この辺、流れキツいが皆、体力大丈夫か?」
     シグルスは自身も泳げないメンバーを引っ張りながら、周りを気遣う。
    (「さすが、地獄合宿マジで辛すぎる……流れキツ……」)
     さすがに紅虎もキツさを感じているが、決して顔には出さず、たぽぽぽぽ、と泳ぎ続ける。
    「ベニー……かっこいーけど、なんか犬みたい」
    「ちょっと可愛いですね」
     犬かきと言うか虎かきと言うか。
    「おーい」
     その時、一也が海の中から顔を出した。
    「この辺潜って進めば、ちょっとは潮の流れ緩そう……なんだけど」
     が、他に潜れそうなのは透流くらいだった。
    「息継ぎも必要だしな。素直に上を行くか」
    「うむ。鍛える良い機会だ」
    「ああ、皆で乗り越えようぜッ!」
     天文台通り2-Fのクラスメイト達は、力を合わせ瀬戸内海を進んで行く。
     上級生も協力を選ぶ者達がいる。
    「右側の島の間なら、船はいなかったぞ」
    「右からだと、少し遠回りになりますよ」
     先行して様子を見てきた十四行の報告に、リンが眉をひそめる。
    「潮の流れのキツさは、多分どっちでもあまり変わらないよ」
     魚の動きで潮を読むと言う離れ業をさらりとこなす流季。
    「軒太郎さん、ボート引き交代しなくて大丈夫ですか?」
    「問題ねえ。瀬戸内暴走遠泳隊、全力で泳ぎきってやるぜ!」
     荷物を載せたボートを牽引する軒太郎は、気遣う双調の言葉に力強く返す。
    「紅染、まだ泳げそうか?」
    「……ん、大丈夫、ですよ、祇音。なんとか、進め、そうです」
    「後ろはボクがちゃんと見てますから!」
     ボートの両脇は祇音と紅染のカップルが支え、後ろにリカが付くという布陣。
     それぞれの能力を考慮した役割分担。
     そんな中でも、悪戯を考える者はいるものだ。
    「あれ、幸谷のヤツ、何処行った?」
     十四行がその姿が見えない事に気付いた瞬間、幸谷は行動を始めた。
     背びれ風の玩具をつけて、鮫のフリをして一気に仲間達に接近する。
    「サメじゃな……紅染に近づく前に、お仕置きしてこようかの」
    「取りあえず沈めればいいよね」
    「フカヒレ狩ろうぜ!」
     幸谷の誤算は、鮫で驚くようなタマは一人もいなかった事であろう。
    「ごッふ!? いやゴメン許ッやめマジ溺ッ俺が悪かッつかお前ら実は気づいてッ――ゴメンなさいでしたあああッ!」
     バレーボールやら拳やら色々叩き込まれた上に、投げ飛ばされる鮫(幸谷)。
    「エイメン――さぁ、全速全身です! あの無駄な犠牲を無駄にしないようにっ!」
    「え、え? 手当てしなくて良いんですか?」
    「……んー……いらない、かな。大丈夫ですよね、多分」
     玉川上水2-9のクラスメイト達は、鮫を引きつつ先を目指す。
    「うん。風も強くなってきたし、今日はここまでね」
     備後灘を越えた所で、紅葉は島に上陸した。
     家出した実家は遠くない。
     うっかり溺れて打ち上げられた所を知り合いや妹に見つかりでもしたら――。
    「すっっっごく恥ずかしいしっ!」
     思わず声に出てしまう程に。

    「獲ったどー!」
    「負けませんよ、律兄さん。今度こそ切り身を獲ります! 摩利矢さん、見つけたら教えて下さいね」
    「ああ、判った!」
     律に負けじと切り身を探す心太に、通りすがりの摩利矢が頷く。
    「あぁ、こりゃ完っ全に信じてるな……2人とも」
    「……まぁ、なんだ、いつか巡り会えるといいな。切り身」
     その様子に倭と蓮太郎が溜息1つ。もうどう突っ込んでいいのか。
    「この辺りだと切り身は蒲鉾に……」
    「あの2人どーすんのよ、って更に吹き込むな軍師ー!」
     海中から顔を出すなり虚言を言い出す小次郎に、堪らず律がツッコむ。
    「この激流の中、泳ぎながら食材調達とか逞し過ぎるやろ」
     感心する七音の背中に注がれる春陽の視線。
    「漁も良いですが、進んで下さい。流されます」
    「オレより遅れすぎないように」
     燐の進路の先導と、麗羽の最後尾からカバーが【梁山泊】の最後の砦か。
    「ここ流れキツ……八重垣さん、濡らしたらどうなるか判ってるわよね?」
     春陽がタライを運ぶ倭に笑顔の圧力をかけた時、事件は起きた。
    「わわっ……キャー!」
     大きな浮き輪に乗った静菜が珍しく叫びを上げる。
     くるくる回って手足をバタバタ。一見、楽しそうだが、実は流されていた。
    「あ、あし攣った……っ」
    「てめえも流されるんかい!」
     慌てて助けに向かった律のミイラ取りがミイラっぷりに、思わず軍師もツッコむ。
    「静姉さんも律兄さんも、今行きます!」
    「ひにゃあああっ!?」
     心太が助けに向かうと同時に、今度は春陽が叫びを上げた。
    「南谷ちゃんどないしたん?」
    「な、何か脚に絡まっ」
     近くにいた七音が潜って見れば、春陽の脚にタコが絡みついている。
    「お、タコやん! よっしゃよっしゃ、これで今晩のたこ焼きパーティーの材料ゲットや♪」
     たこ焼きプレートは、倭のタライに中に。
    「倭さん、蓮太郎君、これ持って。引っ張りますよ」
    「この白いのは何なんだ?」
    「褌の端」
    「一寸待て、すると心太の方はどうなって……!」
    「早くタコ取ってー!」
     なんかもう、大騒ぎ。
    「しんちゃん律さんありがとうございます……」
    「この先、カバーしきれるのかな」
    「進路は何とかしてみせます。天剣星として」
     ぐったりとした静菜と律が救助され、見守っていた麗羽と燐も少し疲れた様子で呟いた。
     クラブのエンブレムを入れた揃いのウェットスーツ姿の【Salamander House】の面々。
    「あれ? 何か……方向が……あれ?」
     その場で回って真っ直ぐ泳げなかったゆまを特訓しつつ、無事に芸予諸島に到達。
     沈み行く夕日が、島々の影を海に落とす。
    「疲れも忘れて見とれてしまう……ことはないか!」
     眩しくも幻想的な光景に、慧樹が思わず声を上げた。
    「青い海に浮かぶ島々も綺麗だったけど、夕暮れ時も綺麗だね」
     かつて見た海道からの景色とは違う光景に、アナスタシアのテンションも上がる。
    「わぁ……本当に綺麗な夕日!」
     はぐれない様に付いて行くのに必死だったゆまも、やっと周囲の景色に目を向けて、感嘆の声を上げる。
    「地獄合宿も案外悪くないかもな」
     泳いでいなければ出会えなかった綺麗な景色に、聖太が小さく呟く。
     これから始まる聖太の人生初キャンプも楽しみだ。
    「島に兎がいるの? 会えるといいな!」
    「うん。ウサギと遊びたいな」
    「だろ? 楽しそうだよなっ!」
     疲れてはいるが、4人それぞれに笑顔で、一路ウサギのいると言う島へ。

    ●一時の休息
    「リネ、此処にいたんだ」
    「あ、いたいた」
    「おーい。2人とも。夕飯出来たぜ」
     上陸した島の海岸。
     そこに1人いたリネアリスの元に、1人また1人と集まって。4人で沈む夕日を見送る。
    「……僕たち、よく生きてるよねー!」
     徒の一言に起きた笑いは、今日を思い出してか、その顔がタコ墨でパンダ状態だからか。
    「みんなと来ると、地獄だって忘れちゃうね」
     引き寄せられるように集まって夕日を見ている事もおかしくて、ゆるりの視界が僅かに潤んだ。
    「……地獄と言うが、私には実に有意義な『旅行』だよ」
     リネアリスは静かに告げる。仲間と共にある事の心強さを感じながら。
    「よーっし飯、つかタコ食おうぜ! 今日は腕によりを掛けたからな」
     この4人ならきっとゴールまで乗り切れる。
     和真はそんな確信に似た気持ちを抱いていた。
     瀬戸内海の島生まれな実の案内で、斎と2人島に上陸。
     霊犬のクロ助も後に続く。
    「あそこの島が広島であっちの島は岡山、それでここの島が香川で向こうに見えるのが愛媛」
     実の選んだ島は、四つの県が見渡せる場所だった。
    「四……あぁ、成る程。苗字なんか意識した事無かったから、なんか照れるな」
    「何か、四童子には見せたかった」
     ほへっと無邪気な笑みを見せる実に、斎も作り笑いでない笑みを返した。
     着ぐるみ野郎3人も島に上陸。
    「特攻野郎どもの食事は俺にしか作れん! 男の料理を見せてやるぞぉぉぉ!」
     犬ぐるみの達郎は手際よく魚を捌き。
    「うるぁああああ! 職人の腕の見せ所じゃああああ!」
     ナノぐるみのファニーは竈と草木の食器を作り。
    「……地味だなこれ」
     歩く寝袋な玄は焚火の番をしつつ、小麦粉団子をコネコネ。
    「まず! 何この今世紀最低の産業廃棄物?!」
    「馬鹿な、俺がこんなクソ不味い料理を作っちまうとは……」
     しばらく後に完成した料理は、何故か酷い事になってしまっていた。
     夕焼けに染まる島の海岸で向き合う、【便利屋】のナディアとかごめ。
    「綺麗な海だね……でも、桜井さんの方がもっときれ――」
    「先輩、それって死亡フラ――」
     良い雰囲気になる前に、鎖が伸びてナディアを海に引き擦り込んだ。
    「男ってのはな、男の友情を第一に動くもんだよな?」
     海の中から鎖を手に現れる明莉。
    「1人で青春出来ると思……ぉぉぉぉぉぉ?!」
     今度は、海中から伸びた手が明莉を沈める。
    「あ。これナディアじゃなくて明莉の脚だった。悪いなー!」
     水軍浪漫の時のお返しに要も参戦。悪いと言いつつ、脚間違えても気にしない。
    「さ、かごめちゃん、さっさとお腹を満たして休みましょうね」
    「麗しい友情に涙が出そうだね。めーこ先輩」
     遊ぶ男子達を他所に、かごめと銘子は料理にかかる。
     そして。
    「あれ。なんかくらくらする」
    「きのこ汁ヤバい……」
    「やっぱり毒だったか……」
     良くわかんないキノコの味噌汁を飲んだ男子3人が、沈黙した。
    「……ま、可愛い女の子の手料理なら許されるわよね」
     勿論、女子2人は無事でしたとさ。
    「イリスはおにぎりを持って来たのだ」
     無人島に到着し、荷物を広げるイリス。
     なんもなかった。
    「おにぎり海に流されちゃった。てへペロ」
    「何が『てへペロ』だ! 使えねえな!」
     そんな事があり、食料を探して無人島を彷徨う未空とイリス。
    「最後の最期まで希望を持とうよ。未空ちゃん」
    「何が希望だ。こんな島で魚焼いてる奴はいないだろう」
     だが、流す神あれば救う神あり。
    「自分で捕って料理して食べると、美味しいわね。……食べきれないけど」
     偶々、同じ島に上陸していた蘭花が、大量の魚介類を焼いている所に遭遇するまで、あと5分。
    「沢山釣れましたね、兄さん」
    「悠里の釣った魚が一番の大物でしたね」
    「料理は僕の担当だ。全力で作るよ。刺身とかメインでね!」
     釣りを終え、野営地に戻ってきた來鯉と悠里とホテルス。
     來鯉が料理し、悠里が手伝う。食後には、ホテルスが愛用の竪琴を奏でる。
     悠里とホテルスには恋人が出来た。
     今回が3人で出かける最後の機会になるかもしれない。
     だからこそ、兄妹3人水入らずの楽しい一時を想い出に。
     寝る時は、3人で川の字に。同じ夢を見れるだろうか。

    「ご飯作りお手伝いします!」
     桃香のその申し出に、遊は一瞬、答えに詰まった。
     恋人の料理の腕前は良く知っている。大惨事になる図しか浮かばない。
    「桃香は……とりあえず休んでろ」
    「……そうだね、花園さんは休んでいて大丈夫だよ」
     葵も同じ想像をしたか、2人に促され、桃香は霊犬を連れてテントに戻って行った。
     そして――。
    「エトさんと水平さんのお魚、鬼雨の貝、朴さんの木の実、それに遊さんと雨月さんのカレー……どれも美味しいです!」
     空に月が登る頃には、【ヒトトセ】で協力して作った食事が並んだ。。
    「……うん、そう言ってもらえるとこっちも嬉しいよ」
     疲れも吹き飛ぶ一言に、葵が笑みを見せる。
    「地獄な合宿でも、美味いモンを囲めば極楽ってな。腹一杯食えよ」
     遊が促すまでもなく、あっという間に全員の胃袋に消えた。
    「鬼雨さんも蒔季さんにいいお土産話……できるかな?」
    「ああ。遊に貰ったシーグラスもあるし、あの2人が蜂に刺された話も良い土産になりそうだ」
     桃香の問いに、笑みを浮かべる鬼雨。
    「すまない……ひどい目みせた」
    「大丈夫だよ。おかげで、居眠りで海に落ちずに済んだし」
     木の上にあった蜂の巣を、劉鞍が突いてしまったのだ。逃げた先で、水平が巻き込まれた。
    「寝る前に記念写真撮ろ! キャンプの思い出だ!」
     と提案するエトも一緒に釣りをしていたが、上手く逃げて無事である。
    「地獄合宿、意外と楽しいものだ♪」
     最初にカメラを構えた劉鞍が、小声でしかし楽しげに呟いた。
     【蒼鳥】の5人は上陸した島で、ノエルの集めた食材を食べつつ翌日のルートを相談していた。
    「この作戦で問題ないでしょう。自分、帰ったら好きなケーキを食べに行こうと思っているのですが、もう何も恐くありませんね」
     満足げに頷いた勇駆は、ちょっと潮の様子見てきます、と1人海の方へ。
    「イズミ、そんな不用意に触ると刺さるかもよ……?」
    「人間には、やらなければいけない時があるんです」
     泉は、皆の風除けにと人造灼滅者本来の姿になったユリアーネの美しい(但し硬く鋭い)翼に夢中だ。
    「……おい泉。流石にそれ以上は泳ぐのに支障をきたすぞ?」
     ノエルが止めてももふり止まらない。
    「ノエルさん、こっち。『男女七歳にして席を同じくせず』だよ」
     寝相の悪さに自覚のある夜雲が、男女の寝床の間に木々で仕切りを作る。これで、何かあっても事故だ。
     が、朝になっても勇駆が戻って来なかったと言う、もっと大きな事故が起きるのである。(ゴールで再会した)
    「空にも海があったー。星の海、キレーだなー」
     背泳ぎの要領で、海に浮かんで夜空を見上げる翔。
    「わあ! 吸い込まれそうな星空ですねえ!」
    「うわっ」
     ザバっと海中からいきなり出てきたレオンに驚くアーサー。
    「あれが牛かい座のアークトゥルス! こっちが、おとめ座のスピカ! あっちが――」
    「すごいっ、よく覚えてるね。彼らは一等星だけど、レオンくんは優等生だね」
     春の星の名前を次々に挙げるレオンに、アーサーの口から褒め言葉。
    「そろそろ陸に上がろうか。明日は一気に泳いでいくよ」
     翔が促し島に上がっても、3人はしばらく星空を見上げていた。
    「ちょうど半分くらいですね。今夜はもう休みましょう」
     りんごの合図で【花園】の4人が島に上がる。
    「ぼ、防水の袋にでもキャンプ用品詰めておけば……」
    「コセイもしっかり乾かすんですよー?」
     夜の寒さに震える杏子が目にしたのは、悠花の横でぷるぷるしてるもふいの。
    「大丈夫です?」
     今にもコセイをもふりそうな杏子を、りんごがタオルを広げて包み込んだ。
    「火を起こす道具を持ってきたよ」
     桃子が集めた木切れで火を熾す。
    「みんなで身を寄せ合ってあったまろうね♪」
    「つまりりんごさんの胸の間に埋もれていいと?」
     悠花がそんな事を言った時には、既に杏子がりんごに、くまなくみっちり全身を拭かれていた。
     今宵は女ばかり。遠慮は要らない。
    「んー! 自然の中で食べると違うね!」
    「アチチ……こんな夜もたまにはいいかもね。でも校長許すまじ」
    「地獄合宿の途中だというのに……楽しいものだな」
     【片隅のユカラ】の5人は、焚火を囲んで焼いた魚に舌鼓。
    「合宿から帰ったら何がしたいか、ですか?」
     最初にその話題を言い出したのは誰だったか。
    「こんな慌ただしい感じじゃなくて、ゆっくりと旅行にでも行ってみたいです」
     温泉にでも浸かってみたい、と弥太郎が静かに言う。
    「私は同居人の食生活についてきっちりしなければならない」
     放っておくと菓子ばかり食べるんだ、と殺鬼丸は小さな溜息を1つ。
    「ボクはいちご狩りに行きたいなぁ」
    「私はー……そうだな。デザートビュッフェに行きたい」
     夜月とミケのご所望は少し似ている。
     皆で行こうよ、その方が楽しいよ。とミケが言えば皆頷いて。
    「また皆でどこか行きたいけど、アタシはしばらく家でゴロゴロしたいや……」
     きっと筋肉痛が待っている。
     その霧栖の言葉に、誰もが一瞬遠い目になった。
     食料を調達し戻ってきた謡が見たのは、小さな寝息を立てる百花の姿。
    「少し待たせ過ぎたか」
     普段の百花の印象とは違う年相応な寝顔を、目を覚ますまで眺める。
    「……おなかすいた」
    「では食事にしよう。手伝ってくれるかな」
     寝惚け眼の呟きに、悪戯めいた口調で謡が返す。
    「う、ん? ……て、手伝うわ」
     状況を把握した百花は顔が赤くなってるのが、謡にバレてない事を祈るばかりであった。
    「エクセルさん、この合宿が終わったら、一緒に俺の実家に来てくれませんか? 母が会ってみたいと」
    「……あ? ご実家?」
     上陸した島で國鷹の告げた『お願い』にエクセルは驚きを隠せずにいた。
     意味する所は、つまり。
    「ええ、挨拶的なサムシングですね」
     しばしの沈黙。
    「よ、よし。と、とりあえずな! ……この合宿、生きて帰る事を考えようぜ」
    「どんな手段を使ってでも、生き残らせてみせますよ。お姫様」
     パチリ、と枝の爆ぜる音。
     正流は焚火を絶やさぬ様にしつつ、膝の上の律希の頭をそっと撫でる。
     相棒の膝の上で、律希は良く寝ていた。
     夜くらい、天国気分になっても罰は当たるまい。
    「ぐっすりお休み下さい。律希が傍に居ればそれだけで心身共に安らげるのです♪」
     明け方、律希が目を覚ますまで正流はその寝顔を見守り続けた。
    「秘密の場所だよ」
     藍を夜の海辺に連れ出すと、統弥はそう囁いて海に石を1つ投げ入れた。
     しばし後、海面が蒼白く輝き始める。
    「……わぁ。綺麗です! 素敵ですね」
     ウミホタルの見せる幻想的な光景に、興奮した様子で声を上げる藍の肩を抱き寄せる統弥。
    「統弥さん、本当に最高の夜をありがとうございます」
     残る地獄合宿も、2人一緒ならきっと大丈夫。
     のし泳ぎと言う古式泳法は、速くはないが疲れにくい。
    「この水練を乗り越えれば、きっと私のポテンシャルは水の忍者的なモノになれるに違いないでござるよ!」
     そんな希望を胸に、絢花は栄養ドリンクをお供に徹夜で泳ぎ続けていた。
    「朝日か……綺麗なものだな」
     友衛の前に広がる、朝日に照らされ輝く瀬戸内海。
     水着で夜営は落ち着かないと思ったが、意外とよく眠れた。
    「よし、元気も出たしそろそろ出発しよう」

    ●水練地獄の果て
     瀬戸内海横断合宿、2日目の朝が来る。
    「ゴールしたら……お風呂入って寝よう。あ、でも観光したいな……この辺はクラブの誰が管轄だったかな」
     愛用の手ぬぐいマップを広げつつ、ドロシーはご褒美を脳裏に描いて朝の海へ足を向けた。
    「うぉぉぉるぅあぇぇぇぇぇ!!!」
     音速の壁を越えたかの様な猛烈な勢いで泳ぎ出した礼奈。
    「あばぶるぇばおぼぼぼ」
     急に激しく動くと、足は攣り易い。
    「はっ!? 灼滅者になった今なら、伝説のアレができるかも!」
     別の島では、利戈が何か閃いていた。
     右足が沈む前に、左足を前に。左足が沈む前に、右足を前に。
     それを素早く繰り返す。
    「できたー! 水面走行は可能だったんだ! 灼滅者サイゴボボボッ!?」
     利戈、朝日の照らす海に沈む。
    (「……大阪の美味しいもの、食べたかった」)
     ぼんやりとそんな事を思いながら、疲れた体で黒い浮き輪に掴まり流れに身を任せる文。
    「……あれ、なにか暑くなってきたかしら?」」
     照り付ける日差しで熱くなった浮き輪に水をかけながら、文は波間を漂い続ける。
    「うどん食べたいなー……」
     呟きが、波音に消される。
     四国を目の前にしながら、上陸できないのがこんなに辛いとは。
     帰りにうどん食べようと誓うクロノであった。
    「海の幸が美味しいとこがゴールでとっても嬉しいな」
     人魚の様に泳ぐことひは、海の中の魚を見ながらゴール後のご飯の事を考えていた。
     過酷な行事も、前向きにチャレンジした方が楽しい。
    「地獄合宿って楽しそうだと思って参加したケド、なめてた! めっさなめてましたっ。きっつ……」
     一方、紫楽の口から漏れる、後悔したかの様な言葉。
    「だが完泳してやる!」
     直後に力強く言い放つと、クロールで泳ぎ始めた。
    「身体の感覚がもうないです……」
     浮き輪に捕まりぷかぷかと漂うめりる。
     道が判らず、周囲に人が多い方にとにかく付いてきたが、体力の限界が近そうだ。
    「しぬ……しぬ……もう無理だぜ……」
     離れた所では、クーガーも疲れ切った様子で仰向けに漂っていた。
     誰か助けてくれるといいなぁーなんて考え始めている。
     そんな2人だが、実は順調に関門海峡を流されていた。
     壇ノ浦には、源平合戦で天皇と共に沈んだ三種の神器の剣がある言う。
    「灼滅者の体力なら見つけられるかもしれない!」
     そう言うや否や、いきなり潜り出す登。
    「ニホンのソードにヘイケの魂!? ボクも一緒に探したーい」
     微妙に勘違いしたアッシュも、その後に続いて潜り。
    「あ、わたしもなんだか平家の魂にお呼ばれしているみたいです」
     棒読みな白虎も潜り出す。逃げる口実になるとか思ってないよ?
     結局、見つかったのは何故か沈んでいたおもちゃの剣だった。

    「葉、ラストスパートいけるか? 周ェ浮き輪付きでへばってんな!」
    「いけるか? 誰に言ってんだコラ。えろい方のピンクじゃねぇぞ」
    「俺、割と気楽に考えてたのに、てっくんが一番目指すぞとか言い出すから……」
     徹太の檄に、葉は威勢良く返し、浮き輪に捕まる周がぐったりと返す。
     ハイになった徹太に連れられ、寝ずに泳ぎ通して来た【人部】の体力はそろそろ限界。
    「おーし、男が泣き言言うなよピンク共。このまま上陸までノンストップ!」
    「よーし、バベルの鎖と身体の限界に挑戦しちゃうぞっ☆」
    「俺、この合宿が終わったら、水族館に行くんだ……」
     だが、気力まだ尽きていない。死亡フラグも立てた。さぁ、ラストスパートだ。
    (「もう少し……ゴールしたら、寝ましょう」)
     1泊2日を1日で泳ぎきろうとした小太郎も、寝ていない1人。尋常じゃなく眠いが、寝るのは博多に着いてから。多分寝なくても、灼滅者だから大丈夫。
     ゴール前数百m地点で、雪奈と七穂の水着の肩紐が同時に切れてしまった。
    「玄界灘は侮れないわね」
    「またこのパターンですのー?」
     玄界灘の波に負けないよう、水着を補強して来たのに。
     嘆いた所で、このままの姿でゴールは出来ない。2人は互いに水着の修復に取り掛かった。
    「ゴールは目前ですね……」
     玄界灘に入った所で、舞斗はフロートを外し潜って泳ぎ始めた。
     バベルの鎖があるとは言っても船とぶつかるのは、避けるに越した事はない。
    (「……私も、非人道的な仕打ちと言う名の修行は受けてきたけど……この合宿、酷い」)
     そんな内心も紗貴の表情に出る事はなく。紗貴は綺麗なクロールで、ゴールへ着実に近づいていく。
    「はー……はー……無事……ゴールできました」
     玄界灘をバタフライで泳ぎきり、博多に辿り着いた遥香。
     ふら付きながら陸に上がると、一番のりおめでとう、と告げられた。
    「これで、スタート前の願掛けも……きっと、大丈夫なんです」
     あの人の夢が叶いますように。
     『武蔵坂のトビウオ』は、小さな微笑みを浮かべていた。
     体力勝負は得意だと、上位を狙い休憩を少なく泳いできた榛が、次にゴール。
     残念ながらトップには届かなかったが、悪くない。
    「ふぅ……校長はいつかすれ違った時に一発殴ろう、うん」
     と細目のままのキレ顔でそう言った。
    「道中色々とあったが、無事に辿り着く事が出来たな」
     比較的安全なルートを選んで来た久遠も、霊犬と共にゴール。
    「お疲れ様、風雪。暫し休憩するか」
     久遠が休息を取っていると、他の参加者も次々とゴールに現れる。
     疲れ果てた顔の者、仲間同士で労う者など、様々だ。
     校長の一声で決まった大阪の地獄合宿も、もうすぐ終わる。
     だが、地獄合宿はまだ終わらない――。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月13日
    難度:簡単
    参加:185人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 31
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