こどもの日を血に染めて

    作者:J九郎

     5月5日、こどもの日。都内の遊園地は、大勢の子供連れで賑わっていた。
     そして遊園地内のフードコートは、まだお昼には少し早い時間だというのに、すでに満席だった。
     そんなフードコートに、20代半ばくらいのスーツ姿の女性が入ってくる。女性はフードコート内を見回すと、はしゃいでいる子供達に目を向け、にっこりと微笑んだ。
    「いいわ! 未来への可能性に溢れた子供達の笑顔! その顔が絶望に歪み、血に染まっていくのを見るのは最高だわ!」
     突然叫びだした女に、何事かとフードコート内の視線が集中する。次の瞬間、女がパンツスーツに包まれた足を振り上げ、一閃させた。続いて、ストンと何かが落ちる音がフードコートに響く。たまたま近くにいた少年の首が床に落ちたのだと周囲の人々が気付くのには、しばしの時間が必要だった。
    「キャアーッ!」
     ようやく何が起きたのか理解した人々が悲鳴を上げ、逃げまどい始める。
     女はそんな喧噪の中を常軌を逸した速度で駆け回り、ハイヒールに仕込まれた刃と長く伸びた爪を使って、子供達を一人一人血祭りに上げていく。
    「さあ、灼滅者の子供達、はやくいらっしゃい。でないとここにいる全ての子供達の未来の可能性が消えてしまうわよ」
     血に染まった爪を愛おしげに舐めながら、女は楽しそうに笑みを浮かべた。
    「ああ、でも! 未来への可能性に満ちたかわいい子達がやってきたらどうしましょう!? 思わず墜ちる前に殺してしまうかもしれないわ!」
     
     
    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。こどもの日に、遊園地のフードコートに六六六人衆が現れ、殺戮を始めると」
     集まった灼滅者達に、神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)は深刻そうな表情でそう告げた。
    「……相手は序列六〇六番の時崎・美沙(ときさき・みさ)。一年前のこどもの日にも、遊園地に現れたのが確認されてる。……小学生以下の子供を殺すことに固執してる、たちの悪いダークネス」
     その彼女が、再び遊園地に姿を現したという。
    「……でも、今回は少し様子が違って、灼滅者が来るのを待っているように見える。……多分、彼女の狙いは闇堕ちゲーム」
     灼滅者達を闇堕ちさせることで自らの序列を上げる闇堕ちゲーム。最近、多くの六六六人衆が灼滅されたことで空位になった序列への昇格を、美沙は狙っているのだろう。
    「……皆が美沙と接触できる機会は、美沙がフードコートに入ってから。フードコートには店員、客含めて100人以上の人がいる。全員を救うのは困難かも知れないけど、出来るだけ多くの人を助けてあげて」
     フードコートの出入り口は3箇所しかなく、一斉に逃げ出すことは難しい。ただ、美沙は大人を積極的に殺そうとはしないので、実質的に守る対象となるのは、20人ほどいる小学生以下の子供達になる。
    「……もし皆の中に小学生以下の人や、そうでなくても外見が小学生以下に見える人がいたら、囮になれるかも。……それ以前に、今回の美沙の狙いはあくまで灼滅者の闇堕ちだから、うまく誘導すれば一般人から気を逸らせることは充分出来ると思う」
     美沙は長く伸びた爪とハイヒールに仕込んだ刃を武器としている。格闘戦主体の戦闘スタイルだが、必要があれば遠距離攻撃も厭わないだろう。
    「……今回の目的は、あくまで一般人の殺戮を阻止すること。前回同様、美沙は自らの身が危うくなれば撤退していくはず。美沙の目的は皆を闇堕ちさせることだから、できることなら闇堕ちを出すことなく美沙を撤退まで追い込んでほしい。……強敵の六六六人衆が相手だけど、頑張って」
     妖はそう言って、灼滅者達を送り出したのだった。


    参加者
    科戸・日方(高校生自転車乗り・d00353)
    置始・瑞樹(殞籠・d00403)
    万事・錠(ベルヴェルク・d01615)
    彩瑠・さくらえ(宵闇桜・d02131)
    安藤・小夏(片皿天秤・d16456)
    ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)
    イシュタリア・レイシェル(小学生サウンドソルジャー・d20131)
    左藤・大郎(撫子咲き誇る豊穣の地・d25302)

    ■リプレイ

    ●惨劇は突然に
     遊園地のフードコートに女性が一人、足を踏み入れた。親子連れが多い中、若いスーツ姿の女性とあれば、嫌でも目立つ。
    「来たか……」
     入り口付近で待機していた置始・瑞樹(殞籠・d00403)が、時崎・美沙発見の報を携帯で一斉に仲間達にメール送信する。
    「いよいよだね」
     中央のテーブルで待機していた彩瑠・さくらえ(宵闇桜・d02131)が、同じテーブルを囲んでいるハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)とイシュタリア・レイシェル(小学生サウンドソルジャー・d20131)に目で合図を送った。小学生二人は頷くと、美沙目掛けて駆け出していく。同時に、さくらえがガトリングガンを取り出し、空に向けて無造作に発砲した。
    「さあ、蜂の巣にされたくなければさっさと逃げるんだ」
     “王者の風”を使った上での実弾を用いた恫喝に、たちまちフードコート内が混乱に包まれる。
    「オメェら全員、バラされたくなかったらダッシュで出ていきやがれ!!」
     万事・錠(ベルヴェルク・d01615)がハノンとイシュタリアの後を追いながら、同じく“王者の風”を使用した。ESPの効果で萎縮した人々は、素直に彼らの言葉に従い、出口に殺到していく。
    「あら? 既に武蔵坂の子達が来てたのかしら? まあ、手間が省けていいけれど」
     美沙は冷たい笑みを浮かべると、自分の横を駆け抜けていこうとする親子目掛けて、長く伸びた爪を振るった。
    「させるか!」
     だが、その爪は親子に触れることなく、割り込んできた瑞樹の肉体を切り裂いていた。
    「そうそう。武蔵坂の子達って、自分の身を犠牲にしてでも他人を守っちゃう、おバカさん揃いだったわよね」
     爪についた血を舐め、楽しそうに笑う美沙。そこへ、イシュタリアの放ったアンチサイキックレイが飛んできた。美沙は咄嗟に爪で光線を弾くが、全てを受け流しきれず、頬に一筋の傷がつく。
    「イシュちゃん達と遊びたいと聞いて付き合いに来てやったのです、ありがたく思いやがれなのです」
     イシュタリアが、美沙の気を引くために可愛く手を振りつつ存在をアピールする。
    「なんだおばさん、八つ当たりか? いい年してみっともないよねー」
     続けてハノンが、両手に構えた白と黒のサイキックソード“ミランダ”と“ジョナサン”で、美沙に斬りかかるが、美沙は軽くその攻撃を回避しつつ、回し蹴りをハノンに見舞った。
    「まあ、今日は小学生の子達がいるのね! どうしましょう、堕とそうと思って来たのだけれど、あなた達の未来を断ち切りたくなってきてしまったわ!」
     美沙の顔が、歓喜に歪む。
     そして、美沙が二人に気を取られたこの隙は、一般人の避難を進める好機だった。
    「慌てないで、コチラから避難してください!」
     3つある出入り口の一つで待機していた左藤・大郎(撫子咲き誇る豊穣の地・d25302)は、“ラブフェロモン ”を活用して、避難誘導を行っていた。店員にも協力を要請して手分けしつつ、子供には優しい口調で恐怖を緩和し、大人には落ち着くよう声を掛け、怪我人には治療を行い、確実に一人ずつ逃がしていく。
     同じく、瑞樹や大郎とは別の出入り口前に待機していた安藤・小夏(片皿天秤・d16456)は、妖の槍を取り出すと、周囲の人々に声をかけた。
    「殺されたくなければどっかいって。見せもんじゃないから」
     それから、槍の先端から氷塊を美沙目掛けて放つ。美沙にとってその攻撃は完全に注意の外で、回避が間に合わない。氷塊が美沙の腕をわずかに凍らせたのを確認した小夏は、中央付近へ誘導されつつある美沙目掛けて駆け寄っていった。
     その中央付近では、
    「さあ、出口はこっちだぜ! 慌てず、一人ずつ逃げるんだ!」
     科戸・日方(高校生自転車乗り・d00353)が“割り込みヴォイス”で周囲の一般人達に避難指示を出していた。3つの出入り口を見比べながら、一つの出入り口へ集中しすぎないように、避難ルートを指示していく。
    「そうねえ。今日の狙いはあくまであなた達なんだけど、せっかく子供達が一杯いるんですもの。何人かは未来の可能性を摘んでおきたいわね!」
     ハノン、イシュタリア、さくらえ、錠の4人に囲まれながらも、美沙は余裕の態度を崩さず――唐突に、そのどす黒い殺気を解放した。殺気の奔流は包囲する4人を超え、まだ逃げ遅れていた人々に襲いかかる。
    「キャリバーさん! 子供達を守って!」
     大郎の指示に従い、フードコートの隅に止められていたライドキャリバーが逃げる人々をかばう。同じように、小夏の連れた霊犬のヨシダも小夏共々子供達の盾となり、瑞樹も自らの身が傷つくのも構わず人々をかばった。結果、美沙の放った殺気は一般人を傷つけることなく、その間にも瑞樹や大郎の誘導で避難は確実に進んでいく。
    「……やっぱり、先にあなた達に墜ちてもらった方がいいみたいね」
     美沙の瞳に、狂気にも似た輝きが浮かんだ。
     
    ●命懸けのゲーム
    「ワタシも、人殺しだからこの手は血で染まってる。取りこぼしたものだってたくさんある。けど、決めたんだ。この手で、誰かの未来を護ってみせると。もう誰の未来も閉ざさせない」
     さくらえが、ガトリングガンから炎の弾丸を吐き出し、美沙を釘付けにする。
    「アンタ、イイ趣味してんなァ。悦べよ、子どもの日を命日にしてやっぜ」
     さらに錠がバベルブレイカー“SHAULA”の杭を高速回転させ、美沙の体に大穴を空けんと突撃していった。
    「あら残念。命日を迎えるのはきっとあなたの方が早いわよ?」
     しかし美沙は、その杭を細い爪であっさり受け止めると、鋭い蹴りを錠に見舞った。ハイヒールに仕込まれた刃が錠の胸を突き刺し、血を迸らせる。だが、美沙が攻撃に転じた隙に、イシュタリアが動いていた。
    「隙だらけなのです!」
     イシュタリアがかわいらしくポーズを付けながら放った光線が、美沙の背後から迫る。
    「うふふ、かわいいわあ。こんな程度で隙を突いたつもりでいるなんて!」
     美沙は振り返ることすらせずに、最小限の動きでその一撃をかわし――、
    「悪いね、それもフェイントなんだ!」
     その回避の動きを読んでいたハノンが、サイキックソードでの一撃を美沙に決めた。
    「可能性を断ち切るとか言って奇抜なセンスを気取っているように見えるね。みっともない。でも、大人なら仕方ないかな?」
     傷口を押さえる美沙に、ハノンが挑発の言葉を投げかける。
    「かわいい、ホントかわいいわ。3人がかりでやっと一太刀浴びせただけなのに、すっかり調子に乗っちゃって。でも、今の一撃は悪くなかったわよ? あなた、成長すれば灼滅者として生きるにせよダークネスに墜ちるにせよ、きっと強大な存在になるわね。ああ! 今この場でその可能性を断ち切ってしまいたい!」
     美沙が愉悦の表情を浮かべながら、ハノンを切り裂かんと長く伸びた爪を一閃させた。だが、その一撃はハノンには届かない。一般人の待避をすませた瑞樹が、己の身を盾にハノンを庇ったからだ。
    「絶対に、仲間はやらせない」
     瑞樹は自身の小さな妹と、イシュタリアやハノンの姿を重ね合わせて、我が身に変えても二人を守り抜くとそう誓っていた。
     さらに、
    「テメェの相手は俺がしてやるよ」
     日方が美沙の背後から迫り、解体ナイフでその背中に切りつける。他の仲間に比べて自分の実力が劣っていることを自覚している日方だからこそ、確実に攻撃を当てられる隙は見逃さない。
    「もう。せっかくかわいい子達と遊んでいたのに。邪魔しないでほしいものね」
     美沙は一旦飛び退いて灼滅者達と距離を置くと、全身に霧の如きオーラを纏い、負った傷を癒していく。
    「今のうちに!」
     大郎も解体ナイフから夜霧を発生させ、傷ついた錠と瑞樹を癒していった。
    「灼滅者1人2人堕とすためにずいぶんとまぁ、いろいろ仕込んでくれたようで。いいよ、くそったれ。その思惑、のってやろーじゃん」
     その間に、全ての一般人が避難したことを確認した小夏が殺界形成を展開する。それから、シールド“稀”を構え、美沙に体ごとぶつかっていった。
    「ただし、そう簡単にいくほど、灼滅者も安くはないよ!」
     小夏の突進を、美沙は軽くステップを踏んでかわすが、そこへ正面からさくらえと錠が、背後から日方が一斉に攻撃を仕掛ける。
     さくらえの神薙刃と錠のグロウル状態の歌声が、そして日方の解体ナイフの一撃が波状攻撃となって美沙に迫り、美沙は高く跳んで神薙刃と解体ナイフは避けたものの、歌声まではかわしようがなく、思わず耳を押さえて着地した。
    「どうだ、俺の歌声は。中々のモンだろ」
     錠の言葉に、美沙は苛立たしそうに顔を歪める。
    「もう。私はそこの小さな子達と遊んでいるのよ? 邪魔しないでもらいたいわね」
     そう言った次の瞬間には、美沙の鋭いハイキックが、灼滅者達に襲いかかっていた。
     
    ●倒れし者、そして……
     美沙の猛攻は、着実に灼滅者達の体力を削り取っていった。
    「ダメだ! 回復が追いつきません……!」
     無表情に癒し役に徹してきた大郎の表情に、わずかに焦りが浮かぶ。最後まで諦めるつもりはないが、長期戦になれば灼滅者側に分が悪い。既にキャリバーさんは倒れ、霊犬ヨシダは回復のフォローで手一杯になっている。
    「俺は自力で何とかする。それより囮二人を癒してやってくれ」
     ソーサルガーダーで守りを高めると共に傷を癒した瑞樹は、もうずっと、愛用の盾と鍛えられた肉体を以って堂々と攻撃を受け止め、囮役の小学生二人を庇い、防御してきた。だがそれゆえに、サイキックでは癒しきれない傷の蓄積が誰よりも早い。
    「瑞樹さん、下がって! 後はあたしが壁役になるから!」
     小夏が瑞樹と代わろうとするが、瑞樹はそれを制する。
    「もう少し、俺一人で耐えきれる。もし俺が倒れたら、後は頼む」
    「もう少し? あなたうっとおしいから、今すぐ消えてもらえるかしら?」
     だが、美沙はどうせ小学生二人を狙ってもかばわれてしまうのならと、狙いを瑞樹に向けた。
    「くそっ、やらせるかよ! 例え手足の一本や二本、折れても砕けても、徹底的に邪魔してやる!」
     そんな美沙を足止めしようと、日方が美沙の足目掛けて解体ナイフを振り抜くが、美沙はハイヒールに仕込んだ刃で解体ナイフを受け止めると、あっさりと受け流してしまう。そして、
    「私の攻撃をあれだけ受け続けても倒れなかったのは褒めてあげる。でも、これでおしまい」
     一瞬で瑞樹の死角に回り込むと、爪を一閃させた。
    「ぐうっ!」
     瑞樹の肉厚の体が、ぐらっとゆらぎ、そして遂に倒れた。
    「あらら? ここまで痛めつければ墜ちてくれるかと思ったのだけれど、倒れる方が早かったみたいね」
    「みんな、てめぇの思いどうりにはさせないのです」
     イシュタリアが、美沙の攻撃直後の隙をついて、かわいらしく踊りながら美沙に攻撃を加えていく。
    「お待たせしたわね、かわいいお嬢ちゃん達。さあ、今度こそ心おきなく遊びましょう?」
     しかし美沙は、イシュタリアの攻撃を受けても涼しい顔のままで。
    「いいかげんにしなよ、おばさん。アレか? 大切にしてた子供が死んじゃったとか、そんな理由で墜ちたのか?」
     ハノンもサイキックソードを寄生体と一体化させ、手足のごとく刃を振るって美沙に斬りつけていったが、その攻撃も美沙の爪と足がことごとく受け流していく。
    「何を言ってるの? 子供を殺すのに理由が必要? もし理由があるとするなら、それは無限の可能性を秘めているからってだけで充分じゃない?」
    「おいアンタ。最初にガキをバラした時、どんな気持ちだった?」
     St. PETERを構えた錠が、ハノンに並んで美沙に斬りかかっていった。その脳裏に、殺人衝動に屈して母親をバラした時の感覚が蘇る。
    「……俺は悲しかったよ」
    「ああ、これだから不完全な墜ち損ないは嫌なの! なぜ殺人衝動を否定するの? 殺したい時に殺せばいいじゃない。悲しみなんか捨ててしまえば、後に残るのは悦びだけなのに」
     美沙は体を深く沈み込ませて錠の攻撃をかわすと、そのままスライディングキックをハノンに見舞った。
    「うあっ!?」
     足を払われ倒れたハノンの腹部を、美沙が思いきり踏みつける。
    「さあ、おねんねの時間よ、お嬢ちゃん」
     その一撃で、ハノンの意識も闇に飲まれていった。
    「……ん?」
     一人後方で冷静に戦局を見守っていた大郎は、美沙の異常に真っ先に気付いた。美沙は倒れたハノンを見下ろしたまま動かない。そして、その顔に浮かぶのは、明らかに殺人衝動。
    「みんな! 美沙はハノンを殺す気です!」
     大郎が叫ぶ。倒れた子供を前にして、美沙は闇墜ちゲームという本来の目的を見失っていた。
    「やらせないから! 瑞樹さんに後を任されたんだから!」
     小夏が、ハノンの上に覆い被さり、自らの身を盾とする。
    「誰の命もこぼしてたまるか。俺は諦めが悪いんだ。タダじゃ終わらない。未来は断ち切らせない!」
     日方が、動きの止まった美沙を解体ナイフで斬りつける。
     それでも、美沙は恍惚の表情を浮かべたまま、鋭く伸びた爪を振り下ろした。爪はハノンをかばう小夏の背中を何度も切り裂いていく。
    「こいつ! ふざけんじゃねえぞ!」
    「このバカ女、やめるのです!」
     錠とイシュタリアも攻撃に加わるが、美沙は爪をひたすらに振り下ろし続け――、
    「……ずっとこの闇が怖くて仕方なかった」
     ふと、さくらえの静かな声が、フードコート内に響き渡った。
    「今だって怖い。けれど、この場は譲れないんだ。今度こそ護るって決めたんだ」
    「さくらえ、まさか……」
     大郎がさくらえの意図に気付き、制止しようとする。が、一足遅く。
    「だから……僕は、選ぶよ」
     次の瞬間、さくらえの全身から黒いオーラが立ち上り、長かった髪が抜け落ちて少年らしい短髪に変わっていった。
     闇墜ちしたさくらえはガンナイフ“紅蓮”を神速で抜き撃ちした。その弾丸は、美沙の爪を正確に撃ち抜き、美沙は爪を砕かれた痛みに短く悲鳴を上げ――皮肉にもそのことで我に返った。
    「あら? 図らずも闇墜ちゲーム成功ってことかしら?」
     さくらえは無言のまま、美沙目掛けて銃弾を放ち続ける。美沙は名残惜しそうに倒れたハノンと、呆然と状況を見守るイシュタリアに目を向けると、
    「どうやら、このままここに留まるのは得策じゃなさそうね。せめてその子一人くらいは殺したかったのだけれど」
     目にも止まらぬ速さでフードコートを出口目掛けて駆け抜けていった。
     それを追う者はいない。皆、それほどの余力を残していなかったし、何より闇墜ちしたさくらえから、目を離せなかったから。
    「信じてる、から。例え堕ちても、この手を掴んで戻してくれるって」
     自分を遠巻きに囲む灼滅者達に、さくらえは最後にそう言い残すと。
     彼もまた、フードコートの外へ去っていったのだった。

    作者:J九郎 重傷:置始・瑞樹(殞籠・d00403) ハノン・ミラー(蒼炎・d17118) 
    死亡:なし
    闇堕ち:彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131) 
    種類:
    公開:2014年5月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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