自由の血宴

    作者:海乃もずく

     倒産してしばらく経つ工場に、深夜、人の気配がある。
    「……、っは」
     うつろな瞳で天井を仰ぐ女性ののど元から、赤い血が流れ続ける。
     うす汚れた労働着姿の男が、女性の体に覆いかぶさっていた。とがった犬歯は女性の皮膚に食いこみ、無骨な手は絶えず女性の体をまさぐる。
    『……け、もう終わりかョ。つっまんねェな』
     完全に動かなくなった事務服の女性を、男はどさりと投げ捨てた。
     がらんとした工場の中は、小窓から月の光がわずかに差し込むのみ。よくよく見れば、工場内のあちこちに、血を流し絶命する女性達が転がっている。
    『さーてと。次のやつ、連れてくっかねェ。もっと生きのいい女はいねェかな』
     よっと勢いをつけて男は立ちあがる。ひょろ長い体つきに、独特な意匠の首輪がミスマッチだった。
    『久しぶりの自由だ、誰が戻るかよ。しばらくは愉しませてもらうぜェ?』
     男は落ちたハンチング帽をかぶり直し、血濡れた唇の端をニィとつり上げた。
     
    「あのね。『爵位級ヴァンパイア』に従属している『奴隷ヴァンパイア』の事件が、今、発生しているの」
     天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)の口調は切迫している。
     発端は、新潟ロシア村の戦いにある。ヴァンパイア達は、あの時に行方不明になったロシアンタイガーを捜索しているらしい。
    「みんなも知っているとおり、強大な力を持つヴァンパイアの多くは活動を制限されているでしょう。だから『爵位級ヴァンパイア』の代わりに『奴隷ヴァンパイア』たちが、各自単独でロシアンタイガー捜索を請け負ったらしいの」
     任務の報酬は、奴隷からの開放。
     しかし彼らは、長く奴隷とされていた鬱憤から、捜索よりも自らの楽しみを優先しているらしい。
     つまり、一般人を虐げ、殺し、苦しめて、快楽を得ようとしているのだ。
    「本来の目的はロシアンタイガーの捜索だから、ある程度の犠牲を出せば、それで満足して捜索作業に戻るんだろうけど……それを待っていることなんて、できないよね」
     だから事件の現場に向かってヴァンパイアを灼滅し、その蛮行を阻止して欲しいの。
     ……そんな風に、カノンは言った。
    「ヴァンパイアの名前はオズワルド。外見年齢は30代後半、灰髪痩躯で目つきの悪い、労働者風の男なの」
     このヴァンパイアは、ある廃工場を仮住まいにしている。場所は工業団地の一角で、近隣の工場には日夜多くの人がいる。
    「オズワルドは若い女性を好んでさらうの。時間をかけて血を吸って、終わったらぽい」
     介入推奨タイミングは夜中の0時すぎ、場所はオズワルドのいる廃工場。不意打ちは地形的に難しいが、通用口は半開きなので普通に入っていける。月明かりもあり、戦闘には支障はない。
     オズワルドは基本戦闘術と、ダンピールと同等のサイキックを使うという。
     今は『忌まわしい意匠の奴隷の首輪』で弱体化している奴隷化されたヴァンパイアとはいえ、それでもかなり強力な相手といえる。
    「奴隷化されてはいてもヴァンパイアとしてのプライドは高いから、灼滅者からおめおめと逃げるような事はないと思うよ」
     それでも、確実に逃亡を阻止するならば、挑発が有効だという。彼は奴隷化されている現状を屈辱的に感じているから、その辺りをつくといいだろう。
    「私も未来予測は頑張ったけど、ダークネスの戦闘力は侮れない。みんなで協力して、必ず生きて帰ってきてね」


    参加者
    ロロット・プリウ(ご当地銘菓を称える唄を・d02640)
    天峰・結城(全方位戦術師・d02939)
    謝華・星瞑(紅蓮童子・d03075)
    紺野・茉咲(コードレスナイト・d12002)
    オリシア・シエラ(アシュケナジムの花嫁・d20189)
    藤堂・夢麓(夢に誘う・d20803)
    牧瀬・麻耶(高校生ダンピール・d21627)
    ルーシー・ヴァレンタイン(おもちゃ箱の中のお人形・d26432)

    ■リプレイ

    ●夜の廃工場へ
     深夜でも稼動する会社が多い工業団地は、どんな時間でも暗闇には沈まない。しかし灼滅者が訪れた廃工場には、人工の明かりは何もついていなかった。
     周囲に人の気配はないことを確認しつつ、紺野・茉咲(コードレスナイト・d12002)は通用口に手をかける。
    「なんてもんを放ってくれちゃってんの、爵位級ヴァンパイアさんとやらは」
     ふとこぼれる茉咲の呟きに、謝華・星瞑(紅蓮童子・d03075)は頷く。
    「首輪のとれた犬が燥いでいるってわけだね」
    「……これがただの、肝試しだったら良かったですよね……」
     ロロット・プリウ(ご当地銘菓を称える唄を・d02640)はそう言いながら、わずかに目を伏せた。
     皆に続いて中へと進む藤堂・夢麓(夢に誘う・d20803)は、ふと隣のルーシー・ヴァレンタイン(おもちゃ箱の中のお人形・d26432)に目を向ける。ルーシーは固い表情でうつむいていた。
    「緊張しているの、ルーシーさん?」
     声をかけられ、ルーシーは、はじかれたように顔を上げる。
    (「は、はじめての戦闘依頼……みんなの足を引っ張らないようにしないと……!」)
     ためらいがち頷くルーシーへと、夢麓は言葉を続けた。
    「私もデビュー戦だわね。初の依頼がヴァンパイア関連とは、これもまた定めなのかしら?」
    「藤堂さんもはじめて?」
     同学年の2人の少女は目を見交わす。互いの赤い瞳に宿るのは、宿敵を灼滅せんとする強い意思。
     半開きの通用口から、接近を気取られないよう注意しつつ侵入する。
    『――何だ、てめェら。ここの関係者……、ってわけじゃねェようだなァ?』
     工場の奥、ブルーシートのかかった機材の上にいた人影が、身を起こした。
     薄汚れた労働着にハンチング帽の、ひょろ長い体つきの男。口もとから鋭い牙がのぞく。
     ヴァンパイア――オズワルドは、赤い瞳を光らせ灼滅者たちを見下ろした。
     牧瀬・麻耶(高校生ダンピール・d21627)は、中に入るなり工場内を一瞥する。オズワルドの奥にあるシャッターは閉ざされている。逃走経路は今使った通用口だけ。
     それらを確認し、あらためて麻耶は眼前のヴァンパイアに目を向ける。
    (「爵位級のヴァンパイア……の奴隷か」)
     服装や雰囲気は意外と古めかしい。昨日今日でダークネスになった相手ではないだろう。
    「まぁ、何であれヴァンパイアの時点で自分の攻撃対象なんスけどね」
    『あァ?』
     険呑な声を発するズワルドに構わず、麻耶はスレイヤーカードを解放する。仲間達も次々と戦闘態勢を取り、対象を囲むように散開した。
    「吸血鬼どころか獣にも劣る行動ですね」
     天峰・結城(全方位戦術師・d02939)の視線の先には、犠牲となった女性の死体がうち捨てられている。オリシア・シエラ(アシュケナジムの花嫁・d20189)も感じるところは結城と同じ。
    「とても不愉快です。身分、信条、行動。その全てが下賎の極みたる存在」
     口調からにじみ出る不快さを隠そうともせず、オリシアは長大な十字剣をオズワルドへとつきつける。
    「……構えなさい。そのまま奴隷でいるのは苦しいでしょう? 己が存在を懸けて決闘と参りましょう」

    ●奴隷ヴァンパイアの愉しみ
    『どういうことか知らねェが……、身の程を知らねェ半端者が、無謀にも俺を倒しに来たってわけだなァ?』
     オズワルトはひらりと身を翻し、着地する。
     外界との音を遮断した廃工場。小窓から差し込む月光が、ダークネスと、灼滅者たちとを等分に照らし出す。
    「どんなに力があろうとも、相手の尊厳を顧みない者を貴族とは呼びません」
     どこまでも厳しいオリシアの言葉に、オズワルドは嘲笑をもって応える。
    『この、血の詰まった餌袋のどこに尊厳があるッてんだァ?』
     唇の端を吊り上げるオズワルドは、周囲に転がる女性の遺体を蹴り上げる。
    『終わればゴミクズだしよォ、この女は不味い上に見た目も……』
    「……るさないっ」
     オズワルドの饒舌を、ルーシーの呟きが遮った。
    「ダークネス……ってだけじゃない……、絶対に許せないわ、こんなやつ……!」
    「そのとおりです。欲望のまま食って最低限の敬意も払わずに……。こんな存在は一瞬でも存在を許したくありませんね」
     ルーシーの言葉に同意した結城が、大型のボーイナイフから夜霧を放とうとする。
    『遅いぜェ!』
     それよりも一瞬早く、オズワルドの姿が闇に溶けた――ように、見えた。
    『まずは女、てめェからだ!』
     月明かりの薄い暗闇を縫って、オリシアに接近するオズワルド。半身を引くオリシアを追いかけるように、緋色のオーラをまとうオズワルドの右手が迫る。
    「悪いな、簡単には抜かせてやらねえぜ!」
     しかしそこで星瞑が、真正面からオズワルドの紅蓮斬を受ける。全身を走る衝撃を両足に力を込めて踏みとどまり、星瞑は強いまなざしでオズワルドを見返した。
    『……ッと、意外としぶてェのな』
     予想外に鈍い手応えに身を引くオズワルドへと、左右からオリシアと結城が切り込む。
    「星瞑さんの回復は、こちらで引き受けますよう」
     夢麓の回復サイキックは、前列へは届かない。ロロットは夢麓へと声をかけるや、バイオレンスギター『マルセイユの歌』に指を走らせる。旋律と回復が共鳴する。
    「全快だぜ! ありがとな、ロロット!」
     元気よく答えた星瞑が、後方のルーシーに目を向けた。
    「行くぜ、ルーシー!」
    「え……ええっ!」
     名を呼ばれ、ルーシーも影を伸ばし援護をする。波状に押し寄せる灼滅者の攻撃を、それでも結構な確率でさばくオズワルドへと、一気に茉咲が距離を詰める。
    「ねえ。……その趣味の悪い首輪、一体誰に付けられたの?」
     敵の耳もとではっきりと囁かれたそれは、確実にヴァンパイアの注意を捉えた。
    『てっめェ……!』
     オズワルドの怒りが、盾をふるう茉咲に叩きつけられる。相手の間合いまで深く踏み込む茉咲は、表情を緩めずに隙なく守りを固める。
     持久戦に持ち込み少しずつ体力を削る、それが今回の目的。茉咲や星瞑のディフェンダーが攻撃を受ければ、それだけ総体の被ダメージは軽減できる。
    「さぁ、存分に殺し合おうか……ヴァンパイア!」
     宣言と共に、麻耶が繰り出すのは制約の弾丸。胴に命中したその一撃は、着実に相手の動きを阻害する。
    「断罪の十字架よ、かの者にその刻印を刻み、心を蝕め!」
     続けて夢麓が、赤きオーラの逆十字を放った。

    ●続く戦いの中で
     中列から前へと位置を変える結城が、ティアーズリッパーを仕掛ける。オズワルドは間にあわせの鉄パイプを拾い、ナイフを素早く受け止める。
     キィン、と激しい金属音が工場内に響く。飛び散る火花。
     力の拮抗は一瞬、鉄パイプを振り抜き攻勢に転じるのはオズワルド。正面から紅蓮斬を食らい、結城が後方に吹き飛ぶる。
    「結城さんっ、傷は、深いですか」
    「この程度なら、かすった程度ですね」
     一撃でも受ければ、おびただしい出血。ロロットの回復だけでは足りず、結城はスペードのスートで生命力を底上げする。
     それでも回復自体には余裕があると、オリシアは冷静に状況を分析する。持久戦は、致傷と回復のバランスが取れていなければならない。
     一進一退の攻防。
    「はぅ、くっ……!」
    「藤堂さんっ」
     オズワルドの一撃を受けた夢麓の、ぐらつく体をルーシーが支える。ルーシー自身も右半身から血を流している。彼女たちにとっては、一撃一撃が身を引きちぎられんばかりに重い。
     戦線を維持するため、星瞑はアガティーラビームでオズワルドの注意を引き続ける。
    「さっすがヴァンパイア。多対一でも引かない戦い方は見事だね」
    『けっ、てめェに褒められる筋合いはねェ!』
     不快そうに顔をしかめるオズワルドは、いつしか序盤の無駄口をやめていた。
    『……なるほどなァ。烏合の衆も、数がいれば意味があらァな』
     力あるダークネスでも、慎重さを失えば生き残れない。少なくともオズワルドは、そのことを理解していると麻耶は思う。
    「その変な首輪、首ごと外してやるよ!」
     宿敵を前に常にない昂揚を感じながら、麻耶は勢いよく黒死斬を放つ。オズワルドは、直撃の衝撃に体勢を崩しつつも反撃。その攻撃を受け止めるのは茉咲。
    「紺野さん、もう、限界っスよね?」
    「うん、でも……頼りにしてるよ?」
     麻耶に言葉を返し、茉咲は小さく笑む。
     オズワルドの動きは徐々に鈍っている。機と見るや、オリシアはクルセイドソードを非物質化。
    (「この男は、私にとって絶対に勝たねばならぬ敵……!」)
     肉体をすり抜けた一撃は、霊的防護と霊魂に損傷を与える。たまらず膝をつき、自己回復をはかるオズワルドへと、後方からも鋭い声が飛ぶ。
    「あなたのような典型的な外道、すぐに灼滅してあげるわ!」
    「その極悪非道な行い、後悔する間もあげないんだからっ!」
     夢麓とルーシー、2人の赤い逆十字がヴァンパイアの体に傷を刻む。オズワルドの口から鮮血が漏れた。
    『くそッ……。こんな、やつらに』
     オズワルドの視線が退路を求める。……逃げを考え始めている。
     ここで逃がすわけには、いかない。
    「私達もそこまで強い訳じゃないのよ、そんな私達に背を向けるなんて、ホント臆病な」
     最初に口を開いたのは夢麓、癒しきれない傷を片手で押さえながら。そこに麻耶の言葉が続く。
    「誰一人殺れずに敗走とは。ショボいのは見た目通りっスね」
     不快げに、しかしそれでも聞き流そうとするオズワルドの足を……ロロットの凜とした声が止める。
    「ご主人様のところにお戻りですか? 首輪を繋いでいた鎖が解けて、はしゃいじゃったんですよね?」
     彼女が指さすのは、オズワルドの首もとを飾る、忌まわしい意匠の奴隷の首輪。
    「すっかり飼い犬みたい。とーってもお似合いですよ、それ」
     その言葉を契機に、オズワルドの目つきが獰猛さを増した。
    『……気が変わったぜ。ここを離れるにしても、一人か二人くらいはやってからでもいいかもなァ?』
     濃密な血のにおいに交じり、闇の力が集まり始める。赤い瞳を光らせたヴァンパイアは、殺意をみなぎらせて灼滅者を見据えた。

    ●終幕、そして
     オズワルドからの攻撃を、茉咲が体を張って受け止める。ぎりぎりで意識を繋ぎ止める茉咲を、讚美歌に似たロロットの歌声が癒す。一気に呼吸は楽になるが、それでも、保ってあと1度。
    (「まだ立てている……それで十分。誰も欠けないように、それが俺の役目」)
     茉咲は再度地面を蹴る。茉咲の動きを目で追うオズワルドの背後、長い髪をひるがえしてオリシアが立つ。
    「私の存在をかけ、あなたの存在の全てを否定しましょう!」
     オリシアのフォースブレイクが、オズワルドの体内で爆発する。
    『かはッ……』
     胸元を押さえ、よろめくオズワルド。その手が震えながらも、大きく振り上げられた。
    『ここまでとは、思ってもいなかったぜッ!』
     オズワルドの反撃は茉咲の横をぎりぎり抜ける。逆十字に腹部を貫かれ、夢麓の体が宙に浮く。
    「……っ……」
     壁へと叩きつけられた夢麓は、そのまま動かなくなる。致命打ではないが、しばらくは動けないだろう。
     しかしヴァンパイアの現在の劣勢が、それで変わるわけではなく。むしろ逃げを打たなかったことそのものが、オズワルドにとっての失策と言えただろう。
    「沖縄の海が育みし宝食! 海ぶどうダイナミック!」
    「私だって……っ、徹底的に、やってやるわっ!」
     星瞑のご当地ダイナミックに、ルーシーも斬影刃を重ねる。動きが鈍り始めたオズワルドが回復をはかるより早く、鋼の糸がヴァンパイアの首へと、深く巻きついた。
    『ば……かなッ……』
     信じられないといわんばかりのその声音は、ダークネスの命が失われつつあることを如実に示していた。
    「塵は塵に……屑は塵すらもこの世に残すな」
     冷淡とも言える口調と共に、結城は鋼糸を無造作に引く。斬弦糸に絡み取られたオズワルドの四肢はバラバラにちぎれ、灰になって風に流れていった。

    「結局、またご遺体と対面することになりました……早く、安らいで欲しい、ですよね」
     残された遺体の多さに、ロロットはしょんぼりと目を伏せる。
    「……自由、ね」
     遺体の目をそっと閉じさせて、茉咲は呟いた。
     犠牲者の冥福を祈り、彼らはその場を後にする。結城が手早く警察に通報する。後のことは彼らに任せるしかないだろう。
     星瞑が肩を貸していた夢麓が、身じろぎをして目を覚ます。そんな夢麓へと話しかけるルーシーを横目に、麻耶は手にした首輪に目を落とす。それはただの首輪に見える。学園で調べてもいいだろう。
     ダークネスのいなくなった廃工場を、オリシアは一度だけ振り返る。
     あの廃工場をねぐらにしていたヴァンパイアは灼滅された。……けれど。
     今もどこかで、ダークネスの活動は続いているのだろう。人の営みに紛れ、闇深くに潜んで。

    作者:海乃もずく 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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