折れぬ刀

    作者:立川司郎

     ガイオウガ、そしてスサノオ大神……。
     大地を喰らう幻獣種共が「竜種」に目覚める日も、そう遠くはない……。
     サイキックエナジーの隆起がゴッドモンスターさえも呼び起こしたこの状況で、未だ十分に動けぬとはいえ、日本沿海を我が「間合い」に収めることができたのは、まさに僥倖。
     
     小賢しき雑魚共の縄張り争いも、王を僭称する簒奪者共の暗躍にも興味は無い。
     我が望むは、我と死合うに値する強者のみ!
    「武神大戦殲術陣」発動!
     眠れる強者よ現れよ。武神の蒼き頂こそが、これより汝の宿命となるのだ!
     
     この話しをする時、相良・隼人は一つだけ頼みを言った。それは、止めを彼の刀で行う事であった。
    「これは業大老が新たな師範代を生み出すために行う、死闘だ。この戦いで勝利を得た者は、強力な力を得ることが出来る」
     武神大戦天覧儀。
     試合会場、時間、すべて指定はない。ただ、海の見える場所でアンブレイカブル達が挑戦者を待ち続けるのだ。
     周囲に一般人が居ない時間が選ばれるようだが、邪魔が入らない為の配慮であろうか?
    「ところがこの戦い、ただ倒すだけじゃ終わらねぇ。ここで待つアンブレイカブルに止めを差すと、刺した人間が力を受け、闇堕ちする」
     アンブレイカブルとの戦いが終われば、今度は仲間との戦いが待っているのである。
    「お前達に行って貰うのは、日御碕灯台の辺りだ」
     日御碕というと、出雲の辺りかと誰かが問うとこくりとうなずいた。ずいぶん離れた所に出没するもんだ。
     日が暮れた頃、そこに行くとアンブレイカブルが現れる。薄汚れた作務衣に紺色の羽織を着た男で、刀を一本差している。
    「二、三人居れば勝てる程度だ。……その男は光貞という名で、元々山口の方で刀鍛冶をしていたらしいが、流れて出雲までやってきた。その所有する刀も、おそらく自分で打った物だろうな」
     口数は少ない。
     光貞は、その刀での死合を望み、そして死すときはその刀で止めをさして貰うのを望んでいるという。
     どの武器で戦うのも自由だが、ただ一つだけ……それが彼の望みであるという。
    「テメェが打った刀で、テメェの人生を終える。それもまた、そいつの業なのかもしれねぇな」
     特別凄い力を持った刀という訳ではないが、刀も彼も死に時を見失ったままであるなら、刀とともに送るべきだ、と隼人。
     むろん、それは小さな頼みでしか無いが。
     「このアンブレイカブルとの戦いより、力を受けて闇堕ちした仲間との戦いの方が辛いだろう。……それでも、きちんと終わらせてくれる。そうだよな?」
     闇堕ちした仲間と共に帰還すると、信じている。


    参加者
    ルーパス・ヒラリエス(アスピリンショット・d02159)
    シェレスティナ・トゥーラス(夜に咲く月・d02521)
    中神・通(柔の道を歩む者・d09148)
    幸宮・新(アオリアオラレシニシナレ・d17469)
    六文字・カイ(死を招く六面の刃・d18504)
    双葉・幸喜(正義の相撲系魔法少女・d18781)
    メリッサ・マリンスノー(ロストウィッチ・d20856)
    ユリアーネ・ツァールマン(殉教の黒刃・d23999)

    ■リプレイ

     ランタンを掲げ、のそりと幸宮・新(アオリアオラレシニシナレ・d17469)は歩く。
     掲げたランタンが照らすぼんやりとした地面が、やがて岩を映し出すと、新はゆっくりと後ろを振り返った。
     日御碕灯台の先は崖になっているが、真下には岩場もある上深さが足りるかどうか若干不安が残る。
     じつは新達は、いざ闇堕ちした仲間との戦いとなった際に海まで投げ飛ばそうと思っていた。
     肩を寄せるようにして、じっと深い崖の底を眺めて居るメリッサとユリアーネの背をルーパスが見つめる。
    「……岩に当たったら痛そうね」
     ルーパス・ヒラリエス(アスピリンショット・d02159)が呟くと、メリッサ・マリンスノー(ロストウィッチ・d20856)はこくりと頷いた。
     でも、死ぬよりはマシだよね、とユリアーネ・ツァールマン(殉教の黒刃・d23999)が細い声でメリッサに言う。それ位なら灼滅者なんだから我慢出来ると言うユリアーネに、メリッサは答えずに居る。
     囁くように話して、納得したように二人は崖から視線を離した。
    「よくサスペンスドラマで、崖から落ちるシーンがあるけど、大抵岩肌にぶつかりながら落ちてるんだよね」
    「当たらないように投げようと思うと、相当遠くに放らなきゃいけませんからね」
     のんびりとした口調でそんな事を言った新に、考えながら双葉・幸喜(正義の相撲系魔法少女・d18781)が答えた。どう考えても落ちるダメージの方が大きい気がするが、自分が投げられる側にならない事を祈る二人であった。
     さて、そろそろ来訪者が来る頃か。
     そう考え中神・通(柔の道を歩む者・d09148)が周囲を見まわすと、シェレスティナ・トゥーラス(夜に咲く月・d02521)がそっとユリアーネを呼び止めた。首からチョーカーを外すと、それをユリアーネの掌の上へと乗せる。
     彼女の白い手の上には、ジャーマンアイリスの華がちょこんと咲いた。
    「これ、シェルの大切なものだよ」
     シェレスティナの手は、少し熱を帯びているように感じた。シェルはこれに、二度と堕ちないと誓いを込めた。
     その誓いの証である。
     そのシェレスティナの手のひらごと、ユリアーネはぎゅっと握り締めた。
    「わかったよ。この誓いは私が……ううん、みんなでちゃんと預かる。だから、戻って来てね」
     役目を負ったシェレスティナは、厳しい表情で闇を見つめる。
     目を細めて周囲を監視していた六文字・カイ(死を招く六面の刃・d18504)が、声を上げた。
    「来たぞ」
     闇の中でも、その腕にある刀がカチカチと鞘の中で鳴る音が、カイには届いていたようだった。じっと耳をこらすと、その鞘が鳴る音が『声』のように思える。
     ひとつ深呼吸をして、拳を握る。
     ヘッドライトの位置を調整すると、その明かりが闇を歩くひとつの影を映し出した。薄汚れた作務衣は、あちこすり切れて破れている。
     その上に羽織った羽織もまた、ボロボロに朽ちてしまっていた。
     ただ、手の中にある刀の鞘だけは鮮やかな色を保っている。
     彼はぴたりと灼滅者達の前で足を止めると、顔を上げた。姿形はすでに生気を失っているのに、その瞳は爛々と輝いている。
     瞳の輝きは、最後の輝きであるように見えた。
    「行くか」
     カイが言うと、シェレスティナはうん、と頷いた。

     彼の果ては、我らが摘み取ろう。

     光貞は、柄に手を掛けて腰を落とした。
    「折れるか」
     光貞は、問うように言う。
     折れるか、とは彼の刀が折れるかという問いかけであろうか。最初に飛び込んだのは、新であった。
     異質に変化した豪腕で殴りつけた新の攻撃を、刀が切り裂く。
     反射は良い、だが押せぬ重さではないと新は感じる。幾つ戦いをくぐり抜けてきたのか知らないが、それ以上にこちらは経験を積んでいる……という事か。
    「生憎と、僕達は貴方を阻止しなくちゃならないんだ。その刀、折らせてもらう」
     新の言葉に、光貞は目を見開く。
     ああ、重い腕だと小さく呟くのが聞こえた。彼の攻撃は冗談からの切り下げ、そして返す刃での切り上げともに優れており、自在に刃を操る。
     その刃の切れ味は、なかなかのものだ。
     積極的にシェレスティナは攻撃を繰り出し、彼の攻撃を我が身で受け止める。後に続く戦いの為、出来るだけ自分が傷を受けなければならない。
     その刃を受け流そうとしたカイは、左手の数珠を翳してそれを受け止める。
    「直刃か……澄んだいい刃紋だ」
     こんな状況でなければ、ゆっくりと鑑賞させてもらいたかった。彼が何を思って自身の打った刀とともに放浪したのか、知る術は無く。
     その刃を受け止める事でしか、カイは彼に答える事は出来なかった。
    「こっちだ!」
     数珠の真言がシールドに展開すると、カイが光貞に突っ込んでいく。刃で切り捨てる光貞を、引きつけるべく攻撃を繰り返すカイ。
     新がちらりと通に視線をやると、彼はタイミングを計るように身構えた。
    「脇が空いているわよ!」
     横やりを入れたのは、ルーパスであった。
     まさに槍を使い、カイに引きつけられていた光貞に横合いから槍で抉る。ヒトから逸脱した光貞の体は鉄のように硬いが、この槍はまだ手応えを感じていた。
     ルーパスは、カイに合わせて突きで光貞を翻弄する。
     その表情は、どこか不機嫌そうであった。
    「ああ、そうだな」
     通が呟く。
     その通の小さな声に応じるように、新が飛び込んだ。
     風のように新はふ、と光貞の懐に入り込む。その腕にあるバベルブレイカーは、新が飛び込んだ頃には光貞の体を深く貫いていた。
    「貴方は頂に行けない」
    「……死に場所を探している人が、頂になんて行けるはずがないわ」
     ルーパスは、吐き捨てるように言った。
     振り上げた光貞の腕を通が絡め取り、刃を取り上げる。終わりを求めた男の心境は分からないし、分かりたくもない。
     いや分かりたくないのは、終わりを求めてなお『頂』を口にする事かもしれない。
     通が刀をシェレスティナに放ると、彼女は刃を受け止めて構えた。
    「刀に最後に吸わせるのが自分の血だなんて、何だか愛のようだね」
     薄く笑うと、シェレスティナは刀を振り上げた。

     幕が下りるように、刃は振り下ろされる。
     そして新たな幕が上がった。
     力を受けて、闇が現れる。
     彼女の顔は仮面に覆われ、道化が舞い降りた。

     カイにシールドを展開して傷を癒しながら、幸喜がその様子を見つめる。
     厳しい表情で見つめる幸喜は、闇に堕ちていく仲間の様子を心配しての事であろう。その闇が深い事を知っているからこそ、油断はしない。
    「さあ、こんな儀式はここで終わりにしましょう」
     張り詰めた空気をかき消すように、幸喜の声が響き渡る。
     弾かれたように切り込んだルーパスの槍を、ふわりと受け流すシェレスティナ。
    「Tanzen wir den Walzer vom Kampf」
     道化の仮面に、涙のマークがきらりと光る。
     躍るような仕草で攻撃を躱し、そして右手に握ったままの刃を静かに見つめる。その刃の先は、先ほどの衝撃で折れてしまっていた。
     ころころと笑い声を上げ、シェレスティナはぽいと刀を放り出した。
    「逃がすな!」
     シェレスティナの行く手に通が回り込むと、彼女は首をかしげて肩をすくめた。危機感のない様子で、通の拳を躱す。
     ゆるりゆるりと躱すシェレスティナの動きに、通は眉をしかめる。
    「光貞よりはるかに上手だ…!」
    「感謝してるわ、光貞さん。私を呼び戻してくれたんだもの」
     くすりと笑うシェレスティナ。
     そして腰から剣を抜くと、強烈な斬撃をお見舞いした。流れるような動きから繰り出される一撃は、一見して威力が浅く見える。
     だが、通をはね飛ばしたその一撃は決して油断出来るものではなかった。
     間にカイが飛び込み、次の攻撃を受け止める。肩から大きく切り裂かれるも、二撃目ともなるとカイもわずかに躱す事が出来た。
     ほっと息をつき、返す刃でデモノイドの腕から刃を繰り出す。
     仲間を背後に庇ったまま、シェレスティナの行く手を阻むカイ。
     そこに居るのは、かつての仲間であった。

     彼女は告げる。
    「さあ、希望も絶望も喜びも悲しみも生も死も、忘れておしまいなさい」
     忘却の川のほとりへと、誘ってあげましょう。
     両手を差しだし、受け止めるようにシェレスティナが謳う。

     倒れた通に手を貸し、幸喜がシールドを展開する。
     守りの力が通に力を取り戻させると、幸喜は静かにシェレスティナを見つめた。
    「忘れません」
     はっきりと、幸喜が言い切る。
     彼女は先ほど光貞を見ていたのと全く違う、凛とした表情でシェレスティナを見返していた。だって、シェレスティナは彼とは『違う』のだから。
    「私達を信じて堕ちてくれたあなたを、私達は忘れはしません」
    「あなたも闇を忘れてしまったから、今があるんじゃないのかしら?」
     シェレスティナが問いかける。
     カイはそれに、頷いた。
    「確かに、忘却も必要だろう。だが……」
     鋭いシェレスティナの連撃を紙一重で躱すと、カイは再びシールドを展開してシェレスティナに叩きつけた。
     二度目は躱されるが、カイは諦めない。
    「時として、忘却は逃避にしかなり得ぬ事もある。自ら課した誓いから……託した願いから逃げるな!」
     体ごと飛び込んだカイの一撃で怯んだシェレスティナは、剣を構え直すとカイへと斬り付けた。少しずつ、ほころぶ心。
     その攻撃が怒りのように見えるのは、彼女の心が揺らいでいるからだろうか。
     カイの背後から、メリッサがユリアーネと呼吸を合わせて突っ込む。カイへと意識を取られていたシェレスティナに、メリッサが槍で冷気を放つ。
     白い冷気がシェレスティナの体を包み込むと、幸喜が合わせてリングスラッシャーを放った。
     春の夜の風に混じり、メリッサの冷気を受けたリングスラッシャーがシェレスティナの体を切り裂き凍らせていく。
    「今のあなたは、まだシェレスティナさんの力に依存しています。シェレスティナさんは堕ちた時に備えてここに来たんですから」
     幸喜が言うと、シェレスティナは黙り込んだ。
     堕ちる事を考えて、シェレスティナはここに来た。ソロモンの悪魔に身をゆだねる事を覚悟して……。
     メリッサは槍を構え、じっと彼女を見つめる。
     闇は怖い。
     心を奮い立たせ、メリッサは槍でシェレスティナを穿つ。受けた傷は、少しずつ彼女の美しいドレスを裂いていく。
     その様子を見たルーパスは、鼻で笑った。
    「手前の苦痛も止められない分際で吹いたものね、道化師さん? 忘却なんて痛み止めにもなりゃしないし、失敗から学ぶことすらできないなら、そこに救いなどない」
     ルーパスが突いた槍は、彼女の仮面を弾いた。
     欠けた仮面から、シェレスティナの頬が覗く。
     欠けた涙の仮面が、からりと地面に落ちた。
     メリッサはルーパスの言葉を聞きながら、懸命に攻撃を繰り出した。辛い事も苦しい事も、その人の一部なのだから……それは忘れちゃいけない事。
     同じ場所で終わらないワルツを踊っても、前には進めない。
    「忘れる事が救い? ……それなら、どうしてこんなものを私に預けたりしたの」
     ユリアーネが、手を差しだした。
     そこには、彼女が預けたジャーマンアイリスのアクセサリーが握られていた。白いユリアーネの掌に咲いた、一輪の花。
     シェレスティナが置いて行った、誓いの証である。
    「小さなシェレスティナの忘れ物かしら? 忘れたならもう要らないわ。そうでしょう?」
    「いいえ。捨ててしまえばいいのに、あなたはそうしなかった。それは、これに込められた『誓い』を覚えていて欲しかったからじゃないの?」
     ユリアーネの言葉を払うように繰り出したシェレスティナの刃は、当然彼女に届く事はない。切り結ぶのは、槍をしっかりと構えたルーパスや、シェレスティナに組み付いた通達であった。
     通が腕を掴んで投げ落とすと、ルーパスが槍で貫く。
     滴る血を見ても、ルーパスは冷静にシェレスティナを見下ろしていた。
    「引きずってでも連れて帰るわよ」
    「戻って来て…!」
     ユリアーネは、悲鳴のような声で叫んだ。
     差しだした華は、誓いの証。
    「私が預かったこの誓い……忘れないで。絶対に、絶対に堕ちないんだから!!」
    「……!!」
     シェレスティナは跳ね起きながら剣を払うと、ルーパスを突き飛ばした。体勢を崩したルーパスが、ユリアーネの手にあった華を弾く。
     はっと手を伸ばしかけ……そして横に居たメリッサが飛び込んだ彼女の目を見た。
     空に舞った花を拾ったのは、シェレスティナの腕だった。欠けた仮面から覗いた彼女の目は、ここに来た時のようにとても澄んで美しく。
     メリッサは、槍を持つ手から力を抜いた。
     両手に包み込み、シェレスティナはじっと華を見下ろす。いつのまにか、シェレスティナは元来た時のように静かに華を見つめていた。
    「お帰りなさい」
     小さな声で伝えた、メリッサ。
     堕ちる覚悟と、戻る意志とがそこにある。覚悟を決めた彼女の事を、メリッサは羨望にも似た眼差しで見つめている。
    「……以前戦ったアンブレイカブルが、言っていた」
     ぽつりと通が口を開き、ふとメリッサが顔をあげた。
     おまえにゃ気合いが足りネェよ、強い奴と戦えるなら生死なんざ関係ないって気合いがよ! ……そんな事を言ったっけ。
     通が苦笑交じりに言うと、ルーパスが何かを言いかけてふっと息を吐いた。
    「目的の為に堕ちる覚悟って訳? ……堕ちる事でしか目的が果たせないというなら……」
     その先を飲み込むと、厳しい表情でルーパスは折れた刀を見下ろした。
     春先の冷たい夜の風が周囲を吹き抜け、じっと海を見つめて立ち尽くす幸喜の髪を揺らす。風邪ひくぞと通が声を掛けると、幸喜が振り返った。
    「この天覧儀の戦場、来た時よりもずっと良い風が吹くと思いませんか?」
     幸喜は言うと、ふっと笑顔を浮かべた。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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