志聯霞 ~赤銅のスサノオ、世迷を処す~

     それは、煌と望月が輝く夜だった。
     夜闇を打ち払うように放つ月光は世界を真昼のように照らし出す。
     人知れぬ山奥。深い木々に覆われ道なき道を進んだ先に、その場所はあった。
     落ちる水が滝壺に叩きつけられ飛沫が散る中、銀にも似た毛並みの獣がゆらと姿を見せる。
     然は獣にして獣に在らず。時を経た赤銅の瞳が睥睨し、すと天を仰いだ。
     ──ォォオオオオオオ……!!
     その声は高く、透く、壮凛。
     聞く者があれば、激しく魂を揺さぶったであろう。
     だが獣――スサノオが揺さぶり呼び醒ますのは災い。
     ざ、と。
     桜が舞う。
     周囲を見ても桜の木などなく、野花のひとつも咲いていないと言うのに。
     桜吹雪の中より出でるその闇を、スサノオは赤銅の瞳でまっすぐに見据えた。
     
    「スサノオが『古の畏れ』を呼び醒まそうとする場所が分かりました」
     普段のおどおどとした様子を見せず、園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)は集まった灼滅者たちを見回した。
     それは山深くにある人知れぬ地。
     道ならぬ道を進んだ先に開けた場所があり、そこに滝が流れ落ちている。
    「……スサノオはブレイズゲートと同様で、私たちエクスブレインの予知を邪魔する力を持っています。ですが……スサノオとの因縁を持つ灼滅者が多くなったことで、不完全ながらも介入できるようになりました」
    「追ってきたのは、無駄ではなかったということか」
     眉を顰めて白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)が口にし、こくりとエクスブレインは頷いた。
    「スサノオと戦う方法はふたつあります。ひとつは……スサノオが『古の畏れ』を呼び出そうとした直後に襲撃を行うこと」
     この場合、6分以内にスサノオを撃破する必要がある。もしも時間をかけすぎてしまえば、『古の畏れ』が現れスサノオの配下として戦闘に加わる。
     スサノオは『古の畏れ』に戦いを任せて撤退してしまう可能性があり、この方法を取るなら短期決戦が必要となる。
    「ですが、時間内にスサノオを倒せば『古の畏れ』は現れません。……短期決戦に自信があるなら、こちらのほうが有利でしょう」
     エクスブレインは視線を巡らせ、灼滅者たちの表情が緊張に強張る。
    「……もうひとつは、スサノオが『古の畏れ』を呼び出し去ろうとするところを襲撃すること」
     スサノオが『古の畏れ』から離れた後に襲撃すれば、スサノオとの戦闘に『古の畏れ』が加わることはない。
     但し、この場合はスサノオとの戦闘に勝利した後に『古の畏れ』とも戦う必要がある。
    「時間制限はありませんが、必ず連戦になります。……ですから、それ相応の実力と継戦能力が必要となるでしょう」
     どちらを選ぶかは灼滅者次第だ。
     どちらにせよ、スサノオは倒さなければならない。
    「スサノオの能力についてですが……今まで追ってきた『古の畏れ』と、よく似ています」
     今回接触するのは、銀にも似た毛並みに時を経た赤銅の瞳を持つスサノオ。
     或いは、贄と捧げられた双対の娘のように。
     或いは、死の果てに忘我した男のように。
     或いは、己が心を壊し殺した姫のように。
     その力は、『古の畏れ』のものよりもより強力だ。かのスサノオが呼び醒ました『古の畏れ』と対峙したことのある数人が、何かを思うように視線を落とす。
     灼滅者の様子に槙奈も心配げな様子をちらと見せ、しかしエクスブレインは灼滅者を信じなくてはと表情を改めた。
    「スサノオが呼び出そうとしている『古の畏れ』は、桜……です」
    「桜?」
     訝しげな視線に槙奈が頷く。
    「咲いた花なら散るのは……人の命も同じです。生まれた命はいずれ死ぬ。けれど……」
     その命は、死ぬために生かされた。否、生きる意味を失い死ぬことしかできなかった。
     来たるべき時のためにと大切に護られてきた命は、死して大義を果たせと。
    「目的を失い、ただ死ぬために生かされたその方は……名前も、どのような方だったのかも分かりません。ただ、その死の際に、あるはずのない桜が舞い吹雪き……」
    「そして、桜になったと」
     遥凪が続けた。
     桜の化身と為った『それ』は、人の姿を取って現れる。まだ幼い子供の姿で。
     『それ』の死出に付き従った従臣が配下となる。『それ』よりは年上だがやはり子供が4人と、ようやく青年と呼べる年頃の男がひとり。
    「仮に、桜花と呼びましょうか。桜花は護り刀と、桜の花をまとい護符のように扱います。子供たちの武器は、年下の子が手裏剣甲、年上の子が奇環砲……ガトリングガンですね。青年……こちらは野萩と名前が分かっています。彼は鞭剣と日本刀を使います」
     詳細はこちらに、と資料を差し出し、エクスブレインは灼滅者たちを見る。
    「重ねて言いますが……『古の畏れ』と戦うかどうかは皆さんにお任せします。ですが、今がスサノオを倒せるチャンスです。必ず倒してください」
     普段は気弱な色を落とす瞳に今は強い光を灯し、槙奈は皆を見回した。
     その光は信頼。
    「絶対に失敗はできません。けれど、皆さんならきっと……」
     言葉は最後まで音にはならなかったが、その意図は伝わる。
     灼滅者たちは、エクスブレインに強く頷いて応えた。


    参加者
    桜之・京(花雅・d02355)
    夕凪・千歳(黄昏の境界線・d02512)
    赤威・緋世子(赤の拳・d03316)
    三島・緒璃子(稚隼・d03321)
    西明・叡(石蕗之媛・d08775)
    鈴虫・伊万里(黒豹・d12923)
    小早川・美海(理想郷を探す放浪者・d15441)
    白石・作楽(櫻帰葬・d21566)

    ■リプレイ

    ●夢桜
     人知れぬ山奥。落ちる水が滝壺に叩きつけられ飛沫が散る中、ざ、と風に桜が舞い踊る。
     その樹はどこにもなく、どこにも咲いていない。ただ桜花の如く散った命を仮初めに呼び醒ます。
     銀にも似た毛並みの獣は望月の月光に照らされながら赤銅の瞳にそれを映し、ふと関心を失ったように身を翻した。
     どこへ行くともなく、どこを求めるでもなく。しっかりとした足取りで進み──そして、足を止める。
     緩慢な仕草で振り返ると、カードを手にする一団をまっすぐに見据えた。
    「貴方が、彼女たちの眠りを妨げた存在なのね」
     舞い散る桜と同じ瞳を向け、桜之・京(花雅・d02355)が微笑む。
    「縁あって逢う事が出来て、嬉しい。嬉しさのあまり、殺したい衝動が抑えきれないじゃない」
     穏やかな笑みを縁取る輝きは、鋼糸がちらちらと月光を弾く色。
     獣──スサノオは、囲まれても悠然とした様子を崩さず灼滅者たちを一瞥する。
    「……昂光達の導きってヤツかねえ?」
     何にせよ、どうにかしねえとな。
     飄々とした様子は変わらず常のたおやかな口調を払い、西明・叡(石蕗之媛・d08775)はその視線を真っ向から受け止めた。彼の足元に控える霊犬、菊之助も、吼えこそしないが凛と立つ。
     桜花を纏う白狼を前にし、鈴虫・伊万里(黒豹・d12923)の胸にじわりと熱が生まれる。
     戦闘狂と言うほどではないが、強敵を前にし胸が熱くなるのを抑えられない。それは己の強さを磨くため、磨いた強さを試すため。
     だから、スサノオと戦うのは少しだけ楽しみではあった。不謹慎だけども。
    「(こいつぁ喋れる個体じゃねぇみてえだが、それでも十分強さを感じるな)」
     焔色の瞳でまっすぐに睨み付ける赤威・緋世子(赤の拳・d03316)に、白狼は試すような視線を向ける。
    「へっ、おもしれぇ……いっちょ派手にやるか!」
    「一期は夢よ、ただ狂え」
     緋世子がばしっと拳を掌に打ち付け笑い、白石・作楽(櫻帰葬・d21566)の静かな言葉と共に、スサノオが呼び起こしたとは違う影色の桜花が舞う。
     彼女の傍らで、ビハインドの琥界が薄い笑みを浮かべた唇から煙管を放した。
     スサノオは灼滅者たちを懼れず天を仰ぐ。
     ──ォォオオオオオオ……!!
     高く透る咆哮が、凛と世界を打つ。
     殷々とした余韻の消えぬうちに、血色の月に似た赤銅の瞳で灼滅者たちを睥睨した。

    ●白狼
    「そんじゃ覚悟しな!」
     一気呵成と緋世子が炎を纏い小柄な体を奔らせる。
    「燃え上がれ!」
     轟と燃え上がり繰り出される炎はスサノオを掠るのみで、続く伊万里の雷拳をゆらと躱す。
     夕凪・千歳(黄昏の境界線・d02512)はシールドを展開し、霊犬、プロキオンが六文銭射撃を撃ち放つ傍、三島・緒璃子(稚隼・d03321)の手元でサイキックが凝縮され、作り出された毒を注ぎ込まんと駆けた。
     簪様の一撃を打ち込もうとしたその瞬間、白狼は身を翻し受け流して少女の背後を取り、鋭い斬撃が襲う。
     ぞぐんっ!!
    「緒璃子!」
     鈍い音と共に防具ごとその身を斬り裂かれ、赤い飛沫を散らしぐらりと体を揺らした緒璃子へ、叡の放つ白蛇清姫が疾け癒しと守護を与えた。彼を補佐する形でリケとルフィアの回復が飛び、紫王と舞がそれぞれにエンチャントを展開させる。
     膝を屈しそうになるのを辛うじて堪え治癒者たちに短く礼を言い、緒璃子はぐっと肆代目砕斬小町を構え敵を睨む。
    「(強か敵じゃ……!)」
     生半な相手ではないことは覚悟していた。だが、一撃も与えられないとは。
    「(スサノオ、戦うのは初めてですが一般の人が巻き込まれないのは助かりますっ)」
     偶然か周囲に誰もいない場所を選んだのに感謝し、伊万里はきっと敵を見据えた。
     その視線と強い意志を受け止め、スサノオがゆらゆらと尾を振る。
    「(あの双子の古の畏れを呼び覚ましたスサノオとご対面なの)」
     かつて対峙した少女たちを模したぬいぐるみを抱き小早川・美海(理想郷を探す放浪者・d15441)はきりと見据える。
     報告では喋りもするらしいが、この赤銅のスサノオも喋るのだろうか。その気配はないが。
    「(……まあ、喋ったとしても、大人しくする道理は無いだろうから、きっちり灼滅するけど、なの)」
     デフォぐるみを撫でつつそんなことを思い、焔色のナイフを手にする。
    「今日の私はもふもふ抜きのシリアスモードなの。……覚悟するの」
     広がる夜霧に仲間を包み決意を告げた少女に、白狼は灼滅者たちを嘲笑うかのようにうふぅ、と息を吐く。
    「――本当、不愉快な人」
     薄い笑みを浮かべて京はガトリングガンを構え、がづんと重い音をさせて狙う。だがスサノオは躍るような仕草で、彼女が爆炎を叩き込むよりも前にその射線からするりと躱してみせた。
     その一瞬を突き作楽の纏う影色の桜が白狼へと迸り、ざわりと飲み込む。
    「墨染の桜吹雪に惑うがいい」
     淡とした瞳が桜舞いを見据え、しかし次の瞬間ばっと散ったのを見てかすかに目を見開く。
     黒桜と淡桜の花弁を散らせ白狼は、にいと笑むように口元を歪めた。
     三度『古の畏れ』を呼び醒ましたスサノオの能力は高く、ダメージを与えることは容易ではない。
     クラッシャーの攻撃力をもってしても致命傷を与えるに至らず、ジャマーの妨害力をもってしてもその動きを止めることはかなわない。対して敵から与えられる一撃は重く鋭く、メディックが治癒に奔走する。
     それでも――灼滅者たちの攻撃は、わずかずつにでも確実に白狼を追いつめていく。
     緋世子と伊万里の拳が届くように天嶺とヒビキの妨害が飛んだ。苛立たしげに身動ぐスサノオへと千歳が炎を纏って得物を振るい、緒璃子は地を蹴り野太刀を一息に振り抜く。
     ぞんっ! 剣閃が白狼の身を断つとぱっと白い炎が舞い、叡の構えたギターが琵琶に近い奇妙な音を発して仲間たちの傷とバッドステータスを癒す。
     およそギターが発するとは思えないような音ではあったが、殲術道具としての役目は果たしていた。
     攻撃にかかるシスティナをフゲが援護し、揚々と攻撃を繰り出すシアンを補佐しながら七星がスサノオの動きを妨害すると、八雲とウェアの治癒が仲間へと飛ぶ。
     ──オオオオオオオオオアアアアアアァァァァッ!!
     一際高く吼え、ぞわりと体が波打つ。夢幻の刃が生み出され音を超えた速さで灼滅者たちへと襲い掛かる。
     琥界は手にする刀で、あきらがチェロ型のガトリングガンで防ぎ、アルテミスと忠継に援護されながら白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)は炎を迸らせて敵へと叩き付けエンチャントを崩す。
    「大丈夫? すぐ回復するからね!」
     避けきれなかった者へと朔和とマギが癒しの風を招き、プリュイもノマと一緒に傷を癒す。
    「攻撃を受けるのは任せろ。その為の壁役だ」
     滴る血をそのままに、治胡が強い瞳で敵を見据えて笑う。
    「決着を着けるのは、アンタ達に任せるぜ」
     炎の如き彼女に緋世子は強く頷く。
    「……古の畏れなんて生み出さずに、真っ向から挑めばいいのに」
     美海の言葉に、白狼はくふりと息を吐いた。それがどうした、とでも言うように。
     悠然とした態度を崩さないそれが答えと判断し人差し指を敵へと向けると、ず、と闇がその指先に集まる。
    「デッドブラスター、しゅーと、なの」
     生み出された漆黒の弾丸を言葉と共に撃ち出すが白狼はゆらと尾を揺らして避け、グラジュの一撃を躱し吐き捨てるようにひとつ吼える。
     京の振るう鋼糸が風を切って斬り裂くと、間髪入れずに作楽が蒼薔薇の装飾された刀を翔けらせた。
     蒼銀の刀身から迸る闘気が月光と入り混じり、鋭い輝きを伴い深く太刀筋を刻む。
     ぼたぼたと血を流しながらスサノオは赤銅の瞳で灼滅者たちを睥睨し、ようやく不利と判じたか白躯を翻す。
     だが。
    「!」
     理利や銘子らが用心深くその退路を塞いでいた。素早く視線を巡らせるが一部の隙もなく囲まれ、この場から離脱するには敵を倒す以外にないと知る。
    「俺を無視するなよ。ここから先は行かせないさ」
     棗を従え言う千歳の言葉にスサノオは短く息を吐き、
     ──ォォオオオオオオ……!!
     吼えたのは、覚悟。
     その声に、灼滅者たちは得物を構える手に力を込めた。
     厄災の獣を倒す。そのために。
    「痛いだろうが我慢しな!」
     ざりっと強く地を蹴って間合いを詰め、殺人注射器をその手に握りしめた緋世子の一撃がスサノオへと叩き込まれる。
     があっ、と苦鳴をこぼす白狼に伊万里が激しい連撃を叩き込み、千歳も得物を振るいその身を焼き焦がす。
     対峙したばかりの頃の余裕は微塵もなく、白狼の焦燥がはっきりと見て取れる。
    「退かせん! こいは私と貴様の戦じゃ、覚悟せい!」
     ずらと緒璃子の抜き放つ野太刀の一閃が、隙あらば退かんとする白狼をその場に討ち留めた。
    「菊、頼んだぜ」
     低く指示する叡の手元で白蛇清姫がちらと輝く。滑らかな仕草で手首を振り、音もなくスサノオへと食らい掛かる。
     避けようと身動ぐその瞬間、美海の手元から放たれた射撃に狙い撃たれ悲鳴を上げた。
     薄く笑みを浮かべて京が繰る鋼糸に絡め取られ、
    「貴船の一撃、たんと味わえ」
     ざんっ!!
     作楽の振るう剛腕の一撃に白炎が散る。
     ──ォオオ……
     短い吼声と共に白狼の倒れ伏す瞬間、ざあっと白く燃え上がった。
     それと共にひとつ強く吹いた風に、白炎は跡形もなく散る。
     スサノオは退治た。次は──呼び醒まされた『古の畏れ』だ。

    ●散華
    「ほいっ、お疲れさーん。差し入れの栄養ドリンクやで」
     ESPを用いて七音が飲み物を振る舞う。
     スサノオとの戦いから間をおかず『古の畏れ』を撃破するには、灼滅者たちは手傷を負いすぎていた。
     古く『ゆっくり急げ』と言う。時間は惜しいが、不充分なままで戦うには不安が残る。手早く心霊手術を行い次戦への支度を整えた。
    「これが心霊手術……不思議な感じなの」
     治療を受け言葉に違わず不思議そうな表情を浮かべる美海に、仲間たちは自然と笑みが浮かぶ。
    「赤威先輩、どうぞご無理なさらずに……」
     同じく心霊手術を受ける緋世子を案じ颯音が言うと、彼女はにっと不敵に笑って返す。
    「折り返しやから引き続き気合入れていきや!」
     明朗に笑って背中を押す悟に想希も頷き、
    「こんなとこで終わってる場合じゃない、ですよねー?」
    「皆、無事で帰ってきてね」
     優歌、エフティヒアらと共に手当をしていた灯火の問いと和平の祈りに、一同は首肯して応えた。
     10分間。長いようで短い休憩を終えて、灼滅者たちは次の戦いへと赴く。

     息を潜めて透流はまっすぐに見つめる。
     皆がスサノオと戦う間に『古の畏れ』を少しでも引きつけようと思ったのだが……いかんせん、1対6では分が悪すぎる。有利になるどころか、不要な負傷者を出しかねなかった。
    「無理はするな」
     遥凪が彼女の肩に手をやり、しかし視線は『古の畏れ』を見据える。
     滝壺いっぱいに広がる花吹雪。
     その中心にあるのは男とも女ともつかぬ年頃の子供だった。曇天が広がる水干を着て、海で染めた髪の下、深山を映す瞳が虚ろに視線を投じる。
    「空と、海と、山……」
     作楽の呟きに琥界が口元を歪めた。
     声に気付いたか深緑の瞳が灼滅者たちへと向けられ、音もなくその背後に数人の姿が現れた。同時に花吹雪は収束し、幼子の傍で落ちることなくはらはらと踊る。
    「相対するのが「桜」の君だなんて、因果な事」
     京がいっそ優しくさえある笑みを浮かべる。
    「貴方の生も死も無意味なんかじゃないわ」
     私に逢うためよ。その言葉に幼子の肩が震え、しかし前に立つ青年に遮られた。
     あの姫の守護者のように、彼もまた、この幼子を護ろうと──
     その果てにあったのは無意味の死。死ぬための命にあの双子を思い出し、美海は目を細める。
     感傷を打ち払ったのは、伊万里の拳だった。
    「古の畏れには、なにやら非業の因縁があるようですがっ」
     がっ! 言葉と共に振るった拳が野萩の構えた刀の峰で受け止められる。
    「いまのぼくたちにできることは、終わらせることだけです」
     ただ、安らかに眠れるように。
     ぎりぎりと拮抗し、ひと薙ぎに振り払われた。
    「だから、容赦はしません!」
    「おう!」
     強く肯い緋世子が地を蹴って炎を纏う拳を叩き込む。受け止めたその激しさに、淡とした野萩の表情がかすかに揺れた。
     桜舞う幼子に付き従う子供たちの影から、古風な手回し式の奇環砲が2門ずるりと現れる。
     それに取り付く小さな姿にその意図を読み取り、千歳が素早くシールドを展開した。
     たたたたたたんっ! 軽い音と共に弾丸が撃ち出され、射撃音とは裏腹に激しい勢いで灼滅者たちへと掃射する。
     防御に半瞬遅れ、衝撃を覚悟して身構える伊万里の視界が不意に陰った。
    「いたっ! ……あぶなかったねえ」
     かけられた言葉に視線を上げ、息を呑む。
     笑顔で振り返るバーバラ。大柄な男が血まみれで笑いながら立ち尽くす姿はさながらホラーである。
     彼を含め傷を負った者へ銀二と萌愛が治癒を飛ばしイブが微笑む。
    「こちらはお任せくださいまし」
     数は多けれど『古の畏れ』の一撃はスサノオほどには重くない。加えて回復を頼めるとなれば、攻撃に専念することができる。
     灼滅者たちは、一層に攻め手を強めた。
    「(役割を果たして死ぬ事は至上の誉れと、爺様方が言うちょった)」
     仲間たちに続いて野太刀を奔らせ、緒璃子はふと考える。
    「(死ぬ為に生きる事は、不幸なのだろうか)」
     果たすべき役割は失われ、存在する理由を失い、死ぬことでかろうじてその意味を与えられたのならば。
    「……詮無き事か」
     声に出して思いを払い、一息に振り抜く。
    「私は私の為すべき事を為す。そいだけじゃ」
     その太刀筋ごと強い意志を灯す瞳を受け、野萩の手元でじらりと金属質な音が蠢いた。
     『古の畏れ』を捕らえる鎖とは違うと気付くも遅く、鞭剣の刃が躍る。
    「京ちゃん!」
     鞭剣が襲ったのは緒璃子ではなく京。その刃が届く前に千歳が間に滑り込む。
     血を散らせぎりぎりとその身を絡め取られ、低く呻きを上げる彼を救ったのは作楽の放った影だった。
     不意打ちを受ける形で影縛りを食らった野萩へ山吹と空が一撃を放ち、千歳はプロキオンから治癒を受ける。
     京の手元から音もなく放たれた鋼糸に斬り刻まれ、青年の姿をした『古の畏れ』は倒れた。
     それを目にした桜花の表情が揺れ祈るように胸元で手を重ねると、周囲に踊る桜が五芒星を形作る。
     灼滅者たちを拒絶するように展開された攻性防壁はしかし征士郎の一閃に破られ、特攻服の背に守られた遥凪がクーガーの支援を受け炎を躍らせた。
     轟炎に焼かれ悲鳴を上げる幼子に、叡はわずかに口元を引き結んで白蛇清姫を放つ。
     すと人差し指を向けて美海が放つ銃弾に貫かれて、桜花は苦しげに目を瞑った。
     開かれた深緑の瞳が京を捉え、何事か言おうと口を開き──その姿が崩れ無数の桜の花となり風に舞って消える。
     主を失った子供たちはなお戦う意志を見せたが、灼滅者たちの前にそれは無力だった。
     その最期は呆気なく。
    「貴方達を起こした奴はもう居ないの。だから……また眠るの」
     消えた『古の畏れ』へと優しく告げて美海が黙祷する。
    「(『死した者が得られるのは』……目的なく死んだら、何を得られるんだろうな)」
     命を賭して戦い、生き延びたが故に苦悩を背負った武士の言葉を脳裏に浮かべ、叡は滝へと目を向けた。
     それはまるで、生まれては消える泡沫。
    「貴方はこの復活が有意義だったかしら」
     京が薄く笑み、自己満足よ、と小さく口の中で呟いた。

    ●終演
     スサノオは倒され、呼び醒まされた『古の畏れ』も灼滅された。
     後に残るのは、滝壺に水が落ちて叩きつけられる音。
    「終わったね」
     寄り添う棗を撫でてやり千歳がぽつりと口にする。花渡りが消えていった方向を、京はぼんやりと見つめた。
    「佳い桜じゃった」
     緒璃子も同じ方向を見つめて呟き、プロキオンが彼女を見上げる。
     視線を向けかけ、ふと逸らした作楽に琥界は穏やかな笑みを浮かべた。
     伊万里が大きく息を吐いて視線を巡らせていると、周辺を確認しに行っていた夕月らが戻ってくる。
     幾人かは白煙蜃気楼を纏う少女たち、即ち人狼の集団を期待していた。だが彼女たちが現れることはなく、接触することはかなわなかった。
     彼女たちに伝えたいことがあったセトラスフィーノと淼、宗国は肩透かしを食らうことになってしまったが、来ないのには相応の理由があったのだろう。
    「さて、帰ろうぜ」
     ぐっと伸びをして言う緋世子に、灼滅者たちは頷いて各々に帰途に就く。
     と。
    「……?」
     気付いて、美海がそれに手を伸ばす。
     白銀の懐剣を取り上げ、双対の少女のぬいぐるみに添わせた。
    「それは?」
     菊之助を伴い叡が問い彼女はふるりと首を振る。
    「……きっと、救われたの」
     静かな言葉の意味を知るのに少しだけの間を置き、それから微笑む。
     行こうか、と促すと頷き皆の後を追った。
     そして足音が遠ざかり動く者はひとつと残らず、初めから誰も──何も訪れなかったかのように、人知れぬ滝はただ静かに水が流れ落ちるのみ。

    作者:鈴木リョウジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月17日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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