
●maestoso
「バードウォッチング?」
「そうッス!」
手元のプリントから顔を上げた仲間にそう問われ、対面の影が勢い良く立ち上がる。
ソフトモヒカンという髪型ながらも、服装は学校指定の制服と靴。かっちりと着こなした清潔感のある外見からは、普段の着崩した私服姿は想像できないだろう。プリントを用意してきていることからも、実は中々に真面目なのかもしれない。
そんな彼等は、魔人生徒会──謎の基準によって選ばれた、謎の組織。今はその会合の最中だ。
「そうですね。学園の周辺には緑も沢山あってうってつけではありますが……提案の理由は?」
「それは勿論──」
問い掛けに、影なる人物はぐっと強く拳を握る。
瞳に意思を灯し、そうして答えた。
「春ッスから!」
●amorevole
「あぁ、春ですしねぇ」
「って、即納得か!!」
掲示板に貼られた告知を前に、ぽむと手を合わせる小桜・エマ(高校生エクスブレイン・dn0080)へと、思わず多智花・叶(小学生神薙使い・dn0150)がつっこんだ。
「え? でも、春ですし……」
「……解った。おれが悪かった。まぁ、確かに春は鳥たちも姿見せやすい季節だしな」
こいつにも収めてやろーか。手に馴染み始めた形見の一眼レフへと視線を落とす少年の横顔は楽しそうで、エマもふわりと笑みを零す。
今回選ばれた場所は、武蔵野の中央に位置する『武蔵野公園』と『野川公園』。
南北に走る西武多摩川線を挟んで、西に武蔵野公園、東に野川公園があり、その両公園を渡って東西に『野川』という川が流れている。
双方合わせて、東京ドーム約13個半ほどの広大かつ野趣に富んだその公園には、人だけではなく鳥たちもまた、数多く訪れる。
森にはエナガやコゲラ。川や池には青鷺、小鷺、カルガモや鳩、モズ。『青い宝石』と言われるカワセミが見られるのも、清流を湛える場所ならではだ。
樹の幹や枝だけではなく、地に降りてその可愛らしい姿を見せてくれる四十雀や雀、鶫、椋鳥たち。
歌声に誘われて天を仰げば、桜の影にヒヨドリはメジロを、そうしてその先の澄んだ青空をゆく燕を見つけることもできるだろう。
「都内にまだこんな場所があったんですね。地図──は、これですね……」
「? どーしたエマ? 黙り込んで」
「…………この場所、どこかなーって」
まだこっちの地理に慣れてなくて。ミルクティ色の波打つ髪を揺らしてそう続ける娘へ、叶はひとつ大仰に溜息を零して口を開いた。
「おまえの通ってるキャンパスの裏手だああああああ!!」
溢れるほどの緑や水辺は、都内ということを忘れるほど。
春麗らかな鳥の楽園へ──さあ、あなたも。
●野川のほとり
水辺の遠くにいるのは絹のような羽の白鷺。のんびりと連なるカルガモ親子。森や空から聞こえる囀りは勿論、何よりも水辺に足を浸す陽桜の笑顔につられて、勇介も楽しげに眸を細める。
ひんやりと心地良いそれを、全身で浴びてみたいと思うのは自然なこと。ぼふん! と黒味多めなシェットランド・シープドッグに転じて、勇介はばしゃばしゃ水遊び。
ぶるっと奮わせ飛び散る飛沫。驚く陽桜へ勇介も前足上げて、尻尾を振って。
「ゆーちゃん、やる気だね! んじゃ、ひおと水かけっこでしょーぶ!」
「わんっ♪」
両手で掬った水を飛ばしての宣戦布告には、待ってましたと元気な声。軽やかステップで避けて、跳ねて。
「……しゅんっ」
「くしゅっ!」
思いっきりはしゃいだ後。同時のくしゃみに、笑み声が溢れた。
「ツッコミ御苦労様、叶君。エマ、地理苦手だったんだな」
「ありがとな、都璃。本当、エマがボケすぎて毎回大変だぜ」
「東京は碁盤の目じゃないから、覚えづらいんだもん……」
むぅと唇を窄める様子にひとつ苦笑して、並んで3人、写真を撮りにぶらり歩き出す。
「……実は鳥って、あまり沢山いるのは苦手で……」
「「えっ!?」」
可愛いエナガを見つけられたら良いことがありそうだと言っていた矢先だったのもあるけれど。何よりも『とり』と言う名前からは想像しなかった言葉に、思わず重なるエマと叶の声。
「いや、なんとなく、なんとなくだけど」
エサをあげてみるのも愉しいかもしれない、けど。左右から向けられる不思議そうな視線に添えながら、何か食べに行こうかと話していれば、
「小桜、叶。久しぶり」
呼び止めたのは、遠巻きに野鳥を眺めながら川で涼んでいた黒白その人。挨拶がてら添えたのは猫カフェでのお礼。愉しめたのならそれが一番だと微笑むふたりに笑み返し、改めてその時話した『相棒』──身を屈めて外したキャスケットの中にででーんと仁王立つ、三白眼の黄色いふわもこを紹介する。
「おわっ、額のとこだけ赤え……!」
「何だか鶏冠っぽいですね。ふふ、可愛い」
「名前は軍鶏って言うんだ。あ、手ェ出すなよ、コイツ直ぐに突くか──」
ざしゅっ!(なんでしゃがんでるんだよ立てよ的な視線と態度)
「って、痛ェ! 頭突くな!」
「強えな……!」
「すごいです格好良いです!」
目を見張る叶とエマは、すっかり黒白のちいさな相棒を気に入った様子。ひとまず相棒を紹介するという目的は果たしたものの、その姿勢や目つきが原因なのか、『鳥友達を作る』という目的が果たせるのは、もう少し先のことになりそうだ。
写真なら多岐さんだろ! そう連れ立って供助たちふたりは緑に囲まれた東屋へ。
「追いかけるっつーより、ファインダーに入ってくるのを待つ感じだ。この辺は森田なら大丈夫じゃねぇか?」
詳しいだろ、鳥。そう向けられる視線に「うん、やってみる」と頷きひとつ。青鷺、小鷺、そしてカワセミ。多岐の手際も見て学びながら、鳥達の囀りに静かなシャッター音が混じる。
今日はあんがとを目一杯込めた昼ご飯は、握り飯と、魔法瓶に入れてきた中味噌と赤だしのお味噌汁。
「どっちがいい?」
「至れり尽くせりじゃねぇか……赤くれ」
調整を終えたデジカメ傍らに、拝む勢いで頬張る森田飯。勉強の機会と良い絵をくれた鳥好きの友へ──サンキュ。
道ゆく昌利や翆に尋ねた末、迷子の龍之介を見つけた叶は、シエラと合流して川辺でランチ。
「龍之介君のおにぎり、美味しそう……!」
「ソーセージに卵焼き……これ全部作ったのか!?」
「う、うん」
クラスで出逢った仲間たちだから、仲良くなりたいと思う気持ちは皆同じ。鳥の探し方や料理の話。交わす談笑は囲んだお弁当の何よりものトッピング。
「そうそう、カナ君の好きな粉ものって……これなのかなー?」
「お?」
ぱこっと開けた箱の中には、きな粉たっぷり葛餅が。
「こ、粉……?」
「さっすがシエラ、デザートとか気が利くぜー♪」
わたわたと視線を向けた龍之介には、心配すんなと頷きにまり。
鳥たち用にも何か買って来れば良かったなー、なんて思いながら、
「改めて。これからよろしくなんだよー」
つっと三つ指ついてシエラが深々お辞儀をすれば、龍之介と叶も慌ててぺこり。
「こ、こちらこそよろしくおねがいします」
「お、おれこそどーぞよろしくな!」
巡り来る季節のように。連れ立って飛ぶ鳥たちのように。どうか、この縁を末永く。
「野草を摘んで召し上がった事は、ある?」
「うん。でも、一緒にクラブで食べれたら楽しいだろうな♪」
隣を歩く瑠璃からの問いにちょっと考えてから答える誘宵。自分で摘めば、自然の命を貰っているのだと実感するもの。あちらは花大根、こちらのは菜の花。そう傍らで囀る声に真剣な眼差しで頷きながら時折森へと耳を澄ませば、瑠璃の声を思わせる小鳥の囀り。
披露を気遣い差し出された掌をぎゅっと握って、淡い微笑みには、満面の笑顔を。優しく楽しい時間に感謝をしながら、八重彩る絨毯の上で、さあ、ちいさな籠に詰めた春を味わおう。
「しづサンは、どんな鳥が好き?」
「ちっちゃい鳥さん! ねぇねぇサキちゃん、あれは?」
原っぱとことこは椋鳥。川で羽広げてるのは青鷺。厳めしい顔つきのシメや、帽子とネクタイめいた模様の四十雀。バナナを置いておけば、ヒヨドリも寄ってきてくれるかも。
キスゲの花に囲まれたベンチで広げるお弁当は、バケットサンドに、ウサギ型ミニハンバーグ。ピクルスとポテトサラダ。
サキちゃんにあげられるものは、今はこれだけ。沢山の『素敵』を教えて貰ってばかりだから、いつか私もとしづこは思うけれど、ぽかぽか陽気においしいごはん、元気な鳥たちと可愛いしづこ──サザキはそれだけで大満足。
帰りはのんびりと野草を摘んでゆこう。今日の想い出にふたりで作る、ヨモギ団子とタンポポサラダの為に。
●緑のじゅうたん
見渡すばかりに広がる柔らかな芝生に響くのは、弾むようなふたつの声。
「先生! お手本お願いします」
「任せろ!」
ぶんっと格好良く放たれたフライングディスク。ジャックラッセルテリアの霊犬つん様の華麗なキャッチに、蓮二はぶるり身震いを、鵺白はぱちぱち拍手を送る。
青空を渡る円盤を見送るうち、駆け出したい衝動のままに始まった競争の末、疲れた身体をどうと投げだし、木陰で大の字ごろり。
ちちち、ちちち。耳あたりの良い歌声の、その行方。
「ちょう綺麗なコいるよ! ほらあそこ!」
顔を寄せ、興奮を抑えながら囁く蓮二の示す先。度重なる口笛にまったく気づいて貰えないのが何だか可笑しくて、つん様を抱いたまま、思わず鵺白は笑みを洩らす。
最後にもう一度、ホーホケキョ。ふふ、季節外れかしら。
ちりりりりり、ぴぃ。ちりりりりり、ぴぃ。
小刻みに刻む歌はまるで、エナガの囀り。サウンドソルジャーたる瞳の口笛に拍手を送るエマたちの傍ら、霊犬・庵胡は耳をぴくぴくするも、主の鳴き真似だと気づいて草花へと興味を移す。
「……なーんて。本当に囀る鳥が目の前に来てくれないかしらね?」
「瞳ちゃんの口笛なら誘われてきそうな──あ、ほら……!」
エマの指さす先には、ふわふわ胸毛の可愛い小鳥。
「ほらほら叶君、シャッターチャンスじゃないかしら?」
「わっ、ととと待った待った……!」
慌ててファインダーを向ける叶に、少女たちはくすりと笑顔を交わした。
賑やかな場所も好きだけど、一生懸命に咲いている花は綺麗だから。道端でしゃがみ込み、風に揺れるたんぽぽへと微笑む三ヅ星の横顔はちょっと意外で。でも、嬉しい。
「ほら、こっち向きなよ」
「わっ、わっ、ボクは撮らなくていいよっ!」
花と共にぱしゃり。慌てて物陰に隠れる少年の向こう、梢から聞こえてくる囀りに時兎もゆるりと瞼を伏せる。その綻ぶ口許につられて微笑んで、提案するのは鳥探し勝負。
片や双眼鏡を手に。片や耳と勘を頼りに。探し始めた矢先に、くいっと引かれる三ヅ星の袖。
「……虫とか……居ないよね?」
「あ! 高城君の肩に蜘蛛! ……なーんてねっ」
反射的に身体をすくめるも、舌をぺろりと向けられる笑顔には……時兎も笑顔で、デコピンの構え。
程良く陽を遮る緑葉を天蓋に、ごろりと恵理。花の香りを乗せてさやさやとそよぐ風に微睡んでいるも、地を伝う足音に意識を引き戻す。
「こんにちは、叶君」
「うぉう恵理!? おまえいつの間に……!」
驚き振り向いた先にはにっこり笑顔。
「鳥の撮影なら、いい技見せてあげましょうか? こんな風にするの」
それは森の魔女の本領。足音は木々のさやぎに、気配は草花の香りに溶かして近づく。そう、まるで森の一部となったように。
「ね?」
「って、すぐにできるかああああっ! ──あ」
ばささささっ。
思わずつっこんだ途端に飛び立った鳥は、幾つかの木々を超えて朱音の肩へと舞い降りた。
「わぁー、綺麗な鳥さんだぁー♪」
しゃがんだその足許には、毛繕いをする別の小鳥。その笑顔に呼ばれたのか、腕に、頭に鳥が止まり集まる様子に、犬に転じて木陰を歩いていた流希もゆるりと顔を上げた。
低くなった視線。自ずと近くなった草花の香り。木々や葉、風、水辺。自然の音に混じる軽やかな囀りは、まるで心地良い音楽のよう。
終わりのないその歌声を、優歌もまた横になって身体を休め、静かに録音する。ゆっくりと流れてゆく時間。のんびりとした心地を感じているのは、誠也もまた同じ。ふと思い出すのは、昔のサバイバル生活。食べられる野草も、どこかにあるだろうか。
手合わせで駄目にして継ぎ接ぎだらけにしてしまったのは自分だけれど、折角の好日に着てこなくたって。
「暖かくなってきたとは言え、俺は寒がりだから……」
向けた視線に返ってきた晃平の言い訳に、千歳はもひとつ嘆息する。
それでも鳥を眺めている娘の、どこか心弾む横顔に、
「鳥が、好きなのかい」
「……そうね、あなたにとっての猫と同じくらいに」
それは相当好きだということ。ならばと実家から持ってきた野鳥図鑑を読み上げれば、模様や声の差を知るほどに面白くなってきて、思わず弾む晃平の声。
「本当……人と同じに十人十色ね」
だからこそこうして声を交わすのが面白い──そう、千歳もつい笑み零す。
今日は想希の日。そう寂しさを包むように手を繋ぎ、ふたり仰ぐ。
朝焼けの秋空をゆく燕達を見送ったのは半年前。久し振りと瞳に映して振った掌で、砂利道に蹌踉めく想希を悟は咄嗟に抱き留めた。どうぞお嬢さん、と悪戯めいたやり取りの末の膝枕。
髪に触れる指先にまどろむも、悟がパン屑で呼び寄せた複数の羽音にびくっ。瞬く間に一斉に飛び立っていったその背を、想希は眩しげに見送る。
どこまでも高く、遠くへ飛びたいのなら、俺は空になる。虹やオーロラで彩って包み込む。それならどこまでも一緒。そう言葉交わせば、顔を埋めてきた想希を悟るもぎゅっと抱き留める。
より願うのは、花啄み寄り添う2羽のように。子作りしたいんかと返る冗談に頬染めて、想希が噤んだ唇をそっと頬へ寄せれば、
「もう離さんし、離れんで」
そうひとつ撫で、悟は甘く額へと口づけた。
片手は儚と繋ぎ、もう片手はビアンカを抱いて。足取り軽く柔らかに、ナターリヤは花と鳥を求めて視線を移す。
陽が苦手な儚にとっても、美しいと思える景色。けれどそれ以上に、隣ではしゃぐ花のような子の温もりが与えてくれる勇気に、年上なのに駄目ね、と滲む苦笑。
「おはなのうえ、ねころんで……とりさん、かんさつ……いかがでしょ……?」
「素敵なことばかり思いついて凄いわ、ターニャ」
ささやかな気遣いに心で感謝して、ごろり寝転べばうつらうつら。
「あ……っ、儚様、あおの、とりさん……!」
言いかけた矢先に気づいた寝息。はっと慌てて口許を抑えて、ビアンカにしーっと目配せを。
青い鳥は幸せを運ぶという、御伽噺。
夢見る世界はきっと、共に見た世界の、幸せ色。
ちょっと湿った水辺の土の香りを感じながら、葉はぱしゃりと川へ入った。鈴とふたり、脱いだスニーカーを指に掛け、足首ほどの深さの浅瀬をぶらりと進む。
秋の終わりに見送った燕を求めて彷徨う視線の先、葉影を透いた木漏れ日を揺らして、ひゅんと空を割くちいさな影。
「――燕だ」
あの時の燕かは分からないけれど。それでも、ちゃんと帰ってきた。それを嬉しいと思うのは安心したかったからだろうか。鈴はそう、独りごちる。
「俺には、帰ってくるなんて約束できない」
安堵させられる燕が、どこか羨ましい。そう零す声に返る笑顔。
「葉も似たようなもんだよ。あっ、燕みたいに甲斐甲斐しくないか!」
約束なんていらないんだ。帰ってきたいと思えたなら──それだけで。
●森と風の先に
早く早くと手を振る紅緋には苦笑を零して、叶や皆もその後について森へと入った。
ずっとレンズを覗いているわけにもいかないだろうから、と紅緋が双眼鏡で鳥を探し、叶がそれに合わせてカメラを向ける。
三脚に固定された、超望遠レンズ付の一眼レフ。ファインダー越しに捉えても、すぐに飛び立たれて逃した鳥もちらほらいるけれど。
「どこかに青い輝きは──いた! あそこです!」
「おっしゃ。いーぞ……そのまま、そのまま……!」
お守り代わりに、と持ってきた翡翠の勾玉を握りしめた紅緋が見守る中。一番のお目当てであるカワセミの青を確りと捉えれば、双眼鏡片手に、よっしゃと言わんばかりに周もぐっと拳を握る。
「カワセミ、好きなのか?」
「ああ、何かな。あの見た目で魚とる姿がカッコいいとかギャップあるからなのかも」
「確かに、可愛いのに動きがすごかったですね」
「兄弟は蜂鳥と夜鷹とかいう話も、むかーし聞いた事あるなあ。その話知ってるか?」
春夏秋冬、鳥は年中可愛い派の周が始めた鳥談義に、エマと叶が興味深げに耳を傾けた頃。清涼な水音を立てて飛び立った青い鳥の、その高く澄んだ笛の音のような囀りに反応したのは才蔵だ。
「音様、居た……! ほら……見えますか?」
「あ、あれですか? きれい! ホントに宝石みたいな青ですね」
先導には礼を添えて。都会で見つけた鮮やかな鳥に感嘆する才蔵へ、音雪も頷き微笑み反す。
カルガモ親子。瑞々しい野草や野の花。川辺に沿って移り変わる景色に誘われて、ふたりそっと水辺に足を浸けてみる。まだ少し冷たいけれど、じわり湧き上がる心地良さと弾む心地。
「あのね、才蔵さん。今日、とっても楽しいねっ」
捲った着物の裾を指先で摘んで、舞うように遊ぶ音雪。花のように咲いた笑顔に、才蔵もまた、歓びを滲ませ微笑んだ。
ふと立ち止まり、しゃがんで水に触れてみる。ひんやりと柔らかな感触にひとつ瞬くと、クロは続けて素足を浸けた。風に揺れる花たち。せせらぎと鳥の声。たくさんのしらないこと。心地良さに瞳を閉じ、委ねるこころとからだ。
クロのお目当てもまた、カワセミだった。
「あおい ほうせき きらきらしてる。ほんとうだ」
テレビや図鑑で見た青は、近づけば逃げてしまいそうで──こっちに きてくれたら いいのに。
鳥達の憩いの時間を邪魔せぬようにと川辺を遠くから見守っていた百舌鳥が、一番見たかったカワセミから双眼鏡を外した。同じくらい捜していた唯一。何種類もの鳥の声を真似て、複雑に囀る小さな存在。己と同じ名のそれは、百舌鳥。
不思議な親近感を胸に、薄茶の翼を広げて遠く遠く羽ばたいてゆく姿を、瞬きも忘れて目に焼き付ける。あんな風に、心のままにいられたらどんなに素敵だろうか。そう思いながら、いつまでも。
木々の葉を揺らした風が煌めきとなって、幾重もの波紋を水面に描く。霞んで、そして鮮明となったその一瞬をファインダーで捉えたイコは、傍らで零れた嘆息と言葉に瞳を瞬かせた。
「よかったらアドバイス貰えんか?」
十織の手には、近所の爺サマに借りた初心者向けカメラ。乞われ、ならばと助言するも、形見の旧びた一眼を慈しむように撫でながら、「でもね」と娘は亡き父の言葉を添える。
授業料にと作った新緑の葉船。並び流れるその後追って、手を繋ぎ、裸足で水辺を散歩していれば、ぴょん、と十織の頭から九紡が飛び立った。
先導するかのようにイコの前でぱたぱた飛ぶ様は先ゆくカルガモ親子にも似て、思わずちいさな笑みが零れる。どうやら、形は違えど護りたいものは同じらしい。
──でもね、たいせつなのはご自身の感覚よ。
過ぎるのは先のイコの声。九紡を抱きしめて振り向く娘と、カルガモ親子。眼前の2組と大切な日常へ、十織は優しくシャッターを切った。
「叶君ー!」
「穂純ー、こっちだこっち」
ぶんぶんとふたり、手を振って。カメラを見せ合い、交わす笑顔。
見渡せばあちらこちらに、春を謳歌する花や鳥。
綺麗なもの、可愛いもの。不得手なところは叶が手助けしながら、耀くような一瞬を切り取るたびに一層笑顔が増えてゆく。
「わあ、八重桜の枝の所にも鳥さんがいるよ」
花影で語らうのは、春色のちいさな2羽。
「ほんとだ。穂純、あれ何の鳥か知ってるか?」
「何の鳥だろう……センダイムシクイかな?」
何枚も、そうしてこれからも。シャッター音を重ねて刻む、移りゆく季節の想い出たち。
桜色の先には、ほんの少し青みを増した大空。
夏はもうすぐそこにある。
| 作者:西宮チヒロ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2014年5月12日
難度:簡単
参加:41人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 3
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