熊殺しの二つ名を目指して

    作者:J九郎

     まだ雪の残る山中を、空手着姿の男が草木を掻き分け進んでいた。
    「どこだっ……どこにいるっ!」
     苛立たしそうに周囲に向けられていた男の目が、やがてある一点を捉える。
     そこには、冬眠から覚めて餌を探すヒグマの姿があった。
    「見つけたぞ、熊ーっ!!」
     叫ぶや男は、ヒグマに向かって突撃していく。突然のことにヒグマは鋭い爪の生えた腕を振り上げ威嚇するが、男は止まらない。
    「貴様をっ! 倒してっ! 俺は“熊殺し”の二つ名を手に入れるっ!!」
     男の正拳突きが、ヒグマの胸を強打する。ヒグマはわずかによろめいたものの、すぐに腕を振り下ろし反撃を開始した。男が鋭い爪に気を取られた隙に、両の腕でがっちりと男を捕まえ、締め上げる。
    「グウッ! これが本物のベアハッグって奴か! だがっ! この程度に耐えきれずに“熊殺し”を名乗れるものかよっ!」
     男の顔に、不敵な笑みが浮かんだ。
     
    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。“熊殺し”の二つ名を求めてヒグマに挑むバカ……もとい、闇堕ちした男が現れると」
     その男は空手を極めんとするあまりに、無謀にもヒグマに挑んだのだという。そして、戦いの中で闇墜ちし、アンブレイカブルとして目覚めたらしい。
    「……彼の名は藤極・一騎(とうごく・いっき)。普通なら闇堕ちした時点で完全にダークネス化してしまうはずだけど……、彼の場合はまだ元の人間の意識を残してるみたい」
    「それはつまり、一騎さんが灼滅者としての素質を持っている可能性があるということでしょうか」
     天王寺・勇午(縞馬・d23593)の問いに、妖が頷く。
    「……放っておけば、彼は完全なダークネスになってしまう。でも熊との戦いを終えた直後、闇堕ちしてすぐならまだ闇堕ちから救い出せるかも知れない」
     具体的には、戦闘してKOすることができれば、灼滅者として覚醒させることができるはずだ。
    「まだ人としての心が残っているのなら、説得の余地もあるかもしれませんね。……生身で熊に挑むような人の考えは、ちょっと分かりませんが」
     勇午が首をかしげると、妖は捕捉するように説明を始めた。
    「……一騎の師匠は本当に強い空手家だったんだけど、人里に降りてきた熊から町の人を守るために熊に挑んで……そして還らぬ人となった。一騎は熊殺しとなることで、その師匠を超えようとしてるのかもしれない」
     ちなみに空手家である一騎は、ストリートファイターのサイキックとバトルオーラのサイキックを使うことができるのだという。
    「……これが、闇堕ちした一騎を救える最初で最後のチャンス。出来れば、彼を救ってあげて欲しい」
     妖の言葉に、灼滅者達は強く頷き返すのだった。


    参加者
    九条・雷(蒼雷・d01046)
    外道・黒武(外神の憑代・d13527)
    静闇・炉亞(紅断離砕・d13842)
    無銘・黒(護る力を欲する・d17638)
    石見・鈴莉(氷星の炎・d18988)
    レイッツァ・ウルヒリン(紫影の剱・d19883)
    佐倉・結希(ファントムブレイズ・d21733)
    天王寺・勇午(縞馬・d23593)

    ■リプレイ

    ●墜ちし拳士
     なんとかヒグマのベアハッグから脱出した藤極・一騎が、熊の爪を紙一重でかわしながら、一撃また一撃と着実にヒグマへ拳を打ち込んでいく。
     その戦いを、灼滅者達は付近の樹上に身を潜めながら見守っていた。
    「生身の人間で熊に挑むって、その勇気というか無謀さはすごいよねぇ」
     レイッツァ・ウルヒリン(紫影の剱・d19883)は、心の中で「そこだ、いっけー!」とか「頑張ってー!」と一騎に応援を送りながら、決着の瞬間を待ちかまえている。
    「なーんかなー。頭かっとなって色々すっとんでんじゃないかなこの人……」
     石見・鈴莉(氷星の炎・d18988)はそんなことを呟きながらも、これから戦うことになるであろう一騎の戦闘スタイルをつぶさに観察していた。
     やがて、血塗れになった一騎の渾身の回し蹴りが、ヒグマの首筋に炸裂。ヒグマはたまらずその場にドウッと倒れ込んだ。
    「本当に熊倒しちゃった……」
     佐倉・結希(ファントムブレイズ・d21733)が、半分呆れ、半分感心したように呟く。
    「俺は“熊殺し”になるっ! だから貴様を殺すっ!」
     いつの間にか一騎の瞳は赤黒く染まり、その全身からどす黒いオーラが立ち昇っていた。全身の出血も、既に止まっているようだ。
    「雰囲気が変わりましたね……。どうやら、闇墜ちしたみたいですね」
     天王寺・勇午(縞馬・d23593)が一騎の闇墜ちを確認すると、隠れていた樹上から飛び降りた。
    「うぅん、男だね。 師の仇を討つ為に只管修行を重ねる……。そういう根性嫌いじゃないぜ」
     外道・黒武(外神の憑代・d13527)も、エアライドを発動させ華麗に樹から飛び降りて着地する。そんな中、鈴莉は殺界形成を発動し、万が一にも人が迷い込まないよう準備を整えてから、樹から下りた。
    「なんだっ、貴様らはっ! 俺の“熊殺し”を邪魔する気かっ!」
     突然現れた灼滅者達に、敵意を剥き出しに吠える一騎。そんな一騎の前に堂々と立ちはだかったのは、無銘・黒(護る力を欲する・d17638)だ。
    「俺は喧嘩屋・クロ! 熊殺し・一騎に喧嘩を売るぜ! さぁ、派手に仕合おうじゃないか!」
    「仕合が希望かっ! 今っ、俺は全身から力が溢れているっ! 死にたいのならいくらでも相手をしてやるっ!!」
     一騎が拳を構え、不敵な笑みを浮かべる。
     その隙に、静闇・炉亞(紅断離砕・d13842)は倒れたヒグマを助け起こしていた。この熊は人を襲っているわけではないのだ。ここで殺されるのを見過ごすことは出来ない。
    「貴様っ! 俺の“熊殺し”の二つ名を横取りする気かっ!」
     気付いた一騎が拳を振り上げ炉亞に迫らんと一歩踏み出すが、立ちはだかった黒がそれを許さない。一騎の拳を受け止めると、そのまま強烈なアッパーを一騎にお見舞いする。
    「熊殺し。生身の人間として考えたらそれは凄い異名だと思うのです。でもその力は本当に、その為にあるのですか……? お師匠さんが求めていた強さって、本当にそんなものだったのですか……?」
     勇午と共にヒグマを逃がすことに成功した炉亞が、飛び退いて黒との距離を置いた一騎にそう語りかけた。
    「黙れっ! 力なき者は無様に死にゆくのみっ! 俺はっ、“熊殺し”の二つ名と共に、もっと強くなるっ!」
     一騎の体を包むどす黒いオーラが膨れ上がり、気弾となって放たれる。その気弾はしかし、九条・雷(蒼雷・d01046)が広域に展開したWOKシールドに弾かれ、誰にも当たることはなかった。
    「ねェ、欲しいのはほんとにその二つ名? ……あんた、ただお師匠の敵討ちがしたかったんじゃないの」
     雷の言葉に、一騎は一瞬苦しげな表情を見せたが、
    「ふんっ! 熊如きに敗れ死んでいった弱者のことなど、知ったことではないっ!」
     次の瞬間には、凶悪な表情を浮かべると連続した正拳突きを、雷に浴びせ掛けた。
    「まァ、あたしの勘違いなら良いんだけどさ」
     その正拳突きをWOKシールドで巧みに捌きつつ、雷は隙を見て逆に一騎をシールドで殴り飛ばす。
    「ぐうっ! 面白いっ! まずは貴様らを皆殺しにしてから、改めて熊に挑むとしようっ!」
     一騎は口から流れた血をぬぐうと、ニヤッと笑って見せた。

    ●その力は何のために
    「格闘家が何を目指してるのかは、ぼくには分からないんですけどね。まぁ、最強を目指すってのは悪くはないんですが、熊殺しまでする必要はないと思うんですけどね」
     そう言う勇午の姿は、人造灼滅者としての戦闘形態である、一角の縞馬に変じていた。その脚力を活かした突進で、一本角を一騎に突き立てようとするが、一騎は跳躍してそれをかわす。
    「ふんっ! シマウマ如きに俺を理解してもらう必要はないっ! あまり強そうではないが、貴様を倒して“縞馬殺し”の二つ名も頂かせてもらうっ!」
     一騎はそのまま勇午の背に飛び降りつつ、拳を背骨に叩きつけた。
    「ううっ!」
     たまらず横倒しに倒れる勇午。そこへさらに攻撃を加えようとする一騎だったが、
    「オルァ! 熊と戦うまでに積み重ねた強靭的な肉体と精神があるんなら、こんな程度で堕ちてんじゃねぇよ!」
     一瞬速く黒武の縛霊手から放たれた霊力の網が、一騎を捕らえて動きを封じていた。
    「大体、見境無しに襲うのは師匠を襲った熊となんら変わらないぜ」
     黒武が諭すようにそう告げる。
    「そもそも、空手とは何かを殺す技じゃないでしょう?」
     動きの鈍った一騎に、炉亞の放った緋色のオーラの弾丸が炸裂。見る間にオーラが鎖状に変化し、一騎の全身を縛り上げていく。
     一方、レイッツァは勇午にヒーリングライトを飛ばし、背中の傷を癒していった。
    「熊殺しの二つ名はカッコイイけど……それじゃあ師匠は超えられないね」
     レイッツァの言葉に、一騎が素早く反応する。
    「……なんだとっ?」
    「だって、師匠はもうお亡くなりになったんでしょう? その強さはもう永遠のものだよ」
     手の届かなくなった存在は、決して超えることができない。当然の理だったが、今の一騎には到底受け入れられない言葉だ。
    「だからこそっ! 俺は誰よりも強くなるっ!」
     一騎が全身に纏っていたどす黒いオーラを解放し、縛霊手の呪縛を、鎖状のオーラを吹き飛ばしていく。
    「8対1でここまで戦えるだけで十分凄いです。でも……」
     結希は、いましめを解くことに力を振り分けた一騎の隙を逃さず、懐に飛び込み鋼の如き拳を振り抜いた。
    「熊よりも私達よりももっともっと強いやつと戦ってみたくないですか?」
    「……なにっ?」
     結希の一撃を受け数歩後ずさりながらも素早く守りの構えを取った一騎だったが、結希の言葉は気にかかったようだ。
    「今の俺よりもっ、まだ強い奴がいるというのかっ!?」
    「そんなのはいくらでもいるけどね。今のあんたには教えてやれないね」
     雷が、一騎の構えを崩すべくローキックを放ちつつ、そう言い放つ。
    「堕ちたがりを放っておいてあげるほど、世界は優しくないんだよ。まずはあんたがこっち側に帰ってきてからの話だ」
    「ならばっ! 力尽くで聞き出すまでのことっ!」
     一騎が、猛烈な勢いで回し蹴りを繰り出そうとした、その時。
    「確か武道ってやつはまず自分の心身を律する所から始めるんだよね」
     その一騎の軸足を狙って、鈴莉がサイキックエナジーを棒状に変化させ、叩きつけた。
    「ぐおっ!?」
     倒れこそしなかったものの、バランスを崩した一騎の蹴りが不発に終わる。
    「ほら、自分の足下さえ見えてない。今のあなた、ミイラ取りがミイラになっちゃってる気がするよ?」
    「くッ!」
     態勢を立て直した一騎に、今度は黒が迫っていく。
    「おいおい、仕合の相手は俺だろう?」
    「うっとおしいっ!」
     黒の拳と一騎の拳が、お互いの顔面を捉える。いわゆるクロスカウンターだ。
    「くっ! この程度の拳っ!」
    「ははっ! もっとだ、もっと来やがれ熊殺しぃ! アンタの拳を食わせてみやがれ!」
     黒が口の中の血を吐き捨てながら、嬉しげに呼びかける。
     一騎との戦いは、まだ終わりそうもない。

    ●声よ届け
     一騎が繰り出した無数の拳と、結希の繰り出した閃光百烈拳が、交錯する。
    「熊に素手で挑むその勇気と、師匠を超えたいって想いはカッコいいと思いますっ。ぜひぜひ学園に来てもっと強くなって欲しいです」
     拳の連打が互いを打ち抜く中でも、結希は一騎への説得を止めようとはしない。
    「もし、あなたが最強めざしたいって言うなら戻ってくるべきですよ。僕たちのいる学園はそういうのがいっぱいいますよ」
     勇午の額の角から放たれた石化をもたらす光線が、一騎の拳を石に変えていく。
    「さっきから学園学園とっ! 俺は誰かとつるむつもりはないっ!」
     石と化した拳に気を送り込み、石化を解除する一騎。
    「お師匠様を超えたいっていうのは分かるけど、君は君で新しい目標を見つけてみたら? たとえば、灼滅者としていっぱい敵を倒すとかね♪」
     同じように清めの風で仲間を癒していたレイッツァも、さらに一騎に言葉を投げかける。
    「敵だとっ!? 今の敵はおまえらだっ!」
     一騎の放った邪気の塊が、レイッツァ向けて放たれた。だがその気弾は、鈴莉が今度はシールド状に展開させたサイキックエナジーに防がれる。
    「一時の感情で、安い挑発で、すぐにゆらぐ程度の拳じゃあ到底お師匠さんなんて超えられないね。そうじゃない? 暴れ熊さん?」
     そのまま鈴莉は、不定形のサイキックエナジー“RefeniX”を今度は棒状に展開、間合いの外からの突きで一騎のリズムを崩していった。
    「ちっ!」
     飛び退いて鈴莉との距離を取る一騎。そこへ飛び込んできたのは黒武だ。
    「ヒィヤッハー! これぞ魔法(物理)の極意! やられる前にやれだぜ!」
     魔法とは何の関係もないパンチの連打を、虚を突かれた一騎に叩き込んでいく。
    「師匠を超えたいと思うんなら、師匠みたく戦うべき時に戦い、その上で相手に勝てよ。じゃねぇと、師匠が報われないだろうが!」
     だが、黒武が本当に叩き込みたいのは拳ではなく、その思い。
    「ううっ! 黙れっ!」
     一騎の拳が、黒武を吹き飛ばす。だが、今度はそこへ炉亞が迫っていった。
    「貴方のお師匠さんは、熊さんに殺された。でもそれは町の人達を守るためだったのですよね?」
     炉亞の手刀が刃となり、一騎の空手着を切り裂いていく。
    「師匠さんが何を思って空手を一騎さんに教えて来たのかを、よく考えて見てください」
    「黙れと言ってるっ!」
     一騎のかかと落としが炉亞の腕に振り落とされ、炉亞は腕を押さえて後退。次に前に出てきたのは雷だ。
    「熊と遊んで、あたしたちと戯れて、気ィ晴れた? 晴れる訳ないよねェ? ほら、遊んであげるからおいで。思いっきり発散して、そして思い出しなよ。自分が本当は何がしたかったのかをさ」
     雷もまた、拳に思いを込めて、繰り出していく。
    「俺の……、したかったこと、だとっ!?」
     一騎が片手で額を抑える。そうだ、自分が本当にやりたかったのは、“熊殺し”の二つ名を手に入れることでも、ただ強くなることでもなく――。
    「俺はっ! 師匠のように誰かを守り抜ける力がっ! 欲しかったんだっ!!」
    「目ぇ醒めたみたいだな!」
     雷の拳の乱打で姿勢を崩した一騎の胸ぐらを、黒がガシッと掴んだ。そのまま飛び上がるように、地獄投げで一騎の体を投げ飛ばす。
    「いい喧嘩だったぜ。今度はダークネスとしてじゃなく、灼滅者として目覚めろよ」
     巨木に体を打ち付け、そのまま意識を失った一騎に、黒はそう呼びかけた。

    ●新たな目覚め
    「うう……ん」
     目を覚ました一騎に差し出されたのは、人間の姿に戻った勇午の手だった。
    「目が覚めたのですね。武蔵坂学園にようこそ。これからもよろしくおねがいします」
     勇午の手を取り立ち上がった一騎に、黒が自分の鉢巻きを外して差し出す。
    「また喧嘩しようぜ……な?」
     分かりやすいほど照れた表情をした黒から、一騎は黙って鉢巻きを受け取った。
    「俺は、これからどうすればいい?」
     闇墜ちから戻ったばかりの一騎は、どこか心細げに灼滅者達を見回す。
    「今度は“熊殺し”の貴方が、誰かを守れるような強さを手に入れればいいと思うのですよ」
     そんな一騎に、炉亞が優しく微笑みかけ。
    「とりあえずあんた、あたしたちと武蔵坂に行ってみないか?」
     雷は武蔵坂学園と灼滅者について、かいつまんで一騎に情報を提供していく。
    「この時期もクマ怖いねぇ、僕らも襲われないうちに帰っちゃおうか」
     雷の説明が一通り終わったタイミングで、レイッツァが帰り道を指差した。

     そして灼滅者達は一騎を連れて武蔵坂学園に帰還していった。彼が灼滅者の道を選ぶかどうかはまだ分からない。
     けれど、今後どんな道を選ぶにせよ、一騎が誰かを守るために戦い続けるだろう事だけは、誰もが確信していた。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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